安全保障特別委員会
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会
会議録情報#0
昭和五十八年四月十一日(月曜日)
午後一時一分開会
─────────────
委員の異動
三月三日
辞任 補欠選任
大島 友治君 源田 実君
立木 洋君 上田耕一郎君
四月九日
辞任 補欠選任
上田耕一郎君 立木 洋君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 堀江 正夫君
理 事
大坪健一郎君
竹内 潔君
勝又 武一君
渋谷 邦彦君
立木 洋君
柄谷 道一君
委 員
板垣 正君
大木 浩君
夏目 忠雄君
林 ゆう君
村上 正邦君
大木 正吾君
佐藤 三吾君
寺田 熊雄君
秦 豊君
事務局側
常任委員会専門
員 林 利雄君
参考人
軍事評論家 阿曽沼廣郷君
評 論 家 海原 治君
日本戦略研究セ
ンター理事 北村 謙一君
軍事評論家 藤井 治夫君
─────────────
本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○国の安全保障に関する調査
(シーレーン(三海峡を含む)防衛の本質と問題点に関する件)
─────────────
この発言だけを見る →午後一時一分開会
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委員の異動
三月三日
辞任 補欠選任
大島 友治君 源田 実君
立木 洋君 上田耕一郎君
四月九日
辞任 補欠選任
上田耕一郎君 立木 洋君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 堀江 正夫君
理 事
大坪健一郎君
竹内 潔君
勝又 武一君
渋谷 邦彦君
立木 洋君
柄谷 道一君
委 員
板垣 正君
大木 浩君
夏目 忠雄君
林 ゆう君
村上 正邦君
大木 正吾君
佐藤 三吾君
寺田 熊雄君
秦 豊君
事務局側
常任委員会専門
員 林 利雄君
参考人
軍事評論家 阿曽沼廣郷君
評 論 家 海原 治君
日本戦略研究セ
ンター理事 北村 謙一君
軍事評論家 藤井 治夫君
─────────────
本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○国の安全保障に関する調査
(シーレーン(三海峡を含む)防衛の本質と問題点に関する件)
─────────────
堀
堀江正夫#1
○委員長(堀江正夫君) ただいまから安全保障特別委員会を開会いたします。
まず、理事の補欠選任についてお諮りいたします。
委員の異動に伴い、現在理事が二名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →まず、理事の補欠選任についてお諮りいたします。
委員の異動に伴い、現在理事が二名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
堀
堀
堀江正夫#3
○委員長(堀江正夫君) 国の安全保障に関する調査を議題といたします。
本日は、シーレーン(三海峡を含む)防衛の本質と問題点に関する件について、お手元に配付いたしております名簿の方々を参考人として、御出席をいただいております。
この際、参考人の皆様に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙中のところ、当委員会に御出席いただきましてありがとうございます。皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の本委員会の参考にいたしたいと存じます。
つきましては、議事の進行上、阿曽沼参考人、海原参考人、北村参考人、藤井参考人の順序でお一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後委員の質疑にお答え願いたいと存じます。
なお、御発言は御着席のままお願いいたします。
それでは、まず阿曽沼参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →本日は、シーレーン(三海峡を含む)防衛の本質と問題点に関する件について、お手元に配付いたしております名簿の方々を参考人として、御出席をいただいております。
この際、参考人の皆様に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙中のところ、当委員会に御出席いただきましてありがとうございます。皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の本委員会の参考にいたしたいと存じます。
つきましては、議事の進行上、阿曽沼参考人、海原参考人、北村参考人、藤井参考人の順序でお一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後委員の質疑にお答え願いたいと存じます。
なお、御発言は御着席のままお願いいたします。
それでは、まず阿曽沼参考人にお願いいたします。
阿
阿曽沼廣郷#4
○参考人(阿曽沼廣郷君) 御紹介にあずかりました阿曽沼でございます。
私の持論をひとつ中心に申し上げたいと思いますが、私はシーレーンの防衛という前に、シーレーンの安全保障という概念でこの問題を追求していくべきだと考えておるものであります。
まず、シーレーン防衛を考える場合に、世界の戦略環境というものを概括化をしてみる必要がある。現在の国際政治の政治学的、地政学的背景は、単に海と陸の対立、そんな単純な見方は当を得なくなっておりますけれども、しかし振り返ってみると、単純ではありますけれども、やっぱり陸と海の対立というのが基本的な問題として存在意義は持っておる。大陸国家群と海洋国家群の対立、こういう構図が地球儀を眺めてみた場合に現在の国際情勢を見る一つの物差しではないか、こういうふうに考えるわけであります。これは現在の米ソの双極体系を説明するのに役立つと思います。 このような考え方は、歴史、地理及び政治の接点、交会点を見出す概括化の作業でありますけれども、とかく作戦、戦術あるいは予算の問題に論点を集中するよりも、これを指導する国家の戦略という問題についてもっと考える必要がある。シーレーンの防衛についてもそうである、こういうふうに私は考えるわけです。一国の対外政策や国家戦略を微視的な知識や顕微鏡的な解釈で論ずるべきではない、シーレーンの防衛問題の解決も世界史的あるいは全球的な視野が必要だ、これが私が申し上げる一つの最初のポイントであります。
日本は海洋国家、ザ・シーパワーでありまして、決して大陸国家、ザ・ランドパワーでもない。またアウタルキーの経済の自給自足の島国でもない、こういうところが日本の国家戦略を決めるかぎである。したがって、わが国の立場に立てば、私は、海洋政治、オーシャノ・ポリティックスというものが政治の理念として確立されなきゃいかぬ、こういうふうに考えます。また、細かいことは後からも御質問があろうかと思いますが、日本とアメリカの同盟関係、NATOの同盟関係、これは言ってみれば海洋同盟システム、こういうとらえ方を私はしたいと思います。海洋国家日本の今日的な課題は、まさに海洋の自由で安全な利用を図る、こういうことが国家戦略の基本になければいけない、こういうふうに考えるわけです。日本の富と力は大部分を海から手に入れております。この海の安全な利用、それから日本の国民生活、国家経済を成り立たせております資源の循環、資源のサーキュレーションの中で致命的に大事な海上輸送、これは平時にあっては必要な資源の輸入であり、戦時にあっては軍隊の輸送等を含む海上の利用であろうと思います。
それから、シーレーンの防衛の必要条件と十分条件というものを十分に考えにゃいかぬ。この必要条件は何かといいますと、私は、要約してみまして、情報と知恵である。十分条件は、シーレーンの防衛にかかわりますハードウエア、船であり飛行機であり予算である。そういう問題が十分条件であろう、こういうふうに考えるわけですが、この情報は何を追求するか。一つだけ申し上げますと、これは海洋の安全な利用を脅かすリスクを考量する、カリキュレートする、そして分析をする、こういう作業を一つ代表的な問題として挙げることができると思います。
なお、もう一つは、海洋を安全に利用するための客体といいますか、船舶の情報、これも十分に把握していなければいけない。もちろん私は、シーレーンの安全保障ないし防衛に決め手はないと思います。決め手はないけれども、よい手はある。よい手というのは、将棋や碁で言いますように、その手を打ったがために後の情勢がきわめて有利に展開する手である。よい手は、私は、情報システムを十分に整備することだと、そうして海洋の安全を脅かすリスク、これは、平時においては経済的なリスクあるいは政治的なリスク、非常に多様でありますけれども、有事に限って申し上げますと、海洋の安全を脅かすものとして航空機があり、水上艦艇があり、潜水艦がある、そのうち最も厄介なものは潜水艦ということになろうかと思います。そうして、このリスクは、平時から未知のまま放置しておかないで、未知のリスクから既知のリスクにする努力を平時からやる必要がある。海上自衛隊がP3Cを持ち、水上艦艇を整備するのも、未知のリスクから既知のリスクに転換させるためのツールであるという認識もできると思います。このほかに、先ほど申し上げました守られるべき客体の船舶の情報をどうやって把握するかというシステム、これは、幸いなことに海上保安庁でも海洋情報システムというものをこれから整備されるそうでありますけれども、これが速やかに整備をされて、いわゆるトータルな情報システムを整備するという方向にこれから向かうべきであろう、こういうふうに思います。私は、情報システムはシーレーンの防衛を望ましい方向に持っていく基盤であると、こういうふうに考えます。
それから、知恵の方で言いますと、これはやはり、為政者が、日本が海洋国家であり、海の安全な利用についてこれをバイタルな問題として考えるという、いわゆるシーマインドフルネス、海洋に対する知覚が十分であるということがこの知恵であろうかと思います。いま、日本にシーレーンの防衛に関しましても、決断のシステムというのがない。これは後から質問があれば申し上げますが、いずれにしましても、安全保障について決断のシステムがないということはわれわれ非常に危惧するところであります。安全保障全般に現在の日本は非常に矛盾に富んでおります。矛盾の中でいろんなことを決断してやっておるわけでしょうけれども、この矛盾の根源は何にあるかということも十分考える必要がある。日本のシーレーンの安全にとって責任を負う行政機関というのは多々ございます。ただし、これの行政の成果が国としてどういうふうに統合されるかという面については非常にまだ疑義があるところであります。
たとえば、ことし答申が出ました海運の危機管理に関する作業にいたしましても、軍事的な脅威が顕在化して挑戦を受けるような事態というものについては、これは防衛政策、その他の問題、政策は中心になるので検討から外れるということになっておりまして、いずれはこの問題を国としてシーレーンの安全保障について総合的に考えるような施策が講ぜられなきゃいけないと思います。
時間も参りましたのでこの程度にさしていただきます。
この発言だけを見る →私の持論をひとつ中心に申し上げたいと思いますが、私はシーレーンの防衛という前に、シーレーンの安全保障という概念でこの問題を追求していくべきだと考えておるものであります。
まず、シーレーン防衛を考える場合に、世界の戦略環境というものを概括化をしてみる必要がある。現在の国際政治の政治学的、地政学的背景は、単に海と陸の対立、そんな単純な見方は当を得なくなっておりますけれども、しかし振り返ってみると、単純ではありますけれども、やっぱり陸と海の対立というのが基本的な問題として存在意義は持っておる。大陸国家群と海洋国家群の対立、こういう構図が地球儀を眺めてみた場合に現在の国際情勢を見る一つの物差しではないか、こういうふうに考えるわけであります。これは現在の米ソの双極体系を説明するのに役立つと思います。 このような考え方は、歴史、地理及び政治の接点、交会点を見出す概括化の作業でありますけれども、とかく作戦、戦術あるいは予算の問題に論点を集中するよりも、これを指導する国家の戦略という問題についてもっと考える必要がある。シーレーンの防衛についてもそうである、こういうふうに私は考えるわけです。一国の対外政策や国家戦略を微視的な知識や顕微鏡的な解釈で論ずるべきではない、シーレーンの防衛問題の解決も世界史的あるいは全球的な視野が必要だ、これが私が申し上げる一つの最初のポイントであります。
