予算委員会公聴会
⚠️ 発言のコピー・転載時は出典元URL(kokkai.ndl.go.jpおよびkokkai-data.com)を必ず残してください。改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。
会
会議録情報#0
昭和五十三年二月九日(木曜日)
午前十時開議
出席委員
委員長 中野 四郎君
理事 小此木彦三郎君 理事 加藤 六月君
理事 栗原 祐幸君 理事 毛利 松平君
理事 山下 元利君 理事 安宅 常彦君
理事 大出 俊君 理事 近江巳記夫君
理事 竹本 孫一君
伊東 正義君 奥野 誠亮君
川崎 秀二君 笹山茂太郎君
塩崎 潤君 白浜 仁吉君
田中 龍夫君 田中 正巳君
根本龍太郎君 藤田 義光君
坊 秀男君 松澤 雄藏君
渡部 恒三君 井上 普方君
石野 久男君 石橋 政嗣君
岡田 利春君 川俣健二郎君
小林 進君 兒玉 末男君
藤田 高敏君 横路 孝弘君
坂井 弘一君 田中 昭二君
谷口 是巨君 広沢 直樹君
二見 伸明君 大内 啓伍君
河村 勝君 米沢 隆君
安藤 巖君 寺前 巖君
大原 一三君 小林 正巳君
中尾 弘毅君
出席公述人
日本大学教授 名東 孝二君
国債引受団代表
者 村本 周三君
全国障害者解放
運動連絡会議事
務局長 楠 敏雄君
日本経済研究セ
ンター理事長 金森 久雄君
一橋大学教授 大川 政三君
専修大学教授 鈴木 浩次君
出席政府委員
内閣官房副長官 森 喜朗君
総理府総務副長
官 越智 通雄君
行政管理政務次
官 藤川 一秋君
北侮道開発政務
次官 阿部 文男君
防衛政務次官 竹中 修一君
経済企画政務次
官 前田治一郎君
法務政務次官 青木 正久君
外務政務次官 愛野興一郎君
大蔵政務次官 稲村 利幸君
大蔵省主計局次
長 松下 康雄君
大蔵省主計局次
長 禿河 徹映君
文部政務次官 近藤 鉄雄君
厚生政務次官 戸井田三郎君
農林政務次官 今井 勇君
運輸政務次官 三塚 博君
労働政務次官 向山 一人君
建設政務次官 塚田 徹君
自治政務次官 染谷 誠君
委員外の出席者
予算委員会調査
室長 三樹 秀夫君
—————————————
委員の異動
二月九日
辞任 補欠選任
浅井 美幸君 田中 昭二君
矢野 絢也君 谷口 是巨君
河村 勝君 米沢 隆君
藤原ひろ子君 安藤 巖君
小林 正巳君 中馬 弘毅君
同日
辞任 補欠選任
田中 昭二君 浅井 美幸君
谷口 是巨君 矢野 絢也君
安藤 巖君 安田 純治君
中馬 弘毅君 小林 正巳君
—————————————
本日の公聴会で意見を聞いた案件
昭和五十三年度一般会計予算
昭和五十三年度特別会計予算
昭和五十三年度政府関係機関予算
————◇—————
この発言だけを見る →午前十時開議
出席委員
委員長 中野 四郎君
理事 小此木彦三郎君 理事 加藤 六月君
理事 栗原 祐幸君 理事 毛利 松平君
理事 山下 元利君 理事 安宅 常彦君
理事 大出 俊君 理事 近江巳記夫君
理事 竹本 孫一君
伊東 正義君 奥野 誠亮君
川崎 秀二君 笹山茂太郎君
塩崎 潤君 白浜 仁吉君
田中 龍夫君 田中 正巳君
根本龍太郎君 藤田 義光君
坊 秀男君 松澤 雄藏君
渡部 恒三君 井上 普方君
石野 久男君 石橋 政嗣君
岡田 利春君 川俣健二郎君
小林 進君 兒玉 末男君
藤田 高敏君 横路 孝弘君
坂井 弘一君 田中 昭二君
谷口 是巨君 広沢 直樹君
二見 伸明君 大内 啓伍君
河村 勝君 米沢 隆君
安藤 巖君 寺前 巖君
大原 一三君 小林 正巳君
中尾 弘毅君
出席公述人
日本大学教授 名東 孝二君
国債引受団代表
者 村本 周三君
全国障害者解放
運動連絡会議事
務局長 楠 敏雄君
日本経済研究セ
ンター理事長 金森 久雄君
一橋大学教授 大川 政三君
専修大学教授 鈴木 浩次君
出席政府委員
内閣官房副長官 森 喜朗君
総理府総務副長
官 越智 通雄君
行政管理政務次
官 藤川 一秋君
北侮道開発政務
次官 阿部 文男君
防衛政務次官 竹中 修一君
経済企画政務次
官 前田治一郎君
法務政務次官 青木 正久君
外務政務次官 愛野興一郎君
大蔵政務次官 稲村 利幸君
大蔵省主計局次
長 松下 康雄君
大蔵省主計局次
長 禿河 徹映君
文部政務次官 近藤 鉄雄君
厚生政務次官 戸井田三郎君
農林政務次官 今井 勇君
運輸政務次官 三塚 博君
労働政務次官 向山 一人君
建設政務次官 塚田 徹君
自治政務次官 染谷 誠君
委員外の出席者
予算委員会調査
室長 三樹 秀夫君
—————————————
委員の異動
二月九日
辞任 補欠選任
浅井 美幸君 田中 昭二君
矢野 絢也君 谷口 是巨君
河村 勝君 米沢 隆君
藤原ひろ子君 安藤 巖君
小林 正巳君 中馬 弘毅君
同日
辞任 補欠選任
田中 昭二君 浅井 美幸君
谷口 是巨君 矢野 絢也君
安藤 巖君 安田 純治君
中馬 弘毅君 小林 正巳君
—————————————
本日の公聴会で意見を聞いた案件
昭和五十三年度一般会計予算
昭和五十三年度特別会計予算
昭和五十三年度政府関係機関予算
————◇—————
中
中野四郎#1
○中野委員長 これより会議を開きます。
昭和五十三年度一般会計予算、昭和五十三年度特別会計予算及び昭和五十三年度政府関係機関予算、以上三件について公聴会を行います。
この際、御出席の公述人各位に一言あいさつを申し上げます。
公述人の各位には、大変御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。昭和五十三年度総予算に対する各位の御意見を拝聴し、予算審議の貴重な参考といたしたいと存します。それそれのお立場から忌憚のない御者見をお述ベいたたくようお願いを申し上げます。
次に、御意見を承る順序といたしましては、まず名東公述人、次に村本公述人、続いて楠公述人の順序で、お一人約二十分程度ずつ一通り御意見をはお述ベをいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えを願いたいと存します。
それでは、名東公述人にお願いをいたします。
この発言だけを見る →昭和五十三年度一般会計予算、昭和五十三年度特別会計予算及び昭和五十三年度政府関係機関予算、以上三件について公聴会を行います。
この際、御出席の公述人各位に一言あいさつを申し上げます。
公述人の各位には、大変御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。昭和五十三年度総予算に対する各位の御意見を拝聴し、予算審議の貴重な参考といたしたいと存します。それそれのお立場から忌憚のない御者見をお述ベいたたくようお願いを申し上げます。
次に、御意見を承る順序といたしましては、まず名東公述人、次に村本公述人、続いて楠公述人の順序で、お一人約二十分程度ずつ一通り御意見をはお述ベをいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えを願いたいと存します。
それでは、名東公述人にお願いをいたします。
名
名東孝二#2
○名東公述人 ます最初に、結論から申し上げます。
負の所得税、すなわちネガティブインカムタックス、課税最低限を上げるかわりに年収二百万円以下の人たちに補助を与える、こういう考え方であります。その負の所得税一兆円と、最低生活保障のための、曲拠出、金を出さない方々の福祉年金アップのための一兆円と、黒字減らしのためにも開発途上国のため、政府開発援助をGNPの一%、別枠として確保するようにお願いいたします。
あわせて、国債管理の円滑化のために、赤字国債の償還十五カ年計画を示したいと考えております。
まず、理由から申し上げますと、現在の失速しかねない日本経済を安定軌道に軟着陸させるためには、やはり七%成長を必要とします。しかし、いまの見込みでは五%程度でありますから、その差二%、すなわち名目で計算すると、GNPで大体四兆円ということになりますか、貯蓄率の逆数である乗数を小さく見て二といたしますと、二兆円の追加でよいということになります。
その次は、二兆円の使い方でございますか、基本的には、行財政の抜本的改革と行財政整理を含む歳出の節減と合理化を必要といたしますか、不況とインフレの共存する長期停滞のもとでは、公平なる痛み分けか最も大切であると考えます。したがって、格差の拡大に泣く低所得者のために、負の所得税と最低生活保障のために使うことをお願いします。
まず、負の所得税でございますか、年収二百万円以下に負の所得税で補助いたしますと、二千二百万人か助かります。これは課税最低限アップで潤う人は、二百一万五千円以上の約千五百五十万人よりも六百五十万人ほど多くなります。一兆円をこの二千二百万人に補助いたしますと、一人当たり四万五千円少しになります。これはほとんど消費に充てられ、低所得者の方々はほとんど貯蓄しませんから乗数効果が高くて、景気のてこ入れになると考えます。
次は、年金問題でございますが、御存じのように、厚生年金における賦課方式への移行の問題がございますが、西ドイツの先例にかんがみて、積立金の取り崩しはやはり慎重にやった方がよいと考えます。国民年金の抜本的改正も必要でございます。しかし、基本的には、各種年金の間のアンバランスの是正、それから最低生活を保障する基礎年金制、すなわちナショナルミニマム年金制、それと所得比例年金制を確立する必要がございます。
ここでは、他の年金への波及問題を一応おいて、最低生活を中心に、最低額の支給、すなわち無拠出の福祉年金受給者に限って現在の月額一万五千円プラス一万九千円、したがって一二万四千円とする。差額一万九千円に無拠出の受給者四百四十一万人を掛けますと、大体一兆円の追加補助となります。
厚生省は、七十五年度には社会給付費が国民所得の約一九%にまで激増すると言っておりますが、しかし、現状のような国民一律の国民皆保険とか国民皆年金制を洗い直して、悪平等を避けて福祉の重点化を図ったらいかがでしょうか。ばらまき福祉ではいけないのではないかと考えております。
ちなみに、大蔵省の批判に対して反批判を加えておきますと、昨年の戻し税はほとんど効果がなかったというお説でございますが、実施のやり方がまずかったと考えます。せっかくやる以上は、ボーナス以前に大袋入りで手渡すとか、そういうふうにきめ細かくやっていただきたい。三千億円では小出し過ぎる。すなわち、個人消費支出の〇・三%にすぎない。公共事業にしましても、何回となく追加を打ち出してこそ、やっとある程度の効果が出るのではないでしょうか。減税でも、毎年連続してやるからこそ、安心して個人消費に回すことができるのではないでしょうか。欧米各国とも、個人消費を刺激するため大幅な減税を実施しつつあることを忘れてはいけません。日本の為政者の方々は、世界的停滞の実態を少し甘く見過ぎておるのではないでしょうか。公共投資の拡大は、下手をすると調整インフレを誘発するとともに、これまでの生産中心、輸出主導型の産業構造を温存して、再び行き詰まることになるのではないでしょうか。
もし財源に制約があるというのであれば、捻出可能な範囲で最下層から実施すれば、相当以上の効果があるのではないかと考えます。
また、担税率が低いということを大蔵省は言っておるようでございますが、これに対しては、治めやすい日本の行財政費はアメリカの三分の一、すなわち三〇%の三分の一の一〇%でよい、現在の約二〇%をさらに節減の要あり、これは私が言っているのではなくして、あのおえらい松下幸之助さんがそういうことを言っておりますので、これを引用いたしておきます。
それから、今度は二兆円調達の方法でございますが、一般消費税のような一般増税ではなくして、選択増税の問題であると思います。何を選択するかといいますと、行財政の行き詰まった今日、緊急の課題は、この際原点にもう一回戻りまして、総合申告制と総合課税制に立ち戻るということじゃないかと思うのです。すなわち、だれもが平等に申告できて、現在サラリーマンであれば年末調整でおしまいというわけでありますが、漏れなくすべての所得を上乗せして累進税率を適用する。現在御存じのようにタックスイロージョン、税の浸食が非常に多く行われております。そういったように、すべての所得を上乗せして累進税率を適用する、このやり方に復元するといいますか、復帰することであると思います。
一般消費税については、消費は社会的恩恵によるから消費課税は当然であるというお話もございますが、御存じのように直接税中心の英米系の国では、すなわち日本もこれに入りますが、まず所得課税の不公平を是正して、資産課税を行って、しかる後に消費課税という順番になるのではないでしょうか。
それで、利子所得、配当所得、譲渡所得等の総合課税化を図るためにも、まず富裕税の新設を行います。西ドイツは御存じのようにすでにやっておりますし、わが国の高い貯蓄率を低めるという効果もあるのではないでしょうか。ここでは余り金額を取る必要はなくて、金額よりも洗い直すことによって資産を把握する、脱税を把握するということがねらいじゃないかと思うのです。そうして有価証券売買益金課税とともにすべての総合課税化を行う。すなわち、原点に戻りまして、この際あか落としをやったらどうかということでございます。同時に、租税特別措置の総洗い直しを行います。さらに、法人税の実効税率を国際並みにする。いま大体二%ほど低いと考えますので、これをやはり国際水準に並べた方がいいのじゃないかと考えるわけです。これらの一連の措置によって、一時的な税収の落ち込みを考慮しましても二兆円の増収となろう。この試算内容はもし御質問があればお示ししたいと思いますが、これらの一連の措置によって二兆円の増収となろうと考えています。これを五十三年度から徐々にやりまして、五十六年度からフル回転する。余りショックがきついといけませんから、徐々にやっていくという考えであります。
他方、特例赤字国債の累計を見ますと、政府案の振りかえに伴う一兆五千億円増と仮定しますと、五十三年度末で十六兆二千億ほどになります。これに五十四年度、五十五年度、五十六年度と、やはり赤字国債を出さざるを得ないと考えますので、これが合計が九兆七千億円追加されるといたします。それからまた、経済審議会や大蔵省の財政収支試算にならいまして、それとの比較対応のために五十七年度からは赤字国債の発行はなしといたします。それで赤字国債の合計は約二十六兆円ということになりますが、前に申し上げました増税措置が発効いたし始めますと、五十七年度末には二十兆円程度になります。したがって、以後十年ほどすれば、これで大体償還できるんじゃないかということになるわけです。細かい数字は時間の関係で省略いたしましたが、御質問があればお答えしたいと思います。
それで、最後に要望を二つほど申し上げたいと考えます。
一つは、なぜ勤労者にだけ必要経費を認めないかということでありますが、これは理論的にも非常に根拠が薄弱だと言わざるを得ないわけであります。また、生活費非課税の原則からしましてもおかしいし、また、費用がかからない問題じゃないかと思うのです。何億円なんて金はかからないと思うのです。そういう意味で必要経費の実額控除制ですね、かかった費用を申告する、その申告の併用ですね。別に源泉徴収制を否定するわけじゃございませんので、せめて申告するぐらい認めてくれたっていいんじゃないか。なぜならば、現在総合申告制ですから、申告の自由をなぜサラリーマンからだけ奪うかということであります。なぜサラリーマンにだけ必要経費を認めないのかと旧いうことを申し上げたい。
第二番目は、行政整理等からはみ出た者には技能習得をさせて、海外協力隊に参加していただいたらどうか。現在のように帰ってきた者は就職の口にも困っておるというようなことでは困るのでありまして、大いに優遇してあげたらどうかと思うのです。開発途上国援助を本格化するため、まずもって政府開発援助、これを現在の〇・三%なんということじゃなくして、GNPの一%にまで高めることをお願いしたいと思うわけであります。こういうような、いわゆる第二の開国だと思うのでありますが、幕末、明治以来の第二の開国をしてこそ最も望ましい黒字減らし対策である、こういうふうに考えるわけであります。
時間は少し余ったようでございますが、大体の要旨を申し上げた次第でございます。どうも失礼しました。拍手
この発言だけを見る →負の所得税、すなわちネガティブインカムタックス、課税最低限を上げるかわりに年収二百万円以下の人たちに補助を与える、こういう考え方であります。その負の所得税一兆円と、最低生活保障のための、曲拠出、金を出さない方々の福祉年金アップのための一兆円と、黒字減らしのためにも開発途上国のため、政府開発援助をGNPの一%、別枠として確保するようにお願いいたします。
あわせて、国債管理の円滑化のために、赤字国債の償還十五カ年計画を示したいと考えております。
まず、理由から申し上げますと、現在の失速しかねない日本経済を安定軌道に軟着陸させるためには、やはり七%成長を必要とします。しかし、いまの見込みでは五%程度でありますから、その差二%、すなわち名目で計算すると、GNPで大体四兆円ということになりますか、貯蓄率の逆数である乗数を小さく見て二といたしますと、二兆円の追加でよいということになります。
その次は、二兆円の使い方でございますか、基本的には、行財政の抜本的改革と行財政整理を含む歳出の節減と合理化を必要といたしますか、不況とインフレの共存する長期停滞のもとでは、公平なる痛み分けか最も大切であると考えます。したがって、格差の拡大に泣く低所得者のために、負の所得税と最低生活保障のために使うことをお願いします。
まず、負の所得税でございますか、年収二百万円以下に負の所得税で補助いたしますと、二千二百万人か助かります。これは課税最低限アップで潤う人は、二百一万五千円以上の約千五百五十万人よりも六百五十万人ほど多くなります。一兆円をこの二千二百万人に補助いたしますと、一人当たり四万五千円少しになります。これはほとんど消費に充てられ、低所得者の方々はほとんど貯蓄しませんから乗数効果が高くて、景気のてこ入れになると考えます。
次は、年金問題でございますが、御存じのように、厚生年金における賦課方式への移行の問題がございますが、西ドイツの先例にかんがみて、積立金の取り崩しはやはり慎重にやった方がよいと考えます。国民年金の抜本的改正も必要でございます。しかし、基本的には、各種年金の間のアンバランスの是正、それから最低生活を保障する基礎年金制、すなわちナショナルミニマム年金制、それと所得比例年金制を確立する必要がございます。
ここでは、他の年金への波及問題を一応おいて、最低生活を中心に、最低額の支給、すなわち無拠出の福祉年金受給者に限って現在の月額一万五千円プラス一万九千円、したがって一二万四千円とする。差額一万九千円に無拠出の受給者四百四十一万人を掛けますと、大体一兆円の追加補助となります。
厚生省は、七十五年度には社会給付費が国民所得の約一九%にまで激増すると言っておりますが、しかし、現状のような国民一律の国民皆保険とか国民皆年金制を洗い直して、悪平等を避けて福祉の重点化を図ったらいかがでしょうか。ばらまき福祉ではいけないのではないかと考えております。
ちなみに、大蔵省の批判に対して反批判を加えておきますと、昨年の戻し税はほとんど効果がなかったというお説でございますが、実施のやり方がまずかったと考えます。せっかくやる以上は、ボーナス以前に大袋入りで手渡すとか、そういうふうにきめ細かくやっていただきたい。三千億円では小出し過ぎる。すなわち、個人消費支出の〇・三%にすぎない。公共事業にしましても、何回となく追加を打ち出してこそ、やっとある程度の効果が出るのではないでしょうか。減税でも、毎年連続してやるからこそ、安心して個人消費に回すことができるのではないでしょうか。欧米各国とも、個人消費を刺激するため大幅な減税を実施しつつあることを忘れてはいけません。日本の為政者の方々は、世界的停滞の実態を少し甘く見過ぎておるのではないでしょうか。公共投資の拡大は、下手をすると調整インフレを誘発するとともに、これまでの生産中心、輸出主導型の産業構造を温存して、再び行き詰まることになるのではないでしょうか。
もし財源に制約があるというのであれば、捻出可能な範囲で最下層から実施すれば、相当以上の効果があるのではないかと考えます。
また、担税率が低いということを大蔵省は言っておるようでございますが、これに対しては、治めやすい日本の行財政費はアメリカの三分の一、すなわち三〇%の三分の一の一〇%でよい、現在の約二〇%をさらに節減の要あり、これは私が言っているのではなくして、あのおえらい松下幸之助さんがそういうことを言っておりますので、これを引用いたしておきます。
それから、今度は二兆円調達の方法でございますが、一般消費税のような一般増税ではなくして、選択増税の問題であると思います。何を選択するかといいますと、行財政の行き詰まった今日、緊急の課題は、この際原点にもう一回戻りまして、総合申告制と総合課税制に立ち戻るということじゃないかと思うのです。すなわち、だれもが平等に申告できて、現在サラリーマンであれば年末調整でおしまいというわけでありますが、漏れなくすべての所得を上乗せして累進税率を適用する。現在御存じのようにタックスイロージョン、税の浸食が非常に多く行われております。そういったように、すべての所得を上乗せして累進税率を適用する、このやり方に復元するといいますか、復帰することであると思います。
一般消費税については、消費は社会的恩恵によるから消費課税は当然であるというお話もございますが、御存じのように直接税中心の英米系の国では、すなわち日本もこれに入りますが、まず所得課税の不公平を是正して、資産課税を行って、しかる後に消費課税という順番になるのではないでしょうか。
