長谷川正安の発言 (外交・総合安全保障に関する調査特別委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○参考人(長谷川正安君) 私は、大学で憲法の勉強をしているものですから、憲法の立場から見た日本における平和の確保という問題を少しお話ししてみたいと思います。
 私は、憲法の勉強をしているその仕方、いろいろな憲法問題を扱っているのですけれども、特に戦前戦後の日本の憲法の歴史などについても研究をしたことがありますので、そういう観点からきょうの問題を扱ってみたいと思います。
 同じ憲法の研究といっても、かつては、憲法の問題は一国内の民主主義の問題を対象にする、そして国際的な平和の問題は国際法が扱う、そういう学界の中には伝統があったわけですけれども、第一次大戦ごろから、特に最近では、例えば、もう亡くなりましたけれども、フランスにゲツェヴィチという有名な憲法学者がいますが、この人が「憲法の国際化」あるいは「国際憲法」という表題の本を書きまして、その本の中で、今や憲法は国内の民主主義の問題だけではなくて、国際的な平和の問題も扱うようになった、そういう意味でそれぞれの国の憲法が国内の民主体制の確立と同時に平和の問題を扱うようになったという、世界的な憲法の歴史の傾向について述べている点がありますが、きょう私がここで憲法の立場から平和の問題をお話ししたいと思うのは、そういう今の憲法の学界での一つの傾向でもあると思っています。
 そこで、第一の問題は、現在日本国憲法が採用している平和主義の問題がどのようにして成立したのかという、若干憲法制定の背景になる問題を指摘したいと思います。
 その背景の第一は国際的な背景で、これはもう皆さん十分御承知のことで、今さらここで言う必要もないくらいなのですが、一応確認のために申しておきますと、日本国憲法の平和主義の問題は、これは諸外国の憲法に比較してみますとやや特殊な性格を持っていることは、皆さん御承知のとおりです。なぜ特殊なかなり徹底した平和主義を憲法が採用しているかといえば、その前提になっているのはこういうことだと思います。
 第二次大戦という戦争の経過を見ますと、日本が敗戦によって受諾したポツダム宣言が示していますように、戦勝国の中心はアメリカ、イギリス、ソ連、中国、この四カ国が中心になっております。そうして、この四カ国が中心になって戦いに勝ち、日本は敗れたわけですけれども、この米英ソ中という四カ国を見ればわかるように、社会主義の国と資本主義の国が共同して同じ目的のために戦争するという事実、またヨーロッパの国とアジアの国が共通の目的で戦争を共同して行うという事実、すなわち日本国憲法が制定される前提になっている国際的な条件というのは、資本主義と社会主義という体制を超え、アジアとヨーロッパという地域を超えてある共通の目的のために国家が連合して戦争をしたという、しかもその戦争が成功したという事実が背景になってこの憲法ができているということを私は改めて確認する必要があると思います。
 すなわち、今日宣伝されているように、社会体制が異なる国家というものは永久に対立し、常にそこに戦争の危機があるような宣伝が多くされておりますけれども、憲法の前文を見ますと、第二段落のところで、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」というふうに述べてありますが、「平和を愛する諸国民」というのは、社会体制を超え、地域の違いを超え、文化の違いを超えて存在するものというふうに憲法は考えています。しかも、憲法がそう考えているのは決して理想主義的な意図の表明ではなくて、現実的な背景を持ってこういう規定を置いたのだというふうに私は考えているわけです。したがって、日本国憲法の平和主義を考える場合には、そういう可能性、当時のそういう現実性があったということをまず確認しておく必要があるかと思います。
 それから、この憲法ができる国内的な背景を申しますと、この憲法の平和主義は、日本国内に内在している戦争を引き起こすような原因をどうやって取り除くか、これがこの憲法の平和主義の前提になっております。すなわち、この憲法の平和主義が確立するためには、それ以前に、これは占領中ですけれども、幾つかの戦争原因というものが除去されて初めてこの平和主義は現実性を持ったというふうに私は考えています。
