古賀正浩の発言 (文教委員会)
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○古賀(正)委員 このたびの総選挙で初めて出てまいりました古賀正浩でございます。委員長及び諸先輩の御好意によりまして、いち早く貴重な質疑の時間をちょうだいいたしましてありがとうございました。感謝を込めながら質問をさせていただきます。
明治維新以来、我が国は近代国家に脱皮すべく急速な整備を進めてまいったわけであります。そしてまた、第二次大戦後は驚異的な経済成長を軸として我が国の発展を図ってまいったわけでございます。わずか三十七万方キロの狭い国土、あるいは目ぼしい資源も何もない我が国が、今日ここまで発展してこれた秘密は何か、それはすぐれて日本民族の人的能力の発露に尽きるというふうに私は思います。我が国の国民の資質に加えて、教育を重視してきた我が先祖、先人の努力に負うところであると私は確信しておるところであります。
明治三年はいまだ新政府の基礎も固まらず、社会も混乱する中で、いち早く学校制度が施行されました。その時期は、先進欧米諸国に比べてもまさるともおくれをとるものではございません。また昭和二十二年、食うに職なく、住むに家なき戦後の廃墟と疲弊の中に、英断をもって六三制が施行されました。国家の大事に当たりあるいは国家百年の計に当たり、まず教育と考えてきた我が国先人からの伝統を、私どもは誇りと責任を持って引き継いでいかなければならないと考えておるところであります。
その意味におきまして、私は、このたび重要な文教委員会に所属させていただいたことを大変うれしく、また名誉に思っておるところでございます。しっかり勉強させていただきます。ただ、私は教育に関しては極めて門外漢であります。教育はだれにも語れると言われておりますけれども、私もそれ以上のものではございません。
かく申す私は、四人の子供を持っております。上は大学四年、下は高校一年、子育ての真っ最中でございまして、ちょうど第三コーナーあたりを回ったあたりかなと思っておるところでございます。また私は、昭和十六年、大東亜戦争が始まった年に小学校、当時は国民学校と申しましたが、入学をし、戦後学制改革によって新制中学の第一回に入った、ちょうど戦中戦後の激動の時期を子供の時代に経験してきた、そういう世代であります。そういう意味で、いわゆる戦前派の最後尾あるいは戦後派の最先端といってもよいかと思っておるところでございますが、そういう視点、立場から、教育の問題も考えてまいりたいと思っておるところでございます。
さて、大臣は、さきの所信表明におきまして、教育全般にわたる改革の推進を説かれ、当面する六つの主要な課題について言及されました。いずれもまことに時期を得た重要な問題ばかりであります。大臣の御手腕、御活躍を切に期待しながら、私どもも及ばずながらできるだけの協力を申し上げていきたいと考えておるところでございます。
そういう観点から、若干の項目について大臣のお考えを敷衍してお伺いしたいと思うところでございます。
その第一は、今日の教育の全般的現状に関してでございます。今日、我が国社会は、物こそ豊かにあふれておりますけれども、その反面、心のすさみが一層進行していると言わざるを得ません。特に教育については、親も子も学校もそして社会も、悩みと欲求不満を募らせているといっても過言ではないと思っております。子育ての親は、受験戦争あるいは言う事を聞かない子供、非行へのおそれ、塾通い等家計負担の増大などに悩んでおりますし、子供にあっては、偏差値だけの物差しでミカンの選果場のごとく機械的により分けられる悩み、あるいはいじめの横行等があり、子供の精神の閉塞状況が強まっているというふうに認められます。さらに社会にあっては、しつけも社会的訓練もなっていない、国のことも忘れ、物欲だけむき出しにしかねない青少年の横行があるわけであります。これらはほんの幾つかの例にしかすぎませんけれども、二十一世紀の日本を担う青少年が、はつらつと心豊かに育ってほしいと思いますときに、現在の状況はこれでよいのか、まことに心寒い思いがする次第でございます。
教育全般の改革を説かれます大臣は、この教育の現状をどう認識され、二十一世紀を担うべき青少年の教育にどうお取り組みになるのか。先ほど松田先生にお答えございましたけれども、さらに敷衍されるところがあればお伺いしたいと思います。