飯島宗一の発言 (文教委員会入試問題に関する小委員会)
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○飯島参考人 問題を、いま西岡委員のおっしゃったように非常にクリアにある機能とある機能というものに分けますと、論理の必然性から言って、主としていま言った専門家養成、それから学問的後継者養成のインスティチューションと一般的な教養ないしは学問、文化を広く付与する機能というものとは論理的には二つの機能に分化しなければならないということになるのは当然であると思いますが、しかし私どもは、実は大学なりあるいは学校なりという機関というものが、それほど論理的にクリアにカットできる要素ばかりを持っているわけではない。たとえば研究を進めていく、あるいは専門家を養成するというものの中にも、多くの若い諸君に接触をする中からおのずから大学教育の中でそういう方向に定まっていく人を見守って養成するというゆとりが少なくともインスティチューションの中にはなければならない。それからまた、逆に一般市民にいわゆる高等と申しますか、ポストセカンダリーエデュケーションの意味での知識、文化を与えるといたしましても、与えるもとをどこが生産するかと言えば、どこかでやはり学問の創造ということをやらなければならない。ある部分は学問の創造だけに限られ、ある部分はその創造されたもののメッセンジャーにとどまるというような形態は、社会的、現実的に存在している大学としては、あるいは社会の進歩によってはそういうことがよりクリアになる部分が出てくる。たとえば付置研究所なりあるいは研究所がだんだんに高等教育機関の中であるシェアをふやしていくということはあるかもしれませんし、あるいはいわゆるコミュニティーカレッジのような形で主として知識の伝達のような部分が肥大していくということはあり得るかもしれませんし、それは当然のことでありますけれども、現在私どもが総合大学として認識しておりますのは、いま御指摘の矛盾的要素というものは存在するけれども、歴史的、現実的な存在形態としての総合大学というものは、その矛盾をなるべく克服する形で私どもの大学を考えていきたい。それは先ほど申し上げましたように、ある論理の断面から言えば、分離さるべき要素を持っておるけれども、また別の観点から見れば、お互に相連係して一つになっていく部分というものも歴史的、現実的に存在しているのでありますから、私ども現在の現に大学をお預かりしている者の立場としては、いまのような意識で大学改革なりあるいは大学の機能の整備ということに努めてまいりたいというふうに考えております。