前田寿夫の発言 (外交・総合安全保障に関する調査特別委員会)

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○参考人(前田寿夫君) 前田でございます。
 与えられた時間が三十分ということでございますので、私は、日本の防衛政策と日米安保につきまして私の考え方を申し上げたいと思います。時間が限られておりますので、最初に私の結論を申し上げまして、それからそれの理由と申しますか、理論的根拠についてお話しを申し上げたいと思います。もし時間が少なくなれば、最後の方は項目だけ申し上げまして午後の質疑の時間に譲りたいと思います。
 まず、最初に結論を申し上げたいと思います。
 我が日本は、他国から軍事的攻撃あるいは軍事的な侵攻あるいは介入、そういうものを恐れなければならない理由は全くないと考えます。したがって、我が国は、現在の水準もしくはそれ以下の規模の自衛力があれば十分だ、したがいまして、もちろん他国の軍事力に守ってもらう必要なども頭ない、こう思います。したがいまして、日米安保は我が国にとって百害あって一利なしだ、このように私は考えます。日米安保は我が国にとりまして、我が国を守るどころか我が国に他国からの軍事的脅威を招き寄せる役割しか果たしておらない。我が国はそれにもかかわらず、アメリカに基地を許し、そのためこの苦しい財政事情の中で財政負担までも強いられておる状態でございまして、これでアメリカからただ乗り呼ばわりされる理由は全くありません。私の考えでは、ただ乗りしているのは日本ではなくてアメリカである。日本はよろしくこの立場に立つべきである。そのような立場に立って初めてアメリカに対する交渉力というものを飛躍的に高めることができる、このように考えます。
 したがいまして、日米安保につきましては次第にこれを薄めていって、最終的には廃棄に持ち込むべきだ、我が国の安全保障政策の基本は、平和憲法の精神にのっとってどこの国をも敵視しない、どこの国とも仲よくするという平和外交を基盤とすべきだ、このように思います。
 また、他国に危惧の念を与える、あるいは他国の紛争に巻き込まれる、そういうことのないように我々が国民の健全なコンセンサスに従いましてこれまで確立してまいりました非核三原則、専守防衛、武器輸出三原則、これらを遵守し軍拡を慎むべきである。そのために、現在設けておりますGNP一%の制約というものは極めて賢明な政策である。我が国の国家政策全般における防衛の優先度というのは、現在騒がれているほど優先度は高いものではありません。したがいまして、この苦しい財政事情の中で防衛費を突出させるというような必要は全くない、これが私の結論でございます。
 では、その理由、約九項目ないし十項目ございますけれども、第一番目は、日本の防衛を抑止理論で考えるのは間違いだと。最近、抑止と均衡というようなことを政府あるいは防衛庁筋では盛んに申しておりますけれども、抑止理論というのは、米ソあるいは東西両欧州、こういうような極めて軍事的緊張の高いところにおいて発展した理論でございます。
 米ソは戦後処理をめぐる対立から、今日では大量の核ミサイルを積み上げてお互いににらみ合っておる、また全世界でその影響力を競っておる、こういう状況であります。また、ヨーロッパにおきましては、東西両ヨーロッパがそれぞれNATO及びワルシャワ条約機構という軍事機構をつくりまして一本の陸上国境線を挟んで大量の兵力でにらみ合っておる。こういう状況におきまして、お互いに疑心暗鬼を募らせておる。こちらがもし弱みを見せれば相手がつけ込んでくるのではなかろうか、あるいは相手はこちらの虚につけ込んで攻撃してくるのではなかろうかと、こういうようなお互いに心理的な不安を感じておるというところにおいてこの抑止理論というものが発展したわけであります。お互いに軍事的に弱点をつくるまいとする。抑止理論というのは、こういう一種の気休めの理論であります。
 したがって、常に相手の能力よりも優位に立たなければ安心ができない、相手よりむしろ優位に立って初めて軍事力は均衡しているようなこういう幻想を持つ、あるいは気休めを持つことができるわけであります。したがいまして、一方がこれでよろしい、これで均衡していると思っているときには、相手は必ず自分の方は軍事的に弱い状態にある、こういうふうに考えるに違いない。したがいまして、そこに軍拡の悪循環が起こることはもう皆さんも御承知のとおりであります。
