暉峻淑子の発言 (行政改革に関する特別委員会公聴会)

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○暉峻公述人 病気というのはその人の責任でなるわけではないのですね。本当に思いがけずなるわけです。このときにお金の心配、治療の心配があるということは、人間にとって一番不幸なことではないでしょうか。病気であれば、これは所得も失われます。ですから、つつがなく無事に病気が治せる制度があるということは、その国の社会保障制度にとっては一番大事なことだと思います。ところが、これがおっしゃるように切り込まれるわけですから、国民は心の安定を失う。
 御承知かもしれませんが、健康保険制度、医療保険の制度がないときに、大正時代それから戦前の家計は病気を心配して幾ら貯金していたかというのは、当時の「主婦の友」などの雑誌を克明にめくってみますと、何と収入の四割を病気のときのためにみんな貯金をせざるを得なかったのですね。これくらい、医療費というものが社会保障制度であるかないかというのは、私たちの生活にとても大きな影響を及ぼすものです。これが削られるということは大問題なんですが、削るときに患者及び私たちにその負担が全部かかってくる形で削られるというのが、また第二番目に大問題なんですね。これは、やはり製薬メーカー、それから医療検査機器メーカー、それから営利的な開業医、こういうものと政府との結びつきをまずきちんとしてもらわなくてはいけないということです。
 それから、厚生省が国民に言うことが毎年毎年変わるのも困るのです。老人保健法が始まるときには、重いものは私どもが必ず責任を持ちます、だからかぜとかおなか壊しぐらいの軽いものは皆さんで負担してくださいということを言われました。これは私、直接大臣と向かい合ってNHKでこの話をいたしたときにおっしゃいました。一年もたたないうちに、今度は、重いものの方は保険財政を圧迫するから別にしたいということなんですね。それでまた二割は私たちに負担しなさいということ、それから高額医療費の負担限度額も引き上げられます。
    〔委員長退席、津島委員長代理着席〕
 こういうことになりますと、私たちは、日本は平和国家になったときに福祉国家を目指したはずなんですね。他の国家は全然目指してないのです。私たちはもう軍国主義をやめると同時に福祉国家を目指したわけなので、社会の安定があるということは政治家にとっては一番好ましいことじゃないんでしょうか。それが社会の安定がなくなったら、動乱とかいろいろな国で起こっているようなそういうことになってくるわけです。
 それから、失業があったり、あるいは産業構造の変化で、ある産業からこちらの産業に移動する間に一時的に持ちこたえなければならないということも、社会には多々あるわけです。こういうときに社会保障制度がその安定を下支えする、それから貿易摩擦でごちゃごちゃ言われているときに内需を確保するというとても大事な仕事を持っているのに、これをないがしろにすれば結局天につばをするのと同じことになると私は思います。
 それから、厚生省が国民の生活の代表者としてもうちょっと闘ってほしいのですね。何か大蔵省よりも勇ましく削るようなことに協力するような、そういう課長さんでは困ると思います。というのは、福祉行政を行き渡らせると怠け者ができるというような、つまり馬の目の先にニンジンをぶら下げてはいしはいしと走らせるのが活力があるような、そういうレベルの低い哲学を持たれては困るのです。そんな哲学はもうどこにも通用しない。本当に救貧法的な十九世紀の発想です。これは土光臨調にも言えると私は思うのですけれども、いまや社会保障制度とか保険制度というのはそんな低いレベルにはないのですね。生産力が社会化すれば消費も社会化しなければ企業の方も大変なことになりますというのが、現状の社会保障制度の根本にあります。
 ですから私は、その中の一番大事な、御質問にあった医療保険制度を、メーカー及び政治の方で姿勢を正さずに、患者に負担させるという形でつじつまを合わせようというこの問題は間違っている、こういう解決の仕方は間違っていると思います。

発言情報

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発言者: 暉峻淑子

speaker_id: 31236

日付: 1983-10-05

院: 衆議院

会議名: 行政改革に関する特別委員会公聴会