外交・総合安全保障に関する調査特別委員会

1984-02-22 参議院 全117発言

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会議録情報#0
昭和五十九年二月二十二日(水曜日)
   午前十時一分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 二月九日
    辞任         補欠選任
    立木  洋君      内藤  功君
 二月二十日
    辞任         補欠選任
    内藤  功君      立木  洋君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         植木 光教君
    理 事
                大坪健一郎君
                土屋 義彦君
                堀江 正夫君
                佐藤 三吾君
                黒柳  明君
                上田耕一郎君
                関  嘉彦君
    委 員
                大木  浩君
                大鷹 淑子君
                倉田 寛之君
                源田  実君
                佐藤栄佐久君
                曽根田郁夫君
                竹内  潔君
                鳩山威一郎君
                降矢 敬義君
                宮澤  弘君
                久保田真苗君
                野田  哲君
                和田 静夫君
                中西 珠子君
                和田 教美君
                立木  洋君
                柳澤 錬造君
                秦   豊君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        山本 義彰君
   参考人
       国連大学学長特
       別顧問      永井 道雄君
       産業能率大学異
       文化圏研究所所
       員        前田 寿夫君
       名古屋大学教授  長谷川正安君
       杏林大学教授   田久保忠衛君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○外交・総合安全保障に関する調査
 (平和の確保について)
    ―――――――――――――
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植木光教#1
○委員長(植木光教君) ただいまから外交・総合安全保障に関する調査特別委員会を開会いたします。
 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 外交・総合安全保障に関する調査のため、本日、参考人として国連大学学長特別顧問永井道雄君、産業能率大学異文化圏研究所所員前田寿夫君、名古屋大学教授長谷川正安君、杏林大学教授田久保忠衛君、以上四名の方の出席を求め、意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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植木光教#2
○委員長(植木光教君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ―――――――――――――
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植木光教#3
○委員長(植木光教君) 外交・総合安全保障に関する調査を議題とし、平和の確保について参考人から意見を聴取いたします。
 この際、参考人の皆様に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中のところ、本委員会に御出席をいただきましてありがとうございます。本日は、平和の確保につきまして参考人の皆様方から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。
 これより参考人の方々に御意見をお述べ願うのでございますが、議事の進め方といたしまして、午前中は各参考人からお一人三十分程度でそれぞれ御意見をお述べいただき、午後委員の質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、まず前田参考人にお願いいたします。
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前田寿夫#4
○参考人(前田寿夫君) 前田でございます。
 与えられた時間が三十分ということでございますので、私は、日本の防衛政策と日米安保につきまして私の考え方を申し上げたいと思います。時間が限られておりますので、最初に私の結論を申し上げまして、それからそれの理由と申しますか、理論的根拠についてお話しを申し上げたいと思います。もし時間が少なくなれば、最後の方は項目だけ申し上げまして午後の質疑の時間に譲りたいと思います。
 まず、最初に結論を申し上げたいと思います。
 我が日本は、他国から軍事的攻撃あるいは軍事的な侵攻あるいは介入、そういうものを恐れなければならない理由は全くないと考えます。したがって、我が国は、現在の水準もしくはそれ以下の規模の自衛力があれば十分だ、したがいまして、もちろん他国の軍事力に守ってもらう必要なども頭ない、こう思います。したがいまして、日米安保は我が国にとって百害あって一利なしだ、このように私は考えます。日米安保は我が国にとりまして、我が国を守るどころか我が国に他国からの軍事的脅威を招き寄せる役割しか果たしておらない。我が国はそれにもかかわらず、アメリカに基地を許し、そのためこの苦しい財政事情の中で財政負担までも強いられておる状態でございまして、これでアメリカからただ乗り呼ばわりされる理由は全くありません。私の考えでは、ただ乗りしているのは日本ではなくてアメリカである。日本はよろしくこの立場に立つべきである。そのような立場に立って初めてアメリカに対する交渉力というものを飛躍的に高めることができる、このように考えます。
 したがいまして、日米安保につきましては次第にこれを薄めていって、最終的には廃棄に持ち込むべきだ、我が国の安全保障政策の基本は、平和憲法の精神にのっとってどこの国をも敵視しない、どこの国とも仲よくするという平和外交を基盤とすべきだ、このように思います。
 また、他国に危惧の念を与える、あるいは他国の紛争に巻き込まれる、そういうことのないように我々が国民の健全なコンセンサスに従いましてこれまで確立してまいりました非核三原則、専守防衛、武器輸出三原則、これらを遵守し軍拡を慎むべきである。そのために、現在設けておりますGNP一%の制約というものは極めて賢明な政策である。我が国の国家政策全般における防衛の優先度というのは、現在騒がれているほど優先度は高いものではありません。したがいまして、この苦しい財政事情の中で防衛費を突出させるというような必要は全くない、これが私の結論でございます。
 では、その理由、約九項目ないし十項目ございますけれども、第一番目は、日本の防衛を抑止理論で考えるのは間違いだと。最近、抑止と均衡というようなことを政府あるいは防衛庁筋では盛んに申しておりますけれども、抑止理論というのは、米ソあるいは東西両欧州、こういうような極めて軍事的緊張の高いところにおいて発展した理論でございます。
 米ソは戦後処理をめぐる対立から、今日では大量の核ミサイルを積み上げてお互いににらみ合っておる、また全世界でその影響力を競っておる、こういう状況であります。また、ヨーロッパにおきましては、東西両ヨーロッパがそれぞれNATO及びワルシャワ条約機構という軍事機構をつくりまして一本の陸上国境線を挟んで大量の兵力でにらみ合っておる。こういう状況におきまして、お互いに疑心暗鬼を募らせておる。こちらがもし弱みを見せれば相手がつけ込んでくるのではなかろうか、あるいは相手はこちらの虚につけ込んで攻撃してくるのではなかろうかと、こういうようなお互いに心理的な不安を感じておるというところにおいてこの抑止理論というものが発展したわけであります。お互いに軍事的に弱点をつくるまいとする。抑止理論というのは、こういう一種の気休めの理論であります。
 したがって、常に相手の能力よりも優位に立たなければ安心ができない、相手よりむしろ優位に立って初めて軍事力は均衡しているようなこういう幻想を持つ、あるいは気休めを持つことができるわけであります。したがいまして、一方がこれでよろしい、これで均衡していると思っているときには、相手は必ず自分の方は軍事的に弱い状態にある、こういうふうに考えるに違いない。したがいまして、そこに軍拡の悪循環が起こることはもう皆さんも御承知のとおりであります。
 しかし、安全保障に関する日本の条件というものは、こういう米ソ対立あるいは東西両欧州の対立とは全く異なった状況にございます。
 第二番目、では日本は一体安全保障の見地から見てどのような条件を持っているか。
 先ほど申し上げましたように、日本はどこの国からも軍事的な攻撃あるいは侵略あるいは介入を受けるおそれのない国であります。その理由、最も重要な理由は、我々が第二次大戦において敗戦をしたということであります。敗戦の結果、我々はそれまで周辺諸国との間に持っておりました軍事的争点を一切失いました。今日我々は、周辺諸国と軍事的に争わなければならない問題というものを全く持たないのであります。これは敗戦によって連合国、特に周辺諸国との間の問題というものが、すべて周辺諸国の有利に解決した。周辺諸国が満足できるような形で解決したということに根本的な原因がございます。
 と同時に、我々の戦後の経済発展というものが、いわゆる平和憲法の趣旨にのっとりまして平和外交を展開し、また外国との経済交流、互恵平等の原則に従った経済交流によって今日の繁栄を達成してきた。我々の今日の繁栄はどこの国をも泣かしたものではございません。どこの国をも軍事的におどかしたものでもございません。極めてお互いに有無相通という関係で今日の経済繁栄というものは達成されてきたのであります。したがいまして、今日に至るまで我々は周辺諸国との間に軍事的に争わなければならない問題を全く持たない、こういうことであります。これが第一点。
 第二の要因は、我々の国がこれもまた敗戦の結果でございますけれども、御承知のように四面環海の条件にある。周辺諸国との間に、陸上国境を全く持たないという条件でございます。陸地でもってお互いに接している国というのは、その間に人的、文化的、政治的さまざまな絡み合いが生じてまいります。したがいまして、とかくささいなことから紛争が起こりがちである。しかし、我々の国は四面環海のおかげでそういうような問題からは免疫の状態にある。
 しかも、一本の陸上国境でもって接している場合には、お互いの軍事力というものはストレートに影響し合います。今日ソ連及びアメリカは膨大な軍事力を持ち、世界最大の軍事力を持っておりますけれども、しかし、その影響力をごらんになればおわかりになりますように、距離が遠くなれば、あるいはまたその間に多くの国が介在するようになれば、さらにはまたその間に海洋が存在するということになれば軍事的影響力が極めて薄まるということは、これは経験的に皆さん御承知のとおりだと思います。
 これはなぜそういうことが起こるかと申しますと、今日核ミサイルが発達をし航空機が発達をし、あるいは原子力艦船が発達するような状況になりましても、依然として陸戦力が重大な政治的影響力を行使する。そのためであります。で、海空戦力はそれぞれ一時的に他国を攻撃をし、あるいは破壊をする、ある特定の地点を破壊するというような機能を持っておりますけれども、しかし陸戦力のように他国を占領し、あるいは支配し、あるいは他国の政治に介入をし、場合によっては他国を完全に根こそぎに破壊するというような力を持っておりません。この意味において陸戦力は極めて軍事的影響力を行使する場合に重要な働きをするのであります。ところが、陸戦力はこれは輸送手段がなければ海洋を越えてその力を行使することはできません。したがいまして、我々の国の四面環海という条件は、我が国の安全保障及び防衛を考える上の極めて重要な要素として我々は考慮をしなければならないと思うのであります。
 第三の要因、これは必ずしも我が国だけの問題ではございません。これは全世界的な要因でございますけれども、戦後いかなる大国といえども勝手に他国を侵略したり、あるいは武力攻撃はできない。またそういうことは行われた例はない、こういうことでございます。
 これは昨年の秋に発表されました防衛白書に出ております戦後の武力紛争に関する一覧表をごらんになってもおわかりになることかと思います。そこには約七十件の武力紛争及び戦争、これが列挙されております。しかし、その中に大国が勝手に他国を侵略する、何の理由もないのに他国を侵略したり、あるいは何の理由もないのに他国を武力攻撃したというような例は一件もございません。防衛白書に出ております七十件の紛争及び戦争のうちの半分は、これは革命及び内乱でございます。大国が関係しておるのは、いずれかの勢力をお互いに支援するというような格好でもって大国が介入することはありますけれども、しかし、その原因は内乱及び革命でございます。
 それから残りのものもすべてかつての戦前あるいは十九世紀のように他係国を勝手に侵略したり、大国が横暴に軍事力を介入させたりというようなものは一つもございません。残りの原因というのは国境、領土問題であったり、あるいは独立戦争であったり、あるいは第二次大戦の結果として残されました分裂国家間の戦争であったり、あるいは社会主義国家の相互間のイデオロギーに起因するところの問題であったり、そのほか中東戦争であるとか、あるいは今回のレバノンの紛争であるとか、我々が心配しなければならないようなそういう紛争は一件も起こっておらないのであります。
 今日、世界には四十数カ所の紛争が現在でも存在するというふうに言われております。しかしながらその大部分といいますか、そのすべてはこういったような条件に起因するものでございます。
 では、なぜこのように戦前のような侵略あるいは大国の勝手な武力攻撃、そういったものが戦後起こらないか。これには私は大きく申しまして二つの条件があると思います。
 一つは、国際的な制約が増大したということ。それからもう一つは、かつてと違いまして侵略のうまみが薄れたということではないかと思います。特に戦後における科学技術の発達によりまして交通通信が大いに発達をし、世界が狭くなったということが非常に大きな要因として作用しているかと思います。それを背景といたしまして、例えば国連の成立というようなこともございますし、それからさらに戦後におけるナショナリズムの勃興というものもございますし、それから戦後における国境不可侵の観念の一般化、普遍化ということもあろうかと思います。これは一九七四年の国連総会で侵略の定義というものが採択されたということにも反映されているかと思います。よく我々の脅威だと言われておりますソ連も、第二次大戦によって決定された国境は変えない、これはお互いに尊重しなければならないというのを外交の基本原則にしております。
