小林進の発言 (予算委員会)
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○小林(進)委員 委員長の御答弁を了承いたしまして、次に移りたいと思います。
外務大臣に行政改革の問題についてお伺いいたしたいと思います。
いま行革が臨調等で進められておりまするけれども、外務省はこの臨調を横目に見て外務省の行革をどのようにお考えになっているか。私ども率直に申し上げまして、経済大国としての日本の外務省の機構、人員にはまだまだ不備な点がある。特に情報収集の能力等、外務省は非常に劣っているのじゃないか。また先進国に比較いたしましても、イギリスや西ドイツあるいはイタリア等に比較しても、わが外務省の人員合わせて三千名そこそこということでは、世界の中に日本が超一級国として伍していくことに、私は人員、機構が非に足りないと思っております。この意味において、早急に外務省の機構、人員というものは五千名くらいを目途にして大いに内容を充実していただかなければならぬ。
この問題をひとつ外務大臣に要望いたしながら、私も実は世界各地を立法府の一員として調査視察をしてまいりましたけれども、なかなか人員の足りない外交公館もありますが、中には不要のものと思わるるものもなきにしもあらず。限られた時間でありまするが、その一つにモンゴル大使館、これは私はどうも大使館を設置するまでの必要はないのではないかという感じを受けております。
モンゴルには私はどうしても腑に落ちない点が三つばかりあります。一つは、あの国は一九二一年に成立したという建国の記念日をやっておりますが、その後において日本とモンゴル独立国家は戦争をした。そして、日本に対して大勝利を得た。戦勝国である、モンゴルは。こういうことがモンゴルの立国の歴史の中に明記せられているが、私は今日まで歴史を学びながらも、モンゴルという国に負けたという記憶はない。ところが、モンゴルに参りますと、ウランバートル等には戦勝記念碑ができていた。しかも、モンゴル独立国家は日本に勝利を得るためには、ソビエトロシアのジューコフ元帥ですか、大元帥等の大きな御協力を得た。そのためにモンゴルは勝利を得たのであるということで、どうもジューコフ公園があったり、通りがあったり、何か記念館があったりして、私どもはあそこへ行くと敗戦国の民としての待遇を受けている。これが一つ、腑に落ちない。
第二番目は、モンゴルは戦勝国であるから、当然日本に賠償を要求する権利があるから、賠償をよこせという、そういう要求がしばしば日本に当てられている。これに対して日本政府は、賠償という形では受け入れることはできないがというようなもやもやした回答の中で、五十億円ですか日本円をお出しになって、モンゴルで羊毛のカシミアか何かの生産工場設備を、これは寄附されたのか、供与されたのか、賠償という名目で支払われたとは聞いておらないけれども、そういうことがある。非常にあいまいであります。こういう点は、やっぱり独立国家として是非善悪、白黒は明らかにしておいてもらわなければならぬ。
それから第三番目に、モンゴルという国はソ連圏における一番ソ連に忠誠を誓った国、第一にハンガリー、第二にモンゴル、第三にキューバと言われるくらい、ソ連圏では一番忠誠の国家です。だから、ソ連がせきをするとモンゴルもせきをする。ソ連が日本に対して軍事大国だとかあるいは云々という批判をすると、必らずモンゴルの政府官僚あるいは首相ですか、大統領ですか、あるいは外務大臣等がソ連に口を合わせて日本を批判したり攻撃したりするような発言があった。あるいはまた、ソ連のイズベスチャとかなんとかという機関紙の中に、モンゴル外務大臣の名前でそういう日本排撃、批判の文章が載ったりして、大変どうも日本にとっては余り有利な国家じゃない。これが三番目。
第四番目は、一体経済的にモンゴルから何を得るか。何もありません、あそこは。何もない。あるのは石炭だけ。その石炭を日本に買えという要望が出ているそうでありまするけれども、じゃあどうやって運搬するか。それは中国大陸を通過して大連港あたりから日本へ持っていけばいいと言っているそうだけれども、御承知のとおりモンゴルと中国とは非常に仲が悪い。仲が悪いから、モンゴルの石炭等を中国は大陸を通過させるわけがないのであります。経済的にも交流すべきものは一つもありません。
あそこに大使館を置いているが、じゃあの大使館の仕事は一体何だ。それは、あそこにおいてソ連情報をとるくらい。あとは何も用事がない。
ところが、用事がないのじゃないのです。大使館は非常に困っている。何で困るかというと、自分の日常生活の食事に困っている。ウランバートルにおいても食うものがないのだ。じゃどこへ一体食べ物を買いに行くかというと、国際列車に乗って、一カ月に一回とか二回ですよ。あの国際列車はウランバートルから北京まで特急で三十時間かかる。普通の急行では五十四時間かかる。その国際列車がソ連圏へ入ると、ソ連の国際列車の食堂には何もない。紅茶だかお湯だかわからないようなものが、何かちょっと出てくる、このくらいのものであって、砂糖はといったらごとごとして、つぶすのでも一時間もかかるようなかたいのが、それが砂糖だそうでありますが、出てくるだけだ。だから、北京まで買い出しに行くときには、北京大使館まで握り飯をつくっていく。握り飯をしょって北京まで行って、野菜を買ったり肉を買ったり、そして帰ってくるという、そういう状況です。大使館員も気の毒だ。なぜ一体――それはソ連圏ですから、ソ連へ行く飛行機は一時間置きも二時間置きも出ているから、何でその飛行機でソ連へ買いに行かないかといったら、ソ連はモスクワでもイルクーツクでもハバロフスクでも、食事は何もありません。肉も野菜も売っていません。ソ連の食糧の窮乏の状態は想像に余るものがあるのです。だから、しようがない。ソ連圏にいてもソ連では買えないから、北京まで買いに行っているのです。
こういう惨たんたる状況の中で、なぜ一体こういう大使館等を設置しておく必要があるのか。私はこれは規模を小さくして、単なる公館をちょっと置く程度でよろしいと思いますが、以上の点を外務大臣に御質問いたします。