それで、利子所得、配当所得、譲渡所得等の総合課税化を図るためにも、まず富裕税の新設を行います。西ドイツは御存じのようにすでにやっておりますし、わが国の高い貯蓄率を低めるという効果もあるのではないでしょうか。ここでは余り金額を取る必要はなくて、金額よりも洗い直すことによって資産を把握する、脱税を把握するということがねらいじゃないかと思うのです。そうして有価証券売買益金課税とともにすべての総合課税化を行う。すなわち、原点に戻りまして、この際あか落としをやったらどうかということでございます。同時に、租税特別措置の総洗い直しを行います。さらに、法人税の実効税率を国際並みにする。いま大体二%ほど低いと考えますので、これをやはり国際水準に並べた方がいいのじゃないかと考えるわけです。これらの一連の措置によって、一時的な税収の落ち込みを考慮しましても二兆円の増収となろう。この試算内容はもし御質問があればお示ししたいと思いますが、これらの一連の措置によって二兆円の増収となろうと考えています。これを五十三年度から徐々にやりまして、五十六年度からフル回転する。余りショックがきついといけませんから、徐々にやっていくという考えであります。
他方、特例赤字国債の累計を見ますと、政府案の振りかえに伴う一兆五千億円増と仮定しますと、五十三年度末で十六兆二千億ほどになります。これに五十四年度、五十五年度、五十六年度と、やはり赤字国債を出さざるを得ないと考えますので、これが合計が九兆七千億円追加されるといたします。それからまた、経済審議会や大蔵省の財政収支試算にならいまして、それとの比較対応のために五十七年度からは赤字国債の発行はなしといたします。それで赤字国債の合計は約二十六兆円ということになりますが、前に申し上げました増税措置が発効いたし始めますと、五十七年度末には二十兆円程度になります。したがって、以後十年ほどすれば、これで大体償還できるんじゃないかということになるわけです。細かい数字は時間の関係で省略いたしましたが、御質問があればお答えしたいと思います。
それで、最後に要望を二つほど申し上げたいと考えます。
一つは、なぜ勤労者にだけ必要経費を認めないかということでありますが、これは理論的にも非常に根拠が薄弱だと言わざるを得ないわけであります。また、生活費非課税の原則からしましてもおかしいし、また、費用がかからない問題じゃないかと思うのです。何億円なんて金はかからないと思うのです。そういう意味で必要経費の実額控除制ですね、かかった費用を申告する、その申告の併用ですね。別に源泉徴収制を否定するわけじゃございませんので、せめて申告するぐらい認めてくれたっていいんじゃないか。なぜならば、現在総合申告制ですから、申告の自由をなぜサラリーマンからだけ奪うかということであります。なぜサラリーマンにだけ必要経費を認めないのかと旧いうことを申し上げたい。
第二番目は、行政整理等からはみ出た者には技能習得をさせて、海外協力隊に参加していただいたらどうか。現在のように帰ってきた者は就職の口にも困っておるというようなことでは困るのでありまして、大いに優遇してあげたらどうかと思うのです。開発途上国援助を本格化するため、まずもって政府開発援助、これを現在の〇・三%なんということじゃなくして、GNPの一%にまで高めることをお願いしたいと思うわけであります。こういうような、いわゆる第二の開国だと思うのでありますが、幕末、明治以来の第二の開国をしてこそ最も望ましい黒字減らし対策である、こういうふうに考えるわけであります。
時間は少し余ったようでございますが、大体の要旨を申し上げた次第でございます。どうも失礼しました。拍手
中
村
村本周三#4
○村本公述人 ただいま委員長から御指名をいただきました、第一勧業銀行の頭取を務めております村本でございます。
本日は、国債引受団を代表いたしまして、五十三年度予算案につきまして意見を申し述べるようにとのことでございますので、五十三年度予算案に関します概括的な考え方を申し上げますとともに、予算の運営等につきましての私どもの意見あるいは希望を若干申し述べさせていただきたいと存じます。
まず最初に、五十二年度予算を取り巻くわが国経済の現状について見ますと、御案内のとおり、思わざる海外からの諸要因もございまして、景気の回復は予期どおり進んではおりません。五十二年度の実質成長率は、政府の実績見込みによりますと五・三%ということであります。鉱工業生産も昨年一年間を通じて一進一退の状況にありまして、去る十一月に、ちょうど四年ぶりにようやく石油ショック時の水準に回復したというありさまでございます。
こうした景気回復のおくれを反映いたしまして、昨今のわが国経済におきましては各方面に摩擦現象が目立ってきております。
第一に、企業経営につきましては、このところ一段と困難の度が加わってきております。主要企業に関します日本銀行の調査を拝見いたしましても、また上場会社の決算の状況を見ましても、企業収益は五十二年度上期から再び低下を見せておりまして、構造不況業種は申すに及ばず、多くの業種で企業経営はきわめて苦しい状況に直面しておると申してよろしいかと存じます。全国銀行協会連合会の調査で資本金百万円以上の法人の取引停止処分件数を見ましても、昨年は一万八千七百件ということで、過去最高でございました。
その二は、雇用情勢の悪化であります。昨年を振り返りますと、完全失業率は二%、失業者は百十万人という高水準にありましたし、有効求人倍率は〇・五六倍という低水準でありました。ちなみに、年間を通じて失業人口が百万人を超す水準にあったということは戦後初めてのことでございますし、有効求人倍率の低さも統計開始以来のことであると承っております。
これに加えて第三に、対外的な摩擦の増大ということがございます。昨年におきまして、わが国輸出の急増をめぐる欧米諸国とのトラブル、あるいはわが国経常収支の黒字幅増大をめぐるトラブルが目立ってきていることは、御高承のとおりでございます。その背景にはさまざまな原因がございましょうが、やはり国内景気の不振による輸出圧力の増大及び輸入の伸び悩みというところに最大の原因があろうかと思います。
このようにわが国経済の現状について見てまいりますと、景気の速やかな回復を図り、それによって内外不均衡の解消を図ることが、五十三年度におけるわが国経済の最大の課題であるというふうに考えるものであります。
そこで、五十三年度予算案につきましても、まずこうした視点、すなわち速やかな景気の回復とそれによる内外不均衡の解消という当面の最重要課題に、この予算案がいかにこたえているかという視点から見ることが大切であろうかと存じますが、結論を申し上げますと、厳しい財政事情の中で、景気浮揚に格段の配慮が加えられた内容であるというふうに存じます。
すなわち、まず財政規模でございますが、一般会計の予算規模は三十四兆二千九百五十億円、前年度当初予算に比べ二〇・三%の増加となっておりまして、前年度に比較した伸びは、五十一年度の一四・一%、五十二年度の一七・四%を大きく上回っております。政府の経済見通しによります五十三年度の名目成長率は一二%ということでありますから、これと比較いたしますと、景気浮揚型の積極予算であるということが言えるかと存じます。こうした姿勢は財政投融資計画にも貫かれておりまして、計画の規模は十四兆八千八百七十六億円、前年度に比較した伸びは一八・七%、やはり五十一年度及び五十二年度の当初計画の伸び、並びに五十三年度の成長率の見通しを上回っております。
次に、財政支出の内容でございますが、景気刺激効果が大きいと目される公共事業関係費に重点的に財源が配分され、一般公共事業につきましては、前年度当初予算比三四・五%増の五兆一千八百三十五億円が割かれております。なお、五十三年度予算案におきましては、経常部門の前年度当初予算に対する伸びを一七・四%に抑える一方、投資部門の伸びは三一・七%という高いものになっておりまして、総じて景気浮揚に対する配慮がうかがわれるのであります。
以上、見てまいりましたように、景気浮揚という観点から見ますと、五十三年度予算案は、厳しい財政事情の中で格段の努力が払われていると評価するものでありまして、重要なことは、五十三年度の財政政策の運営の中でこの予算案を有効に生かしていくことにあると思われるのであります。
そこで、潜越でございますが、五十三年度の財政政策の運営に関しまして若干の意見を申し述べさしていただきますと、第一に、予算の迅速な、かつタイミングのいい執行が必要であろうと存じます。さきに成立しました五十二年度第二次補正予算とあわせまして、政策当局におかれましては公共事業等につき十五カ月予算として執行に当たられるというふうに伺っておりますが、この予算に盛られた公共事業等を、物価の上昇などをもたらすことなく、迅速かつ円滑に執行していくためには相当の工夫と努力が必要であろうかと思う次第であります。
また、以上のこととも関連いたしますが、地方財政との緊密な連携が重要なポイントになろうかと存じます。特に執行面では十分なチームワークを組んでいただく必要がございましょう。
次に、マクロの経済の動きばかりでなく、ミクロの動きにも十分配慮した、きめの細かい政策運営が必要であります。構造不況業種に対する取り組み、円高等により打撃を受けている中小企業に対する配慮、雇用問題に対する対策等は、とりわけ重要であろうかと存じます。
なお、この予算案によって、わが国経済を速やかな景気回復軌道に乗せることができるかという問題につきましては、御案内のとおり、五十三年度のわが国経済を取り巻く環境は非常に厳しいものがございます。加えて、内外に不確定要因も多く、見通しがきわめて困難であるという事情もございます。したがいまして、これだけの予算案をもっていたしましても、わが国経済を回復軌道に乗せることは必ずしも容易ではないと予想される次第でありますが、私どもといたしましては、適切な執行によりまして早期に景気浮揚効果があらわれることを期待いたしますと同時に、私どもの側面からできる限りの御協力をいたしてまいりたい、かように考えておる次第でございます。
以上、五十三年度予算案の歳出面につきまして、もっぱら景気浮揚という観点から申し述べてまいりましたが、改めて申し上げるまでもなく、五十三年度のわが国経済の課題は、景気の速やかな回復のただ一点にとどまるものではなく、また、予算の役割りはきわめて幅広いものであります。したがいまして、五十三年度予算案につきましては、福祉の充実という観点から、国際協力の推進という観点から、あるいはその他さまざまな観点からの見方なり評価も必要であると申せましょう。しかしながら、そういう点につきましては、それぞれ御専門の方がいらっしゃることと存じますので、本日は省略さしていただきまして、次に、歳入面の問題、とりわけ私ども国債引受団として最も大きな影響のあります国債の問題につきまして、意見を申し述べさしていただきたいと存じます。
御存じのとおり、五十三年度予算案におきましては十兆九千八百五十億円の国債発行が計画されておりますが、これは前年度当初予算の八兆四千八百億円を二兆円以上上回り、また、前年度第二次補正後予算の九兆九千八百五十億円をも一兆円上回るという膨大な額であります。したがいまして、五十三年度予算案における国債の依存度は三二%に達しております。前年度あるいは前々年度の当初予算における二九%台を上回っておるわけであります。なお、この国債依存度につきましては、本年度から五月分税収の年度所属区分の変更が予定されておりまして、この変更を、織り込まない場合には三七%にも及ぶということであります。わが国の過去の歴史に照らしてみましても、また欧米諸国の実情と比較してみましても、まことに異例としか申し上げようのない金額及び比率でありまして、余儀なき事情によるとは言え、このような大量の国債発行につきましてはきわめて心配をいたしておる次第であります。
ここ数年来、各方面で盛んに議論されておりますので、私がここで改めて申し述べるまでもないとは存じますが、財政運営を大量の国債発行に依存して行うことの危険性あるいは弊害等につきましては、やはり十分に留意していただく必要があろうかと存じます。
問題の第一は、国債発行に過度に依存した財政運営の進行によって財政の硬直化を招き、ついには運営自体もきわめて困難に陥るということであります。このことは、五十三年度予算案におきましてすでに国債費が三兆二千億円、歳出の九・四%に達していることを見ましても、十分に予測されるわけであります。また、国債発行に依存した財政運営が、どちらかと言うと歳出の合理化、効率化についての努力を鈍らし、財政の放漫化を招きやすい傾向を有していることも注意しておかなければならないと存じます。
問題の第二は、国債の大量発行がインフレーションにつながりやすいということであります。この点につきましては、わが国経済が目下巨額のデフレギャップを抱え、卸売物価、消費者物価ともに安定した状況にあることを考えますと、当面は心配しなくてもよいかとも思われますが、巨額の国債発行による財政支出の増加によりボトルネックが発生いたしますと、一部公共投資関連資材について値上がりの懸念もございましょうし、また、将来このような財政の体質が定着いたしますと、マネーサプライの増加を通じまして物価全般の上昇を招く危険性があることにつきましても、十分警戒しておく必要があろうかと思われます。
第三に、いわゆるクラウディングアウトの問題がございます。五十三年度におきましては、約十一兆円の国債のほかにも、一兆三千六百億円の政府保証債、六兆二千二百億円の地方債が発行される予定になっておりまして、その他借入金等を合わせますと、公共部門の資金需要は二十兆円を超すものと見込まれております。現在のところ、景気回復のおくれを反映いたしまして民間の資金需要が落ちついておりますから、まだ問題は表面化いたしておりませんが、わが国の金融構造の仕組みから見て、資金偏在という問題もございますので、景気回復が進むにつれまして、民間の資金需要が急速に圧迫される可能性は十分に考えられるわけであります。
このような危険性あるいは弊害が国債の大量発行により生じることを考えますと、基本的にはやはり財政の健全化を目指す必要があると申せましょう。これを国債発行のあり方に即して申し上げますと、財政法第四条に基づく建設国債の発行に限定するという原則を確認し、いわゆる赤字国債の発行は当面の応急的措置として極力抑制するとともに、できるだけ速やかにその圧縮を図る必要があるわけであります。中長期的観点から財政支出の内容を十分吟味、検討するとともに、国民の受益と負担の関係についても見直しを図って、一日も早く財政の健全化を図っていただきたいと考えている次第であります。
ただ、このように申しましても、当面五十三年度につきましては、大幅な財源不足の中でわが国経済の立て直しを図るというのが緊急の課題でございますから、大量の国債発行も万やむを得ない措置であろうかと存じます。私どもといたしましては、国債の円滑な消化に最善の努力を払っていく所存でございますが、一方で、現行方式による国債の引き受けは多くの金融機関において資金の固定化を招いておりますし、また、収益面におきましても先行き大きな問題をはらんでおりまして、私どもの負担能力は限界近くに達しているというのが現状でございます。つきましては、関係御当局におかれまして、以下申し上げる諸点につきまして特に御配慮いただきますようお願い申し上げておきたいと存じます。
その第一は、国債の引き受けについてでございます。五十三年度につきましては、まことに残念ながら資金運用部引き受けの予定がないというふうに伺っておりますが、公的部門におかれましても応分の負担をわれわれの側からはお願いいたしたいと存じます。また、民間部門につきましては、個人、機関投資家を含め、さらに多様な消化層の拡充を図り、かつ引受団各員の引き受け能力の強化のためのいろいろな施策の展開もお願いしておきたいと存じます。
第二は、国債の発行条件についてでございまして、適正な市場の実勢を反映することが基本でございますが、その際にも、長期投資としての妥当な水準を目指しつつ、弾力的に設定していただきたいということでございます。
第三は、国債の流動化についてでございます。国債の流動化を容易ならしめるために、流通市場の整備拡充を初めとする諸施策を展開していただきたいということであります。
これらの施策は、未曾有の規模に達することになる五十三年度の国債を円滑に消化するためにはぜひとも必要なことであり、また、大量の国債発行がもたらす弊害を予防し、これに歯どめをかけるという観点から見ましても、きわめて重要なことであろうかと存じます。関係御当局におかれまして、こういう諸点について十分に御理解を賜り、応分の御配慮をしていただきたく、この席をおかりいたしまして御要望申し上げた次第であります。
以上、五十三年度予算案につきまして所見を申し述べさせていただきましたが、改めて申し上げるまでもなく、私どもといたしましては、政策の運営に十分協力し、景気の速やかな回復と内外不均衡の解消を図るというわが国経済の課題を達成するために、また、さまざまな社会的な要請にこたえ、国民生活の向上に寄与するという、私どもに課せられている本来的使命を果たすために最大限の努力を払う所存でございます。
最後に、国債引受団の中核となっております銀行の経営について一言申し上げたいと思います。
銀行といたしましては、今後とも公共債の引き受けに御協力申し上げることはもちろんでありますが、融資につきましても、安価良質な資金を広く供給することによって、企業経営の内容の改善あるいは発展に寄与してまいりたいと思っております。中小企業向け融資には特に配慮いたしまして、健全な経営を行っている企業が資金繰りの圧迫のために倒産したりすることがないよう、万全の努力をしていく所存でございます。
また、住宅ローンにつきましては、国民の要望にこたえまして十分な資金供給ができるよう努めてまいりたいと思っております。
さらに、近年、銀行に対する要請は、有利な貯蓄手段の提供や生活の向上のためのさまざまな金融サービスの提供から、国際、いわゆるインターナショナルな業務に至るまできわめて広範にかつ多様化してまいっておりますが、私どもといたしましては、こうした社会のニーズに可能な限りこたえてまいりたいと考えている次第でございます。
御高承のとおり、最近におきまして、銀行経営はきわめて厳しい状況に立ち至っております。かねてから私どもは、経営の効率化につきまして最大限の努力を払ってまいりましたが、何分にも貸出金利の引き下げや公共債の保有の増加に伴いまして資金の運用利回りが低下いたしております。これに加えて、預金金利が下方硬直的であることや、やむを得ない諸経費の増大によりまして資金の調達利回りは十分に低下せず、ために利ざやは大幅な縮小を見ております。また、景気回復のおくれに伴い経営内容の悪化する企業が増加しておりますが、これにつれて銀行の貸し出し内容も悪化傾向にあることは否めません。さらに、公共債保有の増加や住宅ローンの拡大に伴い資金運用の長期化が進んでおるわけでありますが、これも資金調達とのバランスを考えれば、いささか問題ありと申さざるを得ないのであります。
これらの諸点につきましては、かねてから行政御当局にはよく御説明申し上げ、抜本的解決策といたしまして、資金吸収パイプの拡充強化や内部留保の充実等の諸施策についてお願い申し上げておりますが、皆様方におかれましても、銀行経営の現状とその果たしている役割りにつき、さらに一層の御理解と御関心をお持ちいただき、御協力を賜りますようお願いいたしたいと存じます。
申すまでもありませんが、銀行経営の根幹は、国民の資産を安全に預かり、信用秩序を維持することにあります。私どもといたしましては、今後とも一層の経営努力を払い、国民の信頼をいささかも揺るぎないものとする所存でありますが、その信頼をさらに強固なものにするためには、ぜひとも皆様方の御指導、御尽力をいただきたく、一言申し添えさせていただいた次第であります。
これをもちまして、私の陳述を終わらせていただきます。御清聴ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →本日は、国債引受団を代表いたしまして、五十三年度予算案につきまして意見を申し述べるようにとのことでございますので、五十三年度予算案に関します概括的な考え方を申し上げますとともに、予算の運営等につきましての私どもの意見あるいは希望を若干申し述べさせていただきたいと存じます。
まず最初に、五十二年度予算を取り巻くわが国経済の現状について見ますと、御案内のとおり、思わざる海外からの諸要因もございまして、景気の回復は予期どおり進んではおりません。五十二年度の実質成長率は、政府の実績見込みによりますと五・三%ということであります。鉱工業生産も昨年一年間を通じて一進一退の状況にありまして、去る十一月に、ちょうど四年ぶりにようやく石油ショック時の水準に回復したというありさまでございます。
こうした景気回復のおくれを反映いたしまして、昨今のわが国経済におきましては各方面に摩擦現象が目立ってきております。
第一に、企業経営につきましては、このところ一段と困難の度が加わってきております。主要企業に関します日本銀行の調査を拝見いたしましても、また上場会社の決算の状況を見ましても、企業収益は五十二年度上期から再び低下を見せておりまして、構造不況業種は申すに及ばず、多くの業種で企業経営はきわめて苦しい状況に直面しておると申してよろしいかと存じます。全国銀行協会連合会の調査で資本金百万円以上の法人の取引停止処分件数を見ましても、昨年は一万八千七百件ということで、過去最高でございました。
その二は、雇用情勢の悪化であります。昨年を振り返りますと、完全失業率は二%、失業者は百十万人という高水準にありましたし、有効求人倍率は〇・五六倍という低水準でありました。ちなみに、年間を通じて失業人口が百万人を超す水準にあったということは戦後初めてのことでございますし、有効求人倍率の低さも統計開始以来のことであると承っております。