 以上のように、第三の要因といたしまして、いかなる大国といえども勝手に他国を侵略したり、武力攻撃は許されない。こういうのが今日の世界であります。
 第四の要因は、我が国の国内情勢が極めて安定していることであります。
 先ほど申し上げましたように、第二次大戦後の武力紛争及び戦争の半分は国内の革命及び内乱によるものでございますが、その原因は国内における貧困あるいは民族問題それから宗教問題。私は、この貧困と民族と宗教、これを内乱、革命の三大要因、三大原因というふうに申しておりますけれども、これらはすべて我々の国とは無縁のものであります。時間がありませんのでこれについての詳細は省略いたします。
 三番目に、このように考えますと、我々の国とそれから米ソあるいは東西両欧との関係、こういうものも全く事情が異なります。したがいまして、我が国は自分を西側陣営の一員などというふうに位置づける必要は全くない。我が国はどこの国とも対立しているわけではございません。なぜそのような国が、米ソの対立関係あるいはNATO、ワルシャワ条約機構の対立関係、こういった対立関係の総称であるところのいわゆる西側陣営の中に我々みずから仲間入りしなければならないのか、我々はそのような理由は全くございません。
 日米安保というのは最近では同盟関係とか何とか言われておりますけれども、これは攻守同盟ではございません。まして我々はNATOとは何の軍事的関係も持っておりません。それにもかかわらずなぜ西側陣営の一員などというふうに位置づける必要があるか、私はそのような必要は全くないと思うのであります。なぜ防衛庁あるいは政府が西側陣営の一員などとして我が国を位置づけようとするか。これはいわゆる西側という言葉の概念のあいまいさを利用いたしまして私は火遊びするものだ、こう考えるよりほかないと思うのであります。西側という言葉は極めてあいまいな言葉に使われております。東側の共産主義諸国に対しまして、非共産主義の国を総称いたしまして西側というこの略語が使われております。しかし、それは軍事的な対立とは全く関係ございません。軍事的な意味での西側陣営とは全く関係ないものであります。いわゆる西側というあいまいな漠然とした言葉の中には中立諸国も入っておれば非同盟諸国も入っておる。もちろんその中にはいわゆる軍事的な意味での西側陣営も入っておる。こういう極めてあいまいな言葉であります。
 ですから、我々はこの西側という言葉にごまかされて、そうしてアメリカの主張をうのみにして軍事的な意味での西側陣営の対立に引き込まれるようなことは避けるべきであるというふうに私は思います。
 第四番目、このような我が国の条件にもかかわらず、それでも我が国には、ソ連は我が国の脅威であるというふうに主張をする人々がおります。ソ連は本質的に侵略的であり、世界の共産化をねらっている国だ、こう言うのであります。しかし、ソ連の本質がどのようなものであれ、人によってその見方は異なるでございましょうが、あるいはアメリカは侵略的だと言う人もおりましょうけれども、そんな本質論はどうでもよろしいのであります。
 問題はソ連にそのような能力があるのかどうかということであります。ソ連のGNPは御承知のように日本とおっつかっつのGNPであります。今日、ソ連はGNPの十数%を国防費に使っているというふうに言われております。このような状況において、それだけでもソ連にとっては大変な負担であります。なぜそのような国が日本に対して攻撃をしかけるというような必要があろうか、私はそのような必要は全くない、また、ソ連の為政者がそのようなことを考えるわけがない、このように思うのであります。ソ連が世界の赤化をねらっているというのならばねらわしたらよろしい。ソ連にはそんなことを今あるいは予見し得る将来においてできる能力は全くないというふうに私は思います。
 ですから、我々はソ連を相手に、あるいはソ連でなくても我々の周辺のどの国であってもよろしいかと思いますけれども、それらの国との間に戦争状態、あるいはそれらの国に攻められて我々が死ぬか生きるかのそういう状況に追い込まれる、そういう状況を設定する必要は全くございません。それにもかかわらず我が国の防衛庁は、座して死を待つよりはというような論理を発明いたしまして、そして場合によってはウラジオストクもたたかなければならない、極東の策源地をたたかなければならないというような議論を展開いたします。私は、これは被害妄想狂のきわまりだ、このように考えます。
 五番目。したがいまして、我々は核の傘などというものを必要としない。御承知のように、核兵器というものは今日極めて使いにくい兵器になっております。
 ソ連もアメリカもお互いに膨大な核ミサイルを積み上げてお互いににらみ合いながら、しかも核が使われることに対して極めて用心深い。そのために核拡散防止条約などをつくりまして、よその国には核を持たせまいというようなことまでやっておる、こういう状況であります。ソ連もしくはアメリカが核ミサイルを使うときは、それぞれが死活の状況に追い込まれた、それ以外に手段がないというような場合に初めて核ミサイルを使う。日本とソ連との間、あるいは日本と中国との間でも結構でございますけれども、そのような状況が起こる可能性というものは全くない。ですから、そのような我が国が核攻撃を恐れる必要は全くございません。したがいまして、我が国に核の傘を差しかけているというようなアメリカのおためごかしに我々は乗る必要は全くない。
 第六番目。したがいまして、このようなわが国がシーレーンの防衛などというものに血道を上げる必要は全くございません。
 あと二、三分よろしゅうございますか。
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植木光教#5
○委員長(植木光教君) はい、どうぞ。
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前田寿夫#6
○参考人(前田寿夫君) 今日どこの国であっても、公海自由の原則によりまして自由に世界の公海を通じまして経済交流をすることができる、日本だけではございません、ソ連であろうと中国であろうと公海を通ることは自由であります。我が国のシーレーンが、あるいは海上交通路が、中東との交通路がアメリカの第七艦隊によって守られているなどというのはとんでもないおためごかしであります。我々はそのような他国から兵糧攻めにされるというような状態に陥る心配は全くない。そんなような状況にならないようにすることこそ我々の外交及び安全保障政策の基本でございます。
 第七番目でございます。朝鮮半島からの波及というものにつきましては、我々は大して心配することはない。
 朝鮮半島で仮に北が南を圧倒したといたしましても、北は南を圧倒して朝鮮半島を統一することによってその目的を達するのであります。その余勢を駆って日本に乗り込んでくるというようなことを我々は全く心配する必要はございません。朝鮮半島からの波及というものはせいぜい逃亡してきた敗残兵が流入する、あるいは難民が流入してくると、こういった問題でございます。あるいはお互いの戦闘が幾らか及んでくるかもしれない、こういう問題でございます。これは現在程度の自衛力があれば十分にこのようなものは防げるのであります。かつての佐藤総理のように、朝鮮半島の安全は日本の安全にとって緊要である、そんなことは考える必要は全くございません。まして、アメリカの力によってそれを防いでもらうというようなことを考える必要は全くない。
 第八番目、先ほど申し上げましたように、日米安保は百害あって一利なしである。それはソ連の軍事的脅威を日本に呼び込むだけの作用しか持っておらない、こういうことであります。ただ乗りしているのはアメリカである。
 第九番目、したがいまして、我々は相互安保、相互安全保障というようなものを考える必要は全くない。我々のこの日本の防衛あるいは安全の問題は、経済から何からあらゆる手段を動員してそうして国を守らなきゃならないといったようなそんな問題ではございません。我々は、経済交流はあくまでも経済交流として行うべきである。今日、アメリカのしり馬に乗りまして、カリブ海の援助に乗り出したり、あるいはパキスタンの援助に乗り出したり、あるいはトルコの援助をしたりというようなことは日本の将来にとって決してよいことではない、このように思うのであります。
 第十番目、したがいまして、我が国の防衛の国家政策全体に占める優先度というものは決して高いものでなございません。今日の極めて窮屈な財政状況の中では無理してまで防衛費を突出させる必要は全くない、このように考えます。したがいまして、GNP一%のこの制約というものは我々の安全保障、これは防衛政策の重要な一つの柱として今後とも守っていくべきだ、このように考えます。
 以上、時間を若干超過いたしまして申しわけございません。説明の足りない点は午後の質疑の際に申し述べたいと思います。
 どうも御清聴ありがとうございました。
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植木光教#7
○委員長(植木光教君) ありがとうございました。
 次に長谷川参考人にお願いいたします。
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長谷川正安#8
○参考人(長谷川正安君) 私は、大学で憲法の勉強をしているものですから、憲法の立場から見た日本における平和の確保という問題を少しお話ししてみたいと思います。
 私は、憲法の勉強をしているその仕方、いろいろな憲法問題を扱っているのですけれども、特に戦前戦後の日本の憲法の歴史などについても研究をしたことがありますので、そういう観点からきょうの問題を扱ってみたいと思います。
 同じ憲法の研究といっても、かつては、憲法の問題は一国内の民主主義の問題を対象にする、そして国際的な平和の問題は国際法が扱う、そういう学界の中には伝統があったわけですけれども、第一次大戦ごろから、特に最近では、例えば、もう亡くなりましたけれども、フランスにゲツェヴィチという有名な憲法学者がいますが、この人が「憲法の国際化」あるいは「国際憲法」という表題の本を書きまして、その本の中で、今や憲法は国内の民主主義の問題だけではなくて、国際的な平和の問題も扱うようになった、そういう意味でそれぞれの国の憲法が国内の民主体制の確立と同時に平和の問題を扱うようになったという、世界的な憲法の歴史の傾向について述べている点がありますが、きょう私がここで憲法の立場から平和の問題をお話ししたいと思うのは、そういう今の憲法の学界での一つの傾向でもあると思っています。
 そこで、第一の問題は、現在日本国憲法が採用している平和主義の問題がどのようにして成立したのかという、若干憲法制定の背景になる問題を指摘したいと思います。
 その背景の第一は国際的な背景で、これはもう皆さん十分御承知のことで、今さらここで言う必要もないくらいなのですが、一応確認のために申しておきますと、日本国憲法の平和主義の問題は、これは諸外国の憲法に比較してみますとやや特殊な性格を持っていることは、皆さん御承知のとおりです。なぜ特殊なかなり徹底した平和主義を憲法が採用しているかといえば、その前提になっているのはこういうことだと思います。
 第二次大戦という戦争の経過を見ますと、日本が敗戦によって受諾したポツダム宣言が示していますように、戦勝国の中心はアメリカ、イギリス、ソ連、中国、この四カ国が中心になっております。そうして、この四カ国が中心になって戦いに勝ち、日本は敗れたわけですけれども、この米英ソ中という四カ国を見ればわかるように、社会主義の国と資本主義の国が共同して同じ目的のために戦争するという事実、またヨーロッパの国とアジアの国が共通の目的で戦争を共同して行うという事実、すなわち日本国憲法が制定される前提になっている国際的な条件というのは、資本主義と社会主義という体制を超え、アジアとヨーロッパという地域を超えてある共通の目的のために国家が連合して戦争をしたという、しかもその戦争が成功したという事実が背景になってこの憲法ができているということを私は改めて確認する必要があると思います。
 すなわち、今日宣伝されているように、社会体制が異なる国家というものは永久に対立し、常にそこに戦争の危機があるような宣伝が多くされておりますけれども、憲法の前文を見ますと、第二段落のところで、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」というふうに述べてありますが、「平和を愛する諸国民」というのは、社会体制を超え、地域の違いを超え、文化の違いを超えて存在するものというふうに憲法は考えています。しかも、憲法がそう考えているのは決して理想主義的な意図の表明ではなくて、現実的な背景を持ってこういう規定を置いたのだというふうに私は考えているわけです。したがって、日本国憲法の平和主義を考える場合には、そういう可能性、当時のそういう現実性があったということをまず確認しておく必要があるかと思います。
 それから、この憲法ができる国内的な背景を申しますと、この憲法の平和主義は、日本国内に内在している戦争を引き起こすような原因をどうやって取り除くか、これがこの憲法の平和主義の前提になっております。すなわち、この憲法の平和主義が確立するためには、それ以前に、これは占領中ですけれども、幾つかの戦争原因というものが除去されて初めてこの平和主義は現実性を持ったというふうに私は考えています。
 例えば第九条でありますけれども、この第九条がなぜできたのかということについてはいろいろな研究が既にたくさん発表されておりますし、私自身も著書で書いたことがありますが、事実として明らかになっていることは、よく言われる幣原・マッカーサーの会談でこの第九条ができたということが言われますが、幣原氏の場合には、いわゆる当時の言葉で言えば国体を護持する、すなわち天皇の制度をどうやって残すかということに関心がありましたし、マッカーサーの場合には、天皇を占領政策にどのようにして利用するかというそういう意図があって、その意図は合致したわけですけれども、しかし当時の国際的な世論は、戦争裁判がこれから遂行されようとしているときに日本国憲法の第一章に天皇を残すなんということは、これは中国にしましても、オーストリアにしましてもまたアメリカ自身にもそういう批判が大変ありましたので、天皇という制度を憲法に残しても絶対に日本が再び軍国主義化しない保障として第九条、すなわち一切の戦力を放棄する、一切の戦争をそのことによって否定する、そういう条文ができた、すなわち日本国憲法の徹底した平和主義というものは天皇の制度が残っているということと関連があるという、これは事実ですから、よしあしの判断はそれぞれ人によって違うと思いますけれども、事実を指摘しておきたい。