日本は海洋国家、ザ・シーパワーでありまして、決して大陸国家、ザ・ランドパワーでもない。またアウタルキーの経済の自給自足の島国でもない、こういうところが日本の国家戦略を決めるかぎである。したがって、わが国の立場に立てば、私は、海洋政治、オーシャノ・ポリティックスというものが政治の理念として確立されなきゃいかぬ、こういうふうに考えます。また、細かいことは後からも御質問があろうかと思いますが、日本とアメリカの同盟関係、NATOの同盟関係、これは言ってみれば海洋同盟システム、こういうとらえ方を私はしたいと思います。海洋国家日本の今日的な課題は、まさに海洋の自由で安全な利用を図る、こういうことが国家戦略の基本になければいけない、こういうふうに考えるわけです。日本の富と力は大部分を海から手に入れております。この海の安全な利用、それから日本の国民生活、国家経済を成り立たせております資源の循環、資源のサーキュレーションの中で致命的に大事な海上輸送、これは平時にあっては必要な資源の輸入であり、戦時にあっては軍隊の輸送等を含む海上の利用であろうと思います。
それから、シーレーンの防衛の必要条件と十分条件というものを十分に考えにゃいかぬ。この必要条件は何かといいますと、私は、要約してみまして、情報と知恵である。十分条件は、シーレーンの防衛にかかわりますハードウエア、船であり飛行機であり予算である。そういう問題が十分条件であろう、こういうふうに考えるわけですが、この情報は何を追求するか。一つだけ申し上げますと、これは海洋の安全な利用を脅かすリスクを考量する、カリキュレートする、そして分析をする、こういう作業を一つ代表的な問題として挙げることができると思います。
なお、もう一つは、海洋を安全に利用するための客体といいますか、船舶の情報、これも十分に把握していなければいけない。もちろん私は、シーレーンの安全保障ないし防衛に決め手はないと思います。決め手はないけれども、よい手はある。よい手というのは、将棋や碁で言いますように、その手を打ったがために後の情勢がきわめて有利に展開する手である。よい手は、私は、情報システムを十分に整備することだと、そうして海洋の安全を脅かすリスク、これは、平時においては経済的なリスクあるいは政治的なリスク、非常に多様でありますけれども、有事に限って申し上げますと、海洋の安全を脅かすものとして航空機があり、水上艦艇があり、潜水艦がある、そのうち最も厄介なものは潜水艦ということになろうかと思います。そうして、このリスクは、平時から未知のまま放置しておかないで、未知のリスクから既知のリスクにする努力を平時からやる必要がある。海上自衛隊がP3Cを持ち、水上艦艇を整備するのも、未知のリスクから既知のリスクに転換させるためのツールであるという認識もできると思います。このほかに、先ほど申し上げました守られるべき客体の船舶の情報をどうやって把握するかというシステム、これは、幸いなことに海上保安庁でも海洋情報システムというものをこれから整備されるそうでありますけれども、これが速やかに整備をされて、いわゆるトータルな情報システムを整備するという方向にこれから向かうべきであろう、こういうふうに思います。私は、情報システムはシーレーンの防衛を望ましい方向に持っていく基盤であると、こういうふうに考えます。
それから、知恵の方で言いますと、これはやはり、為政者が、日本が海洋国家であり、海の安全な利用についてこれをバイタルな問題として考えるという、いわゆるシーマインドフルネス、海洋に対する知覚が十分であるということがこの知恵であろうかと思います。いま、日本にシーレーンの防衛に関しましても、決断のシステムというのがない。これは後から質問があれば申し上げますが、いずれにしましても、安全保障について決断のシステムがないということはわれわれ非常に危惧するところであります。安全保障全般に現在の日本は非常に矛盾に富んでおります。矛盾の中でいろんなことを決断してやっておるわけでしょうけれども、この矛盾の根源は何にあるかということも十分考える必要がある。日本のシーレーンの安全にとって責任を負う行政機関というのは多々ございます。ただし、これの行政の成果が国としてどういうふうに統合されるかという面については非常にまだ疑義があるところであります。
たとえば、ことし答申が出ました海運の危機管理に関する作業にいたしましても、軍事的な脅威が顕在化して挑戦を受けるような事態というものについては、これは防衛政策、その他の問題、政策は中心になるので検討から外れるということになっておりまして、いずれはこの問題を国としてシーレーンの安全保障について総合的に考えるような施策が講ぜられなきゃいけないと思います。
時間も参りましたのでこの程度にさしていただきます。
堀
海
海原治#6
○参考人(海原治君) まず第一に申し上げたいことは、シーレーンの安全の確保とか海上交通の安全の確保という言葉がこの数年来いろいろと言われておりますが、一体、シーレーンの安全の確保とは何か、これが具体的にはっきりいたしておりません。それぞれの人々がそれぞれの立場でこのシーレーンの安全の確保ないしは海上交通の安全の確保という言葉の内容を自分なりに決めて、そうして議論が行われております。そこで、非常に混乱した状態が現に日本の国内にございます。
これをまず大きく分けますと、一つは、このシーレーンの安全の確保というのは、日本の防衛努力、それを象徴的にあらわすものとして、いわゆる政治的なスローガンとして使われている。それはそれなりの意味がございましょう。そういうものとして扱うのか。それとも、第二の、現実の具体的な事態に臨んで、何をどうすることによってどういう効果が現実的に具体的に入手できるか、そういう具体的な問題としての把握、これに分かれます。私は、もと防衛庁におりました。防衛庁におりましたときから、このシーレーンの安全の確保という言葉は明確にその内容を決めてかからないと幾ら議論をしても結論は出ないということを言い続けております。
もう一つの問題点は、防衛白書等にも出ておりますが、一体、それは平時の問題なのか、それともいわゆる有事——有事と言えば、これは、戦時ないしは紛争時、すなわち交戦状態を前提とする言葉だと私は思いますが、その場合の言葉か、これがわからぬわけであります。
これにつきまして整理しますと、この前の戦争が終わりまして以来、旧帝国海軍軍人さんのつくっておられますところの団体で平時における海上交通の安全の確保、これが絶対に必要だということを公に提唱しております。この考え方では、戦時ではございません。平時であります。平時になぜそういうことが必要か。それは、共産圏の国、「某国」と書いてありますが、この某国が日本を屈服させようと思った場合には、国籍不明の潜水艦を仕立てる。この国籍不明の潜水艦が日本に向かう貨物船、輸送船、こういうものを撃沈する。これによって日本は生きていけなくなるから屈服せざるを得ない。これが某国のとる日本を屈服させるための絶対的な方法である。そこで、海上自衛隊はこの国籍不明の潜水艦の発見と探知と掃討をやるべきである、これが旧帝国海軍軍人を中心とした主張であります。すなわち、これは平時の主張であります。しかし、こういう考え方は世界じゅうで日本しかございません。日本以外の国ではいわゆるシーレーン的なものの安全の確保はいわゆる有事の場合であります。この平時におけるいまの国籍不明の潜水艦、これを退治しろという思想に似た思想が現職の海上自衛隊の幹部学校長からも表明されたことがあります。それは、日本に対して武力攻撃をかける某国は、この四つの島に対しての武力攻撃の前に必ず海上交通破壊戦をやる、それが戦略の常道である。そこで、海上自衛隊としてはこの戦略の常道である日本に対しての武力攻撃の前の海上交通破壊戦に備えるべきである、これが海上自衛隊の幹部学校長がその在職中に発表した論文であります。以上は平時におけるシーレーンの安全の確保です。
これにつきまして、私は、そういうことはあり得ない事態であるということで従来言っておりますが、この平時か、戦時か、有事かを明確にしろということを言っておりましたら、現在の中曽根内閣になりましてこの点が明確になりました。すなわち、総理大臣の中曽根さん、さらには防衛庁の政府委員、これが今回の国会で言っておりますことは、有事の場合、航路帯を設けるならばということでいわゆるシーレーンの安全の確保を説明しております。私はこの政府の説明が理解できないのです。航路帯を設けるならばという仮定法で政府が説明をする。一体その航路帯とは何か。設けるのか設けないのか。いつそれは設けるんだ。それは船と飛行機とどういうものから成り立つのか。こういう具体的な質疑応答は、私の知る限り、今度の国会における論戦として新聞には報道されておりません。私はこれが非常におかしいと思うんです。もう一度申しますが、シーレーンの安全の確保とは、何を、いつ、どうすることによって、どういう効果が期待できるのか、この論議の対象を明確にすることが必要だと思います。
これにつきましてひとつ、最近NHKが出しました「シーレーン・海の防衛線」という本がございます。ここではこれを読んでもよろしいんですかな、使っても。
この発言だけを見る →これをまず大きく分けますと、一つは、このシーレーンの安全の確保というのは、日本の防衛努力、それを象徴的にあらわすものとして、いわゆる政治的なスローガンとして使われている。それはそれなりの意味がございましょう。そういうものとして扱うのか。それとも、第二の、現実の具体的な事態に臨んで、何をどうすることによってどういう効果が現実的に具体的に入手できるか、そういう具体的な問題としての把握、これに分かれます。私は、もと防衛庁におりました。防衛庁におりましたときから、このシーレーンの安全の確保という言葉は明確にその内容を決めてかからないと幾ら議論をしても結論は出ないということを言い続けております。
もう一つの問題点は、防衛白書等にも出ておりますが、一体、それは平時の問題なのか、それともいわゆる有事——有事と言えば、これは、戦時ないしは紛争時、すなわち交戦状態を前提とする言葉だと私は思いますが、その場合の言葉か、これがわからぬわけであります。
これにつきまして整理しますと、この前の戦争が終わりまして以来、旧帝国海軍軍人さんのつくっておられますところの団体で平時における海上交通の安全の確保、これが絶対に必要だということを公に提唱しております。この考え方では、戦時ではございません。平時であります。平時になぜそういうことが必要か。それは、共産圏の国、「某国」と書いてありますが、この某国が日本を屈服させようと思った場合には、国籍不明の潜水艦を仕立てる。この国籍不明の潜水艦が日本に向かう貨物船、輸送船、こういうものを撃沈する。これによって日本は生きていけなくなるから屈服せざるを得ない。これが某国のとる日本を屈服させるための絶対的な方法である。そこで、海上自衛隊はこの国籍不明の潜水艦の発見と探知と掃討をやるべきである、これが旧帝国海軍軍人を中心とした主張であります。すなわち、これは平時の主張であります。しかし、こういう考え方は世界じゅうで日本しかございません。日本以外の国ではいわゆるシーレーン的なものの安全の確保はいわゆる有事の場合であります。この平時におけるいまの国籍不明の潜水艦、これを退治しろという思想に似た思想が現職の海上自衛隊の幹部学校長からも表明されたことがあります。それは、日本に対して武力攻撃をかける某国は、この四つの島に対しての武力攻撃の前に必ず海上交通破壊戦をやる、それが戦略の常道である。そこで、海上自衛隊としてはこの戦略の常道である日本に対しての武力攻撃の前の海上交通破壊戦に備えるべきである、これが海上自衛隊の幹部学校長がその在職中に発表した論文であります。以上は平時におけるシーレーンの安全の確保です。
これにつきまして、私は、そういうことはあり得ない事態であるということで従来言っておりますが、この平時か、戦時か、有事かを明確にしろということを言っておりましたら、現在の中曽根内閣になりましてこの点が明確になりました。すなわち、総理大臣の中曽根さん、さらには防衛庁の政府委員、これが今回の国会で言っておりますことは、有事の場合、航路帯を設けるならばということでいわゆるシーレーンの安全の確保を説明しております。私はこの政府の説明が理解できないのです。航路帯を設けるならばという仮定法で政府が説明をする。一体その航路帯とは何か。設けるのか設けないのか。いつそれは設けるんだ。それは船と飛行機とどういうものから成り立つのか。こういう具体的な質疑応答は、私の知る限り、今度の国会における論戦として新聞には報道されておりません。私はこれが非常におかしいと思うんです。もう一度申しますが、シーレーンの安全の確保とは、何を、いつ、どうすることによって、どういう効果が期待できるのか、この論議の対象を明確にすることが必要だと思います。