これに加えて第三に、対外的な摩擦の増大ということがございます。昨年におきまして、わが国輸出の急増をめぐる欧米諸国とのトラブル、あるいはわが国経常収支の黒字幅増大をめぐるトラブルが目立ってきていることは、御高承のとおりでございます。その背景にはさまざまな原因がございましょうが、やはり国内景気の不振による輸出圧力の増大及び輸入の伸び悩みというところに最大の原因があろうかと思います。
このようにわが国経済の現状について見てまいりますと、景気の速やかな回復を図り、それによって内外不均衡の解消を図ることが、五十三年度におけるわが国経済の最大の課題であるというふうに考えるものであります。
そこで、五十三年度予算案につきましても、まずこうした視点、すなわち速やかな景気の回復とそれによる内外不均衡の解消という当面の最重要課題に、この予算案がいかにこたえているかという視点から見ることが大切であろうかと存じますが、結論を申し上げますと、厳しい財政事情の中で、景気浮揚に格段の配慮が加えられた内容であるというふうに存じます。
すなわち、まず財政規模でございますが、一般会計の予算規模は三十四兆二千九百五十億円、前年度当初予算に比べ二〇・三%の増加となっておりまして、前年度に比較した伸びは、五十一年度の一四・一%、五十二年度の一七・四%を大きく上回っております。政府の経済見通しによります五十三年度の名目成長率は一二%ということでありますから、これと比較いたしますと、景気浮揚型の積極予算であるということが言えるかと存じます。こうした姿勢は財政投融資計画にも貫かれておりまして、計画の規模は十四兆八千八百七十六億円、前年度に比較した伸びは一八・七%、やはり五十一年度及び五十二年度の当初計画の伸び、並びに五十三年度の成長率の見通しを上回っております。
次に、財政支出の内容でございますが、景気刺激効果が大きいと目される公共事業関係費に重点的に財源が配分され、一般公共事業につきましては、前年度当初予算比三四・五%増の五兆一千八百三十五億円が割かれております。なお、五十三年度予算案におきましては、経常部門の前年度当初予算に対する伸びを一七・四%に抑える一方、投資部門の伸びは三一・七%という高いものになっておりまして、総じて景気浮揚に対する配慮がうかがわれるのであります。
以上、見てまいりましたように、景気浮揚という観点から見ますと、五十三年度予算案は、厳しい財政事情の中で格段の努力が払われていると評価するものでありまして、重要なことは、五十三年度の財政政策の運営の中でこの予算案を有効に生かしていくことにあると思われるのであります。
そこで、潜越でございますが、五十三年度の財政政策の運営に関しまして若干の意見を申し述べさしていただきますと、第一に、予算の迅速な、かつタイミングのいい執行が必要であろうと存じます。さきに成立しました五十二年度第二次補正予算とあわせまして、政策当局におかれましては公共事業等につき十五カ月予算として執行に当たられるというふうに伺っておりますが、この予算に盛られた公共事業等を、物価の上昇などをもたらすことなく、迅速かつ円滑に執行していくためには相当の工夫と努力が必要であろうかと思う次第であります。
また、以上のこととも関連いたしますが、地方財政との緊密な連携が重要なポイントになろうかと存じます。特に執行面では十分なチームワークを組んでいただく必要がございましょう。
次に、マクロの経済の動きばかりでなく、ミクロの動きにも十分配慮した、きめの細かい政策運営が必要であります。構造不況業種に対する取り組み、円高等により打撃を受けている中小企業に対する配慮、雇用問題に対する対策等は、とりわけ重要であろうかと存じます。
なお、この予算案によって、わが国経済を速やかな景気回復軌道に乗せることができるかという問題につきましては、御案内のとおり、五十三年度のわが国経済を取り巻く環境は非常に厳しいものがございます。加えて、内外に不確定要因も多く、見通しがきわめて困難であるという事情もございます。したがいまして、これだけの予算案をもっていたしましても、わが国経済を回復軌道に乗せることは必ずしも容易ではないと予想される次第でありますが、私どもといたしましては、適切な執行によりまして早期に景気浮揚効果があらわれることを期待いたしますと同時に、私どもの側面からできる限りの御協力をいたしてまいりたい、かように考えておる次第でございます。
以上、五十三年度予算案の歳出面につきまして、もっぱら景気浮揚という観点から申し述べてまいりましたが、改めて申し上げるまでもなく、五十三年度のわが国経済の課題は、景気の速やかな回復のただ一点にとどまるものではなく、また、予算の役割りはきわめて幅広いものであります。したがいまして、五十三年度予算案につきましては、福祉の充実という観点から、国際協力の推進という観点から、あるいはその他さまざまな観点からの見方なり評価も必要であると申せましょう。しかしながら、そういう点につきましては、それぞれ御専門の方がいらっしゃることと存じますので、本日は省略さしていただきまして、次に、歳入面の問題、とりわけ私ども国債引受団として最も大きな影響のあります国債の問題につきまして、意見を申し述べさしていただきたいと存じます。
御存じのとおり、五十三年度予算案におきましては十兆九千八百五十億円の国債発行が計画されておりますが、これは前年度当初予算の八兆四千八百億円を二兆円以上上回り、また、前年度第二次補正後予算の九兆九千八百五十億円をも一兆円上回るという膨大な額であります。したがいまして、五十三年度予算案における国債の依存度は三二%に達しております。前年度あるいは前々年度の当初予算における二九%台を上回っておるわけであります。なお、この国債依存度につきましては、本年度から五月分税収の年度所属区分の変更が予定されておりまして、この変更を、織り込まない場合には三七%にも及ぶということであります。わが国の過去の歴史に照らしてみましても、また欧米諸国の実情と比較してみましても、まことに異例としか申し上げようのない金額及び比率でありまして、余儀なき事情によるとは言え、このような大量の国債発行につきましてはきわめて心配をいたしておる次第であります。
ここ数年来、各方面で盛んに議論されておりますので、私がここで改めて申し述べるまでもないとは存じますが、財政運営を大量の国債発行に依存して行うことの危険性あるいは弊害等につきましては、やはり十分に留意していただく必要があろうかと存じます。
問題の第一は、国債発行に過度に依存した財政運営の進行によって財政の硬直化を招き、ついには運営自体もきわめて困難に陥るということであります。このことは、五十三年度予算案におきましてすでに国債費が三兆二千億円、歳出の九・四%に達していることを見ましても、十分に予測されるわけであります。また、国債発行に依存した財政運営が、どちらかと言うと歳出の合理化、効率化についての努力を鈍らし、財政の放漫化を招きやすい傾向を有していることも注意しておかなければならないと存じます。
問題の第二は、国債の大量発行がインフレーションにつながりやすいということであります。この点につきましては、わが国経済が目下巨額のデフレギャップを抱え、卸売物価、消費者物価ともに安定した状況にあることを考えますと、当面は心配しなくてもよいかとも思われますが、巨額の国債発行による財政支出の増加によりボトルネックが発生いたしますと、一部公共投資関連資材について値上がりの懸念もございましょうし、また、将来このような財政の体質が定着いたしますと、マネーサプライの増加を通じまして物価全般の上昇を招く危険性があることにつきましても、十分警戒しておく必要があろうかと思われます。
第三に、いわゆるクラウディングアウトの問題がございます。五十三年度におきましては、約十一兆円の国債のほかにも、一兆三千六百億円の政府保証債、六兆二千二百億円の地方債が発行される予定になっておりまして、その他借入金等を合わせますと、公共部門の資金需要は二十兆円を超すものと見込まれております。現在のところ、景気回復のおくれを反映いたしまして民間の資金需要が落ちついておりますから、まだ問題は表面化いたしておりませんが、わが国の金融構造の仕組みから見て、資金偏在という問題もございますので、景気回復が進むにつれまして、民間の資金需要が急速に圧迫される可能性は十分に考えられるわけであります。
このような危険性あるいは弊害が国債の大量発行により生じることを考えますと、基本的にはやはり財政の健全化を目指す必要があると申せましょう。これを国債発行のあり方に即して申し上げますと、財政法第四条に基づく建設国債の発行に限定するという原則を確認し、いわゆる赤字国債の発行は当面の応急的措置として極力抑制するとともに、できるだけ速やかにその圧縮を図る必要があるわけであります。中長期的観点から財政支出の内容を十分吟味、検討するとともに、国民の受益と負担の関係についても見直しを図って、一日も早く財政の健全化を図っていただきたいと考えている次第であります。
ただ、このように申しましても、当面五十三年度につきましては、大幅な財源不足の中でわが国経済の立て直しを図るというのが緊急の課題でございますから、大量の国債発行も万やむを得ない措置であろうかと存じます。私どもといたしましては、国債の円滑な消化に最善の努力を払っていく所存でございますが、一方で、現行方式による国債の引き受けは多くの金融機関において資金の固定化を招いておりますし、また、収益面におきましても先行き大きな問題をはらんでおりまして、私どもの負担能力は限界近くに達しているというのが現状でございます。つきましては、関係御当局におかれまして、以下申し上げる諸点につきまして特に御配慮いただきますようお願い申し上げておきたいと存じます。
その第一は、国債の引き受けについてでございます。五十三年度につきましては、まことに残念ながら資金運用部引き受けの予定がないというふうに伺っておりますが、公的部門におかれましても応分の負担をわれわれの側からはお願いいたしたいと存じます。また、民間部門につきましては、個人、機関投資家を含め、さらに多様な消化層の拡充を図り、かつ引受団各員の引き受け能力の強化のためのいろいろな施策の展開もお願いしておきたいと存じます。
第二は、国債の発行条件についてでございまして、適正な市場の実勢を反映することが基本でございますが、その際にも、長期投資としての妥当な水準を目指しつつ、弾力的に設定していただきたいということでございます。
第三は、国債の流動化についてでございます。国債の流動化を容易ならしめるために、流通市場の整備拡充を初めとする諸施策を展開していただきたいということであります。
これらの施策は、未曾有の規模に達することになる五十三年度の国債を円滑に消化するためにはぜひとも必要なことであり、また、大量の国債発行がもたらす弊害を予防し、これに歯どめをかけるという観点から見ましても、きわめて重要なことであろうかと存じます。関係御当局におかれまして、こういう諸点について十分に御理解を賜り、応分の御配慮をしていただきたく、この席をおかりいたしまして御要望申し上げた次第であります。
以上、五十三年度予算案につきまして所見を申し述べさせていただきましたが、改めて申し上げるまでもなく、私どもといたしましては、政策の運営に十分協力し、景気の速やかな回復と内外不均衡の解消を図るというわが国経済の課題を達成するために、また、さまざまな社会的な要請にこたえ、国民生活の向上に寄与するという、私どもに課せられている本来的使命を果たすために最大限の努力を払う所存でございます。
最後に、国債引受団の中核となっております銀行の経営について一言申し上げたいと思います。
銀行といたしましては、今後とも公共債の引き受けに御協力申し上げることはもちろんでありますが、融資につきましても、安価良質な資金を広く供給することによって、企業経営の内容の改善あるいは発展に寄与してまいりたいと思っております。中小企業向け融資には特に配慮いたしまして、健全な経営を行っている企業が資金繰りの圧迫のために倒産したりすることがないよう、万全の努力をしていく所存でございます。
また、住宅ローンにつきましては、国民の要望にこたえまして十分な資金供給ができるよう努めてまいりたいと思っております。
さらに、近年、銀行に対する要請は、有利な貯蓄手段の提供や生活の向上のためのさまざまな金融サービスの提供から、国際、いわゆるインターナショナルな業務に至るまできわめて広範にかつ多様化してまいっておりますが、私どもといたしましては、こうした社会のニーズに可能な限りこたえてまいりたいと考えている次第でございます。
御高承のとおり、最近におきまして、銀行経営はきわめて厳しい状況に立ち至っております。かねてから私どもは、経営の効率化につきまして最大限の努力を払ってまいりましたが、何分にも貸出金利の引き下げや公共債の保有の増加に伴いまして資金の運用利回りが低下いたしております。これに加えて、預金金利が下方硬直的であることや、やむを得ない諸経費の増大によりまして資金の調達利回りは十分に低下せず、ために利ざやは大幅な縮小を見ております。また、景気回復のおくれに伴い経営内容の悪化する企業が増加しておりますが、これにつれて銀行の貸し出し内容も悪化傾向にあることは否めません。さらに、公共債保有の増加や住宅ローンの拡大に伴い資金運用の長期化が進んでおるわけでありますが、これも資金調達とのバランスを考えれば、いささか問題ありと申さざるを得ないのであります。
これらの諸点につきましては、かねてから行政御当局にはよく御説明申し上げ、抜本的解決策といたしまして、資金吸収パイプの拡充強化や内部留保の充実等の諸施策についてお願い申し上げておりますが、皆様方におかれましても、銀行経営の現状とその果たしている役割りにつき、さらに一層の御理解と御関心をお持ちいただき、御協力を賜りますようお願いいたしたいと存じます。
申すまでもありませんが、銀行経営の根幹は、国民の資産を安全に預かり、信用秩序を維持することにあります。私どもといたしましては、今後とも一層の経営努力を払い、国民の信頼をいささかも揺るぎないものとする所存でありますが、その信頼をさらに強固なものにするためには、ぜひとも皆様方の御指導、御尽力をいただきたく、一言申し添えさせていただいた次第であります。
これをもちまして、私の陳述を終わらせていただきます。御清聴ありがとうございました。拍手
中
楠
楠敏雄#6
○楠公述人 全国障害者解放運動連絡会議の楠です。私は現在、大阪の天王寺高校という、目の見える人たちの普通の公立高校で英語の非常勤講師をしております。
私は、満二歳で、医者の治療ミスがもとで両眼の視力を完全に奪われてしまいました。以後三十年余り、視力障害者として生活をしてきております。その中で私が自分自身さまざまな体験をしてきたわけですけれども、本日は、その私自身の体験を通して、そして私の仲間の多くの障害者の体験と切実な生き方を皆さん方にぜひとも御理解いただき、そして具体的な要望をさせていただきたいというふうに考えております。
まず最初に、私たちが現在進めております障害者解放の運動について少し述べさせていただきたいと思います。
私たち障害者というのは、これまでの社会の中で、いわばあってはならない存在、不幸な存在とされてきたと思います。周囲の人たちが口にする言葉はいつも、かわいそうに、気の毒に、大変でしょうという言葉で、それが最大限の好意でしがなかった。確かに、いまの世の中で私たち障害を持った者が生きるということは、きわめて困難でありますし、大変なことでもあります。しかしながら、それは単に私たち自身が障害を持っているから大変なんだということ以上に、社会や政治や、そして私たちを取り囲む人々が、むしろ私たちを不幸な存在、私たちが生きるのを大変にしてしまっているのではないかというふうに言わざるを得ないと思います。
私たちは、いまこういったこれまでの障害者に対する考え方に対してはっきりと、そうではないんだ、私たちが障害者として生きていく、障害者であって何で悪いんだということを言える自分たちになろう、私たち障害者がどんなに他人から醜いと言われ、気の毒と言われ、そして生きていない方がいいんだ、死んだ方がいいんだと言われても、なおかつ生き続ける、堂々と地域の社会の中で生き続けるということを、はっきりといま社会の人たちに宣言して、そこから運動の第一歩を踏み出そう、それが私たちの運動の原点なんだということを理解していただきたいと思うわけです。これはやはり障害を受けた者でなければなかなか理解しにくいことかもしれませんけれども、私たちは、気の毒だ、あるいは保護してあげる、何かをしてあげるという扱いに対して、もうたくさんだというふうに言わせていただきたい。私たちも一人の人間として生きていきたいんだということをあえて強調したいと思います。そのためにも、これまでのように、単に障害者に対して金を与えておく、あるいはどこかりっぱな施設をつくって、そこで一生安楽に暮らしたらいいんだというふうな発想に対して、そうではない、地域の社会の中でどんなにどろどろになろうとも、みんなの中で生きていきたいんだということを強く訴えておきたいと思うのです。
そういった観点から、私たちは、今年度の予算及び政府の障害者に対する諸政策に対して、具体的な要望を幾つか述べさせていただきたいと思います。
今年度の予算は、言われておりますように、ずいぶん大型の予算だと言われていますけれども、事福祉予算について見ると、これはきわめて小型の、私たちから見るとやはり粗末な予算でしかないというふうに言わざるを得ません。
たとえば障害者福祉年金一つとりましても、現在、私たち一級で二万二千五百円、二級で一万五千円でありますが、これが一級では二千三百円、二級では千五百円アップするというふうに伺っています。これでは一〇%にも満たない上げ幅で、きわめてこの物価高の世の中では生活の一部にするにも足りないと言わざるを得ません。しかも、この年金をもらうと、生活保護を受けている障害者の場合、収入認定をされてしまって、生活保護が非常に削減されてしまうという現実もあるわけなんです。また、御存じと思いますが、所得制限というのが大幅にしかれておりまして、このことによって、やはり障害者が生活が苦しい状態に置かれているということも事実です。ですから、こういった年金に関しても、少なくとも生活できる年金、障害者が地域の社会の中で自立していける年金をぜひとも実現していただきたい。
それと同時に、障害者に対する介護料、とりわけ重度の障害者、他人の介護が必要な障害者に対する介護料が現在わずかに支給されていますけれども、この介護料に関しても、大幅に増額をしていただかなければ生きていけないということが言えると思います。
また、障害者の介護人事業についても、現在、ホームヘルパーという形で、いわばパートタイマーの人たちを使用して、きわめてわずかの介護体制しかできていない。一週間に一度か二度、わずか二、三時間の介護だけで終わっている。これでは安心した自立生活はできないと思います。ですから、介護人を正式な公務員並みの位置づけをして、この介護人事業というものをきっちりと実現していただきたいと思います。
さらに、障害者が生活するためには住宅の問題が不可欠ですけれども、私自身もそうですけれども、障害者がアパートや下宿を借りようと思うと、ほとんど何度も何度も屈辱的な思いをさせられています。断られる。きわめて体裁のいい断り方をされて、転々とせざるを得ないわけです。しかも、普通の家ではきわめて住みにくい、生活しにくいわけです。障害者用住宅がきわめて少ない現実の中で、障害者自身が生活しやすい住宅、単独でも入れる住宅を早急に数をふやしていただきたい。それも一般の住宅の中に、こういった障害者住宅を大量につくっていただきたい。これは一般の人たち以上に、やはり生死にかかわる切実な障害者自身の要求なわけです。
こういった生活の要求を、まだまだたくさんありますけれども、重要な点を二、三述べてみました。
次に、雇用問題ですけれども、一昨年身体障害者雇用促進法が改正されまして、障害者の雇用率は大幅に伸びるだろうというふうに宣伝されましたけれども、先日労働省がお認めになったように、実際にはほとんど効果が上がっていないという現状です。とりわけ重度の障害者の雇用、労働問題というのはきわめてなおざりにされていると思います。
また、私たち視力障害者にとって、仕事はあんま、はり、きゅうにこれまで限定されてきました。盲はあんまだというふうに言われて、憲法で保障されているという職業選択の自由はほぼ奪われていました。ところが、最近このあんま、はり、きゅうにさえ、目の見える人たちがどんどん進出してきている。そして、これについては厚生省も、職業選択の自由があるのだから禁止できないのだというふうにおっしゃっている。これでは私たち盲人の生き方、生活というのはどうなるのか。ここ二、三年、今度は目の見える人たちのためのはり、きゅうの大学までできている。
こういう現状の中で、盲人の仕事そして重度の障害者の雇用、労働の問題というのはきわめて切実な問題になってきていると思います。従来のように障害者を職場に合わせる、適応させるのではなくて、職場を障害者に適応できるように、障害者が職場で働けるように職場を改善する、労働内容を点検するといった政策を根本的にとらない限り、重度の障害者の雇用の問題というのは絶対に前進しないというふうに考える次第です。
次に、教育問題に移りたいと思います。
最近、教育の荒廃ということが盛んに叫ばれる中で、ようやく私たち障害児・者に対する教育問題がクローズアップされてきたわけですけれども、そういう中で私は、これまで盲学校というところで十数年間教育を受けてきました。家から三時間ほど離れたところで、両親や兄弟、近所の子供から切り離されて教育を受けてきた私は、いつも、どうして目の見えない者は特別なところへやられなければならないのか、どうして両親や兄弟や近所の友だちと同じところで勉強ができないのかということの疑問を持ち続け、不満を持ち続けてきました。これは私だけではなく、私の仲間は多くがそういう希望を切実に持っているところです。
