海原治の発言 (予算委員会)

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○参考人(海原治君) 今、三次防、四次防というお言葉がございましたが、もともと防衛庁の海上幕僚監部、ここにおきましては、前からいわゆる船団護衛あるいは航路帯を設定しましての海上交通の保護をやりたいと、こういう意見がございました。私が今の防衛庁の前身の保安庁に参りましたそのときに、既に、まだ当時は警備隊でございますが、その海上警備隊の幕僚の方では、ABCの航路帯、これは当時は航路帯と申しません。当時は、同じような言葉でございますが、日本語では航路帯になりましょう、シーレーンの安全の確保をやると、こういう一つの構想を持っておりました。したがいまして、一貫して海上自衛隊の中ではそういう有事の際の船舶の防護をやりたいという気持ちはございます。
 例えば赤城構想というのがございました。これでは当時ヘリ空母と言っておりますが、これを設けるという構想がございましたが、これは二次計画の前の段階であります。当時の赤城防衛庁長官は、これは案の案のまた案だということを御説明になっておりますが、この赤城構想では既にヘリ空母、約一万トンの船を持つという構想がございます。しかし、これは二次計画の際にいろいろな問題点がありましたので、正式の政府の決定にはなっておりません。さらには、いわゆる四次防の前の段階でございますが、当時の防衛庁が用意しました新防衛力整備計画案、この中にも、いわゆる航路帯を二つつくって、そこに八千トンのヘリ空母、これが遊よくする、こういう構想がございました。しかし、このときもいろいろな問題点がございましたので、正式に決まりました四次防ではその構想はなくなっております。その後で防衛庁の久保防衛局長がこの航路帯構想による船団護衛と申しますか、それにかわる航路帯構想による海上交通の安全の確保、そういう構想は消えておるということを国会でも証言いたしております。

発言情報

speech_id: 110115261X00819840321_462

発言者: 海原治

speaker_id: 4884

日付: 1984-03-21

院: 参議院

会議名: 予算委員会