これにつきましてひとつ、最近NHKが出しました「シーレーン・海の防衛線」という本がございます。ここではこれを読んでもよろしいんですかな、使っても。
堀
海
海原治#8
○参考人(海原治君) これには海上自衛隊の元の幹部の四人の言葉が出ていますが、一人の元海幕長をした人は、シーレーンとは船の数だけあると言っております。質問者が、船の数だけあるとおっしゃったのですか。はい、そうですと答えている。日本に対して物資を運んでいる船の数だけシーレーンは存在する、これが元幕僚長の言葉であります。あとの人々の言葉は、戦争の場合に戦争を続けるために必要な弾薬、食糧、これを守る、これを確実に日本に持ってくる、これがシーレーン防衛だと言っています。もう一人の人は、もっと広い意味で言うべきで、自由陣営の結びつき、それがシーレーンである、こう言っております。もう一人の幹部は、日本は安保条約というもので太平洋を挟んでアメリカと結ばれている。このことはヨーロッパのNATOも同じである。大西洋を通じてアメリカとつながっている。そういう二つの側面を持っておる海が、いつでも使える、利用できる、自由に開かれている、そういう概念がシーレーンなんです、こう言っております。この四人の元海上自衛隊の幹部の言っている言葉は全部違っております。一体何がシーレーンか、私にはわからない。これが基本的な問題です。
で、有事とは何か。有事とは、先ほど申しましたが、日本がどこかの国から武力で攻撃をされておるときです。では、どういう状態が想定されるのか。元の自衛隊の幹部、これが入りました国防論というものの中に書いてありますが、仮にソ連が日本を攻撃するとすれば、五百機ないし千機の航空機が奇襲で日本の各方面に対して全面的に縦深攻撃をやる。こういう想定を言っております。そういう状態のもとで一体日本はどういう状態になるか。私は、仮に私がソ連の司令官であるならば、真っ先にやることは、日本のレーダーサイトを無能力にすることである。そうしておいて航空基地を破壊することである。そうすれば対潜哨戒機は飛べません。防空戦闘機も飛べません。それを可能にすることは、現在の状態のもとにおいてはあっと言う間の出来事であると思います。さあ、そこで問題は、もう一度もとに返ります。有事の場合のシーレーンの安全の確保とは何か。これがわからぬわけであります。
で、この航路帯を設けるならばという言葉でありますが、日本のいまのマスコミでの特に新聞は、航路帯を二つに書きます。大体北緯二十度の線までの二つの航路帯がそこに設定される。そういう状態でこのシーレーンをうたっておりますが、これはかつていまの中曽根さんが、防衛庁長官として防衛庁の次期防衛力整備計画の原案を一般に説明したときに出てきた考え方であります。すなわち、航路帯を二つ設ける。ここにヘリコプターを六機搭載したヘリコプター母艦が出現するというと、この航路帯において敵の潜水艦の跳梁を許さぬ。それが当時の防衛庁としての考え方でございました。それが防衛庁の第四次防の原案として発表されたわけでありますが、私は当時、国防会議の事務局長をしておりました。そして、この防衛庁の原案を国防会議で検討いたしましたときに、この六機搭載のヘリコプター母艦によるこの二つの航路帯における潜水艦の制圧、それがいかに非現実的かということがわかりましたために、それを指摘したがために、防衛庁はついにこの構想を取り下げます。すなわち、四次防というものができましたときに存在しておった航路帯、このためには、八千トンのヘリコプター六機を搭載したヘリコプター母艦、これが絶対に必要だということであります。
ところが、いまの国会で言われております航路帯を設けるならばという場合の航路帯にはその母艦が要るのか要らないのかわかりません。ここでまた改めて申しますが、一体何をどうしようとしているのか私にはわからぬことであります。
もともとこのシーレーンの安全の確保とか、海上交通の安全の確保ということは、旧帝国海軍が当時やろうとしておったことであります。私は昭和二十七年の八月の二十日に保安庁の保安課長になるわけでございますが、そのときすでに海の幕僚の考え方としましては、いわゆるA、B、Cの海上交通路、この安全の確保という思想がございました。それほかつての帝国海軍が果たし得なかった夢を将来において実現したいという気持ちでしかございません。帝国海軍は、昭和十八年の十一月に海上護衛総司令部というものを設けます。しかし、この総司令部の開設のときに臨みました軍令部総長は、いまごろになって護衛総司令部を設けるということは、病が危篤の状態になって医者を呼ぶようなものだということを訓辞の際に言っておるわけであります。そういう過去の体験から、将来においての海上交通の安全の確保ということが、この旧帝国海軍の人々の一つの悲願としていまにつながっているような感じがいたします。
さて、時間があと三分となりましたが、なぜこういうことが言葉の選択の遊びになっているかと申しますと、基本的な問題は、いまの政府が方針としております防衛計画の大綱、この基礎となっているのは、いわゆる基盤的防衛力という構想であります。この基盤的防衛力という構想は、昭和五十一年六月の防衛白書に出てまいりますが、要するに平時には——現在は平和時でありますから、平時には戦うことは必要でない。いざというときに戦う力が手に入ればいいんだというのが当時採用された防衛庁の基盤的防衛力の構想であります。それに従っていまの防衛計画の大綱ができておりますから、この大綱のいわゆる水準とは何かがわかりませんし、計画の大綱の水準が達成されて一体どういう力が手に入るのかもわかりません。私をして言わしめますというと、現在の防衛論議はことごとくこれは抽象的な観念論の遊びであります。私は前から、防衛力というものは現実的な具体的な戦う力でなければならないということを防衛庁におるときから言い続けております。現在でもそう確信いたしておりますが、その立場で見ますと、いまの防衛論議はことごとく言葉の遊びだという感じがいたします。
ところが外国では、そういう、現在は平和時であるからどうでもいいんだという考えはございません。それの具体的な象徴の例として申しますのは、いわゆる有事即応であります。防衛庁では昔から有事即応と言われております。前のアメリカの国務長官のへイグさんが総司令官として雑誌に語っていますが、NATOでは四十八時間の時間を前提に部隊の有事即応を考えております。ソ連では、特に防空部隊は秒単位、分単位で考えている。これに対して日本では、かつて防衛局長が国会でも申しましたが、一年三百六十五日の余裕があると思って防衛力の整備を考えております。この辺の防衛についての取り組み方の、考え方の相違が、先ほど申しましたような問題を現に招来しておる、こういう感じがいたします。
もう一度整理いたしますと、私には問題となる、きょうの当委員会で御審議になるシーレーンの安全の確保、海上交通路の安全の確保とは何を目標に審議されるのか、その点をまず明確にしていただきたい。これが参考人としての意見でございます。
終わります。
この発言だけを見る →で、有事とは何か。有事とは、先ほど申しましたが、日本がどこかの国から武力で攻撃をされておるときです。では、どういう状態が想定されるのか。元の自衛隊の幹部、これが入りました国防論というものの中に書いてありますが、仮にソ連が日本を攻撃するとすれば、五百機ないし千機の航空機が奇襲で日本の各方面に対して全面的に縦深攻撃をやる。こういう想定を言っております。そういう状態のもとで一体日本はどういう状態になるか。私は、仮に私がソ連の司令官であるならば、真っ先にやることは、日本のレーダーサイトを無能力にすることである。そうしておいて航空基地を破壊することである。そうすれば対潜哨戒機は飛べません。防空戦闘機も飛べません。それを可能にすることは、現在の状態のもとにおいてはあっと言う間の出来事であると思います。さあ、そこで問題は、もう一度もとに返ります。有事の場合のシーレーンの安全の確保とは何か。これがわからぬわけであります。
で、この航路帯を設けるならばという言葉でありますが、日本のいまのマスコミでの特に新聞は、航路帯を二つに書きます。大体北緯二十度の線までの二つの航路帯がそこに設定される。そういう状態でこのシーレーンをうたっておりますが、これはかつていまの中曽根さんが、防衛庁長官として防衛庁の次期防衛力整備計画の原案を一般に説明したときに出てきた考え方であります。すなわち、航路帯を二つ設ける。ここにヘリコプターを六機搭載したヘリコプター母艦が出現するというと、この航路帯において敵の潜水艦の跳梁を許さぬ。それが当時の防衛庁としての考え方でございました。それが防衛庁の第四次防の原案として発表されたわけでありますが、私は当時、国防会議の事務局長をしておりました。そして、この防衛庁の原案を国防会議で検討いたしましたときに、この六機搭載のヘリコプター母艦によるこの二つの航路帯における潜水艦の制圧、それがいかに非現実的かということがわかりましたために、それを指摘したがために、防衛庁はついにこの構想を取り下げます。すなわち、四次防というものができましたときに存在しておった航路帯、このためには、八千トンのヘリコプター六機を搭載したヘリコプター母艦、これが絶対に必要だということであります。
ところが、いまの国会で言われております航路帯を設けるならばという場合の航路帯にはその母艦が要るのか要らないのかわかりません。ここでまた改めて申しますが、一体何をどうしようとしているのか私にはわからぬことであります。
もともとこのシーレーンの安全の確保とか、海上交通の安全の確保ということは、旧帝国海軍が当時やろうとしておったことであります。私は昭和二十七年の八月の二十日に保安庁の保安課長になるわけでございますが、そのときすでに海の幕僚の考え方としましては、いわゆるA、B、Cの海上交通路、この安全の確保という思想がございました。それほかつての帝国海軍が果たし得なかった夢を将来において実現したいという気持ちでしかございません。帝国海軍は、昭和十八年の十一月に海上護衛総司令部というものを設けます。しかし、この総司令部の開設のときに臨みました軍令部総長は、いまごろになって護衛総司令部を設けるということは、病が危篤の状態になって医者を呼ぶようなものだということを訓辞の際に言っておるわけであります。そういう過去の体験から、将来においての海上交通の安全の確保ということが、この旧帝国海軍の人々の一つの悲願としていまにつながっているような感じがいたします。
さて、時間があと三分となりましたが、なぜこういうことが言葉の選択の遊びになっているかと申しますと、基本的な問題は、いまの政府が方針としております防衛計画の大綱、この基礎となっているのは、いわゆる基盤的防衛力という構想であります。この基盤的防衛力という構想は、昭和五十一年六月の防衛白書に出てまいりますが、要するに平時には——現在は平和時でありますから、平時には戦うことは必要でない。いざというときに戦う力が手に入ればいいんだというのが当時採用された防衛庁の基盤的防衛力の構想であります。それに従っていまの防衛計画の大綱ができておりますから、この大綱のいわゆる水準とは何かがわかりませんし、計画の大綱の水準が達成されて一体どういう力が手に入るのかもわかりません。私をして言わしめますというと、現在の防衛論議はことごとくこれは抽象的な観念論の遊びであります。私は前から、防衛力というものは現実的な具体的な戦う力でなければならないということを防衛庁におるときから言い続けております。現在でもそう確信いたしておりますが、その立場で見ますと、いまの防衛論議はことごとく言葉の遊びだという感じがいたします。
ところが外国では、そういう、現在は平和時であるからどうでもいいんだという考えはございません。それの具体的な象徴の例として申しますのは、いわゆる有事即応であります。防衛庁では昔から有事即応と言われております。前のアメリカの国務長官のへイグさんが総司令官として雑誌に語っていますが、NATOでは四十八時間の時間を前提に部隊の有事即応を考えております。ソ連では、特に防空部隊は秒単位、分単位で考えている。これに対して日本では、かつて防衛局長が国会でも申しましたが、一年三百六十五日の余裕があると思って防衛力の整備を考えております。この辺の防衛についての取り組み方の、考え方の相違が、先ほど申しましたような問題を現に招来しておる、こういう感じがいたします。
もう一度整理いたしますと、私には問題となる、きょうの当委員会で御審議になるシーレーンの安全の確保、海上交通路の安全の確保とは何を目標に審議されるのか、その点をまず明確にしていただきたい。これが参考人としての意見でございます。
終わります。
堀
北
北村謙一#10
○参考人(北村謙一君) 委員長、ありがとうございます。
北村でございます。
本論に入る前に、この問題に取り組むに当たっての私の基本的な態度を明確にしておきたいと思います。