ところが、実際のところ、教育現場では、障害者というのはまず教育対象外とされている例が圧倒的に多い。御存じの方も多いと思いますけれども、学校教育法の中で就学猶予、免除というものがあって、そのために多くの障害者が教育を受ける権利を奪われてきたということは言うまでもありませんが、同時に、教育の場を選ぶ権利、障害児・者及び両親が教育の場を選ぶ権利さえも奪われてきているということは紛れもない現実なわけです。
そういう中で来年度、一九七九年、昭和五十四年度から養護学校の義務制化というのが実施されようとしているわけですけれども、きわめて残念に思うのは、この国会で、聞くところによりますと、養護学校義務化の問題というのはきっちりと論議されたことがない。その全貌や問題点が全く明らかにされていないということであります。私たちは、こういった現状に対して、いま一度私たちの立場から問題を投げかけてみたいと思います。
この養護学校義務化というのは、養護学校の設置義務とそれから養護学校への就学義務の二つからなっているわけです。で、とりわけこの養護学校への就学義務についてですけれども、私たちは障害児教育が一日も早く義務化されなければならないというふうには考え、主張し、運動も続けてきましたけれども、養護学校への就学まで義務化される、強制されるということに関しては反対をしているわけです。障害があるということで、なぜ、先ほどからも言っていますように、地域の中で皆と一緒に学ぶ権利がないのか。義務化は、まさに都道府県に対する設置義務のみならず、障害児・者及び親に対する養護学校への強制分類、そういった強制まで行おうとしている。このことに対して大きな怒りを抱かざるを得ないわけです。
ここで、文部省がこのいわば義務就学の強制ということに関して幾つか通達あるいは文書を出しておりますので、簡単に引用させていただきたい。
たとえば文部省の編集しております「特殊教育執務ハンドブック」という本の中にこのように書いてあります。「盲児または聾児が小学校または中学校へ就学している場合には就学義務を履行したことにならない」というふうにはっきりと書かれているわけです。つまり、障害児が教育権を認められるというのは養護学校、特殊学校でなければだめなんだというふうにはっきりうたっている。さらに、昭和三十八年の十二月二十三日に文部省初等中等教育局長の通達の中にこう書かれているわけです。盲者、聾者が小学校、中学校へ就学しているそういうケースについては、「保護者の無理解、盲者または聾者の判別の不適正、就学猶予または免除の措置の不適正、事務処理の不徹底等のため」であるというふうに断定しておりまして、その上で、このような事態は憲法、教育基本法の精神からも、また本人の幸福の上からも遺憾のことであります。というふうに述べられているわけです。
ですから、文部省の方針として、あくまで障害児・者はそういった特殊学校へ行かなければならないんだ、行かない者は教育を受けていることにはならないんだ、認めないんだというふうな姿勢を打ち出しているわけです。このことに対して私たちは全く納得できない。障害者、親の地域の中でみんなと一緒に学びたいという要求を一方的に踏みにじる、無視するものであるというふうに考えているわけです。
しかも義務化というのは、就学猶予、免除をなくするためなんだというふうに宣伝されていますけれども、実際には、たとえば五十一年の十月十四日、これは参議院の文教委員会で発言があったそうですけれども、当時の文部省の初等中等教育局長の答弁の中で、昭和五十四年度に猶予、免除の対象となるであろう子供さんは、大体現在程度、一万五千ぐらいの数だと推定されるというふうにおっしゃっているわけです。ということは、養護学校が義務化されても就学猶予、免除の数は大して変わらないということを、文部省みずからが述べられているわけです。
こうしますと、何のために義務化が行われるのか、私たちからすると、これは障害者をますます隔離するために、現在一般の学校で学んでいる障害者に対しても養護学校へ行けということを強制するためにやられるのではないかというふうに思わざるを得ないわけです。私たちは、地域のみんなと一緒に勉強をしたいという障害者自身の要求を認めていただきたい。
さらに、障害者のためだというふうによくその養護学校義務化というのが言われますけれども、ここで言われる障害者のためというのは一体何なのか。確かにあれができるようになった、これができるようになった、そういった特殊学校へ行けば専門的な設備、専門家が多いと言われますけれども、そういう中で、それでは障害者が本当に人間として生き生きと成長していけるのかということ。確かに、いまの地域社会の中で障害者が生きる、地域の学校の中へ障害者が行くということは、きわめて大変なことです。しかしながら、その大変さに打ちかたない限り、障害者が生きていくということ自体不可能になってしまう。ぬくぬくとした温室的な学校で障害者が育ったところで、決して社会では通用しないという厳しい現実があると思うわけです。そういう意味で、地域校区の学校へ障害者が行くということは障害者自身の成長にとってきわめて重要である。さらに、現在の競争、能力優先の社会の中で、教育体制の中で、いわゆる健常児と言われる一般の子供たち自身も、障害児とのかかわりを通してともに生きることの大事さ、ともに育つことの大事さというものを身につけて育ちつつあるという実践が数多く報告されているわけです。そうして、こういった健全児と障害児がともに育ち、ともに生きていく、ともに協力し合いながら教育し、学習していくということを通して、現在の荒廃した教育も徐徐にではあれ変わっていくのではないかということを、私は強く訴えたいと思います。
とりわけこの中で、先ほどからも何度も申し上げておりますように、障害児・者本人と親が自分の教育の場を選択する権利、選ぶ権利が全くなく、強制的に養護学校へやられようとしていることに関しては絶対に認めがたい。この選択権というものをぜひとも認めていただかなければ困るということを申し上げておきたいと思います。
そういった観点で、私は今後政府の障害者政策、そして皆さん方の障害者に対する認識をもう一度考え直していただく中で、障害者が地域社会の中で一人の人間として生きていくということを、その意義をはっきりとお認めいただきたいということを申し添えておきたいと思います。
最後に、これは直接予算とは関係ありませんけれども、現在、仙台の拘置所に、私たち障害者の仲間である赤堀政夫さんという人が二十四年間拘置されています。彼は二十四年間殺人犯で拘置されていますけれども、無実だ、自分はやっていないということを主張し続けておりますし、現在、新たな彼の無実を証明する証拠が次々と出てきているようです。したがって、ぜひとも関係当局の方々は慎重に調査していただいて、赤堀さんの無実を証明していただきたいということを、障害者の仲間としてこの場をかりて訴えさせていただいて、私の公述を終わらせていただきたいと思います。拍手
この発言だけを見る →私は、満二歳で、医者の治療ミスがもとで両眼の視力を完全に奪われてしまいました。以後三十年余り、視力障害者として生活をしてきております。その中で私が自分自身さまざまな体験をしてきたわけですけれども、本日は、その私自身の体験を通して、そして私の仲間の多くの障害者の体験と切実な生き方を皆さん方にぜひとも御理解いただき、そして具体的な要望をさせていただきたいというふうに考えております。
まず最初に、私たちが現在進めております障害者解放の運動について少し述べさせていただきたいと思います。
私たち障害者というのは、これまでの社会の中で、いわばあってはならない存在、不幸な存在とされてきたと思います。周囲の人たちが口にする言葉はいつも、かわいそうに、気の毒に、大変でしょうという言葉で、それが最大限の好意でしがなかった。確かに、いまの世の中で私たち障害を持った者が生きるということは、きわめて困難でありますし、大変なことでもあります。しかしながら、それは単に私たち自身が障害を持っているから大変なんだということ以上に、社会や政治や、そして私たちを取り囲む人々が、むしろ私たちを不幸な存在、私たちが生きるのを大変にしてしまっているのではないかというふうに言わざるを得ないと思います。
私たちは、いまこういったこれまでの障害者に対する考え方に対してはっきりと、そうではないんだ、私たちが障害者として生きていく、障害者であって何で悪いんだということを言える自分たちになろう、私たち障害者がどんなに他人から醜いと言われ、気の毒と言われ、そして生きていない方がいいんだ、死んだ方がいいんだと言われても、なおかつ生き続ける、堂々と地域の社会の中で生き続けるということを、はっきりといま社会の人たちに宣言して、そこから運動の第一歩を踏み出そう、それが私たちの運動の原点なんだということを理解していただきたいと思うわけです。これはやはり障害を受けた者でなければなかなか理解しにくいことかもしれませんけれども、私たちは、気の毒だ、あるいは保護してあげる、何かをしてあげるという扱いに対して、もうたくさんだというふうに言わせていただきたい。私たちも一人の人間として生きていきたいんだということをあえて強調したいと思います。そのためにも、これまでのように、単に障害者に対して金を与えておく、あるいはどこかりっぱな施設をつくって、そこで一生安楽に暮らしたらいいんだというふうな発想に対して、そうではない、地域の社会の中でどんなにどろどろになろうとも、みんなの中で生きていきたいんだということを強く訴えておきたいと思うのです。
そういった観点から、私たちは、今年度の予算及び政府の障害者に対する諸政策に対して、具体的な要望を幾つか述べさせていただきたいと思います。
今年度の予算は、言われておりますように、ずいぶん大型の予算だと言われていますけれども、事福祉予算について見ると、これはきわめて小型の、私たちから見るとやはり粗末な予算でしかないというふうに言わざるを得ません。
たとえば障害者福祉年金一つとりましても、現在、私たち一級で二万二千五百円、二級で一万五千円でありますが、これが一級では二千三百円、二級では千五百円アップするというふうに伺っています。これでは一〇%にも満たない上げ幅で、きわめてこの物価高の世の中では生活の一部にするにも足りないと言わざるを得ません。しかも、この年金をもらうと、生活保護を受けている障害者の場合、収入認定をされてしまって、生活保護が非常に削減されてしまうという現実もあるわけなんです。また、御存じと思いますが、所得制限というのが大幅にしかれておりまして、このことによって、やはり障害者が生活が苦しい状態に置かれているということも事実です。ですから、こういった年金に関しても、少なくとも生活できる年金、障害者が地域の社会の中で自立していける年金をぜひとも実現していただきたい。
それと同時に、障害者に対する介護料、とりわけ重度の障害者、他人の介護が必要な障害者に対する介護料が現在わずかに支給されていますけれども、この介護料に関しても、大幅に増額をしていただかなければ生きていけないということが言えると思います。
また、障害者の介護人事業についても、現在、ホームヘルパーという形で、いわばパートタイマーの人たちを使用して、きわめてわずかの介護体制しかできていない。一週間に一度か二度、わずか二、三時間の介護だけで終わっている。これでは安心した自立生活はできないと思います。ですから、介護人を正式な公務員並みの位置づけをして、この介護人事業というものをきっちりと実現していただきたいと思います。
さらに、障害者が生活するためには住宅の問題が不可欠ですけれども、私自身もそうですけれども、障害者がアパートや下宿を借りようと思うと、ほとんど何度も何度も屈辱的な思いをさせられています。断られる。きわめて体裁のいい断り方をされて、転々とせざるを得ないわけです。しかも、普通の家ではきわめて住みにくい、生活しにくいわけです。障害者用住宅がきわめて少ない現実の中で、障害者自身が生活しやすい住宅、単独でも入れる住宅を早急に数をふやしていただきたい。それも一般の住宅の中に、こういった障害者住宅を大量につくっていただきたい。これは一般の人たち以上に、やはり生死にかかわる切実な障害者自身の要求なわけです。
こういった生活の要求を、まだまだたくさんありますけれども、重要な点を二、三述べてみました。
次に、雇用問題ですけれども、一昨年身体障害者雇用促進法が改正されまして、障害者の雇用率は大幅に伸びるだろうというふうに宣伝されましたけれども、先日労働省がお認めになったように、実際にはほとんど効果が上がっていないという現状です。とりわけ重度の障害者の雇用、労働問題というのはきわめてなおざりにされていると思います。
また、私たち視力障害者にとって、仕事はあんま、はり、きゅうにこれまで限定されてきました。盲はあんまだというふうに言われて、憲法で保障されているという職業選択の自由はほぼ奪われていました。ところが、最近このあんま、はり、きゅうにさえ、目の見える人たちがどんどん進出してきている。そして、これについては厚生省も、職業選択の自由があるのだから禁止できないのだというふうにおっしゃっている。これでは私たち盲人の生き方、生活というのはどうなるのか。ここ二、三年、今度は目の見える人たちのためのはり、きゅうの大学までできている。
こういう現状の中で、盲人の仕事そして重度の障害者の雇用、労働の問題というのはきわめて切実な問題になってきていると思います。従来のように障害者を職場に合わせる、適応させるのではなくて、職場を障害者に適応できるように、障害者が職場で働けるように職場を改善する、労働内容を点検するといった政策を根本的にとらない限り、重度の障害者の雇用の問題というのは絶対に前進しないというふうに考える次第です。
次に、教育問題に移りたいと思います。
最近、教育の荒廃ということが盛んに叫ばれる中で、ようやく私たち障害児・者に対する教育問題がクローズアップされてきたわけですけれども、そういう中で私は、これまで盲学校というところで十数年間教育を受けてきました。家から三時間ほど離れたところで、両親や兄弟、近所の子供から切り離されて教育を受けてきた私は、いつも、どうして目の見えない者は特別なところへやられなければならないのか、どうして両親や兄弟や近所の友だちと同じところで勉強ができないのかということの疑問を持ち続け、不満を持ち続けてきました。これは私だけではなく、私の仲間は多くがそういう希望を切実に持っているところです。
ところが、実際のところ、教育現場では、障害者というのはまず教育対象外とされている例が圧倒的に多い。御存じの方も多いと思いますけれども、学校教育法の中で就学猶予、免除というものがあって、そのために多くの障害者が教育を受ける権利を奪われてきたということは言うまでもありませんが、同時に、教育の場を選ぶ権利、障害児・者及び両親が教育の場を選ぶ権利さえも奪われてきているということは紛れもない現実なわけです。
そういう中で来年度、一九七九年、昭和五十四年度から養護学校の義務制化というのが実施されようとしているわけですけれども、きわめて残念に思うのは、この国会で、聞くところによりますと、養護学校義務化の問題というのはきっちりと論議されたことがない。その全貌や問題点が全く明らかにされていないということであります。私たちは、こういった現状に対して、いま一度私たちの立場から問題を投げかけてみたいと思います。
この養護学校義務化というのは、養護学校の設置義務とそれから養護学校への就学義務の二つからなっているわけです。で、とりわけこの養護学校への就学義務についてですけれども、私たちは障害児教育が一日も早く義務化されなければならないというふうには考え、主張し、運動も続けてきましたけれども、養護学校への就学まで義務化される、強制されるということに関しては反対をしているわけです。障害があるということで、なぜ、先ほどからも言っていますように、地域の中で皆と一緒に学ぶ権利がないのか。義務化は、まさに都道府県に対する設置義務のみならず、障害児・者及び親に対する養護学校への強制分類、そういった強制まで行おうとしている。このことに対して大きな怒りを抱かざるを得ないわけです。
ここで、文部省がこのいわば義務就学の強制ということに関して幾つか通達あるいは文書を出しておりますので、簡単に引用させていただきたい。
たとえば文部省の編集しております「特殊教育執務ハンドブック」という本の中にこのように書いてあります。「盲児または聾児が小学校または中学校へ就学している場合には就学義務を履行したことにならない」というふうにはっきりと書かれているわけです。つまり、障害児が教育権を認められるというのは養護学校、特殊学校でなければだめなんだというふうにはっきりうたっている。さらに、昭和三十八年の十二月二十三日に文部省初等中等教育局長の通達の中にこう書かれているわけです。盲者、聾者が小学校、中学校へ就学しているそういうケースについては、「保護者の無理解、盲者または聾者の判別の不適正、就学猶予または免除の措置の不適正、事務処理の不徹底等のため」であるというふうに断定しておりまして、その上で、このような事態は憲法、教育基本法の精神からも、また本人の幸福の上からも遺憾のことであります。というふうに述べられているわけです。
ですから、文部省の方針として、あくまで障害児・者はそういった特殊学校へ行かなければならないんだ、行かない者は教育を受けていることにはならないんだ、認めないんだというふうな姿勢を打ち出しているわけです。このことに対して私たちは全く納得できない。障害者、親の地域の中でみんなと一緒に学びたいという要求を一方的に踏みにじる、無視するものであるというふうに考えているわけです。
しかも義務化というのは、就学猶予、免除をなくするためなんだというふうに宣伝されていますけれども、実際には、たとえば五十一年の十月十四日、これは参議院の文教委員会で発言があったそうですけれども、当時の文部省の初等中等教育局長の答弁の中で、昭和五十四年度に猶予、免除の対象となるであろう子供さんは、大体現在程度、一万五千ぐらいの数だと推定されるというふうにおっしゃっているわけです。ということは、養護学校が義務化されても就学猶予、免除の数は大して変わらないということを、文部省みずからが述べられているわけです。
こうしますと、何のために義務化が行われるのか、私たちからすると、これは障害者をますます隔離するために、現在一般の学校で学んでいる障害者に対しても養護学校へ行けということを強制するためにやられるのではないかというふうに思わざるを得ないわけです。私たちは、地域のみんなと一緒に勉強をしたいという障害者自身の要求を認めていただきたい。
さらに、障害者のためだというふうによくその養護学校義務化というのが言われますけれども、ここで言われる障害者のためというのは一体何なのか。確かにあれができるようになった、これができるようになった、そういった特殊学校へ行けば専門的な設備、専門家が多いと言われますけれども、そういう中で、それでは障害者が本当に人間として生き生きと成長していけるのかということ。確かに、いまの地域社会の中で障害者が生きる、地域の学校の中へ障害者が行くということは、きわめて大変なことです。しかしながら、その大変さに打ちかたない限り、障害者が生きていくということ自体不可能になってしまう。ぬくぬくとした温室的な学校で障害者が育ったところで、決して社会では通用しないという厳しい現実があると思うわけです。そういう意味で、地域校区の学校へ障害者が行くということは障害者自身の成長にとってきわめて重要である。さらに、現在の競争、能力優先の社会の中で、教育体制の中で、いわゆる健常児と言われる一般の子供たち自身も、障害児とのかかわりを通してともに生きることの大事さ、ともに育つことの大事さというものを身につけて育ちつつあるという実践が数多く報告されているわけです。そうして、こういった健全児と障害児がともに育ち、ともに生きていく、ともに協力し合いながら教育し、学習していくということを通して、現在の荒廃した教育も徐徐にではあれ変わっていくのではないかということを、私は強く訴えたいと思います。
とりわけこの中で、先ほどからも何度も申し上げておりますように、障害児・者本人と親が自分の教育の場を選択する権利、選ぶ権利が全くなく、強制的に養護学校へやられようとしていることに関しては絶対に認めがたい。この選択権というものをぜひとも認めていただかなければ困るということを申し上げておきたいと思います。
そういった観点で、私は今後政府の障害者政策、そして皆さん方の障害者に対する認識をもう一度考え直していただく中で、障害者が地域社会の中で一人の人間として生きていくということを、その意義をはっきりとお認めいただきたいということを申し添えておきたいと思います。
最後に、これは直接予算とは関係ありませんけれども、現在、仙台の拘置所に、私たち障害者の仲間である赤堀政夫さんという人が二十四年間拘置されています。彼は二十四年間殺人犯で拘置されていますけれども、無実だ、自分はやっていないということを主張し続けておりますし、現在、新たな彼の無実を証明する証拠が次々と出てきているようです。したがって、ぜひとも関係当局の方々は慎重に調査していただいて、赤堀さんの無実を証明していただきたいということを、障害者の仲間としてこの場をかりて訴えさせていただいて、私の公述を終わらせていただきたいと思います。拍手
中
中
加
加藤六月#9
○加藤(六)委員 公述人の皆様には大変貴重な御意見を開陳していただきまして、私たち予算を審議する上について大変参考になりましたことをお礼申し上げます。
