沖縄及び北方問題に関する特別委員会
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会
会議録情報#0
昭和五十一年五月二十一日(金曜日)
午後一時三十六分開議
出席委員
委員長 松本 忠助君
理事 上田 茂行君 理事 國場 幸昌君
理事 西銘 順治君 理事 安井 吉典君
理事 正森 成二君
大村 襄治君 北澤 直吉君
三枝 三郎君 田中 龍夫君
床次 徳二君 葉梨 信行君
三ツ林弥太郎君 渡部 一郎君
小平 忠君
出席国務大臣
国 務 大 臣
(総理府総務長
官)
(沖繩開発庁長
官) 植木 光教君
出席政府委員
内閣法制局第二
部長 味村 治君
内閣法制局第三
部長 茂串 俊君
防衛施設庁施設
部長 銅崎 富司君
防衛施設庁労務
部長 松崎鎮一郎君
沖繩開発庁総務
局長 亀谷 礼次君
沖繩開発庁振興
局長 井上 幸夫君
外務省欧亜局長 橘 正忠君
委員外の出席者
北方対策本部審
議官 田中 金次君
外務省アメリカ
局外務参事官 浅尾新一郎君
厚生省医務局国
立療養所課長 吉崎 正義君
農林省構造改善
局建設部長 岡部 三郎君
農林省食品流通
局砂糖類課長 牛尾 藤治君
食糧庁総務部長 二瓶 博君
運輸省海運局定
期船課長 熊木 藤吉君
労働大臣官房参
事官 石井 辰治君
建設省河川局開
発課長 佐々木才朗君
日本国有鉄道旅
客局総務課長 須田 寛君
特別委員会調査
室長 綿貫 敏行君
―――――――――――――
委員の異動
五月十七日
辞任 補欠選任
安里積千代君 小平 忠君
同月二十一日
辞任 補欠選任
水野 清君 葉梨 信行君
安田 貴六君 三ツ林弥太郎君
山田 久就君 大村 襄治君
同日
辞任 補欠選任
大村 襄治君 山田 久就君
葉梨 信行君 水野 清君
三ツ林弥太郎君 安田 貴六君
―――――――――――――
三月二十三日
沖繩県の戦後処理等に関する陳情書
(第一
四六号)
沖繩県にB52戦略爆撃機再飛来阻止等に関す
る陳情書外二件
(第一四七号)
那覇市街地域の米軍輸送パイプ即時撤去に関す
る陳情書外二件
(第一四八号)
沖繩県在住原爆被爆者の医療費負担に対する救
済措置に関する陳情書外六件
(第一四九号)
沖繩県の医学生に対する国費制度継続に関する
陳情書外一件
(第一五〇号)
沖繩県の中小企業救済等に関する陳情書
(第一五一号)
沖繩県石垣空港のジェット化実現に関する陳情
書(第一五二号)
沖繩県の含蜜糖保護制度化に関する陳情書
(第一五
三号)
北方領土復帰促進に関する陳情書外一件
(第一五四号)
五月十八日
那覇市街地域の米軍油送パイプラインの早期撤
去に関する陳情書外一件
(第三〇八号)
沖繩県の旧日本軍用地の返還等に関する陳情書
(第三〇九号)
米第一海兵航空団の沖繩県瑞慶覧基地移駐計画
反対等に関する陳情書
(第三一〇号)
沖繩県在住被爆者の医療費負担に対する救済措
置に関する陳情書
(第三一一号)
沖繩返還協定の放棄請求権問題に対する補償措
置推進に関する陳情書
(
第三一二号)
北方領土返還促進に関する陳情書
(第三一三号)
は本委員会に参考送付された。
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
閉会中審査に関する件
沖繩及び北方問題に関する件
請 願
一 北方領土復帰実現に関する請願(本名武
君紹介)(第六二号)
――――◇―――――
この発言だけを見る →午後一時三十六分開議
出席委員
委員長 松本 忠助君
理事 上田 茂行君 理事 國場 幸昌君
理事 西銘 順治君 理事 安井 吉典君
理事 正森 成二君
大村 襄治君 北澤 直吉君
三枝 三郎君 田中 龍夫君
床次 徳二君 葉梨 信行君
三ツ林弥太郎君 渡部 一郎君
小平 忠君
出席国務大臣
国 務 大 臣
(総理府総務長
官)
(沖繩開発庁長
官) 植木 光教君
出席政府委員
内閣法制局第二
部長 味村 治君
内閣法制局第三
部長 茂串 俊君
防衛施設庁施設
部長 銅崎 富司君
防衛施設庁労務
部長 松崎鎮一郎君
沖繩開発庁総務
局長 亀谷 礼次君
沖繩開発庁振興
局長 井上 幸夫君
外務省欧亜局長 橘 正忠君
委員外の出席者
北方対策本部審
議官 田中 金次君
外務省アメリカ
局外務参事官 浅尾新一郎君
厚生省医務局国
立療養所課長 吉崎 正義君
農林省構造改善
局建設部長 岡部 三郎君
農林省食品流通
局砂糖類課長 牛尾 藤治君
食糧庁総務部長 二瓶 博君
運輸省海運局定
期船課長 熊木 藤吉君
労働大臣官房参
事官 石井 辰治君
建設省河川局開
発課長 佐々木才朗君
日本国有鉄道旅
客局総務課長 須田 寛君
特別委員会調査
室長 綿貫 敏行君
―――――――――――――
委員の異動
五月十七日
辞任 補欠選任
安里積千代君 小平 忠君
同月二十一日
辞任 補欠選任
水野 清君 葉梨 信行君
安田 貴六君 三ツ林弥太郎君
山田 久就君 大村 襄治君
同日
辞任 補欠選任
大村 襄治君 山田 久就君
葉梨 信行君 水野 清君
三ツ林弥太郎君 安田 貴六君
―――――――――――――
三月二十三日
沖繩県の戦後処理等に関する陳情書
(第一
四六号)
沖繩県にB52戦略爆撃機再飛来阻止等に関す
る陳情書外二件
(第一四七号)
那覇市街地域の米軍輸送パイプ即時撤去に関す
る陳情書外二件
(第一四八号)
沖繩県在住原爆被爆者の医療費負担に対する救
済措置に関する陳情書外六件
(第一四九号)
沖繩県の医学生に対する国費制度継続に関する
陳情書外一件
(第一五〇号)
沖繩県の中小企業救済等に関する陳情書
(第一五一号)
沖繩県石垣空港のジェット化実現に関する陳情
書(第一五二号)
沖繩県の含蜜糖保護制度化に関する陳情書
(第一五
三号)
北方領土復帰促進に関する陳情書外一件
(第一五四号)
五月十八日
那覇市街地域の米軍油送パイプラインの早期撤
去に関する陳情書外一件
(第三〇八号)
沖繩県の旧日本軍用地の返還等に関する陳情書
(第三〇九号)
米第一海兵航空団の沖繩県瑞慶覧基地移駐計画
反対等に関する陳情書
(第三一〇号)
沖繩県在住被爆者の医療費負担に対する救済措
置に関する陳情書
(第三一一号)
沖繩返還協定の放棄請求権問題に対する補償措
置推進に関する陳情書
(
第三一二号)
北方領土返還促進に関する陳情書
(第三一三号)
は本委員会に参考送付された。
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
閉会中審査に関する件
沖繩及び北方問題に関する件
請 願
一 北方領土復帰実現に関する請願(本名武
君紹介)(第六二号)
――――◇―――――
松
國
國場幸昌#2
○國場委員 沖繩が復帰しまして五カ年を迎えております。御案内のとおり、アメリカの施政権下における二十七カ年の格差は大きいものがございまして、ここに沖繩の格差是正、立ちおくれたところの振興を図るために沖繩振興開発計画が策定され、目下実施中でございますが、開発庁長官におきましては、沖繩問題に対しあらゆる困難を克服しまして誠心誠意御努力されておるその姿勢に対して感謝申し上げますとともに、五カ年を迎えました沖繩振興開発計画の実施状況がいかようになっておりますものか、また国土利用計画及び第三次全国総合開発計画策定との関連性はどのようになっておりますか、お伺いを申し上げます。
この発言だけを見る →植
植木光教#3
○植木国務大臣 お答えを申し上げます。
ただいま國場委員より御指摘がございましたように、復帰後沖繩県は五年目を迎えたのでございます。沖繩県の経済社会の現状を見ますと、人口は百四万人余となりまして県民所得も上がってまいりまして、全国水準にまではまだまだ達しておりませんが、それに迫りつつある状況でございます。そして、御承知のとおり道路、空港、港湾及び生活環境施設など公共施設も積極的に整備されておりまして、計画の基本目標の一つでございます各面にわたる本土との格差是正という面につきましては、完全に十分とは申せませんけれども、一応の成果を上げていると考えます。
しかしながら、基本目標のもう一つの重要な柱でございます自立的発展を可能とする産業振興という面におきましては、期待したように進んでいない面があることは事実でございまして、私どもとしても大変心を痛めているところでございます。産業構造の面から見ますと、御承知のように第二次産業が非常に弱い状況でございまして、就業者数においても生産所得におきましても、総体的に第三次産業に片寄った構造は依然として変わっておりません。また、農業を見ましても、耕地面積は減少傾向をたどっておりますし、基幹作物でありますサトウキビの生産量も低下している。また、農家経済の本土との格差というのは年々縮小に向かってはおりますけれども、やはり格段の厚みの相違があるというのが現状でございます。私どもといたしましては、農業基盤の整備、サトウキビ価格など農産物の価格の上昇等による収益性の向上などから農業をもう一度見直して、これに十分農業者の方々も取り組んでいただきたいということを県とともにやっておりまして、農業に対する取り組みの強化というものが見られるというような明るい兆しはございます。私どもといたしましては、層一層努力をいたしまして、畜産野菜、果樹、花卉等の振興にも当たってまいりたいと思います。
