原茂の発言 (決算委員会)
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○原(茂)委員 きのうの朝日新聞の山梨版に大変詳細な交渉内容等が出ていますので、いま内容を言えないと言ってもすでに公知の事実です。この問題をきょう鮮明にしようというのが目的でございませんから、この問題に関しては後で必要がありましたら触れてまいります。
そこで最初に、いまもお話のありました成田空港の問題に関連して北富士演習場行政、なかんずくいまの林雑補償問題の具体的質疑に入る前に、防衛施設当局に申し入れをしておきたいと思うのです。
周知のごとく、成田における空港建設行政の強行は、いままで何回もやってまいりましたが、地元農民に生活破壊と動揺をもたらして、その完成の後にはさらに先日のような混乱と無秩序とを加えていることは事実であります。そこに政治が存在しない状態が出現した。むき出しの力と力の対決があっただけだという感じであります。
もちろん、あえて比較するまでもなく、成田農民の力は国家の力と比べますと万分の一にも足りない腕力にすぎません。その力をふるうのは、まるで鶏卵を岩石にぶつけるようなものだ。政府は、この投げつけられた卵に汚された体面を取りつくろおうとして、いま法秩序の確立を唱え、早期開港を叫んでいますが、空虚な白々しい——過去力によって抑えつけてまいりました農民への何らの反省も感じられない、こういう状態が強く焼きつけられているわけであります。成田の農民があえてZ旗を掲げてその生存を賭して政府に問うているものは、農民の農民としての生存の保障なんです。その確たる保障なく、一方的に農民の生きるすべを奪って法秩序の厳守を要求するのはまさに片手落ち、真に法治国家と言うことはできないと私は思う。大きな反省が必要ではないか。
言うまでもなく、法秩序の厳守を国民に要求することは、国家の出現とともに始まる。悠久の歴史に連鎖する国家にあって、ことさら法治国家と称するゆえんは、ほかならぬ国家権力の担い手みずからが法に拘束される、国権の発動は法によらざるを得ないということを承認するところにあると思う。
政府は農民の農民としての生存を否定することにおいて、現行法秩序を崩壊せしめてしまったと言っても過言ではありません。みずから破棄してしまった法律に、いまさら政府が訴える資格はないとまで言われています。
かつて私が本委員会において北富士に関し指摘したごとく、現行法の地盤の上で行動し、法の侵害に対して現行法を擁護せんがために嘆願し、請願し、抗議してきた農民をも、政府自身があえて暴徒に変えようとしていた節があります。
この成田問題に関連して、先月三十日の衆議院本会議における民社党塚本書記長の成田一坪地主氏名公表を要求する質問に対しまして、福永運輸相がその氏名を公表し、翌三十一日、衆議院の議院運営委員会におきまして、安倍官房長官はこれを国会の国政調査権への政府の協力であると弁明しました。しかし、これは一国会議員の質疑であり、各議院の権能としての国政調査権の行使たり得ないと思う。また同様に、質疑権の範囲外でもある。当該質問がなぜ国政調査権への協力として弁明されているのか、その法的根拠を明らかにできないと私は思います。その場限りの弁明だったと私は思う。
また、この発言を国政調査権についての原則的理解であるとすると、これはきわめて当然のこととして承認することができるのですが、さきの私の林雑補償についての質問との関連でこれを理解すると、防衛施設庁はもはや私有財産等の公表は本人の同意がないとできないなどという弁明、言いわけは今後一切できないことになってしまったと思います。
事ここに至って、表面に出たことだけにかまけて、いかほどに暴徒鎮圧を語っても、その有効性は保障しがたいと思います。事態はこうした国民を威嚇するがごとき鎮圧方法で糊塗できるほどなまやさしいものではないと、成田問題に関して私は考えております。
同時に、私は政治家として、いかに迂遠に見えても、表面のことに終始することなく、その本質に心を向けなければいけないと確信して今日に至っております。
これまで幾度も取り上げてまいりました北富士演習は問題も、成田空港問題とその根は全く同じであります。一口に忍草三十年の闘争と言われておりますが、まさしくこの四半世紀を超える北富士問題は、それだけの長い間政治の不存在を雄弁に物語っていたとも言えます。政治に携わる者の一人として縁あってこの問題に乗りかかった以上、一方では農民の正当と思われる権利主張を支持し、他方では暴発を防ぐことによって、真の意味での法治国家としての問題解決をしなければいけない、かように考えていまに至っているわけであります。
