決算委員会
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会
会議録情報#0
昭和五十三年四月六日(木曜日)
午前十時三十三分開議
出席委員
委員長 楯 兼次郎君
理事 宇野 亨君 理事 國場 幸昌君
理事 葉梨 信行君 理事 森下 元晴君
理事 馬場猪太郎君 理事 原 茂君
理事 林 孝矩君
津島 雄二君 村上 勇君
高田 富之君 村山 喜一君
春田 重昭君 安藤 巖君
麻生 良方君
出席国務大臣
国 務 大 臣
(防衛庁長官) 金丸 信君
出席政府委員
防衛政務次官 竹中 修一君
防衛庁参事官 夏目 晴雄君
防衛庁参事官 古賀 速雄君
防衛庁参事官 番匠 敦彦君
防衛庁長官官房
長 竹岡 勝美君
防衛庁長官官房
防衛審議官 上野 隆史君
防衛庁防衛局長 伊藤 圭一君
防衛庁人事教育
局長 渡邊 伊助君
防衛庁衛生局長 野津 聖君
防衛庁経理局長 原 徹君
防衛庁装備局長 間淵 直三君
防衛施設庁長官 亘理 彰君
防衛施設庁総務
部長 奥山 正也君
防衛施設庁施設
部長 高島 正一君
防衛施設庁労務
部長 菊池 久君
委員外の出席者
外務省アジア局
北東アジア課長 佐藤 嘉恭君
大蔵省主計局司
計課長 石井 直一君
自治省税務局固
定資産税課長 吉住 俊彦君
会計検査院事務
総局第二局長 松田 賢一君
決算委員会調査
室長 黒田 能行君
—————————————
委員の異動
三月二十四日
辞任 補欠選任
西田 司君 愛知 和男君
安藤 巖君 松本 善明君
同日
辞任 補欠選任
愛知 和男君 西田 司君
松本 善明君 安藤 巖君
同月二十八日
辞任 補欠選任
安藤 巖君 正森 成二君
同日
辞任 補欠選任
正森 成二君 安藤 巖君
同月二十九日
辞任 補欠選任
春田 重昭君 大久保直彦君
同日
辞任 補欠選任
大久保直彦君 春田 重昭君
同月三十一日
辞任 補欠選任
安藤 巖君 松本 善明君
同日
辞任 補欠選任
松本 善明君 安藤 巖君
四月五日
辞任 補欠選任
安藤 巖君 松本 善明君
同日
辞任 補欠選任
松本 善明君 安藤 巖君
—————————————
本日の会議に付した案件
昭和五十年度一般会計歳入歳出決算
昭和五十年度特別会計歳入歳出決算
昭和五十年度国税収納金整理資金受払計算書
昭和五十年度政府関係機関決算書
昭和五十年度国有財産増減及び現在額総計算書
昭和五十年度国有財産無償貸付状況総計算書
〔総理府所管(防衛庁)〕
————◇—————
この発言だけを見る →午前十時三十三分開議
出席委員
委員長 楯 兼次郎君
理事 宇野 亨君 理事 國場 幸昌君
理事 葉梨 信行君 理事 森下 元晴君
理事 馬場猪太郎君 理事 原 茂君
理事 林 孝矩君
津島 雄二君 村上 勇君
高田 富之君 村山 喜一君
春田 重昭君 安藤 巖君
麻生 良方君
出席国務大臣
国 務 大 臣
(防衛庁長官) 金丸 信君
出席政府委員
防衛政務次官 竹中 修一君
防衛庁参事官 夏目 晴雄君
防衛庁参事官 古賀 速雄君
防衛庁参事官 番匠 敦彦君
防衛庁長官官房
長 竹岡 勝美君
防衛庁長官官房
防衛審議官 上野 隆史君
防衛庁防衛局長 伊藤 圭一君
防衛庁人事教育
局長 渡邊 伊助君
防衛庁衛生局長 野津 聖君
防衛庁経理局長 原 徹君
防衛庁装備局長 間淵 直三君
防衛施設庁長官 亘理 彰君
防衛施設庁総務
部長 奥山 正也君
防衛施設庁施設
部長 高島 正一君
防衛施設庁労務
部長 菊池 久君
委員外の出席者
外務省アジア局
北東アジア課長 佐藤 嘉恭君
大蔵省主計局司
計課長 石井 直一君
自治省税務局固
定資産税課長 吉住 俊彦君
会計検査院事務
総局第二局長 松田 賢一君
決算委員会調査
室長 黒田 能行君
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委員の異動
三月二十四日
辞任 補欠選任
西田 司君 愛知 和男君
安藤 巖君 松本 善明君
同日
辞任 補欠選任
愛知 和男君 西田 司君
松本 善明君 安藤 巖君
同月二十八日
辞任 補欠選任
安藤 巖君 正森 成二君
同日
辞任 補欠選任
正森 成二君 安藤 巖君
同月二十九日
辞任 補欠選任
春田 重昭君 大久保直彦君
同日
辞任 補欠選任
大久保直彦君 春田 重昭君
同月三十一日
辞任 補欠選任
安藤 巖君 松本 善明君
同日
辞任 補欠選任
松本 善明君 安藤 巖君
四月五日
辞任 補欠選任
安藤 巖君 松本 善明君
同日
辞任 補欠選任
松本 善明君 安藤 巖君
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本日の会議に付した案件
昭和五十年度一般会計歳入歳出決算
昭和五十年度特別会計歳入歳出決算
昭和五十年度国税収納金整理資金受払計算書
昭和五十年度政府関係機関決算書
昭和五十年度国有財産増減及び現在額総計算書
昭和五十年度国有財産無償貸付状況総計算書
〔総理府所管(防衛庁)〕
————◇—————
楯
楯兼次郎#1
○楯委員長 これより会議を開きます。
昭和五十年度決算外二件を一括して議題といたします。
本日は、総理府所管中防衛庁について審査を行います。
まず、防衛庁長官から概要の説明を求めます。金丸防衛庁長官。
この発言だけを見る →昭和五十年度決算外二件を一括して議題といたします。
本日は、総理府所管中防衛庁について審査を行います。
まず、防衛庁長官から概要の説明を求めます。金丸防衛庁長官。
金
金丸信#2
○金丸国務大臣 昭和五十年度防衛庁関係歳出の決算についてその概要を御説明いたします。
まず、防衛本庁の経費について御説明申し上げます。
当初の歳出予算額は一兆一千九百七十四億三千七百万円余でありまして、これに昭和五十年四月以降政府職員の給与を改善するため、予算補正追加額四百七十九億七千二百万円余、行政情報処理調査研究のため、行政管理庁から移しかえを受けた額六百万円余、高空における放射能じんの調査研究等のため、科学技術庁から移しかえを受けた額七千三百万円余、科学的財務管理調査のため、大蔵省所管大蔵本省から移しかえを受けた額一百万円余、南極地域観測事業のため、文部省所管文部本省から移しかえを受けた額九億七千七百万円余、前年度からの繰越額二百七億五千五百万円余、職員基本給に不足を生じたため、総理本府等から四十八億円の移用増加額を加え、既定予算の節約等による予算補正修正減少額八十億七千一百万円余を差し引きますと、歳出予算現額は一兆二千六百三十九億五千二百万円余となります。
この歳出予算に対して支出済歳出額は一兆二千五百五十八億一千七百万円余、翌年度へ繰り越した額は七十六億七千六百万円余でありまして、差し引き不用額は四億五千八百万円余であります。
昭和五十年度の予算の執行に当たっては、第四次防衛力整備計画の第四年度として着実に防衛力の整備を進めることを主眼といたしました。
以下、自衛隊別にその主な内容を申し上げます。
陸上自衛隊については、七四式戦車三十三両、七三式装甲車十八両を取得し、新たに昭和五十一年度取得予定の七四式戦車四十八両、七三式装甲車十七両の購入契約をいたしました。
また、航空機については、連絡偵察機一機、多用途ヘリコプター十一機、輸送ヘリコプター二機、観測ヘリコプター十五機、練習用ヘリコプター三機、合わせて三十二機を取得し、新たに昭和五十一年度に取得予定の連絡偵察機一機、多用途ヘリコプター十一機、輸送ヘリコプター二機、合わせて十四機の購入契約をいたしました。
海上自衛隊については、昭和四十六年度計画の護衛艦一隻、昭和四十七年度計画の護衛艦一隻、潜水艦一隻、昭和四十八年度計画の中型掃海艇二隻、小型掃海艇二隻、魚雷艇一隻、輸送艦一隻、昭和四十九年度計画の支援船一隻、昭和五十年度計画調達にかかる支援船七隻、合わせて十七隻を取得し、新たに昭和五十一年度以降に竣工予定の護衛艦一隻、潜水艦一隻、中型掃海艇三隻、輸送艦一隻、支援船一隻、合わせて七隻の建造契約をいたしました。
また、航空機については、対潜哨戒機八機、対潜飛行艇一機、対潜ヘリコプター六機、掃海ヘリコプター一機、救難ヘリコプター一機、計器飛行練習機一機、練習機三機、救難飛行艇二機、合わせて二十三機を取得し、新たに昭和五十一年度以降に取得予定の対潜哨戒機六機、対潜飛行艇二機、対潜ヘリコプター四機、練習機四機、合わせて十六機の購入契約をいたしました。
航空自衛隊については、要撃戦闘機二十四機、偵察機三機、高等練習機十九機、輸送機八機、救難ヘリコプター二機、救難捜索機二機、合わせて五十八機を取得し、新たに昭和五十一年度以降に取得予定の要撃戦闘機十二機、支援戦闘機十八機、救難ヘリコプター二機、救難捜索機一機、飛行点検機一機、合わせて三十四機の購入契約をいたしました。
昭和五十年度の防衛本庁の職員の定員は自衛官二十六万六千四十六人、自衛官以外の職員二万四千二百五十三人、計二十九万二百九十九人でありまして、これを前年度の職員に比べますと、自衛官については同数であり、自衛官以外の職員において百八十一人の減員となっております。
また、予備自衛官の員数は、前年度と同数の三万九千六百人であります。
次に、繰越額七十六億七千六百万円余は、計画及び設計に関する諸条件等のため工事等が遅延したことによるものであります。
また、不用額四億五千八百万円余は、概算契約に対する精算の結果等により生じたものであります。
続いて防衛施設庁の経費について御説明申し上げます。
当初の歳出予算額は一千二百九十七億九千三百万円余でありまして、これに昭和五十年四月以降政府職員等の給与を改善するための予算補正追加額七億三千三百万円余、前年度からの繰越額百十五億三千四百万円余、アメリカ合衆国軍隊に提供している山王ホテル士官宿舎に係る争訟事件の和解により生じた施設運営等関連見舞い金及び施設運営等関連補償費の不足を補うため予備費を使用した額十二億七千五百万円余を加え、既定予算の節約等による予算補正修正減少額五億二千八百万円余、防衛施設周辺の障害防止事業等に要する経費として移しかえをした額、農林省所管、農林本省へ六億七千一百万円余、建設省所管、建設本省へ十二億六千五百万円余、防衛本庁への移用額二千九百万円を差し引きますと、歳出予算現額は一千四百八億四千一百万円余となります。
この歳出予算現額に対して、支出済歳出額は一千二百九十一億四千万円余、翌年度へ繰り越した額は百十一億八千二百万円余でありまして、差し引き不用額は五億一千九百万円余であります。
支出済歳出額の主なものは、施設運営等関連諸費でありまして、防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律等に基づき、自衛隊施設及びわが国に駐留するアメリカ合衆国軍隊等の提供施設等の維持運営等に関連し必要な騒音防止措置、障害防止措置、民生安定施設の助成措置、飛行場周辺の安全措置、各種の補償、土地の購入及び賃借等の経費のため、九百六十七億三千七百万円余を支出いたしました。
昭和五十年度の防衛施設庁の職員の定員は三千五百一人でありまして、前年度の職員の定員に比べ五人の増員となっております。
次に、翌年度への繰越額百十一億八千二百万円余は、計画または設計に関する諸条件等のため、工事等が遅延したことによるものであります。
また、不用額五億一千九百万円余は、精算の結果等により教育施設等騒音防止対策事業費補助金等を要することが少なかったこと等により生じたものであります。
以上をもって、昭和五十年度における防衛庁関係歳出の決算の概要説明を終わります。
何とぞよろしく御審議のほど、お願いいたします。
この発言だけを見る →まず、防衛本庁の経費について御説明申し上げます。
当初の歳出予算額は一兆一千九百七十四億三千七百万円余でありまして、これに昭和五十年四月以降政府職員の給与を改善するため、予算補正追加額四百七十九億七千二百万円余、行政情報処理調査研究のため、行政管理庁から移しかえを受けた額六百万円余、高空における放射能じんの調査研究等のため、科学技術庁から移しかえを受けた額七千三百万円余、科学的財務管理調査のため、大蔵省所管大蔵本省から移しかえを受けた額一百万円余、南極地域観測事業のため、文部省所管文部本省から移しかえを受けた額九億七千七百万円余、前年度からの繰越額二百七億五千五百万円余、職員基本給に不足を生じたため、総理本府等から四十八億円の移用増加額を加え、既定予算の節約等による予算補正修正減少額八十億七千一百万円余を差し引きますと、歳出予算現額は一兆二千六百三十九億五千二百万円余となります。
この歳出予算に対して支出済歳出額は一兆二千五百五十八億一千七百万円余、翌年度へ繰り越した額は七十六億七千六百万円余でありまして、差し引き不用額は四億五千八百万円余であります。
昭和五十年度の予算の執行に当たっては、第四次防衛力整備計画の第四年度として着実に防衛力の整備を進めることを主眼といたしました。
以下、自衛隊別にその主な内容を申し上げます。
陸上自衛隊については、七四式戦車三十三両、七三式装甲車十八両を取得し、新たに昭和五十一年度取得予定の七四式戦車四十八両、七三式装甲車十七両の購入契約をいたしました。
また、航空機については、連絡偵察機一機、多用途ヘリコプター十一機、輸送ヘリコプター二機、観測ヘリコプター十五機、練習用ヘリコプター三機、合わせて三十二機を取得し、新たに昭和五十一年度に取得予定の連絡偵察機一機、多用途ヘリコプター十一機、輸送ヘリコプター二機、合わせて十四機の購入契約をいたしました。
海上自衛隊については、昭和四十六年度計画の護衛艦一隻、昭和四十七年度計画の護衛艦一隻、潜水艦一隻、昭和四十八年度計画の中型掃海艇二隻、小型掃海艇二隻、魚雷艇一隻、輸送艦一隻、昭和四十九年度計画の支援船一隻、昭和五十年度計画調達にかかる支援船七隻、合わせて十七隻を取得し、新たに昭和五十一年度以降に竣工予定の護衛艦一隻、潜水艦一隻、中型掃海艇三隻、輸送艦一隻、支援船一隻、合わせて七隻の建造契約をいたしました。
また、航空機については、対潜哨戒機八機、対潜飛行艇一機、対潜ヘリコプター六機、掃海ヘリコプター一機、救難ヘリコプター一機、計器飛行練習機一機、練習機三機、救難飛行艇二機、合わせて二十三機を取得し、新たに昭和五十一年度以降に取得予定の対潜哨戒機六機、対潜飛行艇二機、対潜ヘリコプター四機、練習機四機、合わせて十六機の購入契約をいたしました。
航空自衛隊については、要撃戦闘機二十四機、偵察機三機、高等練習機十九機、輸送機八機、救難ヘリコプター二機、救難捜索機二機、合わせて五十八機を取得し、新たに昭和五十一年度以降に取得予定の要撃戦闘機十二機、支援戦闘機十八機、救難ヘリコプター二機、救難捜索機一機、飛行点検機一機、合わせて三十四機の購入契約をいたしました。
昭和五十年度の防衛本庁の職員の定員は自衛官二十六万六千四十六人、自衛官以外の職員二万四千二百五十三人、計二十九万二百九十九人でありまして、これを前年度の職員に比べますと、自衛官については同数であり、自衛官以外の職員において百八十一人の減員となっております。
また、予備自衛官の員数は、前年度と同数の三万九千六百人であります。
次に、繰越額七十六億七千六百万円余は、計画及び設計に関する諸条件等のため工事等が遅延したことによるものであります。
また、不用額四億五千八百万円余は、概算契約に対する精算の結果等により生じたものであります。
続いて防衛施設庁の経費について御説明申し上げます。
当初の歳出予算額は一千二百九十七億九千三百万円余でありまして、これに昭和五十年四月以降政府職員等の給与を改善するための予算補正追加額七億三千三百万円余、前年度からの繰越額百十五億三千四百万円余、アメリカ合衆国軍隊に提供している山王ホテル士官宿舎に係る争訟事件の和解により生じた施設運営等関連見舞い金及び施設運営等関連補償費の不足を補うため予備費を使用した額十二億七千五百万円余を加え、既定予算の節約等による予算補正修正減少額五億二千八百万円余、防衛施設周辺の障害防止事業等に要する経費として移しかえをした額、農林省所管、農林本省へ六億七千一百万円余、建設省所管、建設本省へ十二億六千五百万円余、防衛本庁への移用額二千九百万円を差し引きますと、歳出予算現額は一千四百八億四千一百万円余となります。
この歳出予算現額に対して、支出済歳出額は一千二百九十一億四千万円余、翌年度へ繰り越した額は百十一億八千二百万円余でありまして、差し引き不用額は五億一千九百万円余であります。
支出済歳出額の主なものは、施設運営等関連諸費でありまして、防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律等に基づき、自衛隊施設及びわが国に駐留するアメリカ合衆国軍隊等の提供施設等の維持運営等に関連し必要な騒音防止措置、障害防止措置、民生安定施設の助成措置、飛行場周辺の安全措置、各種の補償、土地の購入及び賃借等の経費のため、九百六十七億三千七百万円余を支出いたしました。
昭和五十年度の防衛施設庁の職員の定員は三千五百一人でありまして、前年度の職員の定員に比べ五人の増員となっております。
次に、翌年度への繰越額百十一億八千二百万円余は、計画または設計に関する諸条件等のため、工事等が遅延したことによるものであります。
また、不用額五億一千九百万円余は、精算の結果等により教育施設等騒音防止対策事業費補助金等を要することが少なかったこと等により生じたものであります。
以上をもって、昭和五十年度における防衛庁関係歳出の決算の概要説明を終わります。
何とぞよろしく御審議のほど、お願いいたします。
楯
松
松田賢一#4
○松田会計検査院説明員 昭和五十年度防衛庁の決算につきまして検査いたしました結果の概要を説明申し上げます。
検査報告に掲記いたしましたものは、本院の注意により当局において処置を講じたもの二件でございます。
その一は、艦船の年次検査等工事におきます船底塗装費等の積算に関するものでございます。
海上自衛隊の横須賀ほか四地方総監部では、船舶の造修等に関する訓令に基づきまして艦船の検査及び修理を実施しておりますが、その際造船会社等に発注する場合の予定価格の積算につきましては、海上幕僚監部が定めた船体部標準工数等により工数を積算しております。そして、このうち船底塗装工事の工数については、はけ、ローラー等による塗装の場合と同程度の工数となっており、また、足場工事の工数については工事の都度足場を組み立てたり、撤去する場合の工数といたしていたものであります。
しかしながら、近年各造船所等の施工の実態について見ますと、船底塗装ではエアレススプレーを使用するのが一般的でありますし、また、足場についても、そのまま移動ができるローリングタワー等を使用しておりまして、その所要工数は積算工数を大幅に下回っていると認められましたので、当局に注意いたしましたところ、海上幕僚監部では五十一年十月に船体部標準工数等を実情に適合するよう改め、十一月以降の契約に適用するよう処置を講じたものでございます。
その二は、液体酸素の調達に関するものでございます。
航空自衛隊千歳ほか五基地におきましては、配備する航空機の関係から、航空機搭乗員の吸入用酸素として使用する液体酸素を多量に購入しております。この液体酸素は、各航空基地に設置している液体酸素タンク注入渡しで受け入れられておりますが、設置されているタンクの容量が購入量に比べて小さいため、液体酸素を多くの回数に分割して搬入させていることにより、割り高な液体酸素を購入している状況でありました。
したがいまして、このような状況を改善する方策を検討いたしましたところ、タンクの更新時期が来ております千歳、百里、小松、新田原の各基地についてはもちろん、更新時期が来ていない松島、那覇の両基地につきましても、タンクを大型のものに取りかえれば、一度に多量の液体酸素を搬入させることができるので、輸送経費の減少などによって割り安な価格で液体酸素を購入することができ、他方のタンクの設置工事費の増などの経費の増加を考慮いたしてもなお相当な経費の節減を図ることができると認められました。
このことにつきまして当局に注意いたしましたところ、航空自衛隊では、五十一年五月に液体酸素の使用量の多い基地のタンクを大型化する方針を決定いたしまして、逐次タンクの大型化を実施いたしておりまして、これにより液体酸素購入費の節減が図れることになりました。