また、企業誘致は、御承知のとおり立地条件の問題、本土との距離が遠いこと、市場が狭いこと、いろいろデメリットがございます。また、わが国経済情勢の変化もございますし、反公害、反工業というムードが加わりまして、なかなかこれはうまく進んでいかないという状態でございまして、私どもとしては、県民の方々にできるだけ御理解をいただきたいとこいねがっているところでございます。
さらに、観光産業につきましては、復帰後、増加の一途をたどりまして、観光収入も伸びてまいりましたけれども、海洋博の終了に伴いまして、従来のような伸びは期待できないような状況でございます。私どもとしては、施設の整備などをいたしまして、観光客の誘致に多大の努力を注いでまいりたいと存じます。
こういうふうな概況でございますので、いろいろ前途には厳しいものがございますけれども、基本目標が達成できるかどうかということについては、政府も努力をいたしますけれども、県民の方々も英知を結集してこれらに当たっていただきたいというのが偽りのない私どもの心情なのでございます。
それから、ただいま振興計画と三全総等との関係はいかがであるか、こういうお話でございましたが、沖繩振興開発計画につきましては、計画そのものを前提にはもちろんいたしておりますけれども、私どもといたしましては、中期的な展望というものを持つことによりましてこの新しい経済情勢に即応した振興開発というものが行われなければならないということで、ただいま、今後の人口及び経済社会の見通しと産業振興策の二つのテーマをもちまして二つの部会をつくりまして、中期的展望の具体的作業を行っているところでございます。そして、これらの展望にいたしましても、沖繩振興開発計画の進め方にいたしましても、私どもはあの四十七年の沖繩開発の基本構想を受けまして、十分これと調整を図っていくわけでございますけれども、第三次全国総合開発計画とは十分調整が図られなければならないと存じます。御承知のように、沖繩県はわが国の一つの経済圏であります以上、わが国の総合開発計画と無関係に振興開発が進められることはあり得ないわけでございます。したがって、私どもといたしましては、このいろいろな経済社会計画や三全総と整合性の保たれたものといたしたいということを考えております。
いずれにいたしましても、本土との格差というものを是正するということが何よりも大切なことでございまして、一層努力をしてまいりたいと存じます。
この発言だけを見る →ただいま國場委員より御指摘がございましたように、復帰後沖繩県は五年目を迎えたのでございます。沖繩県の経済社会の現状を見ますと、人口は百四万人余となりまして県民所得も上がってまいりまして、全国水準にまではまだまだ達しておりませんが、それに迫りつつある状況でございます。そして、御承知のとおり道路、空港、港湾及び生活環境施設など公共施設も積極的に整備されておりまして、計画の基本目標の一つでございます各面にわたる本土との格差是正という面につきましては、完全に十分とは申せませんけれども、一応の成果を上げていると考えます。
しかしながら、基本目標のもう一つの重要な柱でございます自立的発展を可能とする産業振興という面におきましては、期待したように進んでいない面があることは事実でございまして、私どもとしても大変心を痛めているところでございます。産業構造の面から見ますと、御承知のように第二次産業が非常に弱い状況でございまして、就業者数においても生産所得におきましても、総体的に第三次産業に片寄った構造は依然として変わっておりません。また、農業を見ましても、耕地面積は減少傾向をたどっておりますし、基幹作物でありますサトウキビの生産量も低下している。また、農家経済の本土との格差というのは年々縮小に向かってはおりますけれども、やはり格段の厚みの相違があるというのが現状でございます。私どもといたしましては、農業基盤の整備、サトウキビ価格など農産物の価格の上昇等による収益性の向上などから農業をもう一度見直して、これに十分農業者の方々も取り組んでいただきたいということを県とともにやっておりまして、農業に対する取り組みの強化というものが見られるというような明るい兆しはございます。私どもといたしましては、層一層努力をいたしまして、畜産野菜、果樹、花卉等の振興にも当たってまいりたいと思います。
また、企業誘致は、御承知のとおり立地条件の問題、本土との距離が遠いこと、市場が狭いこと、いろいろデメリットがございます。また、わが国経済情勢の変化もございますし、反公害、反工業というムードが加わりまして、なかなかこれはうまく進んでいかないという状態でございまして、私どもとしては、県民の方々にできるだけ御理解をいただきたいとこいねがっているところでございます。
さらに、観光産業につきましては、復帰後、増加の一途をたどりまして、観光収入も伸びてまいりましたけれども、海洋博の終了に伴いまして、従来のような伸びは期待できないような状況でございます。私どもとしては、施設の整備などをいたしまして、観光客の誘致に多大の努力を注いでまいりたいと存じます。
こういうふうな概況でございますので、いろいろ前途には厳しいものがございますけれども、基本目標が達成できるかどうかということについては、政府も努力をいたしますけれども、県民の方々も英知を結集してこれらに当たっていただきたいというのが偽りのない私どもの心情なのでございます。
それから、ただいま振興計画と三全総等との関係はいかがであるか、こういうお話でございましたが、沖繩振興開発計画につきましては、計画そのものを前提にはもちろんいたしておりますけれども、私どもといたしましては、中期的な展望というものを持つことによりましてこの新しい経済情勢に即応した振興開発というものが行われなければならないということで、ただいま、今後の人口及び経済社会の見通しと産業振興策の二つのテーマをもちまして二つの部会をつくりまして、中期的展望の具体的作業を行っているところでございます。そして、これらの展望にいたしましても、沖繩振興開発計画の進め方にいたしましても、私どもはあの四十七年の沖繩開発の基本構想を受けまして、十分これと調整を図っていくわけでございますけれども、第三次全国総合開発計画とは十分調整が図られなければならないと存じます。御承知のように、沖繩県はわが国の一つの経済圏であります以上、わが国の総合開発計画と無関係に振興開発が進められることはあり得ないわけでございます。したがって、私どもといたしましては、このいろいろな経済社会計画や三全総と整合性の保たれたものといたしたいということを考えております。
いずれにいたしましても、本土との格差というものを是正するということが何よりも大切なことでございまして、一層努力をしてまいりたいと存じます。
國
國場幸昌#4
○國場委員 沖繩海洋博もおかげをもちまして、予定どおりと満足には言えませんが、終了いたしまして、それによる振興に対する効果的なメリットは多々あることは私が言うまでもございません。道路整備問題空港整備問題あるいは港湾、電気、上下水道、他にも関連する観光設備等々、多々あるわけでございますが、海洋博そのものに余りにも大きな期待をしたがために、どちらかと言いますと過当設備ということにもなりましょうが、ホテルその他においての運輸業者あるいはまた建設業者、他においての海洋博関連設備に対する遊休的な設備がずいぶんいま問題を大きくして、大きな借財をしまして投資されたものが遊休設備となり、それに対する借金の返済でずいぶんいま苦しんでいるのが実情なんですが、開発庁としましてそれに対する措置といいましょうか救済措置、あるいはまたそういう設備に対しての使用変更とか、こういうことが考えられておりますものであるかどうか。と言いますのは、このまま放置しておきますと、せっかくの設備も全部死んでしまうばかりか、そこに多額の借財をしてその設備をなした方々は、その借金に悩まされ、ひいては首つりも出るというようなかっこうの行き詰まった状況の中で、何とかその救済策あるいは使用目的に対しての変更とか、いずれにしましても生かすためにはやはり先立つものはそれに対する資金の問題がありますし、開発庁としまして、その見通しも聞かずしてむちゃくちゃにつくったのが悪いんだと言えばそれまでのことかもしれませんが、しかし、と言ってそういうわけにもいかないし、やはり海洋博を成功させましょうというキャッチフレーズのもとでみんなが協力したというその誠意に対しては何とかやはり報いる、救済するような策もやってやらなければいけないのではないか、素人ながらもこういうことも考えるわけでございますが、その点に対しまして何か御配慮された特段の措置がありますかどうか、お伺いいたします。
