森井忠良の発言 (社会労働委員会)

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○森井委員 大臣が検討してくださるということでございますから、ぜひひとつよろしくお願いをしたいと思いますが、ここ七、八年前から何とかしなければという運動が起きているわけですが、その運動していらっしゃる人の一人は、かつて三菱重工の広島の工場で、徴用工の皆さん方を指導員として指導されておった方なんです。そういった方が中心になって、何とか遺骨をもとに戻してあげたいと、自分の費用を費やして日本国じゅう、といっても西日本ですけれども、あちこち走り回って、ようやく壱岐にそういったものがあるということを突きとめた、こういうことなんです。
 ただ、私ここでちょっと強調しておきたいと思いますことがあるのは、実は、現地で慰霊碑ができているのです。これは「大韓民国人慰霊碑」となっておりまして、これはいま写真を持っておりますけれども、りっぱな慰霊碑をつくっていただいております。これは、四十二年の三月十九日に芦辺町の布谷嘉治さん外二名の方が発起人になられまして、もちろんそういう善意に満ちた行いでございますから、町当局も協力をされ、具体的な支援もなさったようでございますけれども、りっぱな慰霊碑ができております。
 しかし、これは申し上げますように一部だけです。当然、いままで政府の手で慰霊の行事をやったことがない。私も不勉強で多くは知らないのですけれども、たとえば祐天寺というところに厚生省が韓国人の皆さん方の遺骨を現在預かってもらっていらっしゃいますね。毎年一回、丁重に弔っておられるというふうに聞いています。私は、先ほど大臣、御検討いただくわけでございますから、もうそれ以上の性急なことはいま申し上げませんけれども、いま御指摘をいたしましたように、現実にそういった慰霊をしなければならない状態でいまもって放置をされている遺骨があるということを、そういう意味では遺骨の問題について聞いていただくのは恐らく私の発言が初めてじゃないかと思うのですが、あとは昭和五十二年に参議院等でおやりになっていらっしゃいますけれども、三菱との補償の関係でいままで議論が続いたというふうに聞いています。
 その意味では、いま申し上げましたように、具体的に韓国の方々の墓地、といいますか、仮埋葬なさったところがあるわけでございますから、この際お願いをしておきたいと思うのですけれども、なるべく早い時期に現地調査等をまずおやりいただきたい。
    〔今井委員長代理退席、委員長着席〕
これは、現地へ行っていただきますと、たとえば当時の町の人が、あるいは町役場が具体的に救助活動をしたような事実、あるいは台風の状況、先ほど申し上げましたように日本の心ある人々が韓国人の皆さんの委託を受けて、土葬から荼毘に付してお寺へ持って帰ったときの経過等々は当然把握ができると思いますので、私は、そういった方々との話し合いも含めて、早急に現地調査をしていただきたいと思いますが、いかがでしょう。

発言情報

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発言者: 森井忠良

speaker_id: 6858

日付: 1982-04-01

院: 衆議院

会議名: 社会労働委員会