田口一男の発言 (社会労働委員会)

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○田口委員 私は、あえて線引きと言うのですが、この軍人恩給が復活をした日を境にして、いまの恩給法の定めからいっても、厳格に区分すれば、一たん対象であった遺族が再婚なり何なりをすれば、もう恩給の遺族年金の対象にはなりませんね、いまのところ。そういう意味合いからいっても、この二十八年七月三十一日に線を引くということは、ほかに手がないだろうという気持ちは、そういう考え方はわかります。ところが、この線引きで、じゃ昭和二十八年八月一日に、何らか手続がおくれて再婚を解消した、九月に解消したとかいうことが、大せいの方ですからずいぶんあると思うのですが、そういったものにまでこれをどんどん延ばすともう際限がなくなるだろう、だから、その辺での線引きは、ある程度冷酷な点を持たなければならぬということはわかるのです。しかし、いまから申し上げる点については、いまさっき橋本委員からお話もあったようなことに関連をするのですが、援護法の中で考えられないものか。
 たとえば、これは一つの例なんですが、昭和二十年の八月十五日に戦争が終わった、その二十年八月十五日以前に、戦争中いわゆる旧軍が各所にいろいろな陣地を構築をしたり弾薬庫をつくったり、こういう工事にその地元の消防団員といいますか、警防団員が町村長の指示によってその作業に従事をした、そこで不幸にして事故があって死んだりけがをする、こういう場合にはいまの援護法で、一昨年あたりから改正されましたけれども、旧防空法云々ということから援護法の対象になる。ところが、二十年八月十五日以降、しかも、それは二十年中と言った方がいいのですが、私が聞いておるのは、昭和二十年十二月一日ですが、旧軍の施設、弾薬庫を撤去するために、町村長の命令によって当時の消防団員が撤去作業に従事をした、ところが落盤、その落盤に起因をして弾薬が破裂をして二人死んでおるのですが、こういつた方については一体どうなるのかという意見がいまもってあるわけですが、こういう点については一体どうなんでしょう。

発言情報

speech_id: 107704410X00419760506_022

発言者: 田口一男

speaker_id: 28416

日付: 1976-05-06

院: 衆議院

会議名: 社会労働委員会