 例えば第九条でありますけれども、この第九条がなぜできたのかということについてはいろいろな研究が既にたくさん発表されておりますし、私自身も著書で書いたことがありますが、事実として明らかになっていることは、よく言われる幣原・マッカーサーの会談でこの第九条ができたということが言われますが、幣原氏の場合には、いわゆる当時の言葉で言えば国体を護持する、すなわち天皇の制度をどうやって残すかということに関心がありましたし、マッカーサーの場合には、天皇を占領政策にどのようにして利用するかというそういう意図があって、その意図は合致したわけですけれども、しかし当時の国際的な世論は、戦争裁判がこれから遂行されようとしているときに日本国憲法の第一章に天皇を残すなんということは、これは中国にしましても、オーストリアにしましてもまたアメリカ自身にもそういう批判が大変ありましたので、天皇という制度を憲法に残しても絶対に日本が再び軍国主義化しない保障として第九条、すなわち一切の戦力を放棄する、一切の戦争をそのことによって否定する、そういう条文ができた、すなわち日本国憲法の徹底した平和主義というものは天皇の制度が残っているということと関連があるという、これは事実ですから、よしあしの判断はそれぞれ人によって違うと思いますけれども、事実を指摘しておきたい。
 それから、次の問題は、戦争原因を除去することによって初めてこういう徹底した平和主義ができたと言いましたが、どういうことが戦争原因と思われていたかというと、一つは明治憲法のもとにおいて、憲法によって制約されない国家機関が日本の戦争政策を決定し、執行したというそういう事実です。天皇自身がこれは明治憲法によって事実上ほとんど拘束されていませんけれども、天皇自身が主宰者になって行われた御前会議という皆さん御承知の国家機関がございますが、御前会議というのは権限も組織も機能も何の法律もありませんし、何の憲法に規定もないし、名前さえ憲法には出ていません。そういう全く憲法によって制約されない、何というのでしょうか、国家機関が戦争政策を決定した、これはさすがに極東軍事裁判で外国の検察官は驚いて、なぜこういう憲法外の機関が戦争を決定したのかということについて疑問を呈しているところがありますけれども、こういう問題、特にまたその御前会議もそうですが、それと並んで、いわゆる統帥権の独立、これも研究者によれば、明治憲法の十一条は統帥権の独立を実は意味しているわけでないのに、無理にそういう理屈にしたのだという研究もございますけれども、ともかく統帥権の独立によって特権が認められていた軍部が御前会議を動かし、その決定を執行する。要するに戦争の政策の決定も、その執行も憲法とかかわりのないところで行われていたということが、新しい憲法をつくるときにそういう戦争原因の除去ということで非常に注意深く排除された、こういうふうに私は考えています。
 それからもう一つの戦争原因は、特に昭和の初期の恐慌以来のことですけれども、日本の農村の貧困――前田参考人のお話にもございましたけれども、農村の貧困ということが日本の昭和の十五年戦争の一つの非常に大きな原因になっておりますので、これを取り除くために農地改革というものが行われました。しかし、この農地改革の成果が一体日本の農村を今日どういう状況に置いているのか、これはまた新しい問題でございますけれども、農村の貧困というものがもし続くならば、これが戦争原因になるということは、過去の日本の経験が示しております。
 それから次の問題は財閥の解体という問題がございます。
 そのように天皇の制度とか、憲法外の国家機関である御前会議であるとか、あるいは統帥権独立によって保障された軍部であるとか、こういうものをなくすとか、農村の貧困をなくすとか、あるいは軍需産業を独占していた財閥を解体するとか、そういう占領中に行われたいわゆる戦後の民主化があって初めて日本国憲法の第九条平和主義というのは現実的な意味を持ち得たというふうに私は考えています。
