粟屋敏信の発言 (建設委員会)
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○粟屋政府委員 お答え申し上げます。
いま先生御指摘のように、昭和五十一年度予算編成に当たりましては、千五百億円の公共事業等予備費を計上いたしまして、経済情勢の推移によって、いわば景気が停滞状態に陥ったことが明白になった場合には、それを公共事業に支出をするということでスタートをしたわけでございます。で、予算編成をされました一−三月の時点におきましては、予算編成後、一−三月の景気指標が出ましたところ、非常に成長が高いということがございまして、やや景気刺激政策を弱めた感があったわけでございます。その後、四月−六月あるいは七月−九月になりまして景気停滞の傾向があらわれておりましたのですが、その時点におきましては、マクロ的な経済指標からいいますと、まだ景気刺激の策を打つべきではないというような状態であったかと思うわけであります。
そこで、たまたま九月に第十七号台風が発生をいたしまして、その財源措置を講ずるために公共事業等予備費を、いま先生御指摘のように災害復旧事業に充ててまいったのであります。
ところが、十一月になりまして景気停滞が明らかになったことにより、景気刺激を講ずる必要があるということで、十一月十二日に経済対策閣僚会議を開きまして、景気刺激対策を講ずるとともに、さらに補正予算で公共事業の追加をするという方針に至ったわけでございます。そういうことで、景気に対する見方自体が変動してまいったということに起因をしているのだと思うわけでございます。