 それから、次の問題は、戦争原因を除去することによって初めてこういう徹底した平和主義ができたと言いましたが、どういうことが戦争原因と思われていたかというと、一つは明治憲法のもとにおいて、憲法によって制約されない国家機関が日本の戦争政策を決定し、執行したというそういう事実です。天皇自身がこれは明治憲法によって事実上ほとんど拘束されていませんけれども、天皇自身が主宰者になって行われた御前会議という皆さん御承知の国家機関がございますが、御前会議というのは権限も組織も機能も何の法律もありませんし、何の憲法に規定もないし、名前さえ憲法には出ていません。そういう全く憲法によって制約されない、何というのでしょうか、国家機関が戦争政策を決定した、これはさすがに極東軍事裁判で外国の検察官は驚いて、なぜこういう憲法外の機関が戦争を決定したのかということについて疑問を呈しているところがありますけれども、こういう問題、特にまたその御前会議もそうですが、それと並んで、いわゆる統帥権の独立、これも研究者によれば、明治憲法の十一条は統帥権の独立を実は意味しているわけでないのに、無理にそういう理屈にしたのだという研究もございますけれども、ともかく統帥権の独立によって特権が認められていた軍部が御前会議を動かし、その決定を執行する。要するに戦争の政策の決定も、その執行も憲法とかかわりのないところで行われていたということが、新しい憲法をつくるときにそういう戦争原因の除去ということで非常に注意深く排除された、こういうふうに私は考えています。
 それからもう一つの戦争原因は、特に昭和の初期の恐慌以来のことですけれども、日本の農村の貧困――前田参考人のお話にもございましたけれども、農村の貧困ということが日本の昭和の十五年戦争の一つの非常に大きな原因になっておりますので、これを取り除くために農地改革というものが行われました。しかし、この農地改革の成果が一体日本の農村を今日どういう状況に置いているのか、これはまた新しい問題でございますけれども、農村の貧困というものがもし続くならば、これが戦争原因になるということは、過去の日本の経験が示しております。
 それから次の問題は財閥の解体という問題がございます。
 そのように天皇の制度とか、憲法外の国家機関である御前会議であるとか、あるいは統帥権独立によって保障された軍部であるとか、こういうものをなくすとか、農村の貧困をなくすとか、あるいは軍需産業を独占していた財閥を解体するとか、そういう占領中に行われたいわゆる戦後の民主化があって初めて日本国憲法の第九条平和主義というのは現実的な意味を持ち得たというふうに私は考えています。
 したがって、こういう国際的な背景、あるいは今私が述べたような国内的な条件が徹底して今日まで残っていれば、今私たちがこのような形で平和の確保なんという問題を問題にする必要もなかったかもわかりません。しかしそれが、理由はともかくとして、いつの間にかそういう憲法をつくったときの現実的な条件が、戦後強化された点もありますけれども、崩されている点もあって、今私たちはこの平和の確保の問題を問題にしているのじゃないかというふうに思っています。
 それから次の問題は、日本国憲法と平和の確保というものはどういう関係にあるかという問題です。
 今日、既に言いましたように、私の考えではどんな防衛政策でも、また平和政策でありましても、政府が行おうとしている政策は常に憲法に基づくものでなければいけないというのが日本の憲法史の経験だと思います。よく憲法よりも国家の存続が大切だというような俗論がございますけれども、しかし日本の憲法の歴史は、憲法を無視したことによって国家が解体していった。すなわち大日本帝国の死滅というのは、まさに明治憲法を無視したということ、また近代憲法の原則を無視したというところに一つの大きな原因があるというふうに私は考えています。
 したがって、これから私たちの考えることは、今の憲法の命ずるところ、また憲法の普遍的な原則の中で政策の立案というものは考えなければいけない。特に日本国憲法は前文で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、」というふうに、すなわち全世界の国民自身はだれも戦争を望んで戦争に行きたいと思う者はないのだけれども、特定の政府の行為によって戦争というものは起こるのだというふうな、そういう判断に立っておりますから、今私が述べましたように、政府が政策立案する場合に常に自分の地位を規定し、自分の権限を決めている憲法自身を無視したり、軽視したり、曲げて解釈するということがないというのが日本国憲法の立場から見た平和確保の大前提だと思います。
 それから日本国憲法の平和主義は、第九条という皆さん御承知の一切の戦争と戦力を放棄した規定を持っているだけではなくて、その裏側に、消極的な形ですけれども、例えば憲法の第三章の「国民の権利及び義務」のところで兵役の義務というものを削除している。兵役の義務という規定がないということは、消極的な形でありますけれども、第九条で戦争を放棄しているということと見合ってできているのであって、また例えば、明治憲法の非常人権の規定がないということは、ないということだけに意味があるのじゃなくて、これはなくしたのであって、要するに明治以来持っていたものをなくしたという、規定の仕方は消極的ですけれども、内容からいうと積極的な意味がある、これも第九条と関連しておりますし、また表現の自由を大幅に認めているということや検閲を禁止しているということも、軍隊がない、戦争を放棄しているということと非常に深い関係があります。
 したがって、一部の憲法改正論者のように、何か抵抗の多い基本的人権のところは余り手をつけないで、憲法九条だけを直そうというような意見もありますけれども、これは一つのごまかしの議論で、九条に手をつければ基本的人権に全面的に手をつけざるを得ないのがこの憲法のつくり方であって、日本国憲法の平和主義は、第九条を中心にし、基本的人権の規定その他憲法全体に浸透している、そういうふうに私は考えております。
 ところが、憲法運用の実態は皆さん御承知のように、占領が終わりますと日米安保条約というものをつくって、そしてその安保条約が、一九五二年から六〇年まで旧安保条約が続いたわけですが、この安保条約の前文を見ますと、日本は武装解除をされている、すなわち日本には軍隊がないという前提でできているのは御承知のとおりです。したがって、軍隊がないから、しかも世界には無責任な軍国主義の国があって、侵略してくるかもわからないからアメリカ軍にいてもらうのだということが前文に露骨に書いてございます。ということは、まだ一九五二年から六〇年の間は日本国憲法のもとでは軍隊は持てないのだという前提で政治が行われていた、占領中はもちろんですけれども、行われていたということを示しております。
 ところが、六〇年に安保が改定されますと、今日の言葉で言えば総合安保と言うのでしょうか、日米の軍事協力関係を中心にして、経済的、文化的、全面的な日米の協力関係を基本にして日本の国策が決定するという方向に進んでいきますし、特に七〇年代に入って一九七八年に福田内閣の閣議決定を経た「日米防衛協力のための指針」、いわゆるガイドラインというものが設定されますと、これは何といいますか、六〇年に安保が改定された以上に実質的な意味では安保の再改定と思われるような意味を持ってきたのではないかというふうに私は考えております。
 このガイドラインについて本当は詳しく説明をしたいのですけれども、時間がございませんので中身は省くとして、このガイドラインの文書の前のところに「前提条件」としてこういうことが書かれていることに私はいつも注目しております。「前提条件」の第一として「事前協議に関する諸問題、日本の憲法上の制約に関する諸問題及び非核三原則は、研究・協議の対象としない。」というふうに書いてあります。すなわち、安保条約の第六条に基づいてございます交換公文、それから憲法の第九条、非核三原則というものをもし考慮したら、ガイドラインで設定したような内容なんというのはとても討議できるものではないということをこれは非常にはっきりと示している文書だと思います。ガイドラインは皆さん御承知のように、日米協力して、ソ連と全面的な核戦争を起こそうとするときに、戦時においてどういう任務分担をするか、有事においてどういう協力をするか、平時においてどういう準備をしておくかということを、日米の軍事専門家が協議して決めたものですから、これを討議するのに、軍事機密に関する例えば核装備というようなことが事前協議の対象になったのではとてもできない、あるいは憲法の第九条を幾ら曲げて解釈しても核戦争を行う準備をするのに九条が役立つはずはありませんし、また非核三原則が邪魔になることはもう既に国会でもいろいろな観点から討議されていることだと思います。
 そのように、旧安保条約から安保が改定され、またガイドラインが設定されるというような過程で、日本の防衛政策といいますか、平和確保のための政策は、どんどん憲法の精神あるいは憲法の規定あるいは憲法の原則から離れていってしまっている。しかも、それは政策として政治的に離れているというだけではなくて、もうかなり長い年数を経ておりますから、今日では、私の言葉で言えば日本の法体系といいますか、法のシステムというものは、憲法、法律、命令というシステムと、安保条約、地位協定、特別法という別の法体系と、二つの法体系をもって日本の政治は運用されているというふうに言わざるを得ない。
 しかも、基本法が二つあって、安保条約と憲法は、詳しくは申しませんけれども、原理的にも、内容、規定からいっても正面から矛盾しておりますから、矛盾、対抗する基本法を持った二つの法体系があれば必ずそれが交錯するところで紛争が起こるのは当然のことです。どういう紛争が起こったかは今申しませんけれども、こういう国内に法律の上から見て正面から矛盾するようなものが存在して、それが現地で、例えば基地の周辺で、あるいはその他いろいろなところで矛盾を起こしてそこで事件を起こしているとすると、まさにこのこと自体が日本の平和を撹乱する要因になっているのじゃないかというふうに私は思います。
 今、前田参考人が安保条約は有害だと言いましたけれども、私は法律家として、こういうものがあって、しかもあるだけではなくて、地位協定があり、特別法までやたらにつくって、それがまともの憲法、法律と矛盾するために大変法律的な紛争が起こって、それがすべて裁判所に持ち込まれて裁判所を悩ましているという、こういう状況こそが平和の確保にとっては大変なマイナスをつくっているのではないかというふうに感じているわけです。
 そこで最後に、もう時間もありませんのでまとめに入りますけれども、日本国憲法と最近のいろいろな政治問題を若干私の関心のあるところで述べておきますと、一つは核兵器の問題です、核の問題です。
 今、日本だけではなくて、国際的にも大変NATOへの戦域核兵器の配備をめぐって核兵器に反対の声が強くなっておりますけれども、日本では特に広島、長崎という原体験があるために核兵器に対する反対の世論は強いし、また特に最近ではアメリカの第七艦隊にトマホークが配備されて、その配備された軍艦が日本にやってくるというような状況の中で、どう考えても憲法の第九条のもとで憲法に適合的に核兵器が存在し得るというふうには私には考えられません。国会で表明された政府の見解では、核兵器というものは憲法違反ではない、ただ非核三原則というものを我々は持っているから、あるいは核拡散防止条約というものをわが国は批准しているから、だから核兵器は持てないのだというようなことを述べておりますけれども、私は核兵器がこの憲法の平和主義の枠の中で持てるというふうには考えておりませんし、それはまた学界の多数説であると思います。すなわち、核の問題を考える場合に、憲法の観点から言えば非核三原則は政治的な原則であるだけではなくて、むしろこれは国会で立法化する必要があるのではないかというふうに感じております。
 それから次の問題は、日本国憲法のもとでは非同盟中立という、今日では国連加盟諸国の中では多数の国家の意見になっているこの非同盟中立政策こそが憲法の平和主義の政策、平和主義に非常に合致しているのではないだろうか。したがって、日米安保条約があるというこれを、既成の大前提にして平和の確保を考えるということになれば、平和の確保という政策の選択の幅が大変狭くなってしまう。しかしどれを選択しても学界の多数、憲法学者の大多数は憲法違反だと言う、そういう条件の中で本当に日本の平和が保てるのかということを考えますと、私は日米安保条約というもの、これは変え得るものだし、また十年たって固定期間は過ぎているわけですから、これは変えるという前提のもとにそれ以外の平和確保のための外交政策というものを、例えば不可侵条約の問題とか非核地帯の設定の問題とかあるいは集団的安全保障にしてもそのあり方の問題とかいろいろな点を考えることが今日必要なんではないだろうかということを思います。
 また、特にこれは教育の問題とも私は大学におりまして感ずるんですけれども、仮想敵をつくって日本の外交政策なり防衛政策を考えるということは非常にわかりやすいのですけれども非常に危険がある。特に、私いままでずっと憲法の第九条の勉強をしておりまして、旧安保条約の時代は仮想敵はソ連、中国、北朝鮮というふうに社会主義国が全部仮想敵であったんですね。無責任な軍国主義と指摘したのはこの三国が中心であったのですが、それがいつの間にか今日ではソ連だけが悪者になってしまう。しょせん社会主義国全体を敵視する、あるいは今日のようにソ連だけを敵視するということは、要するにそこに目的があるというよりも、日本の再軍備を進めるあるいは軍備を強化するあるいは国民にそれを納得させるための一つの手段にしかすぎない。何の科学的の根拠も私にはないと思われます。そうでなければ、なぜいつの間にかこういうふうに変わってしまうのか説明ができない。だから、そのときそのときで俗耳に入りやすい仮想敵をつくって、そうして日本の重大な国策を決定するというやり方はやめにしないと、憲法というものをつくってそこで平和主義の原則を確立したことの意味がなくなってしまうのではないだろうか。
 また、特に、最近の新聞などでもしょっちゅう私たち読まされています国家予算の決定に当たって、軍事費を突出させて、しかも突出するだけじゃなくて、軍事費をふやすために何が減らされているのか。例えば私自身のことで言えば、教育費の問題であるとか社会保障の問題であるとか、先ほどの農村との関係で言えば、生産米価は低いけれども消費米価は高くなるというような米価の問題であるとか、そういう生活費、一連の国民生活の問題が、仮想敵をつくってそれに従って突出させている防衛費のために毎日毎日の生活は切り詰められているというようなことを考えますと、どうも憲法の平和主義の原則あるいは憲法第九条で戦争放棄をしたために現実性を持つようになった基本的人権、これは表現の自由から始まって教育を受ける権利とか生存権とか労働者の基本権とか、せっかく現実性を持ったその基本的人権が逆に非常に抽象的な言葉の上だけの現実性のないものにさせられてしまっている現状を見ますと、私はもう一度やはりこの際憲法の原則に立ち戻って考える必要があるのじゃないかというふうに感じております。
 大体三十分になりましたので終わります。
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植木光教#9
○委員長(植木光教君) ありがとうございました。
 次に、田久保参考人にお願いいたします。
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田久保忠衛#10
○参考人(田久保忠衛君) 田久保でございます。
 民主政治、民主主義というのは、言論の多様性を認める制度でありますが、私、これは大変貴重な制度だと思うのであります。ただし、右か左か、これは私はイデオロギーの問題と思うのでありますが、国を守ることについて正反対の意見がこれほど存在することは、大変不思議だと思うのであります。実は前田参考人、長谷川先生、私尊敬している両先生でありますけれども、これから述べます見解はいささか違う角度から申し上げたいと思いますので、御了承願いたいと思うのであります。