 したがって、こういう国際的な背景、あるいは今私が述べたような国内的な条件が徹底して今日まで残っていれば、今私たちがこのような形で平和の確保なんという問題を問題にする必要もなかったかもわかりません。しかしそれが、理由はともかくとして、いつの間にかそういう憲法をつくったときの現実的な条件が、戦後強化された点もありますけれども、崩されている点もあって、今私たちはこの平和の確保の問題を問題にしているのじゃないかというふうに思っています。
 それから次の問題は、日本国憲法と平和の確保というものはどういう関係にあるかという問題です。
 今日、既に言いましたように、私の考えではどんな防衛政策でも、また平和政策でありましても、政府が行おうとしている政策は常に憲法に基づくものでなければいけないというのが日本の憲法史の経験だと思います。よく憲法よりも国家の存続が大切だというような俗論がございますけれども、しかし日本の憲法の歴史は、憲法を無視したことによって国家が解体していった。すなわち大日本帝国の死滅というのは、まさに明治憲法を無視したということ、また近代憲法の原則を無視したというところに一つの大きな原因があるというふうに私は考えています。
 したがって、これから私たちの考えることは、今の憲法の命ずるところ、また憲法の普遍的な原則の中で政策の立案というものは考えなければいけない。特に日本国憲法は前文で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、」というふうに、すなわち全世界の国民自身はだれも戦争を望んで戦争に行きたいと思う者はないのだけれども、特定の政府の行為によって戦争というものは起こるのだというふうな、そういう判断に立っておりますから、今私が述べましたように、政府が政策立案する場合に常に自分の地位を規定し、自分の権限を決めている憲法自身を無視したり、軽視したり、曲げて解釈するということがないというのが日本国憲法の立場から見た平和確保の大前提だと思います。
 それから日本国憲法の平和主義は、第九条という皆さん御承知の一切の戦争と戦力を放棄した規定を持っているだけではなくて、その裏側に、消極的な形ですけれども、例えば憲法の第三章の「国民の権利及び義務」のところで兵役の義務というものを削除している。兵役の義務という規定がないということは、消極的な形でありますけれども、第九条で戦争を放棄しているということと見合ってできているのであって、また例えば、明治憲法の非常人権の規定がないということは、ないということだけに意味があるのじゃなくて、これはなくしたのであって、要するに明治以来持っていたものをなくしたという、規定の仕方は消極的ですけれども、内容からいうと積極的な意味がある、これも第九条と関連しておりますし、また表現の自由を大幅に認めているということや検閲を禁止しているということも、軍隊がない、戦争を放棄しているということと非常に深い関係があります。
 したがって、一部の憲法改正論者のように、何か抵抗の多い基本的人権のところは余り手をつけないで、憲法九条だけを直そうというような意見もありますけれども、これは一つのごまかしの議論で、九条に手をつければ基本的人権に全面的に手をつけざるを得ないのがこの憲法のつくり方であって、日本国憲法の平和主義は、第九条を中心にし、基本的人権の規定その他憲法全体に浸透している、そういうふうに私は考えております。
 ところが、憲法運用の実態は皆さん御承知のように、占領が終わりますと日米安保条約というものをつくって、そしてその安保条約が、一九五二年から六〇年まで旧安保条約が続いたわけですが、この安保条約の前文を見ますと、日本は武装解除をされている、すなわち日本には軍隊がないという前提でできているのは御承知のとおりです。したがって、軍隊がないから、しかも世界には無責任な軍国主義の国があって、侵略してくるかもわからないからアメリカ軍にいてもらうのだということが前文に露骨に書いてございます。ということは、まだ一九五二年から六〇年の間は日本国憲法のもとでは軍隊は持てないのだという前提で政治が行われていた、占領中はもちろんですけれども、行われていたということを示しております。
