松永光の発言 (文教委員会)

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○松永国務大臣 四六答申の関係でお答えをする前に、先ほど球根の話がございましたが、私自身一番最後にのっそりとりにくる子供が非常にいい子じゃないかなと、三十人も四十人もの子供に一遍にとりにこさせるというのはいかがなものかな、奪い合ってとるよりは、どうせたくさん来るなら私は後でいいよ、一つ残っているだろうから、そういう気持ちを持った子供というのは、私は大変おおらかな気持ちを持っていていいんじゃないかなというふうに感じます。私のせがれも恐らくそういうせがれじゃないかなと、私は自分の子供をいい子供だと思っているんですが、そういうふうに私は感じました。そういったところに早くとりにいくのが競争に対する対応力があっていいんだというふうには私は思いません。ゆっくりとりにいく子供が案外いい子に育つんじゃないかなと思う点もあるわけでありまして、問題はそういう場合に教師がどういう対応の仕方をするかな、そこが問題だろうというふうに私は思ったわけであります。
 なお、本題の四六答申のことでございますが、これは大変すばらしい答申であったというふうに私は評価しておるわけでありますけれども、その中で随分いろいろなことを教育行政の施策に反映をしてきたつもりでありますが、幾つかの点は未実施のままであることも先生御承知のとおりでございます。実施できなかった幾つかの項目につきましては、それぞれそれなりの理由があって実施ができなかったわけでありますが、そういうわけで実施可能なもの、あるいはその当時の政治情勢その他社会の情勢等からいって実施できたものと実施できないものもあったわけでありますが、相当程度四六答申は実施できた、実施できなかったものについてはそれなりの理由があったんだというふうに私は理解をしておるわけであります。

発言情報

speech_id: 110205077X00419850329_019

発言者: 松永光

speaker_id: 15760

日付: 1985-03-29

院: 衆議院

会議名: 文教委員会