 しかし、安全保障に関する日本の条件というものは、こういう米ソ対立あるいは東西両欧州の対立とは全く異なった状況にございます。
 第二番目、では日本は一体安全保障の見地から見てどのような条件を持っているか。
 先ほど申し上げましたように、日本はどこの国からも軍事的な攻撃あるいは侵略あるいは介入を受けるおそれのない国であります。その理由、最も重要な理由は、我々が第二次大戦において敗戦をしたということであります。敗戦の結果、我々はそれまで周辺諸国との間に持っておりました軍事的争点を一切失いました。今日我々は、周辺諸国と軍事的に争わなければならない問題というものを全く持たないのであります。これは敗戦によって連合国、特に周辺諸国との間の問題というものが、すべて周辺諸国の有利に解決した。周辺諸国が満足できるような形で解決したということに根本的な原因がございます。
 と同時に、我々の戦後の経済発展というものが、いわゆる平和憲法の趣旨にのっとりまして平和外交を展開し、また外国との経済交流、互恵平等の原則に従った経済交流によって今日の繁栄を達成してきた。我々の今日の繁栄はどこの国をも泣かしたものではございません。どこの国をも軍事的におどかしたものでもございません。極めてお互いに有無相通という関係で今日の経済繁栄というものは達成されてきたのであります。したがいまして、今日に至るまで我々は周辺諸国との間に軍事的に争わなければならない問題を全く持たない、こういうことであります。これが第一点。
 第二の要因は、我々の国がこれもまた敗戦の結果でございますけれども、御承知のように四面環海の条件にある。周辺諸国との間に、陸上国境を全く持たないという条件でございます。陸地でもってお互いに接している国というのは、その間に人的、文化的、政治的さまざまな絡み合いが生じてまいります。したがいまして、とかくささいなことから紛争が起こりがちである。しかし、我々の国は四面環海のおかげでそういうような問題からは免疫の状態にある。
 しかも、一本の陸上国境でもって接している場合には、お互いの軍事力というものはストレートに影響し合います。今日ソ連及びアメリカは膨大な軍事力を持ち、世界最大の軍事力を持っておりますけれども、しかし、その影響力をごらんになればおわかりになりますように、距離が遠くなれば、あるいはまたその間に多くの国が介在するようになれば、さらにはまたその間に海洋が存在するということになれば軍事的影響力が極めて薄まるということは、これは経験的に皆さん御承知のとおりだと思います。
 これはなぜそういうことが起こるかと申しますと、今日核ミサイルが発達をし航空機が発達をし、あるいは原子力艦船が発達するような状況になりましても、依然として陸戦力が重大な政治的影響力を行使する。そのためであります。で、海空戦力はそれぞれ一時的に他国を攻撃をし、あるいは破壊をする、ある特定の地点を破壊するというような機能を持っておりますけれども、しかし陸戦力のように他国を占領し、あるいは支配し、あるいは他国の政治に介入をし、場合によっては他国を完全に根こそぎに破壊するというような力を持っておりません。この意味において陸戦力は極めて軍事的影響力を行使する場合に重要な働きをするのであります。ところが、陸戦力はこれは輸送手段がなければ海洋を越えてその力を行使することはできません。したがいまして、我々の国の四面環海という条件は、我が国の安全保障及び防衛を考える上の極めて重要な要素として我々は考慮をしなければならないと思うのであります。
 第三の要因、これは必ずしも我が国だけの問題ではございません。これは全世界的な要因でございますけれども、戦後いかなる大国といえども勝手に他国を侵略したり、あるいは武力攻撃はできない。またそういうことは行われた例はない、こういうことでございます。