時間が限られておりますので、私は主として村本公述人に二、三点お伺いさせていただきたいと思うわけでございます。
ことしの予算がねらっておるものは、第一点として、七%の成長をどうしても達成しなくてはならないということでございますが、当委員会においてもいろいろ議論になりましたのは、民間研究団体の経済成長率というものと政府が言っておる七%の間に相当な違いがある。ある研究団体は五・六%ぐらいだろう、あるところは五・三だ、あるいはあるところは六・一ぐらいになるんじゃないか、まあいろいろの数字が挙げられております。私たちは、総理が所得表明にも申されたように、民間資金まで総動員して七%経済成長を達成したい、こういうことでございますが、村本公述人の第一勧銀関係の研究所で、もしそういった問題についての調査研究が行われて、五十三年度のこの予算を見た上で七%達するか達しないかの調査研究が行われておるならば、ひとつその点についての御説明をお伺いいたしたい。これが第一点でございます。
それから第二点は、私たちは七%経済成長の中核としては、民間個人消費の増大というのが非常に叫ばれております。ところが反面、資源有限時代という言葉が石油ショック以来大変厳しく言われました。消費の奨励ということと貯蓄の奨励ということについて、七%経済成長する場合には民間個人消費が活発になってくれなくては困る。しかし、それが過去の高度経済成長時代と同じような消費のパターンで消費が増大するということは好ましくないのじゃないだろうか。ここら辺については、率直に申し上げましていろいろ悩んでおります。村本公述人の、消費というものと貯蓄というものとの関連、それから考え方等についてお教えいただきたい、こう思うわけであります。
その次は、国債引受団代表者としておいでいただいたわけでありますが、私たちまだ子供であったのですけれども、大東亜戦争中に戦時国債をずいぶん引き受けました。それが戦後のああいう一連の処置で有名無実になってしまったわけでありますが、最近、国債の膨大な発行をいたしておりますときに、年寄りの方に聞きますと、あの後遺症が残っておるようでございます。君たちが景気振興策にいろいろ国債制度をやるけれども、われわれはこういう苦い経験があるのだということを、お年寄りから聞くことがございます。今回、昭和四十一年以来いろいろなかっこうで国債を引き受けていただき、これを消化していただいておる代表団として、何かそういう大東亜戦争における戦時国債の打ち切り問題というのが今日の国債の消化に影響、後遺症があるかないか、もし後遺症があるとするならば政府はどういうPRをしなくちゃならないか、ここら辺についてお教えいただきたい。
以上、お願いします。
この発言だけを見る →時間が限られておりますので、私は主として村本公述人に二、三点お伺いさせていただきたいと思うわけでございます。
ことしの予算がねらっておるものは、第一点として、七%の成長をどうしても達成しなくてはならないということでございますが、当委員会においてもいろいろ議論になりましたのは、民間研究団体の経済成長率というものと政府が言っておる七%の間に相当な違いがある。ある研究団体は五・六%ぐらいだろう、あるところは五・三だ、あるいはあるところは六・一ぐらいになるんじゃないか、まあいろいろの数字が挙げられております。私たちは、総理が所得表明にも申されたように、民間資金まで総動員して七%経済成長を達成したい、こういうことでございますが、村本公述人の第一勧銀関係の研究所で、もしそういった問題についての調査研究が行われて、五十三年度のこの予算を見た上で七%達するか達しないかの調査研究が行われておるならば、ひとつその点についての御説明をお伺いいたしたい。これが第一点でございます。
それから第二点は、私たちは七%経済成長の中核としては、民間個人消費の増大というのが非常に叫ばれております。ところが反面、資源有限時代という言葉が石油ショック以来大変厳しく言われました。消費の奨励ということと貯蓄の奨励ということについて、七%経済成長する場合には民間個人消費が活発になってくれなくては困る。しかし、それが過去の高度経済成長時代と同じような消費のパターンで消費が増大するということは好ましくないのじゃないだろうか。ここら辺については、率直に申し上げましていろいろ悩んでおります。村本公述人の、消費というものと貯蓄というものとの関連、それから考え方等についてお教えいただきたい、こう思うわけであります。
その次は、国債引受団代表者としておいでいただいたわけでありますが、私たちまだ子供であったのですけれども、大東亜戦争中に戦時国債をずいぶん引き受けました。それが戦後のああいう一連の処置で有名無実になってしまったわけでありますが、最近、国債の膨大な発行をいたしておりますときに、年寄りの方に聞きますと、あの後遺症が残っておるようでございます。君たちが景気振興策にいろいろ国債制度をやるけれども、われわれはこういう苦い経験があるのだということを、お年寄りから聞くことがございます。今回、昭和四十一年以来いろいろなかっこうで国債を引き受けていただき、これを消化していただいておる代表団として、何かそういう大東亜戦争における戦時国債の打ち切り問題というのが今日の国債の消化に影響、後遺症があるかないか、もし後遺症があるとするならば政府はどういうPRをしなくちゃならないか、ここら辺についてお教えいただきたい。
以上、お願いします。
村
村本周三#10
○村本公述人 ただいまの加藤先生の御質問についてお答えいたしたいと思います。
第一点は、七%成長率ということについてどう考えるかということでございますが、第一勧業銀行といたしましては、成長率がこうだという数字を別に公表いたしておるわけではございません。しかし、もちろん内部で研究はいたしております。
率直に申し上げまして、一人のエコノミストとして考えますと、このたびの政府の七%成長という目標はなかなか並み並みならぬ努力を要するものだと考えております。
私どもがさように考えます点、特に政府のお見通しとの違いの一番大きな点は、設備投資それからまた個人消費がどのくらいふえるか、そして第三番目には住宅投資があれほどふえるであろうか、ふえることは申すまでもないけれども、あれほどふえるであろうかということの三点であろうかと思います。
私ども、設備投資につきましては、現在の需給ギャップということを考えますと、そのままにしておいて設備投資がふえていくとは思えないわけでございます。しかし、一方で現在、需要の拡大ということが国家として必要でありますならば、その需要がわれわれだけでなく、子々孫々に至るまで利益をもたらすようなことに使われるならば、それは結構であろうと思います。これが現在の、たとえば民間の電力がこれからだんだん必要になっていくことは明らかでございますから、需要を起こしても矛盾の起きないいまのうちにそういう設備投資をしっかりしておくのがいいということについては、私どももまことにそうだと思います。ただ、それだけで、ことし政府が目標としておられるような一〇%近い設備投資の増加が可能であるかどうか。われわれといたしましては、先ほどもお願いいたしましたように、予算を執行なさる過程におきまして、そしてまた、電力のそういった設備投資を実際に行っていく過程におきまして、いろいろな問題点があろうかと思いますが、そういう問題点に政府もお力をおかしいただきまして、何とかそういう点を克服していきたい、かように存じておるわけであります。
しかし、現在のいわばエコノミストとしての感じはそうであり、昨年の恐らく秋ごろまでの経済の推移を一応延長してお考えになった民間の見通しの発表が大部分であろうかと思いますが、そういう意味で、今回の五十三年度予算に対する政府の御決意、その円滑な執行による影響というものが、そういった民間の経済見通しをおつくりになった段階においては、まだそれほどはっきり感じておられなかったという面もあろうかと思います。しかし、金融界といたしましては、いまの見通しはと聞かれますれば、現在、日本にとって需要の拡大、そういった七%成長ということが非常に大事なことであります限り、それに対するいわばエコノミスト的な批判よりも、総理が言われるような、われわれもできる限りの御協力をして、何とか七%の成長に持っていきたい。
それには、現在まだ潮の流れが変わっているとは言えないと思います。潮はやはりいままでの悪い方向でございますが、昨年の暮れからの補正予算の執行その他に伴いまして、風の中に浮かんでおるストローと申しますか、それはあちらこちら、少しいままでの方向と違った風の吹き方もいたしております。たとえばセメントあるいはその他の公共事業関係の資材は、かなり在庫投資も進んでまいりましたし、状況が好転してきております。そういうことが全般的な景気の上昇に結びついて、政府がお考えになるような七%になれるかどうかということは、ここで在庫投資がどういうふうに進んでいき、在庫調整がどう行われるか、それとうまくつながって、十五カ月予算の執行が、中央政府として、また地方自治体と御一緒になられて、そして前倒しに行われて、みんなの気分が明るくなる、企業家の気持ちが明るくなれば、個人といたしましても、雇用の問題についてはるかに楽観的になれば、個人消費が増大していく、そういういいパターンの方に向かって変わっていける、そういうような現在の情勢であろうかと思います。
第二点は、先生御指摘の、一体個人投資はどのぐらいがいいのかという問題、これは大変倫理的な問題も含んでおりまして、どちらか申せば、われわれの方が先生方からお教えをいただきたいというような感じのことでございます。もちろん、日本は残念ながら資源に乏しい国でございます。しかしながら、勤勉な人間を持っておるという点で、われわれは世界の中でりっぱにやっていけるだけの力を持っておると思います。そういったりっぱにやっていけるだけの力の中で、できるだけ個人消費を向上さしていきたい。ただ、それはぜいたくな消費、使い捨てということではなくて、国民全般の福祉が上昇するという形で個人消費が進んで拡大していくのが望ましい、かように考えておる次第でございます。
第三番目の、戦時国債の後遺症はどうだろうかという御質問でございます。私、加藤先生よりも大分年をとっておりますので、戦争中は兵役にも徴集されましたし、それから、帰ってくるやたちまちいわゆる軍事国債の破棄ということでいろいろ苦労をした次第でございます。確かにそういったわれわれから上の年齢の方々の中には、戦争中は戦時国債を毎月毎月隣組経由で買わされて、結局パアになってえらい損したなあという思いが残ってないとは言えなかろうと思います。
ただ、現在の国債と当時の国債との問題は、当時は、一方で非常に多額の国債を発行いたしました。たしか昭和二十年におきましては、国家予算の公債依存度は四〇%を超えたと思います。そういうふうな巨額なインフレの種をまきながら、一方では物を非常にむだに戦争のために使っていた、どんどんぱちぱちで使っていたわけでありますから、その戦争が終わって、物と金というものの残りを計算いたしましたときに非常なアンバランスが生じていた、それがインフレーションのもとになったということが言えるのではなかろうかと思います。
それに対して、現在は原則として建設国債でございます。これはわれわれが子々孫々に至るまでその利益が残っていくような物を片一方で残しながらの国債の発行でございますから、そのこと自体は、私は戦争中のインフレ要因とはまるで違うと思います。
ただ、今回も出ておりますような特例国債、これはやはり経費として、いわば経常的支出として消えていくものでございますから、これが余り大きくなってはどうかと存ずる次第でございます。
政府は、昨年の補正後の最高二〇%をちょっと超えたのに対して、今後はそれ以下ということを歯どめとして、財政の節度を守り、かつ、なるべく早く赤字国債から脱却したいという御計画のように承っておりますが、その国債をわれわれとしてはお引き受けをし、また国民の方々に買っていただいて、しかし、その国民の方々が決して将来損をしたとお感じにはならないようにいたしたいというのがわれわれの社会的責任でございますから、どうか政府、国会の皆様方におかれましても、以上のようなつもりでこれからの国債政策、国債管理政策を進めていただきたい、かように存じておる次第でございます。
この発言だけを見る →第一点は、七%成長率ということについてどう考えるかということでございますが、第一勧業銀行といたしましては、成長率がこうだという数字を別に公表いたしておるわけではございません。しかし、もちろん内部で研究はいたしております。
率直に申し上げまして、一人のエコノミストとして考えますと、このたびの政府の七%成長という目標はなかなか並み並みならぬ努力を要するものだと考えております。
私どもがさように考えます点、特に政府のお見通しとの違いの一番大きな点は、設備投資それからまた個人消費がどのくらいふえるか、そして第三番目には住宅投資があれほどふえるであろうか、ふえることは申すまでもないけれども、あれほどふえるであろうかということの三点であろうかと思います。
私ども、設備投資につきましては、現在の需給ギャップということを考えますと、そのままにしておいて設備投資がふえていくとは思えないわけでございます。しかし、一方で現在、需要の拡大ということが国家として必要でありますならば、その需要がわれわれだけでなく、子々孫々に至るまで利益をもたらすようなことに使われるならば、それは結構であろうと思います。これが現在の、たとえば民間の電力がこれからだんだん必要になっていくことは明らかでございますから、需要を起こしても矛盾の起きないいまのうちにそういう設備投資をしっかりしておくのがいいということについては、私どももまことにそうだと思います。ただ、それだけで、ことし政府が目標としておられるような一〇%近い設備投資の増加が可能であるかどうか。われわれといたしましては、先ほどもお願いいたしましたように、予算を執行なさる過程におきまして、そしてまた、電力のそういった設備投資を実際に行っていく過程におきまして、いろいろな問題点があろうかと思いますが、そういう問題点に政府もお力をおかしいただきまして、何とかそういう点を克服していきたい、かように存じておるわけであります。
しかし、現在のいわばエコノミストとしての感じはそうであり、昨年の恐らく秋ごろまでの経済の推移を一応延長してお考えになった民間の見通しの発表が大部分であろうかと思いますが、そういう意味で、今回の五十三年度予算に対する政府の御決意、その円滑な執行による影響というものが、そういった民間の経済見通しをおつくりになった段階においては、まだそれほどはっきり感じておられなかったという面もあろうかと思います。しかし、金融界といたしましては、いまの見通しはと聞かれますれば、現在、日本にとって需要の拡大、そういった七%成長ということが非常に大事なことであります限り、それに対するいわばエコノミスト的な批判よりも、総理が言われるような、われわれもできる限りの御協力をして、何とか七%の成長に持っていきたい。
それには、現在まだ潮の流れが変わっているとは言えないと思います。潮はやはりいままでの悪い方向でございますが、昨年の暮れからの補正予算の執行その他に伴いまして、風の中に浮かんでおるストローと申しますか、それはあちらこちら、少しいままでの方向と違った風の吹き方もいたしております。たとえばセメントあるいはその他の公共事業関係の資材は、かなり在庫投資も進んでまいりましたし、状況が好転してきております。そういうことが全般的な景気の上昇に結びついて、政府がお考えになるような七%になれるかどうかということは、ここで在庫投資がどういうふうに進んでいき、在庫調整がどう行われるか、それとうまくつながって、十五カ月予算の執行が、中央政府として、また地方自治体と御一緒になられて、そして前倒しに行われて、みんなの気分が明るくなる、企業家の気持ちが明るくなれば、個人といたしましても、雇用の問題についてはるかに楽観的になれば、個人消費が増大していく、そういういいパターンの方に向かって変わっていける、そういうような現在の情勢であろうかと思います。
第二点は、先生御指摘の、一体個人投資はどのぐらいがいいのかという問題、これは大変倫理的な問題も含んでおりまして、どちらか申せば、われわれの方が先生方からお教えをいただきたいというような感じのことでございます。もちろん、日本は残念ながら資源に乏しい国でございます。しかしながら、勤勉な人間を持っておるという点で、われわれは世界の中でりっぱにやっていけるだけの力を持っておると思います。そういったりっぱにやっていけるだけの力の中で、できるだけ個人消費を向上さしていきたい。ただ、それはぜいたくな消費、使い捨てということではなくて、国民全般の福祉が上昇するという形で個人消費が進んで拡大していくのが望ましい、かように考えておる次第でございます。
第三番目の、戦時国債の後遺症はどうだろうかという御質問でございます。私、加藤先生よりも大分年をとっておりますので、戦争中は兵役にも徴集されましたし、それから、帰ってくるやたちまちいわゆる軍事国債の破棄ということでいろいろ苦労をした次第でございます。確かにそういったわれわれから上の年齢の方々の中には、戦争中は戦時国債を毎月毎月隣組経由で買わされて、結局パアになってえらい損したなあという思いが残ってないとは言えなかろうと思います。
ただ、現在の国債と当時の国債との問題は、当時は、一方で非常に多額の国債を発行いたしました。たしか昭和二十年におきましては、国家予算の公債依存度は四〇%を超えたと思います。そういうふうな巨額なインフレの種をまきながら、一方では物を非常にむだに戦争のために使っていた、どんどんぱちぱちで使っていたわけでありますから、その戦争が終わって、物と金というものの残りを計算いたしましたときに非常なアンバランスが生じていた、それがインフレーションのもとになったということが言えるのではなかろうかと思います。
それに対して、現在は原則として建設国債でございます。これはわれわれが子々孫々に至るまでその利益が残っていくような物を片一方で残しながらの国債の発行でございますから、そのこと自体は、私は戦争中のインフレ要因とはまるで違うと思います。
ただ、今回も出ておりますような特例国債、これはやはり経費として、いわば経常的支出として消えていくものでございますから、これが余り大きくなってはどうかと存ずる次第でございます。
政府は、昨年の補正後の最高二〇%をちょっと超えたのに対して、今後はそれ以下ということを歯どめとして、財政の節度を守り、かつ、なるべく早く赤字国債から脱却したいという御計画のように承っておりますが、その国債をわれわれとしてはお引き受けをし、また国民の方々に買っていただいて、しかし、その国民の方々が決して将来損をしたとお感じにはならないようにいたしたいというのがわれわれの社会的責任でございますから、どうか政府、国会の皆様方におかれましても、以上のようなつもりでこれからの国債政策、国債管理政策を進めていただきたい、かように存じておる次第でございます。
加
中
中野四郎#12
○中野委員長 藤田高敏君。
公述人の方にちょっと申し上げますが、実は十二時から本会議がありますので、本来はもっと懇切丁寧に伺いたいところですけれども、できるだけひとつ御協力を願いたいと存じます。
この発言だけを見る →公述人の方にちょっと申し上げますが、実は十二時から本会議がありますので、本来はもっと懇切丁寧に伺いたいところですけれども、できるだけひとつ御協力を願いたいと存じます。
藤
藤田高敏#13
○藤田(高)委員 三人の公述人の方には、すでにきわめて適切な御意見を聞かせていただきまして、私どもといたしましても非常に予算審議の参考になりましたことを、まずお礼を申し上げたいと思います。
きょうは非常に限られておりますので、私は名東公述人に限りまして質問をいたしたいと思います。
〔委員長退席、毛利委員長代理着席〕
その一つは、順序不同でございますが、先ほど公述されました御意見の中にもありましたが、いま五十三年度の予算審議を通じまして非常に大きな問題点の一つになっておりますのは公債償還の問題であります。なかんずく、この問題は、村本さんからも先ほど御指摘がございましたが、特に特例公債、赤字公債の具体的な償還をどうしていくのかということが一つの大きな問題になっております。
そこで、名東公述人にお尋ねをいたしたいのでありますが、この赤字国債を償還していくための具体的な条件あるいは基本的な財源というものは何に求めるべきであろうかということが一つであります。特に政府は財政収支試算表も出しておりますが、すでに御案内のとおりでございまして、これによりましても公債発行額累計額が五十三年度で赤字、建設両方合わせまして四十三兆円。これがいろいろなケースで試算をいたしておりますが、たとえばAのケースで言えば百二十三兆円、Eのケースで言っても九十兆円、これに対して赤字国債が累計額におきまして、赤字公債に依存した場合には五十三年度で累計額が十六兆円でありますが、これが五十七年度には六十兆円、増税依存型でいきましてもこれまた五十七年には三十兆円というような、そういう非常に大きな累積赤字ができるわけでありまして、この赤字公債を確実に消化していくということが、わが国国家財政の健全化のためにも非常に大事な問題だと思います。
そういう点で、いま申し上げた償還計画の柱ともすべきものは何であろうかということをお尋ねすると同時に、先生の方で、先ほどちょっと私聞き落としたのですが、十カ年か十五カ年計画で償還できるというような具体的な資料まで御用意であるかのごとく拝聴したわけでありますが、そういう適切な資料につきましては、簡単な説明を含めて、後ほど当委員会に対して資料を出していただきたい。このことを要望いたしておきたいと思います。
