今井勇の発言 (社会労働委員会)
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○今井委員 日本社会党、公明党・国民会議、民社党・国民連合、日本共産党、新自由クラブ及び社会民主連合の共同提案による原子爆弾被爆者等援護法案につきまして、自由民主党の立場から、提案者の一人であられます森井議員に対し、質問をいたします。これからこの法案を被爆者援護法と縮めてまず呼ばせていただきたいと思います。
自民党としては、従来から原爆被爆者の方々が不幸にして放射能を多量に浴び、健康上格別の配慮を必要とするという特殊事情に着目をいたしまして、昭和三十二年原爆医療法を、続いて四十三年原爆特別措置法を制定して、当初の健康診断、医療給付等の現物給付から次第に健康管理手当、特別手当、医療手当、保健手当、介護手当、葬祭料等の金銭給付に至るまで幅広く施策を広げてまいっております。このことにつきましては基本懇の答申におきましても、「他の戦争被害者に対する救済措置と対比して」「それ相応の配慮をしてきたものといってよい」というふうな評価を受けたと思っております。特に昭和五十六年度の被爆者対策については、基本懇の答申の趣旨を尊重して、医療特別手当及び原子爆弾小頭症手当を創設をし、これらの手当に対します所得制限を撤廃するなど思い切った措置をとろうとしております。
さて、私といたしましても戦争体験者の一人として、広島、長崎の原爆投下による被爆者の犠牲者が数多くの戦争犠牲の中でも最も悲惨なものであったこと、したがってできる限り手厚い手当てをしなければならないこと、及び、このような悲劇を再び繰り返さないためにも世界の恒久平和が不可欠な要件であることを認識している点におきましては、被爆者等援護法を提案されております野党の皆さん方の人後に落ちないことをまず申し上げまして、以下順を追って被爆者援護法の基本的な考え方について質問をいたしたい。
まず第一は、国家補償についての考え方であります。被爆者援護法案では、三つの理由を挙げて、「国家補償の精神による被爆者援護法をつくることは、われわれの当然の責務」と言っておられますが、私はこの考え方に疑念を持つものであります。
まず最初に、戦争による国民の損害に対して国は補償義務を負うかどうかにつきましては、昭和四十三年十一月二十七日の最高裁の大法廷におきまして明確に否定しておられます。すなわち判決理由の中で、
戦争中から戦後占領時代にかけての国の存亡にかかわる非常事態にあっては、国民のすべてが、多かれ少なかれ、その生命・身体・財産の犠牲を堪え忍ぶべく余儀なくされていたのであって、これらの犠牲は、いずれも、戦争犠牲または戦争損害として、国民のひとしく受忍しなければならなかったところであり、右の在外資産の賠償への充当による損害のごときも、一種の戦争損害として、これに対する補償は、憲法の全く予想しないところというべきである。
と言って、途中幾らかの言葉がありますその後で、
したがって、これら在外資産の喪失による損害に対し、国が、政策的に何らかの配慮をするかどうかは別問題として、憲法二九条三項を適用してその補償を求める所論主張は、その前提を欠くに帰するものであって、
云々と言っているのであります。
すなわち、政治論として国の戦争責任等を云々するというのはともかくといたしまして、法律論として、開戦、講和というようないわゆる国の統治行為につきまして、国の不法行為責任など法律上の責任を追及してその法律的な救済を求める道は開かれていないと解すべきであると私は思います。
しかし、この判決で言っておりますように、国が政策的に何らかの配慮をするかどうかは別問題でありまして、戦争犠牲者に対しどのような救済策を講ずるかどうかは別に考慮に値する問題でありまして、社会的公正を確保する見地からいっても意義のあるものであると私は思っております。しかしながら原爆被爆者対策の基本理念についてはいま一つはっきりしていなかった、私はこう思っております。
ところが、昨年十二月の基本懇の報告で実に明確になったと私は考えております。すなわち
最高裁判所の判決も述べているように、従来国のとってきた原爆被爆者対策は、原爆被害という特殊性の強い戦争損害に着目した一種の戦争損害救済制度と解すべきであり、これを単なる社会保障制度と考えるのは適当でない。また、原爆被爆者の犠牲は、その本質及び程度において他の一般の戦争損害とは一線を画すべき特殊性を有する「特別の犠牲」であることを考えれば、国は原爆被爆者に対し、広い意味における国家補償の見地に立って被害の実態に即応する適切妥当な措置対策を講ずべきものと考える。
こう言っておるわけであります。
そして、次いで、「広い意味における国家補償」というものはどういうことなんだということについても言及をして、
国家補償の見地に立って考えるというのは、今次の戦争の開始及び遂行に関して国の不法行為責任を肯認するとか、原爆被爆者が違法な原爆投下をしたアメリカ合衆国に対して有する損害賠償請求権の講和条約による放棄に対する代償請求権を肯認するという意味ではなく、今次戦争の過程において原爆被爆者が受けた放射線による健康障害すなわち「特別の犠牲」について、その原因行為の違法性、故意、過失の有無等にかかわりなく、結果責任として、戦争被害に相応ずる「相当の補償」を認めるべきだという趣旨である。
と言っておるのであります。
この考え方は、前に述べました昭和四十三年十一月二十七日の最高裁の大法廷の判決を踏まえ、さらに従来から言われてきた違法な行為に起因する損害に対する国家賠償と、適法な行為に起因する損害に対する損失補償、その中間に、原因行為の違法、適法を問わない結果責任に基づく国家補償、こういう概念を明らかにしたものと私は受け取っておりまして、苦心のたまものであると同時に共感を覚えるものであります。
さらに「相当の補償」の範囲についても、原爆被爆者対策は国民の租税負担によって賄われることになるので、他の戦争被害者に対する対策に比し著しい不均衡が生ずるようであってはならず、国民的合意を得ることのできる公正妥当な範囲にとどまらなければならないと言っておるわけであります。
さて、一方、被爆者援護法の提案理由を読ませていただきますと、前にも触れましたごとく、「現行の医療法と特別措置法を乗り越え、国家補償の精神による被爆者援護法をつくることは、われわれの当然の責務と言わなければなりません。」と言っておられる。また参議院に全野党が共同提案しておられます戦時災害援護法案の提案理由を読ませていただきましても同じような考えがうかがえるのであります。
そこでお尋ねをいたしたいのは、被爆者援護法では国の戦争責任を認めて、被爆者が受けた一切の身体的、精神的な損害について国家賠償をせよという考え方が基調になっていると思うがどうか。もしそうだとするならば、まず第一点は、昭和四十三年十一月の最高裁判所の大法廷の判決をどう理解をしておられるのか、さらに基本懇の報告をどう理解されているのか、これが第一点であります。
二番目は、そうだとするならば、他の戦争犠牲者についても同一に考えるべきであろうと思うが、どうか。
三番目は、戦争犠牲者がこうむった一切の戦争損害を、国が、すなわち国民が今日改めて賠償することになれば莫大な額になると思うが、一体どのくらいになると思われているのか。
第四点は、これに対しまして国民はその負担にたえ得る、こう考えておられるのかどうか。
まず、申し上げた四点についてお考えをお聞きしたいと思います。