なお、以上のほか、昭和四十九年度決算検査報告に掲記いたしましたように、護衛艦の定係港における停泊中の給電について処置を要求いたしましたが、これに対する防衛庁の処置状況につきましても掲記いたしました。
以上、簡単でございますが、説明を終わります。
この発言だけを見る →検査報告に掲記いたしましたものは、本院の注意により当局において処置を講じたもの二件でございます。
その一は、艦船の年次検査等工事におきます船底塗装費等の積算に関するものでございます。
海上自衛隊の横須賀ほか四地方総監部では、船舶の造修等に関する訓令に基づきまして艦船の検査及び修理を実施しておりますが、その際造船会社等に発注する場合の予定価格の積算につきましては、海上幕僚監部が定めた船体部標準工数等により工数を積算しております。そして、このうち船底塗装工事の工数については、はけ、ローラー等による塗装の場合と同程度の工数となっており、また、足場工事の工数については工事の都度足場を組み立てたり、撤去する場合の工数といたしていたものであります。
しかしながら、近年各造船所等の施工の実態について見ますと、船底塗装ではエアレススプレーを使用するのが一般的でありますし、また、足場についても、そのまま移動ができるローリングタワー等を使用しておりまして、その所要工数は積算工数を大幅に下回っていると認められましたので、当局に注意いたしましたところ、海上幕僚監部では五十一年十月に船体部標準工数等を実情に適合するよう改め、十一月以降の契約に適用するよう処置を講じたものでございます。
その二は、液体酸素の調達に関するものでございます。
航空自衛隊千歳ほか五基地におきましては、配備する航空機の関係から、航空機搭乗員の吸入用酸素として使用する液体酸素を多量に購入しております。この液体酸素は、各航空基地に設置している液体酸素タンク注入渡しで受け入れられておりますが、設置されているタンクの容量が購入量に比べて小さいため、液体酸素を多くの回数に分割して搬入させていることにより、割り高な液体酸素を購入している状況でありました。
したがいまして、このような状況を改善する方策を検討いたしましたところ、タンクの更新時期が来ております千歳、百里、小松、新田原の各基地についてはもちろん、更新時期が来ていない松島、那覇の両基地につきましても、タンクを大型のものに取りかえれば、一度に多量の液体酸素を搬入させることができるので、輸送経費の減少などによって割り安な価格で液体酸素を購入することができ、他方のタンクの設置工事費の増などの経費の増加を考慮いたしてもなお相当な経費の節減を図ることができると認められました。
このことにつきまして当局に注意いたしましたところ、航空自衛隊では、五十一年五月に液体酸素の使用量の多い基地のタンクを大型化する方針を決定いたしまして、逐次タンクの大型化を実施いたしておりまして、これにより液体酸素購入費の節減が図れることになりました。
なお、以上のほか、昭和四十九年度決算検査報告に掲記いたしましたように、護衛艦の定係港における停泊中の給電について処置を要求いたしましたが、これに対する防衛庁の処置状況につきましても掲記いたしました。
以上、簡単でございますが、説明を終わります。
楯
楯
森
森下元晴#7
○森下委員 私は、治安出動の問題と定員充足の問題、この二点を中心に、短時間でございますけれども、御質問をしたいと思います。
初めに治安出動の問題ですが、先般成田開港問題につきまして、いわゆる過激派、私どもは革命的な暴力集団、こういう言葉で呼びたいと思いますけれども、この国際的な信用問題にかかわる成田空港がああいう事件で延期せざるを得ない。この内容につきましては、土地を守ろうという農民の方々の気持ちはわかりますけれども、それに便乗して革命を起こそう、彼らはいわゆる権力に対する一つの抵抗、いわゆる戦争状況を想定して、ああいう行動に農民また一般大衆を巻き込んでやろうとしておる。これは厳に区別をしなければいけませんし、こういう問題がエスカレートしてまいりますと、もう敵か味方かというような極端な、これは国内問題だけじゃない、いわゆる戦争状況を想定しての考え方である。現に世界の赤軍派の連中でも、つかまった場合に、われわれは名誉ある捕虜である、捕虜の扱いをしろというようなことを言っておる例もございます。そういうような過激派という言葉以上の、国の安全に関する問題、国防上の問題も踏まえまして、われわれは成田の問題を見詰めていきたい。
警察が、残念ながらああいう事態でございまして、十分防ぎ切れなかった。いろいろ警察なりの治安対策はあると思いますけれども、もし万一警察の力で防ぎ切れない場合に、自衛隊法の中にいわゆる治安出動の条項がございます。要請による治安出動と命令による治安出動、二つございますけれども、いまの事態で、自衛隊がいわゆる自発的に命令による治安出動をやる事態であるかどうか、また、要請があればやるかどうか、非常にむずかしい問題でございますけれども、われわれは、将来やはり世界的に赤軍派のような活動が激しくなる時代を考えまして、自衛隊としてもこの問題を全然等閑視してはいけないと思います。
そこで防衛庁長官に、たまたまああいう事件があったわけでもございますから、将来に備えて、いわゆる自衛隊としての治安出動についての御見解を承りたいと思うのであります。
この発言だけを見る →初めに治安出動の問題ですが、先般成田開港問題につきまして、いわゆる過激派、私どもは革命的な暴力集団、こういう言葉で呼びたいと思いますけれども、この国際的な信用問題にかかわる成田空港がああいう事件で延期せざるを得ない。この内容につきましては、土地を守ろうという農民の方々の気持ちはわかりますけれども、それに便乗して革命を起こそう、彼らはいわゆる権力に対する一つの抵抗、いわゆる戦争状況を想定して、ああいう行動に農民また一般大衆を巻き込んでやろうとしておる。これは厳に区別をしなければいけませんし、こういう問題がエスカレートしてまいりますと、もう敵か味方かというような極端な、これは国内問題だけじゃない、いわゆる戦争状況を想定しての考え方である。現に世界の赤軍派の連中でも、つかまった場合に、われわれは名誉ある捕虜である、捕虜の扱いをしろというようなことを言っておる例もございます。そういうような過激派という言葉以上の、国の安全に関する問題、国防上の問題も踏まえまして、われわれは成田の問題を見詰めていきたい。
警察が、残念ながらああいう事態でございまして、十分防ぎ切れなかった。いろいろ警察なりの治安対策はあると思いますけれども、もし万一警察の力で防ぎ切れない場合に、自衛隊法の中にいわゆる治安出動の条項がございます。要請による治安出動と命令による治安出動、二つございますけれども、いまの事態で、自衛隊がいわゆる自発的に命令による治安出動をやる事態であるかどうか、また、要請があればやるかどうか、非常にむずかしい問題でございますけれども、われわれは、将来やはり世界的に赤軍派のような活動が激しくなる時代を考えまして、自衛隊としてもこの問題を全然等閑視してはいけないと思います。
そこで防衛庁長官に、たまたまああいう事件があったわけでもございますから、将来に備えて、いわゆる自衛隊としての治安出動についての御見解を承りたいと思うのであります。
金
金丸信#8
○金丸国務大臣 先般の成田空港事件というものは、法治国の日本国といたしましてはまことに残念、遺憾な事件だったと私は思うわけであります。自衛隊はあのような事態に対してどのように対処するのか。命令、要請という問題もあるわけでありますが、いま、あの成田空港の事件のみを考えてみれば、これは警察力によって十分補完できると私は考えておるわけでありますが、たまたま将来このような事件が全国的に蜂起するというようなことが出たときは、警察と緊密な連絡の中で、いわゆる警察の支援、警察を前に立てて、われわれは後からこれを支援するというような考え方でいかなければならぬと思うわけであります。
この間、冗談話でこういう話が出ました。自衛隊が成田空港へ出動する、それがいいじゃないかというお話も出ましたが、それは腹を決める人が腹を決めてもらわなければ、自衛隊は普通の訓練をしておるわけじゃない、いわゆる日本を侵害しようとして上陸してきた相手に対しては百発百中の鉄砲でこれを殺すという訓練もしておる。そういうことだから、かりそめにもその決意のない中で自衛隊が出動するなどということは考え得られない。
ことに成田の空港、あの一つの現象で出動というようなことは、私は、毛頭考えるべきではない、こういう考え方を持っております。
この発言だけを見る →この間、冗談話でこういう話が出ました。自衛隊が成田空港へ出動する、それがいいじゃないかというお話も出ましたが、それは腹を決める人が腹を決めてもらわなければ、自衛隊は普通の訓練をしておるわけじゃない、いわゆる日本を侵害しようとして上陸してきた相手に対しては百発百中の鉄砲でこれを殺すという訓練もしておる。そういうことだから、かりそめにもその決意のない中で自衛隊が出動するなどということは考え得られない。
ことに成田の空港、あの一つの現象で出動というようなことは、私は、毛頭考えるべきではない、こういう考え方を持っております。
森
森下元晴#9
○森下委員 防衛庁長官の考えは、まだ、成田のああいう局部的な問題については慎重にならざるを得ないというふうにおっしゃったわけでございます。軽挙に自衛隊が動くということは、これは実は大変なことでございます。
しかし、成田空港という名前よりもむしろ東京新空港、成田の空港は決して千葉県の空港でもございませんし、一地域的な空港でない、いわゆる日本の空港でございますし、日本を代表する空からの港でございますから、世界じゅうの人が出入りするわけです。聞くところによりますと、モスコーの空港なんかの警備は国境警備隊が防衛しておる。やはりこれくらい安全確保のために、内外の威信を守るために、いわゆる軍隊の力によって空港を守っておる、そういう世界の例もございますし、ただ五月二十日に開港ができたらいいのだというだけではなしに、開港されて後々までもこの空港の安全を確保しなければ、平和日本としての世界に対する信頼を失う。いわゆる国家権威をかけてでもこの空港は安全に開港して、そうして将来安全に運航しなくてはいけない、そういうことでございますし、将来とも他の空港と違った意味で、防衛庁長官としても警察だけの段階ではいかない段階が来るかもわからないというぐらい厳粛な気持ちでひとつ見詰めていってもらいたいと思います。その点は私の方もそれ以上申し上げません。
次の問題でございますけれども、これはたびたび外務委員会とか他の委員会、内閣委員会等で論議があった問題でございますけれども、いわゆる核兵器を使えるかどうか、また細菌兵器であれば憲法第九条の解釈では使えるかどうか、たびたび論議されております。ただ、原子力基本法とか、それから一昨年締結されました核拡散防止条約、こういう問題がございまして、現在のところは、核兵器はたとえそれが自衛のためではあっても使えない。われわれはこれがちょっと解釈に苦しむのですが、防衛庁長官の見解として、憲法九条のいわゆる自衛の手段としてであればどういう兵器でもよろしいか、また、そういうようないわゆる国際的な条約によって約束をしておることであるから核兵器は使えないとか、また細菌兵器は使えないか。これは非常にむずかしい問題でございますけれども、やはり国家国民を守るためには、平和国家として最後に許された行為は、やはり憲法九条に示された最後の自衛のための抵抗でございまして、相手が戦略核を使う、また戦術核を使う、そういう場合に、憲法九条の解釈によって核であろうと細菌兵器であろうと果たして使い得るのかどうか、お答えを願いたいと思います。
この発言だけを見る →しかし、成田空港という名前よりもむしろ東京新空港、成田の空港は決して千葉県の空港でもございませんし、一地域的な空港でない、いわゆる日本の空港でございますし、日本を代表する空からの港でございますから、世界じゅうの人が出入りするわけです。聞くところによりますと、モスコーの空港なんかの警備は国境警備隊が防衛しておる。やはりこれくらい安全確保のために、内外の威信を守るために、いわゆる軍隊の力によって空港を守っておる、そういう世界の例もございますし、ただ五月二十日に開港ができたらいいのだというだけではなしに、開港されて後々までもこの空港の安全を確保しなければ、平和日本としての世界に対する信頼を失う。いわゆる国家権威をかけてでもこの空港は安全に開港して、そうして将来安全に運航しなくてはいけない、そういうことでございますし、将来とも他の空港と違った意味で、防衛庁長官としても警察だけの段階ではいかない段階が来るかもわからないというぐらい厳粛な気持ちでひとつ見詰めていってもらいたいと思います。その点は私の方もそれ以上申し上げません。
次の問題でございますけれども、これはたびたび外務委員会とか他の委員会、内閣委員会等で論議があった問題でございますけれども、いわゆる核兵器を使えるかどうか、また細菌兵器であれば憲法第九条の解釈では使えるかどうか、たびたび論議されております。ただ、原子力基本法とか、それから一昨年締結されました核拡散防止条約、こういう問題がございまして、現在のところは、核兵器はたとえそれが自衛のためではあっても使えない。われわれはこれがちょっと解釈に苦しむのですが、防衛庁長官の見解として、憲法九条のいわゆる自衛の手段としてであればどういう兵器でもよろしいか、また、そういうようないわゆる国際的な条約によって約束をしておることであるから核兵器は使えないとか、また細菌兵器は使えないか。これは非常にむずかしい問題でございますけれども、やはり国家国民を守るためには、平和国家として最後に許された行為は、やはり憲法九条に示された最後の自衛のための抵抗でございまして、相手が戦略核を使う、また戦術核を使う、そういう場合に、憲法九条の解釈によって核であろうと細菌兵器であろうと果たして使い得るのかどうか、お答えを願いたいと思います。
金
金丸信#10
○金丸国務大臣 憲法の解釈上核兵器を持つことができるという政府統一見解というものが予算委員会で示されたことは、御案内のとおりであります。しかし、私は、日本は戦争は絶対してはいけない。あの負けた日本の姿、ことに、軍人でなければ日本人でないような国家にしたら、これはまた日本民族の破滅を来すということでありますし、また広島、長崎等のあの実態も見まして、核兵器は絶対使うべきでない。また、自衛隊は核兵器を持つという考え方は全然持っておりません。
この発言だけを見る →森
森下元晴#11
○森下委員 長官の非常に平和主義に徹した、また核に対する強い決意はよくわかりました。核の問題とか細菌兵器の問題を考えなくてもよいような、憲法前文に決められております世界の国々の日本に対する理解と申しますか平和日本に対する十分な理解というものを、私どもは信頼したい。そういう北から西からによる日本に対する威圧、また軍事的な圧力がないようにわれわれは望むわけでございます。
しかし、やはり国防という問題は万々一に備えて、町村に消防団があったり、またそれぞれ治安維持のために警察があるように、ないのが一番いいわけでございますけれども、万々一あった場合には大変だ。人間世界というものは幾ら物質文明が進みましても、残念ながら精神文明が伴っていない。やはり持てる国と持てない国という関係、長い歴史の間でも、現状維持という姿から、残念ながら戦後でも一年に二回から二回半の戦争とか内乱とか革命が起こっておる。人間という動物は、いかに文明、文化を誇りながら、平和か戦争かというくだらない問題を繰り返しておることかと思います。そういうことで、専守防衛といいましても、この国がそういう野心のある国によって侵されないように、またわれわれも第二次世界大戦の教訓を肝に銘じまして、絶対に他国を侵さないという関係が永遠に続くように願いたいと思うわけでございます。
次の問題でございますけれども、これは現在の不況問題も絡みまして、実は隊員の充足率の問題が非常に複雑になっております。不況という問題で、自衛隊に入隊したいという若い方々がかなりふえておるように思います。また一面、自衛隊をやめなければいけない人が出ましても、結局は再就職ができないというようなことで、われわれが資料をいただいておる中でも、問題は、実戦部隊の充足率が非常に少ないものですから、戦闘に、実戦にたえ得るような充足率になっておらない。
たとえば陸海空を見ましても、陸が一番充足率が悪うございます。特に士の方ですね。幹部の方は比較的充足率が高いのですが、残念ながら第一線で活躍する士の充足率が非常に悪い。北海道の例をとりましても、戦車に四名乗らなくてはいけないところに三名しか充足しておらない。非常に戦力が鈍っておる。この事実について、防衛庁長官でなくても、防衛局長からお答えを願いたいと思います。
この発言だけを見る →しかし、やはり国防という問題は万々一に備えて、町村に消防団があったり、またそれぞれ治安維持のために警察があるように、ないのが一番いいわけでございますけれども、万々一あった場合には大変だ。人間世界というものは幾ら物質文明が進みましても、残念ながら精神文明が伴っていない。やはり持てる国と持てない国という関係、長い歴史の間でも、現状維持という姿から、残念ながら戦後でも一年に二回から二回半の戦争とか内乱とか革命が起こっておる。人間という動物は、いかに文明、文化を誇りながら、平和か戦争かというくだらない問題を繰り返しておることかと思います。そういうことで、専守防衛といいましても、この国がそういう野心のある国によって侵されないように、またわれわれも第二次世界大戦の教訓を肝に銘じまして、絶対に他国を侵さないという関係が永遠に続くように願いたいと思うわけでございます。
次の問題でございますけれども、これは現在の不況問題も絡みまして、実は隊員の充足率の問題が非常に複雑になっております。不況という問題で、自衛隊に入隊したいという若い方々がかなりふえておるように思います。また一面、自衛隊をやめなければいけない人が出ましても、結局は再就職ができないというようなことで、われわれが資料をいただいておる中でも、問題は、実戦部隊の充足率が非常に少ないものですから、戦闘に、実戦にたえ得るような充足率になっておらない。
たとえば陸海空を見ましても、陸が一番充足率が悪うございます。特に士の方ですね。幹部の方は比較的充足率が高いのですが、残念ながら第一線で活躍する士の充足率が非常に悪い。北海道の例をとりましても、戦車に四名乗らなくてはいけないところに三名しか充足しておらない。非常に戦力が鈍っておる。この事実について、防衛庁長官でなくても、防衛局長からお答えを願いたいと思います。
伊
伊藤圭一#12
○伊藤(圭)政府委員 ただいま御指摘がございましたように、五十三年度の予算におきましても、陸上自衛隊は八六%、海空の自衛隊が九六%の充足率というものが予算に計上されているわけでございます。御承知のように、陸上自衛隊は昭和三十五年ごろまでは一〇〇%近い充足でまいりました。その後、高度成長に伴いまして、募集難というような事情もございまして、充足率は低下いたしているわけでございます。
現在八六%を維持しておるわけでございますが、いま先生がおっしゃいましたように、私どもといたしましては、とにかく教育訓練を十分やって、精強な自衛隊をつくるのに不自由をしない範囲ではどの程度の充足が必要かということを、過去何度も研究いたしました。陸上自衛隊におきましては、航空機の運用あるいはホーク、そういった高度の技術を要しますところ、あるいは学校などの教育機関、こういうところは一〇〇%の充足率を維持しながら部隊を運用しなければなりません。しかし、一般の普通科の部隊等におきましては、ある程度の充足率があれば十分な訓練ができるというような判断をいたしておるわけでございます。このことはひとり自衛隊のみならず、世界各国の軍隊におきましても、平時の教育訓練を維持するというような立場からの充足率というものを決めているわけでございます。
