新井直之の発言 (文教委員会)

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○参考人(新井直之君) 新井でございます。
 私は現在大学に奉職をしておりますことと、それから専攻がマスコミニュケーション論ということをやっておりますので、その立場から御意見を申し上げたいと思います。
 八つほど疑問点といいますか問題点といいますか、そういうことを申し上げたいと思いますけれども、第一は、放送で学習が可能なのだろうかということであります。
 一般に、マスコミを視聴したりあるいは読んだりという場合には、必ずしも全部が受動的であるとは限らないのでありますけれども、放送大学の場合にはどうしてもその放送を見たり聞いたりしなければならないという一種の強制が伴うわけでありまして、どうしてもそこで受動的な学習にならざるを得ないと思います。しかし、大学は、本来知識を伝承するだけではなくて、学生自身がみずから学びあるいはみずから考える態度を養うという、そういうことを教える場だと思われますので、そのときに、ただ一方的な通行で質問ができないとか、あるいはみんなと一緒に討論をすることができないとかということでは、私は大学の名に値しないのではないだろうかというふうに考えられるわけであります。
 御承知のように、イギリスでは一九七一年から放送を使いました通信教育のオープンユニバーシティーというのを開校いたしましたが、これは準備段階ではユニバーシティー・オブ・ジ・エアー、つまりまさに放送大学という名前でスタートをしようとしたのでありますけれども、やはり放送が大学教育にそれほどウエートを占めるのはまずいのではないかということで、オープンユニバーシティーの副総長であるウォルター・ペリーという人が書いた本によりますと、放送を使った教育は全教育の五%にとどめてあるということであります。そういうことを考えましても、放送で本当に大学教育が可能なのかという点を私は疑問を感ぜざるを得ないわけであります。
 第二の点は、そういうふうにもし本当の大学教育を行おうとするならば、どうしてもスクーリングが大事だろうと思うのであります。この点は、以前に文部省大学局がお出しになりました「放送大学について」というパンフレットの中では、「放送大学は、通信制の大学であるところから、教師と学生との直接的ふれ合いの機会をつくることことが欠かせないものとなる。この点については、類似の教育方法をとる既存の大学通信教育における面接授業の実際に留意し、放送大学においても、これと同程度の面接授業を実施することとしている。」というふうに書いてありました。
 現在大学の通信教育では、卒業までに必要な百二十四単位のうち三十単位は面接授業によることになっておりますので、放送大学もそれに基づくものと思われていたのでありますけれども、ことしの一月、文部省がお出しになりました同じ「放送大学について」という新しいパンフレットではその部分が全く欠落しておりまして、その点は、私は文部省の方が面接授業——スクーリングを軽視するといいましょうか、あるいはそのことを余り重く見ないように態度がお変わりになったのではないかという気が私はちょっと読んでしたのであります。そういう点で、スクーリングというものをどういうふうに放送大学で位置づけているかということは、私はかなり疑問でありまして、これが欠けてくると大学教育というものが本当の大学教育にならないのではないかという点を心配するわけであります。
 第三の心配は教員の研究ということが不在になりはしないかということであります。
 今度の放送大学学園法案の第一条のところに目的が書いてございますけれども、その中には「放送等により教育を行う大学」でありまして研究という言葉が欠けておりますし、第二十条に三つの放送大学の業務について書いてありますが、この中にも研究について全く触れておりません。
 大学と申しますところは教育を行うだけではなくて、同時に教員の研究が不可欠でありまして、教員の研究の新しい成果をまた学生に伝えていくという役割りがあると思うのでありますけれども、その点がどういうふうに位置づけられているのかという点が心配であります。特に放送大学は教養学部でありまして、非常に幅の広い教員の専門ということになってまいります。多岐にわたる専門であるためになおさら共同研究などというものがむずかしくなってまいりますし、それから研究設備を整えるということも大変困難であろうかと思いますので、その点がどのように考えられているのかという点が心配であります。
 第四の心配は地域性の問題であります。
 現在の文部省の「放送大学について」というパンフレットでは、第一期の、つまり関東一円だけを対象とするようになっておりますけれども、やがては全国的にこの放送大学の教育が行われることになると思うのでありますけれども、そしてその場合には、東京からあるいは千葉県の幕張からですか、発信される電波が全国一円を覆うということになるだろうと思うのであります。現在、全国をカバーする唯一の放送が行われておりますのは御承知のようにNHKでありますが、放送法第四十四条には「全国向けの放送番組のほか、地方向けの放送番組を有するようにすること。」ということがNHKには義務づけられております。つまり唯一の全国放送であるNHKに対しても地方向けの放送、ローカル放送を行うということが義務づけられているわけであります。今度できますこの放送大学は全国に向けて放送が行われましても、この放送法四十四条は放送大学にどうも今度の法案では適用されないようになっております。
 そうしますと、いままでの放送法の考え方であった全国向けのNHKの放送であってもローカル放送が義務づけられる。もちろん一般放送事業者である民間放送は義務づけられるわけでありまして、そういう放送法の原則がここでひとつ大きく変わるということを示しているだろうと思うのであります。この点はやはり放送法の基本に触れる大きな問題点であろうかと思われます。
