白川勝彦の発言 (予算委員会公聴会)

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○白川委員 谷合先生に二点ばかりお伺いしたいと思うのですが、お答え願いたいと思うのです。
 財政再建が言われましてから、予算編成のたびに大蔵省の方から、教科書の無償配付をやめるということ、それから児童手当ということが、教育の分野に関してはいつも出てくるわけでございます。
 これはわが自由民主党の中にもいろいろな御意見がございまして、大勢としてはわが党としても存続ということなんでございますが、一部に相当強い廃止論があることは御承知おきのとおりだと思います。私も別にどちらという立場ではないのですが、どちらかと言えば、小学生で二千円前後、中学生で三千二百円前後と言われている教科書代を負担できないという、少なくとも日本の家計の実態ではないと思うわけでございます。出したら出したでよろしいのでしょうけれども、これは一つのけじめの問題で、多分、年間のおやつ代とかおもちゃ代とか、そういうものがはるかにこれを大きく超える中において、それとの絡みで教科書という教育の基本的な問題を家庭がどう考えるかという問題だと思うのでございます。そういう点で、額は小さなことで、国家予算全体にとっても小さなことなんですが、教育と子供と、教科書以外の一般の子供の生活費とかいうものをどういうふうに御家庭で考えるかという、一つのけじめをつけるべき問題として、私は大事な問題じゃないかと思うわけでございます。
 しかし、先生の御意見では、教科書の無償配付を初めとして非常に教育の現場について温かい配慮がなされているという御意見があったわけでございます。現場を直接担当されている先生といたしまして、あるいは長い教師経験を持つ者といたしまして、どういう点が教科書の無償配付というのは現在の教育に役立っておるのか、ひとつ率直に御意見をお聞かせ願いたいと思います。
 ただ、その前提といたしまして、たとえば教科書の無償配付ということについては、もし本当にそれが捻出することが不可能なような家庭、たとえば生活保護世帯などについては、何も学校経由ではなくて、生活保護費の中に教科書を買う分はあらかじめ別個計上しておくということで、困った家庭にはそういう心配がないように、そして一般家計の分からこれだけは教科書の分なんだから、お父さんやお母さん、手をつけないで子供さんに回すんですよということで、子供さんをみじめな目に遭わせないということを前提にして私は教科書を無償配付したらいかがかと思うのでございますが、先生の御意見をお聞かせ願いたいと思います。
 それから第二に、校内暴力について私ども知らない点をるる御説明いただいて、大変参考になりました。校内暴力と言われる場合、私の記憶では、学校の先生からえらい暴力をふるわれたなという経験はあるのですが、少なくとも私どもが学校の先生にふるったという記憶がないのですが、当節は、われわれがあずかり知らない校内暴力というのが問題になっておるようでございます。
 私は実は弁護士でございまして、幾多のそういう校内暴力を起こしたような人がさらに成長したものを何度か見てきたわけでございますけれども、率直に言って、日本の刑罰体制というのは世界では類例がないほどやわらかいものでございます。非常にマイルドなものでございます。だから、司直の手にかかったからといっていわゆる実刑を受けるということは、そういう落ちこぼれの人の中でもごくまれでございますし、さらにその制裁たるや、昔のような刑務所とは違い、大分環境もよくなっておるわけでございます。だから、本当に人間を肉体的に痛めつけて、悪いことをすれば罰があるのだということ、そういう因果応報みたいなことで人を教育することは、たとえ刑務所制度、少年院制度というようなものを使ってもだめだと私は思うのでございます。そして、それは多分われわれ人類の一つの理想で結構だと思うのでございます。そういたしますと、直接苦役を科すということ以外で人を善導しなければならぬわけであって、それはもう警察のおしかりがいい、検察官のおしかりがいい、最後は裁判官のおしかりがいいんだということではなくて、どこでも同じなわけでございます。精神に直接加える制裁であり、同時に社会から受ける制裁であるわけでございます。そういたしますと、小学校四、五年のころからいろいろな芽が出てくるということでございますが、基本的には、子供にとっては学校が一番身近な、しかも大きな社会だと思うわけでございます。その学校内の秩序というところから厳しい制裁を受けるということを通じながら、ああ悪いことをすれば制裁があるんだな、その社会的な制裁に比べたら、いまこれをやりたいけれどもやってはならないんだというようなことを教えていく必要があるのではないだろうが。
 私はそんなに年寄りでなくて、昭和二十年生まれでございます。したがいまして、小学校に入ったころは昭和二十七、八年でございましたが、当時、校長先生といえばふるえ上がるほどこわかったような気がいたします。私どもが悪いことをすると、派出所の巡査を呼んでくるというのと、学校の先生に言いつけるぞということが、私どもにとりましては、親から言われてこれほど恐ろしいものはなかったように思うわけでございます。それがいまどうなんだろうか。やはり学校内の秩序、それは校長先生を中心とした、何も労使の関係とかというのではない、何とも言いがたいと思うのでございますが、校長先生を先頭にしてぴりっと引き締まったものが学校内にある、そして学校内の規律や、やってはならないことをやった場合にその秩序から厳しい制裁を受ける、そしてそれを通じて、悪いことをすればいかぬのだというようなことがなければならないのじゃないだろうか。私は最近の小学校や中学校の現状を知りませんが、聞くところによると、そういうものが昔に比べて欠如しているのではないかというようなことを聞くわけでございます。
 先生の長い御経験の中で、そういう点でいまわれわれが問題にすべきことがないだろうか、御意見をお聞かせ願いたいと思います。
 以上でございます。

発言情報

speech_id: 109405262X00119810212_071

発言者: 白川勝彦

speaker_id: 9570

日付: 1981-02-12

院: 衆議院

会議名: 予算委員会公聴会