戸叶武の発言 (外務委員会)
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○戸叶武君 いま、この前に起きた事件としては、イランの国王がアメリカの言うなりになる国と思われているパナマ国からエジプト国へ移った事実を世界の人々は奇異な感じでながめておりましたが、私は、エジプトに行きまして、エジプトにおける最高の知性人と言われているカイロ大学の総長のターレブ国会議長と三回ほど会い、いろんなお話も突っ込んでいたしましたが、アラブ全体にはやはりアラブの大義、回教国圏においては共通の物の考え方が、キリスト教的な世界観とは異なった形において、一つの法律分野においても物の考え方においても存在しているのが事実だと思うのであります。パーレビ元の国王を庇護するという形でなく、やはりイランにおいて王並びに王を取り巻いた、祖国を裏切った腐敗政治に対してアメリカがこれに加担をしておった、アメリカの重要な人物、これこれの人物が加担しておったということをすでに発表し、イギリスの帝国主義的なアラブ分裂政策の支配に対する不信感と同様に、イギリス帝国主義にかわったアメリカのやり方に対しては相当露骨に暴露戦を行ってきております。しかしながら、このアメリカ大使館の人質問題をめぐって問題が展開されてきたのは、法治国家として法において裁くというような声明もなされておるので、それがワンクッションになってやはりアラブの大義、アラブの人たち、回教徒の人たちがイランの人々をも含んで納得するような一つの法的なものを基礎として問題を追及しようという構えが出てきている。それには、アラブの国において一番律法者が多いエジプトにおいてなされることが一番妥当でないかというような考えもひそんでおるのじゃないかと思われる節もあるのです。
御承知のように、アレクサンドリアの文化というものの中には、キリスト教社会において通用しなかった独善的な宇宙観に対しても、コペルニクスやガリレオの地動説は大体アレクサンドリアの学者からすでにいち早く提示せられておったし、その後の実証主義的な学問というものもなかなかやはり近代への道において貢献するところは多かった。われわれはアラブという国よりもキリスト教的な世界観に影響されるところが多いが、キリスト教自体のつくり出してきたキリスト教徒のルネッサンスなり宗教革命なり、あれほどの残虐な形において民族的な要求と結びついてボヘミアの僧を十字架にかけたり、神の名によって宗教戦争を農民の苛斂誅求を糊塗しながら断行したり、ずいぶん中世紀においてでもえげつない、われわれが見るようなルネッサンスのいい面だけじゃなく、えげつない面もあったと思うんです。今日、第一次世界戦争、第二次世界戦争の間におけるイギリス帝国主義の行き方、ドイツの帝国主義やナチの行き方、あるいはアメリカの行き方が非常に美化されて表現されておるけれども、虐げられた民族にとってはなかなか納得のできない面が多々あるので、それを具体的に指摘して、そのことをある意味において率直に受けとめなければ問題解決の糸口は解けないと思って、カーターが行った今回の勇気というものは、カーターは変わり身が早過ぎるんでまたかという感じはしますけれども、私は、素朴なアメリカのやはりいい面を、軽率と思われる面もあるが、気取った面じゃなくて、率直に悪いことは悪いこととして反省しようという意図があの中にはひそんでいるという善意な解釈もできるんですが、私は、やはり今後の舞台はイラン及びアフガンだけでなく、ソ連及びアメリカの両強大国だけじゃなく、戦争と暴力革命と恐慌で非常な苦しい経験を持っているヨーロッパと、敗戦によって絶望的なところにまで追い込まれた日本、こういうものの反省の中から新しい私は世界秩序への方向づけが生まれてくるんじゃないかと思うんです。
それについては、やはり外務省の情報網というものは表面に場合によって出せないものもあるでしょうが、なまはんか、変な賄賂をもらいながら買ってくるような飛行機には魂が入っていませんから、あんなものを余り並べるのよりも、戦争をなくさせる方向に対してもっと積極的なとりでを外務省は持っていくことが必要だと思うんです。この経験を見ても、アメリカさえも変わるんだ、ソ連ですらも変わらざるを得なくなったんだということになると、変な戦車を並べるよりも、航空母艦を持っていってアメリカよ帰れと沿岸諸国から言われるよりも、もっと私はその方が今後の日本にとっては重要なことだと思うんですが、これは外務大臣ぐらいになると、われわれ野党の人間のようにざっくばらんに物を言うと、物を言わばくちびる寒し秋の風だけじゃなく、春の風も寒いと思いますから言えないでしょうが、どうなんです、この点はもっと正確な情報をキャッチしないと、まあ園田君なんか、イランに入ろうという意気込みもいいが、入らなくてよかったんじゃないか。やっぱり自主的に中東の人たちが、ひとりよがりじゃなくて、やはり近代国家をつくることというのがいかにむずかしいか、それから、けんかはやすいけれども、戦争まで持っていったら収拾がつかぬ、どうやってこれを、融和点を見出すかということで苦労しているときにはそれなりの苦労をさせて、わきからそれに対する協力をやっていくということで相手の自主体制を崩さないでいく方が私たちは成果が上がるのではないかと思うのですが、あんまり余計なおせっかいをし過ぎるとかえって変なものも派生的にしょい込まなきゃならないと思いますが、外務大臣、みずからはどう考えておりますか。