文教委員会

1981-04-16 参議院 全189発言

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会議録情報#0
昭和五十六年四月十六日(木曜日)
   午前十時開会
    —————————————
  出席者は左のとおり。
    委員長         降矢 敬義君
    理 事
                大島 友治君
                世耕 政隆君
                勝又 武一君
                佐藤 昭夫君
    委 員
                井上  裕君
                田沢 智治君
                内藤誉三郎君
                仲川 幸男君
                松浦  功君
                小野  明君
                粕谷 照美君
                本岡 昭次君
                柏原 ヤス君
                高木健太郎君
                小西 博行君
   国務大臣
       文 部 大 臣  田中 龍夫君
   政府委員
       行政管理庁行政
       管理局長     佐倉  尚君
       文部大臣官房長  鈴木  勲君
       文部省大学局長  宮地 貫一君
       郵政省電波監理
       局長       田中眞三郎君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        瀧  嘉衛君
   参考人
       創価大学文学部
       教授       新井 直之君
       私立大学通信教
       育協会理事
       大阪学院大学法
       学部長
       大阪学院大学通
       信教育部運営委
       員長       板橋 郁夫君
       帝塚山学院大学
       名誉学長
       日本放送教育学
       会会長      西本三十二君
    —————————————
  本日の会議に付した案件
○放送大学学園法案(第九十三回国会内閣提出、
 衆議院送付)(継続案件)
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降矢敬義#1
○委員長(降矢敬義君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 放送大学学園法案を議題といたします。
 本日は、お手元に配付いたしております名簿の方々を参考人として御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
 皆様には御多忙中のところ御出席を賜りまして、本当にありがとうございます。皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、本案審査の参考にいたしたいと存じます。
 つきましては、議事の進行上、名簿の順で、お一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後委員の質疑にお答え願いたいと存じます。
 それでは、まず新井参考人にお願いいたします。
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新井直之#2
○参考人(新井直之君) 新井でございます。
 私は現在大学に奉職をしておりますことと、それから専攻がマスコミニュケーション論ということをやっておりますので、その立場から御意見を申し上げたいと思います。
 八つほど疑問点といいますか問題点といいますか、そういうことを申し上げたいと思いますけれども、第一は、放送で学習が可能なのだろうかということであります。
 一般に、マスコミを視聴したりあるいは読んだりという場合には、必ずしも全部が受動的であるとは限らないのでありますけれども、放送大学の場合にはどうしてもその放送を見たり聞いたりしなければならないという一種の強制が伴うわけでありまして、どうしてもそこで受動的な学習にならざるを得ないと思います。しかし、大学は、本来知識を伝承するだけではなくて、学生自身がみずから学びあるいはみずから考える態度を養うという、そういうことを教える場だと思われますので、そのときに、ただ一方的な通行で質問ができないとか、あるいはみんなと一緒に討論をすることができないとかということでは、私は大学の名に値しないのではないだろうかというふうに考えられるわけであります。
 御承知のように、イギリスでは一九七一年から放送を使いました通信教育のオープンユニバーシティーというのを開校いたしましたが、これは準備段階ではユニバーシティー・オブ・ジ・エアー、つまりまさに放送大学という名前でスタートをしようとしたのでありますけれども、やはり放送が大学教育にそれほどウエートを占めるのはまずいのではないかということで、オープンユニバーシティーの副総長であるウォルター・ペリーという人が書いた本によりますと、放送を使った教育は全教育の五%にとどめてあるということであります。そういうことを考えましても、放送で本当に大学教育が可能なのかという点を私は疑問を感ぜざるを得ないわけであります。
 第二の点は、そういうふうにもし本当の大学教育を行おうとするならば、どうしてもスクーリングが大事だろうと思うのであります。この点は、以前に文部省大学局がお出しになりました「放送大学について」というパンフレットの中では、「放送大学は、通信制の大学であるところから、教師と学生との直接的ふれ合いの機会をつくることことが欠かせないものとなる。この点については、類似の教育方法をとる既存の大学通信教育における面接授業の実際に留意し、放送大学においても、これと同程度の面接授業を実施することとしている。」というふうに書いてありました。
 現在大学の通信教育では、卒業までに必要な百二十四単位のうち三十単位は面接授業によることになっておりますので、放送大学もそれに基づくものと思われていたのでありますけれども、ことしの一月、文部省がお出しになりました同じ「放送大学について」という新しいパンフレットではその部分が全く欠落しておりまして、その点は、私は文部省の方が面接授業——スクーリングを軽視するといいましょうか、あるいはそのことを余り重く見ないように態度がお変わりになったのではないかという気が私はちょっと読んでしたのであります。そういう点で、スクーリングというものをどういうふうに放送大学で位置づけているかということは、私はかなり疑問でありまして、これが欠けてくると大学教育というものが本当の大学教育にならないのではないかという点を心配するわけであります。
 第三の心配は教員の研究ということが不在になりはしないかということであります。
 今度の放送大学学園法案の第一条のところに目的が書いてございますけれども、その中には「放送等により教育を行う大学」でありまして研究という言葉が欠けておりますし、第二十条に三つの放送大学の業務について書いてありますが、この中にも研究について全く触れておりません。
 大学と申しますところは教育を行うだけではなくて、同時に教員の研究が不可欠でありまして、教員の研究の新しい成果をまた学生に伝えていくという役割りがあると思うのでありますけれども、その点がどういうふうに位置づけられているのかという点が心配であります。特に放送大学は教養学部でありまして、非常に幅の広い教員の専門ということになってまいります。多岐にわたる専門であるためになおさら共同研究などというものがむずかしくなってまいりますし、それから研究設備を整えるということも大変困難であろうかと思いますので、その点がどのように考えられているのかという点が心配であります。
 第四の心配は地域性の問題であります。