わが国の防衛論議におきましては、とかく憲法問題が先に立ってあれもできないこれもできないと自衛隊の装備や行動に制約を課しておるのでありまするが、それで果たして国の防衛が成り立つのかどうかということが議論されない。また、日本にはできることとできないことがあるとよく言われます。それは事実であります。しかしながら、できないことがあるという言葉の裏には、できることだけやっておればあとはアメリカが何とかやってくれるだろうというアメリカに対する甘い期待があるのではないかと思われるのでありますが、果たしてこのような甘えが今日も許されるかどうか、こういうことも議論されません。しかし、有事においては国の防衛とかあるいは国民の生存、これは国家の総力を挙げて守らなければならないものであると、できる範囲でやっておればよいということで済むわけではないというのが私の基本的な考え方であります。
以下、シーレーン防衛の本質と問題点について申し述べますが、私は軍事戦略の専門的な立場から申し上げることにいたしたいと思います。
ただいま海原参考人の方からNHKのこの本の紹介がありましたが、その中に私も入っておるのであります。私はこの中で申しましたが、シーレーン防衛の目的、これは航路帯そのものを守備することではない、そこを通る船舶の安全を図ることだというよりは、その船に積まれておる品物が無事目的地に届くように敵の攻撃からこれを守ってやることだと、私はこのようにとらえておるのであります。四人の陳述が皆ばらばらであったと指摘されましたが、表現そのものはばらばらでありますけれども、考え方は根底においてはみんな同じような考え方を持っておるのであります。したがいまして、言うまでもなく、シーレーン防衛は日本が外国と戦争状態に入った状態において起こってくる問題である、平時における問題ではないということを私ははっきり申し上げたいと思うのであります。
次には、ところでこの政府の防衛計画大綱によりますと、わが国に対する小規模かつ限定的な侵略を対象事態としております。しかしながら、日米安保体制が有効に機能しておる限りほかの地域が平和なときに日本だけを侵略してくる国はないだろうと思うのであります。もし日本に対して武力攻撃が行われるとするならば、それはたとえば中東の湾岸産油地帯をめぐって米ソ間に本格的な軍事対決が起こる、それが局地的に解決することができずして北東アジアあるいは北西太平洋方面にまで拡大されてきた、そういった事態ではなかろうかと思うのであります。これがわれわれが真剣に備えなければならない事態であります。シーレーン防衛が現実の問題となるのはこのような状態においてであると私は考えておるのであります。
一たんこのような事態が起こりましたならば恐らく事態は短期間に収拾されることはないでしょう。相当期間続くことが予想されるわけであります。その間、海上におきましては西側のシーレーンに対して、もちろん規模においては起伏の差はあれ継続的に攻撃が加えられることを覚悟しなければならない。というのはソ連には現にそれをなし得るだけの能力がありますし、西側諸国は程度の差こそあれ防衛の継続と国民の生存のためにはシーレーンを確保しなければならないからであります。もし、このような事態が起こるならばこれは重大かつ深刻であります。したがって、われわれは何とかしてこのような事態が起こらないようにしなければならない。もちろんこれは日本単独でやるわけではありませんが、やはり西側全体としてそのような抑止体制をつくらなければならない。とするならば、われわれとしても日本の自衛のための努力を通じて西側全体の戦争抑止体制の形成に貢献するように努力する必要があると考えるのであります。
ところで、このシーレーン防衛の意義でございます。
まず最初に申し上げておきたいことは、日本が行おうとしておる三海峡の防備あるいは本土から約千海里以内のシーレーンの防衛は、これは日本自身のためであってアメリカのためではないということであります。有事には、アメリカの経済にとってはこの海域のシーレーンは死活的に重要ではないからであります。
アメリカが日本に対してこの海域におけるシーレーン防衛能力の向上を強く求めておるのは、第一義的には、西側の重要な一員である日本が生き残るためにシーレーンの防衛が必要であるからであると、私は考えるのであります。もちろん、それは結果的には、後から申し述べますように、アメリカの太平洋戦略に大きく寄与いたします。しかしながら、それを主目的としてアメリカは日本に対してシーレーン防衛の能力の向上を求めているのではないと、私は見ておるんであります。
ところで、まず、その三海峡防備の意義でございます。
ソ連の艦艇部隊の外洋進出を海峡地域において抑制することができるならば、次のような意義を持ってきます。
それは、第一は、日本のみならず、西側諸国の外洋におけるシーレーンの安全に大いに寄与するであろうということです。第二は、日本のみならず、日本より南にある西側諸国の安全保障に対しても間接的ではありますが、寄与するということであります。これほどこの海峡防備というものは日本のためではありますが、結果的には西側全体の安全保障、太平洋戦略にとって非常に大きな意義を持っておる。
次は千海里以内のシーレーン防衛の意義でございます。
本土から千海里以内は日本に向かいあるいは日本から出ていくすべての船舶がここを通過します。また、日本の防衛を支援する米軍の多くは、この海域を通って日本の方へやってくるか、あるいはこの海域から作戦行動を行います。したがって、この海域は日本の防衛及び生き残りの上で最も重要な海域であります。したがって、ソ連としてはこの海域が最も重視すべき海域となるはずであります。しかも、この海域はソ連のいろいろな基地から近いところにある。
以上から、この海域におけるシーレーンの防衛は、次のような意義を持ってまいります。
第一は、この海域はシーレーンにとって最も危険が大きい海域である。それだけに、この海域におけるシーレーン防衛は重要であり、もし、これに成功するならば非常に効果的であるということであります。第二は、結果的に北東アジアの防衛を支援する米軍の安全と行動の自由に寄与する、これはそのまま日本の安全保障に返ってくるわけであります。
ところで、問題点でございますが、まず第一が海峡防備の問題であります。
三海峡、特に宗谷海峡はソ連にとっても戦略上非常に重要であるということは申すまでもありません。このため、ソ連はわが国の宗谷海峡の防備をあらゆる手段によって妨害しようとするかもしれません。状況によっては北海道、特にその北部地域に対して積極的な行動に出るかもわからないわけであります。したがって、海峡防備は、単にシーレーン防衛のための海上自衛隊だけが行う作戦ではなくて、陸海空三自衛隊の統合作戦になる、また状況によっては米軍との共同も必要になってくるといったような性格を持っておるんであります。
次には、アメリカの要請によって海峡を封鎖しますならば、米国がほかの地域でやる戦争に日本は巻き込まれると言って心配する向きがあります。が、日本が巻き込まれると心配するけれども、それは私をして言わしめれば、因果関係が逆であります。たとえアメリカがほかの地域で軍事介入しておりましても、それが米ソ間の本格的な軍事対決に発展しない限り海峡防備の問題は起こってこないはずであります。もし、米ソ間に本格的な軍事対決が起こり、それがこの地域にまで拡大して初めて海峡防備の問題が起こってくるんであります。
また、この事態においては、ソ連が北鮮を支援して韓国に侵入させることにより第二戦線をつくるのみならず、地上作戦の進展に応じて対馬海峡の制圧、支配を企てるかもしれません。こうなりますというと、現在のところは宗谷海峡の防備を真剣に考えておるのでありますが、同様に対馬海峡の防衛というものもそれに劣らず重視しなければならない。これもまた宗谷海峡の場合と同じく陸海空三自衛隊の統合作戦となり、情勢によってはアメリカとの共同作戦となるかもしれないわけであります。
次は、千海里以内のシーレーン防衛であります。
外洋におけるシーレーン防衛には、広範囲にわたって行う哨戒とか防空とかあるいは潜水艦に対する阻止とか掃討、並びに船舶そのものの護衛、いろいろな作戦があるわけであります。このシーレーン防衛というのは、単に一つの方法だけによってその目的を達成することができるものではなくて、基地の攻撃、海峡の防備、外洋におけるいま申し上げましたような作戦、あるいは本土の港湾、水道における掃海とか、そういったもの全部の作戦を並行的に行い、その相乗効果によって成果を上げようとし、またそれをある期間継続することによって時間的な累積効果を上げようとするわけであります。そのような相乗効果、累積効果の結果として、逐次船舶の安全を高めていこうというのがわれわれの構想であります。したがいまして、何らかの形による船団護衛は依然必要であり、また、それは最も効率的また効果的な方法であります。ただし、この場合は遠方からミサイル攻撃が可能な潜水艦あるいは大型爆撃機からいかにして船舶を防衛するかということが問題になっております。
後で御質問いただくかもしれませんので簡単に申し上げますが、潜水艦に対しましてはP3Cの直接支援のもとに護衛艦やヘリコプターが曳航する聴音式のセンサーを活用する、あるいはヘリコプターを活用する等によって、従来考えられていたよりもはるかに広い範囲を効果的にカバーすることができるようになりました。また、大型爆撃機に対しましては、護衛部隊自体の防空体制の整備はもちろん必要でありますが、それとともに、付近に広範囲にわたって散在しておる船舶をカバーし得るような防空体制が必要であります。これにつきましては、せんだってフォークランド付近において海空戦が行われ、実際に生きた教訓が与えられましたので、それを大いに研究して将来の装備体系に活用する必要があると思うのであります。しかしながら、イギリスの報告にもすでにありますように、結論は大体出ておるのであります。それは、部隊自身が要撃用の戦闘機、まあ海軍でしたら垂直離着機でございますが、それを持ち、また早期警戒機の協力を得る。したがって、自衛隊としてもその方向に進む必要があると見ておるのであります。
いま申しましたのは主として作戦部隊についての問題でありますが、政府レベルにおきましては、これは前々から言われておりますように、有事における船舶の運航統制を行うための法令あるいは組織、そういったものを平時から準備しておく必要がありますが、それはできておらない。それよりも先に、有事に果たして船員が船に乗って危険な航海をやってくれるかどうか、有事に船員にそれをやってもらうためにはどうすべきであるか、こういった対策も全然講じられておらないのであります。もし日本の船が出ていかなければシーレーン防衛というものは無意義になります。もちろんこのシーレーン防衛は、有事における緊急物資の輸入計画、それから国内の生産、国内の備蓄、そういったものと整合して、必要最小限度のものをどこから、何を、幾ら運んでくる、というような政府の基本計画があって初めて防衛庁においてどれだけの兵力を整備するという答えが出てくるわけでございます。
以上をもって一応終わりますが、最後にシーレーンの防衛努力は有事日本にとって死活的に重要であるとともに、大きな立場から言いますならば、西側としての東側に対する軍事バランスの維持に寄与する。こうして、米ソ間の本格的な軍事対決が起こらないようにそれを抑止する、それに寄与するものであるということを繰り返して申し上げたいと思うんであります。こうして、もしそのような事態が起こることを抑止することができるならば、よその戦争に巻き込まれるといって心配したり、あるいはそういうことをやるのは集団的自衛権の行使に当たるから問題だといって国会で騒ぐ必要もないわけであります。
ころんだ後のことをとやかく心配するよりは、ころばぬ先のつえの用意が肝心であると申し上げて私の陳述を終わります。
この発言だけを見る →北村でございます。
本論に入る前に、この問題に取り組むに当たっての私の基本的な態度を明確にしておきたいと思います。
わが国の防衛論議におきましては、とかく憲法問題が先に立ってあれもできないこれもできないと自衛隊の装備や行動に制約を課しておるのでありまするが、それで果たして国の防衛が成り立つのかどうかということが議論されない。また、日本にはできることとできないことがあるとよく言われます。それは事実であります。しかしながら、できないことがあるという言葉の裏には、できることだけやっておればあとはアメリカが何とかやってくれるだろうというアメリカに対する甘い期待があるのではないかと思われるのでありますが、果たしてこのような甘えが今日も許されるかどうか、こういうことも議論されません。しかし、有事においては国の防衛とかあるいは国民の生存、これは国家の総力を挙げて守らなければならないものであると、できる範囲でやっておればよいということで済むわけではないというのが私の基本的な考え方であります。
