戸叶武の発言 (外務委員会)
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○戸叶武君 そういうふうな行き方においては、アメリカの大使のマンスフィールドさんにしても大来さんにしても非常に経験豊かな練達の士であるから、相手の考え方を全部無視しないで相手の言うことも聞き、こっちの言うことも言い、そして慎重な形で問題をまとめていこうという考え方の模様ですから、人によっては向こう側はこう考えているんだというのを率直に伝言するので、何だそんなことを押しつけたり、のんできたんじゃないかという誤解も招くようですが、いまの話を聞いて、やはり非常に慎重な配慮がなされているということを承ってやや安心なのですが、現在世界の動きの中で私たちがEC九カ国の人々の代表と接触した感じでも、ヨーロッパにおいては各国の利害が錯綜して、言いたいことは言っているが、しかしその限界点ははっきりしておって、そしてお互いにチームワークをとってむずかしい問題もざっくばらんな話し合いを行って、お互いの合意を得て共同の行動に出ようというような新しい一つのルールが確立し、いままでの議会主義において足りなかった面が九カ国という拡大された範囲内においての共同の合意というものをつくり上げるためにうまく運営されていると思います。その点がかつてお互いに血を流して戦ったドイツとフランスの中においてもわれわれが想像する以上な融和ができておる。それから見ると日本はアジアにおける唯一の先進国であり、中国とのパートナーシップはアメリカと違う意味においてつくり上げられたが、なかなか物の考え方や行動においてもそれから発展段階の相違においても、今後、むずかしい面が、ヨーロッパ並みとはいかないような、先進国同士の間における相通ずるものとはそのまま同じような形じゃないものがやはり出てくる危険性はあると思うんです。
ソ連に対してでも、あれほどアメリカ以上に憎しみを持ってソ連を警戒した中国が、最近においてはイデオロギー的にはやはりソ連の共産主義の内政というものは高く評価しなけりゃならないというような意見もずっと出てきているし、それによって果たして近代化の道というものがうまくいくかどうかということは、次の実験において問題が展開されるんでしょうが、イデオロギーや宗教に対してわれわれは関与すべきではないけれども、今日はイデオロギーや宗教というものの全体主義的な、絶対主義的な物の考え方がどちらかと言えば薄らいで、何が国民のために、国民の繁栄のために必要か、何が平和への方向づけを行っているか、きわめて具体的な政策を通じて政治がわれわれの生活に、人民の心に直結した具体的なものに変わりつつあるときに、全体主義かあるいは民主主義かというような議論はさておいて、やはりそこに外交上においてもいろいろな錯綜した動きがあると思うんですが、私たちはアメリカとのパートナーシップの中において、アメリカに迎合するんではなく、アメリカに対しても時として苦言をも呈する。中国においてもしかり。ソ連においても、いたずらに警戒し、敵対的な、仮想敵国的な形に持っていくのでなくて、ソ連も変わらざるを得ないというような——変わらないかもしれないけれども、変わらざるを得ないという信念を持って、相手の一つの、人民という名においていつも物を言っているけれども、何といっても全体主義的な国家、絶対主義的な政治哲学というものが根底をなしているんだから、そういう点においてナチと同じにソ連を見ることはできないにしても、危険は、私たち民主国家からするならば、われわれが危険と見るような面はなきにしもあらず。どこか薄気味の悪いところがやはりちらちらするのは事実だと思うんです。ざっくばらんに物の言えない、そしてフリーな形において、自由があるんだ、これが本当の自由だと力んでみても、何かサハロフの問題でもさわらない方がいいかもしれないが、とにかくミリタントなヒューマニストを遇するの道というのはやはり欠けている点がある。
こういう点において、ヨーロッパ諸国においても民主主義と全体主義の対立においては、ソ連とはなかなか溶け込めない面がある。しかし、それを戦争へという方向へ持っていくことは御免だというところで、まあいろいろな押し合いがなされていると思うんですが、日本においては、ヨーロッパ以上に非常な単純な形で敵か味方か、直ちに仮想敵国にしてわれわれは軍事的な力で相手をやっつけようなどという考えを起こしておったのでは、やはり一つのナチズムの復活であり、ファシズムへの方向づけであり、非常な危険なものに日本自体が見られて、世界から孤立する危険性もあると思うんです。その辺のことは今後の外交の歩みにおいてもデリケートな問題ですが、やっぱり率直に私は相手と話し合って、われわれの考え方に敵なしというだけの明朗濶達な、一つのおずおずしない外交路線をつくり上げてもらいたいと思うんですが、大来さんはその方にくみすると思うんですけれども、やはりデタントへの道を歩む以外に、戦争への道を歩むことによってわれわれの運命は開けないんだということの信念を国民全体が持ち、内閣も政党も、いまのようなわけのわからない、とにかくばくち打ちまで国会でのさばるというような、こういう変な世相を根絶させるところへ持っていかなけりゃやっぱり人は信用しないんですから、そういう点を外交上においても、いいかげんというのはチャランポランという意味で、かげんがいいという意味じゃないんですから、そこいらはきちっとすべきところはきちっとしていかないと、うんだのかつぶれたのか何かわからないような八方位外交だと、日本は一体何を考えて何をやっているんだろうかという不信感を買う危険性も出てくると思うんですが、大来さんはそれをどういうふうに見ておりますか。