 現在の文部省の「放送大学について」というパンフレットでは、第一期の、つまり関東一円だけを対象とするようになっておりますけれども、やがては全国的にこの放送大学の教育が行われることになると思うのでありますけれども、そしてその場合には、東京からあるいは千葉県の幕張からですか、発信される電波が全国一円を覆うということになるだろうと思うのであります。現在、全国をカバーする唯一の放送が行われておりますのは御承知のようにNHKでありますが、放送法第四十四条には「全国向けの放送番組のほか、地方向けの放送番組を有するようにすること。」ということがNHKには義務づけられております。つまり唯一の全国放送であるNHKに対しても地方向けの放送、ローカル放送を行うということが義務づけられているわけであります。今度できますこの放送大学は全国に向けて放送が行われましても、この放送法四十四条は放送大学にどうも今度の法案では適用されないようになっております。
 そうしますと、いままでの放送法の考え方であった全国向けのNHKの放送であってもローカル放送が義務づけられる。もちろん一般放送事業者である民間放送は義務づけられるわけでありまして、そういう放送法の原則がここでひとつ大きく変わるということを示しているだろうと思うのであります。この点はやはり放送法の基本に触れる大きな問題点であろうかと思われます。
 教育上の方から考えてみましても、私は教育というものはやっぱりその地域のニーズに合った地域性を持った教育ということが非常に大事だと思います。現在、地方の各国立大学ではかなり地域性を重視したさまざまな試みが行われております。しかし、そういったようなものが生かされないで全国画一の教育が行われるということはいかがなものであろうかというふうに考えるわけであります。
 第五の点は、やはり放送法との関係でありますけれども、御承知のように現在の放送法ではNHKとそれから一般放送事業者である民間放送との二本立てになっておりますが、ここに新しく特殊法人放送大学学園というのが誕生するわけでありまして、これは三本立てになるということでありまして、これも放送法の基本を変える大きな問題でありまして、この点をどういうふうに考えるかということは慎重に御審議をいただきたい点であるだろうと思います。
 第六の点は、やはり放送法との関連でありますが、学問の自由との問題であります。
 放送大学学園法案の附則の十一条には、放送法の四十四条三項が準用されるということになっております。放送法の四十四条三項は、御承知のように放送番組の編集方針を定めておるわけでありますが、特に問題なのは四十四条三項の四であるだろうと思います。
 この四は、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」が現在の放送には義務づけられておりますが、大学では自分の学説を述べるということはどうしても欠かせないわけでありまして、対立する学説がある場合に、そのさまざまな学説を紹介することは当然でありますけれども、しかし教員が、自分はこの学説が正しいと思うとか、あるいは自分はこの学説をとるとかということは学生に向かって述べることが多いわけでありますし、またそれが必要であるだろうと思われます。しかし、今度の文部省の「放送大学について」というパンフレットを見ますと、その中で行われる講義の中に、たとえば「現代の裁判」であるとか、「政治思想」であるとか、「現代の政治生活」であるとか、あるいは「国際政治論」、「日本の政治」、「労使関係と法」、「労働問題」など、どうしても対立する意見を含む問題が講義のテーマとして掲げられておりまして、そういう際には教員が自分の学説を述べることがこの放送法で非常に縛られはしないか。これは学問の自由ということとこの放送法の規定との比較考量をどうするかという点は大きな問題だろうと思われます。
 第七の点は、NHKの現在行われている教育番組、教養番組に対する影響であります。
 恐らく放送大学が始まりますとこの番組は全国だれでも見られることになるわけでありまして、その中で単位を取って大学卒の資格を取ろうとする人はきわめて少数であり、非常に多くの人はほかの一般の番組と同じようにこの放送大学の番組を見ることになるだろうと思われます。それは内容からすれば大学教養学部の講義の内容でありますから、まさにNHKの教育番組、教養番組と対抗する関係になるわけでありまして、その辺をどういうふうに考えたらいいかという点が問題として残ると思います。
 第八番目の問題は、大学の自治の問題でございます。
 今度の学園法案によりますと、たとえば理事長は文部大臣による任命であり、それから理事は文部大臣の認可を得て理事長が任命するのであり、監事は文部大臣による任命であり、それから運営審議会の委員は文部大臣による任命であり、学長はもちろん文部大臣による任命でありというふうに、文部大臣による任命が非常に多いわけであります。文部大臣の強い権限がこの放送大学に及ぶということが考えられるわけであります。そうなってまいりますと、教授会の地位はどうなるのかという点が私は心配になってまいります。学校教育法の五十九条には、大学は教授会を設けて重要な事項をそこで審議するというふうになっておりますが、一体教授会はそこで何が重要な事項として審議できるのでありましょうか。たとえば教員の任免、それは評議会が行うことになっておりますけれども、この評議員は学長の申し出で理事長が任命するのでありまして、この教員の任免には教授会はノータッチというふうに法案では読めます。しかも、その教員の任免を決める評議会のメンバーである評議員はこれは理事長が任命するのでありまして、教授会が選出するのではありません。これは一つの例でありまして、教授会の重要な事項を審議するということが一体放送大学ではどのように行われ得るのであろうかということがこの大学の自治との関係で心配になってまいります。
 結論として私が申しますことは、結局、いま各地方の国立大学ではそれぞれ独自にその地域に合った教育をしておいででございまして、私は、その地方の国立大学がそれぞれに通信教育を行ったり何かして、その教育の手段の一つとして各大学が放送局を利用し、あるいは放送局を独自に持って放送教育が行われるならばまだ私は了承できると思うのであります。私は、この放送大学というのが大学に行く機会を失した人たちのために大学卒の資格を与えるという趣旨であるように法案では読めますが、それならばなぜ、現在ある国立大学が昼夜開校制、つまり夜間の学部を置こうとしないのか、あるいは通信教育をやろうとしないのか、現在ある国立大学をもっともっと有効に活用することによってそういう目的は果たされるのではないか。そういう通信教育を行う際の教育の一手段として放送を利用していく、そしてその運営にはそれぞれの国立大学が当たるということになれば、先ほど私が申しました学問の自由の問題、あるいは大学の自治の問題研究の不在の問題などというのは全部解消するわけでありまして、私はそういうことがむしろ考えられてしかるべきではなかったかという気がいたしております。
 以上でございます。
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降矢敬義#3
○委員長(降矢敬義君) ありがとうございました。
 次に、板橋参考人にお願いいたします。
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板橋郁夫#4
○参考人(板橋郁夫君) 板橋でございます。
 私は、通信教育を実施しております各大学が形成しております私立大学通信教育協会というのがございまして、その代表ということで本席に参ったわけであります。したがいまして、これから申し上げますことは、私どもが日ごろ協会内で話をしております放送大学関連の問題についてここで若干の私見を申し上げたい、こういうことで準備をしてまいったわけであります。それが多少なりとも本委員会の審議の御参考になれば幸いかと存じます。
 まず、この放送大学関連の問題は、すでに御関係の皆様方御案内のごとく長い間問題になっておりまして、さきに放送教育開発センターの設置に関連する八十四国会、これは申すまでもなく五十三年であったわけですが、この五月の九日に当参議院の文教委員会で私どもの児玉三夫参考人が関連のお話を申し上げてあるわけであります。それからまた、本日の特殊法人放送大学学園法案に関連しまして、すでに五十三年十一月八日衆議院の文教委員会で私どもの協会の理事長であります高梨公之参考人がこの法案について御意見を申し上げてあるわけであります。したがいまして、それらはすでに当委員会等でも十分御理解を賜っておるものということで重ねては申し上げません。重複を避けるということでなるべくそれをのけまして、その他について若干の意見を申し述べてみたいと思うわけであります。もっとも重複をする部分はやはり重要な問題点であるということで出てまいるわけでありますから、その点も事前に御了承を賜りたいと思うわけであります。
