國場幸昌の発言 (沖縄及び北方問題に関する特別委員会)

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○國場委員 すぐ特効薬とすべきような施策は直ちには生まれてこないと思うのですが、今後とも引き続きひとつ御協力をよろしくお願いします。
 失業者の問題なんですが、異常なる失業者と沖繩は判断しまして、海洋博後における影響も受けておる、こういうようなことも考えられるわけなんですが、また労働人口約四十三万くらいと言われておりますが、その中で七%で三万、四十三万のうち七%、本土は二・四%と言いますと約三倍になるわけなんですが、この失業問題、振興開発計画策定の十カ年後における目標というのが百三万から百五万、そうしますと、人口はUターン現象が起きまして、海洋博のためであったんでしょうか、すでに百四万二千五百名とかいうようなことを言っておりますが、失業者がこれだけ出るというのは、いまそれが始まったものじゃない。
 これは復帰のときにあの振興開発の十カ年計画というのが策定されたのは、御案内のとおり基地経済から安定した経済に切りかえるために、また基地がいつまでもそこに居座るというようなことは好ましいことでもないし、その必要性もないのだというようなことで、振興開発計画は基地経済から脱皮してそれにかわるべきような就労の場をというようなことで十カ年計画ができておるということは、地域的にも沖繩本島においては東海岸は臨海工業に恵まれたところの立地条件、これを生かして第二次産業を誘致する。処女地でありますので、もちろん公害問題に対しては最小限において、本土におけるところの苦い経験を生かして、それで名実ともに工業、第二次産業の発展をというようなことで、この条件が恵まれておるという一つの証拠に対しては私が言うまでもなく、沖繩はいわゆる戦略的な基地として軍事的な重要性、異常なる立地的条件、経済的条件があるということ、それにシンガポールと沖繩の東海岸、これは東洋において最も恵まれておる。沖繩海溝といいましょうか、琉球海溝といいましょうか、五十メートル、百メートル東海岸をちょっと離れると、三十万トン、四十万トンの大型タンカーでも容易に発着できる。それに、東海岸には中城湾という港湾を産業重要港湾として張りつける。そこで沖繩の持つところの、また基地経済から脱皮するところの沖繩振興開発計画が策定される。西海岸においてはやはり観光を主体とするところの、北部においては山林、水産、観光、中部はいま言うように観光、それから南に下がりまして商業、水産、観光、農業、また宮古、八重山は畜産、観光、農業、水産こういうようなぐあいに分類されて沖繩の振興開発はできておるということでございますが、しかし三カ年たたないうちに、この振興開発は価値観の変化があるというようなことで、練り直しだというようなことです。復帰の際に駆け込み外資といいまして、アメリカは重機組み立て工場を持ってこよう、アルミ工場を持ってこよう、造船所を持ってこよう、いろいろな策定をして石油コンビナートも申し入れがあって、それに対して本土の通産省としましては、わが政府は、そういうものが復帰後においても大資本をもってやった場合には、わが国の産業に大きく競合するマイナスがあるということで、アルミ産業を手初めに出だしたわけなんですが、それが執行の段階になりまして反対に遭い、復帰して五年を迎えておりますが、とうとう何一つだにその就労の場とするところの策定された企業の誘致はできておりません。ゆえに、今日に至ってこの異常なる三万余にわたるところの失業者がはんらんしておる。このことは申すまでもなく、失業者の内容からしましても、大体三分の一以上が軍の離職者であるとかあるいはその他関連するところの基地産業の労働者、こういう者が主体をなしておる。こういうことから考えますと、失業が今日こうなってきたのは、振興開発計画そのものが、目標に対して方向がずいぶん挫折されまして今日の混乱があるというようなことを察するわけでございます。今後において、いまさっきもお尋ねいたしましたが、もちろん民芸、工芸工業の伸展、奄美大島にありましては、十六万そこそこの人口をもって二百億の奄美大島つむぎが生産されておる。沖繩にありましては、御案内のとおり祖先から受け継がれたところの貴重なる伝統工芸品がずいぶんありますが、それでは昨年民芸工業が幾らぐらい生産されておるかというと、三十億そこそこだと言われております。奄美がたった十五、六万の人口をもって二百億という大島つむぎを生産しておる。沖繩においては百万も人口があって、その約六倍の人口を擁しておるのです。御案内のとおり沖繩には漆器、陶器それから織物、こういうたくさんの貴重な民芸工業がございます。失業者の救済、あるいは公害もないような労働集約型の工業ができるということから考えますと、奄美大島のようにそれに思い切った力を入れますと、約一千億から一千二百億ぐらいのそういうものの生産はできるのじゃないか、こういうようなことを考えるわけでございますが、しかし残念ながら予算の中でどうもその点が反映してきていない、こういうようなことを見受けるわけなんです。工業試験所も戦前は県あるいは国の補助によってあったわけなんですが、戦後における工業面に対する力の入れ方が足りないのじゃないか、こういうことも考えるわけですが、その点に対しましていかような政策をお持ちであるか。
 また、振興開発計画の練り直しをしなければいけないのですが、三カ年たった以後においての沖繩振興計画の練り直しというのは、どういうような形でもって練り直して、そして名実ともに開発庁の設置された役割りを果たさんとするものであるか、その点をちょっと詳しく御説明していただきたいと思いますので、よろしくお願いします。

発言情報

speech_id: 107703895X00319760521_008

発言者: 國場幸昌

speaker_id: 5298

日付: 1976-05-21

院: 衆議院

会議名: 沖縄及び北方問題に関する特別委員会