中村茂の発言 (建設委員会)

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○中村(茂)委員 天野建設大臣に二点ほどお聞きいたしたいというふうに思います。
 私のところに、この国土利用計画法を策定した当時の念書があります。これは、そのときの衆議院建設委員会の委員長が木村武雄先生、まだ国土庁はなくて、土地問題に対する所管は経済企画庁長官の内田常雄先生、そういう中で十分論議されて、別に念書の中身をどうこうというふうに言うつもりはございません。そのつくった経過並びにそのときの経済状況なり、そういう中でこういうものがつくられてきた。そうして集約したものが今申し上げた、建設委員長から経済企画庁長官に出されて、その立ち会いという意味で、当時その作成に努力されたいわゆる理事さんだというふうに思いますけれども、天野先生それから社会党の井上普方先生、公明党だった北側義一先生、民社党だった渡辺武三先生、それぞれ立ち会いとして署名に入っているわけですけれども、ずっと見ていきますと、ほとんど政界にはおられない人が多い。天野先生がひとり建設大臣でこの衝についておられる。
 こういうことを考えてみると、やはりその当時開発法で出てきたものが、急激な土地の狂乱によって一応の計画法、制限を含めたこの法律を議員立法としてつくり上げた。そうしてここまで来たわけですけれども、この土地の値上がり状況というのは子細に検討してみると、その当時と現在とは違います。その当時は調整区域まで含めて大きな土地を買い占めて、それでもうけにもうけていこうというような全国的に波及した狂乱の状態、今回は小さなところだけれども大幅な値上げで東京または大都市に集中してきている。ですから、地上げなど、細かい土地でもどんどんあさる。ですから、届け出制などについては二千平米というような枠でその当時は間に合ったわけですけれども、今はそれではとても間に合わない。いろいろ状況の変化があるわけです。そして、確かにこの法律が果たしてきた役割は私は十分認めます。しかし、その間に状況の変化に合わせて改正するなりまたは運用を的確にするなりという点については後手後手に回ってきたのではないか、こういう私の考え方が強くあるわけです。
 そういうことで、その当時これを熱意を持ってつくり上げた大臣の感想をひとつ聞いておきたいというふうに思います。

発言情報

speech_id: 110804149X00419870521_008

発言者: 中村茂

speaker_id: 18125

日付: 1987-05-21

院: 衆議院

会議名: 建設委員会