 問題は、この特殊法人放送大学学園、それからもう一つはその特殊法人が設置するところの放送大学というように二つに分かれていくのでありますから、当面はこの大学の方は俎上には上っておらないように思うわけでありますけれども、しかし設置する特殊法人は当然その設置するところの大学を予定しているわけでありますから、この際あわせて意見を申し述べたいと考えるわけであります。
 そうして、この二つを見てまいりますと、法人の方では非常に役員の数が限られておりまして、先ほど新井参考人の方からも触れられておりましたですけれども、任命制になっておる。この任命制は国立の大学とかあるいは特殊法人というような場合には制度上はやむを得ない、そうなるだろうと思うわけでありますけれども、放送大学が全体として持っておりますキャラクターといいましょうか、大学の学問を公開するというたてまえからは、やはり各方面のエキスパートを役員の中に集約するという意味では、もう少し数を多くしてこの理事会も公開しているという姿勢がほしいわけであります。しばしば引用されますオープンユニバーシティーの理事会はかなり数が多くて、当初は三十七名でスタートし、それで後にスタッフの中からも理事を入れ、学生の中からも理事を入れ、現在はたしか五十人くらいの理事会の構成になっているように思うのであります。そういうところから見ますと、能率よくやるというようにも考えられるわけでありますけれども、中枢の人数が少なければどうしても考え方も限定されますので、その点はもう少しお考えおきいただいたらいかがかというように見ております。
 それから大学の運営については、先ほど教授会がどうなっているかというお話がありましたから、これは私の方では触れずにおきます。
 評議会で全体をやっていくというようなことでありますが、しかし放送大学の番組をつくるというような場合にはどうしても教授会の中で検討もされ、それからその中からコースチームのいわばチーフになる方が出てくるはずでありますから、その点はやはり教育機関としての放送大学を考えました場合には、教授会のメンバーが会議体を持つ。したがって、その学則の中に教授会の規定がある方がすっきりするのではないか、将来の運営についてスムーズにいくのではないかというように考えておるわけであります。
 それから、一般に言われておるわけでありますけれども、放送大学を設置する意義とでも申しましょうか、仄聞するところによりますと、その理由と申しましょうか、一つには今後、昭和六十五年くらいになりますと大学入学志願者というものがふえるという見込みが一方にある。他方、無限に通学課程の大学をつくるというわけにはいかない、それはそうだろうと思うわけであります。だからその際、放送大学をつくっておけば一般国民の大学教育に対する要望というものがそこで消化されるはずだという議論があります。果たしてそうか、一部にはその役割りを確かに果たすことができましょうけれども、一体通学課程、普通の——普通の大学と言ってよろしいでしょうか、通信に対して私どもは通学課程と言っているわけですが、通学課程を志望する者が入れないから、それでは放送大学があるのでということにはにわかにはならない。すなわち進学希望の対象がまるで違うわけですね。でありますから、その点はどうも将来増大する大学入学志願者に対して放送大学がその役割りを果たすという点については、いささか議論が当を得ていないのではないかと思うわけであります。
 それからもう一つは、通信教育に類似する放送大学というものをいきなりつくることの一つの積極意欲を大いに評価すると言えばそうでありますけれども、他方では一つの何といいましょうか、かなり冒険性を伴っているのではないかとも思うわけです。むしろ長い間の積み上げの上に放送大学をやっていくんなら、もっとスムーズに受け入れられる部分が多いのではないかと思うのでありますけれども、そういう意味では国立大学が幾つかの学校でまず通信教育の課程を置いてそれでやってみる、その実績の上に放送大学というものを考えてみるべきであったのではないかとも思うわけでありますけれども、しかし、これは現在の時点では時機におくれた考え方かもしれません。
 なぜ、それでは通信教育の課程といきなり比較するのかという御疑問もあろうかと思いますけれども、放送大学が一般に受けている印象は、二百四十課目あるわけでありますけれども、ほとんどの課目を放送でやられるという印象があるからだと思います。しかし、実際問題として完成年度に至って、二百四十課目全部をテレビなりラジオなりでやるということはまず不可能であるはずです。そういたしますと、勢い放送でやる課目とそれから通信のプリント教材でやる課目に分けざるを得ないんですね。
 その比率はどうかということになりますと、これはまたオープンユニバーシティーの例で恐縮でありますけれども、イギリスの制度でも六五%は実は通信教育に類するプリント印刷教材でやっておる。一五%が放送であるというようになっているわけです。しかも、一五%の比重の課目を放送するんだけれども、実際にそれでは在学生が視聴する率はどのくらいかということを聞いてみますと、公式の印刷物では一〇%とか一一%と出ておりますが、担当者にじかに聞いてみますとまあ五%ぐらいだろうと言っているわけです。恐らくそれは実情に近い数字だと思うわけです。そういう先例が現にあるわけでありますから、放送大学も、テレビ、ラジオで全部やるんだという印象、そういう前提で余り御議論をされますと、将来かなり食い違いが出てくるのではないかと思います。もちろんいままでの私どもが伺っております状況でも全部放送でやるとは文部省の御担当の方も言っておりません。通信の方式でやるということを私ども承知しております。でありますけれども、そういう話と一般受けのたとえば放送大学に期待する、お茶の間で大学卒をというようなキャッチフレーズは果たしてこの教育の場から申し上げるならばいかがか、実情に遠いことはなはだ開きがあるので、そういうキャッチフレーズはいかがかと思うわけであります。
 それから第三に、この放送大学を設置するに関連して、従来私どもの経験では通信の制度は併設制といいましょうか、基礎学部がないと通信の課程はつくれないというのが設置基準になっております。でありますから、たとえば法学系の通信教育をやる場合には、その大学は法学部の通学課程を持っていないといけないんです。そういうことで、私ども各大学はいろんな意味での基礎学部の拘束、基礎学部の枠の中で通信教育をやってきたわけでありますけれども、放送大学はその点を外して、言うところの独立性の通信教育、放送大学ということになるわけですね。
 それで、一体現行法ではできるのかという質問をしましたところが、いや、それは法律を変えるんだからということでありますから、ああそれはそうかということで私どもも納得をするわけでありますけれども、しかし現在は——現在はというのは、いままでは基礎学部がないと通信教育を置けなかったという意味で、いろんな拘束を伴いながら、三十年来私ども私立大学では通信教育をやってきたという実情はこの際御理解をいただきたいと思うわけであります。
 そうして、私立大学でやっております通信教育の中で一番困難であり、将来も恐らくこの問題は通信教育制度発展のためにネックになるだろうと思うのはスクーリングの点でございます。このスクーリングは、わかりやすく申しますと、大学四年間在学のうちの一年分は学校に出なければならないんです。でありますから、通信教育というのは学校に行かなくて大学を卒業できるんだという一般の理解があるわけですけれども、実情はそうでない。そういうような通信教育基準になっているんです。そうでありますから、この点についても、放送大学ではスクーリングをもっと別な形に持っていっているわけであります。そういう点については、私どもが影響を受けるという部分の非常に重大な点でもあるので、今後これらの点については、私どもの立場でも十分スクーリングを含めた通信教育の体質強化ということをやっていこうというように考えておるわけであります。
 なお、幾つかの点で申し上げたいのがあるわけでありますが、予定の時間を過ぎておりますので、また御質問に関連して触れていきたいと思っております。
 以上でございます。
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降矢敬義#5
○委員長(降矢敬義君) ありがとうございました。
 次に、西本参考人にお願いいたします。
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西