この発言だけを見る →植
植木光教#5
○植木国務大臣 ただいまお話ございましたように、海洋博覧会は一応の成果をおさめまして また関連諸事業が行われましたために、長期的に見ていただきましたならば、これらの投資せられました事業は今後の沖繩県民生活あるいは経済活動その他に大きな役割りを果たしていくものと信じております。しかし、海洋博覧会後の経済というものがどうなるかということにつきましては、政府としても非常に大きな課題として対処をしつつ今日に至ったわけでございますけれども、お話しのように国全体の経済が低成長でございます。また、県外からの観光客も減少をするということによりまして、ただいまお話がございましたように、いろいろ企業が倒産をするというような状況も生まれてまいりました。この倒産企業の防止のためには、沖繩振興開発金融公庫に指示をいたしまして、企業の実情に応じまして貸付金の償還期限の延長等を行うとともに、沖繩総合事務局が中心となりまして、沖繩における金融機関に対し適切な措置をとるように努力をしているところでございます。地場産業の振興というものがどうしても必要でございまして、したがって私どもとしては公共事業を推進することによって沖繩全体の社会資本の基盤を整備いたしますとともに、また農業基盤の整備等も行いまして経済基盤の整備を行うとともに、観光客の誘致等も先ほど申し上げましたようにできるだけ努力をするというような総合的な施策の中で、経済の落ち込み、企業の倒産問題あるいは失業者の吸収というようなことに努力をしていかなければならないのでございまして、いま全力投球をしているという真っ最中でございます。金融公庫にいたしましても、総合事務局にいたしましても、経済的に困難をきわめておられます方々に対します金融面での措置等につきましては、十分配慮しているところでございます。
この発言だけを見る →國
國場幸昌#6
○國場委員 振興局長にちょっとお尋ねしたいのですが、いま大臣はあらゆる面から配慮をされて目下考慮中である、また実施もしておるということでございますか、何を申しましても、たとえばホテルならあれだけのホテルが金を返済するのに、たな上げしたからとか、あるいは銀行の方で金利を安くしたからというようなことで解決できるものではないと私は考えます。
そこで、あれの転用について、あの過剰設備と言っては語弊があるかもしれませんが、やはり四万人も収容できるというようなホテルの過剰なる設備、これを転用するためには、やはり改造、模様がえも必要でしょうが、そういうものに対しての考えは何かお持ちでありませんか。たとえばいま本土から派遣されて出向するところの政府公務員とか、あるいはまた自衛隊の宿舎とかいろいろございますが、そういう面においてもどうせ貸し家というものをこれからもつくるということであれば、そういうものに対しての転用、あるいはまた病院とか医療設備とかはずいぶん立ちおくれております。こういうものに対しての改造、転用ということも考えられるのじゃないか。これは素人考えですが、これを生かして使うには、やはりそういう方面もお考えになられたらというようなことも考えるわけですが、いかがですか、局長その点。
この発言だけを見る →そこで、あれの転用について、あの過剰設備と言っては語弊があるかもしれませんが、やはり四万人も収容できるというようなホテルの過剰なる設備、これを転用するためには、やはり改造、模様がえも必要でしょうが、そういうものに対しての考えは何かお持ちでありませんか。たとえばいま本土から派遣されて出向するところの政府公務員とか、あるいはまた自衛隊の宿舎とかいろいろございますが、そういう面においてもどうせ貸し家というものをこれからもつくるということであれば、そういうものに対しての転用、あるいはまた病院とか医療設備とかはずいぶん立ちおくれております。こういうものに対しての改造、転用ということも考えられるのじゃないか。これは素人考えですが、これを生かして使うには、やはりそういう方面もお考えになられたらというようなことも考えるわけですが、いかがですか、局長その点。
井
井上幸夫#7
○井上(幸)政府委員 お答えいたします。
ホテル等の転用につきましては、私ども一応検討はしたのでございますけれども、まず病院といたす案につきましては、酸素の配管その他の工事が非常に大変でございまして、かえって中途半端なものになってしまうということで、実例としては一例か二例病院に転用した建物や施設があるようでございますけれども、これは新設のときから別配管がしてあったようでございまして、そういう用意のないものにつきましては、事実問題としては非常にむずかしい話であろうかと思います。
それからあと、もともとが宿泊施設でございますから、宿泊施設として転用する。非常に端的に申し上げますと、何といいますか、公務員が出張いたしますときの宿泊施設その他、確かに大体どこの地域にもあるのでございますけれども、そういうものに転用する、あるいは国家公務員の独身寮として転用するということも一応は検討いたしましたけれども、事実問題としては非常にむずかしいというのがただいまの状況でございます。
この発言だけを見る →ホテル等の転用につきましては、私ども一応検討はしたのでございますけれども、まず病院といたす案につきましては、酸素の配管その他の工事が非常に大変でございまして、かえって中途半端なものになってしまうということで、実例としては一例か二例病院に転用した建物や施設があるようでございますけれども、これは新設のときから別配管がしてあったようでございまして、そういう用意のないものにつきましては、事実問題としては非常にむずかしい話であろうかと思います。
それからあと、もともとが宿泊施設でございますから、宿泊施設として転用する。非常に端的に申し上げますと、何といいますか、公務員が出張いたしますときの宿泊施設その他、確かに大体どこの地域にもあるのでございますけれども、そういうものに転用する、あるいは国家公務員の独身寮として転用するということも一応は検討いたしましたけれども、事実問題としては非常にむずかしいというのがただいまの状況でございます。
國
國場幸昌#8
○國場委員 すぐ特効薬とすべきような施策は直ちには生まれてこないと思うのですが、今後とも引き続きひとつ御協力をよろしくお願いします。
失業者の問題なんですが、異常なる失業者と沖繩は判断しまして、海洋博後における影響も受けておる、こういうようなことも考えられるわけなんですが、また労働人口約四十三万くらいと言われておりますが、その中で七%で三万、四十三万のうち七%、本土は二・四%と言いますと約三倍になるわけなんですが、この失業問題、振興開発計画策定の十カ年後における目標というのが百三万から百五万、そうしますと、人口はUターン現象が起きまして、海洋博のためであったんでしょうか、すでに百四万二千五百名とかいうようなことを言っておりますが、失業者がこれだけ出るというのは、いまそれが始まったものじゃない。
