森井忠良の発言 (社会労働委員会)

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○森井委員 それから事務当局にお願いをしておきますが、本来でございますと、私が先ほど読み上げました戦死公報に載っております張さんのような例の場合は、当然のことでありますが、国籍要件さえなければこれは援護法の対象になる可能性が非常に強いわけですから、ぜひひとつ記憶にとどめておいていただきたい、このことをお願い申し上げておきます。
 さて、次の問題ですが、大臣御案内のとおり、戦争犠牲者の救済というのは次から次へといろいろ問題が出てまいります。たとえばソ連に抑留された皆さんがいま抑留中の補償を求めて全国的な運動をしていらっしゃいます。私は当然の要求だと思っております。そういった方々の問題や、あるいは原爆被爆者の皆さんの国家補償法がまだできておりません。さらには、三月十日は東京大空襲でございましたけれども、あれだけのたくさんの方々が亡くなられましたけれども、これもいまもってまだ未解決でございます。私ども社会党は、戦時災害援護法等参議院へ出して毎年要求しておりますけれども、依然として実現をしていない。
 ただ、本委員会でも少しずつ進歩はあったわけでございまして、たとえば満蒙開拓青少年義勇軍、これは義勇開拓団まで広げていただきました。その前からいきますと、警防団でありますとかあるいは医療従事者でありますとか、いずれにいたしましても軍と身分関係等があった者、特別権力関係があった者等については、徐々にではありますけれども、少しずつ戦争犠牲者の枠は広がってまいりました。該当者の救済というのはそのまま突き放されて、遡及をしてもらえるという性質のものじゃないものですから、これは一年おくれればおくれるだけやはり損をするのですね。本当に気の毒にたえないと思うのです。しかし、いまからでも遅くはない。まだ救済をすればそれぞれの犠牲者に対します私どものささやかな気持ちは満たされるという感じもしてなりません。
 そこで、気になるのは、昭和四十二年に総理府総務長官あるいは大蔵大臣、それに党の役員等も入りまして、例の戦後問題はこれで終わりですという覚書みたいなものがございますね。その後、先ほど御披露申し上げました警防団、医療従事者等々が救済をされてきておりますから余り気にもならないような気もするのですけれども、いま行革旋風が吹いておりまして、いろいろな意味で後退をさせられておるという現実があるものですから、この際戦争犠牲者の救済について基本的には私どもまだ触れなければならない問題が頭にある。樺太の方もいっぱいある。大臣の中におありだと思うのでありますが、いっぱいある。しかし、それは同時にぱっとはできないということも財政上の理由からわかります。その意味で、緩急順序をつけなければいけないとも思うのですね。私どもも、それはよく理解できます。しかし、いま申し上げました四十二年の覚書で、例外はありましたけれども、基本的にはふやさないということなのか。物によっては、調査をして掘り起こしたらこれは深刻だというものもまだ出てくる。調査研究、その上に立って必要なものは救済していくという基本的な立場だけは大臣からぜひ明確にしていただきたいと私は思うわけでございますが、いかがでしょうか。

発言情報

speech_id: 109604410X00419820401_028

発言者: 森井忠良

speaker_id: 6858

日付: 1982-04-01

院: 衆議院

会議名: 社会労働委員会