以下、シーレーン防衛の本質と問題点について申し述べますが、私は軍事戦略の専門的な立場から申し上げることにいたしたいと思います。
ただいま海原参考人の方からNHKのこの本の紹介がありましたが、その中に私も入っておるのであります。私はこの中で申しましたが、シーレーン防衛の目的、これは航路帯そのものを守備することではない、そこを通る船舶の安全を図ることだというよりは、その船に積まれておる品物が無事目的地に届くように敵の攻撃からこれを守ってやることだと、私はこのようにとらえておるのであります。四人の陳述が皆ばらばらであったと指摘されましたが、表現そのものはばらばらでありますけれども、考え方は根底においてはみんな同じような考え方を持っておるのであります。したがいまして、言うまでもなく、シーレーン防衛は日本が外国と戦争状態に入った状態において起こってくる問題である、平時における問題ではないということを私ははっきり申し上げたいと思うのであります。
次には、ところでこの政府の防衛計画大綱によりますと、わが国に対する小規模かつ限定的な侵略を対象事態としております。しかしながら、日米安保体制が有効に機能しておる限りほかの地域が平和なときに日本だけを侵略してくる国はないだろうと思うのであります。もし日本に対して武力攻撃が行われるとするならば、それはたとえば中東の湾岸産油地帯をめぐって米ソ間に本格的な軍事対決が起こる、それが局地的に解決することができずして北東アジアあるいは北西太平洋方面にまで拡大されてきた、そういった事態ではなかろうかと思うのであります。これがわれわれが真剣に備えなければならない事態であります。シーレーン防衛が現実の問題となるのはこのような状態においてであると私は考えておるのであります。
一たんこのような事態が起こりましたならば恐らく事態は短期間に収拾されることはないでしょう。相当期間続くことが予想されるわけであります。その間、海上におきましては西側のシーレーンに対して、もちろん規模においては起伏の差はあれ継続的に攻撃が加えられることを覚悟しなければならない。というのはソ連には現にそれをなし得るだけの能力がありますし、西側諸国は程度の差こそあれ防衛の継続と国民の生存のためにはシーレーンを確保しなければならないからであります。もし、このような事態が起こるならばこれは重大かつ深刻であります。したがって、われわれは何とかしてこのような事態が起こらないようにしなければならない。もちろんこれは日本単独でやるわけではありませんが、やはり西側全体としてそのような抑止体制をつくらなければならない。とするならば、われわれとしても日本の自衛のための努力を通じて西側全体の戦争抑止体制の形成に貢献するように努力する必要があると考えるのであります。
ところで、このシーレーン防衛の意義でございます。
まず最初に申し上げておきたいことは、日本が行おうとしておる三海峡の防備あるいは本土から約千海里以内のシーレーンの防衛は、これは日本自身のためであってアメリカのためではないということであります。有事には、アメリカの経済にとってはこの海域のシーレーンは死活的に重要ではないからであります。
アメリカが日本に対してこの海域におけるシーレーン防衛能力の向上を強く求めておるのは、第一義的には、西側の重要な一員である日本が生き残るためにシーレーンの防衛が必要であるからであると、私は考えるのであります。もちろん、それは結果的には、後から申し述べますように、アメリカの太平洋戦略に大きく寄与いたします。しかしながら、それを主目的としてアメリカは日本に対してシーレーン防衛の能力の向上を求めているのではないと、私は見ておるんであります。
ところで、まず、その三海峡防備の意義でございます。
ソ連の艦艇部隊の外洋進出を海峡地域において抑制することができるならば、次のような意義を持ってきます。
それは、第一は、日本のみならず、西側諸国の外洋におけるシーレーンの安全に大いに寄与するであろうということです。第二は、日本のみならず、日本より南にある西側諸国の安全保障に対しても間接的ではありますが、寄与するということであります。これほどこの海峡防備というものは日本のためではありますが、結果的には西側全体の安全保障、太平洋戦略にとって非常に大きな意義を持っておる。
次は千海里以内のシーレーン防衛の意義でございます。
本土から千海里以内は日本に向かいあるいは日本から出ていくすべての船舶がここを通過します。また、日本の防衛を支援する米軍の多くは、この海域を通って日本の方へやってくるか、あるいはこの海域から作戦行動を行います。したがって、この海域は日本の防衛及び生き残りの上で最も重要な海域であります。したがって、ソ連としてはこの海域が最も重視すべき海域となるはずであります。しかも、この海域はソ連のいろいろな基地から近いところにある。
以上から、この海域におけるシーレーンの防衛は、次のような意義を持ってまいります。
第一は、この海域はシーレーンにとって最も危険が大きい海域である。それだけに、この海域におけるシーレーン防衛は重要であり、もし、これに成功するならば非常に効果的であるということであります。第二は、結果的に北東アジアの防衛を支援する米軍の安全と行動の自由に寄与する、これはそのまま日本の安全保障に返ってくるわけであります。
ところで、問題点でございますが、まず第一が海峡防備の問題であります。
三海峡、特に宗谷海峡はソ連にとっても戦略上非常に重要であるということは申すまでもありません。このため、ソ連はわが国の宗谷海峡の防備をあらゆる手段によって妨害しようとするかもしれません。状況によっては北海道、特にその北部地域に対して積極的な行動に出るかもわからないわけであります。したがって、海峡防備は、単にシーレーン防衛のための海上自衛隊だけが行う作戦ではなくて、陸海空三自衛隊の統合作戦になる、また状況によっては米軍との共同も必要になってくるといったような性格を持っておるんであります。
次には、アメリカの要請によって海峡を封鎖しますならば、米国がほかの地域でやる戦争に日本は巻き込まれると言って心配する向きがあります。が、日本が巻き込まれると心配するけれども、それは私をして言わしめれば、因果関係が逆であります。たとえアメリカがほかの地域で軍事介入しておりましても、それが米ソ間の本格的な軍事対決に発展しない限り海峡防備の問題は起こってこないはずであります。もし、米ソ間に本格的な軍事対決が起こり、それがこの地域にまで拡大して初めて海峡防備の問題が起こってくるんであります。
また、この事態においては、ソ連が北鮮を支援して韓国に侵入させることにより第二戦線をつくるのみならず、地上作戦の進展に応じて対馬海峡の制圧、支配を企てるかもしれません。こうなりますというと、現在のところは宗谷海峡の防備を真剣に考えておるのでありますが、同様に対馬海峡の防衛というものもそれに劣らず重視しなければならない。これもまた宗谷海峡の場合と同じく陸海空三自衛隊の統合作戦となり、情勢によってはアメリカとの共同作戦となるかもしれないわけであります。
次は、千海里以内のシーレーン防衛であります。
外洋におけるシーレーン防衛には、広範囲にわたって行う哨戒とか防空とかあるいは潜水艦に対する阻止とか掃討、並びに船舶そのものの護衛、いろいろな作戦があるわけであります。このシーレーン防衛というのは、単に一つの方法だけによってその目的を達成することができるものではなくて、基地の攻撃、海峡の防備、外洋におけるいま申し上げましたような作戦、あるいは本土の港湾、水道における掃海とか、そういったもの全部の作戦を並行的に行い、その相乗効果によって成果を上げようとし、またそれをある期間継続することによって時間的な累積効果を上げようとするわけであります。そのような相乗効果、累積効果の結果として、逐次船舶の安全を高めていこうというのがわれわれの構想であります。したがいまして、何らかの形による船団護衛は依然必要であり、また、それは最も効率的また効果的な方法であります。ただし、この場合は遠方からミサイル攻撃が可能な潜水艦あるいは大型爆撃機からいかにして船舶を防衛するかということが問題になっております。
後で御質問いただくかもしれませんので簡単に申し上げますが、潜水艦に対しましてはP3Cの直接支援のもとに護衛艦やヘリコプターが曳航する聴音式のセンサーを活用する、あるいはヘリコプターを活用する等によって、従来考えられていたよりもはるかに広い範囲を効果的にカバーすることができるようになりました。また、大型爆撃機に対しましては、護衛部隊自体の防空体制の整備はもちろん必要でありますが、それとともに、付近に広範囲にわたって散在しておる船舶をカバーし得るような防空体制が必要であります。これにつきましては、せんだってフォークランド付近において海空戦が行われ、実際に生きた教訓が与えられましたので、それを大いに研究して将来の装備体系に活用する必要があると思うのであります。しかしながら、イギリスの報告にもすでにありますように、結論は大体出ておるのであります。それは、部隊自身が要撃用の戦闘機、まあ海軍でしたら垂直離着機でございますが、それを持ち、また早期警戒機の協力を得る。したがって、自衛隊としてもその方向に進む必要があると見ておるのであります。
いま申しましたのは主として作戦部隊についての問題でありますが、政府レベルにおきましては、これは前々から言われておりますように、有事における船舶の運航統制を行うための法令あるいは組織、そういったものを平時から準備しておく必要がありますが、それはできておらない。それよりも先に、有事に果たして船員が船に乗って危険な航海をやってくれるかどうか、有事に船員にそれをやってもらうためにはどうすべきであるか、こういった対策も全然講じられておらないのであります。もし日本の船が出ていかなければシーレーン防衛というものは無意義になります。もちろんこのシーレーン防衛は、有事における緊急物資の輸入計画、それから国内の生産、国内の備蓄、そういったものと整合して、必要最小限度のものをどこから、何を、幾ら運んでくる、というような政府の基本計画があって初めて防衛庁においてどれだけの兵力を整備するという答えが出てくるわけでございます。
以上をもって一応終わりますが、最後にシーレーンの防衛努力は有事日本にとって死活的に重要であるとともに、大きな立場から言いますならば、西側としての東側に対する軍事バランスの維持に寄与する。こうして、米ソ間の本格的な軍事対決が起こらないようにそれを抑止する、それに寄与するものであるということを繰り返して申し上げたいと思うんであります。こうして、もしそのような事態が起こることを抑止することができるならば、よその戦争に巻き込まれるといって心配したり、あるいはそういうことをやるのは集団的自衛権の行使に当たるから問題だといって国会で騒ぐ必要もないわけであります。
ころんだ後のことをとやかく心配するよりは、ころばぬ先のつえの用意が肝心であると申し上げて私の陳述を終わります。
堀
藤
藤井治夫#12
○参考人(藤井治夫君) 藤井でございます。
今日、三海峡防衛を含むシーレーン防衛の問題をめぐって非常に危険な動きがあらわれていると私は考えております。それは、何よりも軍事的な思考、軍事一辺倒的な考え方が独走し始めているということであると思います。
もし、今後日本が戦争に直面するとすれば、いま北村参考人が述べられましたように、米ソ間の軍事対決がこの日本地域に及んできた、そういう事態である。といたしますと、それはどういうものとわれわれは理解しなければならないのか、それは決して第二次大戦の延長ではないはずであります。つまり、今日は核ミサイルの時代である、そうして、第二次大戦とは違って、アメリカと戦うのではなく、ソ連と戦うということになる、この二つの点が非常に大きく変わった点だと思います。
そういう戦いにおいて、海峡防衛あるいはシーレーン防衛というものがどういう様相のもとで戦われるのか、その点についてこの軍事的思考を優先する人たちの読みが全く間違っている、このことを私は第一に指摘しなければならないと思います。つまり、相手のソ連が日本の海上交通の破壊を意図したときには、まず何よりもアメリカと日本の対潜兵力を無力化するはずである。対潜兵力が顕在であるときに、相手の潜水艦は出撃してこない。潜水艦はP3Cとか、あるいは対潜艦艇とは互角にもちろん戦えないわけであります。発見されたらもうお手上げであります。勝てないわけであります。そういうところへむざむざと出撃してくるはずはございません。まずやはりこちら側の対潜兵力を無力化するはずである。これが相手のとるべき第一の手段であります。