これは復帰のときにあの振興開発の十カ年計画というのが策定されたのは、御案内のとおり基地経済から安定した経済に切りかえるために、また基地がいつまでもそこに居座るというようなことは好ましいことでもないし、その必要性もないのだというようなことで、振興開発計画は基地経済から脱皮してそれにかわるべきような就労の場をというようなことで十カ年計画ができておるということは、地域的にも沖繩本島においては東海岸は臨海工業に恵まれたところの立地条件、これを生かして第二次産業を誘致する。処女地でありますので、もちろん公害問題に対しては最小限において、本土におけるところの苦い経験を生かして、それで名実ともに工業、第二次産業の発展をというようなことで、この条件が恵まれておるという一つの証拠に対しては私が言うまでもなく、沖繩はいわゆる戦略的な基地として軍事的な重要性、異常なる立地的条件、経済的条件があるということ、それにシンガポールと沖繩の東海岸、これは東洋において最も恵まれておる。沖繩海溝といいましょうか、琉球海溝といいましょうか、五十メートル、百メートル東海岸をちょっと離れると、三十万トン、四十万トンの大型タンカーでも容易に発着できる。それに、東海岸には中城湾という港湾を産業重要港湾として張りつける。そこで沖繩の持つところの、また基地経済から脱皮するところの沖繩振興開発計画が策定される。西海岸においてはやはり観光を主体とするところの、北部においては山林、水産、観光、中部はいま言うように観光、それから南に下がりまして商業、水産、観光、農業、また宮古、八重山は畜産、観光、農業、水産こういうようなぐあいに分類されて沖繩の振興開発はできておるということでございますが、しかし三カ年たたないうちに、この振興開発は価値観の変化があるというようなことで、練り直しだというようなことです。復帰の際に駆け込み外資といいまして、アメリカは重機組み立て工場を持ってこよう、アルミ工場を持ってこよう、造船所を持ってこよう、いろいろな策定をして石油コンビナートも申し入れがあって、それに対して本土の通産省としましては、わが政府は、そういうものが復帰後においても大資本をもってやった場合には、わが国の産業に大きく競合するマイナスがあるということで、アルミ産業を手初めに出だしたわけなんですが、それが執行の段階になりまして反対に遭い、復帰して五年を迎えておりますが、とうとう何一つだにその就労の場とするところの策定された企業の誘致はできておりません。ゆえに、今日に至ってこの異常なる三万余にわたるところの失業者がはんらんしておる。このことは申すまでもなく、失業者の内容からしましても、大体三分の一以上が軍の離職者であるとかあるいはその他関連するところの基地産業の労働者、こういう者が主体をなしておる。こういうことから考えますと、失業が今日こうなってきたのは、振興開発計画そのものが、目標に対して方向がずいぶん挫折されまして今日の混乱があるというようなことを察するわけでございます。今後において、いまさっきもお尋ねいたしましたが、もちろん民芸、工芸工業の伸展、奄美大島にありましては、十六万そこそこの人口をもって二百億の奄美大島つむぎが生産されておる。沖繩にありましては、御案内のとおり祖先から受け継がれたところの貴重なる伝統工芸品がずいぶんありますが、それでは昨年民芸工業が幾らぐらい生産されておるかというと、三十億そこそこだと言われております。奄美がたった十五、六万の人口をもって二百億という大島つむぎを生産しておる。沖繩においては百万も人口があって、その約六倍の人口を擁しておるのです。御案内のとおり沖繩には漆器、陶器それから織物、こういうたくさんの貴重な民芸工業がございます。失業者の救済、あるいは公害もないような労働集約型の工業ができるということから考えますと、奄美大島のようにそれに思い切った力を入れますと、約一千億から一千二百億ぐらいのそういうものの生産はできるのじゃないか、こういうようなことを考えるわけでございますが、しかし残念ながら予算の中でどうもその点が反映してきていない、こういうようなことを見受けるわけなんです。工業試験所も戦前は県あるいは国の補助によってあったわけなんですが、戦後における工業面に対する力の入れ方が足りないのじゃないか、こういうことも考えるわけですが、その点に対しましていかような政策をお持ちであるか。
また、振興開発計画の練り直しをしなければいけないのですが、三カ年たった以後においての沖繩振興計画の練り直しというのは、どういうような形でもって練り直して、そして名実ともに開発庁の設置された役割りを果たさんとするものであるか、その点をちょっと詳しく御説明していただきたいと思いますので、よろしくお願いします。
この発言だけを見る →失業者の問題なんですが、異常なる失業者と沖繩は判断しまして、海洋博後における影響も受けておる、こういうようなことも考えられるわけなんですが、また労働人口約四十三万くらいと言われておりますが、その中で七%で三万、四十三万のうち七%、本土は二・四%と言いますと約三倍になるわけなんですが、この失業問題、振興開発計画策定の十カ年後における目標というのが百三万から百五万、そうしますと、人口はUターン現象が起きまして、海洋博のためであったんでしょうか、すでに百四万二千五百名とかいうようなことを言っておりますが、失業者がこれだけ出るというのは、いまそれが始まったものじゃない。
これは復帰のときにあの振興開発の十カ年計画というのが策定されたのは、御案内のとおり基地経済から安定した経済に切りかえるために、また基地がいつまでもそこに居座るというようなことは好ましいことでもないし、その必要性もないのだというようなことで、振興開発計画は基地経済から脱皮してそれにかわるべきような就労の場をというようなことで十カ年計画ができておるということは、地域的にも沖繩本島においては東海岸は臨海工業に恵まれたところの立地条件、これを生かして第二次産業を誘致する。処女地でありますので、もちろん公害問題に対しては最小限において、本土におけるところの苦い経験を生かして、それで名実ともに工業、第二次産業の発展をというようなことで、この条件が恵まれておるという一つの証拠に対しては私が言うまでもなく、沖繩はいわゆる戦略的な基地として軍事的な重要性、異常なる立地的条件、経済的条件があるということ、それにシンガポールと沖繩の東海岸、これは東洋において最も恵まれておる。沖繩海溝といいましょうか、琉球海溝といいましょうか、五十メートル、百メートル東海岸をちょっと離れると、三十万トン、四十万トンの大型タンカーでも容易に発着できる。それに、東海岸には中城湾という港湾を産業重要港湾として張りつける。そこで沖繩の持つところの、また基地経済から脱皮するところの沖繩振興開発計画が策定される。西海岸においてはやはり観光を主体とするところの、北部においては山林、水産、観光、中部はいま言うように観光、それから南に下がりまして商業、水産、観光、農業、また宮古、八重山は畜産、観光、農業、水産こういうようなぐあいに分類されて沖繩の振興開発はできておるということでございますが、しかし三カ年たたないうちに、この振興開発は価値観の変化があるというようなことで、練り直しだというようなことです。復帰の際に駆け込み外資といいまして、アメリカは重機組み立て工場を持ってこよう、アルミ工場を持ってこよう、造船所を持ってこよう、いろいろな策定をして石油コンビナートも申し入れがあって、それに対して本土の通産省としましては、わが政府は、そういうものが復帰後においても大資本をもってやった場合には、わが国の産業に大きく競合するマイナスがあるということで、アルミ産業を手初めに出だしたわけなんですが、それが執行の段階になりまして反対に遭い、復帰して五年を迎えておりますが、とうとう何一つだにその就労の場とするところの策定された企業の誘致はできておりません。ゆえに、今日に至ってこの異常なる三万余にわたるところの失業者がはんらんしておる。このことは申すまでもなく、失業者の内容からしましても、大体三分の一以上が軍の離職者であるとかあるいはその他関連するところの基地産業の労働者、こういう者が主体をなしておる。こういうことから考えますと、失業が今日こうなってきたのは、振興開発計画そのものが、目標に対して方向がずいぶん挫折されまして今日の混乱があるというようなことを察するわけでございます。今後において、いまさっきもお尋ねいたしましたが、もちろん民芸、工芸工業の伸展、奄美大島にありましては、十六万そこそこの人口をもって二百億の奄美大島つむぎが生産されておる。沖繩にありましては、御案内のとおり祖先から受け継がれたところの貴重なる伝統工芸品がずいぶんありますが、それでは昨年民芸工業が幾らぐらい生産されておるかというと、三十億そこそこだと言われております。奄美がたった十五、六万の人口をもって二百億という大島つむぎを生産しておる。沖繩においては百万も人口があって、その約六倍の人口を擁しておるのです。御案内のとおり沖繩には漆器、陶器それから織物、こういうたくさんの貴重な民芸工業がございます。失業者の救済、あるいは公害もないような労働集約型の工業ができるということから考えますと、奄美大島のようにそれに思い切った力を入れますと、約一千億から一千二百億ぐらいのそういうものの生産はできるのじゃないか、こういうようなことを考えるわけでございますが、しかし残念ながら予算の中でどうもその点が反映してきていない、こういうようなことを見受けるわけなんです。工業試験所も戦前は県あるいは国の補助によってあったわけなんですが、戦後における工業面に対する力の入れ方が足りないのじゃないか、こういうことも考えるわけですが、その点に対しましていかような政策をお持ちであるか。
また、振興開発計画の練り直しをしなければいけないのですが、三カ年たった以後においての沖繩振興計画の練り直しというのは、どういうような形でもって練り直して、そして名実ともに開発庁の設置された役割りを果たさんとするものであるか、その点をちょっと詳しく御説明していただきたいと思いますので、よろしくお願いします。
