田久保忠衛の発言 (安全保障特別委員会)
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○田久保参考人 田久保でございます。
事務の方から核軍縮に関して自由にしゃべるようにというお話がございましたのですが、どういうふうに私の意見を申し上げるか大変困ったわけでございます。
私の申し上げたいことは、まず当面のジュネーブにおける米ソの包括軍縮交渉がどうして再開されるに至ったかということ、次にこの軍縮交渉から私がどういう教訓を得たかということを申し上げてみたい、三番目に日本とのかかわり合い、我々はこれをどういうふうに解釈して日本としてどうしたらいいかというようなことに最後に触れてみたい、こう思うのであります。
まず、ジュネーブの軍縮交渉でございますが、私、外交問題を専門にしておりまして、特に米ソ関係を調べているわけでございます。
細かいことは省きますけれども、まずレーガン大統領でございますが、第一期の任期四年の三年間は、一般的な言葉で申しますと大変タカ派的な色彩が目立ったと思うのでございます。ところが、去年の一月でございますけれども、一月から今日に至るまでがらっと彼は態度が変わってしまった。つまり、俗な言葉で申しますと鬼のレーガンから仏のレーガンに変わったのではないかということなのでございます。
レーガン大統領がホワイトハウス入りいたしましたのは八一年一月二十日であります。大統領になりましてから初の記者会見が一月二十九日に行われた。そのときにはソ連に向かって、裏切り者、うそつきという大変ひどい言葉を使ったわけであります。八三年には悪魔の帝国という表現を使った。このレーガンの口から去年の一月以降こういう激しい言葉はふっつり出てこなくなったということでございます。これは後ほど申し上げます。力を背景にしたレーガンの対ソ政策というのは変わっていないわけでありますけれども、アプローチの仕方ががらりと変わったということでございます。
まず、去年の一月十六日でございます。十七日が米ソ外相会談。この一日前に全国向けテレビ放送でレーガン大統領はソ連に、ジュネーブの交渉のテーブルに戻ってきてくれということを言うわけであります。START交渉、INF、もう一つMBFR、中部欧州相互均衡兵力削減交渉、これはウィーン交渉でありますけれども、三つの交渉をソ連がボイコットした。これに対してレーガンが交渉のテーブルに戻ってこいというふうに呼びかけたわけであります。翌日の米ソ外務大臣会議の雰囲気をよくするためにという政治的ねらいもございましたでしょうし、これはかなり真剣な提案であったというふうに私は判断するわけであります。
それから、去年の二月の九日でございますが、アンドロポフが亡くなりました。二月の十四日にブッシュ副大統領が今回と何様にレーガン大統領のかわりとして葬儀に出席するわけであります。そのときにチェルネンコ書記長と会った。このときのブッシュとチェルネンコの会談は大変和やかな会談であった。その内容に触れることは避けますけれども、チェルネンコの方からなかなかやわらかい提案が二つばかりあったようでございます。
その後でございますけれども、例のロンドン・サミットの少し前でありますが、六月四日、レーガン大統領がナンシー夫人を伴いましてアイルランドに行ってダブリンの国会で演説をした。これも対ソ呼びかけ、交渉のテーブルに戻ってこいという呼びかけでございます。
ロンドン・サミットでは、例の東西関係と軍備管理に関する声明が出ております。これも西側七カ国首脳の署名入りの対ソ呼びかけ、交渉再開の呼びかけであります。
それから、まだ細かいことを言うとたくさんございますが、九月二十四日の国連におけるレーガンの演説であります。これは一般に言われておりますアンブレラ方式の提案であります。レーガンはトウェンティーイヤーズ、二十年間ということを言っております。かなり長期にこの交渉を見ているんだろうと思います。二十年間かかってロードマップ、道路地図のようなものを米ソ間でつくるんだというようなことを提案した。これはソ連にとって大変魅力のある提案だったんではないかと私は思うのであります。
御案内のように、九月二十九日、グロムイコ外務大臣がニューヨークからワシントンに参りまして、ホワイトハウスでレーガン・グロムイコ会談が開かれる。その後、ことしの一月のジュネーブ交渉再開、三月十二日からまた交渉が続いたという大きな流れがここでセットされたと思うのであります。
