海原治の発言 (安全保障特別委員会)
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○参考人(海原治君) それは冒頭に申し上げました。シーレーンの安全の確保ということについては、いわゆる日本の防衛努力、それを同盟国の米国に示すための一つのゼスチュアあるいはあかし、具体的な努力という見方もございます。アメリカ側が日本にいろいろ言っておりますのは、もともとこの考え方は日本側が言ったものなんです。冒頭申しましたように、私が保安庁の保安課長になりましたのは昭和二十七年、そのときからすでに当時の海の人々はアメリカと連絡の上でヘリコプター母艦をつくりたいと言っておりました。第二次防衛力整備計画をつくる直前に私は防衛局長になりました。これが昭和三十五年の十二月二十七日でございますが、その一週間前まで当時の防衛庁はヘリコプター母艦、これを四群つくるということを言っておりました。私は防衛局長になりましてその具体的内容を検討した結果、これはその後の二次防には出てまいりません。こういうことでこのときのヘリコプター母艦は当時の文書にございますが、アメリカの海軍作戦部長の方にもいっておるわけです。すなわち日本側がこういうことをやりたいということは同盟国の方がちゃんと知っておりますから、アメリカとしては日本の防衛努力が足りない、そのために日本はこうするということを言っているんだから、どうぞやってくださいということが鈴木総理が行かれたときの共同声明の文言にはっきりと出ております。すなわち一部でアメリカの強制とか要求とかいうふうに見ておられる方がおりますが、これは私は完全な間違いだと思います。日本がこうしたい、ああしたいと言っておりますからどうぞということを言っておるわけです。それが昨年十二月のアメリカの上院の本会議の決議として、一九九〇年までに日本はその安全保障の体制の整備をやれと、こういうことになったと私は見ております。終わります。