陸上自衛隊におきまして、いま申し上げましたような観点で、一応八六%というものを維持しておりますが、きわめて少ない十八万の陸上自衛隊員で有事即応の態勢をとるというためには、やはり充足率というものをなるべく上げる努力をしていきたいというふうにも考えているわけでございます。
したがいまして、昨年八五・五%でありましたのを、五十三年度におきましては八六%まで上げてまいったわけでございますが、さらに研究を進めまして、どの程度の充足率がいいのかというのを研究を進めたいと思っておりますが、一方におきまして、隊員の人件費というものが防衛費をきわめて圧迫する要素になっているわけでございます。特に陸上自衛隊におきましては、すでにこの人件費が八〇%に到達しているというような実情もございますので、円満に新しい装備品を装備しながら、訓練を十分やりながら、どういう形で運営していくのが一番よいのかというような点についてはさらに検討したいと思っておりますけれども、現在の八六%、あるいはもう少しふやした程度のところで維持するのが適当ではないかというふうに考えているわけでございます。
この発言だけを見る →現在八六%を維持しておるわけでございますが、いま先生がおっしゃいましたように、私どもといたしましては、とにかく教育訓練を十分やって、精強な自衛隊をつくるのに不自由をしない範囲ではどの程度の充足が必要かということを、過去何度も研究いたしました。陸上自衛隊におきましては、航空機の運用あるいはホーク、そういった高度の技術を要しますところ、あるいは学校などの教育機関、こういうところは一〇〇%の充足率を維持しながら部隊を運用しなければなりません。しかし、一般の普通科の部隊等におきましては、ある程度の充足率があれば十分な訓練ができるというような判断をいたしておるわけでございます。このことはひとり自衛隊のみならず、世界各国の軍隊におきましても、平時の教育訓練を維持するというような立場からの充足率というものを決めているわけでございます。
陸上自衛隊におきまして、いま申し上げましたような観点で、一応八六%というものを維持しておりますが、きわめて少ない十八万の陸上自衛隊員で有事即応の態勢をとるというためには、やはり充足率というものをなるべく上げる努力をしていきたいというふうにも考えているわけでございます。
したがいまして、昨年八五・五%でありましたのを、五十三年度におきましては八六%まで上げてまいったわけでございますが、さらに研究を進めまして、どの程度の充足率がいいのかというのを研究を進めたいと思っておりますが、一方におきまして、隊員の人件費というものが防衛費をきわめて圧迫する要素になっているわけでございます。特に陸上自衛隊におきましては、すでにこの人件費が八〇%に到達しているというような実情もございますので、円満に新しい装備品を装備しながら、訓練を十分やりながら、どういう形で運営していくのが一番よいのかというような点についてはさらに検討したいと思っておりますけれども、現在の八六%、あるいはもう少しふやした程度のところで維持するのが適当ではないかというふうに考えているわけでございます。
森
森下元晴#13
○森下委員 そこで、この就職援護の対策ですね。若い士の場合はいわゆる停年制がないわけです。曹以上になって停年制が使われるわけでございますが、若い隊員の士を全員曹にするわけにいかないというようなことでございますから、就職問題が実は起こるのです。
先ほど長官がおっしゃいましたように、自衛隊は非常に平和に徹し切ろうというような崇高な一つの組織でございますし、団体訓練の場でもございますし、またいろいろとりっぱな教育もされるであろうし、そういう自衛隊を出た人は優先して就職採用されるというような習慣をつけることも必要であると思っております。
最近やたらに大学等がふえまして、四〇%近く短大以上へ入学する傾向がございまして、果たして大学教育の効果というものがどの程度であろうか。ただ教育というものは施設ばかり多くても決して効果が上がらないということを考えました場合に、自衛隊というものは徴兵でございませんけれども、若い方々が魅力を持って一年なり二年なり自衛隊に入隊して、そこを一つの勉強の場所とする、愛国心を養う、また郷土愛に燃える、そういう場に私はすべきであると思います。そういう意味で、ただ志願兵であって、他に就職できないから自衛隊に行くんだというのでは困ると思います。若い方々がせめて一年でも二年でも自衛隊に入隊してよかったというような制度にしてもらいたい。
そのためには、どうしても就職あっせんの強固な体制が必要だと思います。また、自衛隊の教育内容におきましても、そういう面で努力をお願いしたいし、またそうでございましたら、こういうような不況のときでございますから、定員も大幅にふやして、自衛隊のあり方が高く評価される、こういう自衛隊になってもらいたいと思うのですが、最後に長官から御答弁をいただきまして、私の質問を終えたいと思います。
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最近やたらに大学等がふえまして、四〇%近く短大以上へ入学する傾向がございまして、果たして大学教育の効果というものがどの程度であろうか。ただ教育というものは施設ばかり多くても決して効果が上がらないということを考えました場合に、自衛隊というものは徴兵でございませんけれども、若い方々が魅力を持って一年なり二年なり自衛隊に入隊して、そこを一つの勉強の場所とする、愛国心を養う、また郷土愛に燃える、そういう場に私はすべきであると思います。そういう意味で、ただ志願兵であって、他に就職できないから自衛隊に行くんだというのでは困ると思います。若い方々がせめて一年でも二年でも自衛隊に入隊してよかったというような制度にしてもらいたい。
そのためには、どうしても就職あっせんの強固な体制が必要だと思います。また、自衛隊の教育内容におきましても、そういう面で努力をお願いしたいし、またそうでございましたら、こういうような不況のときでございますから、定員も大幅にふやして、自衛隊のあり方が高く評価される、こういう自衛隊になってもらいたいと思うのですが、最後に長官から御答弁をいただきまして、私の質問を終えたいと思います。
金
金丸信#14
○金丸国務大臣 ただいまのお話は十分私も理解できるわけでありますが、先般、自衛隊をやめて就職する人を私の会社では採用いたしたいと思うがいろいろ心配してくれないかというお話もありました。また、新しく企業に就職した社員を自衛隊で二週間訓練させてもらいたい。現在の自衛隊の規律その他等に大きな期待——団体生活の中で規律正しい生活をする、そういうものが会社に入って、下意上達、上意下達というような面からも非常にプラスになるというような考え方で、一般からも自衛隊の生活を一週間なり二週間やりたいという人がこのごろふえてきておるようであります。それには、日本国民があそこで訓練を受けることは将来非常に本人のためになるというような一つの指標をわれわれは築いていかなければならない。そういう意味で、いわゆる徴兵制度とかそういうことは別にして、国民がときに団体訓練を受けることは、国民の将来のためにも必要ではないかということを私はいつも考えておるわけでありまして、それには自衛隊が本当に国民から親しまれる自衛隊でなくてはならないし、また自衛隊員もそうした人とともども、国民とともども、社会人としてもりっぱな人間だと言われるようなことにならなければならぬ。そういう意味で、われわれは自粛自戒しながら国民の期待にこたえるような自衛隊をつくってまいりたい、このように考えておるわけであります。
この発言だけを見る →森
楯
原
原茂#17
○原(茂)委員 きょう、またある意味では非常に大事な節目に参りましたので、北富士演習場問題の特に林雑補償問題を主点にいたしまして、御意見を聞いたり、私のある種の提案も申し上げまして、ここらでけじめをつけるということを中心にお話をしたいと思うのです。
その前に、もうすでに基地の契約更改が四月十日に迫っておりまして、この間高島部長を中心に現地にもおとといか何か行きまして、演対協の会長ですとか、県当局なりその他の関係者と契約更改に関しての条件を中心にした話し合いがあったようですが、現在の状況、特に入会協定の問題、それから周辺整備事業の問題、基地の撤廃ないしは縮小の問題、この三つだけで結構ですから、現段階における交渉の内容、同時にまたその見通し、防衛庁としてこれにどう対処しようとしているのかを、簡潔に報告していただきたい。
この発言だけを見る →その前に、もうすでに基地の契約更改が四月十日に迫っておりまして、この間高島部長を中心に現地にもおとといか何か行きまして、演対協の会長ですとか、県当局なりその他の関係者と契約更改に関しての条件を中心にした話し合いがあったようですが、現在の状況、特に入会協定の問題、それから周辺整備事業の問題、基地の撤廃ないしは縮小の問題、この三つだけで結構ですから、現段階における交渉の内容、同時にまたその見通し、防衛庁としてこれにどう対処しようとしているのかを、簡潔に報告していただきたい。
亘
亘理彰#18
○亘理政府委員 お話しのように、北富士演習場の使用協定はこの四月十日をもって期限が切れますので、去る一月二十四日に私が地元に参りまして、使用協定の更新について御協力方の申し入れを行ったわけでございます。以来、地元におきまして、演対協あるいは地元協議会等を中心として御要望事項等をまとめられておりまして、それを受けまして私ども鋭意交渉、お話し合いをいたしておるところでございます。
ただいま先生のお話しになりました点も、そのお話し合いの中に当然出てきている項目でございますが、その交渉の経過、内容につきましては、きょう現在もお話し合いの最中でございます。もう数日で何とか円満に妥結したいということで鋭意努力をしておる段階でございますので、交渉の内容につきまして申し上げますことは差し控えさせていただきたいと思います。
いずれにしましても、私どもは、演習場の使用と地元の発展、これが両立いたしますように最善の努力をして円満裏に使用協定の更新にこぎつけたいという念願で努力しておるところでございます。
この発言だけを見る →ただいま先生のお話しになりました点も、そのお話し合いの中に当然出てきている項目でございますが、その交渉の経過、内容につきましては、きょう現在もお話し合いの最中でございます。もう数日で何とか円満に妥結したいということで鋭意努力をしておる段階でございますので、交渉の内容につきまして申し上げますことは差し控えさせていただきたいと思います。
いずれにしましても、私どもは、演習場の使用と地元の発展、これが両立いたしますように最善の努力をして円満裏に使用協定の更新にこぎつけたいという念願で努力しておるところでございます。
原
原茂#19
○原(茂)委員 きのうの朝日新聞の山梨版に大変詳細な交渉内容等が出ていますので、いま内容を言えないと言ってもすでに公知の事実です。この問題をきょう鮮明にしようというのが目的でございませんから、この問題に関しては後で必要がありましたら触れてまいります。
そこで最初に、いまもお話のありました成田空港の問題に関連して北富士演習場行政、なかんずくいまの林雑補償問題の具体的質疑に入る前に、防衛施設当局に申し入れをしておきたいと思うのです。
周知のごとく、成田における空港建設行政の強行は、いままで何回もやってまいりましたが、地元農民に生活破壊と動揺をもたらして、その完成の後にはさらに先日のような混乱と無秩序とを加えていることは事実であります。そこに政治が存在しない状態が出現した。むき出しの力と力の対決があっただけだという感じであります。
もちろん、あえて比較するまでもなく、成田農民の力は国家の力と比べますと万分の一にも足りない腕力にすぎません。その力をふるうのは、まるで鶏卵を岩石にぶつけるようなものだ。政府は、この投げつけられた卵に汚された体面を取りつくろおうとして、いま法秩序の確立を唱え、早期開港を叫んでいますが、空虚な白々しい——過去力によって抑えつけてまいりました農民への何らの反省も感じられない、こういう状態が強く焼きつけられているわけであります。成田の農民があえてZ旗を掲げてその生存を賭して政府に問うているものは、農民の農民としての生存の保障なんです。その確たる保障なく、一方的に農民の生きるすべを奪って法秩序の厳守を要求するのはまさに片手落ち、真に法治国家と言うことはできないと私は思う。大きな反省が必要ではないか。
言うまでもなく、法秩序の厳守を国民に要求することは、国家の出現とともに始まる。悠久の歴史に連鎖する国家にあって、ことさら法治国家と称するゆえんは、ほかならぬ国家権力の担い手みずからが法に拘束される、国権の発動は法によらざるを得ないということを承認するところにあると思う。
政府は農民の農民としての生存を否定することにおいて、現行法秩序を崩壊せしめてしまったと言っても過言ではありません。みずから破棄してしまった法律に、いまさら政府が訴える資格はないとまで言われています。
かつて私が本委員会において北富士に関し指摘したごとく、現行法の地盤の上で行動し、法の侵害に対して現行法を擁護せんがために嘆願し、請願し、抗議してきた農民をも、政府自身があえて暴徒に変えようとしていた節があります。
この成田問題に関連して、先月三十日の衆議院本会議における民社党塚本書記長の成田一坪地主氏名公表を要求する質問に対しまして、福永運輸相がその氏名を公表し、翌三十一日、衆議院の議院運営委員会におきまして、安倍官房長官はこれを国会の国政調査権への政府の協力であると弁明しました。しかし、これは一国会議員の質疑であり、各議院の権能としての国政調査権の行使たり得ないと思う。また同様に、質疑権の範囲外でもある。当該質問がなぜ国政調査権への協力として弁明されているのか、その法的根拠を明らかにできないと私は思います。その場限りの弁明だったと私は思う。
また、この発言を国政調査権についての原則的理解であるとすると、これはきわめて当然のこととして承認することができるのですが、さきの私の林雑補償についての質問との関連でこれを理解すると、防衛施設庁はもはや私有財産等の公表は本人の同意がないとできないなどという弁明、言いわけは今後一切できないことになってしまったと思います。
事ここに至って、表面に出たことだけにかまけて、いかほどに暴徒鎮圧を語っても、その有効性は保障しがたいと思います。事態はこうした国民を威嚇するがごとき鎮圧方法で糊塗できるほどなまやさしいものではないと、成田問題に関して私は考えております。
同時に、私は政治家として、いかに迂遠に見えても、表面のことに終始することなく、その本質に心を向けなければいけないと確信して今日に至っております。
これまで幾度も取り上げてまいりました北富士演習は問題も、成田空港問題とその根は全く同じであります。一口に忍草三十年の闘争と言われておりますが、まさしくこの四半世紀を超える北富士問題は、それだけの長い間政治の不存在を雄弁に物語っていたとも言えます。政治に携わる者の一人として縁あってこの問題に乗りかかった以上、一方では農民の正当と思われる権利主張を支持し、他方では暴発を防ぐことによって、真の意味での法治国家としての問題解決をしなければいけない、かように考えていまに至っているわけであります。
問題は、単に北富士農民の法の原則に基づいた正当な権利主張の擁護に存するのではなくて、ひとえにわが日本が法治国家として存立し得るか否かの究極的な根本にかかわるところにあります。北富士農民が政府、防衛施設庁に身を賭して確約させた入会慣習の将来にわたる尊重も、いまや空言にとどまっていることは事実であります。林雑補償を見舞い金と称し、演対協に属する者、白紙一任した者のみに支払うといういわれなき差別が存する。これが憲法に基づく行政と言えるかどうか。
もちろん北富士入会農民は、かくのごとき空言にその全存在をゆだねることなく、三十年の長きにわたって農民としての生存に基づく主体的な生き方を求めてまいりました。また、北富士入会農民は、農民として明るい未来を切り開くために白紙一任という主体を放棄した安易な選択を排して、たとえ困難な道程であってもより自立的な生き方を求めて歩み続ける立場を固執してやまないのであります。私はこれらをいずれも首肯し得るものであります。
だがしかし、このような空手形といわれなき差別等が法治行政として行われていることを看過するわけにはいかないのであります。また、政府と国民がこの国民主権国家日本において、三十年の長きにわたって対決しているがごときは、これまた黙視することはできません。ここにこそ政治はあるべきだと確信いたします。速やかにこの対決は解消さるべきであります。
以上の観点から、私はこの北富士問題を考え、これまではもっぱら民のものは民にという点について行政当局にその問題点を指摘し、再三再四にわたって是正、再考を促してまいりました。
しかるに、防衛施設当局は、常に複雑な経緯というまくら言葉をもって免罪符とし、私の指摘に正当に答えようとすらしないし、出すべき資料すら出していない。しからば私の指摘が的外れなのか。否、断じてそうではない。さきの三月二日、予算委員会第一分科会における会計検査院のいまおいでになっている松田第二局長の「まずいことである」との答弁は、明らかに私の指摘が正しいことを裏打ちしています。
そこで私は、当委員会において、この複雑な経緯というまくら言葉が本当に免責根拠たり得ないことを論じただし、むしろ安易にその言葉の中に逃げ込むことができないことを証明することによって、逆にいかに行政庁としての責任をないがしろにしているかを指摘したいと思うのであります。
しかし同時に、そのまくら言葉が示唆しているがごとき複雑な地元間の対立拮抗が存するのであり、よしんば法的には現在の林雑行政に問題があるにせよ、これを一挙に瓦解させてしまうことは不必要な混乱を地元に生ぜしめることになりまして、政治的にも責任あるべき行政に不信の念を抱かせることになり、得策ではないと考えます。
したがって、ここに法的にも行政的にも納得のいく解決への指針を示し、もって政府と国民とが対立しているがごとき不幸な政治状況を速やかに解消せんとする、これが私の意図であります。もって防衛施設当局をして複雑な経緯というまくら言葉を排させ、北富士入会農民の声に虚心坦懐に耳を傾けてもらい、さきの成田空港問題をもって他山の石となすべきことを強く申し入れ、次の五項に分けて指摘、質問、申し入れを行おうと思います。
その第一は、複雑な経緯というのは演対協会長に白紙一任させることを正当化するものではなく、法的にも行政的にも違法、不当であり、当局の隠れみのにすぎないという点であります。
ここで北富士問題、なかんずく林雑補償行政に焦点を当てて問題点を指摘したいと思いますが、その前に、従来の防衛施設庁のこの問題に対する答弁は、そのすべてが複雑な経緯というまくら言葉をもって現在の林雑補償行政をあえて正当化せんとしている。したがって、さきに指摘しておいたように、果たしてこの複雑な経緯とは一体何なのか、またこのまくら言葉で糊塗せんとしている演対協会長に白紙一任した者だけに林雑補償を支払うという昭和四十八年二月作成の処理要領はどのような意味を持っているものだろうか、これを指摘しておきたいと思います。
ここに改めて言うまでもなく、北富士農民、特に忍草農民の主張するところは、北富士梨ケ原国有地に入会権あり、この原を使わんとする者は入会権者の同意を得ざるべからずという、きわめて単純な主張にあるのであります。これに対して防衛施設庁は、入会権の存否を確認することをしないで、旧陸軍北富士演習場の米軍接収という超憲法的な敗戦後の措置を奇貨としてそのままずるずると使用転換に及び、今日に至っているわけであります。この北富士入会農民の入会権主張と、それを事実上一切黙殺し続けている防衛施設庁との間の戦後三十年を超える交渉など一切の経緯こそが、真の意味での語らるべき複雑な経緯なのであります。
しかるに、防衛施設庁は、この複雑な経緯を地元での入会にまつわる複雑な経緯という問題にすりかえています。
