文教委員会

1981-11-24 参議院 全81発言

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会議録情報#0
昭和五十六年十一月二十四日(火曜日)
   午前十時四分開会
    —————————————
  出席者は左のとおり。
    委員長         片山 正英君
    理 事
                大島 友治君
                世耕 政隆君
                小野  明君
                佐藤 昭夫君
    委 員
                山東 昭子君
                内藤誉三郎君
                仲川 幸男君
                松浦  功君
                本岡 昭次君
                柏原 ヤス君
                高木健太郎君
                小西 博行君
   政府委員
       文部省体育局長  高石 邦男君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        瀧  嘉衛君
   参考人
       社団法人全国学
       校栄養士協議会
       会長       田中  信君
       新宿区立落合第
       一小学校学校栄
       養職員      西山千代子君
       練馬区立旭丘中
       学校講師     加納 敏恵君
       豊かな学校給食
       を求める全国研
       究交流集会福実
       行委員長     雨宮 正子君
    —————————————
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○日本学校健康会法案(第九十三回国会内閣提
 出、第九十四回国会衆議院送付)(継続案件)
    —————————————
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片山正英#1
○委員長(片山正英君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 日本学校健康会法案の審査のため。本日の委員会に社団法人全国学校栄養士協議会会長田中信君、新宿区立落合第一小学校学校栄養職員西山千代子君、練馬区立旭丘中学校講師加納敏恵君、及び豊かな学校給食を求める全国研究交流集会副実行委員長雨宮正子君を参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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片山正英#2
○委員長(片山正英君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 暫時休憩いたします。
   午前十時五分休憩
     —————・—————
   午後二時二分開会
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片山正英#3
○委員長(片山正英君) ただいまから文教委員会を再開いたします。
 日本学校健康会法案を議題といたします。
 本日は、お手元に配付いたしております名簿の方々を参考人として御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 皆様には御多忙中のところ御出席をいただき、ありがとうございます。皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、本案審査の参考にいたしたいと存じます。
 つきましては、議事の進行上、名簿の順でお一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後委員の質疑にお答え願いたいと存じます。
 それでは、まず田中参考人にお願いいたします。
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田中信#4
○参考人(田中信君) 本日は、日本学校健康会法案御審議の参考人としてお招きいただきましたが、御参考になれるかどうかわかりませんが、何とぞよろしくお願い申し上げます。
 私の考えておりますところを申し述べさせていただきますが、それに先立ちまして私の経歴を話させていただきます。
 現在は、社団法人全国学校栄養士協議会会長といたしまして、会員八千名とともに、二十一世紀を担う児童生徒の健康にとりましては学校給食がなくてはならないものである。その学校給食をより豊かなものにするために努力させていただいております。また、この三月までは、小学校の教員といたしまして給食主任もいたし、また管理栄養士の登録をいたしておりますので、栄養士の業務をも行ってまいりました。ただいまは栄養士養成施設の非常勤講師でございます。
 さて、このたびの日本学校給食会と日本学校安全会を統合いたしまして日本学校健康会を設立するということにつきましては、子供の健康を総合的に推進するということで、学校現場におきましては非常に大切なことであると存じます。その総合的に推進するということにつきましてもう少し詳しく申し述べさせていただきたいと思います。
 義務教育というところは、御案内のとおり、社会人としての基礎を築くところでございます。社会に出ますと、健康第一、健康であれば自分の持っている能力を十分に引き出すこともでき、またどのような職業につくこともできます。そのために学校では、「健康な生活とは」ということにつきまして各部門とも力を合わせて一丸となって努力いたしているものでございます。また、その方法といたしましては、子供の生活全般に手を入れるというやり方でなければ、その目的を達するということはなかなか困難でございます。そのためにどのように具体的にしているかということをもう少し述べさせていただきますと、もう十二月になりますと、かぜ引きがやってまいります。「かぜ引きを追い払うには」という指導目標が立てられますと、校内の体育とか保健とか安全、給食、生活指導、特活、PTAというものの部門がすべて「かぜ引きを振り払うには」というその点に集中して計画が立てられます。
 体育では、全校でマラソンをする、なわ跳びをする。保健では、薄着の励行、着物は何枚着ていますかという着物の枚数調べ、半ズボン、半くつ下でがんばりましょうと言います。また安全では、遊び時間は全部外へ出て遊びましょう、そのために運動場が込んでいますから、危ない遊びはやめて、器具も正しく使って、けがのないようにしましょうと言います。一方給食では、朝御飯は必ず食べてきてください、そうしてその食品の数は五つ以上なくてはいけません、数え方は、御飯で一つです、みそ汁を飲めば、みそ汁のみそで一つ、それからワカメが入ればワカメで三つ、豆腐で四つ、それでその上目玉焼きがあれば、油を引きますから油で一つ、卵で六つです、それにホウレンソウのおひたしでもつけば七つです、御飯、みそ汁、目玉焼き、ホウレンソウでもう七つになります、五つ以下ではいけませんというふうに具体的に申します。朝御飯が食べられなかったら体のどこかが悪いのですから、朝御飯が食べられた時点から学校に来てください、給食は残さず食べましょう、切っても切っても中まで緑の濃い野菜は、かぜの細菌を振り払う力がありますと申します。一方生活指導では、早寝早起き、朝起きたら、なわ跳び何回、庭の掃除をする、道路の掃除、部屋の掃除、そうして姿勢をよくして堂々と歩きなさい、しょぼしょぼしていれば、かぜの細菌はしょぼしょぼしているところに振りかかってきます、保健だの給食だの体育だのいろいろな目標を達成するには、すべて努力なしてはできません、努力、努力また努力でがんばりなさいと励まします。また特活では、その内容をポスターにいたしまして全校に張りめぐらせるというようにいたします。また教務では、その教育の内容をPTAに知らせて全面的な協力を仰ぐというように、各部門が一丸となって子供のかぜ引きというものに取り組むわけでございます。
 すなわち、子供の生活というものはどこがどの部門というふうに切り離せない総合されたものでございます。そのような観点から考えますと、このたびの安全会と給食会が一緒になるということは、それぞれの持っております力が十分に競合し合って一層発揮されるのではないかと存じます。
 また、もう一つこのたび考えておりますものは、学校給食といいますものはもう学校生活にとりましてなくてはならないものとなっております。そのために関係者は、向上、改善、充実のために一心不乱にならなければならないのでございますが、その方法については意見の違うところがございます。
 その一つの例を挙げますと、学校給食共同調理場でございますが、この点につきましても、市町村は、それぞれに抱えている事情によりまして、たとえば小規模校が多いとか、または給食場をつくる敷地がないとか、そのほかもろもろの経済事情によりまして、どうしても共同調理場でなければ実施できないということで、共同調理場建設の計画が進められますと、必ず反対運動が起こってまいります。この反対運動があるにもかかわらず、市町村は子供たちにとって早く給食をやってやりたいということで共同調理場実施に踏み切るわけでございますが、その際反対されたそれぞれの事項を埋めるために全力を挙げるのでございます。たとえば一番指摘される、遠いところから配送されるので冷めるという問題でございますが、この点につきましてもいろいろの工夫をして単独校と遜色のないようにするとか、または、離れたところで調理を行うのであるから子供の心と調理員の心が通わないというその欠点、すなわち教育である学校給食をどのようにその共同調理場の上に生かすかということで一心不乱になるのでございます。そうして、いろいろ実施される共同調理場による給食も、子供たちのためにとっては食事内容も向上されて本当に安心できるものになっているのでございます。私はこのことは、共同調理場云々ということを申し上げているのではなくて、このように多くの反対があるということは、その反対を埋める努力を関係者が一心不乱にするということを言っているのでございまして、このたびの健康会が誕生いたしますにつきましては、この委員会で諸先生方がたび重なる御審議をしているというそのことが、乙の両者が統合いたしますときに、いままで足りなかったことも十分に入れて、子供の健康を守るということだけではなくて、積極的に子供がその健康に立ち向かえる教育を育成する、そういう機関となるであろうということを私は確信いたしております。