以上申しましたように、レーガンのピースオフェンシブと言ってもいいと思いますが、ソ連に大変柔軟な路線を続けているということははっきり言えると思うのであります。ただし、この背景でありますけれども、私は幾つかの理由があってそういうことができるようになったというふうに判断するわけであります。どういうことか。
まず第一でございますけれども、昨年の十一月六日レーガン大統領が再選された。これは大変大きな要因ではないかというふうに思うのであります。現在に至るまででございますけれども、レーガン大統領が軍事費をふやしたのではなくて、七九年十二月のアフガニスタン事件をきっかけに前の民主党のカーター大統領が軍事費を大幅にふやした、それをレーガン大統領が継承するような感じで現在に至っているということだと思うのであります。そこで、八〇年度と八五年度のアメリカの軍事費でありますけれども、インフレ率を差し引いて三二%の増になっている。これは見逃してはならぬと思うのであります。具体的に申しますと、M1戦車二千三百六十両、海空ジェット戦闘機八百四機、戦闘艦四十六隻、B1、これは今開発中の戦略爆撃機であります。それからMX、これもレーガンはゴーサインを出した。ただし、これは現在米議会で審議中であります。こういったような、つまりインフレ率を差し引いて三二%と申し上げたのですが、八〇年の十一月は二けたのインフレ率でございますから、ただならぬ軍事費の増を計上している、こういうことが背景になっていると思うのであります。これではソ連も交渉の場に出てこざるを得ないだろうというふうに私は判断するわけであります。
二番目でございますけれども、欧州にアメリカの中距離核ミサイルを予定どおり配備したということでございます。八三年の十二月から西ドイツ、イギリス、イタリア、最近はベルギーが配備を決定いたしました。ベルギーでは決定の数時間後に搬入されたということでございます。パーシングⅡ・巡航ミサイル、これは確かな数字は持っておりませんが、去年の十一月の末でございます。NATOの発表で百基以上がもう展開されているということでございます。
このパーシングⅡと巡航ミサイルでございますけれども、これを配備する前と後でかなりアメリカの交渉の立場が違うのではないかなというふうに思うのであります。私が例えばソ連の共産党書記長である、それで日本に対して恫喝と言ってはおかしいのですけれども、背景に、例えばシベリアに百三十五基のSS20がある、ゼロ対百三十五、これは私はよほどしっかりした精神の持ち主でないとソ連の前で無力化すると思うのであります。これに対しまして、私は西側諸国の首脳は数字の持つマジックというのをよく知っているのではないかと思うのであります。百三十五基のSS20を百基に減らしてやるから、例えば三沢のF16の基地はやめろと言われた場合に、向こうが三十五譲歩した、よって日本も何らかの譲歩をしなければならぬというふうに考えてしまうのではないかと思うのであります。極端な例でございますけれども、百三十五全部廃止してやる、したがっておまえたちは日米安保条約を廃棄しろと言われた場合に我々はどういうメンタリティーになるか。欧州に中距離ミサイルを配備してしまった、これは私は大変なことだと思うのであります。今百基以上展開されているわけでありますが、このスピードを若干緩めるということも大きなカードになるであろう。凍結は大変なカードになる。減らす、これも大変なカードになる。あるいは全廃というか展開以前の状態に戻す、よってSS20は全廃しろ、こういう要求もできるようになるのではないか。よって、パーシングⅡ・巡航ミサイルの配備を開始する前後、これは劇的な交渉の立場の相違ではないかというふうに考えます。