すなわち、北富士入会農民は、みずからが主張する入会権を政府に承認させるには余りにも自分たちの存在が小さ過ぎることを知って、昭和三十九年十月十三日、北富士演習場内の土地所有者、入会権者等で演習場内に有する財産権を保全するための国との交渉を行う目的で北富士演習場林野関係権利者協議会を結成し、さらにはその目的をもっと強力に推進しようとするためにこれを発展的に解消させ、新たに入会権確立を選挙公約にした田辺県知事の誕生という背景もあって、山梨県もその構成員とする北富士演習場対策協議会を発足させたのが歴史であります。
このような歴史的経緯を前提として、演習場内に有する入会権を守るため、またこのことを演対協規約に即して言えば、「北富士演習場に関係を持つ団体」入会組合ですが、「及び住民」土地所有者ですが、その権益を守るために演対協窓口一本化方式を防衛施設庁に要請したのであります。ここが大事なんです。
これらを法的に言えば、入会権を擁護することを前提としての窓口一本化方式の要請であり、演対協という人格なき社団の目的も、その定款に記されている入会権の擁護以外は演対協としては何もできないということになるのであります。
なるほどこの間、擁護すべき入会権の内容と性質をめぐって、北富士入会農民の問で最寄り入会の主張と共同入会の主張との対立が生じていることは事実であります。しかし、入会権の存在を主張していることにはいささかも両者違いはないのであります。したがって、この演対協の防衛施設庁に要請した窓口一本化方式の採用は、入会権を承認あるいは擁護するということにならざるを得ないのであります。
そこで、防衛施設庁はこの入会権を承認、擁護することに努力してきたのかしら。否、断じてそのような努力はしてこなかった。それどころか、演対協窓口一本化方式の要請に便乗して、林雑補償の演対協会長への白紙一任ということがいかにも適法、妥当であるかのごとく偽装し、主張しているばかりか、逆に、さきに述べたごとき入会権の内容と性質をめぐって対立があるのを奇貨として、一方ではその対立をあおり、かつ、入会権を承認することは単に演習場内国有地だけでなく山梨県有地にも当然その制約が波及することから、山梨県と連帯してしまって、この演対協を完全に規約とは異なる団体となさしめ、事実上入会権否定の団体となさしめてきたと思います。間違いありません。
まさに権利者協議会が演習場対策協議会となり、山梨県が参加するに及んで北富士入会農民の主張は演対協に収斂され、山梨県の差配によって地元問題としてあらわれてくるようになったのであります。これが防衛施設庁当局の言う複雑な経緯であり、その結果出されたとする窓口一本化の現実であります。
敷衍すれば、防衛施設庁は、あたかも演対協という地元での論議が複雑な経緯をたどっており、その集約された意見が施設庁に来たのであり、それに従って行政しているのであるから適法、妥当なんだと主張してきているのであります。だが、果たしてそうでしょうか。問題の核心はどこに一体あるのか。山梨県という土地所有者と、その土地に入会権があると言う北富士農民との間の論議にあるのだろうか。断じてそうではない。繰り返し指摘するまでもなく、北富士演習場内国有地に入会権ありと主張する北富士農民と国との問題にあるのであります。
この入会農民と梨ケ原国有地を管理使用している防衛施設庁、すなわち国との問題こそが、複雑な経緯としてとらえられるべきものなのであります。また、その複雑な経緯を経て策定されたとする窓口一本化方式の要請は、入会権の承認、擁護を了承することによって初めて防衛施設庁としてこれを受け入れることができるはずのものであります。
このように、防衛施設当局はみずからの責任において解決すべき問題を、挙げて演対協を通じて事を運ぶとする窓口一本化方式によって回避しているのであります。このことは、単に不当な責任回避というだけではなく、防衛施設当局の責務を放棄したのでありまして、山梨県の差配する演対協に入会権の擁護を期待することはできないとして脱退した忍草入会組合が、直接防衛施設庁に交渉せんとするもその交渉を行わず、交渉自体を否定するということは、全く理由なき交渉の否定であるとともに、従来政府の確約してきた、もとより入会地使用の場合における補償交渉の当事者は、当該入会組合であるとの山上防衛施設庁長官回答言明の立場を否定するということにおいて、行政法上の信義則に反し、確約の法理にも違反するものと思います。
また、演対協がその規約に反し、もっぱら山梨県の差配で行動している事実は、山梨県とは別個独立の演対協として活動しているとは言いがたい状態にあります。窓口一本化方式の要請は、その規約目的に明記されているように、入会組合の入会権益擁護活動の一環として行われたものであり、防衛施設庁が演対協の要請に従って窓口一本化方式を採用したということは、北富士入会農民の入会権益を擁護するということを了承しない限りは、これを受け入れることはできないはずのものであります。
しかるに防衛施設庁は、入会権を擁護することはおろか、入会権そのものを否定しているのであります。それでいてこの窓口一本化方式の要請を演対協の要請として受けたものと公言しているのは、法的には詭弁であると思います。すなわち、山梨県の差配によって演対協そのものが規約目的に反した活動がなされたならば、それは演対協の活動ではないのであります。
言うまでもなく、社団法人等に類似するこの演対協は、この定款、規約以外の活動はこれをすることができず、よしんば定款、規約以外の活動を行ったとしても、その活動は無効であり、演対協の活動ではない。あえてこれを法的に評すれば、そのような活動を行うことを決定した個々人の活動であります。端的に言えば、山梨県の活動であります。
防衛施設庁が、いまなお窓口一本化方式の採用を演対協の要請として行っているものであると主張することは、いま述べた点から言って全くの詭弁であります。
以上のごとく、防衛施設庁当局がまくら言葉として常用する複雑な経緯とは、国みずから処理すべき問題を地元問題とすることによってその責任を回避せんとする卑劣な行政の表現であり、これをもって隠れみのとなし、当局の免責根拠とすることは、とうてい許さるべきものではないと思います。そこには国の責任ある行政は存在しないからであります。
第二は、林雑補償制度は、制定当時入会慣行に対するものとして、より端的に言えば入会権に対する補償制度として機能したが、山梨県、これは演習場に対する最大の土地の貸し主でありますが——の横やりと、地元住民の思惑をてことして、民生安定のための見舞い金制度として機能変化させ、当局もそうであることを確信した点について触れていきたいと思います。ここではいまの林雑補償問題に限ってただしていきたいと思うわけであります。
そもそも林雑補償制度とはいかなる制度なのか。いろいろと説明の仕方もあると思うし、事実これまでなされてきてもいます。したがって私は、そのようなたぐいの説明に屋上屋を架するような説明を求めたいとは思いません。
そもそも、制度それ自体は同じものであっても、その作用、運用によってその機能は変わってくるものであるし、ことにいま私が問題としている林雑補償制度は、それが機能し始めた昭和二十八年から数えて四半世紀にもなんなんとする経過をたどっております。したがって私は、防衛施設当局がこの林雑補償制度をどのようなものとして運営し、機能させているかを、予算法の観点から伺いたいと思います。
予算法の観点、すなわち、この林雑補償制度に基づいて北富士農民に支払われている林雑補償金の性質は、現在予算法上どのようなものと理解しているのか。端的に言って、法的には補償金なのか、見舞い金なのか、そのいずれに属するものなのかを明らかにしてもらいたいと思う。つまり言いかえれば、林雑補償とは、入会権のほか、社会的に承認された利益に対する補償の性質を持つものであれば、これは補償金である。補償金の性質を持たず、行政措置によるものであるとするなら、これは見舞い金か何かになるわけであります。
私が現在の林雑補償金を検討してみると、これは北富士演習場内への立ち入り制限により受けるという阻害を要件として、地元農民の民生安定を図り、円滑に演習を行うために、行政措置として出している見舞い金と考えられます。あたかも、先月四日の突風被害に対して、地方公共団体が行政措置として、屋根の三分の一以上が破壊されたという被害を要件として被害農民に見舞い金を出したというのと同じように、全く自治体は加害者ではないし、そのような意味では法的には出すべき責任を有しないものではあるが、しかし全体的見地から、余りにもお気の毒であるという行政庁としての裁量、すなわち行政措置として出している金員のように思われます。
法的にはこの林雑補償制度とは一体何なのか。補償という言葉が使われているので、そのまま法的にも補償金と理解すべきもののようであるが、どうもその実際上の機能は異なるようであります。一体、林雑補償金とは、入会権その他社会的に承認された利益に対する補償の性質を持つ補償金なのか、それともそうではなくて、行政措置による金員、すなわち見舞い金なのか。この点をまず明らかにしていただきたいと思います。端的に見舞い金あるいは補償金、理由はこう、どちらかにお答えをお願いする。
この発言だけを見る →そこで最初に、いまもお話のありました成田空港の問題に関連して北富士演習場行政、なかんずくいまの林雑補償問題の具体的質疑に入る前に、防衛施設当局に申し入れをしておきたいと思うのです。
周知のごとく、成田における空港建設行政の強行は、いままで何回もやってまいりましたが、地元農民に生活破壊と動揺をもたらして、その完成の後にはさらに先日のような混乱と無秩序とを加えていることは事実であります。そこに政治が存在しない状態が出現した。むき出しの力と力の対決があっただけだという感じであります。
もちろん、あえて比較するまでもなく、成田農民の力は国家の力と比べますと万分の一にも足りない腕力にすぎません。その力をふるうのは、まるで鶏卵を岩石にぶつけるようなものだ。政府は、この投げつけられた卵に汚された体面を取りつくろおうとして、いま法秩序の確立を唱え、早期開港を叫んでいますが、空虚な白々しい——過去力によって抑えつけてまいりました農民への何らの反省も感じられない、こういう状態が強く焼きつけられているわけであります。成田の農民があえてZ旗を掲げてその生存を賭して政府に問うているものは、農民の農民としての生存の保障なんです。その確たる保障なく、一方的に農民の生きるすべを奪って法秩序の厳守を要求するのはまさに片手落ち、真に法治国家と言うことはできないと私は思う。大きな反省が必要ではないか。
言うまでもなく、法秩序の厳守を国民に要求することは、国家の出現とともに始まる。悠久の歴史に連鎖する国家にあって、ことさら法治国家と称するゆえんは、ほかならぬ国家権力の担い手みずからが法に拘束される、国権の発動は法によらざるを得ないということを承認するところにあると思う。
政府は農民の農民としての生存を否定することにおいて、現行法秩序を崩壊せしめてしまったと言っても過言ではありません。みずから破棄してしまった法律に、いまさら政府が訴える資格はないとまで言われています。
かつて私が本委員会において北富士に関し指摘したごとく、現行法の地盤の上で行動し、法の侵害に対して現行法を擁護せんがために嘆願し、請願し、抗議してきた農民をも、政府自身があえて暴徒に変えようとしていた節があります。
この成田問題に関連して、先月三十日の衆議院本会議における民社党塚本書記長の成田一坪地主氏名公表を要求する質問に対しまして、福永運輸相がその氏名を公表し、翌三十一日、衆議院の議院運営委員会におきまして、安倍官房長官はこれを国会の国政調査権への政府の協力であると弁明しました。しかし、これは一国会議員の質疑であり、各議院の権能としての国政調査権の行使たり得ないと思う。また同様に、質疑権の範囲外でもある。当該質問がなぜ国政調査権への協力として弁明されているのか、その法的根拠を明らかにできないと私は思います。その場限りの弁明だったと私は思う。
また、この発言を国政調査権についての原則的理解であるとすると、これはきわめて当然のこととして承認することができるのですが、さきの私の林雑補償についての質問との関連でこれを理解すると、防衛施設庁はもはや私有財産等の公表は本人の同意がないとできないなどという弁明、言いわけは今後一切できないことになってしまったと思います。
事ここに至って、表面に出たことだけにかまけて、いかほどに暴徒鎮圧を語っても、その有効性は保障しがたいと思います。事態はこうした国民を威嚇するがごとき鎮圧方法で糊塗できるほどなまやさしいものではないと、成田問題に関して私は考えております。
同時に、私は政治家として、いかに迂遠に見えても、表面のことに終始することなく、その本質に心を向けなければいけないと確信して今日に至っております。
これまで幾度も取り上げてまいりました北富士演習は問題も、成田空港問題とその根は全く同じであります。一口に忍草三十年の闘争と言われておりますが、まさしくこの四半世紀を超える北富士問題は、それだけの長い間政治の不存在を雄弁に物語っていたとも言えます。政治に携わる者の一人として縁あってこの問題に乗りかかった以上、一方では農民の正当と思われる権利主張を支持し、他方では暴発を防ぐことによって、真の意味での法治国家としての問題解決をしなければいけない、かように考えていまに至っているわけであります。
問題は、単に北富士農民の法の原則に基づいた正当な権利主張の擁護に存するのではなくて、ひとえにわが日本が法治国家として存立し得るか否かの究極的な根本にかかわるところにあります。北富士農民が政府、防衛施設庁に身を賭して確約させた入会慣習の将来にわたる尊重も、いまや空言にとどまっていることは事実であります。林雑補償を見舞い金と称し、演対協に属する者、白紙一任した者のみに支払うといういわれなき差別が存する。これが憲法に基づく行政と言えるかどうか。
もちろん北富士入会農民は、かくのごとき空言にその全存在をゆだねることなく、三十年の長きにわたって農民としての生存に基づく主体的な生き方を求めてまいりました。また、北富士入会農民は、農民として明るい未来を切り開くために白紙一任という主体を放棄した安易な選択を排して、たとえ困難な道程であってもより自立的な生き方を求めて歩み続ける立場を固執してやまないのであります。私はこれらをいずれも首肯し得るものであります。
だがしかし、このような空手形といわれなき差別等が法治行政として行われていることを看過するわけにはいかないのであります。また、政府と国民がこの国民主権国家日本において、三十年の長きにわたって対決しているがごときは、これまた黙視することはできません。ここにこそ政治はあるべきだと確信いたします。速やかにこの対決は解消さるべきであります。
以上の観点から、私はこの北富士問題を考え、これまではもっぱら民のものは民にという点について行政当局にその問題点を指摘し、再三再四にわたって是正、再考を促してまいりました。
しかるに、防衛施設当局は、常に複雑な経緯というまくら言葉をもって免罪符とし、私の指摘に正当に答えようとすらしないし、出すべき資料すら出していない。しからば私の指摘が的外れなのか。否、断じてそうではない。さきの三月二日、予算委員会第一分科会における会計検査院のいまおいでになっている松田第二局長の「まずいことである」との答弁は、明らかに私の指摘が正しいことを裏打ちしています。
そこで私は、当委員会において、この複雑な経緯というまくら言葉が本当に免責根拠たり得ないことを論じただし、むしろ安易にその言葉の中に逃げ込むことができないことを証明することによって、逆にいかに行政庁としての責任をないがしろにしているかを指摘したいと思うのであります。
しかし同時に、そのまくら言葉が示唆しているがごとき複雑な地元間の対立拮抗が存するのであり、よしんば法的には現在の林雑行政に問題があるにせよ、これを一挙に瓦解させてしまうことは不必要な混乱を地元に生ぜしめることになりまして、政治的にも責任あるべき行政に不信の念を抱かせることになり、得策ではないと考えます。
したがって、ここに法的にも行政的にも納得のいく解決への指針を示し、もって政府と国民とが対立しているがごとき不幸な政治状況を速やかに解消せんとする、これが私の意図であります。もって防衛施設当局をして複雑な経緯というまくら言葉を排させ、北富士入会農民の声に虚心坦懐に耳を傾けてもらい、さきの成田空港問題をもって他山の石となすべきことを強く申し入れ、次の五項に分けて指摘、質問、申し入れを行おうと思います。
その第一は、複雑な経緯というのは演対協会長に白紙一任させることを正当化するものではなく、法的にも行政的にも違法、不当であり、当局の隠れみのにすぎないという点であります。
ここで北富士問題、なかんずく林雑補償行政に焦点を当てて問題点を指摘したいと思いますが、その前に、従来の防衛施設庁のこの問題に対する答弁は、そのすべてが複雑な経緯というまくら言葉をもって現在の林雑補償行政をあえて正当化せんとしている。したがって、さきに指摘しておいたように、果たしてこの複雑な経緯とは一体何なのか、またこのまくら言葉で糊塗せんとしている演対協会長に白紙一任した者だけに林雑補償を支払うという昭和四十八年二月作成の処理要領はどのような意味を持っているものだろうか、これを指摘しておきたいと思います。
ここに改めて言うまでもなく、北富士農民、特に忍草農民の主張するところは、北富士梨ケ原国有地に入会権あり、この原を使わんとする者は入会権者の同意を得ざるべからずという、きわめて単純な主張にあるのであります。これに対して防衛施設庁は、入会権の存否を確認することをしないで、旧陸軍北富士演習場の米軍接収という超憲法的な敗戦後の措置を奇貨としてそのままずるずると使用転換に及び、今日に至っているわけであります。この北富士入会農民の入会権主張と、それを事実上一切黙殺し続けている防衛施設庁との間の戦後三十年を超える交渉など一切の経緯こそが、真の意味での語らるべき複雑な経緯なのであります。
しかるに、防衛施設庁は、この複雑な経緯を地元での入会にまつわる複雑な経緯という問題にすりかえています。
すなわち、北富士入会農民は、みずからが主張する入会権を政府に承認させるには余りにも自分たちの存在が小さ過ぎることを知って、昭和三十九年十月十三日、北富士演習場内の土地所有者、入会権者等で演習場内に有する財産権を保全するための国との交渉を行う目的で北富士演習場林野関係権利者協議会を結成し、さらにはその目的をもっと強力に推進しようとするためにこれを発展的に解消させ、新たに入会権確立を選挙公約にした田辺県知事の誕生という背景もあって、山梨県もその構成員とする北富士演習場対策協議会を発足させたのが歴史であります。
このような歴史的経緯を前提として、演習場内に有する入会権を守るため、またこのことを演対協規約に即して言えば、「北富士演習場に関係を持つ団体」入会組合ですが、「及び住民」土地所有者ですが、その権益を守るために演対協窓口一本化方式を防衛施設庁に要請したのであります。ここが大事なんです。
これらを法的に言えば、入会権を擁護することを前提としての窓口一本化方式の要請であり、演対協という人格なき社団の目的も、その定款に記されている入会権の擁護以外は演対協としては何もできないということになるのであります。
なるほどこの間、擁護すべき入会権の内容と性質をめぐって、北富士入会農民の問で最寄り入会の主張と共同入会の主張との対立が生じていることは事実であります。しかし、入会権の存在を主張していることにはいささかも両者違いはないのであります。したがって、この演対協の防衛施設庁に要請した窓口一本化方式の採用は、入会権を承認あるいは擁護するということにならざるを得ないのであります。
そこで、防衛施設庁はこの入会権を承認、擁護することに努力してきたのかしら。否、断じてそのような努力はしてこなかった。それどころか、演対協窓口一本化方式の要請に便乗して、林雑補償の演対協会長への白紙一任ということがいかにも適法、妥当であるかのごとく偽装し、主張しているばかりか、逆に、さきに述べたごとき入会権の内容と性質をめぐって対立があるのを奇貨として、一方ではその対立をあおり、かつ、入会権を承認することは単に演習場内国有地だけでなく山梨県有地にも当然その制約が波及することから、山梨県と連帯してしまって、この演対協を完全に規約とは異なる団体となさしめ、事実上入会権否定の団体となさしめてきたと思います。間違いありません。