 本日申し述べさせていただきましたことは、教育というものは総合的に成り立っている、どこがどうということを切り離すことができないものであるということと、もう一つ、いろいろ疑問をお持ちになって御審議いただくことがすなわち生まれる健康会にとって大変に有益な、プラスになるものであるということを申し述べさせていただきましたが、一日も早くこの日本学校健康会が設立いたしますことを願うものでございます。
 また、私が勤務いたしておりますところの学生の感想文がございますが、学校給食の重要性ということにつきまして二枚ほど読まさせていただきますのでお願いいたします。
 一つは給食の効果ということについてでございます。書きました者は養成施設の二年生でございます。
  私が小さい頃からよく母が言っていたことですが28お前は給食に随分助けられているんだよ。と、よく聞きました。私は未熟児で生まれ、生まれてすぐ肺炎にかかりそうになったり、心臓が弱かったり、からだが弱くて、両親も、28この子はちゃんと成長できるのだろうかと、心配していたそうです。しかし、小学校に入り、給食を好き嫌いなくきちんと食べ、よく遊び、運動していたらかぜなどあまりひくことなくじょうぶな子供になっていきました。こうやって自分のことをふり返って考えてみると、給食は子供の成長、発育になくてはならないものだと思います。特に中学時代は発育期のピークに達しているのだからぜひ必要だと思います。私は中学時代、給食があったことを非常に感謝しています。全国的にみると中学校の完全給食はまだまだ確立されていないようなので、一日も早く給食が実施されることを願ってます。
 もう一つは弁当についてでございます。
 私の中学生の時の生活は、朝はギリギリまで寝ていて朝食を少ししかとらず、昼は野菜類の少ないお弁当か菓子パン、クラブのあとに甘い菓子や清涼飲料水を口にし、夕食は油こいもの、そしてインスタントラーメンのような夜食……
 今から考えると背すじが寒くなるがあの頃は別に大した障害がなかったので何とも思わずこのような食生活を送っていた。
 一番おどろいたのは弁当は栄養的にかたよっているということである。母親が子供のために愛と知恵をしぼって作って下さるお弁当だから、栄養満点だと信じ込んでいたが、ビタミン類がとても少ないことに気づいた。
  私も現在自分でお弁当を作ってくるが本当にお弁当を作る苦労を感じている。水っぽいものやくさりやすいものは入れられないし、さめるとおいしくないので味付にも工夫がいる。味のちがうものをいっしょに入れると味がまざってまずいし、詰めるのにも苦労する。
  愛のこもったお弁当ではあってもわりと材料費もかかるので体をつくりあげる中学生時代にはやはり給食が向いていると思った。
  私の故郷では中学はどこも給食を行なっていないが、もし私が故郷で栄養士として働くなら、中学校も給食をとり入れるよう努力したいと思った。
 以上でございます。どうもありがとうございました。
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片山正英#5
○委員長(片山正英君) 大変ありがとうございました。
 次に、西山参考人にお願いいたします。
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西
西山千代子#6
○参考人(西山千代子君) 私は新宿区の落合第一小学校に勤めております栄養士でございます。
 規模としましては、児童数が八百六十で、職員が五十です。
 私の学校では自校献立の給食を実施しておりまして、米飯給食はもう十四年前から実施して、週一回の御飯給食は当然やっております。これは栄養士がいるために実施できる状態があったわけで、自校ということはそういうことなんだというふうに主張しております。
 で、インスタント食品や半調理された加工食品は一切使われておりませんで、手づくりの給食です。手づくり給食の例としては、茶飯だとか、おでん、紅白なます、牛乳のようなものを使っておりますが、茶飯の米は除草剤や農薬のかかってないと分つき米だとか愛ももちろん使用しております。おでんなどは、だしは削り筋やだし昆布ですが、だし昆布はそのだしをとった後で形に切って結び昆布にしてまた使います。魚のすり身はだんごにしてゆでてつみれにつくります。木の葉型にして揚げたらこれはさつま揚げになります。大根、サトイモなどは有機農法の一年寝かせてつくった堆肥で育った無農薬の野菜を使っております。にがりを使ったがんもどきだとか、手づくりコンニャクとか、昔ながらのおでんを給食でつくっています。既製の市販されておりますはんぺん、さつま揚げなどは本物の味でないものとして使いません。そのため子供たちは、人気のある献立て試食会の希望などで、母親の声が多い献立です。これについては残菜は全然ございません。これが手づくり給食としていることです。足で歩いている放し飼いの自家飼料で育てられた鶏の卵だとか、その廃鶏をやわらかくした鳥肉だとか、同様に自家飼料で育てられた豚、牛肉、それから添加物の入らないハム、ソーセージ、ベーコンを使っています。有機農法の野菜は高いだとか無添加食品は値段が高いとか言われますが、私の学校では、一つは一五%引きの学校給食への理解をしてもらっていることと、しゅんのものはいつでも高いものばかりではないことと、年間契約の購入でかえって平均的な価格になっているために他の区内の学校の給食費と同じ給食費で特別な値段の高さはございません。それに、学校給食では高い安いで品物を選択するのではなくて、質のよいものを給食費の中で工夫することが大切だと思っております。残量がほとんどありませんのでむだが一つもありません。子供たちはいつも安全でおいしい給食と信頼して、真っ赤な完熟したトマトや甘い大根と有機農法の野菜はおいしいと喜んでおります。一番子供たちが無農薬の野菜を使いましてわかりましたことは、しゅんの野菜が一番で、おいしいしゅんがいつなのかを勉強できるし、自然のもの、本物が一番おいしいと、石油で育てる野菜には問題があるしというふうにだんだんと勉強しております。虫で穴のあいた野菜も、虫が毒味しているからこの野菜は安全だと言っております。地域のお母さん方も試食会その他の交流で有機農法の野菜を講入するグループをつくりまして、いま百家族を上回った人数が無農薬野菜を使っております。このことで地域が学校給食への関心や興味を持って、食事が生活の基盤の一つであり、生活のリズムの正しいとらえ方や家族で共通の憩いの場所がつくれる食事に考えを持って、一緒に食べることの中で家族の毎日の点検だとか心の伝え方など次々に食事の見直しから子供たちの生活のゆがみまでを考えて、できることからよい方へ実行したいというふうに学校給食をつないで一つの変わり方を家庭はやっております。
 洗剤の追放についても、私の学校では同様に二年前から石けんに踏み切っておりますが、千名近い給食数では食器も調理器具も相当な数になりますが、区の教育委員会から、ボイラーもいままでどおりですし、給湯量だとかなんとかという話は全然変わっておりません。石けんは四分の一の洗浄力ですけれども、安全が第一ですから石けんを使っておりますが、使いこなすには調理員さんの大変な努力が必要です。このとき私の学校では食器を紙でふく指導を教師が受け入れて生徒と一緒に全員油のひどい日はふいております。そのために給食の調理室では努力をするし、石けんで洗うことを一生懸命やっております。学校挙げての協力で初めて石けん使用も成功しております。石けんを使うことでやはり子供たちには安全性の問題を知らすことができますし、一つ一つこういうことをやってまいりますと栄養士が一校一名は絶対に配置されていなければとてもでないし、自校献立て研究努力していくと学校給食の本来の目的が達成できるのではないかと思っております。
 いま栄養職員が配置されていながら一括献立を実施されたり、共同購入や学校給食会の品物を買うように強要されることもあると聞いております。共同献立は栄養士が集まって経験と知恵でつくったよいものだと推奨する人は言いますが、実は最低の献立になってしまうのです。立案の段階で人員不足だとか能力差の違いとかいうことが考慮されます。施設設備の違いがあることも考慮に入ります。その上に労働意欲だとか労働条件が大きく絡みます。で、この段階でできた悪い条件を全部配慮してできた献立は実施の段階では自分の学校で子供たちに喜ばれるかどうかは抜きにして地域差だとか日常性のことは問題なく勝手に定められてしまうのが共同献立だからです。これでは栄養士が一校一名に配置されるということを幾らしても、どんな学校給食を実施するかははっきりしません。一括とか統一献立なら献立が一枚あれば質も内容も抜きにしてやることだけが目的となります。特にセンターの場合などは、自校で働く栄養士は安全な材料でおでんを手づくりしてつくっているときに、加工されたおでんの袋詰めを湯につけて温め、子供たちは袋を破っておでんをさらに移して添加物と一緒に食べるような状態になります。自校でやると申しましても千人以上の規模になりますと給食センターと同様の条件が生まれできます。時間に制約されて加工食品を使わざるを得なくなったり、中身がわからない状態で食品を選ぶことになりますし、添加物とか安全性ということは二の次になってまいります。で、おいしさを追求するにはなかなかうまくいかず、冷めたり形が崩れたり、手間のかかるのは全部だめになって食べ残しが多いという状態になりますし、やむなく機械を使うと機械に合わせてつくるもので子供の声は届かない状態になりますし、これを教育的に取り扱おうとしても教育と関係のない状態で給食ができてまいります。そして子供たちには学校給食を食べながらえさの感じで受けとめるような状況ができできます。これでは教育としての学校給食は成り立ちません。