 ところが、六〇年に安保が改定されますと、今日の言葉で言えば総合安保と言うのでしょうか、日米の軍事協力関係を中心にして、経済的、文化的、全面的な日米の協力関係を基本にして日本の国策が決定するという方向に進んでいきますし、特に七〇年代に入って一九七八年に福田内閣の閣議決定を経た「日米防衛協力のための指針」、いわゆるガイドラインというものが設定されますと、これは何といいますか、六〇年に安保が改定された以上に実質的な意味では安保の再改定と思われるような意味を持ってきたのではないかというふうに私は考えております。
 このガイドラインについて本当は詳しく説明をしたいのですけれども、時間がございませんので中身は省くとして、このガイドラインの文書の前のところに「前提条件」としてこういうことが書かれていることに私はいつも注目しております。「前提条件」の第一として「事前協議に関する諸問題、日本の憲法上の制約に関する諸問題及び非核三原則は、研究・協議の対象としない。」というふうに書いてあります。すなわち、安保条約の第六条に基づいてございます交換公文、それから憲法の第九条、非核三原則というものをもし考慮したら、ガイドラインで設定したような内容なんというのはとても討議できるものではないということをこれは非常にはっきりと示している文書だと思います。ガイドラインは皆さん御承知のように、日米協力して、ソ連と全面的な核戦争を起こそうとするときに、戦時においてどういう任務分担をするか、有事においてどういう協力をするか、平時においてどういう準備をしておくかということを、日米の軍事専門家が協議して決めたものですから、これを討議するのに、軍事機密に関する例えば核装備というようなことが事前協議の対象になったのではとてもできない、あるいは憲法の第九条を幾ら曲げて解釈しても核戦争を行う準備をするのに九条が役立つはずはありませんし、また非核三原則が邪魔になることはもう既に国会でもいろいろな観点から討議されていることだと思います。
 そのように、旧安保条約から安保が改定され、またガイドラインが設定されるというような過程で、日本の防衛政策といいますか、平和確保のための政策は、どんどん憲法の精神あるいは憲法の規定あるいは憲法の原則から離れていってしまっている。しかも、それは政策として政治的に離れているというだけではなくて、もうかなり長い年数を経ておりますから、今日では、私の言葉で言えば日本の法体系といいますか、法のシステムというものは、憲法、法律、命令というシステムと、安保条約、地位協定、特別法という別の法体系と、二つの法体系をもって日本の政治は運用されているというふうに言わざるを得ない。
 しかも、基本法が二つあって、安保条約と憲法は、詳しくは申しませんけれども、原理的にも、内容、規定からいっても正面から矛盾しておりますから、矛盾、対抗する基本法を持った二つの法体系があれば必ずそれが交錯するところで紛争が起こるのは当然のことです。どういう紛争が起こったかは今申しませんけれども、こういう国内に法律の上から見て正面から矛盾するようなものが存在して、それが現地で、例えば基地の周辺で、あるいはその他いろいろなところで矛盾を起こしてそこで事件を起こしているとすると、まさにこのこと自体が日本の平和を撹乱する要因になっているのじゃないかというふうに私は思います。
 今、前田参考人が安保条約は有害だと言いましたけれども、私は法律家として、こういうものがあって、しかもあるだけではなくて、地位協定があり、特別法までやたらにつくって、それがまともの憲法、法律と矛盾するために大変法律的な紛争が起こって、それがすべて裁判所に持ち込まれて裁判所を悩ましているという、こういう状況こそが平和の確保にとっては大変なマイナスをつくっているのではないかというふうに感じているわけです。
 そこで最後に、もう時間もありませんのでまとめに入りますけれども、日本国憲法と最近のいろいろな政治問題を若干私の関心のあるところで述べておきますと、一つは核兵器の問題です、核の問題です。