 軍事力を持つ、あるいは防衛でございますが、これはすべて相対的な問題ではないかと思うのであります。つまり、軍事介入がないという一〇〇%の保証がない、いささか危険がある、そのために防衛政策が必要になる、こういうことでございます。この危険があれば、これを芽のうちにつぶすあるいは危険が生じたら、これを外交措置で何とかする、最後の最後の手段として防衛というものが問題になるわけであります。ただし、この最後の手段の防衛というものは、国家の存立過程からこれはなくてはならないものだというふうに私は思うのであります。
 それから今の、突然ショッキングなことを申し上げますけれども、日本の防衛政策でございます。選択が幾つか理論上は考えられると思うのであります。私理想は、はっきり申しますけれども、武装中立だと思うのであります。これはアメリカ、ソ連、中国あらゆる国と平和外交をやり、いざというときには武装を持っていると大変な軍事力になる。ただし、これは私は不可能、いまの段階では不可能だと思うのであります。また、そういう必要もなかろうと思うのであります。この武装中立をやるのであれば第一経済がどうなるか。いまGNPの一%以下でございますが、ここでも大問題になっている。これを二〇%、三〇%と何十年間続けるということになると、一体どういうことになるのか、国民もなかなかこれを認めまいと思うのであります。
 それから武装中立の前提はきちんとしたシビリアンコントロールであります。このシビリアンコントロールは単なる背広ではなくて、軍事問題に精通した、しかも哲学、見識を持った大政治家がいなければいかぬと思うのであります。さらに、日本が今の状態で武装中立をすれば、周辺国家にいかなるインパクトを与えるか、こういうことを考えますと、周辺国家だけではなく、アメリカに対しても大変なインパクトを与える。アメリカが第一これに対して大変な反発を示すであろうということでございますから、まず第一のオプションはルールアウトしてよかろう、こう思うのであります。
 次に、非武装中立てございます。これは大変いろいろな議論が最近盛んになっているわけでございます。特に中曽根政権成立以後、石橋社会党委員長の御意見もありまして、大変この議論がかまびすしくなってきているということでございますが、結論から申しまして、私の立場では非武装中立というのは、これはとらないということでございます。世界に例を見ない意見でございますね、これはとらぬということでございます。
 三番目でございますが、アメリカ以外の国と結ぶ。例えばこれは荒唐無稽と思われるのですが、日ソ安保条約とか日中、日韓とか、いろんなコンビネーションがあると思うのでありますが、これも常識で考えまして、今のオプションにはなり得ない、こう思うのであります。
 最後のオプションでございますが、日米安保条約、これはせざるを得ない、容認せざるを得ない、こういうことでございます。なぜであるかは、これはもう戦後の歴史的な関係ということがございます。それから経済。アメリカと手を切って日米関係が悪くなって日本の経済が成り立つかどうか、こういうことでございます。
 それから最後に、最も重要な問題でございますが、いろんな保険屋さんにかかっている。中国、ソ連、アメリカ、いろんな保険屋がいるわけでありますが、日本が独自で自分の安全を守れないとするのであれば、一番安全な保険屋にかかる以外はないだろう。これは西側の盟主と申しますか、いわゆる西側陣営のリーダーであるアメリカと手を結ばざるを得まい、こういうことでございます。これがそろばん勘定で最も経済的で、今の日本の置かれた立場では現実的で、しかも確実、安全の確度が高い、こういうことだと思うのであります。
 以上のようなことを申し上げた上で、西側の一員、つまりアメリカと結ぶということは、アメリカは欧州諸国、先進工業国と結んでいる。アジアでは日本と結んでいる、あるいは韓国、いろんな国と結びつきを持っているわけでありますが、日欧というのは、これは三角形の底辺でありますが、結びつきは余り強くない、希薄であります。ただ、日本は米欧と組まざるを得ない。西側というのは、私ははっきり言うと先進工業国の結びつきだと、こういうふうに思うのであります。
 実は私、レーガン政権が登場する前にアメリカのある研究所にいたわけでございますが、そこのある研究員でございます、いま実はレーガン政権の高官になってしまったわけでありますけれども、彼が、西側の一員でこういう説明をしたことがございます。つまり野球に例えたわけであります。ソ連チームとアメリカチームが対峙しているわけである、野球をやっているわけである。今から二十数年前でございますが、アメリカにはジョン・F・ケネディという剛球投手がいた。三球三振で当時のフルシチョフ、これは一九六二年、例のキューバ事件を言っているわけでありますが、フルシチョフを三球三振で打ち取った。以後、二年後にブレジネフが登場いたしまして、十八年間、ソ連を大変なチームに仕立て上げてしまった。第一級の超軍事大国に仕上げてしまった。その間にアメリカが二つの大失敗を犯した。一つはベトナム戦争である。第二は、これは二十年前にアメリカ人がたれ一人想像もしなかったほどアメリカの経済ががたがたになってしまった、こういうわけでございます。したがって、西側の一員としてNATO諸国あるいは日本に守ってもらわなければいかぬ。ところが日本から来る総理大臣は、例外なく西側の一員であるとワシントンで言うが、帰るとどうもこれがうやむやになってしまうということでございました。私は、このときには大分この人とけんかをしたわけでございますが、実は基本的には認識は一致しているわけでございます。
 西側の一員としてみんな、つまりバッターを見ているわけでありますが、日本だけは正当な、つまりチームの一員としての交際費を払っているかどうか。この点に関しましては、私は甚だ疑問に思う。
 この西側の一員というのは一体何かということでございますが、例えばショートストップを日本が担当する、これは経済あるいは政治、あるいは軍事、ここで一つの役割を果たさなければいかぬだろうと思うのであります。
 軍事は、これは冒頭に申しましたように、日本で正反対の意見がある。国を守るか守らないか。これはイギリス労働党左派でも、核配備をするか、認めるか認めないか、大いに議論がありますけれども、イギリスの国防について、これをやらなくてもいいという議論はないと思うのであります。ここのところが日本がどうも大きく開き過ぎているということでございます。
 したがいまして、経済、政治、防衛――防衛のところはちょっとおくといたしまして、金で解決のつく経済であります。これは必ずしも西側の一員としての役割を果たしていないのではないか。例えば、パリのOECDの下のDACであります。今、ただの金は十七カ国中十四番目か五番目である。ところがGNPのパーセンテージを掛けておりますから、必ずしも額でいいますと恥ずかしいものではないかもしれませんが、OECDのDACから絶えず毎年のように日本に対する非難が行われているということでございます。大変私は恥ずかしいことだと、こういうふうに思うのであります。つまり、金で片のつくことに十分な役割を果たしていない。もう一つ、利子のつく金でございますが、これは十七カ国中最も質の悪い援助をやっているということでございます。今回の予算で九・五%ほどODAは実現したわけでありますが、私はこれでも少な過ぎるのではなかろうか、このかなりの部分が利子補給とか赤字の穴埋めに使われているということでございます。この点はさておくといたしまして、経済の面でも西側の一員としての役割を果たしていないではないか。
 二番目、政治の面であります。
 これも口で言うだけでございまして、政治的に何をやったか、これは甚だ恥ずかしいと思うのであります。つまり西側の一員としての役割がまだ足りないと私は思うのであります。
 そこで、西側でございますが、いい例はサミットだと思うのであります。これは先進工業国――米、英、仏、独、伊、日本、カナダあるいはECが入ります。七カ国のサミットでございますが、一九七五年にこのサミットがつくられたわけであります。以後、これはやることが決まっておりまして、申し上げるまでもないことでございますが、経済成長率、通商、通貨、エネルギー、南北問題、こういう経済ばかりを取り上げてまいりましたので、これをエコノミックサミットと言っているわけでございます。
 ところが、これがだんだん変質してまいったわけでございます。これは一九七九年十二月二十七日、例のアフガニスタン事件でございますが、その翌年にイタリアのベネチアで開かれましたサミットでございます。ここではエコノミックサミットから若干色合いの違った宣言が採択されているわけであります。つまり国際テロの問題、これは当時イランの人質の問題がございました。それからアフガニスタンからの撤兵を要求する宣言、こういうものがつけ加えられましたので、エコノミックサミットが私は政治サミットになり始めたという診断を当時下したわけであります。
 この後、カナダのオタワで開かれたサミットであります。これはトルドー首相が政治声明というものを出したわけであります。ここでソ連を脅威と決めつけた、こういうことでございます。
 その後でございますが、フランスでおととし開かれましたサミットでございますが、ここではソ連に対する天然ガスのパイプライン、あの設備等に対する輸出規制をレーガンが強く唱えまして、フランスのミッテランがこれに反対する。この議論は単なる経済の論議ではなくて、政治あるいは安全保障にかかわる問題だろうと思うのであります。レーガンの言い草、これは必ずしも当時私は賛成しなかったわけでございますが、この施設をソ連に提供すると天然ガスのパイプラインが西側に出てきた場合に、年間百億ドルの金がソ連のポケットに入る、これが軍事に転用された場合に恐ろしいことになるということで彼は反対を唱えたわけであります。フランスで開かれましたサミット、これも私は純然たるエコノミックサミットではないというふうに思うわけであります。
 それから今回、つまり去年でございますが、ウィリアムズバーグ・サミットは経済サミットとは申せ、最大の目玉はSS20の問題だったのではなかろうか、こう思うのであります。
 戦後の日本の総理大臣といたしまして、安全保障をエコノミックサミットの場で論じた人はいなかった、中曽根首相一人であります。この評価はさておくといたしまして、日本は好むと好まざるとにかかわらず、経済、政治、軍事、こういう西側の一員である限りこれを論ぜざるを得ない、こういうところに、だんだん入ってきている。ここで私は西側の一員としての自覚が必要であろう、こう思うのであります。これが嫌であればサミットを脱退しなければいかぬであろう。サミットを脱退した場合に、日本の生きる道はあるのか、これは大変なことになるだろうというふうに思います。私は、サミットが大変重要な場になってまいった。大きなX軸、Y軸の中で、日本が占めているポジション、これは明瞭だ、こういうふうに思うのであります。
 今申し上げたことから、西側の一員として巻き込まれ論というのがあるわけであります。私は、こういうところからすると、腰を落ちつけて、巻き込まれていないと日本の安全は危ないのではなかろうか。これからさしたる計算なしに飛び出すと、えらいことになるのではなかろうか、こういうふうに思うのであります。
 そこで、少し論点を変えたいと思うのであります。
 先ほど抑止論という問題が出たわけでございます。私は抑止理論をここで申し上げるという、そういう専門家でもございませんが、つまり今の国際情勢全体の中で日本を考えますと、硬軟両様の構えといいますか、一つは抑止、大きな力というものがあって、その反面で交渉あるいは平和的な話し合い、こちら両方を見ていないと単眼になってしまう。何と申しますか、ダブルトラックと申しますか、そういう両面を頭に入れておかないと日本も今後の進路を誤るんではなかろうか、こう思うのであります。
 今の国際情勢で私は最も重要なのは中距離核戦力の問題、削減交渉の問題である、INFの問題だと思うのであります。この点につきまして若干触れさせていただきたいと思うのであります。
 実はこのSS20、中距離核兵器が配備されましたのは、これは日本では七七年と言われておるわけでありますが、私の調べたところでは七六年からソ連の欧州部に配備が開始されている。これで当時最も頭を痛めましたのはドイツの社会民主党のシュミット首相であります。彼は大変これに対処するために悩んだわけであります。これを無視するのか、抗議するのか、あるいは自分で核を持つのか、四番目はアメリカの核を持ってきて向こうの核を中和する、それに基づいてソ連に対して徹底的な平和外交をやるんだというようなことを彼は考えたわけであります。一九七七年、その翌年でございますけれども、ロンドンのIISS、国際戦略研究所、これは初代の所長がアルステア・バカンという人であります。このバカン記念講演会というものをIISSは毎年一回やっているわけであります。世界の戦略家と言われる人を毎年連れてまいりまして、ここで記念講演をさせるわけであります。この間亡くなりましたレイモン・アロンとかキッシンジャーがここで登場したわけでありますが、七七年にこのアルステア・バカンで演説いたしましたシュミット首相は、現在の国際情勢は恐怖と平和が共存しているんだよ、平和だけを求めて恐怖に目を向けない、これはおかしいのではなかろうかと。彼は恐らく地獄の底を見るような思いで悩みに悩んだ結果、バカン演説をぶったと思うのであります。脅威に真正面から対抗する、同時に西ドイツ外交、社民党外交は平和を求めて進むのだということをここでぶったわけであります。その後ボン・サミット、その後東京サミットが開かれましたけれども、そこで日本の総理大臣にシュミットがいろんなことを聞いたわけでありますが、ここで満足な答えが得られなかったというのは、私は日本が核に対して、非核三原則も大いに結構でございますが、勉強だけは怠ってはならないにもかかわらず、大した勉強をしなかった、そういう結果だと思うのであります。
 そこで、アルステア・バカン演説でシュミットが示した下敷きでございますが、これはアメリカにシュミットは要求するわけであります。ところが、アメリカは潜水艦発射ミサイルその他を持っているので、西ドイツその他五カ国にパーシングH巡航ミサイルを配備する必要はないということで逃げるわけでありますが、シュミットの説得にカーターも納得いたしましてOKする。これは一九七九年十二月のNATO理事会におけるいわゆるダブルトラックの決定でございます。西ドイツ、オランダ、ベルギーそれからイタリー、イギリス五カ国にパーシングⅡ巡航ミサイルを配備する、同時にソ連と徹底的な軍縮交渉を行うのだということでございます。つまり、これは横綱同士のどうも力の差があり過ぎる、これをとんとん水が入ったような状況にしておいて一段二段と話し合いをして軍縮の方向に持っていこう、こういうことだと思うのであります。つまり、この考え方というのは私は今の国際情勢の中の支配的な考え方であろう、こう思うのであります。
 先ほどちょっと触れましたように、私はレーガン大統領、必ずしもいい感じは持っていないわけでございますが、彼が一九八二年、二年前の五月、あれはユリイカ大学――日本語ではユーレカ大学と言っておりますが、ユリイカ大学で演説いたしました彼の対ソ政策、これはまことに見事な政策だというふうに今でも信じているわけであります。
 どういうことかと申しますと、五本の柱からなっているわけであります。
 まず第一が力のバランスを保つこと。それから二番目、これは先ほどの天然ガスのパイプラインの問題でございますが、ソ連に経済的なある限度以上の力をつけさして、これが軍事に転用されることを極力防ぐ。つまり経済であります。三番目、第三世界において不安定な地域をなくす。不安定な地域があったところに必ずソ連が影響力を伸ばしてきた。一九七五年以降七九年までの国際情勢を眺めてみると、これは自明だと思うのであります。これが三番目であります。四番目が軍縮の勧めでございます。それで五番目、これは対話。あらゆるルートを通じて対話を行うのだと、こういうことを言っているわけであります。
