楠敏雄の発言 (予算委員会公聴会)

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○楠公述人 全国障害者解放運動連絡会議の楠です。私は現在、大阪の天王寺高校という、目の見える人たちの普通の公立高校で英語の非常勤講師をしております。
 私は、満二歳で、医者の治療ミスがもとで両眼の視力を完全に奪われてしまいました。以後三十年余り、視力障害者として生活をしてきております。その中で私が自分自身さまざまな体験をしてきたわけですけれども、本日は、その私自身の体験を通して、そして私の仲間の多くの障害者の体験と切実な生き方を皆さん方にぜひとも御理解いただき、そして具体的な要望をさせていただきたいというふうに考えております。
 まず最初に、私たちが現在進めております障害者解放の運動について少し述べさせていただきたいと思います。
 私たち障害者というのは、これまでの社会の中で、いわばあってはならない存在、不幸な存在とされてきたと思います。周囲の人たちが口にする言葉はいつも、かわいそうに、気の毒に、大変でしょうという言葉で、それが最大限の好意でしがなかった。確かに、いまの世の中で私たち障害を持った者が生きるということは、きわめて困難でありますし、大変なことでもあります。しかしながら、それは単に私たち自身が障害を持っているから大変なんだということ以上に、社会や政治や、そして私たちを取り囲む人々が、むしろ私たちを不幸な存在、私たちが生きるのを大変にしてしまっているのではないかというふうに言わざるを得ないと思います。
 私たちは、いまこういったこれまでの障害者に対する考え方に対してはっきりと、そうではないんだ、私たちが障害者として生きていく、障害者であって何で悪いんだということを言える自分たちになろう、私たち障害者がどんなに他人から醜いと言われ、気の毒と言われ、そして生きていない方がいいんだ、死んだ方がいいんだと言われても、なおかつ生き続ける、堂々と地域の社会の中で生き続けるということを、はっきりといま社会の人たちに宣言して、そこから運動の第一歩を踏み出そう、それが私たちの運動の原点なんだということを理解していただきたいと思うわけです。これはやはり障害を受けた者でなければなかなか理解しにくいことかもしれませんけれども、私たちは、気の毒だ、あるいは保護してあげる、何かをしてあげるという扱いに対して、もうたくさんだというふうに言わせていただきたい。私たちも一人の人間として生きていきたいんだということをあえて強調したいと思います。そのためにも、これまでのように、単に障害者に対して金を与えておく、あるいはどこかりっぱな施設をつくって、そこで一生安楽に暮らしたらいいんだというふうな発想に対して、そうではない、地域の社会の中でどんなにどろどろになろうとも、みんなの中で生きていきたいんだということを強く訴えておきたいと思うのです。
 そういった観点から、私たちは、今年度の予算及び政府の障害者に対する諸政策に対して、具体的な要望を幾つか述べさせていただきたいと思います。
 今年度の予算は、言われておりますように、ずいぶん大型の予算だと言われていますけれども、事福祉予算について見ると、これはきわめて小型の、私たちから見るとやはり粗末な予算でしかないというふうに言わざるを得ません。
 たとえば障害者福祉年金一つとりましても、現在、私たち一級で二万二千五百円、二級で一万五千円でありますが、これが一級では二千三百円、二級では千五百円アップするというふうに伺っています。これでは一〇%にも満たない上げ幅で、きわめてこの物価高の世の中では生活の一部にするにも足りないと言わざるを得ません。しかも、この年金をもらうと、生活保護を受けている障害者の場合、収入認定をされてしまって、生活保護が非常に削減されてしまうという現実もあるわけなんです。また、御存じと思いますが、所得制限というのが大幅にしかれておりまして、このことによって、やはり障害者が生活が苦しい状態に置かれているということも事実です。ですから、こういった年金に関しても、少なくとも生活できる年金、障害者が地域の社会の中で自立していける年金をぜひとも実現していただきたい。
 それと同時に、障害者に対する介護料、とりわけ重度の障害者、他人の介護が必要な障害者に対する介護料が現在わずかに支給されていますけれども、この介護料に関しても、大幅に増額をしていただかなければ生きていけないということが言えると思います。
 また、障害者の介護人事業についても、現在、ホームヘルパーという形で、いわばパートタイマーの人たちを使用して、きわめてわずかの介護体制しかできていない。一週間に一度か二度、わずか二、三時間の介護だけで終わっている。これでは安心した自立生活はできないと思います。ですから、介護人を正式な公務員並みの位置づけをして、この介護人事業というものをきっちりと実現していただきたいと思います。
