伊藤榮樹の発言 (法務委員会)
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○伊藤(榮)政府委員 お許しを得て便宜ハイジャックという言葉を使わしていただきますが、ハイジャックの歴史をちょっと振り返ってみる必要があるわけでございます。「よど号」事件が発生しました当時の状況を顧みるわけでございますが、「よど号」事件は、なるほど人質を乗せて運航支配して国外へ脱出をしたわけでありますが、その人質と引きかえに国外脱出以外の特定の要求をいたしませんでした。これが当時のいわゆるハイジャック事件の特色でございまして、当時起きましたものをいろいろ調べてみますと、記録に残っております一番最初のころが、昭和四十四年の八月にアメリカのTWA機が乗っ取られておりますが、これはアメリカがイスラエルにファントムを供与したことに対する報復の目的であった、したがって何の要求もない。それから同年十月にアメリカのナショナル機が乗っ取られましたが、これはキューバへ亡命する目的であった。それから同じく十月にポーランド国営航空機が乗っ取られましたが、これは東独からの亡命目的であった。それから十一月にアルゼンチンのアウストラル機が乗っ取られましたが、これもウルグアイへの亡命目的であった。同月ポーランド国営航空機がやはり乗っ取られておりますが、これはポーランドからの亡命目的。それから昭和四十五年一月にアメリカのデルタ機が乗っ取られましたが、これはスイスへの亡命目的。同月パナマ機が乗っ取られましたが、キューバへの亡命目的ということで、「よど号」ハイジャック事件もこれと同じ亡命目的の範疇に属するものと思われるわけでございまして、当時の状況からしますと、ハイジャックというものは亡命目的で行われる場合がほとんどでありまして、乗客、乗員を人質にとって、そして不法な要求をするというのは四十七年以降に生じた現象であるわけでございます。したがいまして、その当時の時点としては、航空機の強取あるいは運航支配行為、これだけを当面処罰の対象とすればよろしい、こういう考えで制定されましたので、今回御審議いただいておりますような人質強要行為、これについては立法が行われなかった、こういう経緯でございます。