佐藤誼の発言 (文教委員会)

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○佐藤(誼)委員 経済成長政策がすべて悪かったとか、経済成長がすべての悪の根源だとか、そういうことを言っているわけじゃないのです。確かに経済成長が日本の繁栄をもたらしたし、またそれは、暮らしの豊かさをもたらすことによって進学率を高めていったし、そういう意味では、量的な拡大ということとともに教育の水準なり教育の機会均等というものが高まっていったことは統計的に明らかであるわけです。私はこのことを否定するわけじゃないのです。
 ただしかし、そのことの余り、量の面と質の面、この両面を考えたときに、確かに量の面ではそうなってきたと思うのです。しかし、質の面をとらえますと、先ほど文部大臣は人格の完成ということを言われました。そのとおりです。私は、端的に言えば、この人格の完成という丸みを帯びた教育目標がだんだんかすんでいったのではないか。今大臣が言われる人格の完成という中身は多面的な能力も含まれている。確かにそのとおりです。例えば知・徳・体。経済成長を急ぐ余り、教育の果たすべき役割、任務を、人格の完成の多面的な中の一つである知的能力だけをえりすぐってそこだけを開発、向上させようとした、そういう偏った政策というものが、ずっと今日の高学歴社会の志向をもたらしたり、あるいはそれを達成するための過熱な受験競争を引き起こしたりという、そういうひずみ、ゆがみを生んでくる重要な要因をなしたのではないか、そのことを我々はきちっと歴史的な評価としてしておく必要があるのではないか、このことを指摘しているのであって、その点、私は、やや言葉も選びながら私の見解を述べているつもりでございますので、十分その点は文部省もきちっと理解をしておいてもらいたいと思います。
 そこで、今いろいろ話した中で学歴社会の話が大臣からも出ました。今まで私が述べてきたいろいろな教育のひずみ、ゆがみの大きな背景になっているのは、日本型の学歴社会ということです。このことについては今臨教審の中の第二部会等でも議論されております。いずれこの辺の問題もまた議論しなければならぬと思いますが、その中で、これは新聞の報道の限りでありますけれども、我が国は必ずしも学歴偏重しているとは認められない、しかし国民の意識の中には高学歴志向が残っているというふうな述べ方をしておりますね。これはどういうまとめになって答申になってくるかわかりません。私は、この点、学歴社会の問題は大学の格差とか受験競争とか今日の偏差値教育に深くかかわっている問題でありまして、このことは十分掘り下げなければならぬと思うのです。このことが、今第二部会で言われるような今日の学歴社会が単に国民の意識の問題だと片づけられるのかどうか、私はもう少し実態に照らして精査してみる必要があると思うのです。実態と変化の方向というものを明らかにしておかなければならぬのではないかと思うのです。
 例えば、私はいろいろな資料を見てまいりましたが、就職に当たって一流有名大学を重視するというような考え方を持つ企業は、従業員が五千人以上の場合には七九・六%あるというのですね。これは一九八四年四月のリクルート調査です。しかも、大企業の八〇%近くが就職に当たっていわゆる一流有名大学を重視すると言っているのです。それから新重役の出身校、これは東京証券一部、二部上場の調べでありまして、これは一九八一年の週刊ダイヤモンドですから随分古いのでありますが、国立大学、私立大学有名校が圧倒的に多い。これははっきり数字が出ている。それから学歴と所得、縮まってきたとは言いますけれども、一九八三年の労働省の調査によれば、年齢五十五歳から五十九歳の間をとってみますと、高校卒を一〇〇にしたときに大卒は一六九になっておる。これは統計的数字を見た限りで、学歴あるいは学校歴と就職の有利さ、昇進、所得は関係があるということをこの数字は示していると私は思うのです。そしてまた、親が子供を大学にやりたいというのが五二%あり、しかも、本人任せという二七%を入れますと、約八〇%が大学にやりたい。本人がその気になったらやりたいというような趣旨を含めますと非常に高いのですね。ただ、変わりつつあるというのは、御承知のとおり、企業の採用に当たって指定校制度が少なくなったということや、あるいは企業内での昇進、昇格、これを実力主義または企業の実績主義に基づくという、余り学校歴を重視しないという企業が非常に多くなってきた。これは好ましい傾向だと思うのです、これが八〇%近くありますから。ただ、ごく最近は情報化社会に向けてまじめ人間よりは個性と創造にあふれた人物が必要だ、こういう会社が多くなりつつありますから、私はこの学歴社会が固定したものでないということはわかりますけれども、先ほど言った高学歴者が一流企業に行き、やがて社会的地位を受ける、こういう実態は依然として強く存在しているということですね。そして、それにもまして高学歴志向が国民の中に根強くある、この事実はやはりきちっと押さえておく必要があるのではないかということを、この際、学歴社会の問題が出ましたから、私の調べた限りのことをここで申し上げておきたいと思います。
 なお、教育荒廃を初めとする今後の教育改革のあり方については、文教常任委員会の討議すべき大きな課題でありますから、いずれまたこの点については私も行いたいと思いますが、時間の関係もありますから先に進ませていただきます。
 次は、臨教審に関する若干の質問をし、お答えをいただきたいと思うのです。
 そこで、まず文部省の方にお尋ねいたしますが、端的に聞きます。
 第一点は、今まで申し上げているような、現在、学歴社会を背景にした学校格差、受験競争の激化、テスト教育等が問題にされています。そのときに、学校設立の自由、私に言わせれば学校あるいは教育の供給の自由、次に学区制の廃止、つまり学校選択の自由ということだと思います。それに複線型エリート校と見られる六年制中等学校が誕生したならば、今のような日本の教育の現状の中でこれからの日本の教育がどうなると思いますか。質問の趣旨はおわかりですか。
 二番の質問です。文部省は、臨教審の答申のいかんにかかわらず、教育基本法を変える意思はないというふうに確認してよいと思うかどうか。また、もし臨教審の答申が教育基本法の精神に反するものであれば、それは採択しないのだと理解してよいか。
 以上、二点です。

発言情報

speech_id: 110205077X00819850419_016

発言者: 佐藤誼

speaker_id: 45

日付: 1985-04-19

院: 衆議院

会議名: 文教委員会