三番目でございますが、これはSDIでございます。これはただいま青木先生がいろいろこのSDIにお触れになったわけであります。私はSDIは後からちょっと触れてみたいと思うのでありますが、SDIがソ連を交渉の場に引き出す一つのカードになった、これが西側の大変有力な意見でございます。これがなかった場合に果たしてソ連が交渉の場に出てきたかどうか、この中距離ミサイルの配備を計画どおりにやったにせよ、私は大変疑問だと思うのであります。レーガン大統領がSDI計画を公表いたしましたのは、御存じのように、八三年三月二十二日であります。これが具体的にどういうことになるか、技術的に非常に難しい点もございますので私は確たることは申し上げられません。これは賛否両論がアメリカにもある状況であります。ただし、これに対するソ連の反応をじっと見ておりますと、大変気にしておる、これは確実に言えると思うのであります。気にしている以上は交渉の場に出てくる。気にしているからこそ交渉の場に出てくるんだということではないかと私は思うのであります。このSDIが三番目の大きな切り札になったということを私は言っていいと思うのであります。
四番目でございますけれども、これは大きな切り札ではない。大きな切り札ではないけれども、極東においては大変重要なファクターというのが米中関係でございます。一九八二年の九月一日でございますけれども、胡耀邦主席が中国外交は独立自主の路線をとると第十二回党大会で明言したわけであります。従来アメリカと接近していた、これを少し離す、ソ連との距離を縮めるという意味合いを持っていたと私は思うのでありますけれども、事実上はそういうことになっているのかどうかということでございます。過去一年ちょっとの間の米中並びに中ソの接触を見ておりますと、どうも軍事的な面の接触が米中間に大変頻繁に行われ始めだということが言えるのではないかと思うのであります。
これはいろいろ申し上げたいのでありますが、一九八三年でございますか、冬、二月にアメリカのシュルツ国務長官が訪中した。夏にはボルドリッジ商務長官が訪中した。それから秋でございますが、ワインバーガー国防長官が訪中しております。去年の一月、超紫陽首相が訪米した。四月にはレーガン大統領が訪中した。それから六月でございますけれども、張愛萍中国国防大臣が訪米しております。それから七月にはアメリカのレーマン海軍長官が訪中している。それから去る一月の十二日から十九日でございますが、ベッシー統合参謀本部議長、クロウ太平洋司令官、その他制服の幹部とともに訪中している。中国人民解放海軍にアメリカの武器を提供する話がついた模様でございます。それから四月には上海にアメリカの駆逐艦三隻が入港する、こういうことになっておる。
私が、日本は直接かかわり合いはございませんが、アメリカの対ソ戦略を見る場合、あるいは中国の対ソ戦略を見る場合に、中米間の軍人同士の接触、こういう接触が中ソ間にあるかどうか、これも眺めてみる必要があるのではないか、かように思うわけでございます。
そういたしますと、今まで申し上げた三つのカードのような大きな力はないかもしれないけれども、アメリカは明らかに中国の軍事力、あるいは中国はアメリカの軍事力、これを利用しようとしている。これは歴然たることだろう、こう思うのであります。
以上、いろいろなカードがございまして、アメリカはソ連をジュネーブの交渉に引き戻したということは言えると思うのであります。
ソ連側はソ連側で内部の事情がたくさんございましょう。経済がうまくいかない。それから指導者が当時チェルネンコ書記長でありますけれども、病弱であった。それから汚職。これも大変なことである。それからアル中も無視できない状態になってきている。石油の生産がピークに達してしまった、天井をついてしまったということでございますか。それから農産物、六年間の不作である。それから労働人口の不足が目立ち始めた。それから対外的にはアンゴラ、エチオピア、つまり今まで影響力を伸ばしたところがどうもうまくいかない。今回もキューバのカストロ首相がモスクワに行かなかった。何かあるのではないかという憶測が行われている、こういうことでございます。以上から、ソ連はどうしても軍縮交渉の場に出ざるを得なかったのではないかというふうに私は考えているわけであります。
次に、このジュネーブ交渉再開までのプロセスを考えておりまして、私が感じている、これは参考にしなければいかぬなということを二、三申し上げてみたいのであります。
第一は、抑止と均衡でございます。
現在の国際情勢、いろいろな分析の仕方があるわけでありますが、私はどうもこの抑止と均衡というものをきちっと頭に入れておかないと理解できないのではないかなというふうに考えております。つまり、今申し上げました幾つかのカード、これは西側のやはり力の強さでございます。これがあるからこそ、ソ連は交渉の場に出てきたのではないかというふうに思うのであります。
