高崎裕士の発言 (公害対策及び環境保全特別委員会)

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○参考人(高崎裕士君) 高崎でございます。
 私は学者でもございませんし、また法律の専門家でもございません。入浜権運動をやっております住民の立場から、素朴な感情ということで述べさせていただきたく思います。
 入浜権というようなものがまだ熟さないものでございますので、その説明もしなければならないかと思いますが、時間がございませんので、委員長の御許可をいただきまして、レジュメ及び入浜権の参考文献等お配りさせていただきましたので御了承いただきたく思います。
 私は、その立場から、主として自然海岸の保護ということと埋め立て規制などにつきまして意見を述べたいと思います。
 自然海岸の保護ということについてでございますが、ちょうど五月二十九日、松山地裁におきまして、あの俗に海水浴場訴訟と申しますものの判決が出ました。これは漁港の築港差しとめ訴訟ということでございますけれども、不幸なことに何か表面的には漁民とおかの住民との利害の対立のように見えておりますけれども、決してそうではございませんで、入浜権本来の考え方といいますものは何よりも漁業権というものが真っ先に尊重されなければならない、そしておかの住民の側からも海に親しむ権利があってよかろうと、その両両相まって海岸を守ることができるのではないかと、こうした考え方でございますので、御了解いただきたく思います。余談になりますけれども、この判決がああした形で出ましたときに、私のところに真っ先に心配して電話をかけてきましたのが、福岡県海水浴場組合連合会でございました。この団体ははっきりと自民党を支持している団体でございます。これはなぜそのようなことを申すかと申しますと、入浜権運動と申しますのは、これは自民党を支持なさる方もまたその他すべての政党を支持なさる方、すべての分野のすべての人たちが入っている運動であるということを御紹介したかったからでございますが、そうした電話もかかってまいりました。私は現地とは関係はございませんから、漁港差しとめのああした判決そのものの是非はともかくといたしまして、このたびの特別法の自然海岸の保護ということに関連をいたしまして、入浜権に対するこのたびの司法判断に関して次のように考えるものでございます。
 この判決というものは、全体として申しますならば、大変古い考え方に基づいていると言わなければなりません。これに対しまして各新聞の論調、特に本日は朝日が社説を書いておりますけれども、やむを得ない面はあるけれども、やはり現実はそうではないから、行政措置でありますとか立法措置というものが先行しなければならないだろうということを述べております。それだけに、瀬戸内法というりっぱなものができ上がるということにつきましては住民の期待するところは大きいわけでございます。たとえば自然海岸の保護ということを打ち出されたということにつきましても評価はできるのでありますけれども、やはりそこには十分でない点がございます。
 話がもとへ戻りますけれども、長浜判決につきまして意見を申し述べますならば、この海や海浜などの自然公物は国の管理であって、住民は使用を許されている、すなわち禁止されないでいるにすぎないとしているいわゆる反射利益論というのがございます。本日は日弁連の水野先生おいででございますから、私がこんなことを申し上げるのは大変恥ずかしいんですけれども、あえて住民の感覚で申し上げさせていただきたいと思いますが、まずそれにつきましては、明治六年以来、地租改正のときに海岸が雑種地という地目で官有地になりますまでは、各地域ごとに海浜というものが入会地のようなものとしてみんなの共有財産であり、さまざまに利用されてまいった。そうしたものが明治六年以降官有地になったというような発生の経緯を無視しているのではないかという点が一つございます。それともう一つは、現在では西ドイツ、フランス、アメリカ等では、特に戦後、公物——公の物の住民、市民による自由使用権あるいはまたそれはお上のものを住民が使わせていただくという感覚ではなくって、本来国民みんなのものを国や地方自治体がこれを正しく管理するように委託されていると考えること、いわゆる公共信託理論などがだんだんと根づいてまいっているかのように聞いております。したがって、自然公物は国民のものではない、国のものを国民が使用を許されているんだという考え方でありますけれども、自然公物の「公」という字は一体何を意味するのかということから問われなければならないと存じます。