そうして、こちらの対潜兵力、基地なしには行動できない。P3Cでいえば八戸とか厚木とか、そういう基地は、先ほど海原参考人も述べられましたように、ソ連の目の前にあるわけであります。しかも動かない、きわめて攻撃しやすいのであります。したがいまして、この対潜作戦なるものはどういうふうに推移するかといえば、日米の対潜兵力が出撃したときには、ソ連の潜水艦を発見できないということになります。なぜなら、ソ連の原潜はそこに来ていないからであります。いかにP3Cの能力がすぐれておりましても、ないものを発見することはできないはずであります。発見できなくて帰ってきたときに、その基地が破壊されているということになるのではないか。読みの誤り、手順の前後、これがどういう結末をもたらすかということはもう申し上げるまでもないと思います。
こういうふうな非常に何と申しますか、短絡した考え方、これは第二次大戦における日本海軍、アメリカ艦隊を小笠原海域で迎え撃つ、だが相手は来なかった。来ない相手と戦うことはできなかった。いかに名将知将といえども、相手がないのに戦うことはできないわけであります。そういうことをもう一度繰り返そうとしているのではないか。きわめて単純なこと、アメリカと日本の間には太平洋があり、その戦いにおいては、太平洋におけるシーレーン防衛は非常に重要であった。これが第二次大戦の教訓であったといたしましても、日本とソ連の間にあるのは日本海である。この日本海の安全が、何よりも日本の国民の安全のためには大事なものである。こういう自明の事実を抜きにしてシーレーン防衛を論じても始まらないと私は考えます。軍人は過去の戦争を戦う、こういうふうに言われますが、この言葉の正しさが、今日の防衛論でもやはり認められるのではないか。そういうところに、軍事的思考の独走の非常に無意味かつ有害な面があらわれていると私は考えます。
シーレーン防衛について申し上げますと、それは不可能である、不必要である、無意味である、かつ危険である、これが私の結論であります。
なぜ不可能であるのか。これは軍事理論、長いものは守りにくい、守るものはお城のようなものでなくちゃならぬ、こういう原理に反しているわけであって、守るのであれば四つの島、それからさらにどんどん広げていくというふうなことは全く無理な話である。太平洋がどれくらい広いか。さらにインド洋も守らなくちゃならない、地球の表面積の半分を守らなくちゃならない、こういうことに結局はなっていくわけであります。
しかも、相手は潜水艦である。シーレーン防衛は不必要である。今日まで三十数年間、何もそういうことを必要とするような事態は起きなかった。つまり、戦争を起こさなければシーレーンは安全なのであります。平和を守ることが唯一のシーレーンの安全を確保する道である。戦争になれば、もはや守り切れない、これが歴史の教訓であります。
そしてさらに、シーレーンだけを守って一体どういう意味があるのか。たとえば、せっかく石油を持ってきても、製油所が破壊されていれば、もはやそれは使えない。あるいは向こうの積み出し自体が無理になった、あるいは途中の海峡が通れなくなった、こういう事態を考えますと、シーレーンを守っただけでは意味がない。しかも、相手はやはり、その海峡なり、あるいは製油所なり、こういうところを、いざ米ソ間の軍事対決、そして日本がそれに巻き込まれるというふうな事態においては、当然そこをねらってくるはずである。
それから、危険であると申しますのは、これが国土防衛から離れていく、際限なく広がっていく、そうしてそのことが結局は限りのない軍備の拡充を必要とする、第三に、そこから集団的自衛権の行使に進む、この傾向がすでに出てきておりますが、この三つがきわめて危険な面であると思います。
それから最後に、海峡防衛について申し上げますが、確かに海峡はソ連の弱点であります。これを押さえれば、相手は決定的なパンチを受ける。だがしかし、それゆえにこの海峡をめぐる攻防はきわめて厳しいものになると覚悟しなければなりません。その影響は、決して海峡自体だけではない、当然に日本全体に及んでくるわけであります。したがって、封鎖の態勢を構えるだけではなく、相手が掃海する、これを妨害する態勢も整えなくちゃならない。さらに再敷設の能力も持たなくちゃならない。また、相手がこの海峡を突破するために行うであろう作戦すべてに備えなくちゃならない。そういうことはもちろんこちら側の基地が必要である。その基地を相手は当然攻撃してくるはずであります。だから、結局海峡防衛というのは、まさに日ソの全面戦争をもたらす。これをふさぐということになりますと、それはソ連に対する宣戦布告ということになるわけですから、結果はきわめて重大である。
それから第二の問題は、この海峡封鎖に成功いたしまして、ソ連太平洋艦隊を日本海に封じ込めたといたします。その封じ込めた後一体どうするのか、相手はどう出てくるのか、このことが全く考えられていないわけであります。日本海に封じ込められたソ連太平洋艦隊は、そこでおとなしく、もう手も足も出ないということで黙っていてくれるものかどうか。そのソ連太平洋艦隊を私たち日本国民が、金魚鉢の金魚を見るように眺めていれば済むものであろうか。決してそうではないはずであります。ただ、そのことを考えないだけであります。海上自衛隊にとって、それは所管外であるということになるのかもしれませんが、しかし日本の安全保障にとっては、実はそこから先が非常に大事であると私は思います。
それから、さらにもう一つ、海峡封鎖する、ソ連海軍が出ていった、帰りを待ち伏せするのが一番効果的なのだという発言がございます。去る二月十五日、海上幕僚長の前田さんは記者会見において、相手国の艦船が弾薬補給などに寄港するのを阻めるんだというふうに語っておられますが、これは全く、私をして言わしめれば、ナンセンスである。確かに魚雷を使い果たす、ミサイルを使い果たす、そうして帰ってくるソ連の海軍は、全く戦力ゼロであります。この戦力ゼロのソ連艦艇をとらまえるのは、一体何によって可能かと言えば、軍艦は不必要である、漁船の投網でも捕らえられるわけであります。だがしかし、果たしてソ連のこの海軍の司令官は、帰りにつかまえられるのを承知の上でその海軍艦艇を太平洋に出すであろうか。帰ってくるのを保証できないのに、出撃を命じるというふうなことは考えられないわけであります。玉砕を命じる、かつての日本軍はそういうことをいたしましたが、ソ連もまたそういうふうにやるだろうと思うのは、やはりひとりよがりではないか。当然、出撃させたならば、その友軍の艦艇を迎えるために全力を尽くすはずである。海峡は当然確保するでしょう。その確保する相手方の戦いは、きわめて巌しいものになってくるはずであります。
そういうふうに考えますと、この海峡封鎖はきわめて危険なものである。一体なぜそういう危険なものを、また無意味なものをやろうとするのか。これを求めているのは、申し上げるまでもなくアメリカであります。何よりもアメリカの戦略的利益に奉仕するものである。日本列島を盾にして、自衛隊を最前線の守備隊としてアメリカの安全を守ろうとしている、またアメリカの海洋支配を確保しようとしている、こういうふうに見るべきだと思います。そうしてそのためには、いま北村参考人もおっしゃいましたように、どうしてもやはりソ連に対する基地攻撃が必要である、ソ連海軍力の撃滅が伴わなくてはこれは有効ではない、こういうことになってまいります。
したがいまして、結局ソ連との全面戦争、その全面戦争においてソ連に勝つ力を持たなきゃならない。戦っても負けるのでは意味がない。こういうふうにユニホームも考え出しますから、結局勝たなくてはならない、ソ連に勝つ態勢を固めよう、こういうふうになってまいりますから、もう大変な軍備拡充が必要になり、かつ、その結果はきわめて大変なものである。日本国民の安全保障をむしろ損なうことになる。それは第二次大戦の歴史の教訓である。
だから私は、最後に申し上げたいのは、過ちを再び繰り返してはならないということであります。平和日本の国是に立って、その平和の方向でいかに安全保障を確保するか、これを考えなくてはならないわけであり、現在言われている海峡防衛、シーレーン防衛論というのはそれに全く逆行するものではないか、こういうふうに危惧しているわけであります。
以上です。
この発言だけを見る →今日、三海峡防衛を含むシーレーン防衛の問題をめぐって非常に危険な動きがあらわれていると私は考えております。それは、何よりも軍事的な思考、軍事一辺倒的な考え方が独走し始めているということであると思います。
もし、今後日本が戦争に直面するとすれば、いま北村参考人が述べられましたように、米ソ間の軍事対決がこの日本地域に及んできた、そういう事態である。といたしますと、それはどういうものとわれわれは理解しなければならないのか、それは決して第二次大戦の延長ではないはずであります。つまり、今日は核ミサイルの時代である、そうして、第二次大戦とは違って、アメリカと戦うのではなく、ソ連と戦うということになる、この二つの点が非常に大きく変わった点だと思います。
そういう戦いにおいて、海峡防衛あるいはシーレーン防衛というものがどういう様相のもとで戦われるのか、その点についてこの軍事的思考を優先する人たちの読みが全く間違っている、このことを私は第一に指摘しなければならないと思います。つまり、相手のソ連が日本の海上交通の破壊を意図したときには、まず何よりもアメリカと日本の対潜兵力を無力化するはずである。対潜兵力が顕在であるときに、相手の潜水艦は出撃してこない。潜水艦はP3Cとか、あるいは対潜艦艇とは互角にもちろん戦えないわけであります。発見されたらもうお手上げであります。勝てないわけであります。そういうところへむざむざと出撃してくるはずはございません。まずやはりこちら側の対潜兵力を無力化するはずである。これが相手のとるべき第一の手段であります。
そうして、こちらの対潜兵力、基地なしには行動できない。P3Cでいえば八戸とか厚木とか、そういう基地は、先ほど海原参考人も述べられましたように、ソ連の目の前にあるわけであります。しかも動かない、きわめて攻撃しやすいのであります。したがいまして、この対潜作戦なるものはどういうふうに推移するかといえば、日米の対潜兵力が出撃したときには、ソ連の潜水艦を発見できないということになります。なぜなら、ソ連の原潜はそこに来ていないからであります。いかにP3Cの能力がすぐれておりましても、ないものを発見することはできないはずであります。発見できなくて帰ってきたときに、その基地が破壊されているということになるのではないか。読みの誤り、手順の前後、これがどういう結末をもたらすかということはもう申し上げるまでもないと思います。
こういうふうな非常に何と申しますか、短絡した考え方、これは第二次大戦における日本海軍、アメリカ艦隊を小笠原海域で迎え撃つ、だが相手は来なかった。来ない相手と戦うことはできなかった。いかに名将知将といえども、相手がないのに戦うことはできないわけであります。そういうことをもう一度繰り返そうとしているのではないか。きわめて単純なこと、アメリカと日本の間には太平洋があり、その戦いにおいては、太平洋におけるシーレーン防衛は非常に重要であった。これが第二次大戦の教訓であったといたしましても、日本とソ連の間にあるのは日本海である。この日本海の安全が、何よりも日本の国民の安全のためには大事なものである。こういう自明の事実を抜きにしてシーレーン防衛を論じても始まらないと私は考えます。軍人は過去の戦争を戦う、こういうふうに言われますが、この言葉の正しさが、今日の防衛論でもやはり認められるのではないか。そういうところに、軍事的思考の独走の非常に無意味かつ有害な面があらわれていると私は考えます。
シーレーン防衛について申し上げますと、それは不可能である、不必要である、無意味である、かつ危険である、これが私の結論であります。
なぜ不可能であるのか。これは軍事理論、長いものは守りにくい、守るものはお城のようなものでなくちゃならぬ、こういう原理に反しているわけであって、守るのであれば四つの島、それからさらにどんどん広げていくというふうなことは全く無理な話である。太平洋がどれくらい広いか。さらにインド洋も守らなくちゃならない、地球の表面積の半分を守らなくちゃならない、こういうことに結局はなっていくわけであります。
しかも、相手は潜水艦である。シーレーン防衛は不必要である。今日まで三十数年間、何もそういうことを必要とするような事態は起きなかった。つまり、戦争を起こさなければシーレーンは安全なのであります。平和を守ることが唯一のシーレーンの安全を確保する道である。戦争になれば、もはや守り切れない、これが歴史の教訓であります。
そしてさらに、シーレーンだけを守って一体どういう意味があるのか。たとえば、せっかく石油を持ってきても、製油所が破壊されていれば、もはやそれは使えない。あるいは向こうの積み出し自体が無理になった、あるいは途中の海峡が通れなくなった、こういう事態を考えますと、シーレーンを守っただけでは意味がない。しかも、相手はやはり、その海峡なり、あるいは製油所なり、こういうところを、いざ米ソ間の軍事対決、そして日本がそれに巻き込まれるというふうな事態においては、当然そこをねらってくるはずである。