私は大変おもしろいなと思いましたのは、二月二十日にサッチャー英首相がアメリカに参りまして、上下両院で演説をふった。そのとき彼女がソ連がジュネーブの交渉の場に出てきたのは我々の善意によるためではない、我々の力によるためだ、これは民主党を含めた上下両院議員の盛んな拍手を受けたわけであります。恐らくチャーチル以後上下両院で演説したイギリスの首相はサッチャーさんが初めてだと思うのであります。このサッチャーの演説には、実に二十四回の拍手が鳴った。二十四回の拍手で遮られたとAP通信はワシントンから打電しているわけであります。私はサッチャーの考え方、これはやはりジュネーブ軍縮交渉を再開させたその理由を雄弁に物語るものではないかなというふうに思うのであります。
二番目に、SDIについて我々も真剣に考える時期が来ているのではないかなということでございます。
ただいま青木参考人、大変御専門でございまして、詳細な説明があったわけでございますが、アメリカでも賛否両論がございます。例えばフォーリン・アフェアーズなんかには、詳しい賛成論と反対論が載っているわけでございます。それから民主党、共和党の間にも意見の相違があるであろう。これは海のものとも山のものとも本当の内容はわからぬと私は思うのであります。ただし、私は最近読みました論文でございますが、今の米ソ交渉の首席代表であるカンベルマンとブレジンスキー、前のカーター政権の大統領補佐官であります。それからロバート・ジャストローというダートマス大学の教授であります。ジャストローはゴダード宇宙研究所の創設者であります。この三人は、申し上げるまでもなく、民主党系の人物であります。この三人がニューヨーク・タイムズ・マガジン、一九八五年一月二十七日号に書いた「宇宙防衛の新時代へ」という論文がございます。これは内調、時事通信の内外情勢調査会で全訳したものを私は手に入れたわけでございます。原文でも読んでみましたけれども、どうも私の主観でございますから、これはお聞き流しいただきたいのでありますけれども、これがどうも賛否両論の中の決定版のような気がするわけであります。
SDI賛成、反対を言う前に、今のMADがこれでいいかどうか、この核抑止の理論でございます、相互確証破壊の理論でございますけれども、現在の均衡した状態でどんどん精度がよくなっていく。こういう状況でしかも検証不能な部分が大変多い。これを放置しておいていいのかどうかというところから、この発想は始まっているわけであります。つまりSDIは今の抑止を高めるものだということをここで盛んに言っておりまして、これがとにかく軍縮のきっかけになりはしないか、軍縮のきっかけとする重要な材料になりはしないかというところから、この考え方が始まっているわけであります。
いろいろ研究、開発、展開と三つに分けまして、研究の段階でございますけれども、これに対して公に反対している国はだんだんなくなってきているように私は観察するわけであります。もっとも最近イギリスのハウ外務大臣が反対表明した、これは反対を表明したのではなくて問題点を指摘したわけでありますが、なぜか報道によりますと反対した、こういうふうになってしまっている。それからゲンシャー西独外相も若干トーンが変わっているわけでありますが、私はここにゲンシャーの発言の原文を持ってきているわけであります。つまりSDIに対する問題点はかなり多い、ただし研究に反対する理由はないではないかということでございます。
サッチャー首相が、去年の十二月二十二日だったと思うのでありますが、キャンプ・デービッドでレーガン大統領と会談した。その後アンドリュース空港で記者団に配ったステートメントがございます。これはレーガンに伝えたものでありますけれども、研究は支持するということでございます。ただし四点ぐらい縛りをつけている。特に最も重要なのは、展開についてはソ連と十分な協議をしなければいけないのではないか、これは私も大変真っ当な意見だと思うのであります。研究でございますけれども、これはABM条約に違反しないと私は思っているわけであります。
それからもう一つ。ソ連でございますけれども、ソ連はABM条約の違反あるいはアメリカでも報告書が出ているのでありますけれども、これは新聞報道でありますから信憑性は余りないと思うのでありますけれども、イギリスのオブザーバー、これは三月四日付、大変詳しく、ソ連がどういうところで何をやっているか、このレーダーも単なるABMのレーダーではないのじゃないかというようなことが書いてあるわけであります。