 子供たちに期待されている学校給食の条件は、一校一名の栄養士を配置して特に義務教育の中で自主的に食べ物を選び取る健康保持と、自然との触れ合いの大事さと、自然のサイクルの中で全体をとらえていく食の教育が大切なのだと考えております。栄養士はまた食堂をつくり、食堂を中心にした栄養指導だとか出張授業、学校の保健計画に参画して将来は栄養教諭による食の教育をやっていく、特に日本人の食事、食文化の育成が学校給食の教育の一環としての役割りと考えております。
 最後に、このたび一月二十二日に全国統一献立の実施を通達されましたが、このことには私たちは反対です。自分の学校で子供の希望する献立をお好み献立として卒業期に実施していますが、学校の自主性を尊重することが子供のための給食になると思います。机上プランの計画を残念に思いますし、味の統一は大変迷惑でございます。なぜそれを言うかといいますと、私たちが考える学校給食というものはこれからつくり上げていかなくてはなりませんが、貧しさの追求だけではなく、これからは教育としての給食の追求があるからだと考えております。
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片山正英#7
○委員長(片山正英君) ありがとうございました。
 次に加納参考人にお願いいたします。
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加納敏恵#8
○参考人(加納敏恵君) 加納敏恵でございます。ただいまは中学校の講師をしております。
 かつて私は昭和四十二年に練馬区で学校給食センターが始まりましたときに給食主任をやっておりまして、そこでセンターの貧しさ、内容が余りにもひどいということで私どもは束になりまして、学校を挙げてセンター反対、自校方式ということに取り組みまして四年たちまして自校方式に実は戻した学校でございます。
 では、なぜ私どもがそういうふうにセンター反対申し上げましたかというと、子供たちが残塁四〇%平均、ときには八〇%残すようなそういう非常にひどいありさまだったんです。そこで、私どもは給食というのは一体どういうことなのだろう、これはひとつ考えなきゃならないということで給食の目標というものを調べたわけです。しかし余りにもうたい文句と現実との違い。子供たちの参考になります作文を、その当時のを引っ張り出して私きょう持ってまいりました。ちょっと読み上げてみます。これは一年生の生徒なんです。
 もう、まずいってもんじゃない。どうしておいしいべんとうからまずい給食にするのかぼくは不思議でしかたがない。きっと全生徒がこう思っているにちがいない。
 味がまずい上に量が少く、食器がきたない。この悪い三冠王のそろった給食、大きなため息が出てしまう。
 もしべんとうだったら、今までよりうんと楽しい昼になることだろう。せっかく給食を作ってくれるのなら、なんでもっとおいしくできないのか、これまた不思議でしょうがない。
 生徒最大の敵、まずい給食。
 これが一年生の男の子です。
 それから、「給食診断」ということで教師が書いているわけです。
 物価上昇に悩まされている私には、ほんとうに勿体ないが先に立ちました。もっと勿体ないのは食事の済んだあとを見ると、あちらにも、こちらにも沢山残菜が出ることです。どれだけ生徒の胃袋に入ったのか、この残菜もお金なのに。豚ばかり太らさないでもよいのに……どうか全部食べられる食事にして下さいと願わずには居られませんでした。
 結局、食事というのはもっと教育の目標に合ったものでなくちゃならない。それが子供にきらわれる給食というのがあっていいんだろうか。
 それからもう一人、これは女の子です。
  「ただいま、ああ、おなかがすいた。おかあさんおやつちょうだい。」
 私が学校から帰って来て、まず最初に言う言葉がこれです。もうこの言葉には、ずいぶん長らくおせわになっています。それというのも、中学校の冷たい給食のせいなのです。
 中学校へはいる時、くいしんぼうの私がいちばん楽しみにしていたのは、あたたかくて、おいしい給食だったのですが、いざ食べて見ると、冷たいおかずでおいしくないパン。ぜんぜん期待はずれでがっかりしてしまいました。それからというもの、毎日、パンは三枚くらい残してしまいますし、おかずもおかわりする気にはなれません。けっきょく、帰宅してから、おやつをたくさん食べるほか、しかたがないのです。小学校時代の、あたたかくておいしい給食が今も忘れられません。
 これは自校方式のようです。
 それに、残ったパンだって、家に帰ってまでは、食べる気になれませんし、最後はすてることになってしまいます。ほんとにもったいない!もっとパンを少なくして、おかずをおいしくはできないのでしょうか。我が家の料理と、あまりにも差がありすぎて、給食になじむことができません。
 どうしてこのようなものしか作れないのでしょうか。それに食べる時間が短かくて、安心して食べていられません。とにかく、今の状態では、要望を出せばきりがありません。それに、これからの寒い時季も、冷たい給食ですごすのでしょうか。これから先のことを考えると、ゆううつになってしまいます。
 おいしくて、教室中を湯気でうめるような給食を、私は夢みているのです。そして、だれも残さず、楽しいふんいきの中で食べる給食。それはのぞめないのでしょうか。みんなが喜こんで食べ、むだのない給食こそ、学校給食の目的ではないのでしょうか。
 もうこれは一年生の女の子ですけれども、その当時こうやってちゃんと給食を批判しているわけです。
 もうたくさんこういうふうに次から次からあるわけですが、結局給食というのは期待外れだった、もっとこれから進みますと、給食はもう要らないと言い出したわけです。そして親たちが、もうお世話になりたくない、目方が減っちゃった、受験戦争に勝てない、何とかお弁当を持ってこさせたい、どうだろう、学校の方はどう考えていますかというふうなことにだんだんにエスカレートしていきまして、もう給食はお断りしたい、お弁当を持たせたい。そこで学校は迫られることになります。それから、生徒も文化祭なんかで壁新聞に、もう給食はこんなふうに添加物がたくさん入っているし、加工食品でまずい、句とかしてくれなければ私たちはこれから生徒会でほかの学校に呼びかけて、そして区長さん相手に少し活動するということで、学校にとにかくそういう運動に盛り上げていくような姿勢を示してきた。私どもは、それでは教員も黙っていられないということで、親たちと相談しまして、それで区の方に陳情を続けまして、結局お弁当を持ってこさせてもよろしいと言うんじゃなくて、もう実は文部省では行政指導しますと言って断られちゃったわけです。行政指導とはどういうことですかと言ったら、要するところ教育委員会を通して、校長さんを通して、担任を呼び出してとにかく弁当を持ってきちゃいかぬというふうな圧力をかけますぞということなんです。しかしどこの法律を見ましても持ってきちゃいけないということはないわけです。
 そこで私どもは、とにかくお弁当は、これは好きとかきらいとかいうんじゃなくて命の問題だから、やっぱりここまでは基本的に人権の問題じゃないだろうか。何を食べさせるとが食べさせないということを他人様に決められる。それが本当にいいものであれば、私たちは、子供は喜んで受け入れると思うんですね。ところがセンターの給食だけはどうにもみんないやがったわけです。そこでアンケートをとってみましたら九八%までがいやがっているわけです。とにかくお弁当を持ってきたい。それで、お弁当を持ってこれないという事情は親の都合によるんで、生徒は弁当持ってきたいというのがほとんどです。ということで、それでは踏み切らざるを得ない。それで今度は、区役所にも最後通牒ですね、私どもは体の都合によってお弁当を持ってきたい子をとめるわけにいきませんから、センターの給食は希望者だけにいたします。そこで区役所の方は驚きまして、それではそういうのがはやっては困る。よその学校もみんなそういうふうに待機しているだろうから、それじゃとにかくいまいっぱいになっているセンター、二万三千五百食ですか、その当時。とにかく二万食のセンターがあふれちゃっているわけだから、そういうところからそれじゃ外そうじゃないかという、まあいいチャンスだったのでしょうが、どんどんそれから希望の学校を外すということでまず小学校、中学校から外れていったわけですが、そういうことで私ども運動しまして四年目にやっと区役所の方でそれではおたくの方も外しましょうということになって、現在練馬ではセンターは当時の二万幾らから大体一万一千食、一万八千食の第一センターが一万食というふうに大体半減、そして六〇%減ぐらいになっているわけですが、しかしまだセンターは続いているわけです。
 とにかくセンターというのは、学校の給食というのは本当に害悪を流している。その当時子供たちが非常に殺気立っちゃいまして、こんなまずいものをなぜおれたちに先生は強制するのか、先生の段階でこれ断れないのかと、教育不信というよりも教師不信というところ。それで、教師がとめるのも聞かずに窓から隣家へ向かって、ミカンのいいのが出ているときに何でこんな冷凍ミカンなんが食べなきゃならないんだということで屋根に投げつける。隣家から飛んで来て苦情が出る。そうするとよけい今度は投げつけて玄関のガラスが割れる。とうとうしまいにはもうたまりかねてパトカーが飛んで来るというふうなことで給食騒動が持ち上がる。そして今度はおなかのすいた子供たちは学校ではおいしくないからというのでそば屋へ駆け込む。そして、そば屋で今度はいろんな上級生と下級生との取引といいますか、お金の貸し借りが始まったり、そして今度は食べ物屋でいろんな情報交換、まあ悪いところにも誘われる。そして万引きだとかいろんなこう夜の外出が始まってくる。おなかがすいて家庭に帰っても親が留守でというようなところから今度は——まあ切りはないんですけれども、そういうふうにして教師たちはおちおちと今度はしていられなくなったわけですね。そういうことで非行というのがそれからどんどんふえていくわけです。