それから、危険であると申しますのは、これが国土防衛から離れていく、際限なく広がっていく、そうしてそのことが結局は限りのない軍備の拡充を必要とする、第三に、そこから集団的自衛権の行使に進む、この傾向がすでに出てきておりますが、この三つがきわめて危険な面であると思います。
それから最後に、海峡防衛について申し上げますが、確かに海峡はソ連の弱点であります。これを押さえれば、相手は決定的なパンチを受ける。だがしかし、それゆえにこの海峡をめぐる攻防はきわめて厳しいものになると覚悟しなければなりません。その影響は、決して海峡自体だけではない、当然に日本全体に及んでくるわけであります。したがって、封鎖の態勢を構えるだけではなく、相手が掃海する、これを妨害する態勢も整えなくちゃならない。さらに再敷設の能力も持たなくちゃならない。また、相手がこの海峡を突破するために行うであろう作戦すべてに備えなくちゃならない。そういうことはもちろんこちら側の基地が必要である。その基地を相手は当然攻撃してくるはずであります。だから、結局海峡防衛というのは、まさに日ソの全面戦争をもたらす。これをふさぐということになりますと、それはソ連に対する宣戦布告ということになるわけですから、結果はきわめて重大である。
それから第二の問題は、この海峡封鎖に成功いたしまして、ソ連太平洋艦隊を日本海に封じ込めたといたします。その封じ込めた後一体どうするのか、相手はどう出てくるのか、このことが全く考えられていないわけであります。日本海に封じ込められたソ連太平洋艦隊は、そこでおとなしく、もう手も足も出ないということで黙っていてくれるものかどうか。そのソ連太平洋艦隊を私たち日本国民が、金魚鉢の金魚を見るように眺めていれば済むものであろうか。決してそうではないはずであります。ただ、そのことを考えないだけであります。海上自衛隊にとって、それは所管外であるということになるのかもしれませんが、しかし日本の安全保障にとっては、実はそこから先が非常に大事であると私は思います。
それから、さらにもう一つ、海峡封鎖する、ソ連海軍が出ていった、帰りを待ち伏せするのが一番効果的なのだという発言がございます。去る二月十五日、海上幕僚長の前田さんは記者会見において、相手国の艦船が弾薬補給などに寄港するのを阻めるんだというふうに語っておられますが、これは全く、私をして言わしめれば、ナンセンスである。確かに魚雷を使い果たす、ミサイルを使い果たす、そうして帰ってくるソ連の海軍は、全く戦力ゼロであります。この戦力ゼロのソ連艦艇をとらまえるのは、一体何によって可能かと言えば、軍艦は不必要である、漁船の投網でも捕らえられるわけであります。だがしかし、果たしてソ連のこの海軍の司令官は、帰りにつかまえられるのを承知の上でその海軍艦艇を太平洋に出すであろうか。帰ってくるのを保証できないのに、出撃を命じるというふうなことは考えられないわけであります。玉砕を命じる、かつての日本軍はそういうことをいたしましたが、ソ連もまたそういうふうにやるだろうと思うのは、やはりひとりよがりではないか。当然、出撃させたならば、その友軍の艦艇を迎えるために全力を尽くすはずである。海峡は当然確保するでしょう。その確保する相手方の戦いは、きわめて巌しいものになってくるはずであります。
そういうふうに考えますと、この海峡封鎖はきわめて危険なものである。一体なぜそういう危険なものを、また無意味なものをやろうとするのか。これを求めているのは、申し上げるまでもなくアメリカであります。何よりもアメリカの戦略的利益に奉仕するものである。日本列島を盾にして、自衛隊を最前線の守備隊としてアメリカの安全を守ろうとしている、またアメリカの海洋支配を確保しようとしている、こういうふうに見るべきだと思います。そうしてそのためには、いま北村参考人もおっしゃいましたように、どうしてもやはりソ連に対する基地攻撃が必要である、ソ連海軍力の撃滅が伴わなくてはこれは有効ではない、こういうことになってまいります。
したがいまして、結局ソ連との全面戦争、その全面戦争においてソ連に勝つ力を持たなきゃならない。戦っても負けるのでは意味がない。こういうふうにユニホームも考え出しますから、結局勝たなくてはならない、ソ連に勝つ態勢を固めよう、こういうふうになってまいりますから、もう大変な軍備拡充が必要になり、かつ、その結果はきわめて大変なものである。日本国民の安全保障をむしろ損なうことになる。それは第二次大戦の歴史の教訓である。
だから私は、最後に申し上げたいのは、過ちを再び繰り返してはならないということであります。平和日本の国是に立って、その平和の方向でいかに安全保障を確保するか、これを考えなくてはならないわけであり、現在言われている海峡防衛、シーレーン防衛論というのはそれに全く逆行するものではないか、こういうふうに危惧しているわけであります。
以上です。
堀
堀江正夫#13
○委員長(堀江正夫君) ありがとうございました。
以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
なお、参考人の皆様には、各委員の質疑時間が限られておりますので、簡潔にお答えくださるよう、お願いいたします。
それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
この発言だけを見る →以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
なお、参考人の皆様には、各委員の質疑時間が限られておりますので、簡潔にお答えくださるよう、お願いいたします。
それでは、質疑のある方は順次御発言願います。
大
大坪健一郎#14
○大坪健一郎君 いま四人の先生から大変貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございました。
安全保障の問題は、いろいろな意味で非常に国民の関心の深い問題でございますけれども、海と非常に深い関係のある日本の安全保障について、実は、どういうわけか、戦後一貫してまじめな議論が行われておりません。私どもは、日本が海洋国家であるという点から考えても、また、現在の世界の情勢が米ソ間で緊迫しておるという状態から考えても、安全保障の問題について真剣に検討しておかなければならないと思うのです。そういう意味で、それぞれの先生方に時間の範囲内で御質問さしていただきたいと思います。
一番最初に考えなければならぬのは、阿曽沼さんも海原さんも言われましたように、シーレーン防衛とはどういうことであるかということの意味であろうかと思います。阿曽沼さんはシーレーンの安全保障を考えたいと、シーレーンの防衛というハードの直接面の話以上に、シーレーンの持つ安全保障の意味を考えたいと言われたし、海原さんは、シーレーンというのは意味ははっきりせぬけれども、日本の防衛努力をあらわす政治的スローガンではないかというようなことを言われたわけですね。私は、海原さんの議論を伺っておりましたら、どうもその政治的スローガンとして考えるならば、それはまあ一つの意見だけれども、そうでなければいろいろ難点があるというふうに聞こえましたけれども、その点はいかがですか。
この発言だけを見る →安全保障の問題は、いろいろな意味で非常に国民の関心の深い問題でございますけれども、海と非常に深い関係のある日本の安全保障について、実は、どういうわけか、戦後一貫してまじめな議論が行われておりません。私どもは、日本が海洋国家であるという点から考えても、また、現在の世界の情勢が米ソ間で緊迫しておるという状態から考えても、安全保障の問題について真剣に検討しておかなければならないと思うのです。そういう意味で、それぞれの先生方に時間の範囲内で御質問さしていただきたいと思います。
一番最初に考えなければならぬのは、阿曽沼さんも海原さんも言われましたように、シーレーン防衛とはどういうことであるかということの意味であろうかと思います。阿曽沼さんはシーレーンの安全保障を考えたいと、シーレーンの防衛というハードの直接面の話以上に、シーレーンの持つ安全保障の意味を考えたいと言われたし、海原さんは、シーレーンというのは意味ははっきりせぬけれども、日本の防衛努力をあらわす政治的スローガンではないかというようなことを言われたわけですね。私は、海原さんの議論を伺っておりましたら、どうもその政治的スローガンとして考えるならば、それはまあ一つの意見だけれども、そうでなければいろいろ難点があるというふうに聞こえましたけれども、その点はいかがですか。
海
海原治#15
○参考人(海原治君) 時間の関係で、簡潔にといいますか、簡単にはしょりましたので、あるいははっきり私の意思が通ってないかもしれませんが、政治的スローガンと申しましたのは、先ほどもちょっと申しましたように、どういう状態のもとで何をどうすればどうなるかという具体的な説明のないままに、シーレーンの安全の確保とか海峡の防衛とかが言われております。そこで、そういうことが国会の本会議なり委員会の席上で言われておりますから、おっしゃっている方は、それは日本の防衛努力を示すための一つのスローガン的なものではなかろうかと思うと。それならばそれなりの、いわゆる日米安保体制運用のための必要な政治的なゼスチャーとしての判断が政治家という立場においてあるのであろう、こういう意味であります。しかし、事柄が現実的な具体的な軍事的な施策の討議となるならばということで後のお話をしたわけです。だから、御質問の趣旨は大体において私は合っていると思います。
この発言だけを見る →大
大坪健一郎#16
○大坪健一郎君 そうすると、海原さんの御意見では、何を目標としてこの議論をするかということですから、あなたは、何をいつどうすることが日本の安全保障にとって筋道だとお考えになっていますか。
この発言だけを見る →海
海原治#17
○参考人(海原治君) まず私は、これはことにお答えしますが、前から言っていることでありまして、役人をやめて評論家になったから言っているのではございません、この点を前もって申しますが。かつての大日本帝国の大本営は、当時の日本の最高の頭脳集団であったはずであります。その大本営の作戦計画というのは、当初の真珠湾の強襲とマレー作戦を除きましては全部、ことごとく失敗しています。なぜか。それは願望の表明でしかない、具体的な方法論の裏打ちがない、そのことが大日本帝国を滅ぼした、そういう意識が日本人の意識にあると思いますので、そういう同じ過ちをしてはいけないというのが私の個人的な気持ちです。そこで、ことさらに防衛庁におりますとき以来、現実的具体的防衛論と言っております。その立場で見ますと、いわゆるシーレーンの安全確保論は、平時は不必要であります。なぜか。どこの海軍も現在ただいま、そういうことはやっておりません。ところが一部では、アメリカの艦隊が、その空母がどこかをパトロールしておる、そのおかげで日本の商船が自由に海上を交通しておるというふうな錯覚があります。私はそれは幻想だと言っております。もう一遍申しますが、平時は不必要であります。
戦時においては、相手はだれかということであります。ソ連の脅威がもっぱら強調されます。最悪の事態を考えて最善を尽くすのが防衛だと思いますから、じゃ、ソ連と交戦状態のときはどうかと考えますと、先ほどちょっと申しましたように、真っ先に、私がソ連の司令官であるならば、破壊する目標は二十八カ所のレーダーサイト、それから十数の飛行基地、さらに横須賀、佐世保等の基地であります。これが破壊されましたら何もできない。したがって、有事においてはいわゆるシーレーンの安全の確保は不可能であると私は考えます。
この発言だけを見る →戦時においては、相手はだれかということであります。ソ連の脅威がもっぱら強調されます。最悪の事態を考えて最善を尽くすのが防衛だと思いますから、じゃ、ソ連と交戦状態のときはどうかと考えますと、先ほどちょっと申しましたように、真っ先に、私がソ連の司令官であるならば、破壊する目標は二十八カ所のレーダーサイト、それから十数の飛行基地、さらに横須賀、佐世保等の基地であります。これが破壊されましたら何もできない。したがって、有事においてはいわゆるシーレーンの安全の確保は不可能であると私は考えます。
大
海
海原治#19
○参考人(海原治君) そういうふうに極端になるので困りますが、たとえば例を申しましょう。
私はかつてP3Cについて国会で証言したことがあります。私はP3Cという対潜哨戒機の保有は必要だと思います。なぜか。それは平時、日本の周辺における外国の潜水艦の動静を絶えずキャッチしておく。そして、それを同盟国であるアメリカに通報する。そのためにはP3Cという対潜哨戒機は絶対に必要なものであります。すなわち、このP3C対潜哨戒機は平時においては必要であります。ただし、戦時にはそれは飛べませんよと、こう言っているわけです。終わり。