いずれにいたしましても、SDIに反対するには、ソ連の方に何か文句を言わないでアメリカにだけ言っていいのであろうかという、ここのところも私は非常に疑問に思うということでございます、私は中曽根首相が理解という表現をお使いになった。これは支持でもよかったのではないかなというふうに考えているわけでございます。サッチャー首相が支持、それからコール首相、これは二月のミュンヘンの会議ではっきり支持を打ち出したわけであります。それからイタリアのクラクシ首相でありますが、彼がつい最近訪米いたしまして研究支持ということを言っております。問題はフランスでありますけれども、建前は大変強いことを言っているわけでございますが、フランスも内心は支持の方にかなり近寄ってきている。これはイギリスの新聞あるいはアメリカの新聞の新聞報道でございますが、かなり初めとは態度が変わってきている。そういたしますと、日本といたしましても西側の一員として研究に反対するというような態度はとれないのではないかなというふうに私は考えるわけであります。
それから、三番目の交渉に至るプロセスを見ておりましたときの私の教訓でございますが、抑止力、これはかなり、具体的に言ってソ連に真意をわからせるというようなことが大変必要なのではないかなというふうに思うのであります。これはロジャーズNATO司令官なんかがしばしば言っていることでございます。こういうシナリオがわかる。これは別に戦争をしようというのではなくて、ウォー・ファイティング・ケーパビリティー、これを相手に知らせることによって残念ながら緊張の中でつかの間の――つかの間と言うのはおかしいのでありますが、平和を求めざるを得ない、こういうふうに考えなければいけないのではないかと私は思うのであります。
時間がございませんのではしょって申し上げますが、最後に日本のアプローチでございます。これは自由民主主義国、最近西側の一員という表現をお使いにならないというようになったわけでありますが、どういういきさつがあったかは存じませんが、自由民主主義国の一員としての自覚というものは大変必要なのではないかと私は思うのであります。広島、長崎の感傷は大変我々は大切にしなければならないのですが、現実の国際政治で日本が何をしているか、X軸、Y軸の中のどの点に我々が位置しているかということをはっきり認識しないと、アメリカそれからソ連、両方の全然外側で評論家――私も評論家でありますが、アンパイア面よろしく右も悪いが左も悪いと言っている勝手な態度に受け取られかねないというふうに思うのであります。民主主義諸国の一員としての自覚が必要ではないかなと私はつくづく思うわけであります。
私、七九年から八〇年までアメリカのウッドロー・ウィルソン研究所におりましたときに、後で私は知ったわけでありますが、たまたま私のすぐそばの研究室にエドワード・ローニー将軍、今のSTART交渉の、ちょっと前まで首席代表であったわけでありますが、彼は浪人中でございまして、私その研究所に一緒におったわけであります。ローニー将軍がしょっちゅう言うのは、米ソ、ソ連側とアメリカの側で野球の試合をしている、アメリカが往年の球威は薄れたが主戦投手、ただピッチャー、キャッチャー、バッテリーをアメリカ側がやっておるので、往年の球威が薄れたので凡フライ、凡ゴロが飛ぶかもしれないけれども、そのときに内外野、友好国、同盟諸国に手伝ってもらわなければいけないということを言っていたわけであります。そのときにたしかローニー将軍は、日本はショートストップだ、ただしこのショートストップはなかなかうまくやってくれないのだ、バッターがバッターボックスに入ってきそうになるとどうもグラブをとって寝たふりをしたがる、その寝たふりをしたがる日本を見てみると筋肉隆々として色つやがいい、ポケットかられがはみ出している、パーキャピタで申し上げますとGNPはアメリカに匹敵するじゃないか、それなのにやはりショートストップの役割を果たしていただけない、大変残念だというようなことを彼が言っていたわけであります。私は、核軍縮に関しましても日本が少なくともピッチャーの足を引っ張らないという努力が必要ではないか、要するに、このポジションをぴしゃっと決めておかないといかぬのではないかなというふうに思うのであります。