二つ目の問題は、これまた、先ほどから村本公述人を含めまして御意見のあったところでありますが、このたびの五十三年度の予算審議の中でこれまた一つの大きな柱になっておりますのは、今日の不況をいかにして解決するか、今日の不景気をいかにして解消するかということで、政府の方としては、言うまでもなく公共事業を中心に景気浮揚策を講じていきたい、私どもとしては、公共事業ももちろん大事だ、しかしながら、あわせて減税の効果というものもこれまた重要視すべきではなかろうかということで、減税問題につきまして私ども、並行的に景気回復策のてことすべきであるということを主張しておるわけであります。
そこでお尋ねいたしたいことは、最近、公共事業の景気に対する波及効果、乗数効果が、かつての高度成長時代とは違って下降カーブをとってきておるということが言われておりますが、この波及効果が公共事業と減税と比較してどういうものであろうか、このことをひとつ専門的にお教え願いたい。
この問題に関連する二つ目の質問は、政府は七%の成長率を目標にしておるわけですけれども、単純に考えましても、去年とことしを比較いたしますと、ことしは大学や高等学校、私立学校の授業料の値上げであるとか、あるいは社会保険また医療保険等の負担がふえるとか、あるいは国鉄料金の値上げとかという形で、相当負担増になるわけですね。そうすると、その分が個人消費に影響をしてくる。さすれば、この七%の目標を達成するためには個人消費の枠を拡大していくということが、これまた有力なてこにならなければならないわけでありますけれども、そういう負担増から来る個人消費に対するマイナスの影響といいますか足を引っ張る影響ですね、これを克服するためにも、やはりことしの場合は所得減税を中心とする減税がぜひ必要だと思いますが、そのあたりに対する見解。
いま一つは、これは全く党の方針というよりも私個人の意見でありますが、物価がたとえば五%以上、たとえば定期預金の利子以上上昇する場合には無条件で所得減税を行う、そういう一定の減税のルールを最低のールとしてつくるべきではないか、こういうふうに考えるわけでありますが、そのことに対する見解を教えていただきたいと思います。
三つ目の問題は、不公正税制の問題を先ほども御指摘になりましたけれども、私は、この不公正税制の問題は、増税か、しからずんば不公正税制の是正かという次元で議論をする以前に、今日の税体系のもとにおいて政治の基本は公平の原則、社会正義の原則によって貫かなければならない、そういう立場からも、たとえば政府が財政的に不如意だ、したがって、昨年の税制調査会が答申をいたしておりますような形で、たとえば一般消費税というような形で非常な大衆課税的な性格で増税をやろうといたしておりますが、その増税を抑えるための単なる手段ではなくて、それ以前の問題としてこの不公正税制の問題は取り上げられるべき課題ではなかろうか、こう思うわけでありますが、それに対する見解。
あわせて、先ほどの国債償還の問題とも関連をいたしますが、政府は、いまのこの赤字財政を建て直す有力な手段として、一般消費税を中心とする増税計画を考えておるわけでありますけれども、不公正税制の是正の中で具体的に何と何と何は何としても是正しなければならぬという、たとえば医師優遇税制の問題であるとか、利子配当の分離課税の廃止であるとか、あるいは交際費とか、各種準備金、引当金の是正の問題であるとか、そういう具体的な問題について御指摘いただければありがたい、こう思います。
最後に、いま一つの問題は一般消費税の問題でありますが、この一般消費税は、今日の経済的な条件の中でこの種の物価上昇の原因になり、そのことがひいては個人消費の足を引っ張るようなことになる、こういう個人消費税はデフレ的な効果はできても、いまの国が、私どもが求めようとする景気回復の方向には逆行する、そういう点からもこの一般消費税というものは新しくつくるべきでない、いわんや税の逆進性という税本来の矛盾からいっても採用すべきでないと私は思うわけでありますが、このあたりに対する見解を聞かしていただきたい。
以上でございます。
この発言だけを見る →きょうは非常に限られておりますので、私は名東公述人に限りまして質問をいたしたいと思います。
〔委員長退席、毛利委員長代理着席〕
その一つは、順序不同でございますが、先ほど公述されました御意見の中にもありましたが、いま五十三年度の予算審議を通じまして非常に大きな問題点の一つになっておりますのは公債償還の問題であります。なかんずく、この問題は、村本さんからも先ほど御指摘がございましたが、特に特例公債、赤字公債の具体的な償還をどうしていくのかということが一つの大きな問題になっております。
そこで、名東公述人にお尋ねをいたしたいのでありますが、この赤字国債を償還していくための具体的な条件あるいは基本的な財源というものは何に求めるべきであろうかということが一つであります。特に政府は財政収支試算表も出しておりますが、すでに御案内のとおりでございまして、これによりましても公債発行額累計額が五十三年度で赤字、建設両方合わせまして四十三兆円。これがいろいろなケースで試算をいたしておりますが、たとえばAのケースで言えば百二十三兆円、Eのケースで言っても九十兆円、これに対して赤字国債が累計額におきまして、赤字公債に依存した場合には五十三年度で累計額が十六兆円でありますが、これが五十七年度には六十兆円、増税依存型でいきましてもこれまた五十七年には三十兆円というような、そういう非常に大きな累積赤字ができるわけでありまして、この赤字公債を確実に消化していくということが、わが国国家財政の健全化のためにも非常に大事な問題だと思います。
そういう点で、いま申し上げた償還計画の柱ともすべきものは何であろうかということをお尋ねすると同時に、先生の方で、先ほどちょっと私聞き落としたのですが、十カ年か十五カ年計画で償還できるというような具体的な資料まで御用意であるかのごとく拝聴したわけでありますが、そういう適切な資料につきましては、簡単な説明を含めて、後ほど当委員会に対して資料を出していただきたい。このことを要望いたしておきたいと思います。
二つ目の問題は、これまた、先ほどから村本公述人を含めまして御意見のあったところでありますが、このたびの五十三年度の予算審議の中でこれまた一つの大きな柱になっておりますのは、今日の不況をいかにして解決するか、今日の不景気をいかにして解消するかということで、政府の方としては、言うまでもなく公共事業を中心に景気浮揚策を講じていきたい、私どもとしては、公共事業ももちろん大事だ、しかしながら、あわせて減税の効果というものもこれまた重要視すべきではなかろうかということで、減税問題につきまして私ども、並行的に景気回復策のてことすべきであるということを主張しておるわけであります。
そこでお尋ねいたしたいことは、最近、公共事業の景気に対する波及効果、乗数効果が、かつての高度成長時代とは違って下降カーブをとってきておるということが言われておりますが、この波及効果が公共事業と減税と比較してどういうものであろうか、このことをひとつ専門的にお教え願いたい。
この問題に関連する二つ目の質問は、政府は七%の成長率を目標にしておるわけですけれども、単純に考えましても、去年とことしを比較いたしますと、ことしは大学や高等学校、私立学校の授業料の値上げであるとか、あるいは社会保険また医療保険等の負担がふえるとか、あるいは国鉄料金の値上げとかという形で、相当負担増になるわけですね。そうすると、その分が個人消費に影響をしてくる。さすれば、この七%の目標を達成するためには個人消費の枠を拡大していくということが、これまた有力なてこにならなければならないわけでありますけれども、そういう負担増から来る個人消費に対するマイナスの影響といいますか足を引っ張る影響ですね、これを克服するためにも、やはりことしの場合は所得減税を中心とする減税がぜひ必要だと思いますが、そのあたりに対する見解。
いま一つは、これは全く党の方針というよりも私個人の意見でありますが、物価がたとえば五%以上、たとえば定期預金の利子以上上昇する場合には無条件で所得減税を行う、そういう一定の減税のルールを最低のールとしてつくるべきではないか、こういうふうに考えるわけでありますが、そのことに対する見解を教えていただきたいと思います。
三つ目の問題は、不公正税制の問題を先ほども御指摘になりましたけれども、私は、この不公正税制の問題は、増税か、しからずんば不公正税制の是正かという次元で議論をする以前に、今日の税体系のもとにおいて政治の基本は公平の原則、社会正義の原則によって貫かなければならない、そういう立場からも、たとえば政府が財政的に不如意だ、したがって、昨年の税制調査会が答申をいたしておりますような形で、たとえば一般消費税というような形で非常な大衆課税的な性格で増税をやろうといたしておりますが、その増税を抑えるための単なる手段ではなくて、それ以前の問題としてこの不公正税制の問題は取り上げられるべき課題ではなかろうか、こう思うわけでありますが、それに対する見解。
あわせて、先ほどの国債償還の問題とも関連をいたしますが、政府は、いまのこの赤字財政を建て直す有力な手段として、一般消費税を中心とする増税計画を考えておるわけでありますけれども、不公正税制の是正の中で具体的に何と何と何は何としても是正しなければならぬという、たとえば医師優遇税制の問題であるとか、利子配当の分離課税の廃止であるとか、あるいは交際費とか、各種準備金、引当金の是正の問題であるとか、そういう具体的な問題について御指摘いただければありがたい、こう思います。
最後に、いま一つの問題は一般消費税の問題でありますが、この一般消費税は、今日の経済的な条件の中でこの種の物価上昇の原因になり、そのことがひいては個人消費の足を引っ張るようなことになる、こういう個人消費税はデフレ的な効果はできても、いまの国が、私どもが求めようとする景気回復の方向には逆行する、そういう点からもこの一般消費税というものは新しくつくるべきでない、いわんや税の逆進性という税本来の矛盾からいっても採用すべきでないと私は思うわけでありますが、このあたりに対する見解を聞かしていただきたい。
以上でございます。
名
名東孝二#14
○名東公述人 まず最初の国債の問題でございますが、御指摘のように、五十三年度末の国債残高四十三兆円を含めまして公共債の予定九十五兆円でございますね。九十五兆円ということは、一億一千万で割ってみますと、子供、老人全部含めまして一人当たり九十万円の負担だと思うのです。そうしますと、九十万円としますと、四人家族であると仮定すると三百六十万円の負債ということになるわけです。いま現在の一世帯当たりの貯蓄額が大体三百万くらいだと聞いておるわけですが、そうしますとプラス・マイナス若干赤字じゃないか、国民の皆さん貯金したような気持ちになっているけれども、実際は赤字じゃないかと思うのですね。そういうことを考えますと、これは非常に大きな問題たらざるを得ないと考えるわけであります。したがって、私の見るところ、やはり調整インフレ、失礼な言い方かしれませんが、調整インフレにならざるを得ない。どうも村本さんがおって失礼でありますけれども、日本の財界というのは、やはりどうもインフレを好む体質があるんじゃないか。そういう過剰流動性のもとに、これから公共料金を初めとしていろいろなコストプッシュが起こって、やはりインフレ的になっていくことによって何か、実際は景気は上がってないのに、インフレのために上がった——いまそういう現象が出かかっているわけですが、何か物が上がってきてインフレになってくると助かったような気になるんじゃないか。そうすると、しばらくすると、これがまたがくっとくるんじゃないかということを心配しているわけです。いまここで喜んでいますと、またがくっとくるということを非常に心配しておるわけであります。
それに関連しまして、やはりこれから消費は多様化してまいりますね。多様化しますから、少なくとも今までの大量生産、大量販売というような形で産業界が伸びていくことはむずかしいですね。昔のように、大きいことはいいことだというわけではないので、スモール・イズ・ビューティフルで、やはり小さいことでないと、これからは産業界もなかなか生きていくことはむずかしいのではないでしょうか。
それから二番目の、ミックスポリシーですね。ミックスポリシーは、やはり常識としてあらゆる手段を誘導、動かすということになれば所得減税をやらざるを得ないということになるわけであります。御指摘のあった乗数は、いろいろな説がありまして、もちろん階層とか、たとえばいろいろな人々によって違いますし、業種によって違いますので、一概には言えませんが、大蔵省あたりは二五・一%が貯蓄率だということを言っています。ということは、貯蓄率の逆数でありますので、波及効果なんでありますから、波及効果ですから逆数になるわけです。だから、大蔵省のように二五%だということは、四分の一だということは、逆数の四倍だということになるわけで、かなり高くなるわけですね。大蔵省の御見解を私新聞で拝見しますと、どうもおかしいんですね。片っ方、公共投資は一兆四千億円以上、消費の方は一年度、最初の年というふうに限っておりますが八千億円、こういうふうに差別しておられるわけですが、しかし、二五%だということ自体は、もうすでに四倍の四兆円になるということを前提としていると言わざるを得ない。これは経済学の常識なんでして、大蔵省の言い方は、うまく最初の一年目というふうにちょっと逃げていますけれども、あればごまかしじゃないかと思うのです。
それから第三番目、不公平税制の問題でございますが、これは三つございます。私はきょう最初に、二兆円が何とか出るのではないかと申し上げたわけです。それは、個々に掲げまして、委員長さんに事前に提出しておきましたのですが、国民税調というのがございまして、これの作成したもの、昨年の末でございますが、これに私、一部手直しをしたのでございます。たとえば有価証券譲渡所得の、いわゆるキャピタルゲインの課税が入っていませんので、それを入れたり、多少手直ししたわけでございます。もちろん、社会診療報酬の廃止、それから有価証券取引税の引き上げとか、こういったようなもの、土地増価税は、非常に大きなものになると思うわけであります。御存じのように、大体いま土地の評価は四百三十兆円と言われていますから、三百兆値上がりしたとしたところで一%で三兆円ございますね。しかし、これは余り大き過ぎるから除外いたしまして、やはり内輪に見て、というのは、かなりこれを実施するとがくっと税収が減るんじゃないかということが言われていますので、かなり用心して控え目にとっているわけでございます。具体的には、最初申し上げましたように、やはり名目的にせよ、西ドイツのやったように富裕税を導入しまして、それで資産を洗い直してそれから優遇措置をかける、それから分離を直していくというふうにすれば、国民背番号なんというようなことをしなくたって済むのじゃないかと思うのですね。それで、大きなところさえ押さえてしまえばそれで事足りるんじゃないか、こういうふうに考えるわけであります。それで、優遇措置、分離課税、それから法人税はもちろん国際競争力がやはり必要なんでありまして、いまのように黒字のときは結構でありますが、万一赤字になり得ることもあるわけであります。そういたしますと、やはり国際競争力並み、国際並みの法人税にするということが各国の納得を得る道だ、こう考えております。
それから二番目は、徴税上の不公平でございますが、これはちょっと小さい声で言った方がいいと思うのですが、トーゴーサンピンと言われておりまして、トーゴーサンピンのピンは政治資金でございましてね。もちろんいろいろな不公平が言われておりますが、しかし、どうもわれわれみたいな素人の方からしますと、はなはだ言いにくいわけでありますが、やはり政治資金がいろいろな名目がつけられ、りっぱな、通過理論だとかいろいろな名前の理論がつけられて、まことに結構だと思うのです。しかしその点は、やはりお手本を示していただく。お手本を示していただくということが大事なんでありまして、私なんか多少雑所得をいただいて、半分ほど持っていかれるわけでございますので、どうも皆さん方も御協力を願った方がいいのじゃないか。こういうふうに、失礼でございますが……。
第三番目は、税金使途、使い道でございます。これはやはりかなり産業優先生言われております。したがって、生活優先というのは少しどうかと思いますけれども、やはりアンバランスをだんだんとなくしていただくということが重税感をなくする道じゃないかと思うのです。そういう意味で、課税上と徴税上と税金の使い道、この三点が重税感の出どころである、こういうふうにわれわれ考えておりますので、よろしくお願い申し上げます。
それで、時間の関係で、最後の一般消費税の問題でございますが、これはいま御指摘のように確かに逆進性がありますし、かなりいろいろな問題があるわけでございます。ところが、私の調べたところによりますと、これをやりますとかなり簡単に取れるんですね。たとえば五十一年度全産業の粗利益、いま大蔵省が考えておりますのは粗利益に課税しようという考え方のように思いますが、粗利益の合計額が五十五兆円、といいますのは、年間の売上高が五百兆ございますので、それの一一%、これは三菱総研の企業経営の分析からとったわけです。そうしますと、五十五兆円の粗利益に対しまして一〇%の課税の税率にしますと、それで五兆五千億、これはかなり巨額の金が出てくるので、それで、やはり大蔵省さんを初めとしてこういったような大きなものが完全に取れるということ、それから、いま私が申し上げていますように、大企業とか、別に恨みはないのですが有資産の方々、お金持ちの方々の抵抗ということを考えますと、どうもよほどしっかり為政者の方々にがんばっていただかないと、やはり誘惑に負けて、簡単に取りやすい方から取ろうということになるおそれがないとはいえないと考えているわけであります。しかし、きょうはおかげで発言させていただいておりますが、一般には、物言わない消費者とか大衆の利害というものは、これを長く阻害いたしますと、必ずやそういったような制度は崩壊するということは、これは歴史の教えるところであると思います。そういう意味におきまして、このりっぱな、非常に得がたい日本の民主主義を長く永続するためには、やはり言葉の単なる意味の革新じゃなくして、実際上のイノベーションをやっていただく、これは単なるイデオロギーにとらわれずに、やはり着実なイノベーションをやっていただく以外には民主主義は生き残っていくことはできないのじゃないか、こういうことを特にお願い申し上げたいと思います。
失礼しました。
この発言だけを見る →それに関連しまして、やはりこれから消費は多様化してまいりますね。多様化しますから、少なくとも今までの大量生産、大量販売というような形で産業界が伸びていくことはむずかしいですね。昔のように、大きいことはいいことだというわけではないので、スモール・イズ・ビューティフルで、やはり小さいことでないと、これからは産業界もなかなか生きていくことはむずかしいのではないでしょうか。
それから二番目の、ミックスポリシーですね。ミックスポリシーは、やはり常識としてあらゆる手段を誘導、動かすということになれば所得減税をやらざるを得ないということになるわけであります。御指摘のあった乗数は、いろいろな説がありまして、もちろん階層とか、たとえばいろいろな人々によって違いますし、業種によって違いますので、一概には言えませんが、大蔵省あたりは二五・一%が貯蓄率だということを言っています。ということは、貯蓄率の逆数でありますので、波及効果なんでありますから、波及効果ですから逆数になるわけです。だから、大蔵省のように二五%だということは、四分の一だということは、逆数の四倍だということになるわけで、かなり高くなるわけですね。大蔵省の御見解を私新聞で拝見しますと、どうもおかしいんですね。片っ方、公共投資は一兆四千億円以上、消費の方は一年度、最初の年というふうに限っておりますが八千億円、こういうふうに差別しておられるわけですが、しかし、二五%だということ自体は、もうすでに四倍の四兆円になるということを前提としていると言わざるを得ない。これは経済学の常識なんでして、大蔵省の言い方は、うまく最初の一年目というふうにちょっと逃げていますけれども、あればごまかしじゃないかと思うのです。
それから第三番目、不公平税制の問題でございますが、これは三つございます。私はきょう最初に、二兆円が何とか出るのではないかと申し上げたわけです。それは、個々に掲げまして、委員長さんに事前に提出しておきましたのですが、国民税調というのがございまして、これの作成したもの、昨年の末でございますが、これに私、一部手直しをしたのでございます。たとえば有価証券譲渡所得の、いわゆるキャピタルゲインの課税が入っていませんので、それを入れたり、多少手直ししたわけでございます。もちろん、社会診療報酬の廃止、それから有価証券取引税の引き上げとか、こういったようなもの、土地増価税は、非常に大きなものになると思うわけであります。御存じのように、大体いま土地の評価は四百三十兆円と言われていますから、三百兆値上がりしたとしたところで一%で三兆円ございますね。しかし、これは余り大き過ぎるから除外いたしまして、やはり内輪に見て、というのは、かなりこれを実施するとがくっと税収が減るんじゃないかということが言われていますので、かなり用心して控え目にとっているわけでございます。具体的には、最初申し上げましたように、やはり名目的にせよ、西ドイツのやったように富裕税を導入しまして、それで資産を洗い直してそれから優遇措置をかける、それから分離を直していくというふうにすれば、国民背番号なんというようなことをしなくたって済むのじゃないかと思うのですね。それで、大きなところさえ押さえてしまえばそれで事足りるんじゃないか、こういうふうに考えるわけであります。それで、優遇措置、分離課税、それから法人税はもちろん国際競争力がやはり必要なんでありまして、いまのように黒字のときは結構でありますが、万一赤字になり得ることもあるわけであります。そういたしますと、やはり国際競争力並み、国際並みの法人税にするということが各国の納得を得る道だ、こう考えております。