 以上五つの柱の上の二つでございますが、これは大変強い政策であります。クレムリンに対して大変厳しい強力な、硬軟の便の方の政策を推し進める。傍ら四番目と五番目の政策でありますが、軟の政策であります。これはNATOのダブルトラック、先ほど申し上げました七九年十二月のダブル・トラック・ポリシー、これを理論化したものであろうと私は思うのであります。こういうことでございますから、一方的な軍縮、私は軍縮は大変いいことだと思うのでありますが、一方的な軍縮ではなく、反面に力を伴った政策がなければ、今の国際情勢では意味をなさないということを申し上げたいわけであります。いろいろ申し上げることがあるのでございますが、あっという間に時間がたってしまいました。
 そこで、日本の立場でございますが、先ほどちょっと申し上げましたように、例えば今のSS20の問題にしましてもシュミットが気がついたときに日本は気がついていたか一気がついていなかったわけでございます。これは去年の一月でございますか、西ドイツ、ドイツ社民党のフォーゲルという首相候補がモスクワに参りまして、先ごろ亡くなったアンドロポフ書記長と話し合いをした。日本では首脳会談というとミカンとか牛肉等の話が出るのでありますが、西ドイツは野党の首相候補がモスクワに行って、まず最初に取り上げましたのがINFの問題であります。SS20をどうしてくれるかということをアンドロポフ書記長に迫ったわけであります。そのときアンドロポフ書記長は、一部は廃棄する、一部は極東に持っていくという発言をしたわけであります。これが大きく取り上げられまして、日本では大騒ぎになった。その後でございますが、一月、ちょうど中曽根首相が訪米している最中でありますが、グロムイコ外相がボンを訪問いたしましてゲンシャー外相と会った。そのときにグロムイコは極東の地図を掲げまして、この沖縄近辺には第七艦隊が核を持っているんだと。これに対抗するために我々は欧州から一部極東に核を、SS20を移駐させなければいけないということを説いたわけであります。それから去年の四月でございますが、モスクワの記者会見でグロムイコは同様の見解を述べた。これで日本は大騒ぎになったということでございます。
 私に言わせれば、この三海峡封鎖、シーレーンあるいはいろいろ日本の防衛というものを地域に限定しているわけでありますが、大きく国際情勢全体の中で何を考えなければいけないかと、そういう視点に少し欠けているんではなかろうかというふうに思うのであります。これは何もめちゃくちゃな大軍備をしろと言っているんじゃなくて、一応INF交渉の本質はどうなのであるか、米ソ関係の本質はどうなのであるか、その各論として日米関係あるいはそのまた各論として防衛政策がどうなるかというようなきめ細かい検討がなされていないのではなかろうか、かように思うわけでございます。
 時間が参りましたのでこれでやめておきますけれども、X軸、Y軸の中で日本が置かれている地位がどこであるか、そこで一番安全な方法は何であるか、こういうことを私は考えなければいけないというのが、きょう私ここに参上して申し上げたかったポイントでございます。
 大変失礼いたしました。
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植木光教#11
○委員長(植木光教君) ありがとうございました。
 次に、永井参考人から、約三十分程度御意見を承りたいと思います。
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永井道雄#12
○参考人(永井道雄君) 午前中大学の授業をやっておりまして、実は、十二時まであるものですから、学生諸君の了解を得て、終わりのところをはしょることにいたしました。そのためにこちらに遅刻をいたしまして、まことに申しわけございません。お許しをいただきたいと思います。
 私は、きょうお話を申し上げるに当たって、現在国連大学学長特別顧問という仕事をいたしておりますので、その角度から我が国の平和あるいは総合的な安全保障、そういう問題についての私の体験に基づく考えをお話し申し上げさしていただきたいと思います。
 実は、この国連大学という案を最初に考えました人は、日本人ではございませんで、一九六九年ですから、昭和四十四年、当時国連の事務総長でしたウ・タント氏が提唱したわけでございます。それで、なぜそういうことになったかといいますと、当時チェコスロバキア事件というようなものがございまして、ソビエト連邦の東欧諸国に対する支配と、あるいは干渉というものが非常に明らかであった。また他方、ベトナム戦争が進行いたしておりまして、これがソビエトだけではなくアメリカもそうですが、米ソの代理戦争であるということは、だれの目にも明らかでございました。そこで、ウ・タント事務総長は、実は事務総見として何度もこの二超大国に対して自制することを勧告されたわけでありますが、十分に効果を生みませんでした。
 そこで、一九六九年、昭和四十四年の国連総会で国連大学の創設を訴えられたわけでございますが、その理由は、やはりひとつ国連を強化していかなきゃいけない。それで、一つの国の中に政府がある場合、大学というものがございまして、そこでその政府のあり方、こういうものについて研究をしたりして強化をしていく。それと同じように、やはり国連というものがここまできまして、いろんな問題を含んでいるときに、国連大学というものをつくって強化したい。もう一つ、これも国の中の大学と同じでございますが、若い人たちが大学というところには参加をいたしてまいりますから、したがいまして、国連大学に若い人が参加をして、そして長期にわたって効果を上げるようにしたい、こういう二つの理由によって提唱をされたわけでございます。
 それで、私は、その翌年から実は朝日新聞の記者になりまして、今そこにおいでになる和田教美さんと当時同僚でございますが、署名入りの原稿を書きまして、いまのような考えを事務総長が持っておられるときに、日本がこれを実現し得る最も有利な立場にある国、経済的にもそうでございますし、またウ・タントさんは、御承知のようにビルマの人でございますから、そういうアジアからの立派な国際的なリーダー、まあ日本にはそういう国際的リーダーはないのですけれども、しかしながら経済的にはそれだけの力もございましょうし、呼応すべきではないだろうかということを書いたわけでございます。
 当時総理大臣が佐藤榮作氏でありまして、官房長官が木村俊夫氏でございました。私は、そのお二方にそれまでお目にかかったことがないのですけれども、突然そのお二方からお呼びがありまして、お目にかかりました。それで、お二方ともに、実はあなたが書いたそのウ・タントの考えというのは非常に大事であって、日本もここまで経済成長を遂げた以上、自分たちは国連大学の創設というものに日本政府が力を入れていくことに踏み切りたい、そういうことを言われたわけでございます。平和憲法というものもあり、それが大事であるということから、お二方がそう言われたのだと思います。
 ちょうどその年、万博の年でございまして、ウ・タント事務総長をお呼びしておりました。これは政府が呼んでおられたわけでございます。ただ、四月においでになるものですから、あらかじめ日本にその意思があることを事務総長にお伝えしておいてほしいという今のお二方のお言葉がございまして、これは、幸いなことにウ・タント事務総長の秘書課長は、現在国連事務次長でございますが、明石康君でございまして、明石君に連絡をして日本政府にそういう意向があるということを伝えて事務総長に申し上げたところ、事務総長は非常な期待を持って日本においでになりました。昭和四十五年四月十六日でございますが、総理が帝国ホテルで事務総長に対して歓迎の辞をお述べになりまして、万博へおいでいただいたことに感謝されると同時に、予定どおり、あわせて日本国は国連大学本部を首都圏に誘致して、この建設のために主要な役割を果たしたいということを申されたわけでございますので、これは当時の今申し上げたお二方のリーダーシップによって、また国民もこれを支えたものと理解いたしておりますが、できたことでございます。
 しかしながら、これは全く新しい大学でありますから、それをどういう形のものでつくり上げていくか、また国連総会の賛成をどうやって得るかということは難しい問題でございまして、日本が自分の方から出して新しい機構をつくっていこうという形で国連総会に提案をいたしました、戦後提案をいたしました最初のケースであります。つまり、それまでは議題がほかの国から出てくるのに賛成したり反対したりと、そういうことはやっていたわけですが、これは実はジャパン・マターと国連総会でも呼ばれるようになったわけでございまして、当時の鶴岡大使、安倍大使、小木曾大使、斎藤大使等々大変な御苦労をなさいました。概して欧米諸国は日本がこれを誘致することに反対でございました。その理由はどうしてかというと、日本人は今まで国際的活動をそうやっているわけじゃない、ところがまあ自分らの方はハーバードとかケンブリッジとか長い間何世紀もかかって国際的大学をつくってきている、そこでそういうところで今のようなことを考えればいいわけであって、日本のように余り経験のないところがまあ希望は結構だけれども、実際にやるというのは無理であるということで、賛成を得られませんでした。ソ連邦についても同様でございます。
 ところが、百を超えます第三世界の国々が実はジャパン・マター、日本の提案に非常に感銘いたしまして、そして日本という国は経済大国として理解してきたけれども、それは間違いであった、日本にそれだけの決意があるということであるならば我々は支持するということで、たちまち百票を超える票数が集まるということがわかったわけでございます。そういうことがわかったものですから、それに追随をいたしまして先進国も同意することになりましたから、したがって、最終的には満場一致棄権なしで国連大学の設置が決まり、その中心が日本になるということに相なったわけでございます。
 ただ、どういう大学をつくるかということについて、これは国連とユネスコでさまざま討議がございまして、難しいことでした。といいますのは、まだ国際的な研究もろくにやったことのない国でございますから、初めから学生を呼ぶというようなことをやるとかえってうまくいかないのではないか、まず研究から発足したらどうかというような注文が先進国からも出まして、結果におきまして一九七五年九月、つまりこれは昭和五十年九月でございますが、渋谷に仮事務所ができましたとき、まず研究機関として発足をいたしたわけでございます。
 ところで、初代の学長はアメリカのへスターさんといいましてニューヨーク市立大学学長をお招きいたしたわけでございますが、その理由は何かというと、日本が一億ドルぐらいを拠出する。当時の金ではまだフロートしていないころから提案いたしておりましたので、まあ三百億円ぐらいの見当。しかし最終的には四億ドルぐらい。そうすると大口がほかに入ってくれないといけませんので、日本の非常に親しい国でもございますからアメリカに出してほしいという希望を日本の政府の諸君も持ったと思います。ところが、アメリカ合衆国の場合は大統領、国務長官等が三度我が国の国連大学に拠金する提案を行いましたが、上院、下院合わせまして三回否決されました。
 それは一般的に、我が国を含めまして国際機構に対してアメリカが若干熱が冷めてきているという重要な理由がございまして、昨今皆様御承知のようにILOに次いでユネスコをアメリカが脱退をいたしております。そういう雰囲気があった。もう一つは、在米の日系人の諸君が、実は日系人の上院議員でございますが賛成をいたしませんでした。それはなぜかというと、例えば難民の救済その他について日本という国は本当はそんなに誠意を持って国際的な活動をする国ではない、そういうふうにやはり日系の方が言われますと、これは大変な影響力を持つわけでございまして、私はこの件についてマンスフィールド大使ともお話しを申し上げましたが、今イノウエさんなんという方は院内総務として上院で重きをなしておられる方でございますので、こういう方々が、実は日本人が言うほど日本は国際的じゃないですよということでございますと、やはり上院、下院の空気がそのようになったということも否定できない事実であったかと思います。
 余り経過を細かく申し上げますと私はその時間がないから少し先を急ぎますが、この話をなぜしているかというと、いろんな抽象的な姿で日本の世界の平和への取り組みという議論はできるかと思いますが、実は私は日本政府がつくると言ったこの小さな窓口のところから話をいたしますと、地についた我が国の取り組み方というものがわかるだろうという考え方に基づいて申し上げているわけでございます。
 そこで四億ドルの拠金はどうなったかと申しますと、これはインドネシアの学長、それからガーナから見えているクアポンという方、これは財務担当副学長でございますが、世界各地を駆けずり回りまして随分今まで努力をいたしましたが、やっと現在成約額が一億四千万ドルになった。しかしながらこれは成約額でございますので、本当に支払い済みの分は一億二千万ドル強ということでございます。そのうちの九千八百万ドルを我が国が支払っているわけでございますので、したがって今までのところ国際的にお金を集めることに成功したということはちょっと言いにくいわけでございます。ただし、貧者の一灯という言葉がございますが、数から申しますと三十を超える国々が拠出をいたしております。御想像のとおりその大部分は発展途上国であります。さらにまた、その基金への拠金ではなくて毎年運営費と事業費という形で応援をしてくれるところがその三十のほかに十数カ国ございますから、まずもって、世界百六十ほどの国の中で四分の一程度は我が国の国連大学に相当の関心を持ってくれる段階になったと見てよろしいと思います。財政緊縮で名高いイギリスのサッチャー総理大臣は非常に気前がよくて千万ドルを寄附してくださいました。西ドイツも同様でございます。さらにまた、北欧諸国、これは後で申し上げますが、この事業費というふうな形で非常に熱心に協力をいたしてくれております。
 ところが、きょうお招きをいただいたのは非常にありがたいのでございますが、去年の夏ごろから局面が変化いたしました。といいますのは、日本は本部でやっていていいのですが、東京都知事が非常に御苦労くださいまして、そのほかに土地ができた、これは青山車庫でございますが、できた。土地ができましたけれども、まだ建物ができません。そしてこの交渉は、私が顧問としてやっておりまして、私の力不足もございますけれども、財政事情等々これあり、これはもう政府が建てるはずと約束をいたしておりますが、各党の議員の方々あるいは大蔵省の方々などもいろいろ私に理解ある御見解をお述べいただいたわけでございますが、現実において今日まで建物が建っておりません。