 とにかく、それで私どもの学校は、給食センターを自校方式に戻すためには学校を増築しなければ、とにかくその余波として給食室をつくるんだということで学校を増築してもらうというような連動から始めて、やっとその許可がおりて、そこでやっと給食室が間に合ったと、こういうふうな形で、なかなか自治体というのは動いてくれないんですけれども、やっと自校方式に戻った。全国でも珍しかったようなことですが、お弁当を持ってくるんだということが一つの大きなてこになったようです。
 で、私どもは弁当ということを申し上げましたけれども、自校方式で本当にお金をかけてちゃんとしたものをつくっていただければだれもお弁当を持ってくるということは申しませんし、しかも給食そのものは、結局親の手が省けていいというのは実は親側の言い方です。ところが子供はそうじゃなくて、とにかくおいしい給食であればお弁当よりも本当は楽しみなんだと、学校でみんなと同じものを食べる自校方式でやってもらえたら本当にありがたい。しかしそれには栄養士さんがやっぱりちゃんといなくちゃだめです。私の学校は、始めるときに、栄養士さんのない給食はだめです、受けられませんということで一年待って、栄養士は完全配置しますということで給食を再開したわけです。
 そんなことで、給食というのは、栄養士を入れて、そして調理師も大体一人が百食程度の取扱数。現在、国の基準というのは非常に貧しいわけです。これなんか昭和二十九年ですか、それから一歩も出ていないわけです。東京都は大体全体的に一人ふやしておりますけれども、まだまだこれは足りないわけですね。やっぱり食数に見合った人員を入れて、もう少し教育にお金をかけるということを考えていただきませんと、やっぱり子供を大切にするということにならないんではないでしょうか。
 それから、私たちの給食というのはそこで何とかいきましたけれども、自校方式でも問題がないわけじゃありません。とにかく大量購入とか、それから共同献立とか、こういうことを区の方で押しつけてくるわけですが、これはやっぱり栄養士さんが裁量を持っておりまして、栄養士さんが自分で献立を立てて、そしてちゃんとしたいいところで、地場のものを、新鮮なものを、しゅんのものを購入して、そしてそれを調理するというのが理想的なわけです。しかし、それがどこでつくられたか、いつつくられたか、何が入っているんだか、加工品で、添加物の冷凍加工調理食品という、そういったものをどんどん使うような、そういう給食ではやっぱり残されるものが多いわけです。
 ですから、私どもは、見合った人員で、施設、設備を十分にして、そして栄養士をちゃんと入れた、そして適正規模の学校であれば、六百人ぐらいの学校で、そして、十分食堂形式もこちらの要求するような形で——つまり、いつもどうも、していただく場合はお任せになっちゃうと、非常に中途半端な、都合の悪いのが多いんですけれども、自主性をこちらに持たせていただいて、ちゃんとこちらの企画したような形でやってもらう。やっぱりそういうことができれば、食堂があれば、本当にいい給食になるんではないでしょうか。
 教員の負担が少なくて済むとか、あるいはお金が安くて済むとか、それから衛生的であるとか、いろんなうたい文句は大変センターつくるときにはよかったんですけれども、実際にふたをあけてみると、センター給食はまずいところだらけで、お金は高くついているし、大体練馬なんかも調べてみますと、自校方式に比べまして一校当てにして大体四倍半お金がかかっている。ですから、単年度で一つのセンターをつくるということが非常に自治体の負担になります。一応補助金が出ておりますけれども、やっぱりそうじゃなくて、一つずついいものをちゃんとつくっていくということの方が私どもとしては望ましいわけです。あわてて一遍につくってもらっても、いいものができなければそれは何にもなりません。子供のためにならないわけです。
 とにかく、親たちの反対運動ということは、もうこういうふうにして、教員と一体になって何とか成功したわけですけれども、とにかく中身がおなかがすいても食べられないというふうな、そういうしるものがセンターでは出たということですね。
 それから、体育の教師が結局給食が食べられない。食べられないというよりも、生徒と食べたんでは足りないというわけですね。それで、教室へ行かなかったということで担任をおろされるというような事件もいろいろあったわけですけれども、生徒と同じ分量のものを、同じような脂っこいものを、年をとった教師もつき合わなきゃならない。しかも、それがその区におる限り、その学校におる限り、だんだんと中学生は卒業していきますけれども、何年でもそこでつき合わされるというのは、これはやっぱり体の関係もありますので、これはどうかな、やっぱりもう少し中身をちゃんとしたものにする必要があるのではないでしょうか。
 それから、教育が不在、とにかくセンター給食というのは教育の一環と申しますけれども、非常に教育的でない、物を短時間で運んで、そして遠くから声をかけて、味が濃かった、薄かったという声は届かないわけですよ、場所が遠いわけですから。ですから、全然声の届かないところから給食を届けてくる、非常にこれはまずいわけです。ですから、こういう自分のところでつくらないセンター給食というのは、これは非常に教育的でないわけです。教育的でないということはまだほかにもたくさんありますけれども、とにかく教育不在ということはセンター給食で一番強調できると思います。
 それから、学校給食会のことですけれども、一時私ども虫ボロになったパンを手にしまして、これはパン屋が不届きだと実は最初思ったわけです。ところが、そのパン屋さんを区の方に言って取りかえてもらったわけですけれども、ところが、今度は評判のいいパン屋さんにいったはずなのに、そこから届けられたパンがまた虫ボロのパンがやってきたわけです。そこで、私どもは一体粉とか、つくるとかいうのはどういうふうになっているのかよくよく調べてみましたら、学校給食会からその粉が届いていて、そのパン屋さんがだめになったら、今度は次のパン屋さんへその残った粉がまた輸送されていって、同じ虫ボロの粉でまたそこでパンがつくられていたと、こういうことだったわけです。ですから、学校給食会というのは一体粉というものをどういうふうにまぜているのか、一体それをちゃんと吟味してくれているのか。私どもは結局給食のパン、学校給食会の作品、そういういろいろな配送されるものに非常に不信感を持つわけです。できれば、栄養士さんが自分の場所で、そういう遠いところで全国的につくられたような、たなざらしじゃないと思いますけれども、いつつくったかわからないようなものでなくて、説明のつくものをやっぱり食べさせてもらいたい。親としても教師としてもそれは当然のことで、学校給食会というのは、そういうところに政府がお金をうんと使って、いろんな人たちがそこで高給をお取りになる。こういうことは私は言いたくないんですけれども、余り給食会というのはほめたところではなさそうに思いますので、ぜひこれはつぶしていただければと思っております、つぶれないかもしれませんけれども。健康会というのは私は非常に不信感を持っております。結局これは目をごまかすようなものでして、それだけのお金があれば各学校に栄養士を入れるぐらい、全国でどれくらいの学校があると、それに年間どれくらいの予算が要るのか、飛行機一つか二つか落ちるようなのを買わなくって、学校の子供たちが本当に幸せになればその方がいいと言ってもいいんじゃないかと私は思っております。
 それから、ことしのお正月ですか、栄養士さんのお話でネズミが出た話があるわけです。コロッケの粉にネズミがまじっておったわけです。これは北海道の方から取り寄せたジャガイモの粉で、お湯を入れたらすぐコロッケになれるようなそういう粉なんですけれども、結局問い合わせてみると、いやイモの粉に入っていたんじゃなくて、それは外の袋に入っていたんでしょうと言うんですが、ネズミは別に隠れんぼうして袋に隠れるわけはありませんので、やっぱりその粉の中に入っていたんじゃないかということで、栄養士さんたちはもう型にはめる寸前にその六万円からの給食をほかしてしまって、急遽取りかえたという話があるわけですが、そんな遠いところでそんなふうなものを使わなくても、小まめに自分の学校で、標準の学校であれば手づくりでできるわけなんです。センターであるがゆえにそういうところで加工したものを取り寄せなければ、短時間でこしらえて、そして配送しなきゃならないというそういうセンター給食でなければ、十分にコロッケぐらい手づくりできるわけなんです。そういう意味でセンターが余りにも加工食品を使い過ぎる。
 それから私どもの学校でもホウレンソウの中から虫が出ました。それで、一人の子供が声を立てますと、クラス全体がもう食べなくなってしまう。そのホウレンソウの虫のためにセンターの方から急遽人が来たんですが、これはセンターじゃなくて業者が来ました。来年の三月まで待ってくれと言うわけです。あしたからでもホウレンソウのちゃんとしたのを出せと言いますと、これは三月に年間のホウレンソウの買い付けをやって、一キロのこうり詰めにしてあるわけだから、それがなくなるまではとにかくそのミミズは出ますと、こんなふうなわけで、センター給食というものの現実というのはこういうことなんでございます。ぜひひとつよろしくお願いいたします。
 そこで私どもは、要するところセンター給食というのはこういうふうなものしかできないということと、それから栄養士はとにかく自校方式にして全校に配置してほしい。それから、施設設備を十分にしてほしい。そして、調理師さんは人数に見合った、一人百食以下の手数のかかるそういう人数で、つまり千人の生徒ならば十人というふうな形でもって、そして栄養士を余分に入れる、これが一番の最低の線だと思っております。そして、学校給食会というのは、これは健康会に化けさせないで、とにかくつぶしてもらいたい。お願いでございます。よろしくお願いいたします。