それから二番目は、徴税上の不公平でございますが、これはちょっと小さい声で言った方がいいと思うのですが、トーゴーサンピンと言われておりまして、トーゴーサンピンのピンは政治資金でございましてね。もちろんいろいろな不公平が言われておりますが、しかし、どうもわれわれみたいな素人の方からしますと、はなはだ言いにくいわけでありますが、やはり政治資金がいろいろな名目がつけられ、りっぱな、通過理論だとかいろいろな名前の理論がつけられて、まことに結構だと思うのです。しかしその点は、やはりお手本を示していただく。お手本を示していただくということが大事なんでありまして、私なんか多少雑所得をいただいて、半分ほど持っていかれるわけでございますので、どうも皆さん方も御協力を願った方がいいのじゃないか。こういうふうに、失礼でございますが……。
第三番目は、税金使途、使い道でございます。これはやはりかなり産業優先生言われております。したがって、生活優先というのは少しどうかと思いますけれども、やはりアンバランスをだんだんとなくしていただくということが重税感をなくする道じゃないかと思うのです。そういう意味で、課税上と徴税上と税金の使い道、この三点が重税感の出どころである、こういうふうにわれわれ考えておりますので、よろしくお願い申し上げます。
それで、時間の関係で、最後の一般消費税の問題でございますが、これはいま御指摘のように確かに逆進性がありますし、かなりいろいろな問題があるわけでございます。ところが、私の調べたところによりますと、これをやりますとかなり簡単に取れるんですね。たとえば五十一年度全産業の粗利益、いま大蔵省が考えておりますのは粗利益に課税しようという考え方のように思いますが、粗利益の合計額が五十五兆円、といいますのは、年間の売上高が五百兆ございますので、それの一一%、これは三菱総研の企業経営の分析からとったわけです。そうしますと、五十五兆円の粗利益に対しまして一〇%の課税の税率にしますと、それで五兆五千億、これはかなり巨額の金が出てくるので、それで、やはり大蔵省さんを初めとしてこういったような大きなものが完全に取れるということ、それから、いま私が申し上げていますように、大企業とか、別に恨みはないのですが有資産の方々、お金持ちの方々の抵抗ということを考えますと、どうもよほどしっかり為政者の方々にがんばっていただかないと、やはり誘惑に負けて、簡単に取りやすい方から取ろうということになるおそれがないとはいえないと考えているわけであります。しかし、きょうはおかげで発言させていただいておりますが、一般には、物言わない消費者とか大衆の利害というものは、これを長く阻害いたしますと、必ずやそういったような制度は崩壊するということは、これは歴史の教えるところであると思います。そういう意味におきまして、このりっぱな、非常に得がたい日本の民主主義を長く永続するためには、やはり言葉の単なる意味の革新じゃなくして、実際上のイノベーションをやっていただく、これは単なるイデオロギーにとらわれずに、やはり着実なイノベーションをやっていただく以外には民主主義は生き残っていくことはできないのじゃないか、こういうことを特にお願い申し上げたいと思います。
失礼しました。
藤
藤田高敏#15
○藤田(高)委員 一言だけ。要望ですけれども、公述人からお話がありましたように、委員長の手元に何か試算を出された資料があるようでございますが、これはぜひひとつ全委員に配付していただくようにお取り計らいを願いたい。
そして、もう時間がありませんので、これは公述人に対する要望でありますが、公述人として自主的に専門家の立場で赤字公債の償還についての一つの試算的なもの、そういうものがございましたらひとつお出しいただければありがたい。よろしくお願いしたいと思います。
委員長、前段の方はよろしいですね。
この発言だけを見る →そして、もう時間がありませんので、これは公述人に対する要望でありますが、公述人として自主的に専門家の立場で赤字公債の償還についての一つの試算的なもの、そういうものがございましたらひとつお出しいただければありがたい。よろしくお願いしたいと思います。
委員長、前段の方はよろしいですね。
毛
川
川俣健二郎#17
○川俣委員 皆さん、御苦労さんでございました。
私は特に、目の不自由なところを大阪からわざわざおいでくださいました楠先生に端的に伺って終わりたいと思います。
障害者、障害児、これは大変長い間社会労働委員会を中心にして論議し、制度化されて今日に来たわけですが、特に点字でその当該者に訴えられると、かなり認識も新たにしましたし、何かさっき込み上げてくるものを感じたわけです。
そこで、先生の訴えの一貫して流れる思想は、世間の目が、社会が、同情から始まって、隔離し、そして保護に終わって恵みで終わるという、一般との取り扱いの差別に強く抗議を含めたような訴えでありました。
〔毛利委員長代理退席、委員長着席〕
そこで、時間がございませんから、生活保障、いわゆる生活権と雇用保障、労働権については、全く先生のおっしゃられる方向で私たちも主張しておるわけでございます。そこで、障害者の教育、それから障害者と交通、その他と三つに分けて伺います。
御案内のように、この間も総括質問で、わが党の多賀谷書記長から国際人権規約について聞かれ、私自身も文部省の考え方をそれに絡んで伺ったわけです。というのは、一九六二年にもう効力を発したユネスコ条約の教育における差別待遇の防止に関する条約がなぜ日本で批准できないのか、こういう問題と非常に絡みがありますから、あえて伺うわけです。日本の国の戦後の学校教育法が二十二年四月一日に施行されて、早くも翌年の二十三年四月一日には、盲学校、聾学校は政令で決められて実施しておるわけです。ところが、どういうわけか養護学校だけはついつい延び延びになって、いよいよ来年の四月一日から施行する。先生が、何ら国会で論議されてないんじゃないか、こうおっしゃるのですが、文部省の言い分は、もう四十八年十一月二十日に政令決定、直ちに通達ということで出しておるということで片づけようとしておるわけでございます。私たち政治の場において制度をつくる者から言わせると、教育の義務化ということであるから、養護学校というものを障害者、障害児にそれを開校するのだ。ところが先生のおっしゃるのは、義務化はわかるが、一般の学校に行っている障害者、障害児まででき上がった養護学校の方に追い出すというのは分類就学の強制ということで、これはちょっと義務化との関係がかみ合わないんじゃないかと訴えられておるようですが、その辺、いま少し聞かしてもらいたいと思います。
さて、教育の二つ目ですが、とは言うものの、それじゃ一般の私たち、特に制度をつくる場にいる者から言わせれば、重度の障害児、寝たきりというか重度の障害児を一般の教育の場に入れる方が社会福祉的な政治なのか、その辺なんです。そして、それまでやはり義務化した方がいいのかどうか。その辺、特に先生は全国でただお一人だと思うのですが、目が不自由で国公立のしかも語学の先生をやっておられるというから、当該者で一般の人方に教えられておる、その触れ合いを述べていただきたいと思います。
それから二つ目ですが、障害者と交通、これはかなり社会問題化してまいりました。車いすの問題でも、金沢なり川崎なり横浜、ついこの間も横浜で、バスの乗車をめぐるトラブルがございました。いまどき職安が障害者用のトイレをあえてつくる。上野駅なんかもぼつぼつ出てきたわけですが、国会なんかは、その当該者が議員になると直ちにさっとやる。ところが一般はなかなか普及できないというのを訴えようとしておるのか。それから、先ほど申し上げました車いすとバスの乗車をめぐる自治体との競合の関係だろうと思うのですが、その辺、もう少し聞かしてもらいたいと思うのでございます。プラットホームで転落して亡くなったというのはここ三年で、私の記憶では八人から九人も数えるようでございますから、その辺も含めて……。
それから、いろいろと伺いたいのですが、時間がございません。本会議もあるようでございますので、もう一点、その他ですが、特に先生は、これは予算とは関係ないがと、仙台の仲間の赤堀さんのことを訴えられましたが、その問題は大変大きな問題ですから、この場ではそう簡単に片づかないと思います。ただ、この予算委員会なり予算委員長の裁量でできる、たとえばさっき点字で——一般の人方と違うところは点字で国会に陳述される。それじゃ仲間の皆さん方はどういうことを訴えられて、どのような場面であったかということを知りたいのだと思います。それに対する何か要望などありましたら……。
以上、大きく分けて三つ、それぞれ中身も含めると六つになるわけですが、もう少しお聞かせ願いたいと思います。
この発言だけを見る →私は特に、目の不自由なところを大阪からわざわざおいでくださいました楠先生に端的に伺って終わりたいと思います。
障害者、障害児、これは大変長い間社会労働委員会を中心にして論議し、制度化されて今日に来たわけですが、特に点字でその当該者に訴えられると、かなり認識も新たにしましたし、何かさっき込み上げてくるものを感じたわけです。
そこで、先生の訴えの一貫して流れる思想は、世間の目が、社会が、同情から始まって、隔離し、そして保護に終わって恵みで終わるという、一般との取り扱いの差別に強く抗議を含めたような訴えでありました。
〔毛利委員長代理退席、委員長着席〕
そこで、時間がございませんから、生活保障、いわゆる生活権と雇用保障、労働権については、全く先生のおっしゃられる方向で私たちも主張しておるわけでございます。そこで、障害者の教育、それから障害者と交通、その他と三つに分けて伺います。
御案内のように、この間も総括質問で、わが党の多賀谷書記長から国際人権規約について聞かれ、私自身も文部省の考え方をそれに絡んで伺ったわけです。というのは、一九六二年にもう効力を発したユネスコ条約の教育における差別待遇の防止に関する条約がなぜ日本で批准できないのか、こういう問題と非常に絡みがありますから、あえて伺うわけです。日本の国の戦後の学校教育法が二十二年四月一日に施行されて、早くも翌年の二十三年四月一日には、盲学校、聾学校は政令で決められて実施しておるわけです。ところが、どういうわけか養護学校だけはついつい延び延びになって、いよいよ来年の四月一日から施行する。先生が、何ら国会で論議されてないんじゃないか、こうおっしゃるのですが、文部省の言い分は、もう四十八年十一月二十日に政令決定、直ちに通達ということで出しておるということで片づけようとしておるわけでございます。私たち政治の場において制度をつくる者から言わせると、教育の義務化ということであるから、養護学校というものを障害者、障害児にそれを開校するのだ。ところが先生のおっしゃるのは、義務化はわかるが、一般の学校に行っている障害者、障害児まででき上がった養護学校の方に追い出すというのは分類就学の強制ということで、これはちょっと義務化との関係がかみ合わないんじゃないかと訴えられておるようですが、その辺、いま少し聞かしてもらいたいと思います。
さて、教育の二つ目ですが、とは言うものの、それじゃ一般の私たち、特に制度をつくる場にいる者から言わせれば、重度の障害児、寝たきりというか重度の障害児を一般の教育の場に入れる方が社会福祉的な政治なのか、その辺なんです。そして、それまでやはり義務化した方がいいのかどうか。その辺、特に先生は全国でただお一人だと思うのですが、目が不自由で国公立のしかも語学の先生をやっておられるというから、当該者で一般の人方に教えられておる、その触れ合いを述べていただきたいと思います。
それから二つ目ですが、障害者と交通、これはかなり社会問題化してまいりました。車いすの問題でも、金沢なり川崎なり横浜、ついこの間も横浜で、バスの乗車をめぐるトラブルがございました。いまどき職安が障害者用のトイレをあえてつくる。上野駅なんかもぼつぼつ出てきたわけですが、国会なんかは、その当該者が議員になると直ちにさっとやる。ところが一般はなかなか普及できないというのを訴えようとしておるのか。それから、先ほど申し上げました車いすとバスの乗車をめぐる自治体との競合の関係だろうと思うのですが、その辺、もう少し聞かしてもらいたいと思うのでございます。プラットホームで転落して亡くなったというのはここ三年で、私の記憶では八人から九人も数えるようでございますから、その辺も含めて……。
それから、いろいろと伺いたいのですが、時間がございません。本会議もあるようでございますので、もう一点、その他ですが、特に先生は、これは予算とは関係ないがと、仙台の仲間の赤堀さんのことを訴えられましたが、その問題は大変大きな問題ですから、この場ではそう簡単に片づかないと思います。ただ、この予算委員会なり予算委員長の裁量でできる、たとえばさっき点字で——一般の人方と違うところは点字で国会に陳述される。それじゃ仲間の皆さん方はどういうことを訴えられて、どのような場面であったかということを知りたいのだと思います。それに対する何か要望などありましたら……。
以上、大きく分けて三つ、それぞれ中身も含めると六つになるわけですが、もう少しお聞かせ願いたいと思います。
中
楠
楠敏雄#19
○楠公述人 まず一点目の教育の問題ですけれども、私自身が目が見えない者として初めて国公立の教壇に立ったわけですけれども、この場合、最初まず、教員採用試験を受けるという段階で教育委員会でシャットアウトをされたわけです。目の見えない人は採用できない、採用するはずがないので試験も受けさしてもらえないということで拒否をされたわけです。また受け入れる際にも、たとえば現場の先生方の間からいろいろと、目の見えない人がちゃんと教育できるのか、あるいは自分たちの労働強化にならないかというふうな形で反発も出たわけです。私自身も、目の見える人たちの前で教壇に立つことの不安ということは非常に大きかったわけですけれども、そういう中で、教育の現場に立ってみてつくづく感じているのが、小学校あるいは中学校からの教育がきわめてお粗末であって、その中でいわば落ちこぼされてきた、落とされてきた生徒たちがたくさんいる。私のクラスにも、高校二年、三年でまだABCが書けない生徒もいるわけで、それは決して本人の責任ではないし、やはりごく一部の人たちだけに焦点を合わせてきた教育の結果ではないか。それは私自身が目が見えないという立場で、この置いてきぼりの教育、人をけ落とす教育のいやらしさというものをつくづく痛感しているわけです。現在私は、生徒たちに協力してもらいながら、たとえば黒板に字を書く、板書ですね、これに関しても、生徒に協力してもらって書いてもらう、あるいは送り迎えをしてもらうという関係で、ともに教育を進めていくということを通じて多少なりとも教育のあり方を変えていきたいというふうに考えているわけです。
さらに義務化の問題で、とりわけ重度、重症と言われる子供たちの問題はどうなのかということですけれども、もちろん、何人たりとも義務教育の義務があるとしなければならないはずです。これは憲法にも教育基本法にもうたわれていることですし、これは絶対に実現されるべきだ。
もう一つは、それでは養護学校へ行かなければならないというふうに義務化するのかどうかという問題です。現在大阪ではすでに、車いすの障害者や寝たきりの障害者が十名以上、地域の普通の学校でみんなと一緒に勉強している。ある教室では、教室に畳を敷いて寝たきりの障害児の場を確保している。そういう中で一般の子供たちが、たとえば、早く算数の計算ができた子供がこういった重度の障害児に協力して、一緒になって計算をしようとする。そのことですぐにその障害児が数を覚えるということではないにしても、彼の表情が非常に生き生きとしてきている。こういう報告が数々出てきているわけです。そういう中で、行くべきであるとか行くべきでないという規定を法律や行政がするのではなしに、本人や親の希望というもの、地域でみんなと一緒に生きていきたいという希望をやはり尊重すべきだということを、あえて追加して申し上げておきたいと思います。
時間がありませんので簡単に申し上げますけれども、交通の問題です。
車いすに乗ってバスに乗車すること、電車に乗車することに対して、さまざまな拒否が起こっています。この問題が起こったときに、問題を起こした障害者の側に、とんでもない障害者だ、乱暴なことをしているというふうな批判として返っていますけれども、なぜああいう行動をとらざるを得なかったのかという背景をむしろ深刻に考え直していただきたい。障害者が一人の人間として、映画を見たい、外へ出たいといってバスを利用しようとした、タクシーでは乗車拒否をされるということでバスを利用しようとしたときに、車いすは乗るなとか折り畳んで乗れというふうな決めつけをされてくる、こういうことに対する怒りのあらわれであるということをぜひとも受けとめていただいて、一日も早く関係当局で障害者の乗車を認める、そのための具体的な施策に関しても早急に講じていただきたい。
さらに、目の見えない人が二人に一人は駅のプラットホームから落下している実例があるわけなんです。実際に、先ほども言われましたように、もう十人近くが生命を奪われている。私も落ちた経験がありますけれども、幸い電車が来なかったので現在ここにこうしています。そういう、われわれにとってはいわば欄干のない橋を歩いているに等しいプラットホームの現状に対して、一日も早く安全対策を講じてもらわなければならないわけですけれども、国鉄は、赤字だ、あるいは障害者に対する設備はサービスでやっているんだという発言をしかせずに、一向に抜本的な対策を講じようとしないということに対して、われわれは本当に命がけでプラットホーム、交通機関を利用しているんだということを、ここで強く訴えておきたいと思います。
簡単ですけれども、終わらしていただきたいと思います。
この発言だけを見る →さらに義務化の問題で、とりわけ重度、重症と言われる子供たちの問題はどうなのかということですけれども、もちろん、何人たりとも義務教育の義務があるとしなければならないはずです。これは憲法にも教育基本法にもうたわれていることですし、これは絶対に実現されるべきだ。
もう一つは、それでは養護学校へ行かなければならないというふうに義務化するのかどうかという問題です。現在大阪ではすでに、車いすの障害者や寝たきりの障害者が十名以上、地域の普通の学校でみんなと一緒に勉強している。ある教室では、教室に畳を敷いて寝たきりの障害児の場を確保している。そういう中で一般の子供たちが、たとえば、早く算数の計算ができた子供がこういった重度の障害児に協力して、一緒になって計算をしようとする。そのことですぐにその障害児が数を覚えるということではないにしても、彼の表情が非常に生き生きとしてきている。こういう報告が数々出てきているわけです。そういう中で、行くべきであるとか行くべきでないという規定を法律や行政がするのではなしに、本人や親の希望というもの、地域でみんなと一緒に生きていきたいという希望をやはり尊重すべきだということを、あえて追加して申し上げておきたいと思います。
時間がありませんので簡単に申し上げますけれども、交通の問題です。
車いすに乗ってバスに乗車すること、電車に乗車することに対して、さまざまな拒否が起こっています。この問題が起こったときに、問題を起こした障害者の側に、とんでもない障害者だ、乱暴なことをしているというふうな批判として返っていますけれども、なぜああいう行動をとらざるを得なかったのかという背景をむしろ深刻に考え直していただきたい。障害者が一人の人間として、映画を見たい、外へ出たいといってバスを利用しようとした、タクシーでは乗車拒否をされるということでバスを利用しようとしたときに、車いすは乗るなとか折り畳んで乗れというふうな決めつけをされてくる、こういうことに対する怒りのあらわれであるということをぜひとも受けとめていただいて、一日も早く関係当局で障害者の乗車を認める、そのための具体的な施策に関しても早急に講じていただきたい。
さらに、目の見えない人が二人に一人は駅のプラットホームから落下している実例があるわけなんです。実際に、先ほども言われましたように、もう十人近くが生命を奪われている。私も落ちた経験がありますけれども、幸い電車が来なかったので現在ここにこうしています。そういう、われわれにとってはいわば欄干のない橋を歩いているに等しいプラットホームの現状に対して、一日も早く安全対策を講じてもらわなければならないわけですけれども、国鉄は、赤字だ、あるいは障害者に対する設備はサービスでやっているんだという発言をしかせずに、一向に抜本的な対策を講じようとしないということに対して、われわれは本当に命がけでプラットホーム、交通機関を利用しているんだということを、ここで強く訴えておきたいと思います。
簡単ですけれども、終わらしていただきたいと思います。
中
広
広沢直樹#21
○広沢委員 公述人の皆さんには、貴重な御意見を拝聴させていただきまして、大変御苦労さまでございます。
多岐にわたっておりますのでいろいろお伺いしたいことがございますが、時間がございませんので、私はまず村本公述人に一、二点お伺いしたいと思います。
本日は国債引受団の代表という立場でございますし、また一方では金融機関の代表の立場にいらっしゃるわけでございます。