 そうしますと、余り日本日本ということでやってもらちが明かないのじゃないかというふうに学長、副学長などお考えになりまして、新しい局面を開くことにいたしました。その一つは北欧諸国であります。それでオロフ・パルメ氏が現在再び総理大臣に返り咲きましたが、その前、御承知のとおりパルメ委員会、平和と安全保障に関する独立委員会、これをおととしの軍縮第二次特別総会の一番基本的な報告づくりという考えでやっておられまして、それでパルメさんにお話をいたしますと、日本はいろいろ平和運動が盛んなことはわかっているけれども、事実上どういう形で世界の平和秩序を建設していくかというその国際的な立場を表明しておられない。そこで、自分たちでひとつ行って、国連大学というところが唯一の取っかかりのようだからそこで一緒に会議しましょうということでおととしの十二月七日会議をいたしました。この席においでになる自民党から共産党に至る諸先生方、そのときおいでいただいた方が多いので御記憶と思います。そういう形で北欧が非核地帯をつくっていく。これはその後の軍縮特別総会における報告書にも明らかでございます。そして事実その運動を展開いたしておりまして、北欧にとどまらず、これを西ドイツなどに働きかけてヨーロッパでこれがどういう形で実現し得るか。しかしながら、フィンランドやスウェーデンの立場とNATO諸国の立場と違いますから、簡単な結論が出ていないことはもう今までの方々がお話しになったと思いますから割愛をいたします。
 ただ、それとの関連で国連大学に新しい局面ができたといいますのは、フィンランドがそういう情勢の中ならひとつ我々の方に国連大学のヨーロッパセンターをつくろう、東京の本店がなかなか発展しないようなら支店の方が頑張りましょうと、簡単に言えばそういうことです。実はフィンランドの場合にそれを言ってくれた人はフランスの大統領のミッテラン氏でございまして、これは鈴木内閣のころのサミットでそういう御発言がございました。その次にオランダも同様の意見を述べました。しかしながら、フランスの場合はそれほど金を使ってあげましょうというところまではっきりした意思の表明がありません。そうするとなかなか実現できない。オランダの場合金額がそれほど多いわけではない。
 ところが、幸いなことにフィンランドは来年の四月もう皆様はヘルシンキにいらっしゃいますと、そこに国連大学ヨーロッパセンターという建物もできることになっております。建物も含めまして約百億円、我が国の拠出全体の三分の一程度閣議決定をいたしまして、もう実現をすることに決めました。で、それは世界開発経済研究所というものでございまして、いま発展途上国が苦しんでいることは明らかでございますが、それと先進諸国における経済的な停滞とのかかわり合いがございますから、したがってヘルシンキに研究研修センターをつくりまして、そこに中東やアフリカなどの研修生を年間二百人ぐらい呼びますが、そこの研究者につきましては、たまたまこれまたイギリスのオックスフォード大学が非常な熱意を持っておりまして、いまそこのセントジョーンズカレッジ大学の学長は国連大学の理事会議長もやってくれておりますが、この七月にはオックスフォードで理事会をいたしまして、欧米ないしは第三世界の学者たち、それを動員して、いかにしてヘルシンキセンターを強化するかということが決定されますので、これは相当期待できるものがもう来年動き出すわけでございます。
 これに勢いを得まして、アフリカの象牙海岸、ここがすでに五百万ドル準備いたしました。経済的に苦しい国がそれだけ準備してくれたということは非常にありがたいことでございます。で、いまそれとフランス政府、それから世銀が協力して強化いたしまして、アフリカの自然資源、それから海洋資源、あるいは農業関係の資源、さらに鉱物資源等々あるわけでございますが、有史以来アフリカ人はそういう資源を自分たちの発展に活用したことがない。それをぜひやりたい。で、それをいかにやっていくかというようなことについて先進諸国、特に日本の協力を得てやっていく中心の組織、これが象牙海岸にできる予定でございます。これはもう実は建物の方は建ちました。ですから、ちょっとおもしろい話なんですけれども、ひさしを貸して母屋をとられるということがありますが、東京の本部はなかなか建ちませんでも、幸いヘルシンキ、象牙海岸あたりになかなかいい支店ができつつあるわけでございます。
 三番目にはラテンアメリカのベネズエラ、ここが生物工学というものを活用いたしまして食糧の増産を図ろうと。これもラテンアメリカ全体に均てんしようということで動き始めておりますが、これはちょっとおくれると思います。
 それから、御承知と思いますが、現在太平洋地域における安全保障、軍縮の問題についてオーストラリアの現内閣が大変な関心を持っておられるわけでございまして、すでに国連大学とどういう形で協力していくかということを言われておるわけでございまして、私も三月に参りますが、そういう形でアメリカ政府との関係は先ほど申し上げたとおり、ソ連政府とも先ほど申し上げたとおりでございますけれども、実は相当世界にたくさん与党ができました。そして、アメリカ、ソ連、いずれの場合も学界の人たちは非常な関心を持って参加をいたしてくれますので、パルメ首相が見えましてからその後はアジア地域における安全保障の検討会、この四月には科学技術と安全保障の検討会等々を行いますが、これはもちろん北欧に限らず、必ず米ソ、さらに北欧、第三世界みんな参加をしていただける形で進行しているわけでございます。
 ここで私は一、二、日本の問題と私が考えていることを申し上げたいわけでございますが、広島にも実は米ソの重要な人に御一緒に来ていただきました。私は片方だけ来ていただくというのは片手落ちと思いましたので両方おいでいただいた。で、聞きましたところ、戦後両方がおそろいでおいでになるのは初めてだそうです。ところが、それに関連して諸外国の方から文句がございますのは、特に国連機構から文句がございますのは、日本は核廃絶とか平和運動というのは盛んなんだけれども、それをやる団体がたくさんございまして、またそれぞれお立場が違いまして、そういう形で国連に働きかけるものだからどうもぐあいが悪い。そこで、永井さんの方でなるべくまとめてくださいというので、おととしの国連軍縮総会のときに随分私は苦労をいたしました。幸いに今までほど広島を舞台に、ここにおいての方々に差しさわりあればお許しをいただきたいと思いますが、原水協、原水禁、核禁会議というようなものがどれが主役かといって争うような様子はもう最近はなくなりました。大変結構なことだと思うのですが、しかしながら四千万人が署名をしたというこの核廃絶運動につきましても実は一番大きいのは二つございまして、一つは革新的な方の団体、これも二千万以上、もう一つは新宗連、庭野さんが中心になっておられる方、こちらはどちらかというと保守的な方、こっちも二千万以上、私は両方にお願いして御一緒にひとつやっていただきたい、それが不可能でございますれば、せめて両方のリーダーは両方の会議に出るというふうにお願いしたわけでございますが、どういうことが起こったかといいますと、その両方の会議に出たのは私だけであったということが出てみてわかって、私はよっぽどお人よしなのかと考えたわけでございます。
 そこで、我が国が平和という活動をいたします場合にどうしても大事なことは、これは平和憲法をめぐる第九条の問題あるいは日米安保条約をどうするかという問題、こうした事柄について政治的に違う立場を明確にして堂々と議論をしていくということは非常に大事でございますが、それと核を廃絶する、そして基本的には日本が平和国家として諸外国に対応をしていくということは明確に区別をいたしまして、成熟した国民として対処するという方向を目指さなければ、私は我が国の政策に成功がないと考えております。経済大国というものになりますまでにほぼ百年かかりましたので、私は実は諸外国の方々とお話いたしておりますが、平和的な国家、そして相当の文化があるものとして世界史に貢献できる段階まであと百年、その間私たちは努力をするつもりなので、どうか飽きずにお見捨てなくお願いいたしますと、こう申しておりますが、百年というと大変長いことを申しているようですが、まずはそのぐらいの角度で考えたのが日本の実力に合っていると思います。
 といいますのは、この平和の運動というのは幾ら国の中でやりましてもそれは国内運動でございまして、署名の数が多かったりするのは結構でございますが、しかし大事なことは、南北朝鮮が分裂しているときに具体的にその間の平和的共存に日本人がどういうふうに貢献するのか、その政策を明らかにして事実働きかけていく能力、あるいは台湾と北京についても同様の問題がございますが、これについて一つの考えを持って対処していく能力、これは理想もございましょうが、スキルといいますか、技能も必要だと思います。外務省の方々も熱心にお働きでしょうが、外務省だけに任せられることでもなく、また外務省にも一層の改善をお願いしなければ到底できる仕事ではないと思います。
 さように考えますと、私の考えはウ・タントさんと同じことでございまして、火急の世界の核軍縮、これを政治的に推進いたしていくということは大事でございますが、しかしながら一つの国が本当に長期にわたりまして立派な仕事をしていくときには、どうしても学術の交流とか文化交流あるいは学生の交流、その下敷きが必要でございます。我が国の場合は実力がない上にそれをやっていないわけでございますから、当分このままでやれば実力はつかないと思います。私がそういうことを決して誇大に申し上げているのではない証拠を申し上げますが、我が国は国費、私費を含めまして留学生の数が八千人、これは日本電気、NECという会社がございますが、NECが毎年やっております研修生の数が六千人、我が国の経済社会の方は常時三十万人ほどの人が外国で働いて、NECの小林さんなどはローマクラブの委員の一人でもおいでになりまして、大変積極的にそういうことをおやりになっているんですが、大学ということになりますと、一つの会社プラス二千人が日本全体の学生の数という程度の実力であるということを忘れてはならないと思います。こういうものはもちろんアメリカ合衆国のように十万人以上の国というのとは比較になりませんが、イギリス、フランスなど、現在は確かに経済力などでは衰えてはおりますけれども、しかし非常に留学生を受け入れる数も外に出す数も我が国と比較になりません。四万、五万というオーダーでございますので、我が国はやはり一人前の国になるという目標がどうしても必要だと思います。
 かつて戦前の日本には、軍国主義になったときは困ったものでございますが、明治の初期には現在のヨーロッパ程度のアンビションというものがございまして、日清戦争の後ぐらいには中国から我が国が受け入れた留学生の数が年間一万人ということでございますので、いまの日本人と当時の日本人の、私に言わせれば抱負が、どのくらい規模が違うかという一つの重要な参考になろうかと思います。
 学術交流にいたしましてももちろん語学が必要でございます。私は、我が国は語学が大変盛んで、英文和訳とか仏文和訳とかこういうことはよくやります。東京大学を中心にしてそういうことを百年以上やったわけですからよく語学ができると思いますが、現在の話学は何かというと、それだけではなくて英語の文章も書ける、会話もできるということでございますが、私は長くそういうことを主張してきておりますが、しかし御承知の共通一次試験の問題というものを見ますと、英文和訳しかございません。したがって、あの共通一次で一番になっても別に将来の日本に本当に有用な人かどうかわかりません。あれでびりになっても別に決定的に悪いわけではございません。その程度の入学試験制度を変える能力のない国であるというようなこともあわせて考える必要がある。さようなことを考えますというと、私が申し上げた百年ぐらいのめどというのは、大体そう何というか、悲観的なものではないだろうと思います。
 ここに一億二千万人人間がいまして、ジャーナリストも政治家も学者もそこにマーケットがあるものですからその仕事をやるだけで忙しくなりますけれども、しかしやはりそこにかまけているということで限度があることを示したのは、我が国の中では経済界の人たちだけだと思います。ただそこだけが突出いたしますとこれは大変アンバランスな国になるわけでございまして、もうそのことはだれより一番よく知っているのは経済界の中で心ある人です。全部経済界の人が心ある人とは申しません。そういう方たちは私などに頑張れ頑張れと言ってハッパをかけてくださいますが、私に力量が足りないということもございましょうが、他方ひとつの体質というものも国の中にある。したがって、大変自分のことにかまけた話し方になりましたが、私はこの平和の問題というものは大平さんが総合安全保障と言われたり、いろいろ日本の政策をお示しになりましたが、これをやっていく場合にいろんな理想は言えますし、運動は展開できますが、大事なことは、本当に外に向けて仕事ができるかということにあると考えて小さな仕事をいたしてまいってきておりますので、それに基づいてひとつ参議院において御配慮をいただくということの御参考にしていただきたいと思って、こういういわばちょっと偏った話し方をいたしましたことをお許しいただいて、私の話を終わりたいと思います。
 どうもありがとうございました。
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植木光教#13
○委員長(植木光教君) ありがとうございました。
 以上で午前中の参考人からの意見聴取は終わりました。午後一時再開することとし、休憩いたします。
   午後零時五分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時六分開会
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植木光教#14
○委員長(植木光教君) ただいまから外交・総合安全保障に関する調査特別委員会を再開いたします。
 午前に引き続き、外交・総合安全保障に関する調査を議題といたします。
 午前中、平和の確保について参考人から意見を聴取いたしましたので、これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
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大坪健一郎#15
○大坪健一郎君 本日は大変お忙しい中を諸先生お出かけいただきまして、まことに貴重な御意見をお聞かせいただきましてありがとうございました。
 実は、安全保障の問題は私どももある意味じゃ非常にとらえがたきところもございますが、苦慮いたしておる問題の一つでございます。国際社会における現実の対応という問題と国内世論と私どもの立場という問題が絡みまして大変難しい問題を幾つか提起をいたしております。諸先生のお話を承りましたんですが、最後に永井先生から、実際上国連大学を日本に持ってきて現実に大学として活動させるについてどのような御苦労と隆路、苦心があったかのお話をいただきましたけれども、私ども外国に出てまいりまして外国の国会議員などと論議をいたしますと、日本の常識は外国の非常識、外国の常識は日本の非常識というふうな印象で物を言われるわけでございます。
 国際社会における日本のあり方について、先生のお話の中で二、三お話が出ておりましたけれども、まず、先生、外国においでになられまして、日本の安全保障あるいは日本の国際社会における役回り、それに対する日本の考え方、こういったものについて、これはやはりここのところは何とか直さなければいかぬのじゃないかというようなお考えをお持ちになったような問題がございましたら、ひとつぜひお教えをいただきたいと思います。
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永井道雄#16
○参考人(永井道雄君) ただいまのことについて私の考えを申し述べさしていただきますと、まず基本的な認識といたしまして、今まで世界の歴史を動かしてきたのはだれかというと西洋である。それは政治、経済、軍事、学術、マスメディア、全部そうであるという認識が、私は根本に非常に必要だと思います。