西本三十二#6
○参考人(西本三十二君) 西本であります。
 今日、世界的に見て、先進国でも発展途上国でも教育上最も大きな関心を寄せられておるのは放送大学であります。それは、科学技術の高度に開発されつつある激動の時代にふさわしく大学教育を大いに革新させるとともに、それを契機にして十八世紀から十九世紀、二十世紀にかけて発展してきた教育制度、学校制度、これは主として教師と生徒とのフェイス・ツー・フェイスの密接な関係、それから図書館を重視してプリンテッドメディア、書物を教育の上で非常に重視するということ、そうして四つの壁で仕切られておる教室の中でやるというような閉鎖性の非常に強い学校教育という、そういう固定観念に縛られた学校教育、大学教育、教育制度というものを見直し、変革するために放送大学は大きな役割りを果たすものであるというのが、放送大学が諸外国において、また日本においてもここ十数年来考えられておる最も重要な問題なのであります。
 政治家として放送大学を最初に提唱したのは、すでに皆さんも御承知のことと思いますが、英国労働党の党首ハロルド・ウィルソンであります。第二次世界大戦中、ウィルソンは英国の挙国一致内閣で炭鉱の国有化を実現するなど戦時内閣で大きな実績を上げたのでありました。戦争が終わって、海外に出ていた、また前線から帰ってきた兵士たちの中から大学教育に対するあこがれの非常に強いことを感じ取ったのであります。また第二に、戦後の高度の科学技術の発達に伴って、労働者を初め国民のすべてが大学レベルの教育を必要とするということ。そして第三には、その後、英国において急速に発達したテレビというものの教育的可能性というものを認めて、この激動の時代に必要なのが放送大学であるということを痛感したのであります。
 ウィルソンは、その後、政府の役人をやめました。彼はオックスフォード大学を卒業し、大学で学生を指導して、戦時中は役人としてホワイトカラーのエリートであったのでありまするが、一九六三年、いまから約十八年ほど前に労働党に入党して、そうしてやがて労働党党首に選ばれ、そうして一九六四年に総選挙がありましたが、その前の年の一九六三年にグラスゴーで開かれた労働党大会で放送大学という、すなわちユニバーシティー・オブ・ジ・エアという構想を発表したのであります。ところが、これはイギリスにおいても非常に耳新しいことであって、労働党自身もこれを労働党の重要な教育政策に取り上げるということにちゅうちょをしたのであって、ウィルソンの個人的と申しますか、創意工夫であるというふうに初めの間は考えておったのであります。
 それで、一九六四年の総選挙で労働党は多数党になりました。しかし、それは野党よりもわずかに三議席多いだけであったのであります。しかし、それでもこのウィルソンは、皆さんも御承知かもしれませんが、ジェニー・リーという、労働党の領袖であって国民保健政策を実施した有力な議員の未亡人でありまするが、この人を文部省の政務次官にして放送大学の推進に当たらせたのであります。そうして第二次ウィルソン内閣においては、さらにジェニー・リーを国務大臣としてもっぱら文部省の放送大学推進に当たらせてきたのでありまするが、御承知のように、イギリスというところはオックスフォード、ケンブリッジによって代表されておるように、アカデミズムと申しますか、いわゆる象牙の塔式な大学ということを尊重する風潮の強い国でありまするから、労働党の人々も、もちろんそれから保守党の人たちも放送大学というのに対しては余り理解がなかったのでありまするけれども、ウィルソンとジェニー・リーの非常に強力な推進によってこれを実現することに努力したのでありまするが、やがてそれがオープンユニバーシティーということになって、ウィルソンの考えておったことの約五〇%ほどしか実現しなかったのであります。
 先ほど来、お二人の参考人からオープンユニバーシティーのことについてお話がありましたが、少しイギリスの放送大学それからオープンユニバーシティーの変わったいきさつについては、まだ御研究の足りないところがあるように思うのでありまして、これは後ほど質疑応答のときにまた機会を得ていろいろお話し申し上げたいと思うのであります。
 そして一九七一年には保守党の政権でありました。そのときの文部大臣はサッチャー夫人であります。いまの英国の首相でありまするが、保守党のサッチャー夫人とそれから労働党のジェニー・リー女史、これはベバンの未亡人でありまするけれども、この二人は英国の国会においては女性議員として、女傑と申しますか、闘士と申しますか、非常に強力な人であって、この二人の間の放送大学、オープンユニバーシティーについてのいろいろの関係は、話せば非常におもしろい問題があるのでありまするけれども、これはきょうの本筋ではないので省くことにいたしまするけれども、政治家の皆さん方にとっては非常に興味あることであろうと思うのであります。
 そこで、私はただいま配っていただきました表によって、ひとつこのオープンユニバーシティーというものがどういう機能を英国において果たしておるかということを第一表においてごらんいただきたいと思うのであります。
 第一表は、一九七一年から昨年まで、志願者、入学者、それから卒業生というものの表を、これをオープンユニバーシティーから直接取り寄せて昨年の放送教育学会で発表した資料でありまするが、一等最後のところでペンで書きましたところをまず見ていただきたいんでありまするが、ともかくもこの十年間に卒業生が約四万人出ておるんであります。そうしで、オープンユニバーシティーというのが、われわれの考えておる放送大学あるいはウィルソンが考えたところのユニバーシティー・オブ・ジ・エアというのが半分しか実現できなかったにしても、年々これだけの効果を上げておるのであります。これが世界の教育者の非常な興味を引き、発展途上国においても特にそのオープンユニバーシティーを見学に出かけていくと、あるいはアメリカでさえもニューヨークに、このオープン・ユニバーシティー・ファウンデーション・イン・ニューヨークというようなのをフォード・ファウンデーションの協力によってつくって、アメリカの大学においてさえもこれを活用しようというような動きが出ておるのであります。
 もともとオープンユニバーシティーの始められたときには英国人に限ると、二十歳以上の英国人であって——二十歳というのは、イギリスの大学制度は日本と違いまして、大学入学が二十歳なんであります。英国人に限ると言っておったのが、六、七年後に海外においてもこのオープンユニバーシティーの教育活動を広げようとするような方向に進んできたのでありまして、ある人は、これは英国が昔大英帝国として植民地を世界の隅々にまで持っておった、あの植民地の失地回復のためにオープンユニバーシティーによって英国の文化、教育を平和のうちに進めようとして大きな期待を持っておるのだというように言うのでありまして、この表につきましても後ほど質疑応答の時間に詳しく説明申し上げたらいいと思うんであります。
 第二表は、これも皆さん方すでに文部省から配られましたパンフレットによって御承知であるのを拝借したのでありまするが、その最後のところに、日本ではともかくも放送大学において勉強しようとする者、学生の数が四十五万二千人あるというんであります。日本は英国の二倍の人口を持っております。大学の数は短大を入れるというと四、五百に上るんであります。イギリスのオープンユニバーシティーは英国における第五十番目の、大学として発足したのであって、大学数が少ない、学生も少ない、少ないからオープンユニバーシティーに来るのが多いという見方もありまするし、しかしイギリスは日本ほど大学教育を国民が受けようとは余りしないと、それに反して日本人は大学教育を受けたいと。日本人は、最近の調査によりまするというと、八〇%以上の人が中産階級であるという自負心を持っております。中産階級として生活に多少余裕があれば子供を大学に送りたいというのは、これは親心であります。そこで……
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降矢敬義#7
○委員長(降矢敬義君) 西本参考人にちょっと申し上げたいんですが、予定の時間がかなり過ぎておりますので、質疑の時間でひとつお答え願いたいと思います。
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西
西本三十二#8
○参考人(西本三十二君) あとのところはこの表によって、また御質問に答えることにいたします。
