横山利秋の発言 (地方行政委員会法務委員会連合審査会)

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○横山委員 これは意見になりますから、余り時間をとられてもかなわぬのですけれども、本件は、警察がぼんやりしておった、しっかりしておれば見つかったかもしれぬけれども、直接的な警察の責任はないです。そうでしょう。ところが、薬を認可した国の責任とか、道路をしっかりしていなかった国の道路行政の責任とか、それは直接的ですな。だから責任を追及するなら、ほかの方にもっと国家責任というものが追及されてしかるべきであるのに、直接責任がない警察行政に対して、補償と言うとあなた方違うと言うかもしれぬけれども、しかし補償をするということは一体どういうことなのか、こういうことなんです。
 私の言っているのは逆説的に言っているんですからね、わかっているでしょうね。議事録だけ読んで社会党の横山、そんなものをやらぬでもいいというふうにお考えになったらそれはとんでもない話で、逆説的に言っているんです。つまり、国家責任というものが最近は明らかになりつつある。国がなすべき責任について、昔はお上は悪いことをしなかったという論理に明治憲法は立っておったが、いまは国の責任というものが強く指摘されるようになった。そういう国の責任をこういう委員会、国会で言うと、国の責任ありませんありませんと言うけれども、しかし、だんだん国の責任というものが判決でもいろんなところでもきわめて明らかになるようになった。そこへいまこの刑事被害者に対して、直接的責任がない国が補償をするということの意味は私は画期的だと思うのです。きょうはここに警察と外務省と法務省しかおりませんから、あなた方に言ったってしようがないんだけれども、この法律が日の目を浴びるという意味について、国家責任があるから出すとはなかなかあなた方おっしゃらないけれども、社会的には国家責任をここで明らかにする。治安国家として警察としてもっとしっかりすべきところを、ぼんやりしておったとは言いませんが、手が届かなかった、気の毒だ、だから全部出しましょうという意味というものはきわめて画期的だ。これによって他に影響するいわゆる国家責任論というものは飛躍的に大きなウエートを占めると私は思うのであります。
 長官、何か御意見ありますか。ありませなんだら次に移りますが、いいですか。黙っているということは私と同感になりますよ。

発言情報

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発言者: 横山利秋

speaker_id: 18642

日付: 1980-03-26

院: 衆議院

会議名: 地方行政委員会法務委員会連合審査会