 そこで、日本は経済で幾らか発展しましたけれども辺境でございますから、したがって向こうから流れてくるものにはね返してこちらの立場を述べていくということは今の基本認識から始まりませんと、私は非常におざなりなことになるんだと思います。
 一つだけ具体的なことを申し上げますが、福田内閣の時分に慶応大学の岩男寿美子という社会心理学の先生が、ボストンの町の高校生の対日意識を調べました。六つの学校で一つの学校が百人ずつ六百人。日本の総理はだれかという質問ですが、当時福田さんですが、それを知っている高校生がゼロです。その次に、日本の首都はどこか。――そうすると東京と答えた者は七五%、あとの二五%は香港あるいは北京。それから第三問は、日本はどこにあるか。日本列島というのが七五%、中国大陸というのが二五%。これは私は、ちっともアメリカのそういう教育がいい悪いということを申し上げているんではない。ただ、泣いても笑ってもそういう事実がある。
 ただ、今申し上げたアメリカの統計と、フランス、ベルギーについて調べました外務省の調査がございますが、もっと悪いです。その悪いという意味は、日本のことを知りません。その状況の中でやるんだというところがどうしても出発点でございますから、これは例えばマスメディア一つをとりまして、私はNHKの川原さんにしょっちゅうお願いを申し上げておりますが、日本のNHKというのも本当にあれだけのテレビ番組をつくりながら、BBCと違いまして海外に流すということを考えてつくったものはないのです。それを変えなきゃいけない。それから新聞もございましょう。あるいは学界もございましょう。よほどそういうすそ野を意識的に広めていくということをやりませんと、サミットの中に総理大臣が入れてもらったなんということはもう本当に小さな話で、私は大した仕事はできない。特に日本が国家の形態として、この委員会が御検討になっておられるその平和国家とか総合安全保障国家という今までの国家形態にないようなものをつくっていくんだということでございましたら、これまたもう全くわからない話で、今まで世界を動かしてきた連中にとってわからない話。今ただそれだけを申し上げておきたいと思います。
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大坪健一郎#17
○大坪健一郎君 例えばこの間ドイツの国会議員が来まして、日本の安全保障の問題についてどうもいろいろ読んだり聞いたりしておると国論が非常に分裂しておるようだ。そしてまた、国際社会における軍事的なタクティックのようなものを日本人は全然知らないのじゃないか。例えばアフリカでアンゴラに各国の解放軍ができて、ソ連の支持する解放軍、アメリカの支持する解放軍、中国の支持する解放軍ができて国内紛争になったようなときに、先ほどの前田先生のお話では、内乱とか革命のときにだけ戦争状態が起こるということで、大国はそれに対して積極的に関与しないようなお話もありましたけれども、あのときにアンゴラの沖に軍艦を並べて商船隊の進入を妨害したのは実はソ連なんで、そういう事実を日本人は知っているかというようなことを言われました。いやそれは知らぬのだがと言ったら、だから君たちはいつまでも安全保障の問題についてぼやっとしたようなことを言っておるんじゃないだろうかなんて大分手厳しいことを言われたわけでございます。
 そういう例が世界には非常にたくさんあるのではないかというように思うのでございますが、したがって、自分の国の立場を外に向かっていろいろ言うということと同時に、外国が考えておる連帯感とか外国が考えておる相互扶助とかいうものに対して近代的な人間に類比されるようなおつき合い、とったらとられる、やったら返すというようなおつき合いをしなくちゃいかぬのじゃないかという気が私どもはいたしておるんですが、どうも日本の国論はそういうふうになかなかならない。これは日本人特有の大和魂のせいかもしれませんですけれども、そこにやはり教育の問題が若干あるんではなかろうか。個性の強い積極的な人間像というものがもっと出てくれば世論もまた随分変わるんではないかという感じもいたしますが、ちょうどたまたま今、教育問題については新しい臨調をつくっていろいろ議論をし直すというような問題もあるようでございます。
 先生は教育の御専門家でもございますし、先ほどは国連大学の日本導入について、いかに口頭禅の約束が多くて、実際上国際社会で日本が責任を果たしていないかという厳しい御指摘もあったようでございますが、そういうこととの関連で、人づくりの問題について、いま申しました国際社会における日本のあり方、これは広義の安全保障にかかわると思いますが、先生のお考えをもう少しお聞かせいただきたいと思います。
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永井道雄#18
○参考人(永井道雄君) ただいまの世界は非常に厳しい紛争あるいは愛憎の中にあるということを日本人は余り知らないのじゃないか、私はそのとおりだと思います。
 それは、国連大学は幸いに今それほど深刻な状況にないのですけれども、実は私はパリのユネスコ――今度アメリカが脱退いたしましたが、そこのコミュニケーション問題特別委員会の委員を三年務めました。実はその問題をめぐってアメリカが脱退したわけです。なぜかと言いますと、発展途上国の相当数は、明治以降の日本を考えればわかりますが、非常に政府主導型でございます。そして独裁国家ないし軍事独裁国家も少なくありません。そして戦後の戦争の数は合計いたしますと百三十を超えました。戦死者の数は第二次戦争中の戦死者を上回ったわけです。そこで、そういうところは言論の自由とかあるいは表現の自由ということを重んじない場所が多いわけです。これに対してアメリカは反発を感じております。その間隙を縫って相当数の発展途上国をソ連が応援しております。
 でございますので、その委員会は、三年間私は務めたわけでございますが、大変な争闘の場所です。実は私は争闘の場所におりましたから、かえってアメリカの立場に反対でございます。というのは、それが現実でございまして、その中でコミュニケーションをやっていくほか方法がないわけですから、そこで脱退してしまわないで頑張り続けるべきだということをアメリカの友人にも申しましたし、またアメリカのユネスコ国内委員会も圧倒的多数で現政権の立場に反対をいたしております。
 したがって、まず先生が言われましたように、日本人が余り知らないのではないか、それはそうだと思います。これは知らせるのにどうしたらいいかというと、争闘の場に日本人が出ていくしかしょうがないと思います。国連あるいはユネスコその他の国際機構、日本は負担金は相当払っておりますけれども、しかし負担金に平均しただけの人員が出ておりません。これはだんだん日本の中の暮らしがよくなってきたこともございまして、そんな面倒くさい仕事をすることないじゃないかという気分もあるんだと思います。ですから、そこに行く人はプレミアムをつけるぐらいなことをしてでも行ってもらわなきゃしょうがないと思います。また、そこから帰ってきた人は有利な就職ができるということが非常に必要だと思います。
 それは国際機構のことでございますが、その他いろいろな国際的な場面におきまして、現在の国の中の暮らし、日本人の暮らしのように穏やかなところはまずないと言っていいと思います。それを日本の教育がちゃんと教えているか、それは教えていないと思いますが、これを直していく場合には、直し方として私はやはり事実上そういうことを体験する人がふえる以外に方法がないというふうに思います。
 それからもう一つ申し上げますと、その中で我が国は総合安全保障と大平総理が言われたわけでございますが、この総合安全保障という言葉はコンプリヘンシブセキュリティーと訳しておりますが、これが何のことがわからないと外国人が言うのはごもっともだと思います。毎年のように防衛費一%、これを超えるか超えないか大騒ぎをしておりますが、これは軍事的防衛費だと思います。しかし総合安全保障ということを言うなら、経済協力とか技術協力、文化交流、全部を含めたその総合安全保障費は幾らなんだ、そしてそれに含まれている活動はどういうものがあるかということを実はアメリカ国務省の前の国務次官補をやっておりましたロバート・バーネット氏は非常に関心を持っておりまして、それを日本に尋ねたんです。けれども、いまだにそういう資料がないわけです。そこで、今ロバート・バーネット氏は、日本人がやらないなら自分たちの方でつくろうかということを言っておりますが、私はこういうのは本当に変則的なことであると考えます。
 したがって、要するに世界に呼びかけるという基本的姿勢ですが、例えば防衛庁長官というものをまずやめて、総合安全保障長官というものにするとどういうことになるのかという、一例でございますが、そのぐらいのことまで考えなければとても諸外国の理解を得るものではない、ただ国内の議論は何となくそういうことでおさまるというだけの話である、そういうふうに私は思います。
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大坪健一郎#19
○大坪健一郎君 それで、実はILOという国際機関に私も何遍か出たことがございますけれども、世界の現状の中で、ブロックとか同盟諸国との連携なしに、みんなが全く一単位で絵にかいたように議論をしておる社会というのはどうもないようでありまして、それぞれ相語らい、権謀術数で、国際労働機関のようなところでも何か大変ないろいろごたごたがございました。
 ましていわんや国連の安全保障その他の委員会におきましても、そういったやりとりの中で国際社会の政治が動いておるように思いますが、私どもは真っすぐな立場におれば人様も余り介入しないだろうし、平和の日本を殊さらにかきまぜる人もおらぬだろうというような考えを持ちやすいわけで、先ほど前田先生のお話を伺っておりますと、前田先生はそういうふうにおっしゃったわけでございますが、前田先生にちょっと教えていただきたいのでございますけれども、日本は他国から介入を受ける根拠がない、それから第二次大戦後に敗戦処理で日本は周辺諸国がいいように処理をしたから恨みを買っておらないし、周辺諸国は満足しておるからもう争う原因がないのだというようなことをおっしゃったんですが、争うような問題が今後生じた場合には一体、争うことがないのだ、他国から侵入、介入を受けることがないのだという理由だけで安全保障の問題を放置しておった我々政治担当者の責任はどうなるんだろうかということを考えると非常に深刻な悩みを持つんですが、先生はそういうことは絶対起こり得ないとお考えなんでしょうか。
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前田寿夫#20
○参考人(前田寿夫君) お答えいたします。
 ただいま大坪先生から御質問のありました点は、しばしば防衛庁が使う万一論の一種の類型ではないかというふうに思います。
 我々は現在周辺諸国と争うような原因がないからといって今後争う原因が起こらないとは限らない、しかし起こった場合には一体どうするんだ。そういう場合にこちらに備えがなければとんでもない目に遭うのじゃないかというようなことを先々の取り越し苦労をいたしまして、最後には先ほど申し上げましたように座して死を持つよりはというようなところまで話を持っていく、私はそういう必要は全くないと思います。
 我々が現在考えることは、現在我々が当面している情勢及び今後見通す限りの将来において我々が当面することを予想される情勢、そういうものについて我々は自分の国の安全あるいは防衛という問題を考えていけばよろしいのではないか、取り越し苦労をするよりも先にほかにもっと重要な問題があるんじゃないか。ソ連が攻めてきて日本の国土がじゅうりんされるというようなことを考えて、そしてその前に我々は軍備を増強しなければならないというようなことが一体今の日本において差し迫った問題なのであろうか。そんなことを考えるくらいなら、私は東海大地震が起こって東京及びその周辺が壊滅するというような状況に備えておいた方がよほど現実的ではないかというふうに思うのであります。
 それからまた、我々はそのほかにも福祉あるいは文教面においてさまざまな困難な問題を抱えておる、そういう問題等現実に我々の生活を向上させる面におきましてやらなければならないことがたくさん控えておる。国際的な問題に関連いたしましても、今日国際経済が非常に難しい状況にあることはもうどなたも御承知のとおりであります。我々はそういった面においても当面差し迫ってやらなければならないことをたくさん持っておる。それからまた、今、永井先生からも御指摘のありましたように、国際関係におきましても我々はやらなきゃならないことをたくさん持っておる。そういうことを犠牲にしてまでも現在そういうような問題を考えることが正しいかどうか。私はそういう必要はない、こういうふうに考えます。
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大坪健一郎#21
○大坪健一郎君 例えば終戦後のどさくさで北方四島をソ連が占領して今ソ連の領土みたいに彼らは言っております。これもまた条約上の解決もちゃんとされておりません。それから、竹島については韓国が軍隊を派遣してここを占領しております。これも日本が日韓関係のことを考えてあえて紛争の議題にのせておりませんけれども、日本は、国会の政府関係者の答弁その他でも明らかなように、この竹島は日本の領土であるということを中外に宣明しておるわけであります。それから、尖閣列島につきましても、尖閣列島は日本の領土であるという日本の主張と中国の領土であるという中国の主張がまだ対立したまま解決は先延ばしになっておるわけでございます。ですから、先生がおっしゃるように、日本の周辺のいろいろな問題がすべて解決しておるということにはならない。
 フォークランドの問題でイギリスとアルゼンチンがあんな小さな島で、人の何千人しか住んでいない島で激しく相争ったのも、国家の主権とか国家の領土という問題になったときに、これを放置するような国家は結果的に滅ぼされておるという歴史の事実があるからではないかと思うのでございますが、先生の御議論で、例えば今一番重要な、国際社会におけるやるべきことをやれということですが、具体的な国際社会というと、先進工業国、特に資本主義の先進工業国は結束をして国際社会における発言権とそれから相互援助をいたしておるわけですが、その連中が一番日本に対して苦情を持っておりますのは、日本がいつまでたっても能力にふさわしいいわば防衛力も持たず、余計な面倒を我々に見させておる、余計な出費を我々に迫っておる、そしてそういうところから生じた余剰能力がおまえたちの工業発展力の基礎ではないかというような勘ぐった議論さえ出てきておるわけでございますから、どうも前田先生の御議論は何か先に結論をお決めになっておっしゃっているような気がしてならないのでございます。
 問題が起こってから急に安全保障上の力を身につけようとしたって防衛力なんてそんな一日、二日でできるものでもございませんし、やはりスウェーデンにいたしましても、スイスにいたしましても随分と苦労して中立を保ちながら自国の安全保障については心魂を砕いておる。そのために、例えばヒトラーが南進策をとるときにスイスを避けて通ったというような事態もあるわけでございますから、私どもは先生の何もしなくていいという御議論はどうも納得できないのですけれども、そこのところをもう一度ちょっと御説明いただきたい。
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前田寿夫#22