植
植木光教#9
○植木国務大臣 詳細につきましては政府委員からお答えをいたさせますが、御指摘のように、沖繩県は三月の労働力調査によりますと、完全失業者は二万九千人で七%という数字が出ております。これは地元産業が脆弱なために雇用力が乏しいということが第一点でありますし、また第二点は、これは本土も同じでございますが、長期にわたって不況が続いてきたという点がございます。それから、米軍基地からの解雇が引き続き行われている。さらに、本土地域からの就職者のUターン現象があったというのはただいまお話しのとおりでございます。また、海洋博覧会が終わりまして、臨時雇用者が職を失う、こういうような形になっております。それに加えまして、新卒者がちょうど出る時期でもあるということでございます。
私どもといたしましては、この非常に大きな失業者をどういうふうに吸収していくかということについてはいろいろ努力をしているところでございますが、いま申し上げましたような理由が、そのままいわば私どものとるべき対策を示してくれていると思うのでございまして、地元産業の育成というものが何よりも大切でありますし、また景気の回復を図ることが大事なことでありますし、また本土からの就職者のUターンされた方々に職を与える、あるいは逆に言いますと、本土は大分景気も回復してまいりましたので、広域職業紹介等によりましてまた本土でも就業の機会を得る、こういうようなことがいろいろ考えられるわけでありまして、そのための努力をしているところでございます。
当面、公共事業の推進や政策金融の充実を図りまして、特段の配慮を五十一年度予算においてはしてきたのでございますが、この二万九千人という人々を吸収しますだけの施策というのはなかなか大変でございます。昨年度の六百五十億の公共事業費を御承知のとおり八百億にしたわけでございますが、この百五十億の増加額、さらに金融公庫の融資の増加額、こういうものによってどれだけ失業者を吸収できるかということを試算いたしますと、大体事業そのものについては三千人から四千人は吸収できるのではないか、これにはそれぞれ関連のいろいろな事業がございますから、また中小企業のいろいろな役割りもあるわけでございますから、大体一万人はこれによって吸収できるのではないかという見通しを立てているのでございます。
それから、伝統産業の育成の問題についてお話がございました。これは私が初めて長官に就任をいたしまして沖繩に参りました際に、一番痛感をしました問題の一つでございまして、沖繩の責任者として、今後の地場産業発展のための伝統工芸品の育成というものがなければならないということを記者会見でも一番最初に申し上げたというようなものでございます。古くから伝わっております織物、染色、陶器、漆器等のこの伝統工芸品は、いわば沖繩のみならず日本の宝とも言うべき特色のあるものでございます。したがって、この産業の育成を図りますことが、ただいま御指摘のように、第二次産業で大きな企業を誘致するということが現在なかなかむずかしい状況の中にありまして、さしあたっての力を入れるべき対象であろうと思うのでございます。
ただ、今日までこの伝統工芸を見ておりますと、業種、業態に応じまして必要な協業化でございますとかあるいは共同化あるいは経営の合理化、市場の開拓あるいは技術指導、デザインの研究開発、後継者の育成確保、こういう点につきましては、本土にあります伝統工芸産業を持っております地域に比べますと、まだ格段の差がございまして、私自身も伝統工芸品の産地の出身者でございますので、強くそのことを感じるわけでございます。したがいまして、私は、ただいま申し上げましたような、せっかく育成して大きく発展をする力を持っている伝統工芸品をめぐる各種のおくれた問題点というものをそれぞれ指摘をいたしまして、そしてこれについてのそれぞれの業界の御努力を要請しますとともに、私どもとしてもできるだけの指導をしてきているところでございます。
すでに御承知のように、復帰記念事業の一つといたしまして、全額国庫負担で沖繩県立伝統工芸指導所を国が建設をいたしました。そして、これに引き続きまして、昭和五十年度においては、これは國場委員も政務次官としていろいろ御努力いただいたわけでございますが、久米島つむぎの生産振興を図るために共同作業場、製品検査室、技能養成室及び共同展示室等の機能を有します伝統工芸センターを久米島に建設いたしますとともに、本年度におきましては、宮古島に宮古上布の生産振興を図るための共同利用施設を建設するために経費を計上したところでございます。
なお、金融公庫に対しましては、伝統工芸産業振興に必要な資金を本土よりも有利な条件で融資をするようにお願いをいたしまして、その措置が図られることになっております。
私どもとしましては、非常に重要な産業の一つとして振興のための努力を払ってまいりたいと存じます。
この発言だけを見る →私どもといたしましては、この非常に大きな失業者をどういうふうに吸収していくかということについてはいろいろ努力をしているところでございますが、いま申し上げましたような理由が、そのままいわば私どものとるべき対策を示してくれていると思うのでございまして、地元産業の育成というものが何よりも大切でありますし、また景気の回復を図ることが大事なことでありますし、また本土からの就職者のUターンされた方々に職を与える、あるいは逆に言いますと、本土は大分景気も回復してまいりましたので、広域職業紹介等によりましてまた本土でも就業の機会を得る、こういうようなことがいろいろ考えられるわけでありまして、そのための努力をしているところでございます。
当面、公共事業の推進や政策金融の充実を図りまして、特段の配慮を五十一年度予算においてはしてきたのでございますが、この二万九千人という人々を吸収しますだけの施策というのはなかなか大変でございます。昨年度の六百五十億の公共事業費を御承知のとおり八百億にしたわけでございますが、この百五十億の増加額、さらに金融公庫の融資の増加額、こういうものによってどれだけ失業者を吸収できるかということを試算いたしますと、大体事業そのものについては三千人から四千人は吸収できるのではないか、これにはそれぞれ関連のいろいろな事業がございますから、また中小企業のいろいろな役割りもあるわけでございますから、大体一万人はこれによって吸収できるのではないかという見通しを立てているのでございます。
それから、伝統産業の育成の問題についてお話がございました。これは私が初めて長官に就任をいたしまして沖繩に参りました際に、一番痛感をしました問題の一つでございまして、沖繩の責任者として、今後の地場産業発展のための伝統工芸品の育成というものがなければならないということを記者会見でも一番最初に申し上げたというようなものでございます。古くから伝わっております織物、染色、陶器、漆器等のこの伝統工芸品は、いわば沖繩のみならず日本の宝とも言うべき特色のあるものでございます。したがって、この産業の育成を図りますことが、ただいま御指摘のように、第二次産業で大きな企業を誘致するということが現在なかなかむずかしい状況の中にありまして、さしあたっての力を入れるべき対象であろうと思うのでございます。
ただ、今日までこの伝統工芸を見ておりますと、業種、業態に応じまして必要な協業化でございますとかあるいは共同化あるいは経営の合理化、市場の開拓あるいは技術指導、デザインの研究開発、後継者の育成確保、こういう点につきましては、本土にあります伝統工芸産業を持っております地域に比べますと、まだ格段の差がございまして、私自身も伝統工芸品の産地の出身者でございますので、強くそのことを感じるわけでございます。したがいまして、私は、ただいま申し上げましたような、せっかく育成して大きく発展をする力を持っている伝統工芸品をめぐる各種のおくれた問題点というものをそれぞれ指摘をいたしまして、そしてこれについてのそれぞれの業界の御努力を要請しますとともに、私どもとしてもできるだけの指導をしてきているところでございます。
すでに御承知のように、復帰記念事業の一つといたしまして、全額国庫負担で沖繩県立伝統工芸指導所を国が建設をいたしました。そして、これに引き続きまして、昭和五十年度においては、これは國場委員も政務次官としていろいろ御努力いただいたわけでございますが、久米島つむぎの生産振興を図るために共同作業場、製品検査室、技能養成室及び共同展示室等の機能を有します伝統工芸センターを久米島に建設いたしますとともに、本年度におきましては、宮古島に宮古上布の生産振興を図るための共同利用施設を建設するために経費を計上したところでございます。
なお、金融公庫に対しましては、伝統工芸産業振興に必要な資金を本土よりも有利な条件で融資をするようにお願いをいたしまして、その措置が図られることになっております。
