片岡寛光の発言 (行政改革に関する特別委員会公聴会)
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○片岡公述人 貴委員会におきまして所見を述べさせていただく機会を与えられましたことを、厚く感謝申し上げます。
今回、六本の行政改革関連法案が提出されるに当たりましての関係各位の御尽力に対しまして、深甚なる敬意を表するものでございます。しかしながら、芸術家がその作品を通じてのみ評価されますように、そこに盛られた改革案だけから評価させていただきますと、必ずしもその内容が十分でないということを指摘しなければなりません。
まず、今回の関連法案を見てみまして、一体何のための行政改革かということが必ずしも明確でないということを指摘せざるを得ないのでございます。本来、今回の行政改革は、「増税なき財政再建」の目的を旗印として始まったはずでございますけれども、直接この目的に奉仕し得る案件と申しますのは、許認可の整理三十九件等ごくわずかでございます。もちろん、複雑に錯綜いたしました現代社会がそのまま昔の小さな政府の時代に戻ることはできませんけれども、とは申しましても、そうかといいましてそれでは大きな政府というのがよろしいわけでもないわけでございます。政府にはおのずから節度というものが求められるわけでございます。
今日、国民経済における財政の占める比重と申しますのは、欧米諸国に比べますればまだ低い段階にあると申しましても、しかし、過去十年間の財政規模の膨張率を見てみますと、欧米諸国に見られない急激な上昇率を示しているわけでございまして、このままで推移いたしますと、先日来瀬島さんが四〇%から四五%という目標を示されたというごとでございますが、その数字を突破するのも間もなくであるわけでございまして、ここに何か思い切った措置というものが求められるわけでございます。
政府は、本省庁に設けられます局の数の上限を現在の百二十八に置くことによって行政規模の拡大に対する歯どめとしておられますけれども、この省における局の数の規模を将来に向かって縮減することを含めて、いろいろな検討を加えていく必要があろうかと思われるわけでございます。その際に、局の数を制限することによって、逆に、たとえば部でありますとか課でありますとか、そういうものが増大してはまた意味がないわけでございまして、これをトータルにどのようにして抑えていくかということを、もうちょっと真剣に考えていかなければならないと思います。
国家行政組織法の一部を改正いたしまして、現在法律事項となっております行政機関の内部組織、官房でありますとか局、部の設置、改廃を政令事項に改める件につきましては、行政の弾力性の要請から申しまして、これはある程度必要かと思います。先ほど小関先生からヨーロッパの例の御紹介がありましたが、全世界的傾向から見ますと、やはりまだ法律事項としている国の方が私は多いと思います。ですけれども、内部組織まで法律事項にしているという国は余りないわけでございまして、そういった点では、今回の改正もやむを得ないことであろうかと思います。
ですけれども、内部組織を政令事項に移管した場合に、一体行政機関の膨張に対する歯どめをどこに設けるかということが問題となってくるわけでございます。一つは、行政組織そのものの中に、行政部内にそういうものをチェックするシステムというものが設けられていかなければならないことは言うまでもございません。従来も行政管理庁の方では、予算の編成に連動いたしまして組織の査定を行っておるわけでございますが、そういった機能が一層将来に向かって強化されていくということが期待されるわけでございます。
ですけれども、行政部内におけるそういう努力がより有効に作用するためにも、議会における何らかの統制というものが必要になってこようかと思うわけでございまして、野党四党が用意いたしております改正案、新聞等で承っておりますところによりますと、国会に対する報告を義務づけるというのがございますけれども、これはやはり最小限必要なことではなかろうか。それがまた、議会の統制というものを確保するための手段でもあるというふうに考えるわけでございます。
先ほど小関先生からも御紹介がありましたように、アメリカでは大統領が議会から授権された権限に基づきまして組織計画、再組織計画というものを議会に提出いたしまして、議会がこれに対して拒否権を発動しない限りそれがそのまま発効するという仕組みがとられております。この場合、議会は拒否権というのを留保しているわけでございます。そこまでいかないにいたしましても、最小限議会に対する報告義務というのは必要でございますし、またそれに伴いまして、議会の方が果たして政令委任したことが妥当であったかどうかということをチェックする機会というものをお持ちになるのが妥当なことではなかろうかというふうに私は考える次第でございます。
総務庁の設置につきましては、果たしてこの財政危機の時代に、これを実行するほど緊要性のある問題であるかどうか、私は疑問を持っている次第でございます。
その理論的根拠となりましたのは、臨調答申にもありましたように、人事による調整という考え方でございますけれども、人事による調整が実際的な意義を持ちますのは人事権と結びついてでありまして、人事権と結びつかない形で人事による調整ということを考えるのは、いささか当を失しているというふうに思わざるを得ないわけでございます。
事実問題といたしましても、行政管理庁が行っております定員管理と、それから総理府人事局が行っております人事管理では、これは本来異質的な性質のものでございます。臨調答申は、同質性の原則と申しますか、同じような機能は同じところに集中することによってより強力な効果を発揮することができるという前提に立っているわけでございますけれども、最近では、類似の機能であるがゆえに異なった機関が異なった角度からそれに対する検討を加えた方がいいというような考え方もあるわけでございまして、必ずしもこの総務庁というものの設置が明確な理論的根拠に基づいて提案されているものでないというふうに、理論的には言わざるを得ないわけでございます。
中国の古いことわざに、「はなはだしく民に不便なるにあらざればみだりに改むるなかれ、大いに民に有益なるにあらざれば軽々しく事を起こすなかれ」というのがございます。改革というのは、それによって得られるメリットもありますけれども、それに伴いますデメリットあるいはコストというものが必ずつくものでございます。したがいまして、改革を断行するからには、それによって得られるメリットが明らかにすべてのコスト、デメリットを上回るという保証がなければならないわけでございます。さもない限り、千載に悔いを残すことになるわけでございます。
たとえば、府県単位機関であります地方行政監察局、地方公安調査局、それから財務部というものをそれぞれ事務所というものに改めるという案もございますけれども、単に名称を変更するだけの問題が果たして現在やらなければならないことなのかどうか、私は疑問に思うわけでございます。臨調の基本答申におきましては、府県単位機関というものをブロック機関に吸収することがうたわれておりますけれども、活動の性質によりましては、依然府県単位機関を必要としているものもあるということは認めなければならないのでございます。しかし、この問題は、国と地方との行政事務の配分をどのようにするかということを考えた上で決められるべき問題でございまして、その問題を決める前に、それじゃ地方出先機関は要らないのだというふうな議論は、私はできないというふうに思っておるわけでございます。
行政改革には拙速は禁物でございまして、その点、慎重な御審議をお願いしたい次第でございます。(拍手)