不破哲三の発言 (予算委員会)

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○不破委員 私は、日本共産党・革新共同を代表して、内外政策の一連の問題に関して、また予算の基本的な方向に関して、三木総理その他の閣僚に伺いたいと思います。
 まず、最初に伺いたいのは、国民生活と政府の基本的な政治姿勢の問題であります。
 これまで、六〇年代の高度経済成長政策時代以来、その結果が、いま非常に深刻な形で国民生活の上にあらわれております。私ども、この問題を以前から分析をしてまいりまして、この根本には、単に成長率が高過ぎるというだけの問題ではない、つまり、成長率を高めるということで、大企業の資本蓄積、それからまたコンビナートづくり、これを国の経済政策の第一義の目的にする、そのために、国民の安全や健康の問題も犠牲にされれば、さまざまな行政や財政の上でも、いわゆる大企業本位と言われる不公正な仕組みがつくられている、この問題を繰り返し指摘してまいりました。池田内閣のときにも、佐藤内閣のときにも、田中内閣のときにも、この問題を指摘してまいりました。政府の行政、財政の姿勢が、国民のサイド、国民の側ではなしに、大企業のサイド、財界の側にあるのではないかというのは、ただ私ども共産党だけではなしに、多くの国民がひとしく抱いている疑問であります。
 ところが、その中で、その大企業本位の政治が、いわば田中前内閣の金権政治という形で、非常に極端な形であらわれました。その後三木総理が金権政治批判を言われ、それからまた高度成長の政治を転換しなければいかぬ、社会的不公正を変えなければいかぬ、こういう問題を掲げられて内閣総理大臣につかれた。それならば従来の大企業サイドの姿勢を転換するんではないか、その根本的な反省の上に新しい政治を求められるんではないか。国民が三木内閣に若干の期待を抱いたのも、そこに大きな理由があると思います。
 ところが、昨年の臨時国会、それからまたこの通常国会での質疑の経過を見ますと、たとえば総理大臣の答弁の中では、いままでの自民党の政治に大企業本位の面があったというのは独断論である、大企業本位、大企業サイドと言うのは当たらない、そういうことを総理自身が何回もこの国会の席上で明言をされました。それからまた、高度成長政策の問題に関しても、問題は、成長率が高過ぎたからこれを緩めるという問題である、別に高度成長政策の中に大企業本位の仕組みがあったとは思わない、こういうことを言われたわけであります。
 そうなると、一体、三木内閣が考えられている転換とか、それから新しい政治とか、社会的公正とか、従来の政治に大企業本位という欠陥がないのであるならば、これについては改めて転換する必要もないし、また景気が悪くなったから成長率を低くする、それだけで済むはずであります。ここに、今後の三木内閣が当面している、それからまた国民が当面している物価の問題や、不況の問題や、公害問題や、さまざまな問題に対して、この新しい内閣が本当に国民的立場に立った回答が与えられるかどうか、それはこの基本的な政治姿勢にかかっていると思うわけであります。
 率直に申しまして、三木総理が提出された今年度の予算案や施政方針演説を見ますと、たとえば物価の問題にしても、大企業の横暴な物価のつり上げの問題については全く触れないで、もっぱら労働者の賃上げによるコストへの影響だけを問題にされるとか、それから世界でもまれな法人に対する課税が、実効税率を調べてみると、大企業に行けば行くほど税率が低くなる、こういう逆累進の問題についても、現実には何ら手を打たれないとか、公共投資の問題についても、産業基盤優先の立場を、言葉では変えなければいかぬと言われながら、五十年度予算に関してはさっぱり変わっていないとか、三木さんが、大企業本位の政治を反省していないということが、そのままあらわれているように感じられるわけであります。
 そこで私は、まず最初に、総理に基本姿勢の問題として伺いたい。三木内閣は新しい政治、新しい転換を看板にして出発されましたが、従来の自民党内閣の政治を率直に振り返られて、そこには大企業サイド、大企業本位というような欠陥や弱点がなかったと考えられておられるのか、その点をまず第一に、政府の基本姿勢の問題として伺いたいと思うのです。

発言情報

speech_id: 107505261X00319750131_002

発言者: 不破哲三

speaker_id: 31749

日付: 1975-01-31

院: 衆議院

会議名: 予算委員会