私どもとしましては、非常に重要な産業の一つとして振興のための努力を払ってまいりたいと存じます。
國
國場幸昌#10
○國場委員 時間がございませんので、こちらも簡潔にお尋ねしますので、よろしくお願いします。
特別措置延期についての二十品目に対して、いま沖繩から盛んに来年の五月十四日を期してこれが切れたら大変だ、恩恵を受けている日常生活においての金額からしましても約三百億近くにもなるということで、三百億という金は、もう私が言うまでもなく、沖繩の砂糖、パインを束にしてでも、それよりも下回っている二百二十四、五億から二百三十億、こう言われております。その三百億近くにおいて、日常生活の必需品でそれだけの値段が特別措置がはずれますとぶっかかってきたら、所得面においてでもとても低いような沖繩にずいぶん打撃が来て大変なことになると右往左往しておりますが、もちろんそれじゃ五カ年後、延ばした場合に、また後はどうするのだということもきますが、とりあえずその点に対しては、県民としましてもその五カ年やって、またやってくれ、こういうことはまさかくるものじゃないし、それに対しては厳しくいろいろと改善を加えるべく御指導すると同時に、沖繩県民も努力するであろう、こういうことで考えられますが、この特別措置に対しての問題は、開発庁としましてほかの各省庁との調整、予算に関することでありますと、遅くとも八月、九月までには大体めどがつかなければいけないと思うのです。その点いかがになっておりますか、簡単にひとつ……。
この発言だけを見る →特別措置延期についての二十品目に対して、いま沖繩から盛んに来年の五月十四日を期してこれが切れたら大変だ、恩恵を受けている日常生活においての金額からしましても約三百億近くにもなるということで、三百億という金は、もう私が言うまでもなく、沖繩の砂糖、パインを束にしてでも、それよりも下回っている二百二十四、五億から二百三十億、こう言われております。その三百億近くにおいて、日常生活の必需品でそれだけの値段が特別措置がはずれますとぶっかかってきたら、所得面においてでもとても低いような沖繩にずいぶん打撃が来て大変なことになると右往左往しておりますが、もちろんそれじゃ五カ年後、延ばした場合に、また後はどうするのだということもきますが、とりあえずその点に対しては、県民としましてもその五カ年やって、またやってくれ、こういうことはまさかくるものじゃないし、それに対しては厳しくいろいろと改善を加えるべく御指導すると同時に、沖繩県民も努力するであろう、こういうことで考えられますが、この特別措置に対しての問題は、開発庁としましてほかの各省庁との調整、予算に関することでありますと、遅くとも八月、九月までには大体めどがつかなければいけないと思うのです。その点いかがになっておりますか、簡単にひとつ……。
植
植木光教#11
○植木国務大臣 この特別措置につきましては、私どもとしては、開発庁が窓口になりまして各省庁に対して精力的に御要望にこたえるべく努力しているところでございます。何と申しましても開発庁が一番実情を知っているわけでございます。したがいまして、私どもとしましては、各省庁に対してただいまのような努力をしていくということでございます。いまお話がございましたように、財政措置を伴うものがございます。八月までには私どもとしての態度を決めるという方向で努力をいたしたいと思います。
この発言だけを見る →國
國場幸昌#12
○國場委員 よろしくお願いいたします。
振興局長、沖繩開発庁予算の中に、未買収道路用地とか公用地、国家財産に帰すべきものが予算の中でパーセンテージに全部あらわれてきまして、他省と対照するときにこれで全部数字が上がってしまって、何%と上がっておる沖繩特別措置だということにされるということは、これは当然国有地に帰すべき道路用地とかそういうものに対しては別枠でもってやらなければ、金目は大きく出ておるけれども、しかしこれは道路用地としての国道あるいは県道とかそういうものに帰すべきものであるので、県道ならいざ知らず、国道に買収される土地の予算までも沖繩予算の中にこれが包含される、こういうようなことになると、ほかとの駆け引き、予算を獲得する場合の数字だけはちょっと大きくして、恩を着て、しかし中身はそうでないということになる。その方面の予算の折衝の仕方なんですが、その点に対していかがな——私はその点は切り離して、これは沖繩の振興に対するところのものじゃないんだということをすっきりさせてやった方がいいんじゃないかと思うのです。
それから、もう時間がありませんが、御承知のとおり沖繩の道路用地となっている未買収土地、これは莫大なものでありまして、いまのようにして年間百億ぐらいの予算を立てたのでは、これは何十年、何百年かかるかしれませんが、それに対して、さっきも申し上げましたとおりもっと額をふやすなりしまして、それで何年計画でこの土地を全部買収せんとするものであるか、とりあえず国道、県道だけでも早くめどをつけてもらいたいというのが県民の声なんですが、その点に対しましての計画がありましたらひとつお知らせしていただきたいと思います。
この発言だけを見る →振興局長、沖繩開発庁予算の中に、未買収道路用地とか公用地、国家財産に帰すべきものが予算の中でパーセンテージに全部あらわれてきまして、他省と対照するときにこれで全部数字が上がってしまって、何%と上がっておる沖繩特別措置だということにされるということは、これは当然国有地に帰すべき道路用地とかそういうものに対しては別枠でもってやらなければ、金目は大きく出ておるけれども、しかしこれは道路用地としての国道あるいは県道とかそういうものに帰すべきものであるので、県道ならいざ知らず、国道に買収される土地の予算までも沖繩予算の中にこれが包含される、こういうようなことになると、ほかとの駆け引き、予算を獲得する場合の数字だけはちょっと大きくして、恩を着て、しかし中身はそうでないということになる。その方面の予算の折衝の仕方なんですが、その点に対していかがな——私はその点は切り離して、これは沖繩の振興に対するところのものじゃないんだということをすっきりさせてやった方がいいんじゃないかと思うのです。
それから、もう時間がありませんが、御承知のとおり沖繩の道路用地となっている未買収土地、これは莫大なものでありまして、いまのようにして年間百億ぐらいの予算を立てたのでは、これは何十年、何百年かかるかしれませんが、それに対して、さっきも申し上げましたとおりもっと額をふやすなりしまして、それで何年計画でこの土地を全部買収せんとするものであるか、とりあえず国道、県道だけでも早くめどをつけてもらいたいというのが県民の声なんですが、その点に対しましての計画がありましたらひとつお知らせしていただきたいと思います。
井
井上幸夫#13
○井上(幸)政府委員 数字にかかわることでございますので、私から御説明申し上げます。
五十一年度予算で見まして、道路予算は三百六億円、その中でいわゆるつぶれ地関係の予算が百七億円、御指摘のとおり約三割がつぶれ地問題の処理のために使われておるということでございます。このつぶれ地処理予算は、復帰のときが二十八億でございますから、五十一年は大体その四倍に近い金額になっているわけでございます。このように絶対額がふえ、かつ道路予算の中で占めておりますつぶれ地処理予算がふえておりますのは、やはりつぶれ地問題というのは可能な限り早く解決する、こういう物の考え方で重点的にやってまいったわけでございまして、あとたしか残りのものとしては国道、県道等で約二千億程度のものが未処理のまま残っている。したがいまして、現在程度のスピードでまいりますと二十年かかるという勘定になるわけでございますけれども、これは私どもの方としては、地籍問題が確定しておりますものにつきまして、可能な限り早い段取りでこの問題を解決したい、こういうふうに考えています。
このつぶれ地解消のための努力が一般道路整備を阻害しているのではないかという御質問でございますけれども、私どもの現在の見込みでは、つぶれ地につきまして従来以上に努力をするという前提で、かつその一般道路整備の手持ちの仕事の量、そういうものを絡み合わせまして、決して一般道路整備に支障を来すことのないように両立することが可能である、こういうように私どもは推計をいたしております。ただ、つぶれ地そのものの処理が何年で済むかという話につきましては、先ほど来申し上げておりますように、地籍未確定という要素が絡みますので、端的にいまここであと四年でできる、五年でできるということは、現在のところは申し上げかねる状況でございます。
