松本幸男の発言 (地方行政委員会)
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○松本(幸)委員 国税が全くの応能原則に基づく所得課税で、地方税については必ずしも、所得課税であっても応能だけではなくて、多少地域性を持たした応益の原則が加味されるものだ、こういうことについては私もかねがね承知はしております。しかし地方税といっても、市町村民税については超過累進という所得税にやや見合った税率の適用がある。都道府県民税についてはいまのようなお話ですけれども、そういうことで広く地域全体の受益に対応してやるというなら、何で百五十万円以下二%、百五十万円以上四%というような二段階制を設けるのか。所得に応じて一定の税率で、たとえば固定資産税のように、あるいはその他の税のように所得の区分をして、百五十万円以下は二%でございます、百五十万円以上は四%でございます、そういう意味がなくなってしまうのではないか。たとえば、その中間の三%というものをとって、もう道府県民税は全部三%である、百五十万の所得であろうと一千万の所得であろうと三%である、こういうことでもいいんじゃないか、こういう理屈にもなってくると思うのです。
そこで、百五十万円以下二%、百五十万円以上四%というふうに定めたのは、これはやはり所得の区分に応じて負担を多少違えるという考え方に基づいているものだと思うのです。ところで、昭和三十七年に百五十万以下二%、百五十万以上四%と決められた当時の所得の状態というのは、いわゆる勤労者所得の場合には、当時は年収三十万八千五百円程度でしたか、ところが昭和五十六年度になりますと、すでに三百万を超えているわけです、賞与を含めての年間の全勤労者の平均収入総額が。大体八倍以上になっているわけです。三十七年当時課税所得金額が百五十万というと、これはその時点では相当の高額所得者だったと思うのです。それを境にして二%と四%というふうに分けた。
相当の高額所得者までが二%で済んで、さらにそれ以上の高額所得者が四%だというふうに定めたときの基準というものにかなり合理的な根拠があるとすれば、二十年もたった今日、当時三十万八千五百円ぐらいの年収であった勤労者が今日ではもう三百九万五千円だったですか、になっているわけです。そういう状態になっているのに、依然としてこの道府県民税については三十七年当時のままで置くというようなこと、もうほとんどの人が、いま税務局長の言うように、結果的には同一税率と同じようなことになりかねない姿に現実はなっているのですけれども、二段階にしているということに合理性があり、三十七年当時百五十万を境にして二%と四%と分けたときに合理的な根拠というものがあったとすれば、いわゆる社会経済情勢の大変化に伴っての今日の実態から考えれば、もう不合理であるということは私が指摘するまでもないところだと思うのです。
だから当然、くどいようですけれども、私は都道府県民税全体の総額を、税率を上げて増額しろということを主張しているわけではないのです。三十七年当時の負担を今日に引き直して、同じ負担になるような改正を行うべきではないか、こういうことを主張しているわけなんですが、そういうお考えにはなりませんか。