 教育上の方から考えてみましても、私は教育というものはやっぱりその地域のニーズに合った地域性を持った教育ということが非常に大事だと思います。現在、地方の各国立大学ではかなり地域性を重視したさまざまな試みが行われております。しかし、そういったようなものが生かされないで全国画一の教育が行われるということはいかがなものであろうかというふうに考えるわけであります。
 第五の点は、やはり放送法との関係でありますけれども、御承知のように現在の放送法ではNHKとそれから一般放送事業者である民間放送との二本立てになっておりますが、ここに新しく特殊法人放送大学学園というのが誕生するわけでありまして、これは三本立てになるということでありまして、これも放送法の基本を変える大きな問題でありまして、この点をどういうふうに考えるかということは慎重に御審議をいただきたい点であるだろうと思います。
 第六の点は、やはり放送法との関連でありますが、学問の自由との問題であります。
 放送大学学園法案の附則の十一条には、放送法の四十四条三項が準用されるということになっております。放送法の四十四条三項は、御承知のように放送番組の編集方針を定めておるわけでありますが、特に問題なのは四十四条三項の四であるだろうと思います。
 この四は、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」が現在の放送には義務づけられておりますが、大学では自分の学説を述べるということはどうしても欠かせないわけでありまして、対立する学説がある場合に、そのさまざまな学説を紹介することは当然でありますけれども、しかし教員が、自分はこの学説が正しいと思うとか、あるいは自分はこの学説をとるとかということは学生に向かって述べることが多いわけでありますし、またそれが必要であるだろうと思われます。しかし、今度の文部省の「放送大学について」というパンフレットを見ますと、その中で行われる講義の中に、たとえば「現代の裁判」であるとか、「政治思想」であるとか、「現代の政治生活」であるとか、あるいは「国際政治論」、「日本の政治」、「労使関係と法」、「労働問題」など、どうしても対立する意見を含む問題が講義のテーマとして掲げられておりまして、そういう際には教員が自分の学説を述べることがこの放送法で非常に縛られはしないか。これは学問の自由ということとこの放送法の規定との比較考量をどうするかという点は大きな問題だろうと思われます。
 第七の点は、NHKの現在行われている教育番組、教養番組に対する影響であります。
 恐らく放送大学が始まりますとこの番組は全国だれでも見られることになるわけでありまして、その中で単位を取って大学卒の資格を取ろうとする人はきわめて少数であり、非常に多くの人はほかの一般の番組と同じようにこの放送大学の番組を見ることになるだろうと思われます。それは内容からすれば大学教養学部の講義の内容でありますから、まさにNHKの教育番組、教養番組と対抗する関係になるわけでありまして、その辺をどういうふうに考えたらいいかという点が問題として残ると思います。
 第八番目の問題は、大学の自治の問題でございます。
 今度の学園法案によりますと、たとえば理事長は文部大臣による任命であり、それから理事は文部大臣の認可を得て理事長が任命するのであり、監事は文部大臣による任命であり、それから運営審議会の委員は文部大臣による任命であり、学長はもちろん文部大臣による任命でありというふうに、文部大臣による任命が非常に多いわけであります。文部大臣の強い権限がこの放送大学に及ぶということが考えられるわけであります。そうなってまいりますと、教授会の地位はどうなるのかという点が私は心配になってまいります。学校教育法の五十九条には、大学は教授会を設けて重要な事項をそこで審議するというふうになっておりますが、一体教授会はそこで何が重要な事項として審議できるのでありましょうか。たとえば教員の任免、それは評議会が行うことになっておりますけれども、この評議員は学長の申し出で理事長が任命するのでありまして、この教員の任免には教授会はノータッチというふうに法案では読めます。しかも、その教員の任免を決める評議会のメンバーである評議員はこれは理事長が任命するのでありまして、教授会が選出するのではありません。これは一つの例でありまして、教授会の重要な事項を審議するということが一体放送大学ではどのように行われ得るのであろうかということがこの大学の自治との関係で心配になってまいります。
 結論として私が申しますことは、結局、いま各地方の国立大学ではそれぞれ独自にその地域に合った教育をしておいででございまして、私は、その地方の国立大学がそれぞれに通信教育を行ったり何かして、その教育の手段の一つとして各大学が放送局を利用し、あるいは放送局を独自に持って放送教育が行われるならばまだ私は了承できると思うのであります。私は、この放送大学というのが大学に行く機会を失した人たちのために大学卒の資格を与えるという趣旨であるように法案では読めますが、それならばなぜ、現在ある国立大学が昼夜開校制、つまり夜間の学部を置こうとしないのか、あるいは通信教育をやろうとしないのか、現在ある国立大学をもっともっと有効に活用することによってそういう目的は果たされるのではないか。そういう通信教育を行う際の教育の一手段として放送を利用していく、そしてその運営にはそれぞれの国立大学が当たるということになれば、先ほど私が申しました学問の自由の問題、あるいは大学の自治の問題研究の不在の問題などというのは全部解消するわけでありまして、私はそういうことがむしろ考えられてしかるべきではなかったかという気がいたしております。
 以上でございます。

発言情報

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発言者: 新井直之

speaker_id: 27941

日付: 1981-04-16

院: 参議院

会議名: 文教委員会