まさに権利者協議会が演習場対策協議会となり、山梨県が参加するに及んで北富士入会農民の主張は演対協に収斂され、山梨県の差配によって地元問題としてあらわれてくるようになったのであります。これが防衛施設庁当局の言う複雑な経緯であり、その結果出されたとする窓口一本化の現実であります。
敷衍すれば、防衛施設庁は、あたかも演対協という地元での論議が複雑な経緯をたどっており、その集約された意見が施設庁に来たのであり、それに従って行政しているのであるから適法、妥当なんだと主張してきているのであります。だが、果たしてそうでしょうか。問題の核心はどこに一体あるのか。山梨県という土地所有者と、その土地に入会権があると言う北富士農民との間の論議にあるのだろうか。断じてそうではない。繰り返し指摘するまでもなく、北富士演習場内国有地に入会権ありと主張する北富士農民と国との問題にあるのであります。
この入会農民と梨ケ原国有地を管理使用している防衛施設庁、すなわち国との問題こそが、複雑な経緯としてとらえられるべきものなのであります。また、その複雑な経緯を経て策定されたとする窓口一本化方式の要請は、入会権の承認、擁護を了承することによって初めて防衛施設庁としてこれを受け入れることができるはずのものであります。
このように、防衛施設当局はみずからの責任において解決すべき問題を、挙げて演対協を通じて事を運ぶとする窓口一本化方式によって回避しているのであります。このことは、単に不当な責任回避というだけではなく、防衛施設当局の責務を放棄したのでありまして、山梨県の差配する演対協に入会権の擁護を期待することはできないとして脱退した忍草入会組合が、直接防衛施設庁に交渉せんとするもその交渉を行わず、交渉自体を否定するということは、全く理由なき交渉の否定であるとともに、従来政府の確約してきた、もとより入会地使用の場合における補償交渉の当事者は、当該入会組合であるとの山上防衛施設庁長官回答言明の立場を否定するということにおいて、行政法上の信義則に反し、確約の法理にも違反するものと思います。
また、演対協がその規約に反し、もっぱら山梨県の差配で行動している事実は、山梨県とは別個独立の演対協として活動しているとは言いがたい状態にあります。窓口一本化方式の要請は、その規約目的に明記されているように、入会組合の入会権益擁護活動の一環として行われたものであり、防衛施設庁が演対協の要請に従って窓口一本化方式を採用したということは、北富士入会農民の入会権益を擁護するということを了承しない限りは、これを受け入れることはできないはずのものであります。
しかるに防衛施設庁は、入会権を擁護することはおろか、入会権そのものを否定しているのであります。それでいてこの窓口一本化方式の要請を演対協の要請として受けたものと公言しているのは、法的には詭弁であると思います。すなわち、山梨県の差配によって演対協そのものが規約目的に反した活動がなされたならば、それは演対協の活動ではないのであります。
言うまでもなく、社団法人等に類似するこの演対協は、この定款、規約以外の活動はこれをすることができず、よしんば定款、規約以外の活動を行ったとしても、その活動は無効であり、演対協の活動ではない。あえてこれを法的に評すれば、そのような活動を行うことを決定した個々人の活動であります。端的に言えば、山梨県の活動であります。
防衛施設庁が、いまなお窓口一本化方式の採用を演対協の要請として行っているものであると主張することは、いま述べた点から言って全くの詭弁であります。
以上のごとく、防衛施設庁当局がまくら言葉として常用する複雑な経緯とは、国みずから処理すべき問題を地元問題とすることによってその責任を回避せんとする卑劣な行政の表現であり、これをもって隠れみのとなし、当局の免責根拠とすることは、とうてい許さるべきものではないと思います。そこには国の責任ある行政は存在しないからであります。
第二は、林雑補償制度は、制定当時入会慣行に対するものとして、より端的に言えば入会権に対する補償制度として機能したが、山梨県、これは演習場に対する最大の土地の貸し主でありますが——の横やりと、地元住民の思惑をてことして、民生安定のための見舞い金制度として機能変化させ、当局もそうであることを確信した点について触れていきたいと思います。ここではいまの林雑補償問題に限ってただしていきたいと思うわけであります。
そもそも林雑補償制度とはいかなる制度なのか。いろいろと説明の仕方もあると思うし、事実これまでなされてきてもいます。したがって私は、そのようなたぐいの説明に屋上屋を架するような説明を求めたいとは思いません。
そもそも、制度それ自体は同じものであっても、その作用、運用によってその機能は変わってくるものであるし、ことにいま私が問題としている林雑補償制度は、それが機能し始めた昭和二十八年から数えて四半世紀にもなんなんとする経過をたどっております。したがって私は、防衛施設当局がこの林雑補償制度をどのようなものとして運営し、機能させているかを、予算法の観点から伺いたいと思います。
予算法の観点、すなわち、この林雑補償制度に基づいて北富士農民に支払われている林雑補償金の性質は、現在予算法上どのようなものと理解しているのか。端的に言って、法的には補償金なのか、見舞い金なのか、そのいずれに属するものなのかを明らかにしてもらいたいと思う。つまり言いかえれば、林雑補償とは、入会権のほか、社会的に承認された利益に対する補償の性質を持つものであれば、これは補償金である。補償金の性質を持たず、行政措置によるものであるとするなら、これは見舞い金か何かになるわけであります。
私が現在の林雑補償金を検討してみると、これは北富士演習場内への立ち入り制限により受けるという阻害を要件として、地元農民の民生安定を図り、円滑に演習を行うために、行政措置として出している見舞い金と考えられます。あたかも、先月四日の突風被害に対して、地方公共団体が行政措置として、屋根の三分の一以上が破壊されたという被害を要件として被害農民に見舞い金を出したというのと同じように、全く自治体は加害者ではないし、そのような意味では法的には出すべき責任を有しないものではあるが、しかし全体的見地から、余りにもお気の毒であるという行政庁としての裁量、すなわち行政措置として出している金員のように思われます。
法的にはこの林雑補償制度とは一体何なのか。補償という言葉が使われているので、そのまま法的にも補償金と理解すべきもののようであるが、どうもその実際上の機能は異なるようであります。一体、林雑補償金とは、入会権その他社会的に承認された利益に対する補償の性質を持つ補償金なのか、それともそうではなくて、行政措置による金員、すなわち見舞い金なのか。この点をまず明らかにしていただきたいと思います。端的に見舞い金あるいは補償金、理由はこう、どちらかにお答えをお願いする。
亘
亘理彰#20
○亘理政府委員 いろいろお話がございましたが、先生からは再三にわたって本問題についての御質問をいただいておるわけでございまして、それだけ複雑な経緯、事情があるわけでございます。
第一点の、演対協を窓口としてという問題でございますが、私どもは……(原(茂)委員「質問にだけ答えて。いまの見舞い金と補償金だけ。後で聞きます」と呼ぶ)
それでは第二点の林雑補償の性格でございますが、これは、演習場内に立ち入って野草等を採取していた地元の方が立ち入り制限によって受ける採取阻害につきまして、演対協会長を通じまして補償申請があった場合に、その必要性及び阻害の程度について調査の上で、横浜防衛施設局長と演対協会長が補償契約を締結している金銭給付というものであります。これは、演習場の円満な使用を確保する必要上関係の住民の方の納得のいく協力を求めるためのものでございまして、政策的配慮によってとられている行政措置でございます。
見舞い金という言葉は法律用語としてどういう意味合いを持ちますか存じませんが、いま申し上げましたように、補償契約に基づいてお支払いしておる金銭給付だという観念でございます。
この発言だけを見る →第一点の、演対協を窓口としてという問題でございますが、私どもは……(原(茂)委員「質問にだけ答えて。いまの見舞い金と補償金だけ。後で聞きます」と呼ぶ)
それでは第二点の林雑補償の性格でございますが、これは、演習場内に立ち入って野草等を採取していた地元の方が立ち入り制限によって受ける採取阻害につきまして、演対協会長を通じまして補償申請があった場合に、その必要性及び阻害の程度について調査の上で、横浜防衛施設局長と演対協会長が補償契約を締結している金銭給付というものであります。これは、演習場の円満な使用を確保する必要上関係の住民の方の納得のいく協力を求めるためのものでございまして、政策的配慮によってとられている行政措置でございます。
見舞い金という言葉は法律用語としてどういう意味合いを持ちますか存じませんが、いま申し上げましたように、補償契約に基づいてお支払いしておる金銭給付だという観念でございます。
原
原茂#21
○原(茂)委員 要するに行政措置によって、行政裁量によって出す見舞い金という性質のものという端的な答弁と解釈をいたします。あなたは何か見舞い金でございますと言うことを避けているようでございますが、会計検査院の鎌田事務総長に対して、五十二年十一月三十日、あなたの名前で回答が寄せられています。要するに「円滑に演習を行うために行政措置として補償契約を締結して行っているもので、入会権その他社会的に承認された利益に対する補償の性質をもつものとして行っているものではない。」こう書いているのですから補償金ではない。そうですよ。
この発言だけを見る →亘
亘理彰#22
○亘理政府委員 予算上の扱いを申し上げますと、私どもの施設庁の予算の施設運営等関連補償費という費目がございまして、その中の提供施設中間補償費という費目から支払われておるものでございます。
この発言だけを見る →原
原茂#23
○原(茂)委員 結構です。その問題も後に触れてまいりますからそのときに。
そこで、いまの答弁で明らかになりましたように、林雑補償というのは、関係住民の民生安定を図り、円滑に演習を行うために行政措置として行っているものであり、決して入会権その他社会的に承認された利益に対する補償の性質を持つものではないということが言明もされましたし、文書にも明らかになっています。
確認しておきたいのですが、そうだとすれば、林雑補償制度は、現在法的に論ずれば、損害、損失に対する補償費としてではなくて、民生安定と円滑な演習を行うために出されているお金を出す制度として運営、機能されているものと理解していいわけですね。ただ、いいか、悪いかだけ答えてください。
この発言だけを見る →そこで、いまの答弁で明らかになりましたように、林雑補償というのは、関係住民の民生安定を図り、円滑に演習を行うために行政措置として行っているものであり、決して入会権その他社会的に承認された利益に対する補償の性質を持つものではないということが言明もされましたし、文書にも明らかになっています。
確認しておきたいのですが、そうだとすれば、林雑補償制度は、現在法的に論ずれば、損害、損失に対する補償費としてではなくて、民生安定と円滑な演習を行うために出されているお金を出す制度として運営、機能されているものと理解していいわけですね。ただ、いいか、悪いかだけ答えてください。
亘
亘理彰#24
○亘理政府委員 私ども申し上げておりますのは、政府の見解としては、これは入会権に対する補償の性格を持つものではないということを申し上げておるわけでございまして、いままで野草等を採取しておられた方の立ち入り制限によって受ける採取阻害について御申請を受けまして、その必要性と阻害の程度について調査した上で補償契約を締結して、それに基づいて払っておる給付でございます。予算の科目としては補償費ということでございます。
この発言だけを見る →原
原茂#25
○原(茂)委員 端的に、そのとおりですと答えればそれでいいのですよ。
さっきも読んだように、「これは、関係住民の民生安定を図り、円滑に演習を行うために行政措置として補償契約を締結して行っているもので、入会権その他社会的に承認された利益に対する補償の性質をもつものとして行っているものではない。」と、あなたが会計検査院に出されたとおりなんです。それを確認しているだけなんですから、余分なことを言わずに、そのとおり、こうおっしゃればいいわけです。
私はこの答弁はきわめて重大だと考えている。何となれば、林雑補償費は提供施設中間補償費として——いま説明を始めようとしたことなんですが、補償費という目の区分、積算の中に組み込まれている、そのとおりであります。にもかかわらず、施設庁は、これを運用によって見舞い金あるいは場所によっては基地協力謝金として予算の執行を行っているというのであります。かかることが一体予算法上許されていいものであるかどうか。
言うまでもなく、予算に関する個別費目主義の原則は、一般国民を対象としてはいないものの、国家機関の財務行為を厳に規律する予算の執行についての法の原則であります。予算に示された目的以外にその予算を使用してはならないとする目的外使用禁止の原則の根本規範であり、侵害すべからざる法原則であります。
防衛施設庁がいまの答弁で明らかにしたように、林雑補償金を行政措置による見舞い金として運用することは、予算上断じて行うことはできないものと考えます。見舞い金と言い切らない、だがしかし、民生安定と円滑に演習を行うために払うものである、決して入会権を認めて補償を払うのではない。勝手に中途半端な解釈あるいは勝手気ままな解釈をしてこういうことをやることは、私は断じて許されないものと思う。林雑補償を、民生安定、円満な演習場の使用に対する行政措置による見舞い金というようなことに置きかえて、目にきちっとある補償費をその規定している性格と全然違って使用するということに対して、私は非常に問題があると考えます。
端的に言って、補償金と見舞い金、この予算法上全く異質のものが運用によってどうにでもなる。果たして予算法というものは運用によって変形する粘土細工のようなものでいいのかどうか。国法形式の一つたる予算がその目的を補償費としているものを、気の毒だから民生安定のために見舞い金とすることは、決して予算法上許さるべきではないと思います。
この点は、単に本件のみにかかわらず、決算委員会としてきわめて重大な問題であると考えるが、会計検査院の松田さんの御意見をちょっと聞きたい。
この発言だけを見る →さっきも読んだように、「これは、関係住民の民生安定を図り、円滑に演習を行うために行政措置として補償契約を締結して行っているもので、入会権その他社会的に承認された利益に対する補償の性質をもつものとして行っているものではない。」と、あなたが会計検査院に出されたとおりなんです。それを確認しているだけなんですから、余分なことを言わずに、そのとおり、こうおっしゃればいいわけです。
私はこの答弁はきわめて重大だと考えている。何となれば、林雑補償費は提供施設中間補償費として——いま説明を始めようとしたことなんですが、補償費という目の区分、積算の中に組み込まれている、そのとおりであります。にもかかわらず、施設庁は、これを運用によって見舞い金あるいは場所によっては基地協力謝金として予算の執行を行っているというのであります。かかることが一体予算法上許されていいものであるかどうか。
言うまでもなく、予算に関する個別費目主義の原則は、一般国民を対象としてはいないものの、国家機関の財務行為を厳に規律する予算の執行についての法の原則であります。予算に示された目的以外にその予算を使用してはならないとする目的外使用禁止の原則の根本規範であり、侵害すべからざる法原則であります。
防衛施設庁がいまの答弁で明らかにしたように、林雑補償金を行政措置による見舞い金として運用することは、予算上断じて行うことはできないものと考えます。見舞い金と言い切らない、だがしかし、民生安定と円滑に演習を行うために払うものである、決して入会権を認めて補償を払うのではない。勝手に中途半端な解釈あるいは勝手気ままな解釈をしてこういうことをやることは、私は断じて許されないものと思う。林雑補償を、民生安定、円満な演習場の使用に対する行政措置による見舞い金というようなことに置きかえて、目にきちっとある補償費をその規定している性格と全然違って使用するということに対して、私は非常に問題があると考えます。
端的に言って、補償金と見舞い金、この予算法上全く異質のものが運用によってどうにでもなる。果たして予算法というものは運用によって変形する粘土細工のようなものでいいのかどうか。国法形式の一つたる予算がその目的を補償費としているものを、気の毒だから民生安定のために見舞い金とすることは、決して予算法上許さるべきではないと思います。
この点は、単に本件のみにかかわらず、決算委員会としてきわめて重大な問題であると考えるが、会計検査院の松田さんの御意見をちょっと聞きたい。
松
松田賢一#26
○松田会計検査院説明員 歳出予算、これはその目的に従って支出されなければならないと財政法で決まっております。ただ、いまのお話にありましたようなことを考えますと、その目的を判断するに当たりましては、その予算がそもそもどのような経費として計上されたのか、そして国会において審議可決されたかということが基準になるのじゃないか。
ところで、本件の林雑補償に関しましては、先ほども防衛施設庁長官からお話がありましたが、いわゆる行政措置として支払うものであるとして、そのような観念のもとに施設運営等関連補償費なる科目として計上されたものであるとすれば、その支払いはあながち予算に違背した不適切なものとは言えないのではないか、そういうふうに考えます。
この発言だけを見る →ところで、本件の林雑補償に関しましては、先ほども防衛施設庁長官からお話がありましたが、いわゆる行政措置として支払うものであるとして、そのような観念のもとに施設運営等関連補償費なる科目として計上されたものであるとすれば、その支払いはあながち予算に違背した不適切なものとは言えないのではないか、そういうふうに考えます。
原
原茂#27
○原(茂)委員 検査院のお考え方に少しまた私ちょっとつけ加えて聞きたいことがありますが、これは後に譲ります。
施設庁の林雑補償費の運用をそのまま認めるわけにいかないと私は思うのですが、いまこの点についての答弁、すなわち予算法上の見解を直ちに求めることは無理だ、こう思いますので、私にも時間がありません、この点については後日その法的見解、これを文書をもって本委員会に回答してほしいと思います、私はこの予算の運用は明らかに違法であると確信していますから。
しかし、予算法上の問題は一応別として、なぜこのような解釈と運用を施設庁がとらねばならなかったか、その理由はわかるような気がいたすのであります。
林雑補償制度は、制定当時入会慣行、入会権に対する補償制度としてつくられたことは事実なのであります。このことは、制定当時の昭和三十年の六月二十四日の参議院内閣委員会での福島長官の答弁を議事録で読むとよくわかります。同長官は、入会の慣行に損害があるから払うというたてまえで払っているが、実質的には忍草の権利を認めている、忍草も補償金を受け取っているので入会権の処置の問題は再認識されていると理解しています、要点だけ三つにくくるとそういうことを言っています。要するに、入会の慣行に損害があるので、損害賠償制度として林雑補償制度は機能、運用されているのであると福島さんは言明をしているのであります。
しかし、この入会慣習、入会権をより明確にしようとして施設庁当局と権利者協議会が話し合いを持ち、それを覚書としてあらわす段になった昭和三十七年六月十九日、山梨県から、県有地には入会権はないという前提に立った県としてはこの覚書は将来県有地開発に重大な影響を与えるものと考えるので調印は認められないという横やりが入り、ましてやその山梨県は北富士演習場に土地を提供している最大の地主でありますから、施設庁はその意向に従わざるを得なかったのであります。
