飯島宗一の発言 (文教委員会入試問題に関する小委員会)

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○飯島参考人 いまの話は、私ども確かに共通第一次テストを行う場合の非常に重要な問題点であるというふうに考えております。
 それで、問題はその大学の格差とは何を言うかという問題でありますけれども、これはたとえば大学の設置なり組織なり内容なりの基本的条件にいろいろな違いがある。たとえば定員とか財政の面で違いがあるという格差が基本的な問題だと思いますが、それ以外に言われているところの格差というのは、たとえば卒業生に対する社会的評価が非常に違う、あるいは地理的な便、不便があるというふうな問題等がいわば総合的に格差ということの中にほうり込まれておる。それで御指摘のように、日本の大学の中で少なくとも、設置形態からいって、国立大学と私立大学という非常に大きな二つのジャンルがございます。それでこれは、たとえば学生の就学に対する経費の負担だけから考えてみましても、一般論として、私立大学に比べて国立大学の方が負担が非常に安いということで、すでにそこに基本的な差異があるわけでございます。私ども国立大学協会としては、もちろんこういう日本における大学格差というものは、解消する方向に進まなければならないという前提に立っておることは申し上げるまでもないことであります。
 そこで、先ほどの御質問に関連して、共通一次試験を行った場合に、いま御指摘のように、共通一次試験の成績というものによって、言われているところの総合的な格差がある程度浮き彫りになってくるということは、可能性としては否定できないと私は思います。しかし、それは問題を浮き立たせただけにすぎないのであって、格差を助長するということとすぐつながるかどうかは、今後のわれわれの対応の問題ではないかというふうに考えております。つまり、いままでは受験生の任意の選択というふうにおっしゃいましたけれども、しかし受験生の任意の選択によって格差は存在しているのではなくて、現に社会的にいろいろな意味での格差は確かに存在している。そのことが、今般の共通一次試験を試行することによってあるいは浮き立ってくるかもしれませんけれども、その浮き立ってきた場面で、私ども大学関係者もあるいは国民全体もそのはっきり浮き立ってきた格差をどう対処していくかということをもう少し明確に取り組むということが、直ちに次の手だてとして存在をしなければならない。たとえばその格差と言われているものの中に、いま申し上げたように、設置の基本の条件にかかわる格差というものが確かに存在するとすれば、それは修正する方向で努力しなければなりませんし、また卒業生を受け取る社会の側に、いろいろな従来からの考え方からいって格差感を生ぜしめるような問題点があるとすれば、その解消に努力をしなくてはならない。
 それから本来、仮に社会的な受け取り方の基本条件が同じであっても、やはり大学といえども大学の構成員が一生懸命に教育に献身をし、そして成果を上げるということがなければ、どうしてもいい大学と悪い大学ができてくるのはあたりまえのことであります。その大学関係者に残された教育研究の努力の余地によるところの各大学の内容の充実のための一種の競争と申しますか、お互いに励み合うという部分のことは、これはいつの世になっても残っても構わないことであって、むしろ各大学は学生を含めてその努力をする。
 ですから、御指摘のように、この問題によってあるいは日本における大学格差というものが浮かび上がってくるかもしれませんけれども、それは事態を新しくつけ加えることではなくて、事態をより明確にする一つの現象であるというふうに考えれば、当然われわれはその明確に浮き上がってきたものに対して対処をしなければならない。根本的に申し上げれば、これは共通一次を課したから格差が拡大するという程度の問題ではなくて、共通一次試験をやろうがやるまいが、現にわれわれの日本の大学問題として基本的な格差問題というものが存在をしている。もしこのことが共通一次試験によって浮き上がってき、それが悪循環の方向へ転換するというようなことになるならば、大学としてもあるいは国全体としてもあるいは国民全体としても、それに対する対処を、いまよりもさらに明確な認識で進めなければならないというふうに、私どもは考えております。

発言情報

speech_id: 108005098X00419770406_005

発言者: 飯島宗一

speaker_id: 19364

日付: 1977-04-06

院: 衆議院

会議名: 文教委員会入試問題に関する小委員会