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片山正英#9
○委員長(片山正英君) ありがとうございました。
 次に、雨宮参考人にお願いいたします。
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雨宮正子#10
○参考人(雨宮正子君) 雨宮です。
 いまお二方の発言の中にもありましたけれども、学校給食の現状が非常に問題が多くて、私は母親ですけれども、全国のお母さんたちと一緒にとにかく子供のためによい給食をしていこう、豊かな学校給食を求めていこうという立場から、いまから五年前に豊かな学校給食を求める全国研究交流集会というのを結成して、以来五年間全国集会を開いてきました。
 こういう中で、いま前者二人の方がおっしゃったように、センターが多くて、そして自校方式を求めていくにもなかなかそれが追いついていけない。そしてさらに、単独校であっても一括購入で自分たちが選べないとかさまざまな問題がありますので、そういう中で、きょうのこの文教委員会で私たちの願っていることを聞いていただけるということは本当にうれしいと思っています。私は、そういう立場で母親の代表なわけです。
 私が学校給食に関心を持ち始めましたのは、もうずいぶん古いことで二十年以上前なんです。子供が小学校一年に入ったときに、まず、子供がとても弱かったので、どうしたら子供が丈夫になるかということを考えて給食の問題を一生懸命やってみようと思いました。そして給食委員を受けたわけです。この給食委員を受けたときに、その学校は自校方式でしたから、調理員さん、栄養士さん、それから先生、私たち父母と一緒になって給食の献立をつくり、子供の栄養を考え、そして地元の業者と一緒に話し合って残業のない給食をつくってきました。私は、その中で、母親でしたけれども、たくさんのことを学ぶことができたわけです。
 こういう立場で見ますと、いま二人の方がおっしゃった学校給食の教育というのは、子供の食だけではなくて地域の親にも教育力を与えてくれるんではないか、そういう意味から、学校給食が本当にすぐれたものだということをしみじみ感じていたわけです。
 ところで、最近見ますと、日本の子供たちの食事というのは大変悪くて、一番先におっしゃった田中先生のお言葉にもありましたけれども、全国の子供たちに総合的に栄養を考えていくというようなお話があったわけです。いま日本の子供たちの現状を見ますと、成人病の低年齢化とか、それから肥満児が多いとか、さまざまな問題があります。
 先日、十月の十三日、NHKでアンケートをとった報告がありました。これは朝の奥さんたちの見るテレビですけれども、子供たちの食事というのは、量が足りないし、食べたいときに空腹感を持っていないし、食卓にいつも大人がいないということで、本当にそれは子供たちが豊かな食事をしていないということをあらわしていると思います。これは母親の責任ばかりではなくて、母親たちが働きにいかなければならない実態をもあらわしていると思いますけれども、そういう貧しい子供たちの実情の中で、学校給食というのは、子供にとって一日に一食であろうと大切な生活であり、そしてそこは教育の場だと思うんです。そういう給食の場を本当に大切にしてほしいという願いで、お母さんたちと一緒に五年間研究してきました。
 この中で最近、きょうを機会に私はちょっと読ませていただいたので「学校給食研究」という本があって、そこで文部省の保健体育審議会の前田充明先生が書いていらっしゃるんですね。日本の食べ物というのは本当にすばらしいんだ、日本人の食というのは本当に世界でもすぐれているんだというふうに書いてありました。また、それから少し先にいきますと農文協——農村文化協議会が発行している「日本民族の自立と食生活」という本がありました。それを見ますと、日本民族というのは本当に世界でもすぐれた体力を持っていたということをドイツの医学者が明治の初期に述べていたんですね。これを見てみますと、本当にすぐれていた日本人の体力が、いまの子供たちの体力とあわせると、どうしてこんなに劣ってしまったんだろうかということを考えるわけです。で、日本人の食というのは本当にすばらしいんだけれども、最近の欧米化した食の中で、高血圧がふえたりいろんな問題が起こっているんじゃないか。そういうことを考えると、学校給食の中でもっともっとしっかりした日本人の食文化を教えてもらえないだろうか、そういうような日本人の食を学校給食の中に入れてもらえないだろうか、そういうふうに考えるわけです。
 それを考えていきますと、二番目に私が言いたいのは、学校給食会というものがどういう役割りを果たしてきたかということをきょうの機会に述べたいと思います。
 まず、学校給食会の歴史的な動きを見てみますと、やっぱりいま前者の二人の方がおっしゃったように、センターがどんどんつくられてくる中で給食会もどんどんふえてきたと思います。で、どうしてそういうことを言うかといいますと、私は千葉なんですけれども、千葉市の小規模校の小学校の例を見ました。そこでは毎日手づくり給食で、加工食品を使っていません。ところが、大規模の小学校の自校方式を見ますと、一回だけなんですね。同じ十二日間の統計をとってみましたら、一回だけが手づくりで、あと全部加工食品が入っていました。同じく中学校のセンター給食を見ますと、毎日加工食品が入っていました。ということで、センター給食は調理時間が短いということもあって、どうしても加工食品を使わざるを得ないわけです。ということと、大規模の小学校ですとどうしてもやっぱり手がかかる食事がつくりにくいということもあって、加工食品を多く使っているということがあるわけです。で、このセンター化とそれからだんだん学校が大きくなってくることとあわせて考えてみますと、どうしても簡単な加工食品が使いやすくなってくる。で、これは学校給食会の方から回されてくるわけです。
 なぜ回されてくるかというのを見ますと、私は千葉県の学校給食会に行ってみました。で、五十四年度の供給内訳表をもらったんですけれども、それは百品目にわたる加工食品をこの中でストックしていますということで見せていただきました。で、母親たちが一番いやがる調味料ですね、化学調味料などもしっかり入っていたということがあります。ということで、それらはすべて各県の学校給食会を通って回ってきます。で、日本学校給食会が主要四品目といって、輸入肉とかその他の肉などを扱って、あとのものは余り扱わないということを言っていますけれども、実際はタケノコのかん詰めとかその他、輸入かん詰めなどが回されてくるわけです。
 高知県のお母さんが言っていましたけれども、自分の地域はタケノコの産地なのに、どうして自分の子供たちに新鮮なタケノコを食べさせてやれないんだろうかということを言っていました。そこの地元はセンターでしたから、もちろんタケノコはかん詰めのタケノコを、輸入かんを食べているわけです。こういうことですから、私が願っているのは、本当に日本人の食というのは、日本人であるからこそ郷土の食を大切にしてほしいと思うわけです。
 ところが、日本学校給食会とそれから各県の学校給食会を通してくるのは、大手のメーカーのものばかりなんです。どうして大手のメーカーのものばかりかと言いますと、小さな業者は大量な品ぞろえにはついていけませんから供給することができないわけです。で、宇治の調理員さんが言っていましたけれども、宇治ではいままで自校方式の場合でしたら自分の地元で買えたけれども、これが統一献立一括化ということになりますと、大阪の方の大きな業者がてんぷらを運んでくると言っていました。ということを考えてみても、本当に小さな業者はこれにはついていけないわけです。学校給食会が地域の学校給食の供給を一手に引き受けるということは、地元の業者をも圧迫することになるんだということがよくわかると思います。で、政府はそういうところに対して年々予算をつけてきました。昨年の二月に予算委員会でこういうことが出ていました。三百人の人を雇って、そして二億五千万のお金を使うならば、それはもっと地元の業者に任せたらいいんじゃないかという質問があったときに、主要四品目を流通するためにも、ほかの品目は減らすから何とか存続させてほしいということを国務大臣が答えていました。ということを見ても、日本学校給食会の果たしてきた役割りというのは大きな業者を温存するためにあったのではないか。いま前の方がおっしゃったように、調理員や栄養士が自主的に選べないような品目が回されてきている、そういうことの不自由さが非常にあるんではないかと思います。
 あと五分しかありませんので飛ばしますと、そういう中で、三番目の問題点として今度出されてきた法案の問題があります。
 私は、この法案の、健康会と給食会の合併要綱というものを見せていただきました。一昨日いただいたので詳しく全部読み切ってはいませんけれども、法案の要綱の中で、十九項目ある中で給食に関することは三項目ですね。価格とそれから物資の供給と補助金のことしかないんです。私たちが一番願っているのは、学校給食は教育なんだということなんです。給食の本当の精神というのは、地元で生産したものを、子供たちが、どういうふうにして生産されてきたか、自分たちがそれを食べることはどんなことなのか、自分たちが全人格の発達をしていくためにも食はこんなふうに大切なんだということをしっかりと給食の中で同じ物を食べながら一緒に研究し合っていく。そういう中で人間関係が育ち、そして明るい人間関係の中で非行もなくなっていくんではないか。私は、そういう立場で見ますと、十九項目の中でわずか三項しかなく、あとは、何というんですか、安全会の方のことが重点的に書かれています。これでいったならば、文教委員の先生方にぜひお願いしたいのは、学校給食は教育なんだという立場に立って、もっとしっかりとしたものをつくっていただきたい。実際、千葉県の長生郡睦沢市では、そこは過疎の農村なんですけれども、校長先生がこの過疎の子供たちに自信を持たせるために、何とか食を通してみんなしっかりしたものを植えつけていきたいということから、村の予算の八〇%をも使ってランチルームをつくってもらった。教育にはお金がかかるけれども、子供たちに自信を持たせるんだということでランチルームをつくり、そこでは八人一組で先生も一緒にお昼を食べています。子供たちが献立からそこの地域でとれる野菜物からすべていろいろ研究をして、栄養士さんと一緒に献立をつくっています。そういう中で非行が全くないんです。子供たちが生き生きとしてクラブ活動をしていて、みんな元気で勉強をしていました。そういうのを見ますと、本当に教育にはお金がかかる。ただ行革の数字合わせだけの合併ではなくて、本当に子供たちのために考えられるような給食のあり方を考えてほしい。そういう意味からも、私はこの法案を見ると心配になってきたわけです。