それから、第二の私の考え方でありますが、核の全面禁止あるいは廃絶、これは言うことは大変いいと私は思うのであります。大変いいと思うのでありますが、ただし、この軍事力全体の中で核兵器と通常兵力を画然と分けて核だけ全廃した場合に後に何が残るか、マイナスした場合に何が残るか。ピストルをお互いにやめようといったときに、やめた相手は日本刀を持っておる、おれはナイフっきり持っていなかったということになりはしないかなというふうに思うのであります。議論を単純化いたしましてまことに恐縮でございますけれども、例えばミリタリー・バランス、IISSが出しておりますミリタリー・バランスであります。アメリカが今総兵員数二百十三万、ソ連が五百十一万、核以外の陸上兵力でございますが、師団数アメリカ十六、ソ連が百九十三、兵員数アメリカが七十八万人、ソ連が百八十四万人、戦車数アメリカは一万二千二十三、ソ連約五万一千、こういうことになっておる。海上兵力も、主要水上艦数アメリカが二百六隻、ソ連が二百九十三隻、これはもう申し上げるまでもないわけでありますが、つまり戦力、核だけを取り去った場合の通常兵力の比較になりますと、アメリカと日本、イギリス、それからドイツ、イタリー、こういうところを全部合わせてもソ連に劣るということになってしまいはしないか。そういうところで、これは理想を言うのは大変結構でございますけれども、その結果を少し考えないといけないのではないかなというふうに思うのであります。
これに関連いたしますけれども、核をなくす、この検証はどうか。検証は可能なのかどうか。日本には例えば衛星から写真を撮る技術があるのかどうか、私はよくわかりません。在野の一評論家でございますからよくわかりませんが、この技術があるかどうか、写真を撮った場合にそれをきちっと分析する専門家がいるのか、いればだれなのかというようなことをきちっと詰めた上で主張をすべきではないかなというふうに思うのであります。
それからもう一つ、二つ、急いで申し上げます。
ジュネーブの交渉が始まってからでございますが、どうも日本のマスコミ、これは週刊誌、月刊誌などがこれまで盛んに防衛論争に関心を示していたのですが、こういういわゆる〝デタント〟という言葉でありますが、どうもデタントムードを反映して防衛論争が下火になってきてしまった。注意しなければいけないのは、ジュネーブ交渉というのは宇宙兵器と戦略核と戦域核の三つでございまして、通常兵力に関しては何ら交渉のテーマにもなっていない。そこで、日本は自衛の努力を怠っていいのかなというところに大変大きな疑問を抱いておるということを申し上げたいわけであります。
それからもう一つでございますが、このデタントと何らかの関係があるのかもしれませんが、どうもソ連に対する日本のアプローチがおかしいのではないかなというふうに思うのであります。これは政府批判になるかもしれませんが、私は去年の十月に日ソ円卓会議に行ったわけでございますが、日本から言うことは、グロムイコさん来てください、来てくださいのこればっかりであります。秋の国連総会の場でも安倍外務大臣からグロムイコ外相に、東京においでくださいという招待を持ちかけている。それから、ガンジー・インド首相の葬儀のときにも中曽根首相が、チーホノフ首相でございますか、お会いになって、そのときもこういうことを言っておられる。今回のチェルネンコの葬儀にも中曽根総理がゴルバチョフと会ってこの問題を持ち出しておる。来てください、来てくださいと言うことは、だんだんだんだん、向こうからいたしますと、行ってやろうか、じゃこれをやれという条件をつけられるのではないか。私は、対ソ・アプローチというものは自然体でいいのではないか。私は、何もソ連をけしからぬ、ソ連を目のかたきにしているわけではございませんが、外交の本質というものは、みずから値を下げるということはいかがなものかなということを考えておるわけであります。
それから、核軍縮に関しまして、ニュージーランドについても少し申し上げたいわけでございますが、時間を超過したので、後の質疑応答のときに私の意見を述べさせていただきたいというふうに思っております。
大変乱暴なことも申し上げましたけれども、御勘弁願いたいと思います。以上で、私の発言を終わらせていただきます。