問題は、単に北富士農民の法の原則に基づいた正当な権利主張の擁護に存するのではなくて、ひとえにわが日本が法治国家として存立し得るか否かの究極的な根本にかかわるところにあります。北富士農民が政府、防衛施設庁に身を賭して確約させた入会慣習の将来にわたる尊重も、いまや空言にとどまっていることは事実であります。林雑補償を見舞い金と称し、演対協に属する者、白紙一任した者のみに支払うといういわれなき差別が存する。これが憲法に基づく行政と言えるかどうか。
もちろん北富士入会農民は、かくのごとき空言にその全存在をゆだねることなく、三十年の長きにわたって農民としての生存に基づく主体的な生き方を求めてまいりました。また、北富士入会農民は、農民として明るい未来を切り開くために白紙一任という主体を放棄した安易な選択を排して、たとえ困難な道程であってもより自立的な生き方を求めて歩み続ける立場を固執してやまないのであります。私はこれらをいずれも首肯し得るものであります。
だがしかし、このような空手形といわれなき差別等が法治行政として行われていることを看過するわけにはいかないのであります。また、政府と国民がこの国民主権国家日本において、三十年の長きにわたって対決しているがごときは、これまた黙視することはできません。ここにこそ政治はあるべきだと確信いたします。速やかにこの対決は解消さるべきであります。
以上の観点から、私はこの北富士問題を考え、これまではもっぱら民のものは民にという点について行政当局にその問題点を指摘し、再三再四にわたって是正、再考を促してまいりました。
しかるに、防衛施設当局は、常に複雑な経緯というまくら言葉をもって免罪符とし、私の指摘に正当に答えようとすらしないし、出すべき資料すら出していない。しからば私の指摘が的外れなのか。否、断じてそうではない。さきの三月二日、予算委員会第一分科会における会計検査院のいまおいでになっている松田第二局長の「まずいことである」との答弁は、明らかに私の指摘が正しいことを裏打ちしています。
そこで私は、当委員会において、この複雑な経緯というまくら言葉が本当に免責根拠たり得ないことを論じただし、むしろ安易にその言葉の中に逃げ込むことができないことを証明することによって、逆にいかに行政庁としての責任をないがしろにしているかを指摘したいと思うのであります。
しかし同時に、そのまくら言葉が示唆しているがごとき複雑な地元間の対立拮抗が存するのであり、よしんば法的には現在の林雑行政に問題があるにせよ、これを一挙に瓦解させてしまうことは不必要な混乱を地元に生ぜしめることになりまして、政治的にも責任あるべき行政に不信の念を抱かせることになり、得策ではないと考えます。
したがって、ここに法的にも行政的にも納得のいく解決への指針を示し、もって政府と国民とが対立しているがごとき不幸な政治状況を速やかに解消せんとする、これが私の意図であります。もって防衛施設当局をして複雑な経緯というまくら言葉を排させ、北富士入会農民の声に虚心坦懐に耳を傾けてもらい、さきの成田空港問題をもって他山の石となすべきことを強く申し入れ、次の五項に分けて指摘、質問、申し入れを行おうと思います。
その第一は、複雑な経緯というのは演対協会長に白紙一任させることを正当化するものではなく、法的にも行政的にも違法、不当であり、当局の隠れみのにすぎないという点であります。
ここで北富士問題、なかんずく林雑補償行政に焦点を当てて問題点を指摘したいと思いますが、その前に、従来の防衛施設庁のこの問題に対する答弁は、そのすべてが複雑な経緯というまくら言葉をもって現在の林雑補償行政をあえて正当化せんとしている。したがって、さきに指摘しておいたように、果たしてこの複雑な経緯とは一体何なのか、またこのまくら言葉で糊塗せんとしている演対協会長に白紙一任した者だけに林雑補償を支払うという昭和四十八年二月作成の処理要領はどのような意味を持っているものだろうか、これを指摘しておきたいと思います。
ここに改めて言うまでもなく、北富士農民、特に忍草農民の主張するところは、北富士梨ケ原国有地に入会権あり、この原を使わんとする者は入会権者の同意を得ざるべからずという、きわめて単純な主張にあるのであります。これに対して防衛施設庁は、入会権の存否を確認することをしないで、旧陸軍北富士演習場の米軍接収という超憲法的な敗戦後の措置を奇貨としてそのままずるずると使用転換に及び、今日に至っているわけであります。この北富士入会農民の入会権主張と、それを事実上一切黙殺し続けている防衛施設庁との間の戦後三十年を超える交渉など一切の経緯こそが、真の意味での語らるべき複雑な経緯なのであります。