また、地元の富士吉田市外二ケ村恩賜県有財産保護組合という特別地方公共団体、この団体も北富士演習場に土地を提供している大手の一人でありますが、この特別地方公共団体は旧十一カ村の約四千ヘクタールにわたる入会地の管理団体だと称してその全域に共同入会権ありと主張して、忍草入会組合の主張を聞くなら土地を貸さない、実力行使も辞さないと言っているのであります。現にこの地方公共団体は、最寄り入会を主張する忍草入会組合の行動阻止資金あるいは共同入会権擁護集会出動と称するデモ資金を、何百万とばらまいております。一体、地方公共団体が私権であるはずの入会権の管理団体になれるのだろうか、これが第一の問題。
また、地方公共団体がその住民団体に運動資金として、たとえば私が調査したところによると、阻止行動資金、運動集会資金として、ある住民団体には五十万円出しているのだが——これは一部ですよ、法的に出せるのかどうか。民法上の組合であれば別ですが、きわめて違法な支出ではないかと思いますが、この点については後で調べた上で自治省の方から答弁を文書でいただきたいと思います。
きょうは自治省にもおいでいただいて少しく論議をしたかったのですが、余り時間がありませんので、いま申し上げたように、この点に関して二つに分けて文書で当委員会に答弁をお願いしたいと思います。
ともかく、このように県の横やりと地元の特別地方公共団体の思惑をてことして、林雑補償制度を見舞い金制度あるいは何々とすることにならざるを得なかったものであろうし、また、このような一連の事実は、入会権の主張をなす北富士農民の要求を無視する上で施設庁としても好都合であったのだろうと私は思う。
だが、現実に施設庁が、林雑補償制度は入会慣習等に対するものとしてではなく、見舞い金制度であると言い、確定したことの意味は、きわめて重大であると思います。何となれば、政府、防衛施設庁は、北富士梨ケ原に地元入会住民が有している入会慣行については具体的には何一つ施策を行っていないということを承認することと同一だからであります。
次いで第三に、政府及び当局は、忍草入会組合が梨ケ原演習場内に立ち入り、使用、収益する入会権を認め、これを将来にわたって尊重することを重ねて確約している一方、演習場開放日を設けて忍草入会組合構成員等北富士農民に、野草等国有地上の天然果実を採取させている事実についてであります。
何と三十余年にもわたって入会権益の擁護を叫び続けてきている北富士農民の顔をまるで逆なでするような、先ほどからのお答えだろうと思います。林雑補償、それは入会権益に対するものではない。民生安定と円滑な演習を行うために関係住民に与えられている金である。入会権もしくは社会的に承認された利益、入会慣習に対するものではないと。
このことは、今日までに散見される資料、たとえば、六つありますが、
一つ、昭和三十三年九月十一日、防衛事務次官今井久「演習場内に於ける採草採木等の入会慣行は充分尊重したい。」
二つ、昭和三十五年八月九日、防衛庁長官江崎真澄「忍草区が従来所有してきた入会慣行を十分尊重し、誠意をもって善処します。」
三つ、昭和三十六年九月十二日、防衛庁長官藤枝泉介「政府は忍草区民が旧来の慣習に基づき梨ヶ原入会地に立入り使用収益してきた慣習を確認すると共にこの慣習を将来にわたって尊重する。」
四つ、昭和三十六年九月十七日、防衛庁長官藤枝泉介「政府は、北富士演習場の地元関係者が、旧来の慣習に基づき、北富士演習場入会地(梨ヶ原、大和ヶ原その他の入会地を総称する。)に立入り使用収益してきた慣習を確認すると共に、この慣習を将来にわたって尊重する。」
五つ、昭和三十九年六月二十四日、防衛施設庁長官小野裕「政府は、忍草入会組合が旧来の慣習に基づき、梨ヶ原入会地に立入り使用収益してきた入会慣習を再確認し、この慣習を将来にわたって尊重することを確約・確認する。」
六つ、昭和四十三年十二月二日、防衛施設庁長官山上重信「政府は、北富士演習場内の地元関係者が旧来の慣習に基づき立入り使用収益してきた入会慣習を再確認し、この慣習を将来にわたり尊重する。」にも、これは真っ向から相反する問題だと私は思う。
少なくとも、林雑補償とは、入会慣行に対する補償であり、山本伊三郎参議院議員が提出した質問主意書に対する政府の答弁書にある、損失をてん補するものでなければならないものであったはずであります。しかしそうではなくて、民生安定と円滑な演習場使用のために林雑補償金を出しているのだと、現在の防衛施設庁当局は解釈し、それで運用していると言うが、果たしてさきに指摘しておいたように林雑補償制度をそのように解釈、運用することが予算法上適法に行い得るかどうかは、いま問題にしようとは思っていませんが、事実上このように林雑補償が解釈、運用されているということが重大なのであります。
いま私が指摘したように、政府が北富士入会農民の演習場内入会地に立ち入り、使用、収益してきた入会慣習を承認し、将来にわたって尊重することをたび重ねて確認、確約してきたものは、何も実現、実行されていない。いまも履行されておりません。林雑補償を、入会慣行に対する阻害による損失補償としてではなく、民生安定と円滑な演習のために出しているのである。
一体、さきに六つの例を挙げた政府の確約は、どのような形で現実に履行されているというのか。いま言ったような林雑補償の解釈、運用では、全然何も行っていないと言って間違いありません。現在の防衛施設当局は、この政府の確約を実現するために何かを実行しなければいけないはずだと思うのです。決して林雑補償がその確約の一つのあらわれであるなどとは言えないはずであります。
事実、林雑補償を演対協会長に白紙一任しなければならないとしているのは、のっぴきならぬ見舞い金としての運用の証拠であります。したがって、説明の言葉のあやとか、説明不足でしたとかいったことでは糊塗できない運用をやっていると私は思います。施設庁は、この何回も出されている政府及び施設庁としての確認、確約に対しての責任ある行政を何一つやっていないと再度私は申し上げておきます。
言うまでもなく、この確認、確約は、単なる政府の方針ではなく、まさしく行政庁が現在及び将来行うであろう公法的行為について自己拘束する意図を持って北富士入会農民に対して行った意思表示なのであり、北富士農民に対する政府及び施設庁の公権的自己拘束の表明でもあります。どこに北富士農民が梨ケ原入会地に立ち入り、使用、収益してきた慣習の尊重があるのか、どのように将来にわたって尊重するというのか。現状では、施設庁は債務不履行官庁であり、その非難は同時に政府そのものにも妥当する。債務不履行政府、債務不履行官庁に国民が激怒するのは当然だと思います。政府、防衛施設庁は早急にその債務を履行すべきである。このことは法的には行政法上の信義則違反として確約の法理に明らかに違反するものでもあります。
第四に、財政法九条の枠をはめてこれを論ずると動きがとれなくなるように私は思いますので、この点について述べたいと思います。
現在の施設庁の林雑補償の解釈、運用を前提とする現状において、よしんばその入会慣行は、実は入会権ではないからいいんだという理論を立てたとしても、それは決して成立しないことを指摘しなければなりません。政府、施設庁は、さきに指摘したごとく演習場内に立ち入り、使用、収益する入会慣行を認め、これを将来にわたって尊重することを確認、再確認、確約、再確約しているだけではなくて、現実に北富士入会農民が同国有地上に立ち入り、使用、収益することを承認してきているのである。
すなわち、防衛施設庁は演習場内開放日を設け、忍草入会組合員等、北富士入会農民に野草など国有地上の天然果実を無償で採取させているのである。つまり、このことは現実に地元関係住民が北富士演習場という国有地に林野雑産物採取等のために立ち入り、使用、収益することを承認しているのであり、施設庁は、もちろんこれが適法なことであるという法判断に基づいて認めているのであります。
言いかえれば、林雑補償を見舞い金あるいは何々とするにせよ、その要件は国有地へ適法に林雑物採取の目的で立ち入り、使用、収益できるという前提に立脚してこそ、演習場内への立ち入り制限を受ける林野雑産物の阻害ということを適法な要件とすることができるのであり、そもそもその立ち入り、使用、収益が違法であるとするならば、その行為こそ排除、否定さるべきであって、ましてやその違法行為をもって予算執行の要件とすることはできないはずであります。
また、施設庁が立ち入り許可日なるものを設けていることも、北富士農民の同国有地への立ち入り、使用、収益が適法行為であることをみずから承認していることにほかならない。この事実は見逃すことのできない重大な点であります。
すでに実例を挙げて、先日の予算委員会において建設省及び大蔵省の法的見解は示されているのであるから、ひとり施設庁だけが別異の解釈をとることは、もはや許されないと思います。
すなわち、国有地上の林野雑産物といえども、ほかならぬ国有地上の産出物たる天然果実であって、土地から分離するときに他に収取権者がいない限り、土地所有者たる国の所有に属するものであり、立ち入りすらできないはずのものであります。大蔵省は、権原のない人の国有地への立ち入りの規制は所有権に内在する権利であり、国有地上の果実については国有地に付合するものとして国有である。したがって、財政法九条一項の規定どおりに対価を徴収しなければならないと答弁しております。
実例において、そのように財政法が解釈、運用されているものは、十勝川の天然氷についてもそう、藤岡町の調節池に生育しているヨシについてもその対価が徴収されているという建設省の答弁からも明らかであります。敷衍すれば、北富士演習場内国有地上の林野雑産物も、適法な収取権者がない限り国の所有に属する財産となり、財政法九条一項の公法上の規制を受けることになるのであります。
まさしく施設庁が立ち入り許可日を設けて林野雑産物を採取させていること、及び林野雑産物採取行為の阻害を林雑補償の要件にしている二つの事実は、この採取行為による野草、そだなどの収取が財政法の規定に反しないし、否、むしろ正当であるとの積極的な法的評価を下していることになるのであります。
したがって、私は、施設庁が財政法違反を行っていることを承認しない以上、施設庁が立ち入り許可日を設け、北富士入会農民に林野雑産物を採取することを承認している事実、及び林雑補償においてそれがよしんば見舞い金であるとしても、予算執行の要件としている事実において、まさしく北富士農民の享有する入会慣習、すなわち、政府、防衛施設庁が確認している入会慣習の法的評価は、財政法第九条第一項に規定する「法律に基く場合を除く」という除外例に該当する場合と言わざるを得ないと考えるのであります。
また、このことは、仮に施設庁が財政法に違反していましたと頭を下げて事が済むということでは決してありません。そうだとしたら、北富士入会農民から少なくとも会計法上の時効期間五年に遡及して対価を徴収しなければならなくなるのであり、事実上防衛施設庁はやれるわけはありません。
そうではなく、この事実は決して財政法に違反しないのである。このことが、政府の言う北富士入会農民の旧来の慣習を確認し、将来にわたってこれを尊重すると確約した趣旨とも合致することでもあります。
しからば、その除外例としての依拠する法律とは何か。民法第二百九十四条において入会権は規定されております。しかし、この入会権は政府の統一見解において否定されている。したがって、幾ら施設庁でも、その統一見解を否定することはできないと思う。
では、ほかにないのか。ないとすれば、財政法違反とならざるを得ない。が、そのような依拠し得る法律がないわけではない。すなわち法例二条がその根拠たり得ることは、私の詳細な検討の結果、間違いないと確信しております。それは、「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反セサル慣習ハ法令ノ規定ニ依りテ認メタルモノ及ヒ法令ニ規定ナキ事項ニ関スルモノニ限リ法律ト同一ノ効カヲ有ス」と規定しているのであります。法例二条であります。
政府、防衛施設庁は、これまで北富士入会権を否定してまいりました。いまなおこれを認めていない。しかし、財政法九条第一項違反とならざるためには、必ずや「法律に基く場合を除く」という除外例に依拠せざるを得ないと私は思う。
なお、これまでの経緯及び政府の入会権不存在の統一見解が存する現在、これを民法第二百九十四条のいわゆる地役入会権の規定に求めるわけにはいかないのであります。
ここで、法例二条による提案も含めて、第五として最後に申し上げたい。
法的にも行政的にも納得のいく現行林雑見舞い金制度の発展的解消と政府当局の確約の実行を迫るために、昭和二十四年十二月二十七日閣議決定の実例を踏まえて、私の提言としての理論を少しく展開していきたいと思うのであります。
これまで私は、北富士演習場にまつわるさまざまな問題を検討してまいりました。そこにはまことに複雑な経緯があったようであります。
前回、三月二十三日の当委員会において、高島さんが「たびたび申し上げておりますとおり、北富士演習場には長い長い歴史的な経緯がございます。」と言っておられるとおりだと思う。これは議事録二号の十一ページに書いてあります。しかし、さきに言ったように、その対応、対策は善意に解してもきわめてずさんで、逆にその複雑さに拍車をかけるものであったとしか言いようがありません。正鵠を期して言えば、忍草農民に対する弾圧以外の何物でもなかった。その典型が演対協窓口一本化方式にあることは否めない事実であります。
それにもかかわらず、すぐに続けて高島さんはこう言っています。「私どもは行政の立場から、何とか事態を円満に解決したいということで腐心してまいったわけでございますが、」「昭和四十四年に地方公共団体、各入会組合その他県の総意を挙げて、」「北富士演習場対策協議会というのが設立されまして、その演習場対策協議会を窓口にしてすべてを処理してほしいというのが、県の首脳部並びに各入会組合の首脳部の方々の御要請であったというふうにわれわれは理解し」「その態度は今日も変わっておらない」と言っていることは、同じく議事録の十一ページにありますが、私にはどうも盗人たけだけしい言い分としか考えようがありません。
この点はきわめて重要なので、繰り返し指摘しておきたいと思う。この演対協がどのような経緯でできたのかは、さきに言ったとおりであります。このことは、処理要領作成当時、調査官として活躍された高島部長は十分御承知のところだと思います。
参考までに先に申し上げておくが、山梨県発行の昭和四十九年度版「北富士演習場問題の概要」によりますと、当時の演対協会長小林昌治が林雑補償のことで「防衛施設庁に鶴崎次長・高島調査官ほかを訪ね」た昭和四十八年二月七日、「国側は、」「恩賜県有財産保護組合長ないし演対協会長に委任することが条件である。」と回答し、この時点で処理要領方式原案が成立したことを明らかにいたしております。逆なのです。
要するに、あくまでも演対協が成立した昭和四十四年の時点では、その設立目的は、北富士演習場に関係を持つ団体、すなわち、入会組合の権益を守ることにあったのであります。いまもって施設庁が演対協をまげて云々するのであれば、この定款、規約を再度確認することを要求します。
申すまでもなく、この演対協のような団体を一個の団体として承認すると言うのであれば、その団体とはどのようなものであるかは、定款、規約を見るにしくはないと私は思う。
規約によってこの団体の構成員を見ると、山梨県、県議会、市村、入会組合、土地所有者等、その構成員相互間に利害相反関係が見られるものであり、構成員の個性が激しく浮き上がってくるのであるが、山梨県は入会権を否定し、入会組合はこれを主張しているがごときは全くその典型であります。
だが、施設庁は演対協を一つの団体として承認している。だとすると、当然施設庁は、法的にかかる団体を団体として論ずることができなければならない。
言うまでもなく、かかる団体を法的にも団体として論じ得るためには、一定の共同目的事業を遂行するために複数人が組織的に結合したものでなければならないのは当然のこととして——これが法的に団体として承認されるための第一要件であります。そして、その組織的結合が単一体として社会的に承認されるものでなければならない。これが第二要件でしょう。
このような要件を具備充足してこそ、複数人の結合体として団体の独自性が承認されるのであって、構成員の個性が云々されることはないのであります。言いかえれば、構成員の複数性は、かかる場合にあって初めて団体の背後にひそみ、団体の単一性が承認されるのであります。逆に言えば、団体は、この単一性が承認されるがゆえに一つの団体たり得るのであります。
ほかならぬ定款、規約とは、かかる単一体としての団体を組織づけ、存立させるための組織法であり、団体構成員はこの自治法規を侵すことはできないのであります。同様に、この団体を団体として承認する者は、この規約を侵すことは絶対できないのであります。
私は、かかる観点から、演対協はその単一性を、まさにその規約第一条に高らかに掲げております「北富士演習場に関係を持つ団体及び住民の利益を守る」ところにしか見出し得ないと思います。
しかるに演対協は、林雑補償が真に入会に対する補償として政府、防衛施設庁にそれを擁護、確立させるべきものを、逆にそれをまるで抹殺するような見舞い金と変化せしめたのであり、この一事をもっても、昭和四十四年に設立された正真正銘の演対協とは言えないと断定しても構わないと私は思う。
演対協は昭和四十四年六月に生まれ、健全に育つことなく、昭和四十七年、忍草入会組合の名誉ある脱退によって死亡宣告がなされたと同然であります。それでもなお、施設庁が、演対協なる団体の存在を承認するというのであれば、施設庁の承認している演対協とは一体何なのか。その組織と単一性の二要件に即して、文書をもって明らかにしていただきたいと思います。
あらかじめ断っておきますが、昭和四十四年に作成された規約は、あくまでも現存しない団体の資料にすぎず、またそれをもって現在の演対協なるものの規約と言うのであれば、それがどうして入会団体の権益を擁護していると言えるのか、はたまた、各入会組合その他県の総意と称することができるのかを明示してもらわなければなりません。
私は、端的に言って、入会住民不在の、県と施設庁のなれ合った行政を覆い隠す隠れみのにすぎないと思います。演対協の実態は、もはやさきの答弁のごとき飾り文句で糊塗できる段階ではありません。糊塗しようと思ってもそれはもうできない。
また、別の観点からもこのことは指摘できます。指摘だけしておきますので、この点も前のとあわせて挙げて後で答弁をもらいたいと思います。
林雑見舞い金について演対協窓口一本化方式をあえて続けると、当然のことながら使用協定も演対協を窓口としなければならないことになります。高島さんの言うとおり「すべて」なのだから。したがって、施設庁が、あくまで昭和四十四年の演対協の要請に従っていくと言うならば、窓口一本化の原則で、山梨県知事をして、使用協定締結についても演対協会長に白紙一任させなければならなくなります。そうなると私は理解をいたしますが、仮にそうでないとしたら、その理由を明らかにしてもらいたいと思います。
このように、防衛施設庁の演対協窓口一本化方式は、覆いがたき矛盾に満ちていると私は信じます。
また、この複雑な経緯の中での矛盾は、単にこれだけではないことはさきに述べたとおりであります。すなわち、政府、防衛施設庁のたび重なる忍草入会組合に対する入会慣習の確認と、それを将来にわたって尊重すると確約してきた問題が、もう一方の極にあるからであります。幾つも幾つも入会慣習の確認と尊重の一札を出していることは、すでに指摘したとおりでございます。にもかかわらず、ついに林雑補償金は見舞い金として出しているとの施設庁の答弁において、いまもって入会権益擁護、その他の確約は全然実行されていないことは御承知のとおりであります。そのことそれ自体が法的には違法であり、政治的には多大の非難を浴びせられても仕方のない状態であることがわかったと私は思う。
しかも、それだけではない。仮にいまの状態のまま入会慣習は法的には何も評価しないでおくということを是とするならば、財政法違反というそしりをも甘受しなければならず、かつ、過去にさかのぼって北富士農民から林雑物の対価を徴収しなければならないという、事実上不可能な結果になってしまうのであります。
