伊藤圭一の発言 (内閣委員会)
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○政府委員(伊藤圭一君) 確かに、この米ソの軍事力というものを考えてみますると、六〇年代あるいは七〇年代の当初に比べますと、軍事力というものは均衡していると思います。特に、この核兵器の軍事力におきましては、圧倒的に強かったアメリカの核戦略というものに対抗するような力を持ってきているというのは事実でございます。そしてまた、通常戦力につきましては、特にソ連の方は強化に努力しているということも事実でございます。アメリカの政府といたしましても、国防省といたしましても、どうも通常兵器の増強のテンポというものを見ると、ソ連という国は自国の防衛のためだけであれだけが必要だとはとても思えないというような疑問も持っているようでございます。ただ、先生がいまおっしゃいましたけれども、軍事力の相対性というものの中にもう一つ大きな要素があるということを私どもは考えるわけでございます。といいますのは、米ソが持っている巨大な軍事力というものは、明らかに必要な軍事力を超えていると思うわけでございます。もうオーバーキルといいますか、この米ソが対決したら世界が破滅するだろうというほどの大きな軍事力だと思います。そういった大きな軍事力というものは、仮に拮抗いたしましたといたしましても、拮抗したからそれが使えるというようなものでもないと思うわけでございます。そういった拮抗している中で、お互いに大きな紛争を起こさないための努力というものに非常な努力をしているわけでございまして、その間、過去の戦後の国際情勢を見ますると、小さな紛争というものが起きているわけでございます。そういった突発的な紛争というものを起こさないだけの未然防止のための防衛努力、これが日本にも必要でございますし、また日米安保体制の有効性を維持するためにも必要であるということでございますけれども、私どもは、そういった軍事力が拮抗してきたことによって、その国際情勢そのものが流動的になってきているんだというふうにはどうも考えにくいというふうに思っておるわけでございます。