松永光の発言 (文教委員会)
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○松永国務大臣 いわゆる受験競争のもたらす弊害というものが小学生あるいは中学生に相当の影響を与えている。この詩を書いた人たちは特異な、何というか非常に敏感に受けとめる、そういう人のように思われますけれども、受験競争の激しさが子供の健全な育成に大きな影響を及ぼしていると私は考えております。
ただ、私も子供を育てたことがある、私も受験競争をくぐり抜けてきた人間の一人でありますけれども、率直に言って、昔は旧制中学校の合格率は六〇%ですね。今は高等学校の入学率は九九%、高等学校に進みたいという人のほとんどすべてが高等学校には行っておるわけですよね。そこで、何が問題かというと、希望する高等学校に行けないという問題があろうかと思います。特に佐藤先生の場合には東北大学にあの当時御入学というのは相当な厳しい競争を生き抜いてこられたわけであります。したがって、大事なことは二つあります。
一つは、努力しなければならぬということはやはり高校生にも教える必要があると思います。先輩たちはみんな努力して自分の希望する大学に入られた、その問題が一つあるわけであります。問題は、努力の仕方なのでありまして、そこに入学試験の選抜の仕方につきまして合理的になるような改善措置がなされなければならぬというふうに私は思うわけであります。
また、中学生の関係で言えば、先ほども申し上げたとおり、公立高校の入学試験を受ける機会が一回しかないということがありますので、中学浪人を出すわけにいかぬ、中学浪人になるわけにはいかぬから、そこでいわゆる偏差値による進路指導がなされる。もしこれが複数化されれば、先ほど先生の御指摘がありますように、ここに挑戦してみるかということで一つのロマンも生まれてくるだろう。努力した結果、偏差値は必ずしもよくなかったけれども、合格した。そこにチャレンジするということでそれが成功するという例もありましょう。しかし二度目はやはり安全をかけて、行けそうなところに行く、しかしこれは自分がチャレンジした結果でありますから認めざるを得ない、こうなるわけでありまして、制度、仕組みの改善は思い切ってやっていかなければなりませんけれども、やはり受験というのは、着実に努力しなければ自分の希望は達成されない、このことだけは子供にもわかってもらう必要がある。努力をしないで自分の希望がかなえられるというふうに思い込ませるということは、子供の健全な育成上もそういいことじゃないような感じを私は持っておるわけであります。