橋本龍太郎の発言 (社会労働委員会)
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○橋本(龍)委員 三十分間でこれを議論することは容易じゃありません。ただ、それならば、軍属でもなく、もちろん軍人でもなく、準軍属でもなく、気の毒だということだけで、総理府あるいは沖繩開発庁が賞勲局に書類を提出され、叙勲をされたという一点について、それならば私は、もう一度当時の資料を洗いざらい出してもらいたい。ただ気の毒だということだけで、当時の状況が悲惨だったということだけで叙位叙勲の対象にできるならば、同じように叙位叙勲をすべき者はたくさんあるいはずだ。だから私は、最初に、対馬丸をなぜ特別扱いにされたのか、政府はなぜこの問題だけは特別に扱われたのだというお尋ねをしているのです。
現行の援護法の中でできないと言われるのは、それはそのとおりです。だから私は、援護法を修正してもらいたい、少なくとも附則でこれが読み込めるようにしてもらいたいと思う。しかしそれ以前に、政府自体が処理をしないつもりの答弁を今後とも繰り返すならば、何らこれは前進のできない問題だということも、私はあわせて申し上げておきたい。
そして私どもは、与党ですから、政府の提出した案件についてクレームなんぞはつけたくないが、内閣としての姿勢がそういうことで終始をされるということならば、われわれなりにやはり考えさせていただかなければならぬ点が出る。立法府の立場と行政府の立場と相異なる場合に、立法府は立法府としての権限を行使しなければならなくなる。私は、一厚生省とは言いません。政府として、こうした問題はよほど慎重にお考えおきを願いたい。これは党派の問題ではないということだけは申し上げておきます。
そしてあと、同じようなケースで私はもう一つお願いをしたいものがある。それは直接には満州国の殉職者に対する援護法の適用についての問題であります。
これは、たとえば実例でいきますならば、昭和十二年七月七日、支那事変以降軍の要請に基づき、または軍と行動をともにした匪賊討伐戦に参加して戦死し、あるいは戦傷病者となった者、この大半は警察官であり、一部地理不察内の軍の道案内として郵便配達等に従事をしておられた方があります。もう一つは、昭和二十年八月九日、ソ連参戦後の混乱時において、やはり同じように軍の要請に基づき、または軍と行動をともにしてソ連軍、当時の呼び方でいくならば中共軍、国府軍等と戦闘して戦死し、または戦傷病者となった者、これも大半は警察官であります。また、郵便配達等に従事をされていた方々、あるいは満鉄の職員の一部であります。それからもう一つは、二十年八月九日以降において関東州あるいは満州、または中国本土の地域内において生存していたと認められる資料があり、まだ帰還をしていない未帰還者留守家族援護法がらみの部分になるわけでありますが、この中の具体例としては、二十年八月九日以降にソ連軍、それから当時の呼び名で言うならば中共軍、国府軍等に逮捕抑留をされ、人民裁判等の名目で処刑をされたケース、またはその逮捕抑留中に死亡したケース、こうしたケースがあります。
これは一つの問題がありまして、すでに援護法の改正後ある程度のものはこの中で拾えるようにはなっているはずなのでありますが、たとえば市町村役場等が法律改正の内容に暗かったために、当時関係者が照会をしても、適用対象にならないということで、そのままあきらめてきたケースが相当例実は残っているわけであります。今日、むしろ請求権の時効は、厳密に言うならすでに七年を経過して成立をしておるわけでありますが、この関係者が請求をあきらめた原因は、市町村役場に問い合わせて明確な回答が得られなかったために、自分たちは適用対象にならない、あるいは自分の家族は適用対象にならないということであきらめてしまったものでありまして、当時市町村役場が正確な回答をしておれば、すでに救われているケースであります。
これは関係者の方々から何とかしてほしいという話が出てきまして、しばらくの間調べてみました。そうしますと、当時市町村役場に相談をし、その相談に対する回答が出てきた、その事実関係の証明を持っておられる方々が相当数ある、そうすれば、この不的確な答えによってあきらめてしまったという事実関係が明らかにされる場合には、これは時効の中断ができるのではないか。時効の中断が立てば当然請求権は残るわけでありますから、こうした関係の人々は救われるわけであります。この点については厚生省としてどう対処をされるか、聞かせていただきたい。