嶋崎譲の発言 (文教委員会)
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○嶋崎委員 では、後の方へ言ってからまた聞きます。
放送大学準備調査会が「放送大学の設立について」という答申をやったのは昭和四十五年ですね、そして文部省が国民にこういう大学をつくることが必要かどうかの調査をまともにやったのは五十年なんです。その前にやったのは四十五年なんです。つまり文部省が先に、どうも国民は放送大学のような大学を要望しているらしい、なぜならば、社会教育から見ると、すでにメディアを使わなければならぬという答申が出ていて、乳幼児から大学に至るまでメディアが要るよ、そうなれば高等レベルの大学でもメディアが要るよ、しかし、そのメディアは放送大学になるのか、NHKの教養市民大学でいいのか、大学の中のつまりクローズドサーキットシステムでいいのか、ここはまだはっきりしていなかった、そのときに文部省は直ちに新しい構想大学として放送大学を一つの方法として打ち出したわけです。打ち出しておいて、これが国民の要求にかなうかどうかという調査は後回しにしておるわけだ。調査なくして大学設立の位置を示したということなんです。
これは大変国民的な性格を持った新しい大学なんですから、こういうものをつくるかどうかについては、国民にどういう要求があり、その要求にどうこたえたらいいかという観点で大学設立を慎重に考えるべきであるのに、調査なくして大学の構想を先に打ち出したわけです。そういう意味で上からつくった大学なんです。文部省主導型大学なんです。だから、上からつくった大学という意味で、その後行りた調査の仕方も、この間の委員会で詰めましたように非常にインチキな調査をやっている。四十五年の調査は学習歴を前提にした調査であった。五十年の調査は、今度は大学をこしらえるという前提に立って調査すればそっち側の数字がはね上がるのはあたりまえなんですよ。それを一つの根拠にして、やはりわれわれの構想は正しかった、こういうふうに理屈づけたのです。そういう意味で、国民の真の要求に即した大学のつくり方であったかどうかについて経過上一つの問題がある。これは前回の委員会で明らかにしたところであります。
そうしますと、いま大臣に質問した意味は、この放送大学が、いまから議論する放送というメディアが大変重要な役割りを持つ大学であって、スクーリングもはっきりしていない、学習センターの仕組みもはっきりしていない、教授会との関係もはっきりしていない、教授会と評議会の関係もはっきりしていない、これから出てくる放送大学の組織や運営というものはみんな大学に任すというだけであって、何も基本を決めてないわけです。そうすると、上からつくる大学であって、その大学が大学自治や学問の自由という観点からどういうふうに実現されるかについての構想がないまま、上からつくると言って、それで、それが国民の要求だという理屈をつけて、そして放送大学法案に走ってきたわけです。
ですから、もし放送大学法案に盛られた、放送学園という特殊法人が設立する大学、そして放送局をこれまた設立するわけですから、放送局と大学を一つに兼ね備えた放送大学というものができたときに、その放送大学が国民の学習要求というものをここで囲い込んでしまう、極端に言いますと。囲い込んでしまって、社会教育や既存の大学の開放や私学の助成やそっちの方がお留守になると、もしこの大学が誤った形を持ったり危険なことがあったとしたら、これは将来国民にとって大変な大問題になるのです。だから、そういう意味で大臣にお聞きしたのです。
つまり、いまの法体系や社会教育の体系の中で国民にこたえてやれるべきことがある、それを十分にやっておいて、その中の一つ、ワン・オブ・ゼムなんです、放送大学というのは。それを、放送大学があたかもすべて社会教育的なものから大学教育に至るものも含めてやれるという前提に立って、これだけに全体のいわば予算をつぎ込んでやっていった場合に、うまくいった場合はいいけれども、もしいまから問題になるようないろいろな一連の問題が起きてくると、国民にとっては大変な問題を起こすことがあり得るからです。
そういう意味で、並行してと大臣はおっしゃいますが、こっちに一生懸命未来に対して希望を持つのもいいけれども、やるべきことをきちっと一方にやりながら、そのうちのワン・オブ・ゼム、放送大学というものをどう位置づけるかというふうに議論をしないと、放送大学があたかもそういう物事を含めて並行で、そしてこれを充実しさえすればこっち側の問題も解決できるという問題の立て方をすると、社会教育や大学開放や私学助成や夜間大学や通信教育やそういう多くの問題が軽視されがちになると、実は本来の学習歴の要求や学校歴の真の要求にこたえ得ない危険性をはらんでくる。
現に放送大学ができるのは関東だけでしょう、当分地方はないのですから。それでは地方の人たちの持っているこの学習歴の要求はどこがこたえるかと言えば、社会教育的に対応するか地方の大学が対応するかして一時対応していかなければ国民の要求にはこたえていけないという意味で、文部行政全体としては失格だと言わざるを得ない。そういう意味でお聞きしているわけであります。もうこれには大臣いいです。また後でまとめてやってもらいます。
そこで、今度は放送大学の中身に入りますが、いままでの議論の中で放送大学というものを考えるときに、問題が整理されないまま議論されたきらいがどうも法案提出の過程にあるように思うのですが、放送大学という大学は、大学における大学なんですか、大学レベルの教育をやるところなんですか、どっちですか。