○参考人(前田寿夫君) 私は何もしなくていいというふうには申し上げません。私は現在以上に防衛力を増強する必要はない、少なくとも現状程度あるいはそれより若干下回る程度の防衛力でよろしい、こういうことを言っておるわけであります。
 今、北方領土、竹島あるいは尖閣の問題がお話にございました。北方領土の問題は御承知のようにこれはソ連が占領しておりますが、我々はこれを軍事力でもって取り返そうというようなことは毛頭考えておりません。あくまでも外交的に平和的な話し合いのうちに北方領土を返してもらおうと、こういうことを念願しているだけのことであります。
 竹島にいたしましても、韓国はあそこに監視兵を上陸させたり、あるいは若干の人間を住まわしているようでございますけれども、しかしこれについても我々は決して軍事力で取り返そうというようなことは考えておらない。しかも、竹島という問題がありながら日韓関係は御承知のように発展をしております。また、尖閣列島につきましては一九七八年だったと思いますが、中国の漁船が押し寄せまして釣魚台は我々の島、領土だということで盛んに騒ぎ回りましたが、しかしながらこれは鄧小平氏の言うとおりに日中間のささいな問題であります。彼は、尖閣の問題は次の世代に、より賢明な次の世代に問題の解決をゆだねようと、こういう態度であります。しかも、今日中国は近代化のために日本の経済的協力を非常に必要としておる、このような状況において尖閣のような問題で日中関係を悪化させるというようなことは考えられません。したがいまして、以上申し上げましなどの戦後残された問題にいたしましても、日本にとって軍事的な争点になるおそれは全くないというふうに私は思うものであります。
 それからまた、西欧あるいはアメリカの人たちが、日本は必要な防衛さえもしないで自分の国の安全を他国に任せて、そして経済発展にばかり熱心だというような非難をされるそうでありますけれども、それは日本人自身があるいは日本政府自身が、日米安保がなければ日本の安全は保たれない、あるいは戦後日本が平和でこられたのは日米安保のおかげだというようなことを公言している以上西欧の人たちがそう思うのは当然であります。決してこれは西欧の人たちの発明ではなくて日本人自身がそういうふうに言っているわけであります。私は日本人自身がそのような卑屈な態度をとる必要は全くない、日本政府が日米安保のおかげだなどということを持って回るからアメリカから圧力を受けるんだと、こういう考えてあります。日本は日本の基本的な事情、基礎的な事情というものを西欧に対してもアメリカに対してもはっきりと説明すべきである、そのように私は考えております。
 失礼しました。
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大坪健一郎#23
○大坪健一郎君 余り前田先生と議論する気はありませんけれども、私はアメリカ国会のストラットン――軍事委員会の三席の方と議論しましたときに、ストラットンはこう言うのですね、何も私どもは日本が軍事大国になってまた戦前のようにアジアで大きな国になってもらいたいなんて毛頭思ってはいない、しかし一緒に安全保障条約を持って国際社会の中で安全保障のためにお互いに支え合っていこうというのに余り君たちのところはひどいじゃないか、こういう言い分なんです。だから前田さんがおっしゃっているようなことは今はもうとうの昔にほかの話になっているんですね、もっと違う論点から議論が進んでいるんです。
 そこで私は、最後に田久保先生にちょっとお伺いしたいのですけれども、抑止力というもの、抑止力というような発想は余り日本人は好んでしませんけれども、国際社会が紛争化したときに、大体その紛争を最終的に解決する手段というのはネゴシエーションか武力衝突、武力紛争しかないように思うのですけれども、実際上の問題としてそういう国際社会の政治的な紛争の解決の手段として現実に武力が使われなくても、武力を背景にした交渉というのは随分行われていると思うのです。もし武力を持たないような国、あるいは武力というか、そういう威嚇力を全然持たない、あるいは実力を全然持たないような状況の中で国際社会の交渉で、二国間の交渉、特に二国間の厳しい交渉でうまくいくような実例が現実にはあるんでしょうかね。これはもういろいろお調べになっておられると思いますから、もしあるようならぜひお教えいただきたい。
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田久保忠衛#24
○参考人(田久保忠衛君) 現実に私が承知している限りはそういうものはないと思います。
 それから軍事力でございますけれども、軍事力をお互いに持つということは何を意味するか。例えばソ連の強力な軍事力の前に日ソ交渉というのは今まで日本がどういうメリットをとってきたか。ないわけであります。なかなか軍事力がどういうふうに外交に反映されているか、これは量的にはかりがたい問題でございますが、心理的に強力な軍事力を持った相手と交渉する、これが外交交渉にマイナスの意味を持ってくるであろう、したがってそれが経済的に転嫁されて国民全体の不幸にもなりかねないと、こういうふうに思うのであります。
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大坪健一郎#25
○大坪健一郎君 最後に長谷川先生に一言だけお尋ねしたいのです。
 先生は、憲法論として大変私ども納得のいく御説明をいただいたわけでございますけれども、日本の憲法は硬式憲法で非常に直しにくい憲法ではありますけれども、しかし、しょせん憲法はある国家が国家の決意をその歴史的時点において成文化しておるんではないかと思うのですね。ですから現実の戦後の日本の状態で日本国憲法がああいう形でできて、憲法制定の経緯も先生からいろいろお伺いしましたのでよくわかりましたけれども、そういう具体的な政治的取引の間にいろいろな目的を含めて条文ができてきたということは私どももよくわかりますけれども、しかし、その条文に固執して、その条文ができたときの客観情勢と国際社会の情勢なり何なりが大きく変わってきておるにもかかわらずなおかつその憲法原則論のようなもので現実を割り切るような論旨をもし御展開になるとすると、私どもはちょっとその辺から理解に苦しむところが出てくるんですね。その辺はいかがなものでございますか。
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長谷川正安#26
○参考人(長谷川正安君) 私はもう少し今の政治家の方が憲法に固執していただきたいと思っているものですから言うのでありますけれども、確かに書法というのは大原則ですから小回りがきかない点はたくさんあると思うのですね。しかし、その書法に定められた原則をとことん追求していって、それが本当に現実離れをしたということが国民の目にはっきりしたならその憲法はもう不適合なんですから変えればいいので、ちゃんと改正の規定はあるんですから。それを改正にあるいは国民の多くが仮に反対しているとすれば、それはやはり国民がそういうふうに政治を見ていないのであって、いかに国会の多数の政治家の方々が自分たちは不適合だと思っても国民はそう思っていないとすれば、それをじゃどうするのかと。憲法にこだわりなしにやってもいいのだと。ちょうど私がさっき例を出しましたように、戦争中はもう、昭和十八年ごろから明治憲法の改正論というのは出ているんですね、特に軍部の中では、もうあの憲法ではできないという。しかし、きっとそのときに国民にもし――まあそういう状況じゃありませんけれども、明治憲法を改正するなんということを言ったら反対が多かっただろうと思うのですが、そこでギャップが出てくる点を考えますと、少なくても長い憲法の歴史の私のあれでは、ある特定の時期の政治家が、憲法が非常に自分の政策あるいは自分の政党の政策に合わないからといって、国民が納得しないような解釈の仕方をしたり運用の仕方をする、そのこと自体も問題ですけれども、今度は反対の立場から見てそれに対する批判が非常に大きくなって、そのこと自体をめぐって大変紛争が起こってくるわけですね。
 ですから、憲法九条の問題にしても、これも非常に私自身も問題だと思うのですが、憲法学会の圧倒的多数は今の政府の考え方とは全然違うのです。要するに、この憲法ができたときの政府の考え方、吉田内閣時代の考え方がいまだに憲法の学会ではもう八〇%ぐらいを占めているんじゃないでしょうか。そういう考え方なのに、現実に行われていることは、先ほど私が言いましたように、今の憲法のもとで軍備が持てて、しかもその軍備が今日のようなところまで拡張しているという事実があって、そうして、国民の世論調査を見ても、憲法九条、それにもかかわらず改正するのには反対だという意見の方が、どうでしょう、最近の新聞のあれでは七〇%を超えているんですね。しかし、自衛隊の現状は認めるというのがまた八〇%あるというふうに、ともかく、国論は完全に二分しているというか、あるいはもう矛盾しているというか、そういう状況が現状だと思うのですね。
 私は、まあ自分の勉強の結果から言うと、憲法を改正しない限り、現にある憲法を、その憲法の客観的な意義に従って、どんなに不自由であっても政治家は尊重して、その枠の中で政治をやらなければ、多くの国民は法律を守るなんという気持ちにはとてもなれない。その点で、都合がいいところだけは自分はそれを無視して、国のためとか国民のためと言ってやることができるのなら、国民の反対する人たちも、別に法律は守る必要はないのじゃないかという、そういう気持ちがどんどん広がっていくと思うので、これは大変答えることも難しいし、また、政治家の皆さんも大変深刻な問題だというふうに思われていると思うのですが、何とか矛盾しているのをすっきりさせる。もう今、私端的に言えば、憲法に従ってもう一度、憲法に矛盾するような、あるいは憲法違反だと言われるようなところはなくすか、それとも、あるいは憲法を改正して、安保なら安保だけでそれに全く合うような憲法をつくるかしない限りは、この問題というのは解決しないのじゃないかという気がしています。
 したがって、どっちが現実離れなのか。私が考えているような、学者の八〇%が考えているような解釈が現実離れなのか、国会の多数が現実離れしているのか。私は、ここへ来ると何か言うことをちょっとちゅうちょするくらい、どうも自分は現実離れしているんじゃないかという気がするんですけれどもね。皆さん、公法学会とか憲法学会にお出になってきましたら、もう全く自分は現実離れしているんじゃないか、きっとそういうふうに今度はお感じになると思うのです。だから、両方とも現実なので、それで、それを何とかしない限り、今度は一般の国民の方たちの感情というものは非常に複雑で、政治家に不信を持つか学者に不信を持つか、あるいは両方だめだということになるか、そういう状況ですから、きょうせっかくこの機会が与えられましたので、少なくても、みんなが理解しているような憲法の平和主義の原則に基づいて政策立案をやってもらわないと、仮定の議論に基づいて政策を立てられたのでは大変困るんじゃないかということを思ってお話ししたわけです。
 失礼いたしました。
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植木光教#27
○委員長(植木光教君) 永井参考人から答弁の補足がございます。
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永井道雄#28
○参考人(永井道雄君) 先ほど私にお聞きいただいたときに、ちょっとその後の日本の周辺の状況などに対してどうかということとの関連があることを理解しておりませんでしたので、つけ加えさしていただきたいと思います。
 ほかの方とちょっと違うかしれませんが、私は、日本の周辺非常に悪いと思います。別にいよいよあした攻めてこようという情勢だと言っているんではない。悪いところを言えば、一つは、南北朝鮮、朝鮮半島の問題、それからもう一つは北方領土の問題、それと絡みになっておりますが、我が国における米軍基地の極めて有効な航空機の配置が行われているという、こういう状況です。
 そこで、総合安全保障ということを先ほどから申し上げたのは、具体的にどういうことを考えているかというと、まず朝鮮半島問題につきましては、御承知のように中国がアメリカに対して、米中協力して朝鮮半島の問題を解こう、これに対してアメリカが逆提案いたしまして、ソ連を足そうということを言いました。しかし、そこに日本が抜けております。しかし、すでに石橋湛山氏が一これはもう二十数年前になると思いますが、日本の旧植民地であるから、われわれに大変な責任があるばかりでなく、一番安全保障上難しい、近いところであるから、したがって、米中ソ日、しかも、日本がこのイニシアチブをとってその問題に乗り出すべきだということを公式に御発表になりました。その後、石橋先生の意見というものを継承して活動している形跡がないのです。私はこういうことは非常におかしいことだと思います。
 二番目に教科書のことを申しますが、教科書問題について、御承知のように、中国あるいは韓国において非常に問題になりました。そしてさらに、日本の中の検定方式とのかかわりで盛んに議論をいたしました。――それをやっても結構でございますが、しかし一番重要なのは国際問題でございます。それについてどうなっているかということを申しますと、西ドイツとポーランドの間に同じような問題がある。アウシュビッツの問題をめぐって日本よりも深刻だと言っていいと思います。教科書問題が起こりましてから、西ドイツとポーランドの間に責任ある二国間協議委員会ができまして毎年教科書を点検いたしております。そういうことをどうして日本はしないのかという問題があります。
 あるいは北方領土問題について申しますと、概して日本の議論は、昔々どっちが先に持っていたかという議論から展開いたしておりますが、私の理解だけではなく、国際的な理解としては、北方領土問題は、要するに、米ソの極東の、北洋における対立の反映であるというふうに解されているわけです。私は恐らく、ソ連邦もそういう角度から把握していると思います。
 そうすると、既にポーランドのラパツキ外相がもうずっと前に言っていることですけれども、軍事力引き離し地域というものを多少とも拡大することによってそういう問題地域の解決を図るべきではないかと、これは二十年ほど前ですが。私は、北方領土問題というのはそういう角度から考えるべきであると思いますが、いま日本が出している議論の仕方というのは、そういう国際的な緊張をどうやって解いていくか――ですから、この場合には、ソ連とかけ合うだけじゃなくて、アメリカとかけ合わなきゃ仕事になりませんけれども、そういう角度がない。で、国の中でいろいろ、どこまでが軍事力がというような話ばかりが盛んになっている。
 私は、国際関係というものは平和の根本でございまして、そこのところは日本の周りも世界に例外なく極めて緊張した状況にある。それに対して、どういうふうに外交なりその他の活動によってやっていくかという積極姿勢、これは全く与野党問わない問題だと思いますが、そういうものがない議論は不毛であるということを私は申し上げたかったわけでございます。
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大坪健一郎#29
○大坪健一郎君 どうもありがとうございました。
 同僚の質問時間にちょっと食い込みましたので、かわります。
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