橋本龍太郎の発言 (社会労働委員会)
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○橋本(龍)委員 援護局長、それは私の聞いたことに答えていただけてませんね。その経過は私も知っています。ただ、それを言われるなら私は一つ申し上げたい。私は、初め山梨県の大月に疎開をしました。そして、その疎開先が空襲を受けました。現地で一たんまた東京へ戻され、その後今度は兵庫県の但馬海岸の方に疎開をやり直しました。その途中、浜松で私どもの疎開列車そのものが銃撃を受けました。私どもの同じ学校で疎開をした子供たちの中で三人が死傷をいたしました。しかし、海の上で船が沈められて皆が沈むのと、陸上で逃げ走れば逃げられる余地のあったものと私は同じだと思わない。私ども自体が線路わきのみぞの中に飛ぎ込んで機銃掃射から逃げたのです。私は、おかげさまでけが一つしなかった。しかし、現実に私どもの列車の中で死んだ子供たちがいるのです。逃げられる場所のある陸の上と、海の上で船一隻が沈められる場合と機械的に一緒だと言い切ってしまってそれでいいものだろうか、私はそう思う。
それと同時に、私が聞いたのは、疎開船というものは、沖繩県からの場合でも、政府自身が四十七年に対馬丸と同じように特別の措置をされた第一千早丸とか第五千早丸の例もある。南方諸島から引き揚げ中に沈められた船も多くある。その中で対馬丸というものを、特別にいままで何回か見舞金を出し、あるいは国の行為ではないが、靖国神社に合祀をされ、また四十八年には叙勲をした、その学童自体にも叙勲をされた、一体その理由は何なのだ。戦闘協力をしなかったという一点であるならば、この子供たちは、ただ単に疎開の最中に船が沈められた犠牲者というだけだ。なぜ叙勲をしたのか。
私は、ここに参議院において喜屋武委員が総務長官に対し、この対馬丸の事件で叙位叙勲したことの根拠等を質問したときの議事録も持っておりますが、総務長官の答弁自体でももう一つ漠然として、痛ましい事故だというような言葉遣いのままに、叙勲の理由は非常にあいまいにしてあります。痛ましい事故ならば叙勲をするということであるならば、痛ましい事故はいっぱいほかにもある。対馬丸だけが特別に痛ましいと政府が認定をされるには、それなりの理由があったでしょう。
これは賞勲の方に伺った方がいいのかもしれませんが、政府の中でどなたでもいい、責任持って答えられる方からこの点は答えていただきたい。なぜそれでは叙勲をされたのです。なぜ特別扱いをされたのです。南方からの疎開船で、疎開船が沈められたために叙勲をされた例がありますか。同じ沖繩から疎開船で出ていった、ただし、学童疎開ではない、一般の疎開船として出ていった第一千早丸、第五千早丸の諸君は叙勲をされておりますか。痛ましいという理由以外に何らかほかの理由がなかったのですか。痛ましいということだけが理由で叙勲をされるなら、痛ましい、人の心を打つような事件が起きたならば、それで死んだ人たちを政府は全部叙勲されるのですか。私、質疑時間を大変制限されておりますので、その点はっきり答えていただきたい。だれからでも結構です。