この発言だけを見る →私はかつてP3Cについて国会で証言したことがあります。私はP3Cという対潜哨戒機の保有は必要だと思います。なぜか。それは平時、日本の周辺における外国の潜水艦の動静を絶えずキャッチしておく。そして、それを同盟国であるアメリカに通報する。そのためにはP3Cという対潜哨戒機は絶対に必要なものであります。すなわち、このP3C対潜哨戒機は平時においては必要であります。ただし、戦時にはそれは飛べませんよと、こう言っているわけです。終わり。
大
大坪健一郎#20
○大坪健一郎君 先ほど藤井さんは、ふだんはそういう外国の船は、特に戦闘艦は余り海に出ておらぬから、ふだんそういうことをやるのはむだだというような御議論をなさいましたけれども、海原さんはそれをどうお考えですか。
この発言だけを見る →海
海原治#21
○参考人(海原治君) これはまあ、むだだというお立場、お考えの基礎がございますから、これはそれぞれの方がそれぞれの立場で物を考える、先ほども申しましたけれども。私は、くどくなりますが、ふだん、そういう日本の防衛を考える立場でのいろいろな努力があること自体が、この付近における平和の安全を維持するために必要な条件の一つではないかと考えております。したがって、むだとは思いません。
この発言だけを見る →大
大坪健一郎#22
○大坪健一郎君 前に防衛庁におられたからお伺いするんですけれども、たとえば日本の近海に対して外国の潜水艦が出没したり、航空機が出没するという事態が、非常にある意味で言えば防衛力を整備する場合の要素として考えられているものなのかどうなのか、それはどうお考えですか。
この発言だけを見る →海
海原治#23
○参考人(海原治君) 当然これは防衛庁で物を考えます場合には、日本の周辺の現に存在する客観的な情勢、さらには発展するであろう将来の情勢、そういうものを踏まえまして物を考えますから、いまの御質問は、そうだということでございます。
この発言だけを見る →大
大坪健一郎#24
○大坪健一郎君 わかりました。
それじゃ、ちょっと阿曽沼さんにお話を戻してお伺いしたいわけです。
阿曽沼さんのお話、大変論理的に伺ったんですけれども、日本が海洋国家であることは、もう理の当然でございます。海洋国家として非常に重要な国際的な関連で言えば、たとえば近ごろできました海洋法に対して日本がどう対応すべきかというような問題もありますけれども、あなたのおっしゃるような安全保障の観点でシーレーン論を展開する場合に、日本の置かれておる現状から見て、シーレーン防衛の目的といいますか、ということは、たとえば日本の経済サイクルをあなたは維持するためにぜひ必要だということで言っておられたようですけれども、そこのところもう少し詳しくお話しをいただきたい。たとえば藤井さんのお話では、要するにシーレーンの防衛をやってもほとんど無意味だから、そういうことをやるよりは平和一辺倒の政策で戦争のようなことを起こさないようにするのがいいという御議論がございましたけれども、そういうことで事が済むのかどうか、それは後から議論をいたしたいと思いますけれども、あなたのおっしゃる、シーレーン防衛の必要条件と十分条件と言われましたけれども、そこのところもう少し日本国の置かれておる現状との関連で御説明いただきたいと思います。
この発言だけを見る →それじゃ、ちょっと阿曽沼さんにお話を戻してお伺いしたいわけです。
阿曽沼さんのお話、大変論理的に伺ったんですけれども、日本が海洋国家であることは、もう理の当然でございます。海洋国家として非常に重要な国際的な関連で言えば、たとえば近ごろできました海洋法に対して日本がどう対応すべきかというような問題もありますけれども、あなたのおっしゃるような安全保障の観点でシーレーン論を展開する場合に、日本の置かれておる現状から見て、シーレーン防衛の目的といいますか、ということは、たとえば日本の経済サイクルをあなたは維持するためにぜひ必要だということで言っておられたようですけれども、そこのところもう少し詳しくお話しをいただきたい。たとえば藤井さんのお話では、要するにシーレーンの防衛をやってもほとんど無意味だから、そういうことをやるよりは平和一辺倒の政策で戦争のようなことを起こさないようにするのがいいという御議論がございましたけれども、そういうことで事が済むのかどうか、それは後から議論をいたしたいと思いますけれども、あなたのおっしゃる、シーレーン防衛の必要条件と十分条件と言われましたけれども、そこのところもう少し日本国の置かれておる現状との関連で御説明いただきたいと思います。
阿
阿曽沼廣郷#25
○参考人(阿曽沼廣郷君) シーレーンの安全保障というくくり方をしましたのは、平時、戦時を問わずこの問題は日本の国民生活と国民経済を成り立たせる不可欠な条件である。この条件としては資源の循環ということがこれを成り立たせる要件であろうかと思います。その中で資源の輸送という問題が大きく取り上げられなきゃいかぬ。そういう意味で海洋国家である日本はこの資源の輸送というものについて平時、戦時を問わず考えておかなければいかぬ。もちろんそれに弾力性を与えるものは資源の備蓄という問題がありますが、これはあくまでもある時期、一時的な代替手段である、こういうふうに考えますので、ただしこの場合に、本当に戦時になったら資源の供給地をどこに求めるかというようなことは特に特定はできませんけれども、そういう状況の変化に応じてこの船舶のフローを、フローと言いますか船舶の流れというものを安全に安定的にやらなければいかぬ。しかし、安定と安全というのはこれは二律背反的でありまして、どうしても安全を追求するならば安定的な輸送というものはある程度犠牲にならなければいけないかとも思います。
それから、シーレーンの安全保障のためには軍事的措置と非軍事的措置というものを両面を考えておかにゃいかぬ。かつて朝日新聞の論壇に全日本海員組合の組合長の小論文が載っておりまして、第二次大戦中帝国海軍ですら不可能であった、できなかった海上交通の保護を、いまのような環境の中で考えるのは時代錯誤だというような表現もその中にありました。
もう一つは、海の平和というものが絶対に輸送を維持するために必要だ。海の平和は外交によってやるべきだ。ところがこのシーレーンの安全保障の中の軍事的側面というのは外交でできなくなったときどうするかということを論ずるわけでありますから、海の平和は外交でやるべきだで思考を停止してはいけない。したがって、非軍事的要素と軍事的要素というものをバランスよく考えていかなきゃいかぬというふうに考えます。
確かに、先ほどおっしゃったように海洋法による新しい海洋秩序の問題、それから国際海峡の問題、これはシーレーン全般においてチョークポイントになります、航路の収束点になる。この航路の収束点における安全をどうするか。やはりたとえばマラッカ・シンガポール海峡であればその沿岸三国との友好関係を維持するということがこれ絶対に必要になる。あるいはアフリカのケープタウン沖合いの航路、これも一つのチョークポイントである。ロンボク海峡もしかり、日本の海峡もしかりであります。こういうふうにチョークポイントに対する配慮、これは外交でやるべきであり、情報システムを整備することによって的確にその情報をつかんでおくということも必要であろうかと思います。
先ほども申し上げましたが、いずれにしても情報システムが整備してないと、非軍事的な措置をしようにも軍事的措置をとろうにも手がかりがないということになろうかと思います。
この発言だけを見る →それから、シーレーンの安全保障のためには軍事的措置と非軍事的措置というものを両面を考えておかにゃいかぬ。かつて朝日新聞の論壇に全日本海員組合の組合長の小論文が載っておりまして、第二次大戦中帝国海軍ですら不可能であった、できなかった海上交通の保護を、いまのような環境の中で考えるのは時代錯誤だというような表現もその中にありました。
もう一つは、海の平和というものが絶対に輸送を維持するために必要だ。海の平和は外交によってやるべきだ。ところがこのシーレーンの安全保障の中の軍事的側面というのは外交でできなくなったときどうするかということを論ずるわけでありますから、海の平和は外交でやるべきだで思考を停止してはいけない。したがって、非軍事的要素と軍事的要素というものをバランスよく考えていかなきゃいかぬというふうに考えます。
確かに、先ほどおっしゃったように海洋法による新しい海洋秩序の問題、それから国際海峡の問題、これはシーレーン全般においてチョークポイントになります、航路の収束点になる。この航路の収束点における安全をどうするか。やはりたとえばマラッカ・シンガポール海峡であればその沿岸三国との友好関係を維持するということがこれ絶対に必要になる。あるいはアフリカのケープタウン沖合いの航路、これも一つのチョークポイントである。ロンボク海峡もしかり、日本の海峡もしかりであります。こういうふうにチョークポイントに対する配慮、これは外交でやるべきであり、情報システムを整備することによって的確にその情報をつかんでおくということも必要であろうかと思います。
先ほども申し上げましたが、いずれにしても情報システムが整備してないと、非軍事的な措置をしようにも軍事的措置をとろうにも手がかりがないということになろうかと思います。
大
大坪健一郎#26
○大坪健一郎君 いま情報システムのようなものをまず整えたらどうだというようなお話がございましたけれども、要するに平和的な外交手段で戦争が起こらないようなあらゆる努力をするということは御参会の皆さんの共通した考えだと思います。その後があり得るかどうかというような議論になるわけですが、その点について日本の国内の一般の議論を伺っておりますと、そこから先は思考断念というのか、海原さんが言う現実的具体的な防衛論というようなことになると拒否反応が非常に多いわけですけれども、国内コンセンサスの確立にどういうふうな手を尽くしたらいいとお思いでしょうか。特に海洋問題、シーレーン防衛も含めた海洋問題について。
この発言だけを見る →阿
阿曽沼廣郷#27
○参考人(阿曽沼廣郷君) 私は多少抽象的になるかもしれませんけれども、一九六八年にイギリスの労働党政府がスエズ以東から兵力を撤退するという政策を立てました。そのときに一番とにかく敏感に反応したのはどこであったか。ノルウェー政府であります。ノルウェー政府は政府声明まで出して、こういうイギリスの政策はノルウェーにとって海上、いわゆるシーレーンでありますね、ノルウェーの海上交通に対して脅威を生む、こういう政府声明を出しました。日本の場合は全く無感覚な反応であった。ところがソ連が敏感に反応いたしました。インド洋に対するソ連の一つの知覚、パーセプションというものがそこに働いたと思いますけれども、私はそのときに日本とノルウェー、代表的な貿易国でありますが、ノルウェーとの成熟さの違いをそこで感じました。これは海洋国家としての成熟さの違いだったと思います。これは言ってみれば、先ほど言いましたように為政者がシーマインデッドネスをしっかり持つということが根本だろうと思います。
この発言だけを見る →大
大坪健一郎#28
○大坪健一郎君 どうも政治家が少し考えろということのようですけれども、もう少し考え方詰めまして、そういったシーレーンの防衛問題のようなことで、たとえば資源の問題とか海運の問題とか、安全保障の防衛の問題で各省がばらばらじゃないかというような議論がありますけれども、これをどうやってまとめるべきだとお考えですか、あるいは何か別の機関をつくって調整すべきだとお考えですか。これは具体的な海洋問題に対する日本の出方として阿曽沼さんと海原さんにお伺いしたいんですけれども。
この発言だけを見る →阿
阿曽沼廣郷#29
○参考人(阿曽沼廣郷君) シーレーンの防衛というのは単なる防衛庁のみが取り扱うテーマではない、国全体としてやるというのはこれは伊藤防衛庁長官が閣議において質問をされたときの、時の総理大臣の答えの中にありまして、総合安全保障関係閣僚会議でやる、これは備蓄の問題を含めて、海運の危機管理も総合安全保障関係閣僚会議でやるというふうな内閣の決定になったようでありますけれども、果たしていまの総合安全保障関係閣僚会議でやれるものかどうかという多少の疑問がございますし、法律的裏づけがあるものとすれば、私は国防会議というものがあろうかと思います。シーレーンの安全保障という問題について、もしもこれをナショナルプロジェクトとして重視するならば、国防会議が活発にやるべきだ、こういうふうに思いますし、もう一つはその前に、要するに私をして言わしめれば、資源の循環においてシーレーンの安全保障に非常にかかわりのある各行政機関の中にナショナルセキュリティーに関して専門的にやるスタッフ機構が要る、そういうのが整備して初めて国防会議も活性化する、こういうふうに思います。
この発言だけを見る →