田口一男の発言 (社会労働委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○田口委員 私は、さっきから線引き、線引きと言っておるのですが、いま私が申し上げた実例をやや詳しく申し上げたいと思うのです。
 前文は略しますが、「本村におきましても旧陸軍が各所に防空壕を設置し弾薬を格納致しました。これが為本村の警防団は空襲警戒のため防空団員として郷土防衛のため努めました。」これは戦争中ということですね。ところが「終戦後マッカーサー司令部より格納弾薬の搬出処理が命ぜられ、昭和二十年十二月一日警防団員がこの作業に従事致しましたが、その作業中落盤により三名の犠牲者を生じ、村ではその内二名の遺族に対し遺族扶助料として旧軍人遺族扶助料を基準としてその七割を支給しております。」というのです。現にこの援護法に準拠してその七割を遺族に金を村独自で出しているわけです。ところが、以来ずっと経過をしてまいりまして、先年、警防団員の防空作業従事者に関する犠牲者に対しても補償、救済されることになった。そうしますと、当時の作業指令を受け、監督した村として、この十二月一日に事故によって亡くなった遺族の救済措置が援護法の対象にならないのはどうにも納得できないということは、これは厚生省としても御理解いただけると思うのですが、こういう問題について一体どこがこれを救済するのか。ただ単に二十年八月十五日という線を引かれたために——八月十四日にこれをやれば、旧防空法によって当然に援護法の対象になると思うのです。ところが、二十年の十二月一日というために、同じ仕事をやっておりながら、これが対象にならない。この陳情をしてきた村長の納得ができないという気持ちは、私は無理からぬと思う。この辺の問題についてはどこが救済をするのか、できなければ、援護法で何とかならないのか、こういうことをお聞きをしたいわけです。

発言情報

speech_id: 107704410X00419760506_024

発言者: 田口一男

speaker_id: 28416

日付: 1976-05-06

院: 衆議院

会議名: 社会労働委員会