 最後ですけれども、二十周年を記念して一括化の献立、全国一斉統一献立てカレーライスをつくって、そしてデザートは何々をつけて、副食は何々という指示がおりているのを見せてもらいました。私はこれを見て本当に驚いたんですけれども、こういうような一斉に何かを食べさせなければならないということじゃなくて、本当にそれぞれの地域でそれぞれの地域の持つ本当の味を子供たちに教えてあげたら、子供たちも、それからまたそこの地域のお母さんたちも、それから地域の生産者も農業者も、すべてが一緒になって地域ぐるみの教育をしていけるんじゃないか、地域ぐるみの教育と同時に給食がつくっていけるんじゃないか、そういうことを考えるわけです。そういうときに全国一斉統一献立ということで出てきたということは、本当にこれは人間を、日本の子供を画一的にしようとしているんじゃないか、そういう意味で危険なものを感じています。という立場から、ぜひ子供たちのために、ぜひ皆さんですばらしい給食をつくっていただくために、私たちの願いをくみ入れていただけたらと思います。
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片山正英#11
○委員長(片山正英君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 なお、参考人の皆様には、各委員の質疑時間が限られておりますので、大変恐れ入りますが、簡潔にお答えくださるようお願いいたします。
 それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
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小野明#12
○小野明君 田中参考人にお尋ねをいたしたいと思いますが、センター方式も自校方式も、いろいろな工夫をされて、これもいいもんだというふうなお話がございました。
 そこで、田中参考人はセンター方式と自校方式とどちらが本当に子供や母親に喜ばれる給食がつくれるというふうにお考えなのでしょうか。
   〔委員長退席、理事世耕政隆君着席〕
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田中信#13
○参考人(田中信君) ただいまの先生の御質問でございますが、結論から申し上げますと、私はどちらも子供のために有用であるというふうにして実施されているものであると思います。すなわち、センターで実施いたしております市町村も、単独校でできるならば、もうすでに単独校で実施されているものでございますが、なお、反対にもかかわらずセンターでするということでありますので、私はそれぞれに子供にとって大きな意味を持っていると思います。そうして、続けてセンターにつきまして意見を述べさせていただきますと、先ほど来お三人の参考人から給食センターについての数々の御批判がございました。私はそれを伺っておりまして、全国のセンターで実施しております設置者、それから栄養職員、調理員、そのほかボイラーマン、配達をする運転手に至るまで、どんなに悲しむだろうと、こんなにまで一緒に子供たちのためにがんばっているのにそれが伝わらないというその悲憤の声が聞かれるようでございました。しかも、非行にまでつながるという御意見でございまして、恐らくそれは前の前の練馬区のお話でございまして、いまではそのようなセンターは全国にはないということを、私は全国各地を歩きまして断言させていただいてもよろしゅうございます。なぜなれば、センターではいま子供たちへの輸送という、その欠点から子供たちは温かいものがおいしいんだと、これは調理されたものをすぐ食べるのが最もおいしいわけでございますから、それをいかにして埋めるかということは二時間十分というのが大体一番遠い配送でございますが、その中で二重食かんを使い、それぞれの三クラス、四クラス分をコンテナに詰めまして学校に配送されますが、温度の差は実際にそこで調理して九十何度というものを詰めましても十度程度までにこぎつけております。それは単独校でリフトで給食前に上げましても、どうしても三十分ないしそれに近い線で上げておかなければ作業上困るのでございますが、それと同じ単独校では一重食かんでございますし、コンテナに入っておりませんから同じように下がっていく。その温度が下がるというのは学級で配食されるというところに工夫が必要ではないかと思います。そのように、私はセンターにとってこれは大変に悲しむべき御意見が陳述されたと、そういうふうに思っております。
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小野明#14
○小野明君 西山参考人にお尋ねをいたしたいと思います。
 いま田中参考人からお話しになりましたのは、センターで御苦労をなさっている人たちのそういう御努力というようなものはだめだと、こういうことではないと思いますし、センターで働かれる皆さんも大変高温多湿の中でそれこそ厳しい職場環境で働いておられるわけですよね。だがしかし、子供に喜ばれるのは、統一献立とかあるいは全国一斉のカレーライス給食とかそういうものでなくで、手づくりの自校方式がより豊かな給食になる、こういう御意見だったと思います。さらに自校方式をよりよいものにするためにはどういう点をお考えになっておられるでしょうか。
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西
西山千代子#15
○参考人(西山千代子君) 先ほどのお話の中で御説明をちょっといたしておりましたけど、手づくり給食ということを言っておりますのは、給食は、食事でございますので、家庭で食べている食事がそのまま学校でも食べられる状態を私は最良の状態だと思っております。そのために、センターの方たちはそれに努力をされていることはわかります。まして自分がそこで働いている身であれば、そのことを悪いことのために努力しているというふうには思いたくないのはもう当然だと思います。しかし、そのこととセンターをつくって進めることとは別でございまして、悪いことはなるべく早くよい方に向けたいというのが働いている栄養士の人たちが本当の意味で自覚したときの考え方だと思っております。現に、武蔵野市の給食センターの中では、小崎さんという栄養士の方が、センターではだめだとセンターの中で働きながら一生懸命告発をなさり、また、いい方に向けようという努力をなさっていらっしゃいます。そのことを考えますときに、そういう意味の取り違えは、働いていらっしゃる方は決してしないと思います。
 手づくり給食の中身でございますが、やっぱり野菜一つを切りますにも、時間に追われますと裁断機という機械を使いますから、やっぱりくずはたくさん出ます。タマネギなどを切りますと水分のいいところは全部落ちてしまいます。それから、形はいつも均一のために、見た目にも美的感覚はどんどん損なわれていきます。二重食かん云々と言いますけれど、二重食かんは保温だけのためでございますので、余熱がその後も働きまして実際に学校に着いたときには、機械で痛めつけられたジャガイモが高温で処理された上に二重食かんの中でまたゆで上げられて、実際に子供が食べるときにはぐちゃぐちゃの状態ができているんです。そのことを見逃してはいけないと思います。やっぱり一番心配なのは、危険なものを食べさせたくないという考え方なのでございます。これが抜きになりますと、はっきり言いまして加工食品の中身というものは素材が全然わかりません。どこかの工場でつくられて持ってきたものです。しかし、私はホウレンソウの端まで自分の手で確かめたホウレンソウをゆでて渡したいと思いますし、もしコロッケをつくるなら、本当の意味で手づくりでなくちゃいけません。それから、ポッテというような形をとっておりますけれども、ポッテの加工される間にネズミが飛び込むような状態では困ります。ジャガイモをその場で処理してつくるのは、家庭でもそれから学校給食の場でもやっていかなきゃならないことだと思います。特に、いま農薬の害などをたくさん言われておりまして、私千葉に住んでおりますが、実際にお百姓さんのうちに訪ねてまいりますと、自家用の畑というのを持っておりまして、農協用というのは別でございます。あれでなくてこれを売ってくださいと言ったら、これはうちの家のものだという言い方をします。それくらいにお百姓さん自身が知っていらっしゃるのになぜそういう話になるのかと思います。地方も落ちてまいりますし、もう方向転換をしなければならないということがずいぶん叫ばれておりまして、私はそういう無農薬の野菜だのなんだのを使い始めましたのも子供のためにならないから始めたのでございますので、それはだんだんと実際の自分たちの生活の中で見詰めていかなきゃならないことだと思います。きっと先生方のお宅では無農薬の野菜も大分入っていらっしゃるかに伺っております。でしたら、どうぞ学校給食の中でも子供たちにそういう危険性の少ないもの、害のないもの、疑わしいものは絶対に給食の中に入れないという態度でひとつ給食を進めていただきたいと思います。