そこで一つは、いわば国債を抱いた経済から国債に抱かれた経済、大蔵省の先ごろ出されました試算を見ましても、五十七年度にはGNPに対する依存度が約二八%程度になるということですから、大変な状況であります。こういう問題は金融構造に相当大きな影響を与えてくるだろうと思いますし、こういう大量国債の発行が不可避な情勢の中で、財政と金融あるいは国債と金融構造だとか、あるいは金融市場の問題、あるいは国債の引き受け、市中消化の問題、こういったたくさんの問題がございます。
中でもきょうお伺いしておきたいのは、いわゆる大量国債がどんどん出されていくことについては、国会の論議の中でも、何らかの歯どめが必要じゃないかという話がありました。その歯どめとして、政府はこれまで、政府の財政運営の節度として、予算に占める割合は三〇%程度、こういうことだったんでございます。しかし、それはそれなりに運営の節度としては結構なんですが、そうそれが大きな意味合いを持っているものではございませんで、今日のような経済情勢ではこれの枠はとうに超えてしまうということになりました。そこで、公述人もちょっと触れておられましたように、赤字の国債については二〇%以下と政府は言っておるからそれをめどの運営が必要じゃないか、こうおっしゃるのですが、しかし、これはあくまでもめどでございまして、実際の運用上は、今日の経済に見られるようにこれを超えてしまうわけですね。
そこで、国債の節度として最も大事なのは、市場メカニズムを活用しなければならぬということであります。そうなりますと、諸外国でも取り入れられておりますように、いわゆる競争入札方式というのもございましょう。一遍には持っていけません。きょうは議論できませんので簡単に申しておきますが、そこでまず、無理なくやっていくとすれば段階的にやらなければいけない。その一つが、公述人も触れておられた市場実勢を反映した発行条件、これを設定することである、これはそのとおりでございます。それからもう一つは、国債の種類の多様化を図っていかなければいけない。いわゆる商品の多様化でございますね。これについてはどういうふうにお考えになっておるか。わが国は御承知のように二通りしかございません。そしてまた、割引国債についても発行限度が三千億というふうに一つの枠が入っておりますね。そういうことで、これを市場の自主性に任していこうというのも一つ問題であろうかと思います。
それからもう一つは、流通市場の多様化の問題にも触れておられましたが、これもやはり窓口を広げていく以外にないだろうという議論がございます。この点もシ団の中でいろいろな御意見がおありなようで、その方向はどうなるか。まず段階としては、こういったところから市場のメカニズムに任した形を進めていく以外にないのじゃないかと思いますが、この点、どうお考えになるか。
それからもう一点は、今度は金融機関の立場でございますが、先ほどもお話がございましたように、政府の経済見通しが出ております。それで各民間経済機関の見通しが出ておりますが、いつもお出しになる金融機関の経済見通しが、今度は発表されておりません。いろいろなお気遣いがあったのかもしれませんけれども、今回の政府見通しの七%あるいは経常収支を減らすという問題についても、これは単なる見通しというよりも、いまは内外ともにどうしてもやっていかなければならない一つの目標になっているわけでございます。したがって、今度の予算委員会でもそのことが一つの大きな焦点として論議されているわけでございますが、やはり経済の動きについては、当然金融機関としても適切な判断というものを持っていらっしゃらなければならない。そういう意味で経済見通しをお出しいただけないだろうか、こういうことでございます。もしそれをお出しいただけないということになれば、何かの御配慮があるのかどうか、この点も重ねてお伺いしておきたいと思います。簡単でありますが、よろしくお願いいたします。
この発言だけを見る →多岐にわたっておりますのでいろいろお伺いしたいことがございますが、時間がございませんので、私はまず村本公述人に一、二点お伺いしたいと思います。
本日は国債引受団の代表という立場でございますし、また一方では金融機関の代表の立場にいらっしゃるわけでございます。
そこで一つは、いわば国債を抱いた経済から国債に抱かれた経済、大蔵省の先ごろ出されました試算を見ましても、五十七年度にはGNPに対する依存度が約二八%程度になるということですから、大変な状況であります。こういう問題は金融構造に相当大きな影響を与えてくるだろうと思いますし、こういう大量国債の発行が不可避な情勢の中で、財政と金融あるいは国債と金融構造だとか、あるいは金融市場の問題、あるいは国債の引き受け、市中消化の問題、こういったたくさんの問題がございます。
中でもきょうお伺いしておきたいのは、いわゆる大量国債がどんどん出されていくことについては、国会の論議の中でも、何らかの歯どめが必要じゃないかという話がありました。その歯どめとして、政府はこれまで、政府の財政運営の節度として、予算に占める割合は三〇%程度、こういうことだったんでございます。しかし、それはそれなりに運営の節度としては結構なんですが、そうそれが大きな意味合いを持っているものではございませんで、今日のような経済情勢ではこれの枠はとうに超えてしまうということになりました。そこで、公述人もちょっと触れておられましたように、赤字の国債については二〇%以下と政府は言っておるからそれをめどの運営が必要じゃないか、こうおっしゃるのですが、しかし、これはあくまでもめどでございまして、実際の運用上は、今日の経済に見られるようにこれを超えてしまうわけですね。
そこで、国債の節度として最も大事なのは、市場メカニズムを活用しなければならぬということであります。そうなりますと、諸外国でも取り入れられておりますように、いわゆる競争入札方式というのもございましょう。一遍には持っていけません。きょうは議論できませんので簡単に申しておきますが、そこでまず、無理なくやっていくとすれば段階的にやらなければいけない。その一つが、公述人も触れておられた市場実勢を反映した発行条件、これを設定することである、これはそのとおりでございます。それからもう一つは、国債の種類の多様化を図っていかなければいけない。いわゆる商品の多様化でございますね。これについてはどういうふうにお考えになっておるか。わが国は御承知のように二通りしかございません。そしてまた、割引国債についても発行限度が三千億というふうに一つの枠が入っておりますね。そういうことで、これを市場の自主性に任していこうというのも一つ問題であろうかと思います。
それからもう一つは、流通市場の多様化の問題にも触れておられましたが、これもやはり窓口を広げていく以外にないだろうという議論がございます。この点もシ団の中でいろいろな御意見がおありなようで、その方向はどうなるか。まず段階としては、こういったところから市場のメカニズムに任した形を進めていく以外にないのじゃないかと思いますが、この点、どうお考えになるか。
それからもう一点は、今度は金融機関の立場でございますが、先ほどもお話がございましたように、政府の経済見通しが出ております。それで各民間経済機関の見通しが出ておりますが、いつもお出しになる金融機関の経済見通しが、今度は発表されておりません。いろいろなお気遣いがあったのかもしれませんけれども、今回の政府見通しの七%あるいは経常収支を減らすという問題についても、これは単なる見通しというよりも、いまは内外ともにどうしてもやっていかなければならない一つの目標になっているわけでございます。したがって、今度の予算委員会でもそのことが一つの大きな焦点として論議されているわけでございますが、やはり経済の動きについては、当然金融機関としても適切な判断というものを持っていらっしゃらなければならない。そういう意味で経済見通しをお出しいただけないだろうか、こういうことでございます。もしそれをお出しいただけないということになれば、何かの御配慮があるのかどうか、この点も重ねてお伺いしておきたいと思います。簡単でありますが、よろしくお願いいたします。
村
村本周三#22
○村本公述人 広沢先生の御質問に対してお答え申し上げます。
時間がございませんので、大変恐縮でございますが、大変大きな問題をちょっちょっとお答えするようになるかと思いますが、お許し願いたいと思います。
第一の問題は、国債発行について歯どめが必要であるし、片や、歯どめと同時に市場メカニズムの活用が必要ではないかという御意見だと思います。私ども、これに対しては全く賛成でございます。
それでは、現在の国債をもっと多様化してはどうか。これは国債の発行高がふえ、かつまた国民の側にそれを消化しようという、国民の側から見た自分の金融資産の多様化という観点から、もう少しいろいろな国債があった方がいいという声がある限り、私ども、多様化していくべきであろうと思います。
ただ、きょうは時間がないから申し上げられませんが、そういった多様化を進めていく過程の中では、一つの国の財政政策あるいは国債管理政策としてどういうふうな措置が適当かということは、一種の金融秩序と申しますか、国債あるいは大きな債権の中の秩序と申しますか、そういう問題として慎重に考えていっていただきたい、かように考えておるわけであります。
もう一つは、国債シンジケート団の中で、そういった個人消化をふやしていくということについていろいろ意見があるのではないかと大変鋭い御指摘でございまして、私きょうは引受団の代表として来ておりますが、そういったいろいろな意見を消化するのは私一人がしては多少フェアを欠くかと思いますので、私どもの、いわば全国銀行協会連合会としての考え方というものは、これだけ国債の発行がたくさんになってくれば、やはりそれを消化する方法も広げていかなければならないだろう、それがまた、先ほども申しました国民の金融資産の多様化というニーズにもマッチするものではないか、かように考えておる次第でございます。
さてもう一つ、見通しをどうして出さないのだという御質問でございます。これもお答えしておりますと大変長くなるのでございますが、最も大事な点は、私、昨年、経済同友会の年頭見解の作成委員になりまして、そのとき、現在は、英語で申しますとアンサートンティーといいますか、なかなか訳がむずかしいので、不透明と申しますか不安定と申しますか、その両方が一緒になったような感じの言葉だと思いますけれども、現在はそういった非常に不透明な不安定な時代である。そういうときには、一方に長期的な見通しをつくることは必要であるけれども、その長期的な見通しが余り数字にこだわると、今度はその数字自体がひとり歩きをする危険がある。現在のわれわれの見通しとして一番必要なことは、どうやら全体としてはこういうふうになりそうだけれども、その中には非常に不安定な点があり、現在見通しがたい不透明な点がございます。ですから、本年の経済運営におきましては、われわれ実業界といたしましては、いつでも変わり身が早くできるような弾力的な態度で市場の実勢に適応していくのが適当であろう。そのためには、第一勧業銀行はこういう見通しだという見通しだけがその前提なしにひとり歩きをするような危険は避けておく方がよろしかろう、かように考えておる次第でございます。
この発言だけを見る →時間がございませんので、大変恐縮でございますが、大変大きな問題をちょっちょっとお答えするようになるかと思いますが、お許し願いたいと思います。
第一の問題は、国債発行について歯どめが必要であるし、片や、歯どめと同時に市場メカニズムの活用が必要ではないかという御意見だと思います。私ども、これに対しては全く賛成でございます。
それでは、現在の国債をもっと多様化してはどうか。これは国債の発行高がふえ、かつまた国民の側にそれを消化しようという、国民の側から見た自分の金融資産の多様化という観点から、もう少しいろいろな国債があった方がいいという声がある限り、私ども、多様化していくべきであろうと思います。
ただ、きょうは時間がないから申し上げられませんが、そういった多様化を進めていく過程の中では、一つの国の財政政策あるいは国債管理政策としてどういうふうな措置が適当かということは、一種の金融秩序と申しますか、国債あるいは大きな債権の中の秩序と申しますか、そういう問題として慎重に考えていっていただきたい、かように考えておるわけであります。
もう一つは、国債シンジケート団の中で、そういった個人消化をふやしていくということについていろいろ意見があるのではないかと大変鋭い御指摘でございまして、私きょうは引受団の代表として来ておりますが、そういったいろいろな意見を消化するのは私一人がしては多少フェアを欠くかと思いますので、私どもの、いわば全国銀行協会連合会としての考え方というものは、これだけ国債の発行がたくさんになってくれば、やはりそれを消化する方法も広げていかなければならないだろう、それがまた、先ほども申しました国民の金融資産の多様化というニーズにもマッチするものではないか、かように考えておる次第でございます。
さてもう一つ、見通しをどうして出さないのだという御質問でございます。これもお答えしておりますと大変長くなるのでございますが、最も大事な点は、私、昨年、経済同友会の年頭見解の作成委員になりまして、そのとき、現在は、英語で申しますとアンサートンティーといいますか、なかなか訳がむずかしいので、不透明と申しますか不安定と申しますか、その両方が一緒になったような感じの言葉だと思いますけれども、現在はそういった非常に不透明な不安定な時代である。そういうときには、一方に長期的な見通しをつくることは必要であるけれども、その長期的な見通しが余り数字にこだわると、今度はその数字自体がひとり歩きをする危険がある。現在のわれわれの見通しとして一番必要なことは、どうやら全体としてはこういうふうになりそうだけれども、その中には非常に不安定な点があり、現在見通しがたい不透明な点がございます。ですから、本年の経済運営におきましては、われわれ実業界といたしましては、いつでも変わり身が早くできるような弾力的な態度で市場の実勢に適応していくのが適当であろう。そのためには、第一勧業銀行はこういう見通しだという見通しだけがその前提なしにひとり歩きをするような危険は避けておく方がよろしかろう、かように考えておる次第でございます。
中
安
安宅常彦#24
○安宅委員 楠先生にぜひ伺っておきたいことがございまして、大変簡単なんですが、いろんな前提を抜きにして申し上げますから御了承願いたいと思います。
一つは、私どもも身体障害者の問題についていろいろな局面に遭遇するのですけれども、たとえば脊椎損傷者などは、労働災害でほとんど足腰が立たなくなってしまう、こういうこともあるわけです。そうでない人もおりますが。そのときに、いろんな介護、あんた、もっと介護料をふやしてもらえないかなどという、たとえばそういう話が出る。そういう介護をするときに、私どもの事務所は車いすですっと入れるようにつくりかえをしたり、大変苦労しているのですが、介護をしてくる奥さんですね、農家の奥さんで、そして田も畑もやらなければならない。御主人の便の始末から皆しなければならない。そしてまた会議なんかやる場合でも、そういう会議のためには袋をつけてきたり、あるいは全部あと出ないように食事もしないでそういう会合に出るとか、大変なことだということを、私ここ十年間などやっておりながらそう感じておるのですが、国の介護料の低さというものは、私どももふんまんにたえないと思っているのです。県によっては地方自治体でそれに少し足してみたり、いろんなことをやっている県もあるようですけれども、こんな金額で聞くというのは失礼なんですが、またいろんな立場、立場の人によって違うでしょうけれども、こういう意味で言うならば、介護料というのは一体、そういう運動に参加されている先生ですから、いまの制度にどれくらい足したならば最低できるのじゃないか、こういう御意見があったらばぜひお聞きしたい、こう思いましてこの壇に立ったわけです。
それから第二番目ですが、川俣君の発言の中で先生に、あと何かないでしょうかというお話がございましたが、もし思い出された点一つでもございましたら、ぜひひとつ御発言願えないかというのが二番目であります。
三番目ですが、赤堀政夫さんのことについては、私は大変勉強不十分で、そういうことがあるということはいろんなところで聞いたり文書で見たりしているのですが、詳しく聞きまして打ち合わせをしながら、人権の問題ですから、必死になってこの点については一緒に闘っていきたい、こういうことを意思表明して、私の質問を終わらしたいと思います。
この発言だけを見る →一つは、私どもも身体障害者の問題についていろいろな局面に遭遇するのですけれども、たとえば脊椎損傷者などは、労働災害でほとんど足腰が立たなくなってしまう、こういうこともあるわけです。そうでない人もおりますが。そのときに、いろんな介護、あんた、もっと介護料をふやしてもらえないかなどという、たとえばそういう話が出る。そういう介護をするときに、私どもの事務所は車いすですっと入れるようにつくりかえをしたり、大変苦労しているのですが、介護をしてくる奥さんですね、農家の奥さんで、そして田も畑もやらなければならない。御主人の便の始末から皆しなければならない。そしてまた会議なんかやる場合でも、そういう会議のためには袋をつけてきたり、あるいは全部あと出ないように食事もしないでそういう会合に出るとか、大変なことだということを、私ここ十年間などやっておりながらそう感じておるのですが、国の介護料の低さというものは、私どももふんまんにたえないと思っているのです。県によっては地方自治体でそれに少し足してみたり、いろんなことをやっている県もあるようですけれども、こんな金額で聞くというのは失礼なんですが、またいろんな立場、立場の人によって違うでしょうけれども、こういう意味で言うならば、介護料というのは一体、そういう運動に参加されている先生ですから、いまの制度にどれくらい足したならば最低できるのじゃないか、こういう御意見があったらばぜひお聞きしたい、こう思いましてこの壇に立ったわけです。
それから第二番目ですが、川俣君の発言の中で先生に、あと何かないでしょうかというお話がございましたが、もし思い出された点一つでもございましたら、ぜひひとつ御発言願えないかというのが二番目であります。
三番目ですが、赤堀政夫さんのことについては、私は大変勉強不十分で、そういうことがあるということはいろんなところで聞いたり文書で見たりしているのですが、詳しく聞きまして打ち合わせをしながら、人権の問題ですから、必死になってこの点については一緒に闘っていきたい、こういうことを意思表明して、私の質問を終わらしたいと思います。
楠
楠敏雄#25
○楠公述人 一点目の介護料の問題ですけれども、現実に介護人制度の確立ができていませんその段階で、当然、家族及び周囲の人たちによる介護というものが必要になっているわけなんですけれども、現在、そういった介護をすることによって介護をする側の生活というものが保障されていないという中で、介護料に関して最低その介護に当たる人の生活を保障できるだけの額、すなわち、現在たとえば他人介護というので二万円ほど出ているようですけれども、やはり平均的な賃金並みの介護料というのは最低一人につき保障してほしい。ですから、そういう介護料の考え方というものを確立していただきたいというふうに思います。
それから二点目ですけれども、この間、裁判の証人に立ちまして、そのときに私が点字でいわば署名、捺印をしたわけです。点字で宣誓書を読み上げて、それを裁判長が認められたわけですけれども、やはり点字が公の文字であるという認識の上に立って、この国会、この委員会でも、たとえば点字の速記録といいますか、議事録といいますか、そういうものも用意していく、そのためにはやはり点字のできる障害者本人を、たとえば国会なんかが積極的に受け入れていくというふうな形で、障害者の文字、点字の保障及びそのことを通じた雇用の前進というものを図っていただきたいということを要望しておきたいと思います。
この発言だけを見る →それから二点目ですけれども、この間、裁判の証人に立ちまして、そのときに私が点字でいわば署名、捺印をしたわけです。点字で宣誓書を読み上げて、それを裁判長が認められたわけですけれども、やはり点字が公の文字であるという認識の上に立って、この国会、この委員会でも、たとえば点字の速記録といいますか、議事録といいますか、そういうものも用意していく、そのためにはやはり点字のできる障害者本人を、たとえば国会なんかが積極的に受け入れていくというふうな形で、障害者の文字、点字の保障及びそのことを通じた雇用の前進というものを図っていただきたいということを要望しておきたいと思います。
安
安宅常彦#26
○安宅委員 それで、ぜひ委員長にお願いしたいことがあります。この点字の議事録の問題については、そういう点字のやれる人が要員としていなければこれはどうにもならぬわけですし、そういうことも含めてぜひ実現できるように、あなたから理事会に相談するなりそういうことをやっていただきたいことをお願いしたいと思いますが、いかがなものでしょうか。
この発言だけを見る →中
安
中
中野四郎#29
○中野委員長 以上で公述人に対する質疑は終了いたしました。
公述人各位には、貴重な御意見をお述べをいただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。拍手
午後一時三十分より再開することとし、この際、休憩をいたします。
午後、零時十二分休憩
————◇—————
午後一時三十一分開議
この発言だけを見る →公述人各位には、貴重な御意見をお述べをいただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。拍手
午後一時三十分より再開することとし、この際、休憩をいたします。
午後、零時十二分休憩
————◇—————
午後一時三十一分開議