森井忠良の発言 (予算委員会第二分科会)

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○森井分科員 あなたは勝手な解釈をしてくれては困る、そんなことじゃないのです。明らかに業務災害と違って、戦時災害は、先ほども申し上げましたように、その当時の背景からすれば、たとえば国民義勇隊法が出されたり国家総動員令が出されて、その当時使っておりました銃後で仕事をしている人も、特に逓信院の仕事は防空通信ありその他とにかく軍の仕事と切っても切り離せない、そういうことで、とにかく掛金からそういった戦時災害の費用を出すのは軍人その他を見て均衡を失する、こういうことも大きな要素の中に入っておったわけでありまして、推測で物を言ってもらっては困ると私は思うわけであります。いずれにしても郵政省から金を出したものじゃないのです。その当時ですから逓信院と言ったわけでありますが、逓信院から金を出したものじゃないのです。政府が一般会計の金を出したのだから、当然それに沿って不均衡を直していかなければならない。たまたまお金を支給する方法は共済組合のそれしがなかったわけですから、たまたま共済組合を通じて支給をするということがこういう結果になったわけでありまして、認識を新たにする意味で申し上げますが、とにかく戦争中にそういった公務で亡くなった——これは公務ですよ、公務で亡くなった人で遺族年金をもらっていないのは、もう日本国じゅうで逓信雇用人しかないのです。これははっきりと申し上げておきます。このことにつきまして、先ほど申し上げましたように、四十三年から問題になりまして、大蔵大臣が詰め寄られて三十万円の一時金を一度遺族に出しているのです。それから昨年大蔵省が約束した手前もありまして、戦傷病者戦没者遺族等援護法並みの六十万という一時金が出ているのです。いま申し上げました背景からすれば当然のことでありまして、ことしはまたそれをサボった。私はきわめて遺憾な問題だと思うのです。戦傷病者戦没者遺族等援護法の改正案もございますしこの問題につきましては与党もタッチをしておったわけでありますから、いずれ私は後で申し上げますけれども、修正等行ってでももうこの機会に法改正をしなければ、あなた方が出せるようにしなければ、戦後は終わらないのです。しかも、はっきり申し上げますけれども、軍人、軍属だけじゃないのです。たとえば防空業務に従事をいたしました警防団は全国にいたわけでありますが、この方々につきましても年金が出るようになりました。御案内のとおりであります。これも昭和四十四年の九月自治省告示第百四十二号でとりあえず七万円の一時金が出ました。同じようなケースでありますが、長崎医大生、これも四十二年の八月に文部省告示二百二十六号で七万円の一時金が出ている。一時金を出さなければならなくなったら、その次には年金になるのです。旧逓信省に限って二回にわたって一時金でごまかそうとしている。今度は戦傷病者戦没者遺族等援護法によりますと七十二万円の年金が出るのじゃないですか。一時金を出してこれで済んだという性質のものではないでしょう。もっとひどい例があります。これは大蔵大臣の意見を聞きたい。軍人恩給です。もともといままでの政府各省の考え方は、引き継ぎ官庁があるところは引き継ぎ官庁でやれということだったのです。厚生省が戦傷病者戦没者遺族等援護法を現在所管をしておりますのは、陸海軍がなくなったから厚生省が引き継ぎをしたということでしょう。それなら、軍人恩給はどこが引き継ぐのか。私はでたらめだと思うのでありますが、これは昭和二十一年でありますが、いわゆるポツダム勅令六十八号によりまして軍人恩給は停止になりました。ところが、あれよあれよという間に二十八年に復活しているのです。現在恩給法に入れて総理府がやっているじゃないですか。筋が通らないのです。引き継ぎ官庁がないという理論なら何のことはないのです。厚生省が引き継げばいいじゃないですか。あなた方は所管じゃないと言われますけれども、共済組合についてはあなたの所管ですよ。予算は一々個々にタッチをしているかいないか知らないけれども、それぞれ主計官が中身にわたってまでタッチしているじゃありませんか。
 私はこの機会にもっと明らかにしておきたいことがございます。いま私が申し上げましたような論旨を踏まえて、昭和五十年の二月二十七日午後零時十五分から、衆議院第十六委員室の付属室、三〇二号室でありますが、ここで、当時の社会労働委員会の大野委員長、竹内理事、それから私ども社会党の枝村理事並びに私、そして大蔵省の高橋主計局次長、梅澤主計官、これだけが会合いたしました。どうしても聞いてくれないものでありますから、戦傷病者戦没者遺族等援護法の改正のときに、援護法かあるいは共済組合法かで、いま申し上げました戦後終わっていないこの問題について、修正をしたいということで私は修正案を用意いたしました。そのときに収拾したのがいま申し上げた会合であります。
 大臣に聞いていただきたい。高橋主計局次長はこう言っております。この問題は関係各省で意見の調整をしなければならないが、大蔵省が責任を持って昭和五十一年度実施のための最大限の努力をするのでぜひ今回は御了承願いたい。それに対して大野委員長は、私としても微力ではあるが昭和五十一年度実施のため努力する、信頼してほしい。それに対して私、森井委員は、これまで遺族代表が大蔵、郵政各大臣に陳情し、その都度実施を示唆する発言に接してきた、今回もそういう不信感が遺族に残ってはならない、大蔵省が責任を持つと言うのだから間違いないと思うが、社会労働委員会で特別決議をしておくか、私が委員会で質問し、大蔵省の発言を議事録にとどめるようにしたい。それに対して、大野委員長は、森井委員の気持ちはわかる、枝村、竹内両理事で話し合ってほしい。竹内理事は、昨夜遅くまでこの問題で話し合ったが、各省間の調整がつかなかった、したがって特別決議は無理と判断、また委員会の質問も各省異なった答弁をすることになりかえって悪い結果になる、この問題は私たち与党としても責任を持つのでまげて御了承願いたい。今度私ども社会党の枝村理事が、大臣の発言よりも大蔵省の担当主計官が約束した方が確実である、これだけの人々で確認したのだから、この際認めるしかないだろう。それに対して私が、それではこの問題で改めて遺族が陳情する必要はなくなったと理解をしてよいか。大野委員長、竹内理事、それから高橋主計局次長、みんなそうだと明確に確認をして別れたわけであります。
 事の深刻性については御理解いただけるとおりであります。もういまこの年金の受給対象者はわずかに二百五十六人に減っているのです。なぜか。だんだん年をとるのですよ。私は一日も早くこの問題については大蔵省が善処されることを強く希望したいと思うわけです。最後に大臣の所感をお聞かせ願いたい。それによっては御質問をまたいたします。

発言情報

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発言者: 森井忠良

speaker_id: 6858

日付: 1977-03-14

院: 衆議院

会議名: 予算委員会第二分科会