 これは昨年の秋に発表されました防衛白書に出ております戦後の武力紛争に関する一覧表をごらんになってもおわかりになることかと思います。そこには約七十件の武力紛争及び戦争、これが列挙されております。しかし、その中に大国が勝手に他国を侵略する、何の理由もないのに他国を侵略したり、あるいは何の理由もないのに他国を武力攻撃したというような例は一件もございません。防衛白書に出ております七十件の紛争及び戦争のうちの半分は、これは革命及び内乱でございます。大国が関係しておるのは、いずれかの勢力をお互いに支援するというような格好でもって大国が介入することはありますけれども、しかし、その原因は内乱及び革命でございます。
 それから残りのものもすべてかつての戦前あるいは十九世紀のように他係国を勝手に侵略したり、大国が横暴に軍事力を介入させたりというようなものは一つもございません。残りの原因というのは国境、領土問題であったり、あるいは独立戦争であったり、あるいは第二次大戦の結果として残されました分裂国家間の戦争であったり、あるいは社会主義国家の相互間のイデオロギーに起因するところの問題であったり、そのほか中東戦争であるとか、あるいは今回のレバノンの紛争であるとか、我々が心配しなければならないようなそういう紛争は一件も起こっておらないのであります。
 今日、世界には四十数カ所の紛争が現在でも存在するというふうに言われております。しかしながらその大部分といいますか、そのすべてはこういったような条件に起因するものでございます。
 では、なぜこのように戦前のような侵略あるいは大国の勝手な武力攻撃、そういったものが戦後起こらないか。これには私は大きく申しまして二つの条件があると思います。
 一つは、国際的な制約が増大したということ。それからもう一つは、かつてと違いまして侵略のうまみが薄れたということではないかと思います。特に戦後における科学技術の発達によりまして交通通信が大いに発達をし、世界が狭くなったということが非常に大きな要因として作用しているかと思います。それを背景といたしまして、例えば国連の成立というようなこともございますし、それからさらに戦後におけるナショナリズムの勃興というものもございますし、それから戦後における国境不可侵の観念の一般化、普遍化ということもあろうかと思います。これは一九七四年の国連総会で侵略の定義というものが採択されたということにも反映されているかと思います。よく我々の脅威だと言われておりますソ連も、第二次大戦によって決定された国境は変えない、これはお互いに尊重しなければならないというのを外交の基本原則にしております。
 以上のように、第三の要因といたしまして、いかなる大国といえども勝手に他国を侵略したり、武力攻撃は許されない。こういうのが今日の世界であります。
 第四の要因は、我が国の国内情勢が極めて安定していることであります。
 先ほど申し上げましたように、第二次大戦後の武力紛争及び戦争の半分は国内の革命及び内乱によるものでございますが、その原因は国内における貧困あるいは民族問題それから宗教問題。私は、この貧困と民族と宗教、これを内乱、革命の三大要因、三大原因というふうに申しておりますけれども、これらはすべて我々の国とは無縁のものであります。時間がありませんのでこれについての詳細は省略いたします。
 三番目に、このように考えますと、我々の国とそれから米ソあるいは東西両欧との関係、こういうものも全く事情が異なります。したがいまして、我が国は自分を西側陣営の一員などというふうに位置づける必要は全くない。我が国はどこの国とも対立しているわけではございません。なぜそのような国が、米ソの対立関係あるいはNATO、ワルシャワ条約機構の対立関係、こういった対立関係の総称であるところのいわゆる西側陣営の中に我々みずから仲間入りしなければならないのか、我々はそのような理由は全くございません。