しかるに、防衛施設庁は、この複雑な経緯を地元での入会にまつわる複雑な経緯という問題にすりかえています。
すなわち、北富士入会農民は、みずからが主張する入会権を政府に承認させるには余りにも自分たちの存在が小さ過ぎることを知って、昭和三十九年十月十三日、北富士演習場内の土地所有者、入会権者等で演習場内に有する財産権を保全するための国との交渉を行う目的で北富士演習場林野関係権利者協議会を結成し、さらにはその目的をもっと強力に推進しようとするためにこれを発展的に解消させ、新たに入会権確立を選挙公約にした田辺県知事の誕生という背景もあって、山梨県もその構成員とする北富士演習場対策協議会を発足させたのが歴史であります。
このような歴史的経緯を前提として、演習場内に有する入会権を守るため、またこのことを演対協規約に即して言えば、「北富士演習場に関係を持つ団体」入会組合ですが、「及び住民」土地所有者ですが、その権益を守るために演対協窓口一本化方式を防衛施設庁に要請したのであります。ここが大事なんです。
これらを法的に言えば、入会権を擁護することを前提としての窓口一本化方式の要請であり、演対協という人格なき社団の目的も、その定款に記されている入会権の擁護以外は演対協としては何もできないということになるのであります。
なるほどこの間、擁護すべき入会権の内容と性質をめぐって、北富士入会農民の問で最寄り入会の主張と共同入会の主張との対立が生じていることは事実であります。しかし、入会権の存在を主張していることにはいささかも両者違いはないのであります。したがって、この演対協の防衛施設庁に要請した窓口一本化方式の採用は、入会権を承認あるいは擁護するということにならざるを得ないのであります。
そこで、防衛施設庁はこの入会権を承認、擁護することに努力してきたのかしら。否、断じてそのような努力はしてこなかった。それどころか、演対協窓口一本化方式の要請に便乗して、林雑補償の演対協会長への白紙一任ということがいかにも適法、妥当であるかのごとく偽装し、主張しているばかりか、逆に、さきに述べたごとき入会権の内容と性質をめぐって対立があるのを奇貨として、一方ではその対立をあおり、かつ、入会権を承認することは単に演習場内国有地だけでなく山梨県有地にも当然その制約が波及することから、山梨県と連帯してしまって、この演対協を完全に規約とは異なる団体となさしめ、事実上入会権否定の団体となさしめてきたと思います。間違いありません。
まさに権利者協議会が演習場対策協議会となり、山梨県が参加するに及んで北富士入会農民の主張は演対協に収斂され、山梨県の差配によって地元問題としてあらわれてくるようになったのであります。これが防衛施設庁当局の言う複雑な経緯であり、その結果出されたとする窓口一本化の現実であります。
敷衍すれば、防衛施設庁は、あたかも演対協という地元での論議が複雑な経緯をたどっており、その集約された意見が施設庁に来たのであり、それに従って行政しているのであるから適法、妥当なんだと主張してきているのであります。だが、果たしてそうでしょうか。問題の核心はどこに一体あるのか。山梨県という土地所有者と、その土地に入会権があると言う北富士農民との間の論議にあるのだろうか。断じてそうではない。繰り返し指摘するまでもなく、北富士演習場内国有地に入会権ありと主張する北富士農民と国との問題にあるのであります。
この入会農民と梨ケ原国有地を管理使用している防衛施設庁、すなわち国との問題こそが、複雑な経緯としてとらえられるべきものなのであります。また、その複雑な経緯を経て策定されたとする窓口一本化方式の要請は、入会権の承認、擁護を了承することによって初めて防衛施設庁としてこれを受け入れることができるはずのものであります。
このように、防衛施設当局はみずからの責任において解決すべき問題を、挙げて演対協を通じて事を運ぶとする窓口一本化方式によって回避しているのであります。このことは、単に不当な責任回避というだけではなく、防衛施設当局の責務を放棄したのでありまして、山梨県の差配する演対協に入会権の擁護を期待することはできないとして脱退した忍草入会組合が、直接防衛施設庁に交渉せんとするもその交渉を行わず、交渉自体を否定するということは、全く理由なき交渉の否定であるとともに、従来政府の確約してきた、もとより入会地使用の場合における補償交渉の当事者は、当該入会組合であるとの山上防衛施設庁長官回答言明の立場を否定するということにおいて、行政法上の信義則に反し、確約の法理にも違反するものと思います。