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降矢敬義#9
○委員長(降矢敬義君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 なお、参考人の皆様には、各委員の質疑時間が限られておりますので、恐れ入りますが簡潔にお答えくださいますようお願い申し上げます。
 それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
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小野明#10
○小野明君 新井参考人の御意見、途中からなんですが、全く私も御意見に賛成でありまして、法案には教授会の地位というものが全く書かれておりません。そういったことで、この放送大学というものが全く自治をなくしたといいますか、自治抜きの大学ということで学問研究の自由というものが保障されるかどうか、放送コードとの関係もございまして、そういう危惧を持っております。今後どのようにこれに対処すればいいとお考えであるのか、少し現実的な生臭い問題になるかもしれませんが、御意見をひとつ伺いたいと思います。
 それから、板橋参考人にお伺いしたいんですが、実際に通信教育に当たられてこられたわけですが、この放送大学ができましたら、これとの望ましい協力関係あるいは競合関係というものができるのかどうかですね、放送大学にあるいは文部省にいかなることを望まれるか、その点をお伺いしたいと思います。
 それから、西本参考人に、該博な知識を御披露いただいたわけでございますが、英国と日本では実情が違うわけであります。そこで、非常にオープンユニバーシティーについて評価をなさっておられるようでありますが、それでは、オープンユニバーシティーが英国で成功をしたと思われる理由ですね、簡単でいいんですが、それが果たして日本の実情と比べてどういうものになるのかですね、それをひとつ何点か挙げていただきたいと思います。
 以上です。
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新井直之#11
○参考人(新井直之君) 私は、大学の自治を確保するためには、基本的には先ほど最後に申し上げましたように、現在あるそれぞれの国立大学がそれぞれに放送教育を行うようにすれば一番基本的な解決になるだろうと思うんでありますけれども、それを別にいたしまして、現在の学園法案に関して言いますならば、まず第一には、教授会のことについて地位及び内容、職責などについて明確に規定をすること、それから、もちろん現在の国立大学でも評議会というのが非常に大きな役割りを持っているわけでありますけれども、この放送大学は特殊法人でありますから、そういう点も勘案いたしまして、たとえば学長であるとかあるいは評議員であるとかそういう役員の選挙を行う、そういう教授会の選挙によって役員が選ばれていくということを考える必要があるだろうと思います。
 それからもう一つは、放送大学の特殊性といたしまして専任教員よりははるかに非常勤の教員を多く抱えるということになっておりまして、この文部省の「放送大学について」というパンフレットでは約三百人というふうに職員数が書いてありますけれども、このほかにどれだけ非常勤の教員を抱えるかということが書かれておりません。しかし、そういう人たちにどのようにこの放送大学について参加してもらえるかというようなこともやっぱり考える必要があるだろうというふうに思います。
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板橋郁夫#12
○参考人(板橋郁夫君) 御質問は二点にわたっておるわけでありますが、望ましい協力関係という点につきましては、まず基本的には、私どもでは新しいこの放送大学についてはできるだけ協力をしようということを協会内部では話をしております。しかし非常に広範囲にわたります。つまり、通信教育の実施に当たっては、実に基本的な教科書づくりから、あるいはスクーリングのやり方から、土曜、日曜の学生の指導など、施設、設備の利用等についてどんなふうな運営を放送大学がなされるのか、それとの関係で協力関係の内容というのは非常に複雑になってくるように思いますけれども、でき上がった放送大学の御関係の方々がぜひ手を取り合ってやってもらいたいというのであれば、私どもはそれについて協力をするということであります。
 それから、第二点でありますけれども、文部省にいかなる希望があるかということに関連しまして、私どもでも放送が持っております通信教育制度の教育上の効果というものを非常に重要視しております。つまり、現在の通信教育について世間一般が余り理解を示さないのは、何といっても宣伝力において劣るからであります。その点は電波が持っております浸透力は大変なものがありまして、したがって私どもでも電波を持ちたいということをかねて来希望しております。しかし、財政上の理由からこれはとても望むべくもないことであります。これは一、二の大学で、それじゃ独自に電波を申請しようということでやっておるところもあるわけでありますけれども、そういうような状況を御理解いただいて、新しい放送大学では私立大学の通信教育の制度のために電波を一部利用させるというようなことをお考えいただくわけにはいかないか、あわせて地方の学習センター等についても、私どもでも通信教育の学生の教育効果の徹底のために各地区にセンターを持ちたいとかねて来考えておるのでありますけれども、これも財政上の理由からできない。だから、放送大学が予定しております地区別の学習センターを組織的な枠の中で利用させていただけたら大変ありがたいというように考えております。
 もっとたくさんあるわけでありますけれども、以上要点だけであります。
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西
西本三十二#13
○参考人(西本三十二君) 第一は、放送大学では、高等学校卒業または同等の学力を有する者と言って門戸を開放しておることであります。そして、入学試験は行わない、書類審査によって申し込み順に入学を許すということがオープンユニバーシティーがこれだけ実績を上げたのであり、日本の放送大学もそれにならっておる点であります。
 さらにもう一つは、他の大学で得た単位をオープンユニバーシティーが認めるということです。その第一表でごらんいただいてわかるように、第二年度にすでに卒業生を出しております。これは、イギリスのティーチャー・トレーニング・カレッジというのは昔の日本の高等師範のようなものでありまして、学士号がもらえていないんです。もう一年大学で単位を取れば学士号がもらえるというようなことで、第一年には教員が殺到したわけなんです。そして、このごろはもうそういうのがだんだん減ってきたから教員の志願者が少なくなってきたんですが、ここにもいわゆる差別的な待遇を受けておったところの英国の小学、中学、高等学校の教員にオープンユニバーシティーが非常に大きな役割りを果たした。日本も、病気その他経済上の理由によって大学を中途でやめた人が放送大学に入ってくることによって、いままでせっかく金をかけ時間をかけ努力したところの大学の勉強をむだにしないで、学士号を得ようとするならば得られるというところに大きな利点があることであります。
 その次はラジオ、テレビを活用するということでありまして、ラジオ、テレビというとすぐに一方的であり、相互交流が行われないというふうに決めつけてしまうのがこのごろのジャーナリズムのたてまえでありまするけれども、一昨日皆さんがごらんになったように、スペースシャトル、宇宙連絡船がああいうふうな成果を上げておるのであって、放送大学はあれほどコンピューターやその他を十分に使うところまでいきませんけれども、今日のエレクトロニクスの発達したところのものを上手に使うことによって、従来の大学教育では行えなかったところのすばらしい方法あるいはテキストの製作あるいは放送番組の制作にまでもそういうものを使って、一教師いかに学徳のすぐれた先生といえども果たし得ないようないい番組を学生に提供することができる、私は決してそれで万能とは申すのではありませんけれども、いままでのいわゆる既定概念によるところの大学教師と学生との交流ということを、現代の高度に発達したエレクトロニクス、科学技術を使えば、大いに一方交通であるということの非難を緩和することができる。私は緩和と申します、絶対に全部がやれるとは申しませんけれども、そこには従来の大学教育では果たし得ない大きな可能性を持っておる。それがやはり英国においてもオープンユニバーシティーで活用されておることであります。そして、オープンユニバーシティーのラジオ、テレビはわずかだとおっしゃったけれども、これはウィルソンの考えておったいわゆる第四チャンネルを得られなかったからBBCに頼ったのであって、将来これはわずかにまだ十年しかたっていないんですから、今後こういう問題なども解決することによって、日本の放送大学もさしあたりは東京タワーから出てくる範囲内しかできないというまことにこれはもう赤ん坊にも等しいようなものでありまするけれども、それをもって放送大学がひ弱くてだめだと言ってしまうのは余りにも早合点だと私は考えるのであります。オープンユニバーシティーは、いろいろそういうものを使っておることによって非常に親しみ深い教材の提供と学習ができるというところに特徴があるのであって……