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小野明#16
○小野明君 加納参考人に二問お尋ねいたしたいと思います。
 一つは、いま加納さんは、自校方式の場合は千人に対して調理員は十人、栄養士は一人と、それ以上ないと完全ないい自校方式はできないというふうにお述べになりましたね。そのほかにこうしてほしいという点があれば簡潔にお願いしたいのと、それからもう一つは、学校給食会が大量に物資を押しつけてくるということをお述べになりましたね。これはどういうものを押しつけてくるのか、学校現場としてはそれはお断りいたしますと言うわけにはいかないものかどうか、その二つです。
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加納敏恵#17
○参考人(加納敏恵君) 調理師の件ですが、大体最低百食は手づくりができるだろうという、ですから千人を超えた場合はとにかく五百人ふえなければ一人調理師はやらないぞというふうな、それが四百人にしましても大ぜいになればなるほど非常にやりにくくなってくるわけです。とにかく最低でも百人ぐらいはできるだろうと、それ以上になりますと、もうコロッケつくるにしても大変忙しくなってきて間に合わなくなるということが出てきますので、限られた時間で手づくりをやるにはやはりそのくらいが一番いいんではないか、こういうことでございます。
 それから、ちょっとここのもう一つの学校給食会が押しつけるということではなくて、私は、そういう意味ではなくて、学校給食会から物を買うということは残量が多いという意味で、学校給食会のものはつまり安いということが一番の魅力になっているようですけれども、決して親は安いものを望んでいるわけではなくて、安全でいいものを望んでいるわけでして、だから安いということは中身が安いものしか使っていないということは、損してまで商売できませんので、結局そういうものを親は望んでいない。ですから、学校給食会というのはもうちょっとちゃんとしたものでない限り私ども買いたくない、しかし教育委員会は、うちの学校は学校給食会のものを買うのが量が少ないようだから、よその学校と均衡をとるためにもっと買ってはどうだというふうな上の方からのあれがあるらしいので、そういうことはないようにしてほしいということはあるわけです。それとなく申し上げますけれども、なかなかその辺が栄養士さんの若い方だとかあるいは何となく教育委員会にいい顔をしなきゃいけないかなというようなときには苦しいところがあるようですので、その辺をもうちょっとしっかり、栄養士さんでもコケが生えてれば大丈夫なんですけれども、その辺が心配なところがあるわけなんです。
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小野明#18
○小野明君 よくわかりました。
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本岡昭次#19
○本岡昭次君 四人の参考人の方にそれぞれお尋ねしますが、給食の問題で大きく国会でこれから取り上げられるであろうと思われるのが、第二臨調が学校給食を民間委託にしてはどうかという事柄があるわけです。この委員会でもずいぶんそのことを論議をしましたが、給食の第一線におられる皆さん方、またそのために大変勉強し、またよい給食を子供たちに与えるためにがんばっておられる参考人の皆さん方からして、学校給食を民間委託するということが給食を教育的に見るということだけでなく、学校給食そのものの存在の問題とかかわって、皆さん方はどのようにお考えになるのか、端的にひとつお答えいただければありがたい、このように思うんです。賛成とおっしゃるか、いやそれはだめだとおっしゃるか、いかがでしょうか。
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世耕政隆#20
○理事(世耕政隆君) それでは順次に、田中参考人から、簡潔にお願いします。
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田中信#21
○参考人(田中信君) ただいまの先生のお話でございましたが、私が聞きましたところによりますと、第二臨調での御意見は、全部を民間委託にするのではないと、ある運転手とか、輸送とか、ボイラーというような一部分を民間委託にして民間に活力を持たせてはどうかというような御意見があったやに承りました。
 それはそれといたしまして、私は民間委託云々ということの前に、なぜ市町村が民間委託を考えるのか。もしそういうふうな臨調の先生方が民間委託ということをお考えになったらば、なぜ民間委託を考えられたのかというその原因を知って、その原因はどこにあるのかと、その原因が私ども現場の栄養職員なり調理員なりの努力が足りなくて、それで民間委託にした方が子供にとってより効率が上がる、すなわちおいしい食事ができるということであるのかと、その辺のことをまず知りたいと、そういうふうに考えているわけでございます。でございますので、ただいまの先生の御質問の中身のいい悪いという前の原因そのものについて私どもは考え、もし私どもが至らないということであるならば、そして民間委託にするということであれば、私どもは全力を挙げて子供たちのために改善し、がんばっていかなければいけないという所信でございます。
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西
西山千代子#22
○参考人(西山千代子君) 私は民間委託に全然反対でございます。
 それは、民間委託というものは、民間委託を考えた人の頭の中に学校給食は教育だなんてことは一つも入ってないからだと思います。特に、たとえばもし学校の教師に、教育を民間委託すると言ったら何と言うでしょう。そんなばかな話があるでしょうか。私にとって、給食というものは三十何年も一生懸命やってきたつもりでございますが、教育の本質的な中身があると思えばこそ努力をしてきたわけでございますし、たしか栄養士の本質というものは栄養指導であったと思っております。それで、民間委託をする人たちの考え方の中には——私は小平の市議会で取り上げられたというお話を聞きまして、その中でいろいろと運動された方に伺いましたが、議員さんたちの中にはお金が安いからいいじゃないかという話しかなかったそうでございます。決して教育という言葉もありませんし、子供においしいものを食べさせるという話もなかったそうでございます。で、子供の教育だと言ったら、あっけにとられた顔をして、いや、給食は教育委員会では予算の関係で話しているんだという話だったそうでございます。そういう話で学校給食を取り扱われては、私たちにとっては本当に自分の生涯をかけた給食を否定されたような気がしまして、大変腹立たしい思いをしております。そして、民間委託にするのがお金のためだけであったならば、それはもう何にも学校でやる目的がなかったはずですし、そして内容的に考えるなんという考え方がないとすれば、民間委託を言い出した人自身の、何と言うんでしょうか、子供の立場が全然なかったんだというふうにとって、大変私は腹が立っております。
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加納敏恵#23
○参考人(加納敏恵君) 私は、民間委託というのは、これは教育として最も悪い立場になると思います。と申しますのは、私は、食べ物というものは安全ということが一番最初にくるべきものだと思います。見せかけとか、安いとか、手がかからないとか、そういういろんな立場の人の領域を超えて、子供がどうだということを最も中心にして考えられなきゃならない。その場合に、見せかけだけとか、あるいは安いからとか、手がかからないとか、そういうことで子供に供されるとしたら、私はこれは教育の一環として絶対に許されるものではありません。それで、加工食品が多様化ということになりますと、結局添加物でいま子供の体がどうなっているか。いま十五歳を頂点としまして子供のがんが非常に急増しております。そして骨折だとかあるいは背骨が曲がるとか、とにかく形は大きくなっても、筋力の弱い、体の弱い子供が激増しております。成人病が子供の中にいっぱい入ってきております。奇形児がさらに上昇を続けております。一体日本人はどういう形で消滅していくんだろう。世界じゅうから日本人の食べ物について興味しんしんとして見守られている中で、いろんな加工食品が三百三十四種類、とにかく添加物が野方図にこれは抑えられないでどんどん広がっていっています。これを見ますときに、私たちは本当に安いからといってこれは絶対に業者に任せるべきではなくて、やはりちゃんとした学校のことを考えた、とにかくもっと良心的にできるところ、利潤というものを超えた、利潤というものを追求しない場でやはり良心的につくられるものでなくてはならないというふうに考えております。
 以上です。
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雨宮正子#24
○参考人(雨宮正子君) 私も民間委託は反対です。学校給食というのは母親と台所を結ぶものだと思うんです。台所というのは学校の炊事場のことであり、学校というのは母親の信頼する場だと思います。そういう点からいっても、業者にそれを委託するということは、本当に母親の信頼を業者に売るということになると思うので、そういう立場から反対します。
 具体的に言いますと、千葉県には相とそれから流山に仕出し弁当を委託しているところが——中学校の給食を委託しています。そこでは、一見豪華な献立ですけれども、それは本当は、たとえばギョーザなんかにしても一個ごろんと入っているだけで、実際のところは献立と実物とは大違いということで、子供たちの評判がよくなくなって、だんだん注文する数が減ってきました。五〇%ぐらいになったところが業者が教育委員会に泣きついてきました。それについて業者の方に一食二十円の補助を市が出しています。五〇%の子供に市が補助をするということは、学校給食、教育としての給食を考えた場合にも、また教育として機会均等の保障されている立場から考えてもこれは問題だということが一つ言えます。