さらにまた、現在の林雑補償は、事実上その申請は虚偽にして、それに対する指弾も日一日と高まっていく状態であります。行政庁たるものがかかることを黙認し、申請者の虚偽を承認することは法秩序の破壊であり、遵法精神を弛緩させることになります。けさの朝日新聞がこの問題に関して告発をしているのを報道しておりますが、恐らくまだ見ていないとおっしゃるでしょうが、ゆっくりごらんをいただいたらいい。
どうしようもないどろ沼の状態にあるのはよくわかります。なるほど法例二条権原を承認するためには、これまで政府が確認し、将来にわたる尊重をも約束した北富士梨ケ原入会地への立ち入り、使用、収益がどのような内容を有するかなど、さまざまな調査、検討を終わらなければならないと思います。私は私なりにそれを調査、検討してみてはおりますが、その内容の一〇〇%確定までにはまだその機が熟しておりません。したがって、その内容についての見解は後に譲りたいと思います。
ただいままでるる述べてきた大綱と理論は、現在の防衛施設庁がとり得る唯一のものであり、関係当事者も同一のテーブルに着くことができるものと確信をいたしております。
法例二条権原についての補償、この問題こそ速やかになさるべきであると考えるものであります。
もちろんこのことは、現在の林雑補償とは法的に矛盾はしないものであります。何となれば、現在の林雑補償は行政措置によるものでありますから、これをどうするかはひとえに行政庁の裁量にゆだねられているものであり、法例二条権原の承認とともに、その林雑補償は漸減させることも廃止することも可能だからであります。
また、過去の事例において、このようなある一定の事案について見舞い金として支払っていたものを補償金と改め、その相互間の調整をするというようなことも行われているのであります。
たとえば、昭和二十四年十二月二十七日閣議決定になる「使用解除財産処理要綱」の十二などは、「すでに使用解除のあった財産で見舞金を支給しているものについても、本要綱によって損失金額と再計算し、支給済みの見舞金を控除の上、損失を補償すること」となっていることなどは、事案は全然異なるものといえども非常に参考に値するものと考えます。
いまやまさに演習場の使用協定の更新をせんとする時期であります。そのような意味で、北富士演習場の使用に関するすべての法制度、法運用を再検討すべき絶好の時期でもあり、さらには、地元の事情に最も明るい山梨県選出の金丸さんがその所管大臣になっていることも、この上なく時宜を得ているものと考えます。
これまでは、演習場用地をぜひ確保しておかなければならぬとして、みずからの確約に反し、またそのことによって法を犯してまで大地主たる山梨県などの意向を十分過ぎるほど聞き過ぎたのではなかったかと私は思う。
しかし、私はいま、周辺整備事業に関する補助金の問題、あるいは借地料の問題を主題としているのではございません。そのことには言及すまい。しかし、その意向の反映が直接北富士入会農民にはねかえってきてしまった林野雑産物補償行政だけは、幾ら非難しても非難し過ぎることはないと思う。
かかる忍草農民そのものに対する卑劣、不法な、言いかえれば防衛施設庁の言う北富士演習場の安定的、円滑な使用のうちに、事実上、忍草入会農民の入会慣習の無視、人格的侮辱といった性質をすら有する施設庁の入会慣習侵害に関する忍草農民の抵抗は、忍草農民にとって義務とすら感じられているようであります。
それは忍草入会農民自身に対する義務であり、かつ日本社会に対する義務ですらあると言っている。「草の根を守る闘いは法治国家の根っ子を守る闘いである」とは、昭和三十六年、有名な忍草農民が梨ケ原原頭に打ち立てたスローガンでもございました。
まことに、自分の権益が卑劣なやり方で台なしにされたり踏みにじられた場合に、単にその権益ばかりではなく、それによって人格もまた無視されたのだということに気づかない者、またそうした状況の中に置かれていながら、自分自身とその正当な権益を主張しようと思わない者は、どうにも救いようがないし、そのような者が国のために何をなし得ようか、私は全然期待ができないと思います。
権益の侵害があった場合、それに対して闘うべきか、それともそれを避けるためにおのが権益を見殺しにするかという問題に直面せざるを得ない。だれもこの決断を避けるわけにはいかない。結末はどうなろうと、この決断は、いずれにしても犠牲を伴わざるを得ません。権益が平穏な秩序の犠牲になるのか、平穏な秩序が権益の犠牲にならざるを得ないのかであります。
忍草入会農民は、三十余年の長きにわたって、自己のため及び日本を真に法治国家たらしめんがための血のにじむような貴重な闘いを続けて今日に至っております。私は、この忍草の主張の中に、自分の手で自分の権益を守ろうとしている農民に救いがあるか否か、その農民が山や野の主人になれるか、自分で山や野の開発ができるか否かを確かめている、日本の農民の未来についての根本的問題をも提起しているものと考えるものであります。
これを違法にも妨害しているのが、ほかならぬ防衛施設庁である。しかし、未来は築かなければなりません。
私は、これまでるる指摘してきましたように、断じて政策の犠牲を忍草農民に強いてはならないと強く指摘し、真に法治行政を行うべく、私の質問を含めた心からの提案を受け入れるように重ねて要求し、申し上げてきた諸点につき、防衛庁長官、施設庁長官などの答弁と決意のほどを聞かせていただきたいと思います。
私はここで質問を締めくくりたいと思いますが、もし時間切れのことがございましたら、後にまた個々にでも説明を求める予定でございますし、この中に要求してまいりました文書による回答はぜひお出しいただくように、委員長からぜひ計らっていただきたいと思います。
以上をもって一応私の質問を終わりますので、どうかいま申し上げた順序で、その答弁なり決意のほどをお聞かせいただきたい。
この発言だけを見る →施設庁の林雑補償費の運用をそのまま認めるわけにいかないと私は思うのですが、いまこの点についての答弁、すなわち予算法上の見解を直ちに求めることは無理だ、こう思いますので、私にも時間がありません、この点については後日その法的見解、これを文書をもって本委員会に回答してほしいと思います、私はこの予算の運用は明らかに違法であると確信していますから。
しかし、予算法上の問題は一応別として、なぜこのような解釈と運用を施設庁がとらねばならなかったか、その理由はわかるような気がいたすのであります。
林雑補償制度は、制定当時入会慣行、入会権に対する補償制度としてつくられたことは事実なのであります。このことは、制定当時の昭和三十年の六月二十四日の参議院内閣委員会での福島長官の答弁を議事録で読むとよくわかります。同長官は、入会の慣行に損害があるから払うというたてまえで払っているが、実質的には忍草の権利を認めている、忍草も補償金を受け取っているので入会権の処置の問題は再認識されていると理解しています、要点だけ三つにくくるとそういうことを言っています。要するに、入会の慣行に損害があるので、損害賠償制度として林雑補償制度は機能、運用されているのであると福島さんは言明をしているのであります。
しかし、この入会慣習、入会権をより明確にしようとして施設庁当局と権利者協議会が話し合いを持ち、それを覚書としてあらわす段になった昭和三十七年六月十九日、山梨県から、県有地には入会権はないという前提に立った県としてはこの覚書は将来県有地開発に重大な影響を与えるものと考えるので調印は認められないという横やりが入り、ましてやその山梨県は北富士演習場に土地を提供している最大の地主でありますから、施設庁はその意向に従わざるを得なかったのであります。
また、地元の富士吉田市外二ケ村恩賜県有財産保護組合という特別地方公共団体、この団体も北富士演習場に土地を提供している大手の一人でありますが、この特別地方公共団体は旧十一カ村の約四千ヘクタールにわたる入会地の管理団体だと称してその全域に共同入会権ありと主張して、忍草入会組合の主張を聞くなら土地を貸さない、実力行使も辞さないと言っているのであります。現にこの地方公共団体は、最寄り入会を主張する忍草入会組合の行動阻止資金あるいは共同入会権擁護集会出動と称するデモ資金を、何百万とばらまいております。一体、地方公共団体が私権であるはずの入会権の管理団体になれるのだろうか、これが第一の問題。
また、地方公共団体がその住民団体に運動資金として、たとえば私が調査したところによると、阻止行動資金、運動集会資金として、ある住民団体には五十万円出しているのだが——これは一部ですよ、法的に出せるのかどうか。民法上の組合であれば別ですが、きわめて違法な支出ではないかと思いますが、この点については後で調べた上で自治省の方から答弁を文書でいただきたいと思います。
きょうは自治省にもおいでいただいて少しく論議をしたかったのですが、余り時間がありませんので、いま申し上げたように、この点に関して二つに分けて文書で当委員会に答弁をお願いしたいと思います。
ともかく、このように県の横やりと地元の特別地方公共団体の思惑をてことして、林雑補償制度を見舞い金制度あるいは何々とすることにならざるを得なかったものであろうし、また、このような一連の事実は、入会権の主張をなす北富士農民の要求を無視する上で施設庁としても好都合であったのだろうと私は思う。
だが、現実に施設庁が、林雑補償制度は入会慣習等に対するものとしてではなく、見舞い金制度であると言い、確定したことの意味は、きわめて重大であると思います。何となれば、政府、防衛施設庁は、北富士梨ケ原に地元入会住民が有している入会慣行については具体的には何一つ施策を行っていないということを承認することと同一だからであります。
次いで第三に、政府及び当局は、忍草入会組合が梨ケ原演習場内に立ち入り、使用、収益する入会権を認め、これを将来にわたって尊重することを重ねて確約している一方、演習場開放日を設けて忍草入会組合構成員等北富士農民に、野草等国有地上の天然果実を採取させている事実についてであります。
何と三十余年にもわたって入会権益の擁護を叫び続けてきている北富士農民の顔をまるで逆なでするような、先ほどからのお答えだろうと思います。林雑補償、それは入会権益に対するものではない。民生安定と円滑な演習を行うために関係住民に与えられている金である。入会権もしくは社会的に承認された利益、入会慣習に対するものではないと。
このことは、今日までに散見される資料、たとえば、六つありますが、
一つ、昭和三十三年九月十一日、防衛事務次官今井久「演習場内に於ける採草採木等の入会慣行は充分尊重したい。」
二つ、昭和三十五年八月九日、防衛庁長官江崎真澄「忍草区が従来所有してきた入会慣行を十分尊重し、誠意をもって善処します。」
三つ、昭和三十六年九月十二日、防衛庁長官藤枝泉介「政府は忍草区民が旧来の慣習に基づき梨ヶ原入会地に立入り使用収益してきた慣習を確認すると共にこの慣習を将来にわたって尊重する。」
四つ、昭和三十六年九月十七日、防衛庁長官藤枝泉介「政府は、北富士演習場の地元関係者が、旧来の慣習に基づき、北富士演習場入会地(梨ヶ原、大和ヶ原その他の入会地を総称する。)に立入り使用収益してきた慣習を確認すると共に、この慣習を将来にわたって尊重する。」
五つ、昭和三十九年六月二十四日、防衛施設庁長官小野裕「政府は、忍草入会組合が旧来の慣習に基づき、梨ヶ原入会地に立入り使用収益してきた入会慣習を再確認し、この慣習を将来にわたって尊重することを確約・確認する。」
六つ、昭和四十三年十二月二日、防衛施設庁長官山上重信「政府は、北富士演習場内の地元関係者が旧来の慣習に基づき立入り使用収益してきた入会慣習を再確認し、この慣習を将来にわたり尊重する。」にも、これは真っ向から相反する問題だと私は思う。
少なくとも、林雑補償とは、入会慣行に対する補償であり、山本伊三郎参議院議員が提出した質問主意書に対する政府の答弁書にある、損失をてん補するものでなければならないものであったはずであります。しかしそうではなくて、民生安定と円滑な演習場使用のために林雑補償金を出しているのだと、現在の防衛施設庁当局は解釈し、それで運用していると言うが、果たしてさきに指摘しておいたように林雑補償制度をそのように解釈、運用することが予算法上適法に行い得るかどうかは、いま問題にしようとは思っていませんが、事実上このように林雑補償が解釈、運用されているということが重大なのであります。
いま私が指摘したように、政府が北富士入会農民の演習場内入会地に立ち入り、使用、収益してきた入会慣習を承認し、将来にわたって尊重することをたび重ねて確認、確約してきたものは、何も実現、実行されていない。いまも履行されておりません。林雑補償を、入会慣行に対する阻害による損失補償としてではなく、民生安定と円滑な演習のために出しているのである。
一体、さきに六つの例を挙げた政府の確約は、どのような形で現実に履行されているというのか。いま言ったような林雑補償の解釈、運用では、全然何も行っていないと言って間違いありません。現在の防衛施設当局は、この政府の確約を実現するために何かを実行しなければいけないはずだと思うのです。決して林雑補償がその確約の一つのあらわれであるなどとは言えないはずであります。
事実、林雑補償を演対協会長に白紙一任しなければならないとしているのは、のっぴきならぬ見舞い金としての運用の証拠であります。したがって、説明の言葉のあやとか、説明不足でしたとかいったことでは糊塗できない運用をやっていると私は思います。施設庁は、この何回も出されている政府及び施設庁としての確認、確約に対しての責任ある行政を何一つやっていないと再度私は申し上げておきます。
言うまでもなく、この確認、確約は、単なる政府の方針ではなく、まさしく行政庁が現在及び将来行うであろう公法的行為について自己拘束する意図を持って北富士入会農民に対して行った意思表示なのであり、北富士農民に対する政府及び施設庁の公権的自己拘束の表明でもあります。どこに北富士農民が梨ケ原入会地に立ち入り、使用、収益してきた慣習の尊重があるのか、どのように将来にわたって尊重するというのか。現状では、施設庁は債務不履行官庁であり、その非難は同時に政府そのものにも妥当する。債務不履行政府、債務不履行官庁に国民が激怒するのは当然だと思います。政府、防衛施設庁は早急にその債務を履行すべきである。このことは法的には行政法上の信義則違反として確約の法理に明らかに違反するものでもあります。
第四に、財政法九条の枠をはめてこれを論ずると動きがとれなくなるように私は思いますので、この点について述べたいと思います。
現在の施設庁の林雑補償の解釈、運用を前提とする現状において、よしんばその入会慣行は、実は入会権ではないからいいんだという理論を立てたとしても、それは決して成立しないことを指摘しなければなりません。政府、施設庁は、さきに指摘したごとく演習場内に立ち入り、使用、収益する入会慣行を認め、これを将来にわたって尊重することを確認、再確認、確約、再確約しているだけではなくて、現実に北富士入会農民が同国有地上に立ち入り、使用、収益することを承認してきているのである。
すなわち、防衛施設庁は演習場内開放日を設け、忍草入会組合員等、北富士入会農民に野草など国有地上の天然果実を無償で採取させているのである。つまり、このことは現実に地元関係住民が北富士演習場という国有地に林野雑産物採取等のために立ち入り、使用、収益することを承認しているのであり、施設庁は、もちろんこれが適法なことであるという法判断に基づいて認めているのであります。
言いかえれば、林雑補償を見舞い金あるいは何々とするにせよ、その要件は国有地へ適法に林雑物採取の目的で立ち入り、使用、収益できるという前提に立脚してこそ、演習場内への立ち入り制限を受ける林野雑産物の阻害ということを適法な要件とすることができるのであり、そもそもその立ち入り、使用、収益が違法であるとするならば、その行為こそ排除、否定さるべきであって、ましてやその違法行為をもって予算執行の要件とすることはできないはずであります。
また、施設庁が立ち入り許可日なるものを設けていることも、北富士農民の同国有地への立ち入り、使用、収益が適法行為であることをみずから承認していることにほかならない。この事実は見逃すことのできない重大な点であります。
すでに実例を挙げて、先日の予算委員会において建設省及び大蔵省の法的見解は示されているのであるから、ひとり施設庁だけが別異の解釈をとることは、もはや許されないと思います。
すなわち、国有地上の林野雑産物といえども、ほかならぬ国有地上の産出物たる天然果実であって、土地から分離するときに他に収取権者がいない限り、土地所有者たる国の所有に属するものであり、立ち入りすらできないはずのものであります。大蔵省は、権原のない人の国有地への立ち入りの規制は所有権に内在する権利であり、国有地上の果実については国有地に付合するものとして国有である。したがって、財政法九条一項の規定どおりに対価を徴収しなければならないと答弁しております。
実例において、そのように財政法が解釈、運用されているものは、十勝川の天然氷についてもそう、藤岡町の調節池に生育しているヨシについてもその対価が徴収されているという建設省の答弁からも明らかであります。敷衍すれば、北富士演習場内国有地上の林野雑産物も、適法な収取権者がない限り国の所有に属する財産となり、財政法九条一項の公法上の規制を受けることになるのであります。
まさしく施設庁が立ち入り許可日を設けて林野雑産物を採取させていること、及び林野雑産物採取行為の阻害を林雑補償の要件にしている二つの事実は、この採取行為による野草、そだなどの収取が財政法の規定に反しないし、否、むしろ正当であるとの積極的な法的評価を下していることになるのであります。
したがって、私は、施設庁が財政法違反を行っていることを承認しない以上、施設庁が立ち入り許可日を設け、北富士入会農民に林野雑産物を採取することを承認している事実、及び林雑補償においてそれがよしんば見舞い金であるとしても、予算執行の要件としている事実において、まさしく北富士農民の享有する入会慣習、すなわち、政府、防衛施設庁が確認している入会慣習の法的評価は、財政法第九条第一項に規定する「法律に基く場合を除く」という除外例に該当する場合と言わざるを得ないと考えるのであります。
また、このことは、仮に施設庁が財政法に違反していましたと頭を下げて事が済むということでは決してありません。そうだとしたら、北富士入会農民から少なくとも会計法上の時効期間五年に遡及して対価を徴収しなければならなくなるのであり、事実上防衛施設庁はやれるわけはありません。
そうではなく、この事実は決して財政法に違反しないのである。このことが、政府の言う北富士入会農民の旧来の慣習を確認し、将来にわたってこれを尊重すると確約した趣旨とも合致することでもあります。
しからば、その除外例としての依拠する法律とは何か。民法第二百九十四条において入会権は規定されております。しかし、この入会権は政府の統一見解において否定されている。したがって、幾ら施設庁でも、その統一見解を否定することはできないと思う。
では、ほかにないのか。ないとすれば、財政法違反とならざるを得ない。が、そのような依拠し得る法律がないわけではない。すなわち法例二条がその根拠たり得ることは、私の詳細な検討の結果、間違いないと確信しております。それは、「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反セサル慣習ハ法令ノ規定ニ依りテ認メタルモノ及ヒ法令ニ規定ナキ事項ニ関スルモノニ限リ法律ト同一ノ効カヲ有ス」と規定しているのであります。法例二条であります。
政府、防衛施設庁は、これまで北富士入会権を否定してまいりました。いまなおこれを認めていない。しかし、財政法九条第一項違反とならざるためには、必ずや「法律に基く場合を除く」という除外例に依拠せざるを得ないと私は思う。
なお、これまでの経緯及び政府の入会権不存在の統一見解が存する現在、これを民法第二百九十四条のいわゆる地役入会権の規定に求めるわけにはいかないのであります。