この発言だけを見る →五十一年度予算で見まして、道路予算は三百六億円、その中でいわゆるつぶれ地関係の予算が百七億円、御指摘のとおり約三割がつぶれ地問題の処理のために使われておるということでございます。このつぶれ地処理予算は、復帰のときが二十八億でございますから、五十一年は大体その四倍に近い金額になっているわけでございます。このように絶対額がふえ、かつ道路予算の中で占めておりますつぶれ地処理予算がふえておりますのは、やはりつぶれ地問題というのは可能な限り早く解決する、こういう物の考え方で重点的にやってまいったわけでございまして、あとたしか残りのものとしては国道、県道等で約二千億程度のものが未処理のまま残っている。したがいまして、現在程度のスピードでまいりますと二十年かかるという勘定になるわけでございますけれども、これは私どもの方としては、地籍問題が確定しておりますものにつきまして、可能な限り早い段取りでこの問題を解決したい、こういうふうに考えています。
このつぶれ地解消のための努力が一般道路整備を阻害しているのではないかという御質問でございますけれども、私どもの現在の見込みでは、つぶれ地につきまして従来以上に努力をするという前提で、かつその一般道路整備の手持ちの仕事の量、そういうものを絡み合わせまして、決して一般道路整備に支障を来すことのないように両立することが可能である、こういうように私どもは推計をいたしております。ただ、つぶれ地そのものの処理が何年で済むかという話につきましては、先ほど来申し上げておりますように、地籍未確定という要素が絡みますので、端的にいまここであと四年でできる、五年でできるということは、現在のところは申し上げかねる状況でございます。
國
國場幸昌#14
○國場委員 前に進みます。
沖繩返還に際しての放棄請求権、対米請求権、これが遅々として進むことなくして、関係地主あるいはまたその他における請求権を有する、あれは多分十種目であったんでしょうか、アメリカ土地裁判に訴訟をしたのがほとんどだめだということで持ち返って、わが国政府の方に請求権の方向が転換されておったと思うのです。この請求権に対しましては、返還協定のときにも復帰の段階にありましても、日米間においての請求権は放棄したといえども、それは国家間のやりとりであって、沖繩県民に対しては損失を与えない、こういうことは繰り返し繰り返し、正しいものに対しては適正なる補償は絶対するのが当然であるのだ、こういうことでありましたが、いまだにそういう問題が解決していないということに大きな問題があるわけなんですが、その方はどうなっておりますか。
それから、アメリカの施政権下において、そのさなかで返還されたたとえば上本部の飛行場とかあるいは読谷の軍用地とか、その他にも石川にもあるし伊江島にもあり、たくさんあるわけなんですが、これは施政権のさなかにあるときに返還されたもの、アメリカが開設利用した、戦争最中設備して引き続き利用したもの、そういうものは、返還協定の中では、アメリカが補償するというようなことにはなっておるといえども、しかしアメリカはそれに対して、もう八年前にあの上本部なんか返されておるのですが、それは補償されていないのです。
施設庁来ておりますか。部長さん、この点に対してはずいぶん不満ながらもずっと日にちは過ぎていくばかりで、いつしか解決しなければいけない問題なんで、何とか納得のいくような考え方をひとつはっきりと県民には知らせていただきたいと思うのです。
この発言だけを見る →沖繩返還に際しての放棄請求権、対米請求権、これが遅々として進むことなくして、関係地主あるいはまたその他における請求権を有する、あれは多分十種目であったんでしょうか、アメリカ土地裁判に訴訟をしたのがほとんどだめだということで持ち返って、わが国政府の方に請求権の方向が転換されておったと思うのです。この請求権に対しましては、返還協定のときにも復帰の段階にありましても、日米間においての請求権は放棄したといえども、それは国家間のやりとりであって、沖繩県民に対しては損失を与えない、こういうことは繰り返し繰り返し、正しいものに対しては適正なる補償は絶対するのが当然であるのだ、こういうことでありましたが、いまだにそういう問題が解決していないということに大きな問題があるわけなんですが、その方はどうなっておりますか。
それから、アメリカの施政権下において、そのさなかで返還されたたとえば上本部の飛行場とかあるいは読谷の軍用地とか、その他にも石川にもあるし伊江島にもあり、たくさんあるわけなんですが、これは施政権のさなかにあるときに返還されたもの、アメリカが開設利用した、戦争最中設備して引き続き利用したもの、そういうものは、返還協定の中では、アメリカが補償するというようなことにはなっておるといえども、しかしアメリカはそれに対して、もう八年前にあの上本部なんか返されておるのですが、それは補償されていないのです。
施設庁来ておりますか。部長さん、この点に対してはずいぶん不満ながらもずっと日にちは過ぎていくばかりで、いつしか解決しなければいけない問題なんで、何とか納得のいくような考え方をひとつはっきりと県民には知らせていただきたいと思うのです。
銅
銅崎富司#15
○銅崎政府委員 沖繩のいわゆる対米請求権問題でございますが、当面、沖繩開発庁の協力のもとに防衛施設庁が調査を行うことになりまして、昭和四十八年度以降実態の把握に努めてまいりました。沖繩返還協定放棄請求権等補償推進協議会からの第一次要請分、それから沖繩県漁連要請分につきましては、昨年九月末日に概況調査を終わっております。それから、第二次の要請分がございますが、これも近く概況調査を終わる予定でございます。しかしながら、概況調査の結果、なお検討を要するむずかしい問題点がいろいろとございますので、現在関係省庁と精密調査の実施等を含めまして今後の処理方針について協議しておるというところでございます。
それから、旧本部飛行場の復元補償でございますが、これは地元と米軍のDEの方とでいろいろ話し合いが行われておるわけでございますけれども、なかなか難航していて、その話し合いがつかないというふうに聞いておりますが、私どもも御援助できるところがあればそれなりに御援助をいたしたいというふうに考えております。
この発言だけを見る →それから、旧本部飛行場の復元補償でございますが、これは地元と米軍のDEの方とでいろいろ話し合いが行われておるわけでございますけれども、なかなか難航していて、その話し合いがつかないというふうに聞いておりますが、私どもも御援助できるところがあればそれなりに御援助をいたしたいというふうに考えております。
國
國場幸昌#16
○國場委員 時間がないので前に進みますが、福地ダムの維持費について、これは建設省と思うのですが、五千万円もこれが年間ダム敷地料として出ておりまして、これは利水費の約五〇%に当たる。国家の管理下にあって、国家財産としてのダムが、利水費の約五〇%にも匹敵するだけの地代というのですか土地の使用料、これが出るということは、勢いコストにそれだけ負担がかかって、利用者そのものの料金にはね返ってくる、こういうことになると、これは必然的に本土と同じようなことにするためには——本土にはそういうケースはないでしょう。これはどういう理屈か知りませんが、もし地主が売らないんだというようなことであって、買い上げじゃなかったら、その土地の使用料に対しては国家がこれを負担するということで沖繩の予算の中に企画局というのですか、企業局というのですか、そういうところにでも予算を毎年割り当ててやるとか、そういうことは考えられませんか、それはどうなっていますか。
この発言だけを見る →佐
佐々木才朗#17
○佐々木説明員 お答えいたします。
福地ダムは、復帰前の米軍事業というような特異な情勢がございまして、借地のまま仕事を続けてきたというような特殊の事情があるわけでございますが、通常ダムをつくります場合には、本土におきましては、また福地ダムの隣接の新川ダムとか安波ダムというのは建設にかかっておりますが、これは貯水池の敷地は買収するというのがもう一般ルールでございます。
それで、いま御質問の件につきましては、貯水池の敷地については将来買収するという方向で関係省庁と相談をしてまいりたい、こういうふうに考えておる次第でございます。
この発言だけを見る →福地ダムは、復帰前の米軍事業というような特異な情勢がございまして、借地のまま仕事を続けてきたというような特殊の事情があるわけでございますが、通常ダムをつくります場合には、本土におきましては、また福地ダムの隣接の新川ダムとか安波ダムというのは建設にかかっておりますが、これは貯水池の敷地は買収するというのがもう一般ルールでございます。
それで、いま御質問の件につきましては、貯水池の敷地については将来買収するという方向で関係省庁と相談をしてまいりたい、こういうふうに考えておる次第でございます。