 それからもう一つは、働いている人の委託の問題があります。これは臨時職員という形になっていますけれども、たとえばこの臨時職員の方は土曜日は出勤しませんから、センターの場合ですと前日に野菜物の処理をしておきます。ということで、土曜日は出ませんから、金曜日に野菜物の下ごしらえをしていくということで、三日前に給食の下ごしらえをしていくようになるわけです。ですから、栄養価の点も落ちていくということがあります。ところが、金曜日が連休だった場合には木曜日にやっていくということがあって、非常にそれは問題じゃないかということで、さっきセンターで働いている人はお気の毒だというのがありましたけれども、本当からいって、働いている人たちも同じ仕事をしているんだから同じに賃金が保障されなければならないし、権利が保障されなければならない。そういう立場からいってもこれは問題じゃないか。私はそういう三つの点からいって、民間委託は教育ではないという立場から反対します。
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山東昭子#25
○山東昭子君 加納参考人にお尋ねいたしますけれども、先ほど給食の内容がまずいということをおっしゃいましたけれども、私も最近食べてみましたけれども、私たち自身が受けていた当時は、確かにその当時は脱脂粉乳でしたし、それから献立あるいは材料、こういう点でも大変貧困だったと思うんですけれども、最近は非常にバラエティーに富んでいいなあと目をみはるばかりだと思うんです。また、私のおいやめいを初めとしまして、全国のいろんな子供たちに学校給食をどう思うかと質問してみますと、みんなおいしいよとか、楽しみにしているんだ、いつもおかわりしちゃうんだなんというような答えが返ってまいりまして、多くの子供たちが私は満足していると思うんです。また、お母様方にいろいろ伺ってみますと、働かなければ生活していけないというお母さんたちの中に、私たちがこうやって仕事ができるのはやっぱり学校給食のおかげですと、また給食を一生懸命たくさんおかわりして帰ってくるとおかげさまでおやつも食べなくて済むし、おやつ代も余りかからなくて本当に感謝していますなんとおっしゃる方もありますし、あるいは子供が非常に偏食ぎみだったのが給食を通して偏食が直ったとかあるいは丈夫になった、こういう声を聞きますとやっぱり学校給食というのは大変意義があると思うんですけれども、先ほど加納先生、非常に教育目標というものを掲げて、やっぱり学校給食というものは教育だということを盛んにおっしゃいましたけれども、そうした学校給食を通じての教育の中に、やはり日本の社会というものは非常に豊かなんだと、豊かだからこれだけ食生活が豊富なんだと、世界に目を向けてごらん、世界の四十数億の人たちの中には、子供たちだけじゃなくて、大人だって本当にコップ一杯の水さえも飲めない、あるいは食事もできずに飢えに苦しんでいる人たちがたくさんいるんだというようなことを学校で教えていらっしゃるのかどうかということを伺いたいと思います。
 私は子供たちのためにもちろん学校給食というものが充実していなければいけないと思うんでございますけれども、最近の子供たちの中には何か欲望のおもむくままに行動している子供たちが多過ぎるような気がいたします。小さいときに欲望を抑えることができなかった人は非常に不幸であるとカントも言っておりますけれども、やっぱり子供たちのただわがままを助長するだけの学校給食を通じての教育であってはいけないんじゃないかなあというような気がするわけでございます。
 また、先ほど加納参考人が何かミカンが余りおいしくないから屋根にぶつけるんだとかなんかということをおっしゃったのは、どうもそういうところに結びつけるのはちょっと残念だなあというような気がするんです。やっぱりそういうことをした子供たちを諭して、そして正しい方向に導いていくというのが私は教育ではないかなというような気がするわけでございまして、そういう点はどういうふうにお考えかなと思いましてお尋ねするわけでございます。
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加納敏恵#26
○参考人(加納敏恵君) 私が申し上げましたのは食物、つまりお弁当ですね、食べ物に足るだけの内容に達してないというその限度で私は申し上げているわけです。つまり、人間の食べる物というのはやはり幸福感がなくちゃいけません。いまはとにかく非常に豊かな日本になっていて、それが戦前のあるいは戦後の間に合わせ給食から考えがずうっとそれを足場にして現在の給食が成り立っているわけです。貧しいんですね。非常に精神構造が貧しいところで成り立っている学校給食が、とにかく与えるという、一定の安ければいいだろうというものから成り立っているだけでして、中身が非常に子供たちの水準から見れば、家庭の食べ物から見れば、段違いに中身が乏しいわけです。そういう意味で、もっと政府が補助金を出すなり、あるいは自治体が何とかもっと中身を豊かにするような補助金を出すなり、そういうことを手だてをしてくれればもっとおいしいものが、そして豊かなものが、残さず食べられる、安心のできるものが出るんじゃないかと、私はそういうふうに思っております。結局、ぜいたくで言ってるんではなくて、食べるに足るだけのものを出してくれていないのがセンター給食だというふうに申し上げているわけなんです。ですから、ちゃんとした調理師で、ちゃんとした学校で自校方式をちゃんとできておれば非常においしいものができる。こういうものを小学校で食べていて、中学校へ来てセンター給食になったときに悲劇的なことが起こってくると、こういうふうに申し上げているわけなんです。
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山東昭子#27
○山東昭子君 田中参考人にお尋ねいたしますけれども、学校給食会の役割りというものについて八千人いらっしゃる栄養士の方たちの現場ではどのような評価がなされているんでしょうか。それをまずお伺いしたいと思います。
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田中信#28
○参考人(田中信君) そのことにつきましてお答えさせていただきます。
 まず、日本学校給食会が全国的な規模で学校給食の食事内容の向上ということに焦点を合わせまして、給食担当者、すなわち栄養職員も調理員も給食主任もと、それぞれの担当者の研修を全国的な規模で行って、そうして全国お互いに足らざるを補うというような気持ちで、どのように力を尽くしたならば子供の望ましい学校給食、豊かな学校給食を実現できるかというその研修の場を提供しているということが第一点でございます。このことにつきましてはなかなかほかの機関では、文部省でもこれはなかなかむずかしいものでございまして、文部省にかわるべき機関といたしまして日本学校給食会の果たす役割りの一つであると思います。
 次に、物資でございますが、先ほど来るるお話が皆様からございました。物資の安全性の問題でございます。このことにつきましては、大人と違いまして、成長発育期の抵抗力のない子供でございますから、厚生大臣が許可いたしました添加物でもなるべく少ないものが望ましいということで、大変充実した検査機関を持っております日学給が物資を選定いたしまして、この物資は大丈夫であるという折り紙がつくということが私ども現場にとりまして——現場では私ども一栄養職員は逆立ちしてもその検査機関を持っておりませんから、単純なことでございましたらできますが、そうでない本格的な検査はできないのでございますから、私ども個々にかわって物資の安全性を確かめてもらう検査機関を持っているということでございます。
 それからもう一つ、先ほど来もございました教育は機会均等でございますから、どんな遠い山間僻地といえども給食をやっているところには物資を届けなければなりません。民間でございますと莫大な輸送費がございまして、それはその物資にかかっていくわけで、そういうところの市町村は零細でございますから、なおさらのことでございます。そういう場合にも、日学給の物資は全国同じ同一価格で、日本じゅう、いかなるすみずみまでも配送することができます。
 なお、その物資は優秀で、栄養的にも十分に満たされていて、安全で、衛生的で、その値段もしかも安いと。値段の安いということは民間をリードしているということでございます。すなわち、民間のあるAという食品にはこの添加物を入れたと。一つの例を挙げますと、どれでも、チーズでもバターでも結構でございますし、どのような加工食品でも構いませんが、ところが日学給の選定物資にはそれが入っていないと、しかも値段が安いというときには、それにならって民間も入れないと。値段も、たとえば千円で流通したものが、日学給は千百円で売っていだけれど、価格を下げて流通させるというように民間を物資の面でもリードしているということでございます。
 以上でございます。
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山東昭子#29
○山東昭子君 先ほど加納参考人がもっと予算をかければおいしいものができるんだということをおっしゃいましたけれども、私ども町で、レストランで食事をいたしましても必ずしも値段の高いものがおいしいとは殴らないわけでございまして、何かその意見にはちょっとどうかなというような気がするんですけれども、実際に現場で働いていらっしゃる田中参考人といたしましては、お金をかけなくてももっと内容的に充実する工夫というものはどういうふうにしていらっしゃいますか。
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