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降矢敬義#14
○委員長(降矢敬義君) 西本参考人に申します。後の方がまだ控えておりますので……。
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西
西本三十二#15
○参考人(西本三十二君) 日本の放送大学もこれを大いに活用する可能性が十分にある、それを大いにわれわれは期待したいのであります。
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粕谷照美#16
○粕谷照美君 新井参考人にまずお伺いをしたいことは、私も先生がおっしゃるように本当に学問の自由、大学の自治が守れるかどうか、この法律を見て非常な疑問を持っているところであります。先生の御意見をお伺いしますと、その法律を変えていけばそういう心配が少なくなっていく。そうすれば、放送大学というのは非常に意義があるんだ、こういうふうに理解をしてよろしいのか、放送大学がなくても、いまの国立大学の夜間部だとか、あるいは通信教育をやっていくということを優先をさせていく方がよろしいと、その方がやっぱり日本の教育にとってはいいというお考えなのかどうかということをお伺いをしたいと思います。
 それから板橋参考人にお伺いをしたいことは、いま私大通信教育が放送大学と共存をしていくという条件は一体何だろうかということについて御説明をいただきたい。
 いままで衆議院や参議院におきましてもいろいろと御意見があったところでありますけれども、しかし委員がかわっておりますので、このことを伺うのは初めてという委員もいらっしゃるのですから、全然御心配なくお話しいただいて結構だと思うのであります。
 それは、いま通信教育だとかあるいは夜間部に入っている学生の層というのは一体どういう層なんだろうか、警察官だとか地方公務員だとかあるいは自衛隊だとか、そういう特殊の人たちが多いのであって、いま三交代制勤務を強いられているような労働者だとか、そういう人たちはなかなか行きたくても行けないというのが事実ではないか、本当に勉学心に燃えている人たちが入っているというのがまた実態ではないかというふうに考えておりますし、また、そのところに入った生徒の卒業率というのは一体どのくらいあるんだろうか。そのことと絡めて、この放送大学の卒業生というのは一体どの程度あるんだろうかというようなことについてのお話をしていただくと大変ありがたいと思います。
 あわせて、いまの日本の就職状況の中では、通信教育を受けました、あるいは夜間を出ましたという生徒をまず雇用の段階から差別をしている、シャットアウトしている企業が多いわけでありまして、放送大学を出たということがイギリスのオープンユニバーシティーのように高い評価を得るというふうにお考えであるかどうか、高い評価を得るためには一体放送大学はどのようにあるべきか、このことについてお伺いをしたいと思います。
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新井直之#17
○参考人(新井直之君) 私は、基本的に申しますと、放送大学は学問の自由あるいは大学の自治、研究、そういうようなことから考えて、少々の手直しでは基本的には解決はしないのだろうというふうに考えております。
 たとえば一つ例をとりますと、放送大学で非常に実際的に教育の第一線に立つのは各地の学習センターの人たちであるだろうと思います。学習センターができますと実験、実習もそこで行うことになります。それから、ビデオをそこに置いておきまして、それで昼間あるいは夜間仕事の都合などでテレビを見られなかった人たちがその学習センターに来てもう一度そのビデオを見るというようなことになって、あるいはそこで質問したいことがあればそこの学習センターに勤めているチューターあるいは非常勤の先生方などに質問をするということになったりします。そういうふうに各地域にできる学習センターというのが実際には各学生と直接に接し、そしてそこの人たちの持つ働きというものが非常な大きな役割りをするだろうと思うんですけれども、たとえば教授会などというものを仮に地位を高めたとしてもそういう各地の学習センターに勤めておられる方々は教授会に参加できないのでありますし、恐らくそういう大学の運営に参加することもできないだろうと思われます。
 そういうことから考えますと、本当の意味での放送大学の学園の自治あるいは学問の自由あるいは研究というようなことが相当問題になってくるのではないかと思われます。私は、基本的には現在ある国立大学を充実させ、昼夜開校制をとり、あるいは通信教育を行い、そういうことによって働いている人たち、あるいは大学に行けなかった人たちに門戸を開放するということが基本的に大事ではないか。特に私は「放送大学について」というこの文部省のパンフレットを見ていて非常に疑問に思います点は、将来構想が全然具体的に何もわからないということなんでありますけれども、まあ伺うところによりますと、放送大学全部全国をカバーするというふうになるのには一千億円とか一千百億円とかの予算がかかるそうでありますが、それだけの費用があるならば、現在ある国立大学をなぜそのように開かれた大学にしていく、充実していくことを考えないのだろうかという点に不審を持っております。
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板橋郁夫#18
○参考人(板橋郁夫君) 私が触れたいと思っている点を御質問いただきまして大変ありがとうございました。早速その点について申し上げます。
 共存の条件でありますけれども、これはちょうど国鉄と私鉄みたいな関係でありまして、共通の仕事はするんでありますけれども、ある意味で競争関係に立っていますから、共存はその競争の条件が同じであるならば共存できるだろうと思いますけれども、何せ財力が余りにも違い過ぎます。そういう意味では、私ども私大通信に関係する者は、この際内容の充実をどうしていくか。その上で放送大学とのいい意味での競争関係を築き上げて唇歯輔車の関係を将来にわたって保っていこうという実は心組みだけでありまして、内心では放送大学が発足すれば、差し当たってはかなり私大通信の学生数が減るという覚悟をしております。そういう認識でありますから、この共存の条件については、願わくは通信に対して特別の補助をお願いしたいと思うわけでありますけれども、これも限度がございましょうし、しかし私ども私学関係者は常に悪条件の中で、それぞれの建学の方針に従って努力をしてまいったわけでありますから、新しい制度ができることによってマイナス面をこうむることがあっても、決してそれによって弱音を上げるようなことはいたしません。それから学生層であります。
 これは非常に、何と言うんでしょうか、たとえば旧制の中学までとか、戦争によって学校を出られなかったという者がいまでも依然として多い。そういう人々に限っていまの仕事から抜けられないんです。時間的に抜けられない。でありますから、夜間の学部を置いても時間の制約があって、その学校にも行けない。そういう人々が通信教育に来ておりますから、職業は自分でマーケットをやっているとか会社勤めをしているとか、地方の公務員であるとか自衛隊におる者とか種々雑多であります。家庭の主婦もかなりのパーセンテージを占めております。そういう人々が来ておりますから、私どもの指導というのは、そういう学生に対してできるだけ個別に会って、学生諸君の希望するようにということ、つまりは会って話をすれば、かなりの部分学生諸君は満足をしますから、そういうことであとは学部制に従った教育をやっておるということであります。
