不破哲三の発言 (予算委員会)

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○不破委員 まあ、結果として大企業本位になったということのようでありますが、いまの総理のお話を伺っていますと、戦後の混乱期から今日まで、成長を続けるためには高度成長が必要であった。しかし、われわれが問題にしているのは、戦後の混乱期からの復興過程ではなしに、一九六〇年代以後。もう六〇年代の出発点は、戦前の水準をはるかに上回ったところから日本は出発したわけです。そこからの高度成長を問題にしているのですから、そのことを問題にするのに、敗戦のとき大変だったじゃないかという話をされるのは、よく田中さんが好きな話でしたが、まさに三木内閣は、話のやり方まで田中前総理に似てきたと感じるわけであります。
 しかし、この問題は、一般論で、議論をしていても、それこそ立場の相違ということになりますから、私は、具体的な政府の行政の問題、それも、三木さんが環境庁長官として田中内閣時代に直接タッチをされた問題について、具体的な素材をとらえて、政府の政治姿勢という問題を伺いたいんです。
 というのは、これは公害の問題であります。特に今日、政府が最終的な態度決定を告示という形でやられようとしている自動車の排ガス規制の問題、私はこの問題をとらえて、国民サイドか、それとも大企業サイドかという問題を詰めたいと思うのです。というのは、この問題が、ただ企業を大きくするのをどうするかとか、大企業の存在を否定するか肯定するか、そういうような問題ではなしに、きわめて現実的な差し迫った問題で、国民の健康と安全を優先させるのか、それとも企業の利益を優先させるのか、これが非常に具体的にあらわれる問題だからであります。
 たしか三木総理が、前内閣で環境庁長官に就任される前だったと思いますが、五十年度、五十一年度の自動車排ガスの規制に関する告示が発表されました。あなたはそれを前長官から引き継いだはずであります。このことに関しては、多くのジャーナリズムで取り上げられて周知でありますけれども、日本の国民、特に都市周辺に住んでいる国民に関しては、きわめて切実な問題であります。
 政府が発表、決定された環境基準、窒素酸化物、二酸化窒素について見ますと、これが国民の健康の大敵であることはもう周知でありますが、現在、大都市の状況について調べてみますと、東京の場合には、毎日毎日、二酸化窒素による大気の汚染を克明に調べている研究所があります。この衛生研究所の調べによると、東京の大気の汚染状況が、政府が決めた環境基準を超えている日数が一年間でどれくらいあるかというと、九三・九%、環境基準以下というのは六・一%しかない。大阪の場合はどうかというと、一年間に九八・七%、基準以下は一・三%しかない。つまり、政府が決めた環境基準のそれよりもひどい公害の中に大都市の人間は毎日毎日暮らしていて、息がつけるのは、年末年始の工場や自動車が休みになるときぐらいだ、これが実態です。
 ですから、光化学スモッグについても年々これが増大しています。もう政府は御承知でしょうが、七二年には全国で百七十六回光化学スモッグの警報が出て、二万一千二百四十五人の被害者が届けられております。七三年には三百二十八回起きて、三万一千九百六十六人の被害者が届けられています。世界の各国を見ても、窒素酸化物、二酸化窒素その他による被害がこれだけ急激に増大している国はない。これはもう明瞭な事実であります。だからこそ、七二年の十月に、三木さんが環境庁長官に就任される以前に、五十一年度にはどうしても窒素酸化物の規制を、一キロメートル自動車が走るときに〇・二五まで落とさなければいけない、これが決められたと思うのです。あなたは、環境庁長官になられていた間に、そのかなりの期間は、これは守るということを言われました。最後のころには、どうも怪しげな発言に変わったようでありますが。それが、去年の十二月に総理大臣に就任されて、いわば自分がかつて手がけられた問題を引き継がれた最初の仕事がこの問題でした。公害問題。
 ところが、どうもいまの政府の政治姿勢を見ていると、五十一年度規制を守るということはとっくに忘れられてしまって、〇・二五の規制をやめるという方向に変わっているようであります。あの代表質問の答弁でもそういうことが言われました。一体、政府がこれだけ三年前には重視をされ、そしてこれをやらないと日本の国民の健康は守れないということを主張されて、あの五十一年度規制、窒素酸化物、自動車一キロ走行当たり〇・二五グラムということを決められながら、なぜ三年後の今日、目前に期限が迫ったらそれを簡単に変えられたのか。しかも、五十一年度規制としていま挙げられている数字は、自動車の大型車について言いますと、〇・八五という当初の規制の予想値よりも四倍近い大変な数字であります。そういうような、三年間にしての転換がどうして起こったのか、そのことを、前環境庁長官であり現総理である三木さんに、直接まず伺いたいと思います。

発言情報

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発言者: 不破哲三

speaker_id: 31749

日付: 1975-01-31

院: 衆議院

会議名: 予算委員会