 また、第二の点といたしまして、自然景観などはいつでもだれでも楽しめるから権利とは言えないという判断が出ておったと思いますけれども、反論といたしまして、たとえば空気でございます。空気はいつでもだれでも吸えるけれども、もしきれいな空気が吸えなくなったとしますならば、これは生存権の一部として空気を吸う権利ということが主張できるはずでございます。自然と景観というものは空気のように直接生存に関係がないからという議論もあるかと思いますけれども、私はそんなに軽んじられてよいものであろうとは思いません。人間が人間らしく生きるためにどうしてもなくてはならないものであろうかと思います。空気を汚すものが出てきましたから大気汚染防止法が必要になりました。と同じように、海岸というものがむやみに破壊されるというようなここ二十年ばかりの間の状況が出てまいったのですから、いつでもだれでもが楽しめるというふうにのんきなことを言っておれないのであり、そうした実定法がなかった、入浜権なんていうような実定法はなかったということは、逆に昔はだれでもがいつでも楽しめたということをむしろ反映しているのでありまして、今日のようにいつでもだれでもがこの恵みを享受することができなくなった以上は、これをやはり権利として設定をしていかなければならないんではないか。法以前の法であると言っておりますけれども、そうした実情の変化に応じて、法以前の法もまた目覚めなければなりませんし、実定法とされる必要があるのではないか。すなわち、司法判断に先立って立法措置というものが必要になってくるのではないかと思います。
 また、第三点としまして、住民が海浜に対して権利性を有するとの事実がないと読み取れるような判決でございますけれども、入浜慣行の事例というものはきわめて多くございます。この点につきまして、たとえば昨年十月に、あの福岡県の豊前環境権訴訟の中間的総括のためにシンポジウムが開かれました。その中で、立教大学の淡路剛久教授は、入浜慣行の立証が必要かつ有効であるということを述べられました。また、実際にその訴訟団は、それまでの裁判の中で約手名の豊前市民を証人に立てて、これまでどのように海や海浜とかかわってきたかを明らかにしています。その締めくくりとして、私自身も福岡地裁小倉支部で証言台に立ちまして、海浜を奪われた高砂市民の立場から、かつて高砂で住民がどのように海浜とかかわって生活していたかという入浜慣行の数々と、それがどのように失われ、いま高砂市民がどのように苦しんでいるかということも立証させていただきました。で、そのときに用いましたものが、昭和五十年九月に私たちが採集して編集いたしました「一〇〇人証言集——高砂の海いまむかし」というものでございます。
 そもそも入浜権という言葉自体が、ある会合で古老が語ります、昔は嵐の後などには海岸に出て流木を集めてたき木にして一年不自由しなかった。打ち上げられた貝や魚を拾ったという話から、山林の入会権に似たものが海浜にも存在すると考えて着想したものでございますが、私たちは、それをさらに多くの人々の証言によって裏づけようと考えたわけでございます。この聞き取りの作業をいたしましたときに、そうした証言の性質上年配の人々が多かったのですけれども、海岸の思い出がそれぞれの人の青春の、また幼い日の思い出と離ちがたく結びついておりますためでしょう、どの人も皆若者のように目を輝かして話をしてくださいました。中には涙ぐんでしまった人もございました。こうしてでき上がりました「一〇〇人証言集」でございますが、これはこのようなものでございますけれども、後でまた委員会の方に提出したく思いますが、民俗行事や古くからの慣習と考えられるものを、合計八種類の民俗行事を四十六人の人が証言しております。また、海水浴、潮干狩り、釣り、散策といった近代的なレクリエーションに関するものを合計百三十七人の人が証言しております。塩田や遠浅の海といった地形、景観に関するものを七十四人。動物、植物等の生態系に関するものが二十人。海浜というものの精神性、教育的な価値に関するものが二十八人でございました。
 実際の証言を一つ、二つ紹介したく思います。時間の関係で、私が申し述べたいことの全部がもしお話しできません場合には途中で打ち切らせていただいて、これはまた後ほどの御質問にお答えする形で申し述べたいと思います。やはり具体的な住民の言葉というものを紹介する方がいいと思いますので、お許しをいただいて紹介したく思います。——年齢は編集当時の年齢です。
 小松正光 四十四歳 高砂神社宮司 高砂町
  「神社の古い絵馬にもあるのですが、ずっと昔は鳥居のすぐ先が砂浜で、まわりは松林でした。江戸末期頃には新田ができ海岸線はかなり遠のきましたが、美しい海岸であったことには変りなく、つい十四、五年前頃までは春の潮干狩、夏の海水浴に遠くから大勢の方が見えられ、帰りには高砂神社に参詣されるということも多くありました。なにしろ、相生の松や謡曲で有名でしたから。この頃はそういうことも少くなってさびしいですね。」
 野村英夫 六十八歳 理容店店主 高砂町
  「そら昔はアンタ、嵐の後なんか楽しみでしたで。広い砂浜のあっちにひとかたまり、こっちにひとかたまり、魚やタコが打ち上げられとりますネン。一人でバケツに一杯二杯と集めて持って帰って親によろこんでもろたもんです。」
 奈良きぬゑ 七十三歳 無職 伊保町
  「ほらあんさん、昔海があった時分はナ、旧の節句には梅井、高須のもんはナ、たいがい女でっけど、年寄りから娘までみんな弁当持って行って、ほて、広い広い砂ツパでほたえてはしゃいだもんですわいな。土用の丑には、いっぺんアセボなおしに行こかいうて、浴びに行きよりました。」