 さらに、障害者が生活するためには住宅の問題が不可欠ですけれども、私自身もそうですけれども、障害者がアパートや下宿を借りようと思うと、ほとんど何度も何度も屈辱的な思いをさせられています。断られる。きわめて体裁のいい断り方をされて、転々とせざるを得ないわけです。しかも、普通の家ではきわめて住みにくい、生活しにくいわけです。障害者用住宅がきわめて少ない現実の中で、障害者自身が生活しやすい住宅、単独でも入れる住宅を早急に数をふやしていただきたい。それも一般の住宅の中に、こういった障害者住宅を大量につくっていただきたい。これは一般の人たち以上に、やはり生死にかかわる切実な障害者自身の要求なわけです。
 こういった生活の要求を、まだまだたくさんありますけれども、重要な点を二、三述べてみました。
 次に、雇用問題ですけれども、一昨年身体障害者雇用促進法が改正されまして、障害者の雇用率は大幅に伸びるだろうというふうに宣伝されましたけれども、先日労働省がお認めになったように、実際にはほとんど効果が上がっていないという現状です。とりわけ重度の障害者の雇用、労働問題というのはきわめてなおざりにされていると思います。
 また、私たち視力障害者にとって、仕事はあんま、はり、きゅうにこれまで限定されてきました。盲はあんまだというふうに言われて、憲法で保障されているという職業選択の自由はほぼ奪われていました。ところが、最近このあんま、はり、きゅうにさえ、目の見える人たちがどんどん進出してきている。そして、これについては厚生省も、職業選択の自由があるのだから禁止できないのだというふうにおっしゃっている。これでは私たち盲人の生き方、生活というのはどうなるのか。ここ二、三年、今度は目の見える人たちのためのはり、きゅうの大学までできている。
 こういう現状の中で、盲人の仕事そして重度の障害者の雇用、労働の問題というのはきわめて切実な問題になってきていると思います。従来のように障害者を職場に合わせる、適応させるのではなくて、職場を障害者に適応できるように、障害者が職場で働けるように職場を改善する、労働内容を点検するといった政策を根本的にとらない限り、重度の障害者の雇用の問題というのは絶対に前進しないというふうに考える次第です。
 次に、教育問題に移りたいと思います。
 最近、教育の荒廃ということが盛んに叫ばれる中で、ようやく私たち障害児・者に対する教育問題がクローズアップされてきたわけですけれども、そういう中で私は、これまで盲学校というところで十数年間教育を受けてきました。家から三時間ほど離れたところで、両親や兄弟、近所の子供から切り離されて教育を受けてきた私は、いつも、どうして目の見えない者は特別なところへやられなければならないのか、どうして両親や兄弟や近所の友だちと同じところで勉強ができないのかということの疑問を持ち続け、不満を持ち続けてきました。これは私だけではなく、私の仲間は多くがそういう希望を切実に持っているところです。
 ところが、実際のところ、教育現場では、障害者というのはまず教育対象外とされている例が圧倒的に多い。御存じの方も多いと思いますけれども、学校教育法の中で就学猶予、免除というものがあって、そのために多くの障害者が教育を受ける権利を奪われてきたということは言うまでもありませんが、同時に、教育の場を選ぶ権利、障害児・者及び両親が教育の場を選ぶ権利さえも奪われてきているということは紛れもない現実なわけです。
 そういう中で来年度、一九七九年、昭和五十四年度から養護学校の義務制化というのが実施されようとしているわけですけれども、きわめて残念に思うのは、この国会で、聞くところによりますと、養護学校義務化の問題というのはきっちりと論議されたことがない。その全貌や問題点が全く明らかにされていないということであります。私たちは、こういった現状に対して、いま一度私たちの立場から問題を投げかけてみたいと思います。
 この養護学校義務化というのは、養護学校の設置義務とそれから養護学校への就学義務の二つからなっているわけです。で、とりわけこの養護学校への就学義務についてですけれども、私たちは障害児教育が一日も早く義務化されなければならないというふうには考え、主張し、運動も続けてきましたけれども、養護学校への就学まで義務化される、強制されるということに関しては反対をしているわけです。障害があるということで、なぜ、先ほどからも言っていますように、地域の中で皆と一緒に学ぶ権利がないのか。義務化は、まさに都道府県に対する設置義務のみならず、障害児・者及び親に対する養護学校への強制分類、そういった強制まで行おうとしている。このことに対して大きな怒りを抱かざるを得ないわけです。
 ここで、文部省がこのいわば義務就学の強制ということに関して幾つか通達あるいは文書を出しておりますので、簡単に引用させていただきたい。