 日米安保というのは最近では同盟関係とか何とか言われておりますけれども、これは攻守同盟ではございません。まして我々はNATOとは何の軍事的関係も持っておりません。それにもかかわらずなぜ西側陣営の一員などというふうに位置づける必要があるか、私はそのような必要は全くないと思うのであります。なぜ防衛庁あるいは政府が西側陣営の一員などとして我が国を位置づけようとするか。これはいわゆる西側という言葉の概念のあいまいさを利用いたしまして私は火遊びするものだ、こう考えるよりほかないと思うのであります。西側という言葉は極めてあいまいな言葉に使われております。東側の共産主義諸国に対しまして、非共産主義の国を総称いたしまして西側というこの略語が使われております。しかし、それは軍事的な対立とは全く関係ございません。軍事的な意味での西側陣営とは全く関係ないものであります。いわゆる西側というあいまいな漠然とした言葉の中には中立諸国も入っておれば非同盟諸国も入っておる。もちろんその中にはいわゆる軍事的な意味での西側陣営も入っておる。こういう極めてあいまいな言葉であります。
 ですから、我々はこの西側という言葉にごまかされて、そうしてアメリカの主張をうのみにして軍事的な意味での西側陣営の対立に引き込まれるようなことは避けるべきであるというふうに私は思います。
 第四番目、このような我が国の条件にもかかわらず、それでも我が国には、ソ連は我が国の脅威であるというふうに主張をする人々がおります。ソ連は本質的に侵略的であり、世界の共産化をねらっている国だ、こう言うのであります。しかし、ソ連の本質がどのようなものであれ、人によってその見方は異なるでございましょうが、あるいはアメリカは侵略的だと言う人もおりましょうけれども、そんな本質論はどうでもよろしいのであります。
 問題はソ連にそのような能力があるのかどうかということであります。ソ連のGNPは御承知のように日本とおっつかっつのGNPであります。今日、ソ連はGNPの十数%を国防費に使っているというふうに言われております。このような状況において、それだけでもソ連にとっては大変な負担であります。なぜそのような国が日本に対して攻撃をしかけるというような必要があろうか、私はそのような必要は全くない、また、ソ連の為政者がそのようなことを考えるわけがない、このように思うのであります。ソ連が世界の赤化をねらっているというのならばねらわしたらよろしい。ソ連にはそんなことを今あるいは予見し得る将来においてできる能力は全くないというふうに私は思います。
 ですから、我々はソ連を相手に、あるいはソ連でなくても我々の周辺のどの国であってもよろしいかと思いますけれども、それらの国との間に戦争状態、あるいはそれらの国に攻められて我々が死ぬか生きるかのそういう状況に追い込まれる、そういう状況を設定する必要は全くございません。それにもかかわらず我が国の防衛庁は、座して死を待つよりはというような論理を発明いたしまして、そして場合によってはウラジオストクもたたかなければならない、極東の策源地をたたかなければならないというような議論を展開いたします。私は、これは被害妄想狂のきわまりだ、このように考えます。
 五番目。したがいまして、我々は核の傘などというものを必要としない。御承知のように、核兵器というものは今日極めて使いにくい兵器になっております。
 ソ連もアメリカもお互いに膨大な核ミサイルを積み上げてお互いににらみ合いながら、しかも核が使われることに対して極めて用心深い。そのために核拡散防止条約などをつくりまして、よその国には核を持たせまいというようなことまでやっておる、こういう状況であります。ソ連もしくはアメリカが核ミサイルを使うときは、それぞれが死活の状況に追い込まれた、それ以外に手段がないというような場合に初めて核ミサイルを使う。日本とソ連との間、あるいは日本と中国との間でも結構でございますけれども、そのような状況が起こる可能性というものは全くない。ですから、そのような我が国が核攻撃を恐れる必要は全くございません。したがいまして、我が国に核の傘を差しかけているというようなアメリカのおためごかしに我々は乗る必要は全くない。
 第六番目。したがいまして、このようなわが国がシーレーンの防衛などというものに血道を上げる必要は全くございません。
 あと二、三分よろしゅうございますか。

発言情報

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発言者: 前田寿夫

speaker_id: 22376

日付: 1984-02-22

院: 参議院

会議名: 外交・総合安全保障に関する調査特別委員会