真田秀夫の発言 (内閣委員会)

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○政府委員(真田秀夫君) 内閣総理大臣の靖国神社参拝の問題に関しましては、野田委員からの御質疑を受けましてことしの四月の二十五日、それから八月の十七日二度にわたって私から詳細に御説明申し上げたとおりでございまして、先ほど来、稻葉元法務大臣の自主憲法制定国民会議への出席の際の当時の三木総理大臣の御発言等を引き合いに出して、そしてその場合の政府の説明と今回の靖国神社に対する福田総理の参拝とはどう違うんだ、政府の説明はおかしいではないかというふうな趣旨のことを御質問になりましたが、そのときにも私申し上げたつもりでございますが、もともと神社仏閣への参拝というのは、これは私人としての信仰心のあらわれでございまして、原則としてこれは私人の行為と見るのが普通の常識、素直な見方であって、特に国の行事として行うとか、玉ぐし料を公費で出すとかというようなそういう特別な事情がない限りは、むしろこれは私人の行為として、憲法で言えば第二十条の第一項の信教の自由を保障している。むしろそちらの方の問題として考えるべきものでありまするから、軽々に——軽々にと言ったら語弊があるかもしれませんが、たとえば公用車を使ったとか、肩書きに内閣総理大臣という官職名を記したからとか、そういう一つ一つのことをとらえ上げて、そして神社参拝は、それは憲法二十条三項違反ではないかというふうに言われるのは、かえって私の方から言いますと心外に思うくらいでございまして、ただいま申しましたような特別な事情がない限りは、神社に参拝することも、お寺にお参りになることも、これは本当に御本人の御自由であって、むしろこれは保障してさし上げなければ憲法違反になるということすら言いたいくらいでございます。
 それから稻葉大臣のときの当時の三木総理大臣の御説明は、それはつまり法務大臣としての地位の重みから、公人と私人との使い分けは困難であるという表現になっております。それであるから、当時三木総理大臣とされましては自分の内閣は憲法改正はしないということを方針にしている、その三木内閣の閣僚が自主憲法制定国民会議というところへ出席をして、そして法務大臣という名前で紹介をされて、そのまま別にそれに対してお答えもなく壇上に座っておったじゃないかとか、そういうようなことがあって、結局三木内閣は憲法改正の意図がないのにかかわらず、その閣僚の一人がそういう席上に出ることは、それはいかにも国民に三木内閣が憲法改正の意図があるんじゃなかろうかという疑いを抱かせるおそれがあると。したがって、そういうことは慎んでほしい。自分が内閣総理大臣である限りは、今後は現職の国務大臣にそういう憲法改正の会議に出席するようなことはさせませんということを委員会で御発言がありまして、それであの問題はそれで決着がついたと、かように私は理解しております。
 それで、神社の参拝と政治問題を論ずるそういう集会に出るということとは、これはやはり本質的に問題が違うわけでございまして、政治問題を論ずる会議に出るということは、これは公的な立場で十分出席することが考えられるわけでございまするが、神社仏閣への参拝、そういうものは先ほども申しましたように、事柄の性質上、本来的にこれは私人の行為であると見るのが素直なんであって、特別な事情がない限りは公的だといって憲法違反云々を問題にされる筋合いではないというふうに私は考えている次第でございます。

発言情報

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発言者: 真田秀夫

speaker_id: 27994

日付: 1978-10-17

院: 参議院

会議名: 内閣委員会