ここで、法例二条による提案も含めて、第五として最後に申し上げたい。
法的にも行政的にも納得のいく現行林雑見舞い金制度の発展的解消と政府当局の確約の実行を迫るために、昭和二十四年十二月二十七日閣議決定の実例を踏まえて、私の提言としての理論を少しく展開していきたいと思うのであります。
これまで私は、北富士演習場にまつわるさまざまな問題を検討してまいりました。そこにはまことに複雑な経緯があったようであります。
前回、三月二十三日の当委員会において、高島さんが「たびたび申し上げておりますとおり、北富士演習場には長い長い歴史的な経緯がございます。」と言っておられるとおりだと思う。これは議事録二号の十一ページに書いてあります。しかし、さきに言ったように、その対応、対策は善意に解してもきわめてずさんで、逆にその複雑さに拍車をかけるものであったとしか言いようがありません。正鵠を期して言えば、忍草農民に対する弾圧以外の何物でもなかった。その典型が演対協窓口一本化方式にあることは否めない事実であります。
それにもかかわらず、すぐに続けて高島さんはこう言っています。「私どもは行政の立場から、何とか事態を円満に解決したいということで腐心してまいったわけでございますが、」「昭和四十四年に地方公共団体、各入会組合その他県の総意を挙げて、」「北富士演習場対策協議会というのが設立されまして、その演習場対策協議会を窓口にしてすべてを処理してほしいというのが、県の首脳部並びに各入会組合の首脳部の方々の御要請であったというふうにわれわれは理解し」「その態度は今日も変わっておらない」と言っていることは、同じく議事録の十一ページにありますが、私にはどうも盗人たけだけしい言い分としか考えようがありません。
この点はきわめて重要なので、繰り返し指摘しておきたいと思う。この演対協がどのような経緯でできたのかは、さきに言ったとおりであります。このことは、処理要領作成当時、調査官として活躍された高島部長は十分御承知のところだと思います。
参考までに先に申し上げておくが、山梨県発行の昭和四十九年度版「北富士演習場問題の概要」によりますと、当時の演対協会長小林昌治が林雑補償のことで「防衛施設庁に鶴崎次長・高島調査官ほかを訪ね」た昭和四十八年二月七日、「国側は、」「恩賜県有財産保護組合長ないし演対協会長に委任することが条件である。」と回答し、この時点で処理要領方式原案が成立したことを明らかにいたしております。逆なのです。
要するに、あくまでも演対協が成立した昭和四十四年の時点では、その設立目的は、北富士演習場に関係を持つ団体、すなわち、入会組合の権益を守ることにあったのであります。いまもって施設庁が演対協をまげて云々するのであれば、この定款、規約を再度確認することを要求します。
申すまでもなく、この演対協のような団体を一個の団体として承認すると言うのであれば、その団体とはどのようなものであるかは、定款、規約を見るにしくはないと私は思う。
規約によってこの団体の構成員を見ると、山梨県、県議会、市村、入会組合、土地所有者等、その構成員相互間に利害相反関係が見られるものであり、構成員の個性が激しく浮き上がってくるのであるが、山梨県は入会権を否定し、入会組合はこれを主張しているがごときは全くその典型であります。
だが、施設庁は演対協を一つの団体として承認している。だとすると、当然施設庁は、法的にかかる団体を団体として論ずることができなければならない。
言うまでもなく、かかる団体を法的にも団体として論じ得るためには、一定の共同目的事業を遂行するために複数人が組織的に結合したものでなければならないのは当然のこととして——これが法的に団体として承認されるための第一要件であります。そして、その組織的結合が単一体として社会的に承認されるものでなければならない。これが第二要件でしょう。
このような要件を具備充足してこそ、複数人の結合体として団体の独自性が承認されるのであって、構成員の個性が云々されることはないのであります。言いかえれば、構成員の複数性は、かかる場合にあって初めて団体の背後にひそみ、団体の単一性が承認されるのであります。逆に言えば、団体は、この単一性が承認されるがゆえに一つの団体たり得るのであります。
ほかならぬ定款、規約とは、かかる単一体としての団体を組織づけ、存立させるための組織法であり、団体構成員はこの自治法規を侵すことはできないのであります。同様に、この団体を団体として承認する者は、この規約を侵すことは絶対できないのであります。
私は、かかる観点から、演対協はその単一性を、まさにその規約第一条に高らかに掲げております「北富士演習場に関係を持つ団体及び住民の利益を守る」ところにしか見出し得ないと思います。
しかるに演対協は、林雑補償が真に入会に対する補償として政府、防衛施設庁にそれを擁護、確立させるべきものを、逆にそれをまるで抹殺するような見舞い金と変化せしめたのであり、この一事をもっても、昭和四十四年に設立された正真正銘の演対協とは言えないと断定しても構わないと私は思う。
演対協は昭和四十四年六月に生まれ、健全に育つことなく、昭和四十七年、忍草入会組合の名誉ある脱退によって死亡宣告がなされたと同然であります。それでもなお、施設庁が、演対協なる団体の存在を承認するというのであれば、施設庁の承認している演対協とは一体何なのか。その組織と単一性の二要件に即して、文書をもって明らかにしていただきたいと思います。
あらかじめ断っておきますが、昭和四十四年に作成された規約は、あくまでも現存しない団体の資料にすぎず、またそれをもって現在の演対協なるものの規約と言うのであれば、それがどうして入会団体の権益を擁護していると言えるのか、はたまた、各入会組合その他県の総意と称することができるのかを明示してもらわなければなりません。
私は、端的に言って、入会住民不在の、県と施設庁のなれ合った行政を覆い隠す隠れみのにすぎないと思います。演対協の実態は、もはやさきの答弁のごとき飾り文句で糊塗できる段階ではありません。糊塗しようと思ってもそれはもうできない。
また、別の観点からもこのことは指摘できます。指摘だけしておきますので、この点も前のとあわせて挙げて後で答弁をもらいたいと思います。
林雑見舞い金について演対協窓口一本化方式をあえて続けると、当然のことながら使用協定も演対協を窓口としなければならないことになります。高島さんの言うとおり「すべて」なのだから。したがって、施設庁が、あくまで昭和四十四年の演対協の要請に従っていくと言うならば、窓口一本化の原則で、山梨県知事をして、使用協定締結についても演対協会長に白紙一任させなければならなくなります。そうなると私は理解をいたしますが、仮にそうでないとしたら、その理由を明らかにしてもらいたいと思います。
このように、防衛施設庁の演対協窓口一本化方式は、覆いがたき矛盾に満ちていると私は信じます。
また、この複雑な経緯の中での矛盾は、単にこれだけではないことはさきに述べたとおりであります。すなわち、政府、防衛施設庁のたび重なる忍草入会組合に対する入会慣習の確認と、それを将来にわたって尊重すると確約してきた問題が、もう一方の極にあるからであります。幾つも幾つも入会慣習の確認と尊重の一札を出していることは、すでに指摘したとおりでございます。にもかかわらず、ついに林雑補償金は見舞い金として出しているとの施設庁の答弁において、いまもって入会権益擁護、その他の確約は全然実行されていないことは御承知のとおりであります。そのことそれ自体が法的には違法であり、政治的には多大の非難を浴びせられても仕方のない状態であることがわかったと私は思う。
しかも、それだけではない。仮にいまの状態のまま入会慣習は法的には何も評価しないでおくということを是とするならば、財政法違反というそしりをも甘受しなければならず、かつ、過去にさかのぼって北富士農民から林雑物の対価を徴収しなければならないという、事実上不可能な結果になってしまうのであります。
さらにまた、現在の林雑補償は、事実上その申請は虚偽にして、それに対する指弾も日一日と高まっていく状態であります。行政庁たるものがかかることを黙認し、申請者の虚偽を承認することは法秩序の破壊であり、遵法精神を弛緩させることになります。けさの朝日新聞がこの問題に関して告発をしているのを報道しておりますが、恐らくまだ見ていないとおっしゃるでしょうが、ゆっくりごらんをいただいたらいい。
どうしようもないどろ沼の状態にあるのはよくわかります。なるほど法例二条権原を承認するためには、これまで政府が確認し、将来にわたる尊重をも約束した北富士梨ケ原入会地への立ち入り、使用、収益がどのような内容を有するかなど、さまざまな調査、検討を終わらなければならないと思います。私は私なりにそれを調査、検討してみてはおりますが、その内容の一〇〇%確定までにはまだその機が熟しておりません。したがって、その内容についての見解は後に譲りたいと思います。
ただいままでるる述べてきた大綱と理論は、現在の防衛施設庁がとり得る唯一のものであり、関係当事者も同一のテーブルに着くことができるものと確信をいたしております。
法例二条権原についての補償、この問題こそ速やかになさるべきであると考えるものであります。
もちろんこのことは、現在の林雑補償とは法的に矛盾はしないものであります。何となれば、現在の林雑補償は行政措置によるものでありますから、これをどうするかはひとえに行政庁の裁量にゆだねられているものであり、法例二条権原の承認とともに、その林雑補償は漸減させることも廃止することも可能だからであります。
また、過去の事例において、このようなある一定の事案について見舞い金として支払っていたものを補償金と改め、その相互間の調整をするというようなことも行われているのであります。
たとえば、昭和二十四年十二月二十七日閣議決定になる「使用解除財産処理要綱」の十二などは、「すでに使用解除のあった財産で見舞金を支給しているものについても、本要綱によって損失金額と再計算し、支給済みの見舞金を控除の上、損失を補償すること」となっていることなどは、事案は全然異なるものといえども非常に参考に値するものと考えます。
いまやまさに演習場の使用協定の更新をせんとする時期であります。そのような意味で、北富士演習場の使用に関するすべての法制度、法運用を再検討すべき絶好の時期でもあり、さらには、地元の事情に最も明るい山梨県選出の金丸さんがその所管大臣になっていることも、この上なく時宜を得ているものと考えます。
これまでは、演習場用地をぜひ確保しておかなければならぬとして、みずからの確約に反し、またそのことによって法を犯してまで大地主たる山梨県などの意向を十分過ぎるほど聞き過ぎたのではなかったかと私は思う。
しかし、私はいま、周辺整備事業に関する補助金の問題、あるいは借地料の問題を主題としているのではございません。そのことには言及すまい。しかし、その意向の反映が直接北富士入会農民にはねかえってきてしまった林野雑産物補償行政だけは、幾ら非難しても非難し過ぎることはないと思う。
かかる忍草農民そのものに対する卑劣、不法な、言いかえれば防衛施設庁の言う北富士演習場の安定的、円滑な使用のうちに、事実上、忍草入会農民の入会慣習の無視、人格的侮辱といった性質をすら有する施設庁の入会慣習侵害に関する忍草農民の抵抗は、忍草農民にとって義務とすら感じられているようであります。
それは忍草入会農民自身に対する義務であり、かつ日本社会に対する義務ですらあると言っている。「草の根を守る闘いは法治国家の根っ子を守る闘いである」とは、昭和三十六年、有名な忍草農民が梨ケ原原頭に打ち立てたスローガンでもございました。
まことに、自分の権益が卑劣なやり方で台なしにされたり踏みにじられた場合に、単にその権益ばかりではなく、それによって人格もまた無視されたのだということに気づかない者、またそうした状況の中に置かれていながら、自分自身とその正当な権益を主張しようと思わない者は、どうにも救いようがないし、そのような者が国のために何をなし得ようか、私は全然期待ができないと思います。
権益の侵害があった場合、それに対して闘うべきか、それともそれを避けるためにおのが権益を見殺しにするかという問題に直面せざるを得ない。だれもこの決断を避けるわけにはいかない。結末はどうなろうと、この決断は、いずれにしても犠牲を伴わざるを得ません。権益が平穏な秩序の犠牲になるのか、平穏な秩序が権益の犠牲にならざるを得ないのかであります。
忍草入会農民は、三十余年の長きにわたって、自己のため及び日本を真に法治国家たらしめんがための血のにじむような貴重な闘いを続けて今日に至っております。私は、この忍草の主張の中に、自分の手で自分の権益を守ろうとしている農民に救いがあるか否か、その農民が山や野の主人になれるか、自分で山や野の開発ができるか否かを確かめている、日本の農民の未来についての根本的問題をも提起しているものと考えるものであります。
これを違法にも妨害しているのが、ほかならぬ防衛施設庁である。しかし、未来は築かなければなりません。
私は、これまでるる指摘してきましたように、断じて政策の犠牲を忍草農民に強いてはならないと強く指摘し、真に法治行政を行うべく、私の質問を含めた心からの提案を受け入れるように重ねて要求し、申し上げてきた諸点につき、防衛庁長官、施設庁長官などの答弁と決意のほどを聞かせていただきたいと思います。
私はここで質問を締めくくりたいと思いますが、もし時間切れのことがございましたら、後にまた個々にでも説明を求める予定でございますし、この中に要求してまいりました文書による回答はぜひお出しいただくように、委員長からぜひ計らっていただきたいと思います。
以上をもって一応私の質問を終わりますので、どうかいま申し上げた順序で、その答弁なり決意のほどをお聞かせいただきたい。
高
高島正一#28
○高島政府委員 お答え申し上げます。
当委員会でもたびたび御答弁申し上げてまいったわけでございますが、北富士演習場は、防衛庁にとりましてわが国の安全と平和を守る上におきましてかけがえのない施設でございます。したがいまして、防衛施設庁といたしましては、従来からこの演習場の存立と周辺地域住民の方々とのいわゆる民生安定との両立に、全力を尽くしてまいったつもりでございます。
いろいろな経緯がございましたが、昭和四十四年六月、対国折衝に関する窓口を一本化するというのが県民の総意であるということで、いわゆる演対協が設立され、自来今日までこの演対協を窓口として私どもは諸般の問題について協議を重ねてまいったわけでございます。
先生御指摘のとおり、この演対協が設立されました趣旨は、県民の総意と決意に基づき、関係団体及び住民の権益を守り福祉の向上を図るため、国との交渉、協議はすべて演対協を窓口として懸案の解決を図るということがその趣旨であり、そういった内容についての要求が当該会長から国に対してなされたところでございます。このことにつきましては、昭和四十八年の四月、山梨県知事と内閣官房長官との間においても確認されておるところでございます。
本日現在、契約の更新に当たりまして、私どもは、当該演対協会長と連日折衝を重ねておるところでございます。したがいまして、先生御指摘の演対協を無視するというふうなことは、私どもとしてはとうていできない相談であるということを申し述べざるを得ないところでございます。
なお、私どもは、この演対協を特段の意図を持って窓口としているものではないということをはっきりここで申し上げさせていただきたいと存ずる次第でございます。
繰り返しますが、防衛施設庁が考えておりますのは、また念じておりますのは、演対協を窓口として地元が一本化した上で、円満に事態が解決できるということがわれわれの念願でございまして、その点につきましては先生の御指摘と全く同感でございます。しかしながら、この演対協の性格なり交渉の機関としての適当性についての御指摘については、私どもとしては現段階ではとり得ないということを申し上げておきたいと思います。
この発言だけを見る →当委員会でもたびたび御答弁申し上げてまいったわけでございますが、北富士演習場は、防衛庁にとりましてわが国の安全と平和を守る上におきましてかけがえのない施設でございます。したがいまして、防衛施設庁といたしましては、従来からこの演習場の存立と周辺地域住民の方々とのいわゆる民生安定との両立に、全力を尽くしてまいったつもりでございます。
いろいろな経緯がございましたが、昭和四十四年六月、対国折衝に関する窓口を一本化するというのが県民の総意であるということで、いわゆる演対協が設立され、自来今日までこの演対協を窓口として私どもは諸般の問題について協議を重ねてまいったわけでございます。
先生御指摘のとおり、この演対協が設立されました趣旨は、県民の総意と決意に基づき、関係団体及び住民の権益を守り福祉の向上を図るため、国との交渉、協議はすべて演対協を窓口として懸案の解決を図るということがその趣旨であり、そういった内容についての要求が当該会長から国に対してなされたところでございます。このことにつきましては、昭和四十八年の四月、山梨県知事と内閣官房長官との間においても確認されておるところでございます。
本日現在、契約の更新に当たりまして、私どもは、当該演対協会長と連日折衝を重ねておるところでございます。したがいまして、先生御指摘の演対協を無視するというふうなことは、私どもとしてはとうていできない相談であるということを申し述べざるを得ないところでございます。
なお、私どもは、この演対協を特段の意図を持って窓口としているものではないということをはっきりここで申し上げさせていただきたいと存ずる次第でございます。
繰り返しますが、防衛施設庁が考えておりますのは、また念じておりますのは、演対協を窓口として地元が一本化した上で、円満に事態が解決できるということがわれわれの念願でございまして、その点につきましては先生の御指摘と全く同感でございます。しかしながら、この演対協の性格なり交渉の機関としての適当性についての御指摘については、私どもとしては現段階ではとり得ないということを申し上げておきたいと思います。
金
金丸信#29
○金丸国務大臣 政治はだれのためにあるんだ、政治は国民のためにあるということであります。ただいまいろいろお話もありましたが、この問題は非常に複雑多岐な問題が含まれておると私は考えております。ただいま施設庁から答弁もあったわけでありますが、原委員からたびたび予算委員会、分科会等でお話をいただいておるわけでありますけれども、私も先生のおっしゃることはわからぬわけじゃない。わからぬわけじゃないが、問題は、複雑多岐になっているこの問題をどのように処理するかということであろうと私は思っております。
私も防衛庁長官になりましてまだ日が浅い、そうして予算委員会等できょうまで参りまして模索をしておるという段階でございますが、そういう意味で何とか一本化することに最大の努力をすることは私のやらねばならぬ仕事だ、こう私はいま考えておるわけであります。原委員もこの問題に相当足を突っ込んでおるということでございますから、原委員にもこの問題の解決に最大の御協力をいただいて、またこの四月十日に改定する、締結をしなくちゃならぬという問題もあるわけであります。この問題についてはそれまでに解決するとは思いませんが、私はその後においてもたゆまざる努力をして、いわゆる国民のためにある政治だという考え方で対処してまいりたい。
この発言だけを見る →私も防衛庁長官になりましてまだ日が浅い、そうして予算委員会等できょうまで参りまして模索をしておるという段階でございますが、そういう意味で何とか一本化することに最大の努力をすることは私のやらねばならぬ仕事だ、こう私はいま考えておるわけであります。原委員もこの問題に相当足を突っ込んでおるということでございますから、原委員にもこの問題の解決に最大の御協力をいただいて、またこの四月十日に改定する、締結をしなくちゃならぬという問題もあるわけであります。この問題についてはそれまでに解決するとは思いませんが、私はその後においてもたゆまざる努力をして、いわゆる国民のためにある政治だという考え方で対処してまいりたい。