また、演対協がその規約に反し、もっぱら山梨県の差配で行動している事実は、山梨県とは別個独立の演対協として活動しているとは言いがたい状態にあります。窓口一本化方式の要請は、その規約目的に明記されているように、入会組合の入会権益擁護活動の一環として行われたものであり、防衛施設庁が演対協の要請に従って窓口一本化方式を採用したということは、北富士入会農民の入会権益を擁護するということを了承しない限りは、これを受け入れることはできないはずのものであります。
しかるに防衛施設庁は、入会権を擁護することはおろか、入会権そのものを否定しているのであります。それでいてこの窓口一本化方式の要請を演対協の要請として受けたものと公言しているのは、法的には詭弁であると思います。すなわち、山梨県の差配によって演対協そのものが規約目的に反した活動がなされたならば、それは演対協の活動ではないのであります。
言うまでもなく、社団法人等に類似するこの演対協は、この定款、規約以外の活動はこれをすることができず、よしんば定款、規約以外の活動を行ったとしても、その活動は無効であり、演対協の活動ではない。あえてこれを法的に評すれば、そのような活動を行うことを決定した個々人の活動であります。端的に言えば、山梨県の活動であります。
防衛施設庁が、いまなお窓口一本化方式の採用を演対協の要請として行っているものであると主張することは、いま述べた点から言って全くの詭弁であります。
以上のごとく、防衛施設庁当局がまくら言葉として常用する複雑な経緯とは、国みずから処理すべき問題を地元問題とすることによってその責任を回避せんとする卑劣な行政の表現であり、これをもって隠れみのとなし、当局の免責根拠とすることは、とうてい許さるべきものではないと思います。そこには国の責任ある行政は存在しないからであります。
第二は、林雑補償制度は、制定当時入会慣行に対するものとして、より端的に言えば入会権に対する補償制度として機能したが、山梨県、これは演習場に対する最大の土地の貸し主でありますが——の横やりと、地元住民の思惑をてことして、民生安定のための見舞い金制度として機能変化させ、当局もそうであることを確信した点について触れていきたいと思います。ここではいまの林雑補償問題に限ってただしていきたいと思うわけであります。
そもそも林雑補償制度とはいかなる制度なのか。いろいろと説明の仕方もあると思うし、事実これまでなされてきてもいます。したがって私は、そのようなたぐいの説明に屋上屋を架するような説明を求めたいとは思いません。
そもそも、制度それ自体は同じものであっても、その作用、運用によってその機能は変わってくるものであるし、ことにいま私が問題としている林雑補償制度は、それが機能し始めた昭和二十八年から数えて四半世紀にもなんなんとする経過をたどっております。したがって私は、防衛施設当局がこの林雑補償制度をどのようなものとして運営し、機能させているかを、予算法の観点から伺いたいと思います。
予算法の観点、すなわち、この林雑補償制度に基づいて北富士農民に支払われている林雑補償金の性質は、現在予算法上どのようなものと理解しているのか。端的に言って、法的には補償金なのか、見舞い金なのか、そのいずれに属するものなのかを明らかにしてもらいたいと思う。つまり言いかえれば、林雑補償とは、入会権のほか、社会的に承認された利益に対する補償の性質を持つものであれば、これは補償金である。補償金の性質を持たず、行政措置によるものであるとするなら、これは見舞い金か何かになるわけであります。
私が現在の林雑補償金を検討してみると、これは北富士演習場内への立ち入り制限により受けるという阻害を要件として、地元農民の民生安定を図り、円滑に演習を行うために、行政措置として出している見舞い金と考えられます。あたかも、先月四日の突風被害に対して、地方公共団体が行政措置として、屋根の三分の一以上が破壊されたという被害を要件として被害農民に見舞い金を出したというのと同じように、全く自治体は加害者ではないし、そのような意味では法的には出すべき責任を有しないものではあるが、しかし全体的見地から、余りにもお気の毒であるという行政庁としての裁量、すなわち行政措置として出している金員のように思われます。
法的にはこの林雑補償制度とは一体何なのか。補償という言葉が使われているので、そのまま法的にも補償金と理解すべきもののようであるが、どうもその実際上の機能は異なるようであります。一体、林雑補償金とは、入会権その他社会的に承認された利益に対する補償の性質を持つ補償金なのか、それともそうではなくて、行政措置による金員、すなわち見舞い金なのか。この点をまず明らかにしていただきたいと思います。端的に見舞い金あるいは補償金、理由はこう、どちらかにお答えをお願いする。