 それから、何よりもこの席で私が申し上げたいのは、そのようにして苦労をして通信の学校を卒業するわけです。それは学力の評価から申し上げますと、通学課程の学生にまさるとも劣らない学力を持っております。御案内のように、何度かレポートを書かされます。そのレポートが通らないと単位試験を受けられないのです。でありますから、文章表現能力もかなりのものであります。それほどの苦労をして卒業をしていく学生に対して、社会は何の評価もしていない。私どもは卒業面接というのをやるわけですけれども、この学生諸君に決まって聞くことは、君は本当に長い間苦労をして卒業したんだけれども、これで職場へ帰ったら一号俸ぐらい月給上がるんですかということについて、いえ職場にそういう規定はありませんということが大部分であります。ほとんど例外なしにと言っていいのであります。したがいまして、それと横並びで、仮に社会が放送大学の卒業生をそう評価するのかということになれば、膨大な国費を投じて一体何を、どういう教育を求めていくのかという議論はあるわけであります。それから、したがって私どもは、いまなすべきことは、通信教育を出た学生に対する各種の職場、社会組織、官公庁においてもっと通信教育——スクーリングにはなかなか出られない、官公庁は出していただけるようでありますけれども。通信教育に籍を置く者は、場合によっては職場に連絡文書をくれるなという学生もあるのであります。そういう環境で勉強しながら一号俸も月給上がらない、職場でポストが上がらないというようなことに対して、ぜひ関係者がもっと世間に向かって、そういうりっぱな人々に対する評価はどうあるべきか、今後どのようにしていくかということを私どもとともにいろいろな機会に御発言を賜りたいと思っておるわけであります。
 たくさん申し述べたいのでありますけれども、時間の制約もありますので、以上でございます。
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本岡昭次#19
○本岡昭次君 板橋参考人に御質問いたしますが、NHKの大学講座が昭和五十三年まで大学の通信課程で単位の認定を行っておったのが、五十四年かからそれをやめたということの理由の中に、やはり大学側の教えていく中身、そこにはやっぱり教授は教授として自分の学問の専門性を持っておられる、それで片方も持つ、それがやっぱりぶつかり合うところからうまくいかないというところでやめたというふうに私は聞いているんですが、この放送大学ができると、文部省の側は放送大学の放送する内容を通信課程の方が取り入れて大いに大学の通信課程の方が活気を呈してくると、こういう御説明もあるんですが、私はNHKと大学通信課程の中で失敗したように、これ絶対うまくいかないと、そういうふうに思うんですが、本当に大学の通信課程の方が放送大学が放映するものをどんどん取り入れて、この放送大学の放映するものでもって勉強しなさいというふうになるのかどうか。私は、それぞれの学問、研究の自由とか学者の立場からすれば、そういうようなことになり得ないと、こう思うんですが、その点一点。
 それから新井参考人に御質問いたしますが、私も、学習センターの教官と実際放送をするカリキュラムを組む本部大学の教官との関係、これが絶対うまくいかないだろうと、こう考えているんです。実際スクーリングするのは地方の学習センターの教官がやるわけで、それはその教官の考えとか学問の成果をその面接する学生には直接ぶつけることができなくて、実際は放送した、テキストを書いたその人の考えを口移しにやらなければ、これは一貫した教育にならないということ、非常にそこに矛盾ができる。これは最大の学問上の難点ではないかと思うのですが、いかがでございましょうか。
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板橋郁夫#20
○参考人(板橋郁夫君) NHKとの関係が現在のような状態になりましたいきさつは主として二つございまして、一つは、通信加盟各大学が自分の学部に持っております科目の内容を放送したいと言って持っていくわけです。そうしますと、NHKの方では、いや、放送者の立場からそれをそのままやれないということで形が崩れていきました。それは内容と担当者にも関係があります。各大学に担当者がおります。そうすると、通信の大学に全く関係のない方がどんどん入ってき、じゃそれを利用して単位を与えろということについては無理であります。
 それからもう一つは、時期的な問題もございます。つまり、通信教育は学生に、少なくとも四月に入る学生には、前年度の十一月、十二月にはあらゆる文書あらゆる科目、担当者を完成させまして、文書を用意して発送するわけです。ところが、その枠の中ではNHKは次年度の科目、放送内容についてどうするかということが決まらないものですから、それに合わせて四単位の授業をやっていくということが事実上できない。だから、九月からの問題について、開講科目について単位を与えるということになりますと、二単位とならざるを得ない。これは学校教育の制度としてできないのでありますから、勢いその関係が薄れていかざるを得なかったということであります。できます放送大学との関係もそういう意味ではやはり共通の憂いといいましょうか、難点があろうかと思います。加えて、放送大学が予定しております科目内容と学部制をとっておりますわれわれの科目内容と全く違いますから、互換をしたいという気持ちは私どもうんと強いんです。ですが、それは科目の内容が違うのと制度上できないという難点がある。これはどうやって合わせるか、今後つくられる放送大学の科目編成に係ると思っております。
 以上です。
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新井直之#21
○参考人(新井直之君) 御質問の趣旨に全く私は賛成でございまして、オープンユニバーシティーが成功した理由の一つはスタディーセンター、学習センターが非常にたくさん敷かれまして、全イギリスで二百七十カ所のスタディーセンターを置いたわけであります。今度の放送大学では現在関東一円の中に学習センター六カ所というふうに書いてございまして、そうしますと、一府県ごとに一カ所ずつという非常にネットワークとしては粗いネットワークになっているかと思います。もしこれをなお充実させて、オープンユニバーシティーのように各所にスタディーセンターを置くというふうになってまいりますと、それだけスタディーセンターに勤める教師の人数がふえてくるあるいはチューターの人数がふえてくるわけでありまして、そういう人たちとの連携というのがいよいよ困難を増すばかりだというふうに思います。全く私は御質問の趣旨に賛成でございます。
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田沢智治#22
○田沢智治君 私は自由民主党・自由国民会議を代表して、板橋参考人と新井参考人に二、三お聞きをいたしたいと思います。
 放送大学という新しい要素を大学教育に利用して、国民とともに学びつつ大学の教育課程を履修し卒業できるシステムというものは、今日マンモス化し格一化した教育システムにマンネリ化した既存大学の教育内容を一掃するという意味において私は非常に意義深いものがあると思っているんです。その意味において、将来全国津々浦々に僻地の人々でも、職人さんであろうと、主婦であろうとあるいは高齢者であろうと、どういうような職業についている人々でも、大学に通えないたとえば障害者の人々でも大学教育課程を履習する機会を均等に与え、単位も取れるし学位も取れるということはすばらしい大学構想であると私は確信しております。そういうような一つの期待感というものが強ければ強いほど果たしてわが国の社会状況の中で前述した目的、使命が果たして成功するかどうかという点について私たちは留意しなきゃならぬ、ここに、恐縮ですが、きょう御参考人の方々の御意見を拝聴したいという姿勢であったのではないかと私は確信しております。
 そういう意味におきまして、まず板橋先生に二、三私はお伺いしたいのでございますが、既存大学の通信教育部の学生、文部省の五十五年度版においては学校数は十二、学部数は二十二、学生数が十万九百八十三名、そのうち四万一千九百四名が女子であるというふうに言われておるのでございますが、この十万の学生の全国的出身県の構成比などはいまはわかりませんか。およそでよろしゅうございますが。
