山崎昇の発言 (内閣委員会)
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○山崎昇君 いま官房長官と、それから総務長官は、自分の経験から毎年行っておるという説明でありました。ところが、私どもの承知しておる限りでは、三木さんにいたしましても、岸さんにいたしましても、歴代の総理大臣は、総理大臣という肩書きがつくと無理して私的行為というオブラートに包んで何かこっそり行くようでありますが、しかし総理大臣をやめるとほとんど行ってないというのが私の掌握だと思う。三木さんだって、総理大臣のときには大変物議を醸しましたけれども、ことし行ったかと言えば行ってない。だから、少し極端な表現になりますが、靖国神社の参拝というのは、これは肩書きが行っているんであって、内閣総理大臣が福田赳夫であろうが三木武夫であろうが、あるいは岸信介であろうが、そんなことは余り関係がない。総理大臣という肩書きがあれば行くし、なくなれば行かない、ここに私は一つの問題点がひそんでいると思っているんです。そういう意味では、憲法上でこれだけ世の中が疑義があると、またいろいろな宗教団体からもいろいろ指摘をされている時期に、なぜこの肩書きがつけば行ってつかなきゃ行かないのか、この辺のことについて、もう少し私はやはり政府としては、事憲法上の問題であるだけに慎重を期すべきではないか、こう思っているのです。しかし、この問題はきのうかなり衆議院でも議論された問題でありますから、私のきょうの本命は給与でありますから多くのことを申し上げませんが、少なくともそういう意味で言うならば軽率だと思う。
あわせて私は法制局長官に聞きますが、三木さんのときも、私的か公的かなかなか区別しがたい、そこで私的という問題をどう把握するかというんで、一つの材料としてあなたは四つの点を挙げている。それはもうあなた自身御存じのとおりであります。しかし、その四つの点がいまあなたによって否定されたら、これは一体どうなっていくんだろうか。私は法律の解釈というのは人の行動によってそう変わるものでないと思う。ただ、時によっては多少の変化はあることもあると思うが、やっていることは何にも変わりないのにあなたのとられた態度が変わっていくということについては納得できない。したがって、いまもあなたはあの四つの点についてそのとおり間違いないと考えているのか、まずその点法制局長官に聞いておきたい。