國
國場幸昌#18
○國場委員 みんな中途半端になるのですが、時間がございませんので、VOA、これは来年五月十四日を期してVOAはとうとう撤去をする、こういうようなことになっておりますが、その従業員の身分保障とかその撤去した後においての構造物に対しての引き継ぎ問題、こういう問題が後になってまた同じようなことが繰り返され、困る。政府の都合もありますでしょうが、地元としましてはそういう問題がめどがつかぬうちは引っ越してくれるな、こういうようなことが実際の従業員の声でもあるし、またそこを貸しておる地主の声でもあるんです。それは国務省の管轄ですので軍用地というのとは意味が違うでしょうが、しかしいずれにしましても、軍用地扱いとしていままでやってきておるのが実情なんです。だから、これはどこの管轄だとしましても、日米間の国家間にありてなしたことならば国は責任を持ってその解決はやらなければいけない問題であって、どこがああだというのは一般国民としましては、また地域住民としましてはそれには関知するものではない。だから、その問題に対して外務省あるいは労働省も関係あるでしょうが、土地の後利用問題、復元補償問題、この問題に対してどういう計画をお持ちであるか、それから身分保障に対してはどういうようにお考えになっておるのか。話に聞きますと、同じアメリカ国の機関において軍労働者、軍雇用員とそれからそこの雇用員とはずいぶん差があるようですね。退職金にすると半額くらいしかもらえないというようなことを言っております。その点に対しまして、それは外務省でしょうか労働省でしょうか、外務省と労働省両方でしょうね、ひとつ適宜にその点……。
この発言だけを見る →浅
浅尾新一郎#19
○浅尾説明員 まず、御承知のとおり沖繩返還協定の八条によりまして、日本側は沖繩にございますボイス・オブ・アメリカの中継局の運営を五年間に限って認めるということでございます。アメリカ側も、五年の期限が到来いたします。七年の五月十五日までにはこの運営をやめるということですでに予算措置を現在講じつつございます。
ただいま御指摘のございました身分保障の問題でございますが、ボイス・オブ・アメリカに雇われている職員は、アメリカの一般政府機関の職員でございまして、いわゆる駐留軍労務者との間には若干の差異がございます。外務省といたしましても、これらの職員の身分保障の問題につきましては、関係省庁と協議しながらできるだけ不利でないような努力をしているのが現状でございます。
それから、跡地の問題でございますが、これは第一義的に地主とボイス・オブ・アメリカとの交渉になるかと思います。それによって復元補償の問題が出てくるかと思いますが、これは明らかにアメリカ側が復元補償の責任を負うというふうに合意されております。
この発言だけを見る →ただいま御指摘のございました身分保障の問題でございますが、ボイス・オブ・アメリカに雇われている職員は、アメリカの一般政府機関の職員でございまして、いわゆる駐留軍労務者との間には若干の差異がございます。外務省といたしましても、これらの職員の身分保障の問題につきましては、関係省庁と協議しながらできるだけ不利でないような努力をしているのが現状でございます。
それから、跡地の問題でございますが、これは第一義的に地主とボイス・オブ・アメリカとの交渉になるかと思います。それによって復元補償の問題が出てくるかと思いますが、これは明らかにアメリカ側が復元補償の責任を負うというふうに合意されております。
石
石井辰治#20
○石井説明員 VOAの離職者に対しましては、沖繩振興開発特別措置法に基づきますいわゆる沖繩失業者求職手帳を発給いたしまして、三年間にわたりまして就職促進手当を支給しながらきめ細かな職業相談、職業指導あるいは職業訓練というものについて努力をいたしていきたいと思っております。対策の中身としましてはおおむね駐留軍離職者と同様になっております。それから、雇用保険の適用につきましては、保険料の納付など事業主として行うべきいろいろな手続の履行が前提でございますけれども、労働省といたしましては、こういった条件が満たされれば適用するという方針で、目下在日米国大使館の担当者と協議をしているところでございます。
この発言だけを見る →國
國場幸昌#21
○國場委員 この身分保障問題で、とにかく軍雇用員と同等な扱いをしてもらいたい、同じアメリカの国家の機関において働くのに、軍雇用員と国務省の管理下にあるVOAで働くのと、退職手当とかそれから恩給問題とかいろいろあるようですが、そういうものに差がある、差別待遇はいけない、こういうことであるので、これが彼らの切なる声なんです。たとえば退職金であると半分ぐらいしかないというのですよ。その点、最後にもう一点……。
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石井辰治#22
○石井説明員 御指摘の問題は、いわゆる特別給付金の問題ではないかと思います。これは実は所管としましては労働省ではございませんが、現行の法制度からいたしまして特別給付金を支給することは困難ではないかというふうに考えます。
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松
安
安井吉典#25
○安井委員 去る五月十九日、グアム島からB52戦略爆撃機が嘉手納に飛来しております。この問題につきまして、政府はアメリカ側からどのような通告を受けていたか、そして現実にいまどういうふうな形になっているか、それをまず伺います。
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浅尾新一郎#26
○浅尾説明員 五月十九日午前九時に在京アメリカ大使館から外務省に対して、電話をもちまして、グアム島のB52十三機及びKC135六機が、台風避難のため十九日の午前中に順次グアム島を立って、午後嘉手納飛行場に到着するという連絡がございました。さらに、あわせてその際、B52等は天候が回復し次第直ちにグアム島に戻るという連絡がございました。実際には第一番機が午後三時過ぎに到着いたしております。現在のところまだ台風の状況が回復しておりませんので、全部沖繩にまだおるというように了解しております。
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安井吉典#27
○安井委員 たしかこれで復帰後七回目の飛来だと思いますが、県民の中では激しい反対運動が起き、屋良知事も直ちに抗議をする等いろいろな運動が起きています。沖繩県におけるこれまでの長い戦争体験や、たとえ復帰が行われても基地そのものか居座っている現状への、そういう意識の中から当然起きている実態だと私は思います。
私どももそういうような中でこの問題を見ていかなければならぬと思うのですが、一体グアム島には米軍の航空機はどんなのがいるのですか。かつてB52は百機以上台風避難のために沖繩に飛んできたこともあったと記憶いたしておりますが、いまはB52なりKCなりそのほかの飛行機はどんな状況になっているか、それは外務省ですか防衛庁ですか、おわかりになりますか。
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浅
浅尾新一郎#28
○浅尾説明員 御指摘のとおりグアム島には、B52はベトナム戦争のときに非常に多くの数がいたのは事実でございますが、現在グアム島にB52、KC135がそれぞれ何機ぐらいいるかということは、外務省として現実の数を把握しておりません。
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安井吉典#29
○安井委員 何か物すごくたくさんいたはずなんですね。ベトナム戦争が終わったんだから少し減ったのかもしれませんけれども、何かたくさんまだグアム島に残っていて、十三機だけが台風避難という名前で嘉手納に飛んできたのではないかという、これは邪推かもしれませんけれども、そんなような感じもするわけであります。ですから、台風があるということは間違いないんでしょうけれども、そしてまた台風の避難ということになれば、日本政府もこれはしようがないなというふうなことになったんだろうと思うのですが、私も沖繩の県民と同じ気持ちで、最近の沖繩の基地が米軍の装備が非常に強化されているという実態がある、その一環として再びB52を嘉手納基地に駐とんをさせるための地ならしをまた始めつつあるのではないかとも思うわけでありますが、その点について政府はどうお考えですか。
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