 たとえば文部省の編集しております「特殊教育執務ハンドブック」という本の中にこのように書いてあります。「盲児または聾児が小学校または中学校へ就学している場合には就学義務を履行したことにならない」というふうにはっきりと書かれているわけです。つまり、障害児が教育権を認められるというのは養護学校、特殊学校でなければだめなんだというふうにはっきりうたっている。さらに、昭和三十八年の十二月二十三日に文部省初等中等教育局長の通達の中にこう書かれているわけです。盲者、聾者が小学校、中学校へ就学しているそういうケースについては、「保護者の無理解、盲者または聾者の判別の不適正、就学猶予または免除の措置の不適正、事務処理の不徹底等のため」であるというふうに断定しておりまして、その上で、このような事態は憲法、教育基本法の精神からも、また本人の幸福の上からも遺憾のことであります。というふうに述べられているわけです。
 ですから、文部省の方針として、あくまで障害児・者はそういった特殊学校へ行かなければならないんだ、行かない者は教育を受けていることにはならないんだ、認めないんだというふうな姿勢を打ち出しているわけです。このことに対して私たちは全く納得できない。障害者、親の地域の中でみんなと一緒に学びたいという要求を一方的に踏みにじる、無視するものであるというふうに考えているわけです。
 しかも義務化というのは、就学猶予、免除をなくするためなんだというふうに宣伝されていますけれども、実際には、たとえば五十一年の十月十四日、これは参議院の文教委員会で発言があったそうですけれども、当時の文部省の初等中等教育局長の答弁の中で、昭和五十四年度に猶予、免除の対象となるであろう子供さんは、大体現在程度、一万五千ぐらいの数だと推定されるというふうにおっしゃっているわけです。ということは、養護学校が義務化されても就学猶予、免除の数は大して変わらないということを、文部省みずからが述べられているわけです。
 こうしますと、何のために義務化が行われるのか、私たちからすると、これは障害者をますます隔離するために、現在一般の学校で学んでいる障害者に対しても養護学校へ行けということを強制するためにやられるのではないかというふうに思わざるを得ないわけです。私たちは、地域のみんなと一緒に勉強をしたいという障害者自身の要求を認めていただきたい。
 さらに、障害者のためだというふうによくその養護学校義務化というのが言われますけれども、ここで言われる障害者のためというのは一体何なのか。確かにあれができるようになった、これができるようになった、そういった特殊学校へ行けば専門的な設備、専門家が多いと言われますけれども、そういう中で、それでは障害者が本当に人間として生き生きと成長していけるのかということ。確かに、いまの地域社会の中で障害者が生きる、地域の学校の中へ障害者が行くということは、きわめて大変なことです。しかしながら、その大変さに打ちかたない限り、障害者が生きていくということ自体不可能になってしまう。ぬくぬくとした温室的な学校で障害者が育ったところで、決して社会では通用しないという厳しい現実があると思うわけです。そういう意味で、地域校区の学校へ障害者が行くということは障害者自身の成長にとってきわめて重要である。さらに、現在の競争、能力優先の社会の中で、教育体制の中で、いわゆる健常児と言われる一般の子供たち自身も、障害児とのかかわりを通してともに生きることの大事さ、ともに育つことの大事さというものを身につけて育ちつつあるという実践が数多く報告されているわけです。そうして、こういった健全児と障害児がともに育ち、ともに生きていく、ともに協力し合いながら教育し、学習していくということを通して、現在の荒廃した教育も徐徐にではあれ変わっていくのではないかということを、私は強く訴えたいと思います。
 とりわけこの中で、先ほどからも何度も申し上げておりますように、障害児・者本人と親が自分の教育の場を選択する権利、選ぶ権利が全くなく、強制的に養護学校へやられようとしていることに関しては絶対に認めがたい。この選択権というものをぜひとも認めていただかなければ困るということを申し上げておきたいと思います。
 そういった観点で、私は今後政府の障害者政策、そして皆さん方の障害者に対する認識をもう一度考え直していただく中で、障害者が地域社会の中で一人の人間として生きていくということを、その意義をはっきりとお認めいただきたいということを申し添えておきたいと思います。
 最後に、これは直接予算とは関係ありませんけれども、現在、仙台の拘置所に、私たち障害者の仲間である赤堀政夫さんという人が二十四年間拘置されています。彼は二十四年間殺人犯で拘置されていますけれども、無実だ、自分はやっていないということを主張し続けておりますし、現在、新たな彼の無実を証明する証拠が次々と出てきているようです。したがって、ぜひとも関係当局の方々は慎重に調査していただいて、赤堀さんの無実を証明していただきたいということを、障害者の仲間としてこの場をかりて訴えさせていただいて、私の公述を終わらせていただきたいと思います。(拍手)

発言情報

speech_id: 108405262X00119780209_006

発言者: 楠敏雄

speaker_id: 29979

日付: 1978-02-09

院: 衆議院

会議名: 予算委員会公聴会