西山千代子の発言 (文教委員会)
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○参考人(西山千代子君) 私は新宿区の落合第一小学校に勤めております栄養士でございます。
規模としましては、児童数が八百六十で、職員が五十です。
私の学校では自校献立の給食を実施しておりまして、米飯給食はもう十四年前から実施して、週一回の御飯給食は当然やっております。これは栄養士がいるために実施できる状態があったわけで、自校ということはそういうことなんだというふうに主張しております。
で、インスタント食品や半調理された加工食品は一切使われておりませんで、手づくりの給食です。手づくり給食の例としては、茶飯だとか、おでん、紅白なます、牛乳のようなものを使っておりますが、茶飯の米は除草剤や農薬のかかってないと分つき米だとか愛ももちろん使用しております。おでんなどは、だしは削り筋やだし昆布ですが、だし昆布はそのだしをとった後で形に切って結び昆布にしてまた使います。魚のすり身はだんごにしてゆでてつみれにつくります。木の葉型にして揚げたらこれはさつま揚げになります。大根、サトイモなどは有機農法の一年寝かせてつくった堆肥で育った無農薬の野菜を使っております。にがりを使ったがんもどきだとか、手づくりコンニャクとか、昔ながらのおでんを給食でつくっています。既製の市販されておりますはんぺん、さつま揚げなどは本物の味でないものとして使いません。そのため子供たちは、人気のある献立て試食会の希望などで、母親の声が多い献立です。これについては残菜は全然ございません。これが手づくり給食としていることです。足で歩いている放し飼いの自家飼料で育てられた鶏の卵だとか、その廃鶏をやわらかくした鳥肉だとか、同様に自家飼料で育てられた豚、牛肉、それから添加物の入らないハム、ソーセージ、ベーコンを使っています。有機農法の野菜は高いだとか無添加食品は値段が高いとか言われますが、私の学校では、一つは一五%引きの学校給食への理解をしてもらっていることと、しゅんのものはいつでも高いものばかりではないことと、年間契約の購入でかえって平均的な価格になっているために他の区内の学校の給食費と同じ給食費で特別な値段の高さはございません。それに、学校給食では高い安いで品物を選択するのではなくて、質のよいものを給食費の中で工夫することが大切だと思っております。残量がほとんどありませんのでむだが一つもありません。子供たちはいつも安全でおいしい給食と信頼して、真っ赤な完熟したトマトや甘い大根と有機農法の野菜はおいしいと喜んでおります。一番子供たちが無農薬の野菜を使いましてわかりましたことは、しゅんの野菜が一番で、おいしいしゅんがいつなのかを勉強できるし、自然のもの、本物が一番おいしいと、石油で育てる野菜には問題があるしというふうにだんだんと勉強しております。虫で穴のあいた野菜も、虫が毒味しているからこの野菜は安全だと言っております。地域のお母さん方も試食会その他の交流で有機農法の野菜を講入するグループをつくりまして、いま百家族を上回った人数が無農薬野菜を使っております。このことで地域が学校給食への関心や興味を持って、食事が生活の基盤の一つであり、生活のリズムの正しいとらえ方や家族で共通の憩いの場所がつくれる食事に考えを持って、一緒に食べることの中で家族の毎日の点検だとか心の伝え方など次々に食事の見直しから子供たちの生活のゆがみまでを考えて、できることからよい方へ実行したいというふうに学校給食をつないで一つの変わり方を家庭はやっております。
洗剤の追放についても、私の学校では同様に二年前から石けんに踏み切っておりますが、千名近い給食数では食器も調理器具も相当な数になりますが、区の教育委員会から、ボイラーもいままでどおりですし、給湯量だとかなんとかという話は全然変わっておりません。石けんは四分の一の洗浄力ですけれども、安全が第一ですから石けんを使っておりますが、使いこなすには調理員さんの大変な努力が必要です。このとき私の学校では食器を紙でふく指導を教師が受け入れて生徒と一緒に全員油のひどい日はふいております。そのために給食の調理室では努力をするし、石けんで洗うことを一生懸命やっております。学校挙げての協力で初めて石けん使用も成功しております。石けんを使うことでやはり子供たちには安全性の問題を知らすことができますし、一つ一つこういうことをやってまいりますと栄養士が一校一名は絶対に配置されていなければとてもでないし、自校献立て研究努力していくと学校給食の本来の目的が達成できるのではないかと思っております。
いま栄養職員が配置されていながら一括献立を実施されたり、共同購入や学校給食会の品物を買うように強要されることもあると聞いております。共同献立は栄養士が集まって経験と知恵でつくったよいものだと推奨する人は言いますが、実は最低の献立になってしまうのです。立案の段階で人員不足だとか能力差の違いとかいうことが考慮されます。施設設備の違いがあることも考慮に入ります。その上に労働意欲だとか労働条件が大きく絡みます。で、この段階でできた悪い条件を全部配慮してできた献立は実施の段階では自分の学校で子供たちに喜ばれるかどうかは抜きにして地域差だとか日常性のことは問題なく勝手に定められてしまうのが共同献立だからです。これでは栄養士が一校一名に配置されるということを幾らしても、どんな学校給食を実施するかははっきりしません。一括とか統一献立なら献立が一枚あれば質も内容も抜きにしてやることだけが目的となります。特にセンターの場合などは、自校で働く栄養士は安全な材料でおでんを手づくりしてつくっているときに、加工されたおでんの袋詰めを湯につけて温め、子供たちは袋を破っておでんをさらに移して添加物と一緒に食べるような状態になります。自校でやると申しましても千人以上の規模になりますと給食センターと同様の条件が生まれできます。時間に制約されて加工食品を使わざるを得なくなったり、中身がわからない状態で食品を選ぶことになりますし、添加物とか安全性ということは二の次になってまいります。で、おいしさを追求するにはなかなかうまくいかず、冷めたり形が崩れたり、手間のかかるのは全部だめになって食べ残しが多いという状態になりますし、やむなく機械を使うと機械に合わせてつくるもので子供の声は届かない状態になりますし、これを教育的に取り扱おうとしても教育と関係のない状態で給食ができてまいります。そして子供たちには学校給食を食べながらえさの感じで受けとめるような状況ができできます。これでは教育としての学校給食は成り立ちません。
子供たちに期待されている学校給食の条件は、一校一名の栄養士を配置して特に義務教育の中で自主的に食べ物を選び取る健康保持と、自然との触れ合いの大事さと、自然のサイクルの中で全体をとらえていく食の教育が大切なのだと考えております。栄養士はまた食堂をつくり、食堂を中心にした栄養指導だとか出張授業、学校の保健計画に参画して将来は栄養教諭による食の教育をやっていく、特に日本人の食事、食文化の育成が学校給食の教育の一環としての役割りと考えております。
最後に、このたび一月二十二日に全国統一献立の実施を通達されましたが、このことには私たちは反対です。自分の学校で子供の希望する献立をお好み献立として卒業期に実施していますが、学校の自主性を尊重することが子供のための給食になると思います。机上プランの計画を残念に思いますし、味の統一は大変迷惑でございます。なぜそれを言うかといいますと、私たちが考える学校給食というものはこれからつくり上げていかなくてはなりませんが、貧しさの追求だけではなく、これからは教育としての給食の追求があるからだと考えております。