中西一郎の発言 (予算委員会第一分科会)
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○中西一郎君 三月十二日、総括のときに若干御質問いたしました。それに関連するんですけれども、現在の片務的な安保条約というものが、この間の総理大臣の御答弁だと、心配要らないというんでしょうか、絶対に変えないということを強く言っておられました。他方、いろいろな情報をとりますと必ずしもそうばかりは言っておれないのではないかという気がするんです。日本人一般あるいは日本政府が考えるほどには安定したものではないのではないかという所見を持っています。
そこで、若干の例を申し上げるのですけれども、戦争権限法の第八条(d)第一号、条約優先の規定です。アメリカ大統領がどう思おうとも条約があるから日米安保条約は動かないのだという根拠規定だと思いますが、その根拠規定の削除案というのは何回かアメリカ議会で提案されている。その一々については申し上げません。
それからもう一つは、昨年の冬ですけれども、ニューヨークの元日本協会会長であったアイザック・シャピロ、最近日本にも見えたようです。「フォーリン・ポリシー」という雑誌で、安保はアメリカから改定を申し入れるべきではないか、また駐日米軍は撤退をさせるというような論陣を張っております。さらに、下院議員のドン・ピース、これは二月だったと思いますが、これはいまの片務的な安保条約あるいは四万数千人の在日米軍というのは形を変えた経済援助ではないか、貧しい国に経済援助をするのは当然だけれども、日本のような大きな国、富める国に経済援助はおかしいのではないか、こういう観点で決議案を下院に提出したと、こういう報道もございます。なお、グリフィス大学、これは豪州ですけれども、朝日新聞三月十四日の記事によりますと、ウェルフィールドという人が、日本はアメリカに依存するよりは武装中立ていけという提言をしておるのでございます。
そこで、もう一つ申し上げたいのですけれども、ここへ本を持ってまいりました。「ひよわな花日本」、ブレジンスキー、一九七一年の本でございます。十年前。
この中で——お配りしたと思いますが、こういうことを言っておるんですね。一九七一年の本ですけれども、一九七五年は重大な決断の年になる。「日本がその時期までに」——一九七五年までに「在日米軍基地の大部分を撤去することを、(穏便なかたちで)要求してくるものと予想しなければなるまい。日本当局はその代りに、基地の共同使用と、米軍の有事即応進駐方式をとることが望ましいとの公式態度をとっている」と、こう書いてあるんです。
そこでお聞きするのですが、こういう「公式態度」をとったという歴史的経過があるのかどうか、まずお伺いしたい。