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板橋郁夫#23
○参考人(板橋郁夫君) それでは、卒業率です。先ほども御質問があってつい失念しました。これ非常に大事な点でございます。私どもの平均的な評価でありますけれども、通信教育に一年に入ってきます。仮に百名入ってきますと、一年から二年に上がる者は五十人になります。二年から三年に上がる者はその約半数二十五人になります、平均的な数字で。それで四年に行きますと大体卒業するんですが、一年から振り返って、じゃ一年で百名入った者が四年後にどのくらい出るかというとパーセンテージとしては一〇%出れば多い方です。一〇%は出ないんです。そういうことでありますから、放送大学もおそらくそうではないか。もっともテレビはおもしろいというんで、パーセンテージが上がるかもしれませんけれども、余り放送大学をやって国民全体に大学資格を与えられるんだというのはどうでしょうか。
 次に、ただいまの構成比でありますけれども、仕事を持っておる者、これは東京の大学と関西の大学と状況が違うのでありますけれども、関西の大学から見ますと西の方で全般にわたっております。それから関東の大学ではこれは沖繩から北海道までわたっております。そういうような状況になって、そのばらつきはいろいろであるけれども、とにかく全地域にわたって通信教育の必要があるということはそのばらつきの上から判断できます。
 以上です。
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田沢智治#24
○田沢智治君 そこで、私は非常に興味があるのは、私も大学人ですから自分でいろいろなことをやっています関係でよくわかるのですが、戦後、通信教育部が開設された時点での受講学生というものの多くは小学校、中学校が主力でしょうが、高等学校の教師が大学の学位を得て教員資格の充足に役立たせる目的で、あるいは自己研修のために働きながら受講したケースが多いと思っておるんですが、その点いかがでございますか。
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板橋郁夫#25
○参考人(板橋郁夫君) 御指摘のとおりでございます。教員養成課程を置いている学校には通信教育の在学生が非常に多いという傾向は指摘できます。ただそれ以外にも自分で勉強したいという学生がおりまして、まあ比重をいえば自分の内容を高めたいというのと教員資格をいえば一対二ぐらいの卒業生の比率じゃないかと思っておりますけれども、しかし、私が所属しております大阪学院大学では、教員資格というよりも自分の力を、内容を、自分の精神状態を高めたいというのが全部でございます。
 以上です。
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田沢智治#26
○田沢智治君 多分開設当時は私はそうだったと思ったんですが、しかし今日の通信教育部の学生の実態はどうかというと、所属大学に入りたくても入れなかったというような現実の中で、私は、所属大学の学部に入学を希望し、将来学部の転部または偏入したい目的を持って受講学生が多くなっているんじゃないだろうか、要するに、四年制大学へ行きたい、しかし試験に落ちて入れなかったと、もう一遍予備校へ行くよりも通信教育で勉強してもう一遍挑戦していこうというように、ある程度目的意識を持った学生が多いんじゃないだろうかと思うのでございますが、板橋参考人さんいかがですか。傾向としてお話いただければ……。
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板橋郁夫#27
○参考人(板橋郁夫君) 通信教育を置いております大学によってその辺の御指摘の事情は大変違います。それで結局一通学課程に入れないから通信教育に籍を置く、したがって、通信教育を拡大したらいいだろう、放送大学を拡大したら、設けたらいいだろうということにならないのは、通信教育に仮に籍を置くわけです。通学課程の定員が空いたらそっちに転入したいんですね。浪人はしていたくない、いま勉強したい、通学課程に入りたいということでそこにプールされているのが一部の通信課程の実情でもあります。しかしそれが通信課程の大部分ではありません。もともと時間がないから、経済的な理由から来られないので通信教育制度の中で勉強しているというのがこれは大部分なんですね。一部に御指摘のような事情があると、こういうことです。
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田沢智治#28
○田沢智治君 そこで、私はこれ非常にユニークな放送大学法案だと思うのですが、これをどのように充実し、手直ししていくかによっては私は日本の大学教育機関が変わると思うんですね。たとえば、いま地方から主要都市に来て下宿して生活すると一月十万円、およそ十万円前後です。まあ八万円とこう人は言いますけれども、これは文部省の実態調査で全部わかっています。文科系に行くということになっても大体六十万前後の月謝を払わないとできないんですよ。ですから、通信教育もさることながら、放送大学が教養部的な役割りを全国各地において果たして、二年間放送大学でおれは経済的に苦しいから勉強さしてもらって、後編入の機会が与えられれば四年制大学へ行くのが目的なんだというような国民的基盤に立っての目的意識を充足する機関に正課の放送大学の学生を位置づけるとしたら、私は大変変わると思う、これが私の考えなんです。いまの法案じゃだめですよ、これ多少直さなきゃだめだけれども、これが第一点。
 第二点は、多分これ放送大学が全国的な視野の中で位置づけられるとすれば、管理職の方々、教員の先生方、学生の多く、主婦でも教養を求め、知識を求めようとする人たち、こういう層が、私は入ってくると思うんです。これはまあ専科、科目別なものを求めるというような法律が好きな人は法律、経済が好きな人は経済、いろいろのその行程はあるかと思いますが、二つに私は大別すると、分かれることができるんじゃないかと。とするならば、いまの放送法案にも、正課の場合においては無条件でとるということじゃなくて、第一次学力試験に合格した者を抽選でとるとか、あるいは科目別を求める者には、これは無条件で受け入れるとかというような、もう少し弾力的な幅を持ってお互いに競争し、あるいは改革していくとするならば、国民が私は求める法案になるんじゃないだろうかと思うんですが、板橋参考人、いかがでございますか。
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板橋郁夫#29
○参考人(板橋郁夫君) 御指摘のとおりであります。
 ただいまの御質問は三点ありましたから、三つに分けて申し上げますが、編入の機会——放送大学は四年ですけれども、前期二年を放送大学でやって、そうしてそれぞれ志望する学部制の通信大学に入るというのは一つの考え方で、私どもでは短期大学と四年制の大学があります。短期大学の通信を終えてから四年制の通信に編入する学生が非常に多い。その場合どうするかというと、編入できるような四年制が向こうにありますから、短大の方では編入できる科目合わせをやるんです。そういう工夫がないとだめです。したがいまして、放送大学の二年の教養課程済ましたら、学部制のところに持っていくような指導のセクションもあるとしたら、そういう科目を検討しなきゃいけません。そうすべきです。
 それから、教養を求める。放送大学が一番意味があるのは、全国民に対して大学レベルの教養を継続的に簡便に与えていく、これは非常にもう大きな力があるだろうと、これは高く評価していいと思います。その刺激があわせて反射的に大学通信教育の方にもプラスになることを——私どもは実は、将来恐らくプラスになるだろうと思っています。なぜかというと、通信教育があるということをそのプロセスの中で一般大衆が理解するからです。
 それから第三点、資格志向ですね。大学卒の資格を与えると言い、他方では大学卒の資格を欲しいと言うけれども、通信の学生が卒業したとき、社会が評価しないんだから、そういう実情をどう考えるか。その実情を放送大学の学生諸君に当てはめるんなら、資格志向というのはどれほどの意味があるかということを、この際お考えおきいただきたいんです。以上です。
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