 今、日本だけではなくて、国際的にも大変NATOへの戦域核兵器の配備をめぐって核兵器に反対の声が強くなっておりますけれども、日本では特に広島、長崎という原体験があるために核兵器に対する反対の世論は強いし、また特に最近ではアメリカの第七艦隊にトマホークが配備されて、その配備された軍艦が日本にやってくるというような状況の中で、どう考えても憲法の第九条のもとで憲法に適合的に核兵器が存在し得るというふうには私には考えられません。国会で表明された政府の見解では、核兵器というものは憲法違反ではない、ただ非核三原則というものを我々は持っているから、あるいは核拡散防止条約というものをわが国は批准しているから、だから核兵器は持てないのだというようなことを述べておりますけれども、私は核兵器がこの憲法の平和主義の枠の中で持てるというふうには考えておりませんし、それはまた学界の多数説であると思います。すなわち、核の問題を考える場合に、憲法の観点から言えば非核三原則は政治的な原則であるだけではなくて、むしろこれは国会で立法化する必要があるのではないかというふうに感じております。
 それから次の問題は、日本国憲法のもとでは非同盟中立という、今日では国連加盟諸国の中では多数の国家の意見になっているこの非同盟中立政策こそが憲法の平和主義の政策、平和主義に非常に合致しているのではないだろうか。したがって、日米安保条約があるというこれを、既成の大前提にして平和の確保を考えるということになれば、平和の確保という政策の選択の幅が大変狭くなってしまう。しかしどれを選択しても学界の多数、憲法学者の大多数は憲法違反だと言う、そういう条件の中で本当に日本の平和が保てるのかということを考えますと、私は日米安保条約というもの、これは変え得るものだし、また十年たって固定期間は過ぎているわけですから、これは変えるという前提のもとにそれ以外の平和確保のための外交政策というものを、例えば不可侵条約の問題とか非核地帯の設定の問題とかあるいは集団的安全保障にしてもそのあり方の問題とかいろいろな点を考えることが今日必要なんではないだろうかということを思います。
 また、特にこれは教育の問題とも私は大学におりまして感ずるんですけれども、仮想敵をつくって日本の外交政策なり防衛政策を考えるということは非常にわかりやすいのですけれども非常に危険がある。特に、私いままでずっと憲法の第九条の勉強をしておりまして、旧安保条約の時代は仮想敵はソ連、中国、北朝鮮というふうに社会主義国が全部仮想敵であったんですね。無責任な軍国主義と指摘したのはこの三国が中心であったのですが、それがいつの間にか今日ではソ連だけが悪者になってしまう。しょせん社会主義国全体を敵視する、あるいは今日のようにソ連だけを敵視するということは、要するにそこに目的があるというよりも、日本の再軍備を進めるあるいは軍備を強化するあるいは国民にそれを納得させるための一つの手段にしかすぎない。何の科学的の根拠も私にはないと思われます。そうでなければ、なぜいつの間にかこういうふうに変わってしまうのか説明ができない。だから、そのときそのときで俗耳に入りやすい仮想敵をつくって、そうして日本の重大な国策を決定するというやり方はやめにしないと、憲法というものをつくってそこで平和主義の原則を確立したことの意味がなくなってしまうのではないだろうか。
 また、特に、最近の新聞などでもしょっちゅう私たち読まされています国家予算の決定に当たって、軍事費を突出させて、しかも突出するだけじゃなくて、軍事費をふやすために何が減らされているのか。例えば私自身のことで言えば、教育費の問題であるとか社会保障の問題であるとか、先ほどの農村との関係で言えば、生産米価は低いけれども消費米価は高くなるというような米価の問題であるとか、そういう生活費、一連の国民生活の問題が、仮想敵をつくってそれに従って突出させている防衛費のために毎日毎日の生活は切り詰められているというようなことを考えますと、どうも憲法の平和主義の原則あるいは憲法第九条で戦争放棄をしたために現実性を持つようになった基本的人権、これは表現の自由から始まって教育を受ける権利とか生存権とか労働者の基本権とか、せっかく現実性を持ったその基本的人権が逆に非常に抽象的な言葉の上だけの現実性のないものにさせられてしまっている現状を見ますと、私はもう一度やはりこの際憲法の原則に立ち戻って考える必要があるのじゃないかというふうに感じております。
 大体三十分になりましたので終わります。

発言情報

speech_id: 110113945X00319840222_008

発言者: 長谷川正安

speaker_id: 25043

日付: 1984-02-22

院: 参議院

会議名: 外交・総合安全保障に関する調査特別委員会