 以下略します。
 中本育己 五十五歳 写真店経営 高砂町
  「小学校からフンドシ一本で、熱い道をぴょんぴょん跳びながら海へ行ったものです。泳げないと赤フンドシをさせられるので皆よく練習しました。六年生の最終日二時間半の遠泳があり、あとでもらうアメ湯のうまかったこと。教室から見える海岸土手は形のよい松やガマなど茂っていたので、よく時代劇無声映画のロケがありました。片岡千恵蔵なども来て、赤穂浪士早籠の場でしょうか、撮映しているので勉強が手につきませんでした。」
 花光徳男 五十四歳 和菓子店経営 高砂町
  「土用の丑の日は海水につかると体が丈夫になるといわれていて、夜通し休憩所が開いており、高砂の商人はこの人出で、四月から八月の五ケ月間で一年分のかせぎをしたものです。今の子供となら天国と地獄で、私らのような昔の海を知っている者は、アホらしいてプールヘなんかいけませんな。」
 最後に、当時中学一年生でありました正中円さんの昭和四十七年の瀬戸内海汚染防止関連知事賞受賞作文の一節を読ましてもらいますと、
  「高砂には昔がなくなったと祖母から聞きました。美しくすきとおった海、どこまでも続いたきれいな砂浜、松の緑、青くすきとおった空が、いまではなくなってしまったのです。昔の高砂は、浜辺に茶店やみやげもの売り場が立ちならび、神戸や大阪など、もっと遠い所からも潮干狩りや海水浴を楽しみに来る人がたくさんいたそうです。
  四月三日は、高砂の言葉で「しんがさんにち」といって、浜びらきの日だったそうです。この日は、打ち上げ花火の音が町じゅうにひびき、よきょうがあったり、宝さがしがあったり、まんざい師や落語家たちがたくさん来て、せいだいに行なわれたそうです。祖母も子供のとき母に手をひかれ、おべんとうやおやつを持ち、一日中はまぐりやあさり、おお貝をとり、まて貝の穴に塩をいれて、貝が飛び出てくるのをタイミングよくつかまえて遊んだという。」
 こうして見ますと、海浜というものは、明治以降海水浴、潮干狩り、釣りなどで民衆に親しまれてきたばかりでなく、数々の民族行事や神事の形で、古来住民の生活と切り離せないものであったことがわかります。海浜というものは、単に生産のためだけでなく民衆の休息、交歓、信仰の場として、物質的のみならず精神的にも海の恵沢にあずかるところであったことがわかります。こうした、海岸というものが失われていこうとしていることに対して入浜権運動というものが起きたわけでありますが、そういう入浜的慣行の事実はきわめて多いということをお話ししたく思ったわけでございます。
 さて、本法案の、特に自然海浜につきまして、府県知事の条例による自然海岸の保全指定というものは問題があると思います。公有水面埋立法によりまして、埋め立て免許者、調停者が知事であり、多くの場合埋め立て権者もまた知事であるということ。で、住民は、これは言葉は悪いですけれども、博徒が十手捕りなわをあずかるに等しいと批評しています。また、埋め立て規制とも関連しますけれども、瀬戸内海全域を指定してこれ以上の破壊、改変は原則的に規制すべきだろうと思います。その理由の一つとして、瀬戸内海というものはもはや瀕死の状態にあります。どこをさわりましても全体に致命的な影響を与える。特に漁場、魚の産卵場としてのモ場、海水浴場、潮干狩り場への影響が大きいと思います。また、指定制ということになりますと、逆に指定を外された地域の破壊が促されるおそれがございます。そのような、すでに海岸が失われたような地域の住民も、逆になぎさの回復を心から願っています。たとえば高砂では五キロメートルの海岸がすっかり失われておりますけれども、昨年八月制定されました高砂市基本構想にはこう書かれています。「とくに、本市は工場立地によって自然の海浜が失なわれ、「渚を返せ」という住民運動が「高砂」を原点として全国的に展開されている。このため、渚の回復を基調として海に親しむ場の確保につとめる。」、このようなものでございます。どんなささやかな無名の海岸でありましても、その地域で生まれ育った者にとってはかけがいのない自然であります。したがって、ここは継承に値する、保護に値するというような指定ではなく、すべての地域を指定して保護していただきたいと思います。どうしても仮に部分を指定しなければならないのでありますならば、先ほど言いましたように知事さんが指定をなさるのではなく、住民や漁民、地方自治体、海洋学者、生態学者、海水浴場等海浜業者、釣り団体などすべての代表で構成する海浜保全委員会といったものをつくって、その議を経て環境庁長官が、全体を見渡せる目で指定を行っていただきたく思います。
 以下につきましては、御質問に答えて申し上げるようにいたします。

発言情報

speech_id: 108414205X01619780602_005

発言者: 高崎裕士

speaker_id: 11754

日付: 1978-06-02

院: 参議院

会議名: 公害対策及び環境保全特別委員会